《死霊術師》の世界へようこそ   作:バベッジ

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もう三ヶ月ってマジ?


10重奏の夜の終わりと、それから

 市街地で暴れまわる、マットな質感の腕だらけの怪物。

 

 『劇場』という名を《死霊術師》バーミリオン・ラズベリーに与えられたそれは、彼女たちの業務をめちゃくちゃに増やした元凶の最期であり、この街にいる分では全然足りない数の魔法少女を討伐に要求する災厄であった。

 

 世界観が足らない以上、通常であれば現状倒す手段は実在しない。圧倒的不利であったはずの状況は、しかし。

 

 

 

「キマリ・ハンド――イッポンスラッシュ!!!!」

 

■■■■■■(!??!?!?)

 

「やっぱ派手で良いわね」

 

「いいですよね。力強さがあって」

 

「……凪砂、ラズベリー。普通に頭痛くなってきたから、私《陰陽少女隊》の方合流してくるわ」

 

「ちょっと、無理はしないでよ? 貴女の持ってる『怨霊魔女』、作戦の鍵なんだから」

 

「誰のせいだと……!!」

 

 

 

 同じく《死霊術師》見習い、栞凪凪砂の「じゃあ魔法少女と関係ない連中魔法少女ってことにすれば解決じゃね?」という発想が通ってしまったことで、完全に覆っていた。

 

 

 

 今、私たち――栞凪凪砂とバーミリオン・ラズベリーの二人は、『劇場』から距離を取ったところで彼の獣の苦しむ様を眺めている。

 

 対峙するは、《全日本ギガント・スモー協会》においてスモー・バトラーと呼ばれる関取。巨大な黒の怪物の体と同等以上の大きさを誇る相撲取りが、掴みかかって一本背負いを繰り出すと、理屈は不明だが体に真っ二つの斬撃痕が入る。

 

 が、しかし。その傷は致命傷になるほど深く入る前に再生する。その代わりと言わんばかりに、腕の一本が断裂・消滅――本当に身代わり的な役割を果たしたのだろう。

 

 相撲取りは再度掴みかかろうとするが、『劇場』は一切動かなくなってしまう。

 

 

 

「耐性付きましたね。ラズさん!」

 

「分かってるわよ、【術式逆順蘇生:世界観結界交錯】……!」

 

 

 

 関取が手痛い反撃を喰らわされる寸前、発されたラズさんの言葉と共に空間が歪み、姿が搔き消える。残るのは空を切った『劇場』の腕のみ。

 

 交差していた《謳い手》世界観と《全日本ギガント・スモー協会》世界観。それを隔てる結界が蘇生されたことにより、スモー・バトラーが退去させられたのだ。

 

 

「凄いっすねラズさん!」

 

「当然!! んで、次どうすんのナギサ!? 攻撃引き付けてた《スモー》の連中がいなくなっちゃったから、このままだと被害が市街地にいくわよ!」

 

「大丈夫です、もう呼びこんでます!」

 

「じゃあなるべく早く! 相撲取りの前に陽動やってた《陰陽少女隊》の面々、なんかどっか行っちゃってるから……」

 

「あ、心配しないでいいです。別の要件頼んでました」

 

「それ聞いてないわよ私。何度も言うけどちゃんと報告しなさ――」

 

「――■■■■■■!!!」

 

 

 

 ラズさんの説教は、苦痛に歪んだ『劇場』の声で遮られる。

 

 見れば、第六の腕。その周りを羽虫のように飛び回る姿がある。

 

 否、羽虫ではない。遠さと怪物の大きさのせいでサイズ比較が狂っているから、そのように見えるそれの正体は。

 

 

 

「何アレ。羽の生えた黒犬?」

 

「アレですよアレ。覚えてないすか、私のこと最初に蘇生させた時、襲ってきた」

 

「……あ、ああーー!! 《死海連合》謹製の!!」

 

「一応名前は『ヴァスカビルMark.2』らしいです。頑張ってもらうことにしました」

 

 

 

 異能に目覚めてしまった、男子中学生二人組の《死海連合》。どうカウントしても人手が足りなかったので、やむなく作戦に取り入れた。

 

 家々と瓦礫に阻まれてよく見えないが、今戦っている腕の直下近くに行けば、逃げ回っている彼らの姿を確認できるだろう。

 

 

 

「……え、あそこそんな戦闘能力あったの?」

 

