「……えー、はい。大丈夫ですね」
「……じゃあ」
「一連の事件の事務処理は完了です。お疲れさまでした」
「よかったぁ…………」
事件から一週間が経ち。
バーミリオン・ラズベリーは《死霊術師監査委員会》――死霊術師の意思決定組織――に呼び出され、その経緯や蘇生対象などを纏めた事務書類を提出させられていた。
案内された会議室には担当者の男と彼女しかおらず、安堵の声がやけに響いた。《死霊術師監査委員会》は都内の超高層ビルを丸々一本本拠地としており、この部屋も馬鹿みたいに高所にあり、馬鹿みたいに広い。
「全く、なんだってこんな量の書類書かされんのよ」
「お言葉ですが、途中で実体破壊処理を解除したとなれば妥当な量かと」
「あれは不可抗力よ」
「じゃあ是非もないですね」
「ちょっとくらい情状酌量とか報奨とかあったっていいのに……」
「私は一介の事務員ですので」
そういう事務員は笑顔を一ミリも崩さなかった。これ以上は無理そうなので適当に引く。
「それから、上司に言うように言われたんで指摘するんですけど」
「何?」
「使い魔として雇ってる女性の方、だいぶ危険人物じゃないですか?」
「それは……まあ」
「『どっちが死んでも蘇生するのでノーカン』の《死霊術師》の論理にもさらっと馴染んでますし」
「……そうかも」
私は頭を抱える。そうだ。よく考えたら「数か月前まで普通に高校生していた少女」は蘇生できるのをいいことに自爆特攻しかけないし、野郎に飲ませた血液を媒介に体内から破壊して血塗れになった後に平然と「打ち上げとかしないんすか?」って聞いて来たりしないのだ。ちなみに打ち上げは行ったし、チェーンのハンバーガー屋で2500円分くらい食いまくったし、午後は丸々寝た。
「……危険人物だからって、使い魔指定は勝手に解除できないわよ」
「ええ。それは我々も十分理解しています。……ただ」
「ただ?」
「彼女の古巣は《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》と言いましたか。そこの教育に何かしら問題がある可能性もあります」
「なるほど。そういう線を疑ってる、ってことね」
「ええ。その疑いが真ならば彼女たちは戦いが終わった後、指揮する者に『戦闘経験が豊富な死を恐れない雑兵』として扱われるしそれを疑いもしない」
男は笑顔を崩さないまま、少し真剣味を増した声で言う。
「『新たな世界観の理に巻き込まれた一般人が二度と帰ってこない』……我々にとって最も唾棄すべき悪です。同志の一人が野良狂人に絡まれ続けて発狂する方が100倍マシです」
「当然の選択じゃない、知ってるわよ」
「流石は哲人級第3位バーミリオン・ラズベリー。死霊術師の鑑です」
「……ったく、ただでさえオーバーワークなんだけどね。いいわよ、あの陰陽少女隊を監視しときゃいいのよね?」
「必要でしたら我々も支援いたしますので」
「じゃあ《ドリヰム・パレット》とかいう新興魔法少女全部任せて良い?」
「ちょっと難しいですね」
「これだから監査委員会は」
◆◆◆
「……とは言ったものの、どうしたものか」
バーミリオン・ラズベリーは死霊術師の中でもまあまあな方だと自認しているが、それはそれとして本当にめんどくさいのは事実である。
自身が拠点とする部屋に帰りながら、脳を戦闘中くらいには稼働させていた。
(洗脳の有無を探るには、ある程度の期間当人たちを観察して干渉を受けていないか調べるのが正道……)
当人たちに聴取したとて大した情報にはならない以上そのくらいしか手段はないし、これが一番確実である。向こうの黒幕に勘づかれて洗脳を喰らったとしても、監査委員会は登録死霊術師の情報を逐次記憶し続けているため
ただ一つ重大な問題があり、
(世界観隠蔽業務やってると、そんな時間さっぱりないのよね)
これに尽きるのだ。
死兵に改造される一般人が出ないことは重要なのだが、それにかまけて普通に衝突に巻き込まれて人々が死にまくったりトラウマを負いまくったりしたら本末転倒だ。当然結界作成や蘇生、記憶処理などを疎かにすることはできない。
