初手で動いたのは、バーミリオン・ラズベリーだった。
「――【自己蘇生:原初五感】……あ、ダメね」
「『凍てつく散針』『階』『ヒュットボルデの風雪ぎ』――【時限殺害:実体×挿話記憶】」
ラズベリーがそう呟くと、超巨大な魔法陣がドーム全域に広がる。それに触れると、突然降りた闇の帳に右往左往していた通行人(朝4時なので非常に少ないが)の姿が薄れていった。
「何したんですか?」
「五感強化して状況確認して、一般人弾かないタイプの結界だったから全員無力化しといたわ。実体消したから攻撃喰らわないし、エピソード記憶もできないからバレないし」
「なるほど、とりあえず露呈はしないと……というか今『殺害』って言ってませんでした?」
「……? 生と死は表裏一体でしょ? 蘇生司ってるんだから殺害もある程度は自由自在に決まってるじゃない」
「すげ〜」
「ただ時間制限はあって……後で詳しく教えたげるけど、それより状況よ! この結界――仮に『夜の結界』って名前にするけど、中心に据え置かれた精神生命体が起点に――」
さて、読者諸兄に軽く解説しておくと、この【時限殺害:実体×挿話記憶】は実体破壊処理とも呼ばれる、《死霊術師》流の一般人除けである。彼ら《死霊術師》は、ド派手に見えるところで街を壊す癖に人払い手段を持たない連中が立ち会うとき、あるいは「人払いの技術体系が存在するか分からない新規の世界観」とぶつかったときにこの術式を起動する。
要するに《死霊術師》にとっては通常の封じ込め処理、それが行われたのだが。今回に関して言えば、ある一点において悪手であった。
それは、一般人を弾く魔法陣が、位置偽装も噛まさずに術師のラズベリーを中心に展開したこと。ここまで攻撃を受けてこなかったことから、彼女は「《剣豪摩訶》が死霊術師の工作に気づいていない」かつ「他の勢力は介在していない」という前提で動いていたため無理もないが、実際のところそうではない。
「だから今回に関しては私が封印するわ。ナギサはまあいい感じに――」
「ラズさん!!」
「え?」
「――報いろ、『彼鉈』」
剣士が空を蹴り、術師に向かって刀を振るう。説明に夢中になっていたラズベリーに代わり周囲を警戒していた凪砂は、一瞬早くそれに気づき。
ラズベリーを思いっきり突き飛ばし、代わりに斬撃を受け。肉体が「頭と右腕」「それ以外」の2つに分かたれた。
「うっわ、マージで居たんじゃん嗅ぎ回ってるネズミ! というかあの地面の紋様何!」
「に……に、げ……」
「……《剣豪摩訶》! 何で気づいてんのよマジで……!」
「……勘?」
「野生児とかいう奴は……! 百歩譲ってそれはいいけど何で実体破壊処理くぐり抜けてんのよ!!」
「あー、あの何かムカムカする奴なら斬ったけど……やっぱりアレもキミ!?」
「最悪!!」
剣刃十三位、夕暮崎血祭。彼は《死霊術師》の名前こそ知らなかったものの、第三者の介在には気づいていた。分かりやすい位置情報まで示されれば、その抜きん出た第六感による特定は一瞬だ。
はた迷惑な乱入者は、既に斬った凪砂に一切の興味をなくし、ラズベリーへの攻撃に移行する。
縦斬り、踏み込んで斬り上げ、斜め、突き、突きの勢いで懐に潜り込んで横斬り――
術式で身体能力を無理矢理引き出し、発動に用いる鉄杖で一手一手を受け続ける。鉄杖は一撃受けるだけで真っ二つだが、循環蘇生《リジェネ》がかけられているため一瞬後には再生し、次の攻撃を受けるのに使う。
殺害術式での対応も考えるが、その選択肢は選べない。【殺害】はしっかりめの詠唱がいるためデカい隙ができる上、仮に撃てたとしてもその魔術を斬って対応してくるだろう。
「よく凌いでるじゃん!」
「うっ、さい……! 何、で、身体能力、だけで……!」
「その考えはノンノンだ、一つ覚えておいてくれ。明治以降の剣士の業は『相手の武器が何だろうと勝つ』ように発展してるのさ……!」
「ふざけてるわね、ホント――」
そして、もう1勢力。
「――恐み恐み申す!」
「ちょっ、危なっ」
「何これっ……斬り応え違うね?」
斬り合い(片方が斬ってるだけ)の中間地点に、光弾が降り注ぐ。ラズベリーが大きく下がって避け、血祭は斬り落とし、揃ってその使い手を見上げる。
「……貴女らは本当に関係ないでしょ!? 何でいるの?!」
「そんな訳、ないに決まってるじゃない……! 凪砂は何処にいるの、説明しなさい!」
「そう言えばそうだった……!」