「フルパワーで何とかですけど、一戦限りの瞬間的には」

 

「そう……じゃああの子ら駄目じゃないかしら……!? 魔法少女じゃないわよね!? だったら『怨霊魔女』との戦闘挟んでるんでしょ!?」

 

 

 

 ラズさんの指摘は正しい。自分たちは《陰陽少女隊》世界観の怪物『怨霊魔女』を借り受け、参加する世界観の連中と前もって一戦させている。彼らを魔法少女だと言い張るための策だが、戦闘に慣れていなければ非常に大きい負担になってしまう。

 

 《死海連合》はその慣れていない側だ。戦闘向きの異能はあるが、経験が皆無と言っても過言ではない。恐らく『怨霊魔女』と『劇場』、どちらか一戦にしか耐えきれない。

 

 

 

「ので、太郎丸・ミカ・みなせの3人に『あとはトドメを刺すだけ』の状態まで調理してもらいました。それ込みなら余力を持って戦えます」

 

「ああ、陽動役の……いなくなったの、そういうことだったのね」

 

「はい。万が一ヤバかったら、こっちに連絡くれれば急行して蘇生する、とも言ってたんですけど――」

 

 

 

 そこまで言ったところで、今なお続いていた戦闘の方に向き直る。

 

 なんだかよく分からないが、羽虫のようだった空飛ぶワンちゃんがめちゃくちゃに増殖し、蝗の群れのように腕を食い荒らして沈黙させたのが見えた。

 

 

 

「大丈夫そうっすね」

 

「やってることヤバすぎじゃないかしら」

 

「どこも大概じゃないですか?」

 

 

 

 第六の腕、攻略完了。担当世界観《死海連合》。

 

 

 

「んじゃ次行きます」

 

「OK、次のとこ繋げるわ。あと30秒で行けるから――」

 

 

 


 

 

 

「――あい、あい。委細承知で御座るよ。ええ、無論準備万端で御座る。では」

 

「凪砂から?」

 

「そうで御座るな。だいぶ『詰めろ』の段階にあるので、担当分の腕を殺ってもらって構わない、と」

 

「……そ。じゃあ準備するわよ」

 

 

 

 桐野奏は、《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》のメンバーと共に、『劇場』の傍で構えていた。

 

 準備を呼びかけた側ではあるものの、彼女自身はもうとっくの昔にあったまりきっている。『怨霊魔女』を設置する作業はもう終えてきたし、「……そうね。《陰陽少女隊》の出力なら、全員が必殺技ぶっ放すだけで腕飛ばせるわよ」との判断がラズベリーから出ているので考えることはない。

 

 アレは好かないが、《死霊術師》として数々の怪奇生物と向き合っているため判断は正確だ。なら変なことする必要はないだろう、与えられた仕事をするだけだと割り切る。

 

 

 

「……なあミカ。奏、なんか返事そっけなくねえか?」

 

「……たぶん……自分への、連絡が、ラズベリーさんなこと、気にしてるんだと……」

 

「ミカ? みなせ? 聞こえてるわよ?」

 

「あ。……分かるよ、奏ちゃん。私も、凪砂ちゃんのことホントに大事に思ってるし……声聞けないの、不安だし、気にかけられてないんじゃないかって不安だよね」

 

「ミカ???」

 

「いざとなったら頼るで御座るよ。陰陽師は薬物にも詳しい故、一服盛るくらい」

 

「太郎丸まで何言ってんのよ!! これ以上なんか言ったら臓器全部摘出して売り払うわよ!?!?」

 

「なあ奏、盛り上がってるとこ悪いけど気づかれたぞ。こっち向いてる」

 

「全摘」

 

「これだけで?!!? 俺も?!?!?」

 

 

 

 振り返ったら思ったより近くにいた。腕を折られまくってるせいか、機動力は完全に損なわれており動きは緩慢。

 

 しかし問題ない、と言わんばかりに、大きく口を開く。光がその内に収束していく……先ほど凪砂を襲っていた光線の発射準備だ。

 

 けれど、まあ。先ほど通りなら、むしろ火力が多少増しても何ら問題ない。

 

 

 

「面倒だし正面から撃ち合うわよ。いい?」

 

「うん……!」

 

「あいよっ」

 

「問題なし、に御座るな」

 

「んじゃ行くよ――」

 

 

 

「「「「――『来たれ、破魔を司りし形にて』」」」」

 

 

 

