Float like a flower,sting like a bee 作:ウォールナット・スペシャルデリバリー
原作:リコリス・リコイル
タグ:ガールズラブ リコリス・リコイル 武装JK 感想募集
時系列は5話と6話の間、Twitter公式垢による8/1花火投稿前。
PM14:00 都内 大手予備校 大教室
「日本で一番警戒されない姿」。まさにその効果が最も効果的に発揮されている場所にいま私たちはいる。大学受験用の大手予備校。ある程度の余裕がある家庭で、それなりのレベルの大学を目指すのであれば本来なら春から通うのが普通だという。そんな空間に本来なら場違いの私たちが飛び込みで潜り込めているのは、窓の外を照りつけるうだるような暑さのおかげだ。夏休み、それも夏期講習の期間はその間だけ参加する者もおり、私のような特異な存在でも格好を整えさえすれば、簡単に溶け込める。例え一つ年齢をかさ増ししていても。予備校というのは普通の学校と同じで学年ごとに授業が行われるらしい。そんなおそらく世間一般では当たり前のそんなことも今回の任務の説明で初めて知った。あれだけ衣装や行動様式も一般人のように振る舞う千束ですら知らなかったのも無理はない。私たちリコリスは制服こそ身に纏えど、それを着る目的は別なのだから。
「与えられた任務を達成し、二人で店に帰る」
そのためにこの服と足元の鞄の中身はある。
特に今回の依頼は私たちにとっては特別だった。DA司令部から降りてきた案件。対象は千束と同じ17歳の女子高生だ。といってもただの女子高生ではない。その祖父がトラブルを抱えていた。表の世界では一線を退きながらも今なお実力を持つ政治家。その影響力は裏の世界にも通じており、DAにとっては組織やその活動に理解を示し、時には仕事を回すなど多大な貢献をしてきたフィクサーとも言える人物を、勇敢にも過去の暗いネタを材料にあろうことか脅迫する者が現れたのである。
その脅迫は当初は本人の事務所や関係先が対象だったらしいが、どんどんエスカレートしていき、親族に危害を加えると宣言し出したのである。今までどんな相手にも屈しなかったその政治家も、それだけは耐えられなかった。そこでDAの出番というわけだ。
店長いわく、楠木司令の元には電話で一言「なんとかしろ」とだけあったという。親族でも最も狙われやすい彼女の身辺警護はすでに民間の警備会社により行われていた。その会社の提供する身辺警護のレベルは通常より高いと言えるもので警護員・SP経験のある元警察官や元自衛官などを揃え、民間なので非武装とはいえ、およそ日本で想定されうる脅威には対応できるレベルと言っていい。そんな警護体制にも唯一の穴があった。
任務にあたり店長やミズキさんが警護体制を一から見直したところ、抜け目のないように見えるボディーガードの目の行き届かない瞬間があったのだ。それが予備校というわけだ。
いくら女性の要員もいるとはいえ、さすがに常に授業参観のように教室の後ろに立ち、トイレにまでついてこられたら私だって不快だ。だが、そこを狙われない保証はない。ある国の軍隊では「危険を冒すものだけが勝利する」という教えがあるという。どんなに困難に見える任務も機転と時に無謀に思える危険な選択肢を取れば達成することは不可能ではない。
それは「最も警戒されない姿」でいくつもの作戦をこなしてきた私たち自身が誰よりも知っている。だからこそ、その隙間を埋め、何も起こさせないこと。それが私たちの今回の仕事だ。当然ボディーガードたちにリコリスの存在は知らされていない。すべてを秘密裏に。あったこともなかったことに。久々にリコリスらしい仕事だと思った。そして必ず完遂しようと思った。それは成果を挙げ、DAに戻りたいからではない。