《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》。こちらは血祭と違い第三勢力に気づいてすら居なかったが、それでも巨大な魔法陣とその中心に突っ込んでいく異常未成年男性を見逃す程に低レベルではない。
既に4人全員が変身《法衣着装》を終え、空中に何らかの呪術で浮遊している。攻撃が来るまで気づかなかったのを見るに、恐らく高速移動の能力も持ち合わせているのだろう。
斯くして、ここに三つ巴が成った。
◆◆◆
地の利と数の利は《陰陽少女隊》が、戦闘能力は血祭、現状の理解度はラズベリーが優位を保っている。
ただこのまま戦闘に移行すれば、この中でラズベリーのみが微不利を取るだろう。ので、
「――貴女らが探してる人はそこで死んでる! 犯人はそこのホスト!!」
「は?」
「えっ」
「急に何?? まあノット・ノンノンだけど――うおっと」
ヘイトを擦り付けた。数秒固まっていたが、陰陽少女隊のうち2人くらいが血祭に突っ込んだのを見て、建物と建物の間を縫うように走り出す。
「――へー、いいじゃん。結構やれる感じ?」
「茶化すなあああっ!」
「よくもっ、よくもっ……!」
「ちょっと二人とも焦りすぎ……あーっ、もう一人逃げてるし!」
「ここは二人に任せて追った方がいいで御座る! あの魔法陣がどの怨霊魔女由来か確かめねば――」
(――2人は追ってくるわね。あー、最悪)
ダッシュで逃げつつ、戦況を考える。一瞬捲ったように見えるが、現状はかなり厳しい。何せ、
(中心の精神生命体、どんどんデカくなってる。……暴れだすのも近い)
そう。
本来の彼女の仕事である、新規発生の世界観の隠蔽――それに一切取り掛かれていないのだ。
(魔法少女が結成してない、みたいに……世界観が発生したての頃は、暴力装置への対抗手段がないことも多い)
(つまり私達死霊術師が封印とか殺害とかすることになる、んだけど……)
走りながら別の術式を起動する。それは、仲間の《死霊術師》と連絡を取り合うための物であり……現状反応はない。
(……外界隔絶型ね。ぶち割るには暫くかかる……要するに)
(『私だけで』)
(『追っかけてくる剣士と女を何とか御し』)
(『記憶処置をかけ』)
(『一般人が増えてくる前に敵キャラを何とかする』――絶望的ね)
悲観論を脳内でぶち上げるが、ラズベリーの表情は暗くない。駆け回りながら後ろを確認しつつ、必死で打開策を練る。
確かに数日前の彼女だけであれば、絶対に不可能な事業であった。その場合は血祭と陰陽少女隊が即座には衝突しないため逃げの難易度が上昇、あるいは初手の斬撃で行動不能を引いていたであろう。
だが。
「こっちには体さえ動けばどんなとち狂った選択肢でも真顔で突貫できる真実《マジ》の狂犬がいんのよ。どうとでもしてやるわこんなの」
今の彼女は、強い手札をもう一枚握っていて。
文字通り現在死んでるそれを、蘇らせる手段を持っているのだ。
「うおおお止まれ止まれ止まれ!!おぬし速いで御座るね!?!?」
「加速呪法もう一段乗せるわ!! 『白亜の界より白海の界へ』『急急如意令』!!」
「だーーっなーーんで追いついてきてんのよ貴女た危ないわね!!」
《陰陽少女隊:言祝ぎ千鳥》、謎の少女追跡班。
勅使河原太郎丸、そして桐野奏は、恐らく同年代の少女を全力で飛行術式を吹かし、呪力のこもった攻撃を撃ちまくりながら、偽りの夜の街を走り回る。
厄介な相手だった。普段相手取る怨霊魔女は自分たちの何倍も大きく、それ故に鈍重であるため追いかけっこの必要はない。そのため追跡に関して言えば専用の術式もなく、ただ加速して移動するくらいしか手段がない。
問題なのは、
「……バレてないとでも思ってんの!! 【瞬間蘇生:生混凝土】ッ!!」
「っ、……奏殿!! この女面倒で御座る!!」
「知ってるわよ、こんだけ見てれば……!!」
速度だけではギリギリ追いつけないくせに、取ろうとした搦め手の発動前に悉くを潰してくるのだ。
今だって、太郎丸が一瞬下がって別の路地に入り、挟み撃ちの構えを取ろうとしていた。
その路地に入る直前に、陰陽少女とは全く別体系の術式を走りながら編んでぶっ放し、路地の壁を生コンクリの濁流に変え。
ルートを再構築しようとした隙をつき、術式を唱える際に詰まった距離を再度突き放すように走る。
結果的に、一定間隔まで追いすがって以降、ギリギリ追いつきそうになり、また距離を開け……を繰り返され。そこそこの時間を稼がれていた。