それでだいたい社会人の一日の就業時間くらいはつぶれるし、長い時には先の事件のように一晩中拘束されかねない。
おまけにいつどの勢力が暴れ出すかは確証をなかなか得られないので、前もっての計画立案も難しい。巨大な事件は各勢力当たりだいたい週一のペースでしか起こっていないのは唯一の救いである。
「……ナギサに技術特訓させて、監視か隠匿業務のどっちか……」
そう思った瞬間、脳裏に「あ、ラズさん。これ《全日本ギガント・スモー協会》からの差し入れです。仲良くなっちゃって」だの「言祝ぎ千鳥に喧嘩売っちゃったんですけど、決闘ならどこの河川敷がいいんすかね」だの言い出す彼女の姿が連想されてこの案はNGということになった。
ナギサは倫理観の面ではぶっちぎり《死霊術師》に適しているが、全ての勢力の影に潜んで均衡を保つ部分への矜持は一切持っていない。少なくともバーミリオン・ラズベリーの知る限りではそうだ。
(たぶん……『求められるからやってる』だけ。他の勢力の接触を受けても問答無用で拒む感性はなく、とりあえず懐に放り込んじゃう)
つまるところ、
(私が監督してないと、死霊術師としては御しきれない。……しょうがないわね)
人間への感想で「しょうがないわね」が出るようになったらだいぶ終わりというかほだされすぎな気がしたが、積極的に無視していくことにした。プライドが高めのキャラやってたつもりなのに「《死霊術師》の技能は仕込めば私のラインに立ってくるでしょ」くらいに評価しちゃってることも無視。でかいため息で誤魔化す。
「はーーーーあ!! やってらんなーーーーい!!」
ひとりごとを呟いたら思ったより大きな声が出て、恥ずかしくなって足が早くなる。気づけば拠点のアパートについてしまっていた。
鍵を回しながらも思考は止まらない。他愛のないアイデアが脳内を右から左へ流れていく。
(……そうだ、向こうがこっちの行動に同行してくれたら監察しながら日常業務できるわ……)
(……って、何馬鹿なこと言ってんのよ。それこっちのことバレてることになるから下策も下策じゃない)
そんなことを考えてたのがよくなかったのだろうか。
「ただいまナギサー。ちょっと本当に疲れ」
「はえーなるほど、活殺軌道状態に呪力を常時……」
「う、うん。これすごいね、とっても練り上げられてる……」
「太郎丸もミカも納得してるけどそういうもんなの? ならいいけど」
「ちょっとみなせ。何回言えば分かるの、チェスは取った駒使えないわよ」
「あ、そっかわりわり」
「……は?」
「おー、おかえりなさいラズさん。あとお客さんっす」
「「「「……お邪魔してます」」」」
「は?」
ねぐらにナギサだけでなく《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》がいるのを確認し。
「……疲れてるのね。有給取るしかないわ」
そっとドアを閉じた。
◆◆◆
「では改めて。東雲裁峠五条宮太郎丸《しののめだちとうげ・ごじょうのみや・たろうまる》で御座る。一応《言祝ぎ千鳥》の座長で御座るな」
「桐野奏よ」
「水鏡ミカ、です」
「……瀬名みなせ」
「で、ご存知の通り栞凪凪砂でこっちがラズさん……バーミリオン・ラズベリーさん。ほら、ラズさんも挨拶挨拶」
「いやいやいやいやいや」
「その気持ち分かりますよ。太郎丸の名前だけツッコミ待ちみたいに長いっすよね」
「そこじゃないに決まってるでしょうが!!!!」
栞凪凪砂の言葉に反応し、外見のボロさから見る限り許されないレベルの大声がラズさんから飛び出た。壁ドンは一切来ないので防音設備もちゃんとしてんだな、結界の応用かなと感心する。
「――ナギサ。百歩譲って『私が逃げるためのギミック全部差し止めて、引きずり込んで座らせられるくらい技量が知らないうちに上がってる』のはいいわ。貴女最近術の練習めちゃくちゃしてたし、技能が身についてること自体はいい」
「……だいぶ、凪砂ちゃんに甘いね?」
「まあ凪砂殿は