もちろん「困っている人を助けたい」という千束の思いは今のDAの方針からは完全に逸脱している。しかしその行動は意味のあるものであり、間違いなく誰かの役に立っていることを証明したいのだ。存在を否定され、居場所を失った私を千束は受け入れてくれた。だから今度は私が千束を助けたい。千束の理想を実現する手助けをしたい。千束に勝手に使命とやらを押し付けたり、腰抜けと馬鹿にする奴らを、この世界を見返してやりたい。それがいま「私のしたいこと」になっていた。
この教室でそんなことを考えているのは私くらいだろう、と思いつつ千束のいる方の席に目をやる。すぐに動けるよう通路際の席に、対象の座る列を前後に挟む形で私たちは座っていた。前方側に陣取った千束は何やらペンで机をつついている。対象の様子に気を配りつつ、その様子をしばらく観察してみる。
後ろ姿だけ見ても千束はやはり同年代より垢抜けて見える。制服を着ていてもそう見えるのだから、私服ならなおさらだろう。夏休みということもあり私服の生徒もちらほらいるのだから、千束だけ私服でも良かったのに、と思う。
制服を着ていない時はリコリスではない。その規則が邪魔をしているだけで、千束の仕草は周囲の学生と完全に同化していた。退屈そうにペンで机をつつく指先は踊っているように見える。ずっと眺めているとそこに規則性があることに気づく。
「た(ー・ー)き(ー・ー・・)な(ー・・ー)」
モールス信号だ。本当にこの人は。なぜ今まで気づかなかったのだろう。「あんたの(心臓)には毛が生えているんだろうね」などと言われていたが、毛なんてものではない。千束は全身で喜怒哀楽を表現している。そこに心音があるかないかなど瑣末なことだ。私も千束に応える。
「なんですか」
「はなび」
「いきたいの?」
「うん」
「わたしもいきたかったですよ」
本当はこの時期、店のみんなで花火大会を見に行っていたそうなのだが、今回の任務と重なったことで今年はあえなく中止となったらしい。
「おわったら」
「やりましょう。せんこうはなび」
「ほんと??」
「ええ、みんなで」
「やった""」
コンマ二つはおそらく「!」のつもりだろう。
くすりと笑う私の表情も向こうは見通しているに違いない。
PM15:00 都内 私立高校 西棟 廊下
「なんかあたしらのより、こっちの制服の方が動きやすくないっスか?」
「うっせぇアタシに言うな!」
「うっせぇとか言っちゃだめっスよ。いちおう私らいいとこのお嬢様なんですから」
「お嬢様は語尾に『ッス』とか付けねぇだろうが」
いつもうるさい奴がいつにも増してうるさい。
普段と違う衣装や環境に動揺したり興奮するような奴はこういう任務に不向きだ。
どんなに綿密な準備と支援の上で投入されたとしても、実際に現場で行動する者の一瞬の油断によって秘匿性は崩壊し、綿密に組み上げられた作戦はあっけなく崩壊する。まったくこいつはファーストの時に訓練課程で何を教わったんだ。これだから新入りは。不満ばかりが頭に浮かんでくる。
だが、上までボタンを閉めたワイシャツの上からさらに体を絞めるような作りになっているあの制服に比べればこのセーラー服の方が動きやすい、というのはムカつくことにコイツの言い分に賛成だ。実際に昔のリコリスの制服はセーラー服だったらしいが、世間の制服の流行り廃りに合わせて変化していったらしい。
歩いていると廊下で数人の大人の集団とすれ違う。
「こんにちわ〜」
何度も見返した学校の公式サイトにあったPR動画の通り、事前に示し合わせた「お決まりの挨拶」をくれてやる。
向こうもにこやかに返す。完全に姿が見えなくなった後、目配せをする。
「目標はグレーのスーツっスね」
「チャコールグレーだろ。あと声に出すな」
そういう大雑把なところも「あいつ」みたいでムカつくんだよ。喉まで出かかったが、堪えた。
PM16:00 都内 大手予備校
「やっと終わったァ〜」
久々に千束の声を聞いた気がした。