 宣言すると同時、全員の手元に現れるのは身の丈ほどもある弓矢。呪力で形成されたそれを、構え、番え、狙う。放つ。

 

 これぞ《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》の秘伝の大技『万相回廊裁砲』。他三人と寸分たがわぬタイミングで発射された矢は、四本が一点に収束し、虹の光を放ち。

 

 遮るように放たれた光線とぶつかり合い、相対したその光を即座に散らし。

 

 吸い込まれるように、『劇場』に中《あた》り。

 

 

 

「「「「――恐み恐み申す!!」」」」

 

 

 

 そう唱えると共に炸裂し。彼女たちが放てる総ての術式を用いて、中《あた》った相手を最も苦しめる攻撃を与える。

 

 

 

「……■■■■■■……」

 

「うむ。成功に御座る」

 

「どうだっ、見たかっ!!」

 

 

 

 舞い上がった粉塵が収まったとき、『劇場』に繋がる腕は3本になっていた。自分たちの仕事は完遂した、と言えるだろう。

 

 相手も全体的に弱々しくなってきているように見える。戦意は失っていないのか、残った腕はさらに高速で振り回されているが、胴体はバランスを崩すのに任せて倒れていき――

 

 

 

「……は!?」

 

「……ど、どうしたの……?」

 

()()()()!! 下敷きになる位置!!」

 

 

 それ以上でもなんでもない光景が目に入る。『劇場』が崩れ落ちる軌道の先、そこにある道の真ん中に、一人の男が立っている。

 

 気を失ったか呆然としてるかしらないが、逃げる様子はない。

 

 

 

(一般人の安全は守ってるとか言ってなかった!? ……ああもう!!)

 

 

 

 逡巡は一瞬。私がダメ元で飛び込もうとした、その刹那。

 

 

 

報いろ、『彼鉈』

 

 

 

 何かが煌めき、腕一本を残して『劇場』の巨躯が空を舞った。

 

 

 

「は?」

 

「え?」

 

「あ?」

 

「???」

 

「■?」

 

 

 

 誰も理解が追いつかないうちに、再び光の筋が走る。地上に残された腕が完全にミンチになる。

 

 ここでようやく、男の元にたどり着く。そして、光の筋の正体に気づく。……いつの間にか男が握っていた、鉈めいた武器の太刀筋だ。

 

 

 

「……ん? どうしたの、君。立ち合い希望?」

 

「あ、いえ。その、さっきまで棒立ちしてたんで、不安になって」

 

「んあー、助けにきてくれたと。ただそんな姿勢はノンノンだぜレディ」

 

 

 

 男は軽く刀を振り、納刀し、

 

 

 

「少なくとも、力量くらいは正確に測れなくちゃ。精進しろよ」

 

 

 

 そう言って、ゆっくり歩いて何処かに去っていった。

 

 私は、改めて「こんなんポンポン出てくるのマジでおかしい」という思いを強く抱くしかなかった。

 

 

 

 第七の腕、攻略完了。担当世界観《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》。

 

 第八の腕、攻略完了。担当世界観《剣豪摩訶》。

 

 

 


 

 

 

「何アレ」

 

「《剣豪摩訶》の夕暮崎さんっすね。あの鴉もかち上げてた」

 

「ああ……」

 

 

 

 凪砂は、結界の操作を行いながら淡々と答えた。さっきまで担当していたラズさんは、全く別の術式を組みあげて何やらやっている。

 

 

 

「あの、ラズさん」

 

「ん?」

 

「何してるんすか? 『結界一瞬頼むわ』って言われたはいいんですけど、結構維持が面倒で」

 

「これからも《死霊術師》やんでしょ、そのくらい慣れなさい」

 

「……それもそっすね」

 

「でまあ、今やってるのはアレよ。『劇場』が抵抗できない隙に、《死霊術師》分やっちゃおうと思って」

 

 

 

 ラズさんはそう言って、鉄杖を構え、先端を真っすぐ空を舞う『劇場』に合わせ、唱える。

 

 

 

【強制殺害:1357G-9】

 

 

 

 変化は一瞬で現れた。端的に言うと、バランスを取らんと蠢いていた腕が一本、胴体に繋がったまま完全に沈黙した。

 

 第九の腕、攻略完了。担当世界観《死霊術師》。

 エフェクトも何もないので地味ではあるが、かなり強い。思わず拍手する。

 

 

 

「おおー」

 