「そこ聞こえてるわよ!! ……でまあ、一つ知っておきたいのだけど。ナギサ、この女どもが来たから家に上げちゃったのよね?」
「そうっす」
「じゃあまあ一旦置いとくわ。秘匿の何たるかを一切理解してないし説教はするけどとりあえず後」
「今もの凄くデカい内容が置いとかれなかったか?」
「そうね。この女たぶんめちゃくちゃチョロいんじゃないかしら」
「聞こえてるっつってんでしょ殺してやるわよ!?!?」
疲れた顔で部屋に入ってきた割に声が出ているのでいいなと思った。
「……で! じゃあ『なんで貴女ら《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》は私たちを特定できてる』のよ!! 全てを差し置いて聞きたいのはこれよ!!」
「それもそうで御座るな。――まあ端的に言えばこれのおかげで御座る」
そう言うと、太郎丸は立ち上がり壁に掛けてあった
「恐み恐み申す」
「う゛わ゛っ゛」
何らかの術を起動。すると真っ赤な漢字がめちゃくちゃな数浮かび上がった。
「えっ……これ、が、位置特定の……? キモ……」
「我々は『緊急招聘式』と呼んでいるで御座るな。どうにもならない敵に出くわした時、これを命懸けで相手に仕込むんで御座る」
太郎丸は指先をくるくる回しながら解説する。
「機能は位置情報と敵の強さの指標の発信、あと味方以外からの完全隠匿。『絶対無理』か『総力戦なら勝ち』か『仕切り直しで倒せる』か……それが分かればどんな死にも価値が生まれるで御座る」
「そんな言っていいの? 秘密でしょ」
「いいのよ凪砂、太郎丸たら留守の間にそっちの技術爆中抜きしてるから」
「えっ……ちょっ、いつそんなの仕掛けた!?」
「さあ? 貴殿に記憶消されたで御座る故な、自分で思い出すで御座るよ」
「……あっ、ああ……!! サブプランがどうとか言ってた!! それか!!」
後で聞いたところによれば「一気に彼女たちを倒すために、一度攻撃を受けて蘇生で動き止めてカウンターで仕留めた」「そこで接触されたからたぶんそれ」「言われてみれば急に肉弾戦に切り替えてた、やけくそかと思ってた」とのこと。
「運よく留守中に上がり込めたので、諸々の術式解除させてもらったで御座る。実質的に我らの腹の中で御座るな」
「んまあそのあたりは私としてはどうでもいいんすけど」
「ナギサ!! いいわけがないでしょうが!!」
「そうですよ凪砂ちゃん!! このクソ女の進退よりも大事な質問が私たちからもあります!!」
「今クソ女って言った!?」
「言いましたよ! 私たちの友達勝手に連れてっていいと思ってるんですか!?!?」
両方からすごい勢いでクレームが来た。
「凪砂ちゃんなんでこんな女に付き従ってるんですか……!! 私たちのところに戻ってきてくださいよ!!」
「……ねえ奏。ミカってあんなキャラだったっけ」
「あなたがいっぺん死んだから荒れてんのよ」
「あー……すまん」
「何落ち込んでんの、私が直して……あうっ」
「……今そういう話題じゃねえだろ」
ラズさんは全部わやくちゃにしようとしているが、みなせに力技で拘束されて動けていない。諸々の妨害が仕込まれているのか術式も発動しない。
邪魔がないのをいいことに、太郎丸が覗き込んで来て言葉を紡ぐ。
「……《死霊術師》とやらの術式、色々見させてもらったで御座るが。凪砂殿の自立行動を妨げるものがあるで御座るな?」
「そう……いえばそうだった。首絞めるみたいな奴」
「あれだけなら恐らく解除できるで御座る」
「……なるほど?」
「ただ我らには技術体系がない故、蘇生の方の解析は……」
「……自壊とか心配してるならそれもないよ。治しっぱなしの最強術式らしい」
「……何よ、そのイカれた術式」
奏が口を挟む。
「そんな技術力持ってて、陰陽師ネットワークに引っかからず出会ったやつには記憶処理。そんな連中胡散臭すぎるでしょ」
「……そうかもね」
「ちょっ」
「でしょ? だからさっさとそんなとこ逃げて、こっち戻ってきて……何なら、戸籍とか親とかは私たちで全力でやるから普通の高校生に戻ったっていいじゃない」
「……」