午前から昼休憩を挟んで続いた授業はやっと終わり、対象もこれで帰宅となる。対象から目を離さぬよう視線を向けたまま席を立ち、合流する。
「何か変わったことはありませんでしたか?」
「特にないかな。やっぱ楠木さんが神経質なだけだったんじゃない?それよりたきな、お昼のお弁当のあの卵焼き、また作ってよ」
「ほんと千束は…」
教室を出た対象が友人達と分かれた。トイレに寄るらしい。その前を上下黒、フリルの付いたスカートの女が走っていく。近いのだろうか。
「今の見た?てか最近ああいうの増えたよね。
あたしらより都会の迷彩服って感じかも」
「あんなのがリコリス制服になったら嫌ですよ」
「ええ〜たきな似合いそうなのに〜」
「そうですか?」
そのまま女子トイレに入る。対象は個室に入ったようだ。と、千束の足が止まった。
「うぉっまじか…そう来たかぁ…フフッ」
不敵な笑みを浮かべた声にポーチから何かを取り出していたらしい女が気づく。化粧ポーチの中身としては不釣り合いなものが女の手には握られていた。注射器。DAの読みは当たっていた。
前日夜、喫茶リコリコ
「蜂オンナのこと、言わなくていいの?」
一通り仕事の説明を終え、千束とたきなが帰ったリコリコでビールを開けながらミズキが聞く。「ハチオンナ?」ボクはすかさず聞き返す。無知であることは嫌いだ。それ以上に「業界」で異名を持つ者たちは皆それぞれに癖があって面白い。
「『蜂娘』だよ。暗殺や誘拐を専門にしている女だ。仕事に必ず注射器を使う。DAに入った情報によればちょうど昨日、日本に入国したらしい」
「それが今回の件とどう関係が?」
「脅迫の犯人と繋がってる組織の仕事を何度かやっている」
「でもボクの調べだと、そこの組織は別の誘拐専門の連中も動かしていたぞ。そいつらの手口は違う」
「ブラフなのかもしれんし、状況によって使い分けるつもりなのかもしれん。だから現時点でどっちが来るとは言い切れない」
「だから襲撃者について千束たちに変な先入観を持たせないよう、どちらの情報もあえて伝えなかった?」
「そういうことだ」
PM 16:00 大手予備校 女子トイレ
まずい状況だ。鞄は背中にあるが、銃を抜いて消音器を付けている時間はない。もたもたしていたら他の生徒にも目撃されるだろう。静かにこの場を制圧するには素手しかない。しかし、相手は注射針だ。揉み合って刺されでもしたらこっちが動けなくなる。こうなれば仕方がない。後が面倒だが消音器なしで銃を抜いて制圧するほかない。千束も同じ判断らしい。
ところが鞄へと手を伸ばし、ジャキン!と小気味よく飛び出したのは銃ではなく特殊警棒だった。前に千束が勧めてきた映画に似たシーンがあった気がする。
「来なよ」
やっぱりだ。台詞から手招きして相手を挑発する動きまで完全にコピーしている。その瞬間だった。
「アアアア!!!」
女は注射器を正面に向け千束へと突っ込んでいった。千束と戦う上で一番取ってはいけない戦術だ。というよりも、多少なりとも格闘に心得のある者なら射線を一瞬でかわすような卓越した洞察力などなくとも誰でもかわせる。これなら訓練課程を出たばかりのサードでも対処できるだろう。
「ほいっ」
半身でかわし、警棒を振り下ろす。注射器はあっけなく叩き落とされ、そのまますかさず止めの一撃が振り下ろされ、女は崩れ落ちた。
「あっ…やっべ」
「どうしたんですか」
「拘束ワイヤー忘れた」
「まったく…」
連続での襲撃を想定して予備の拘束ワイヤー射出機を持ってきておいて良かった。するとさすがに何事かと思ったのだろう。対象がドアを開けてこちらを見ている。
「もういいよ。大丈夫」
千束は対象の手を取った。そこで私は自分の役目をやっと思い出した。緊急時にすぐ抜けるよう鞄を前に抱えた状態で先に外に出て二人を先導する。そして出たところで昨夜観た「千束セレクション」の探偵もので第一発見者となった女性のように悲鳴を上げた。その瞬間、周囲は騒然となり、対象のボディーガード達も飛んできた。そのまま放り投げるように手を離して千束は彼らの方へ対象を向かわせると混乱する生徒達の中に紛れ込んだ。