「……でもそれは、諦める理由になんない、のよ……!! 踏ん張るわよ太郎丸!!」
「しつこい!! 諦めないにしたって限度はあるでしょ!!」
「煩いで御座る!! 早くナギサに何があったか説明するで御座る」
「目的そこならそんな全力で追いかけるんじゃないわよ!! 張ってる弾幕普通に死ぬタイプの奴でしょ!?」
「じゃあ聞くけど素直に教えて下さいって頭下げたら教えてくれた?」
「は? 私達のことカタギに教えられる訳ないじゃない、機密事項よ」
「マジでぶっ殺すで御座るよ」
太郎丸の目が据わるのを見て、追いかけっこの相手は身震いするが、自信ありげな表情は崩さない。
「ッハ! とやかく言う割に結局追いつけてないじゃない貴女たち!」
「――ふふっ」
「何笑ってんのよ」
「いや、少々舐め過ぎで御座るなと思って御座ってな?」
刹那。
彼女たちの追跡劇で辿ってきた経路……それが眩く発光し始める。
『夜の結界』が貼られている故確認はできないが、航空写真でこの道のりを眺めると、陰陽師の使う呪符の紋様と酷似していることが分かるだろう。
「封印の印符に記される式、アンタの足跡で再現させてもらったわ」
「追いつけたらそれでいい故"さぶぷらん"で御座ったが……ここまで上手く行くとは思ってなかったで御座るな」
もちろん相手も無抵抗でやられるタマではない。即座に鉄杖を手繰り術式を展開し、対抗しようとするが、
「チッ、瞬間蘇生――!?」
「おー、やっぱり発動せんで御座るか」
「地脈式と内経式のどっちか分からないけど、どっちも止めれば関係ないのよ。――恐み恐み申す」
「ッ、ハ……!」
術式が起動しない。地面を崩す、建物を崩す……とにかく道を断ち切って封印を阻害する、全ての試みは閉ざされる。
相手にとってはよく分からない文字列が実体を得て、地面から山のように押し寄せ、手、足、胴を縛り上げる。ここに封印は完成した。
「うっ……あーーっ、油断したわ……! 呪言分からないとはいえ、道で式作るのはたまにあるのに……!!」
「負け惜しみで御座るねえ」
「……で、あなた何なのよ。『呪言分からない』んならあの式何?」
「……確かにで御座るな。そもそも怨霊魔女だとするとマトモに会話出来るパターンは初めてで御座る」
「言っとくけど何も吐かないわよ、ナギサの時めちゃくちゃに書類書かされたから萎えてんの」
「組織人なの? このフリッフリのゴスロリで?」
「そっちだって殆どコスプレじゃない。『裏側でも社会ちゃんとやってて超可愛い地雷系ファッション』と『裏側だとデカブツぶん殴って終わりのコスプレ女』、どっちが上だと思う?」
「ねえ太郎丸、ミカ引っ張ってきてこの女の体蟲の巣にしてもらいましょ」
「妥当で御座るな」
「うーん流石にちょっと苗床化はヤバいかもしれないわね」
あんまり慌てた様子のない声に、陰陽少女の2人は顔を見合わせる。
「……何か仕込んでるわねコレ」
「さっさと外してふん縛るに限るで御座るな。人質に取って脅せばあの日本刀野郎もワンチャン止まるで御座る」
「あれ別勢力だから関係ないわよ」
「は?」
「ついでに言うとこの『夜の結界』も別勢力。私脅してもどうにもならないわよ」
「ヤッバ」
「……それから。油断してたのは本当だけど、向かってる先が誘導されてなかったらそれだけで良かったのよ」
「……?」
「貴女らが付いてきたので組んだプランだけど、結構いいと思うのよね。実際、多少何されても本体が受肉しちゃえばその混乱で吹き飛ぶし」
「……待って。情報量多すぎるけど、とりあえず誘導してたってどういう――」
質問台詞は、建物が倒壊し。既存の道が崩壊し、呪言が不成立となり拘束の文字が崩れる爆音で掻き消された。
よるのまんなかで、「からすくん」はめをさましました。
よるはくらくて、こわくて、さみしくて。
〚……hcId esSimRev hCI〛
おもわずこえをだしたら、やけにひびいて。
〚rettuM〛〚eiS dnis oW〛
わんわんと、なきだしてしまいました。
よるはもう、
「……ん?」
血祭は、『彼鉈』を軽く振って纏わりついた血を落としながら爆音を聞いた。
「カハッ……ァ……ッウッ……」
「ミ……ミカ、ちゃん……凪砂、ちゃ、うぼェっ、えぇ……」
陰陽少女隊(名乗っていたので覚えた)は中々に面白い相手だったが、肉弾戦闘の経験値が如何せん足りない。やりたいことは筋がいいしよく分かるが、雑に立ち回っても勝ててしまった。