「……だから、」
「でもさ」
◆◆◆
バーミリオン・ラズベリーは、自分を床に押し付けていた陰陽少女の瀬名みなせが、鎖に巻き上げられて天井にひっぱりあげられていくのを見た。
「恐み恐み申す、っと。申し訳ないけど、そういう感じじゃないんだよね」
「は?」
「ちょっと、何を」
「――【殺害:」
「ラズさんも攻撃しない、双方剣を引く」
「んぶえっ」
「あ!?」
「ガッ」
彼女が起動した術式は、元々私が部屋に仕込んでいたものだ。上背のある少女を絡めとった鎖は、彼女が手を動かすと、拘束から解放されて攻撃に移ろうとした私と蛮行に反応した奏なる少女も縛り上げた。
「陰陽師の術式なら私も知ってるので。それに従って改造した死霊術師の式ならまあ動かせるよ」
「えっ……なんで……?」
「凪砂ちゃん……?」
「……ちょっ……私にも分かんないんだけど!? 説明しなさいよ!?」
「……? なんすかラズさん」
ナギサは困惑した表情を浮かべつつ言う。
「今の私、《死霊術師》っすよ? 元仲間が正確っす」
「おっとお」
「ただラズさんもラズさんっすよ。市民を全てから守る死霊術師が何にもしてない人攻撃しちゃダメでしょ」
「なっ……てめ黒ゴス女なんかヤバい洗脳して失敗してねえか!?」
「してないわよ!?!? あれ素!! 素!!」
「……うん……凪砂ちゃん、なら、言うかも……」
「……どうしてそうしたか、だけ聞かせてもらってもいいで御座るか」
調査も何もない段階であったが、ちょっとばかし確信した。
まず、《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》の方では洗脳的なものはされていない。少なくとも現状は失敗している……そうでなければ抱え込もうとしている側から「全部やめて高校生に戻ろう」なんて提案が飛び出ることはない。あとよく考えたら普通にナギサ以外は恐怖心が人並みにある。
そしてそうなると、
「蘇らせてくれた《死霊術師》には恩義があるから、それは返さなきゃいけないし……」
「……楽しいんだよね。なんか、『死ぬかも』とか考えずに毎日色んな人たちのために戦えて」
目の前のこの女は。今語ったこれだけの理由で、かつての仲間を容赦なくぶん殴れる、生粋の狂人である。
「……凪砂がいいならそれでいいわよ。ってことで帰らせてほしいんだけど」
「いや、まだまだこれからだから帰さないけど」
「そんな気、は、したよ……」
「あら、無理矢理抜け出さなくていいの? そろそろ私たちの側の救援が」
「あ、ラズさん。緊急通報術式は太郎丸たちが落とした時に破壊しといたんで、上には知られてないすよ」
「なんで!?」
「招き入れたかったからに決まってるじゃないですか。そうじゃなきゃ気づいた瞬間ボコボコにしてますよ」
「……あれだけ《死霊術師》への熱意を語ってたのに、俺たちと話すの優先したのか?」
「いや、ちょっと相談したいことあって」
「えっ嘘、てっきり理由もなく受け入れてるものかと」
そして最後に、彼女の異常挙動にはちゃんと理由があるらしいこと。
推測していた『求められるからやってる』みたいな芯のない行動ではなく。確固たる意思を持って、何かしらの目標のために我々をめちゃくちゃにしようとしている。
そうした諸々を、飲み込んで。私は――バーミリオン・ラズベリーは、
「んじゃあ今から資料配るんで、座卓の周りに動かしますね。端的に言えば『この前の新興世界観魔法少女みたいな事例がめちゃくちゃ増えそうなので力貸してほしい』って話なんですけど」
「なんでそんな話になってんのよ!? 死霊術師は秘匿だっつってんでしょ!?」
「それで市民守れなかったら詰みじゃないすか」
「……あーうん。凪砂殿のこと思い出してきたで御座る」
出会ったときに脳裏をよぎった直感――「この女と関わり続けていると《死霊術師》としての生涯は滅茶苦茶になる」という感覚が、ようやく言語化された気がした。
リス夫人
リセス
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