私もはぐれないように人ごみをかきわけ追いつき、千束の手を握る。
「捕まえた」
「なに?焼いちゃった?」
「そんなんじゃありません」
「にしてもさっきの、名演技だったぜ相棒」
「また映画の台詞ですか」
「あのラストよかったでしょ〜」
「あのシーン、本当に死んだかと思いましたよ」
想定外の状況になったが、こちらには好都合だった。現場に残されているのは床に倒れ込んだ女と注射器のみ。カバーストーリーは完全に組み上がっていた。
PM16:10 都内私立高校 東棟 女子トイレ
何かが、おかしい。「身柄を押さえた。俺たちの勝ちだ」そう連絡が来てもおかしくない頃合いのはずだ。そもそも昨夜から「連中」と連絡が取れない。「計画」に参入し国の補助金が出なければすでにかなり無理をしている私の法人はおしまいだ。女は必死に焦る顔を隠していた。
「どうかされました?」
「いえ…少しお手洗いに寄っても?」
「ええ、どうぞ」
焦っている時は何か手を動かしていると落ち着くのは昔からの性分らしい。同時に目の前のことに集中していると周りが見えなくなるという自身の欠点に女は気づいていなかった。
「どおもぉ」
少女の声が聞こえ、後ろに立っていると気づいた時には両手を後ろに交差させた状態で押さえ付けられていた。
「…!(なんなの!)」
そう言ったつもりだが口も押さえられているので外には聞こえていない。およそ女子高生とは思えない力で押さえつけられていて振り向く事はできないが、タイルに響く革靴の足音から背後からもう一人が近づいてくるのが分かる。
進学校であるこの学校で校内暴力があるとは聞いたことがない。それなのに、なぜ。
「まぁその様子だと訳分からんって感じだな。なんつーか、とりあえずてめぇの企みは失敗したってことだ」
なぜ、「ただの女子高生」が私の計画を。女の脳内は生涯最初で最後の規模の大混乱を起こしていた。
「先輩、早くしないと人来ちゃうッスよ!」
「…!(あなた達一体…!)
「るせえ、馬鹿」
首に何か刺された。その感覚があるかないか分からないうちに女は崩れる。それを後輩キャラ口調の「生徒」が受け止め、手早く掃除具入れの中に押し込んでいく。
「終わった。LC2807。東棟、応接室横、女子トイレの掃除具入れ」
数日後
「生徒たちに罪はありませんからね。才能ある若者たちの未来を応援するのは政治家として当たり前のことです。もちろん不正に関しては第三者委員会による調査報告を踏まえ、法人の健全な運営に関して…」
テレビでは窮地に陥った学校法人を救う政治家の姿が流されていた。
「例の爺さんだ。ずいぶん人の良さそうなこと言ってるけど、あれだろ?自分の力が及ぶ範囲を増やすついでに名声も手に入れようっていう…おわっ?」
「おわじゃねぇ、少しは店の仕事をしろ」
クルミに小言を言うミズキ、という光景も今では喫茶リコリコにとっては日常の光景となってきた。
「今回の件、DAからの分だけじゃなくて向こうから上乗せでこっちに追加の報酬があったんだって?」
「そうよ。その分け前の軍資金で私はこれからハイスペ男子と婚活パーティーなんだから。さっさと雑用は終わらせたいの」
「はいはい」
「全くアンタといい千束といい真面目に働かない若者ばっかでこの国の将来が危ぶまれるわ」
「自分の将来を心配した方がいいんじゃないか?」
「んだとこのぉおお??」
そこに子気味よくドアの鈴が鳴る。
「待たせたなぁ諸君!千束が来たぜぇ」
「おせーんだよ!ってなに花火持って出勤してきてんじゃい」
今日はどんな音を聴かせてくれるのだろう。私たちをどこに連れて行ってくれるのだろう。
私は今日も期待に「胸」を躍らせる。