もうちょっと寝かせて再戦するため、彼女たちは九割殺しくらいで放置。興味は既に、先程のラズベリーの方に戻っている。
「あの子、向こうの方で何か凄い事して――」
〚ehärKehärKehärKehärKehärKehärKehärK!!!!!!!〛
「うわうわうわ思ったよりヤバいじゃないコレ!?」
「あんな自信満々にやっといてなんで全力で大逃げしてるんで御座るか!?」
「うるっさいわね『完成したアレを貴女らとぶつけてワヤクチャにする』まで行ったから私的には十分なのよ!!」
「――なんかだいぶミスってるっぽいね」
轟音の方を見ると、ラズベリーと追いかけていった陰陽少女隊の片割れが揃って、落書きみたいな巨大な鴉(ビームを乱射している)からダッシュで逃げていた。さらなる難敵を前に団結したらしい。
「――あ! ようやく見つけたわよ《剣豪摩訶》の野郎!」
「……こっちに真っ直ぐ走って……あー、押し付ける気なのね」
「チッ気づいてんのね……まあいい、任せるわ。【瞬間蘇生:時限回廊ol575】」
「は!? あのアマ消えたで御座るか!?」
「ちょっ……一旦私たちも避けるわよ!」
「……ま、いいか。どうせアレからは出られなさそうだし、倒してからでも会えるでしょ」
少女たちはてんでバラバラに逃げ出すが、血祭の目はそこには向かっていない。真っ直ぐに異形の鴉を睨んでいる。
「
「……さて。【純蘇生:f-163-49-A-n.】」
凪砂は、ラズさんの声で意識を取り戻した。胴体は繋がっている……失血の気配も感じない。全身よく動く。
周囲を見渡すと、どうやらレストランか何かの中にいることが分かる。さっきの場所から移動されてきたらしい……依然として空は落書きの夜だ。
「――状況は!」
「うわっ感慨なしで一瞬で戦闘モード入ったわねこの狂犬……」
「状況はっつってんですよ!」
「分かった分かった……! さっき言ってた『夜の結界』は健在! その核となってた精神生命体が受肉、暴れ回ってるけど《剣豪摩訶》ぶつけて取り敢えず誤魔化してるわ!」
「了解っす」
「あと貴女の元同僚がなんか来てるわ。私が日本刀野郎と組んでナギサで遊んでたと勘違いしてたっぽい」
「了解っす。じゃあぶっ殺せばいいですか、躊躇とかはしませんが」
「人の心とか死んでる……!?!?!?!? い、今んとこは放置、放置でいいわよ!!!!!!!」
「了解っす」
「ナギサ、本当に怖いわよ……!?!?」
「雇ってもらってるのに即死とか恥ずかしくて仕方ないんで。挽回のチャンスに気が逸ってました」
「そう……」
一通り詰問して、状況を把握し、じゃあ何をすべきか考え出したところであることに気づく。
「……あれ、ラズさん」
「何?」
「さっき『封印する』とか言ってたじゃないですか。それは止めたってことすか」
「あー……そうね」
「なるほど。やっぱあの剣豪にぶつけて狩るためなんすか?」
「……いや。実のとこ、受肉して一通り暴れて陰陽少女散らしてもらったら、一遍封印して逃げに徹しようと思ったのよ」
「ほう」
「それで仕切り直し、結界貼り直せば陰陽少女からも剣豪からも気配誤魔化して行動可能。後はナギサ蘇生して、両方奇襲して対処すれば……って思ってたんだけど」
「けど?」
「……あの精神生命体、
「……ほう」
「『なんでか』は一旦置いとく。問題は、私……ひいては《死霊術師》の用意してた策が全部通らなくなったこと。つまり」
「……
「ご名答。ついでにいうと我々の人払いは永久に維持できる代物じゃない」
「具体的には」
「使ってるやつは一時的に存在を殺害して干渉できなくすることによるものだから、起動から3時間すると実在側に引き戻せなくなる」
一息。
「要するに、タイムリミットに達したら、私の手で大量殺人か異形の怪物に轢かれて大規模死亡事故か……どっちかが恐らく起こるわ」
ラズさんは、震える声でそう言いながら私を指した。その動きは、起こり得る最悪の事態の予測を恐れつつ、それでも立ち向かわんとするもの。
「私だけだったら本当に詰んでる。諦めてるかもしれない……でも、貴女がいる。純粋に頭脳が2倍、死霊術師に頼らない暴力手段もある」
「考えるわよ。あの化け物をなかったことにして、世界に平和な朝をもたらす方法――残念ながら、《死霊術師》の仕事ってこういうのなのよね」
「上等です」
毎日更新人、怖すぎる