「それほどでもないわ」

 

「……でも、良かったんですか?」

 

「何か不満でも?」

 

「いや、てっきり私たちは後詰め的な感じかと。あの怪物は完璧に処理しとかないといけないじゃないですか」

 

「そうね」

 

「なので、最後の一本削り切って死体もなんとかして……ってやるなら、最後に手を出すと思ってたんですけど」

 

「やっぱり貴女めちゃくちゃ頭働くわね」

 

「どもっす」

 

「ただ、一つ覚えときなさい」

 

 

 

 彼女が次の言葉を紡ぐ寸前、『劇場』が着地する。しかし、彼はもう動かない。

 

 正確には、動けないのだ。着地地点が機械仕掛けの罠に変化していて、接地した瞬間全身が巻き込まれたから。

 

 破壊せんと様々な攻撃手段に打って出ようとするが、そうする前に次の手が絶え間なく襲ってきたから。

 

 その体が砂嵐に削られ、単純暴力によって殴打され、光線に蜂の巣にされ、あるいは異空間に呑まれ……とにかく一切の抵抗が許されなかったから。

 

 

 

「……そういえば、あの人はあの世界観の出身でしたね」

 

「そ。私たちは、あくまで世界観が干渉しないように調整する役。手を出す場面は多々あるけど――」

 

 

 

 やがて、『劇場』最後の一本の腕が落とされ。本体が光を放ちながら消滅していく。

 

 

 

「――最後はやっぱり、本人たちに任せなきゃ」

 

「……参考になります」

 

「もう、変に素直なんだから」

 

 

 

 第十の腕、攻略完了。担当世界観《謳い手》。

 

 

 

 かくして、私たちを散々苦しめた、難世界観乱立事件はようやく終結したのだった。一件落着。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 なんて風に、現実は簡単に終結せず。

 

 

 

「いよっしゃ事件の報告書と無許可世界観交差の始末書と……とにかく色々終わり!!!!」

 

「お疲れ様です。んじゃ、こっちの《自動魔法化量産少女:AMA-tA》の世界観名簿用の資料を」

 

「ア゛ーーーーーーーッ!!!!」

 

「落ち着いてください、7割がたは私が埋めてて」

 

「は? 私の同僚天才すぎる……油田とかいる?」

 

「いいです」

 

 

 

 暴力パートが終了してから、8日。私たちは《死霊術師監査委員会》に提出を求められた、山のような書類を崩す作業に追われていた。

 

 提出期限はあと2日。さらにここ1週間は、『劇場』戦に参加した各世界観へお礼参りして記憶処理する、崩れた市街地を修復するなどの早急に片付けないとマズイ業務をやっつけていたので全然手がつけられていなかったのが、加速的にヤバさを上げている。

 

 私は《陰陽少女隊》の方でたまに暴れて気分転換できたので、多少リフレッシュできている。ラズさんはもう完全に駄目だ。

 

 

 

「もう無理……しばらく文字見たくない……」

 

「……んじゃ、その書類終わったら休憩しましょ。いいとこ知ってます」

 

「……ご飯じゃなかったら別にいい」

 

「あれ、何でですか?」

 

「ゼリー飲料ばっかで胃が弱ってるから……」

 

「ああ……」

 

 

 

 納得しつつ、机の上の書類を片付けてあげる。

 

 

 

「じゃあもう文字から離れましょう」

 

「……どこ行くの? 遠出する時間はないけど」

 

「いえ、近場です。《謳い手》のとこなんですけど、『言語』の概念を失わせる能力者がいるらしいので」

 

「何それ!? 最高じゃない、《謳い手》世界観もいいことするのね!!」

 

「うーん想像以上の食いつき。じゃあその書類終わらせてからで、それさえ片付けば提出期限が一番早い連中が片付きます」

 

「よーし、頑張るわよ……!!」

 

 

 

 張り切りだしたラズさんに、あったかい飲み物でも飲ませるため。

 

 彼女の姿を横目に見つつ、私は台所へ向かうのだった。




というわけで完結しました……!! 人生初・連載小説完結なのでシンプルに完走できて嬉しいです。みんなと戦えてよかった。

読んでくださった皆さん、感想をくれた皆さん、自分と同じように毎週更新・一クール小説杯に参加し発破をかけ死ぬほど煽り倒してくださった皆さんと企画者の家葉さん、本当にありがとうございました。またいつか会いましょう。

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