彼女は出会うたびにすくすく
と成長していって、半年もの間に10cm近く大きくなっていた。
わたしはその理由を知らなかった。
私の最古の記憶は、友達にまつわるものだ。
私は中学生の時に肺を悪くして一度引っ越しをしているのだが、それ以前は東京都に住んでいた。
東京都に住んでいたと言っても田園調布のような高級住宅という訳ではなく、同じ間取りが立ち並ぶ公共団体の寂れた場所で、コンクリートと排気ガスに囲まれた環境だったのである。
褒めるべきと言えば、近くに大きな病院があるから怪我をしてもすぐに医者に掛かれて助かるわ〜と言っていた母親の言葉くらい、だったろうか。
ある日、公共団地に住む歳の近い友だちと一緒に公園で遊んでいると、知らない娘が混ざってきた。
その娘の名前を聞くと、「パーマー...」と答えた。
パーマーちゃんと言うらしい。
彼女の身長は7歳の私より少し小さいくらいだった。髪の毛は茶色くゆるく巻かれた癖っ毛で、垂れた目をした可愛らしい見た目だった。
しかし少し変だった。パーマーちゃんの耳は頭にあり、お尻には長い毛が生えていたのだ。
変だ、変だ。
周囲の子もパーマーちゃんという新しい友だちに気がつき仲良くなろうと近づいたのだが、彼女が珍しい見た目だと知るとポカンとしてしまっていた。
私たち数人は、彼女を囲うようにジッと見ていた。
それで知らない子達に囲まれて、おっかなびっくりになってしまったのか俯いてしまった。
そうしていると後ろで見守っていた親御さんの中から、一際お上品な女性が駆けつけてきて、彼女の紹介をしてくれた。
なんでも彼女は「ウマ娘」という人種であり、私たち人間とは少し違うとの事だった。
私達はウマ娘という人種を初めて見た。話には聞いたことがあるのだが、生で見るのは初めてだった。
「よろしくね、パーマーちゃん!わたしはリカって言うんだ」
私は新しい友達が増えると思って嬉しかった。
「挨拶をするときは、相手の目を見てね」ママに言われていた約束を守る為、わたしは俯いた彼女の視線と合うように、屈んでから最初の言葉をかけた。
「.....うん、よろしくね、リカちゃん」
差し出した手を握られ、私より一回り小さい手が重なる。
紅い夕焼けに照らされる瞳と、刻々と伸びる影帽子。
熱を感じないコンクリート製の街にも、確かに温もりはあったのだと感じた。
.......
そうして長い間、パーマーちゃんと友だちだった気がする。
私たち公共団地の子どもが遊んでいると、決まって月曜日の夕方に彼女は来たのだった。
よく一緒に砂場遊びをしていた。砂場遊びは初めてだという彼女にわたしはお城作りだとかお山つくりを得意げに教えていた。
...
ジャグルジムで遊んだ。彼女は運動神経が良いのか誰よりも早くスルスルと上り、いつも1番だった。
...
ブランコで遊んだ。私は一人じゃ漕げないので誰かに背中を押してもらいたかった。パーマーちゃんは1人で漕げるらしいのでコツを教えて貰ったりもしたがやっぱりダメで、彼女に背中を押してもらう事にした。周りより一回り大きい彼女は私の背中を軽々押してくれる。そうして誰よりも強い力で背中を押された。90°を超える角度で開かれた世界は大きく見えた。公園を囲む木々の先が見えて、その先に赤く火照った東京湾が見える。海岸線は夜に染まって__何故だか分からないけど酷く美しいと感じた。
...
パーマーちゃんはいつも夕焼け小焼けが流れると「また遊ぼうね」と言って唐突に帰っていく。皆もそのチャイムを皮切りに帰り支度を始めるが、私だけは彼女の背中を眺めた。そうしないと彼女が遠くに行ってしまいそうで、...怖かったのだ。
何故だろう、このころの私は「得体の知れない感情」が胸の中に巣食っていて、それが何に向ける感情かさえもわからないでいた。
ただ、決まってそれは月曜日の夕方、パーマーちゃんを見ると訪れて、別れた直後に強く感じる感情だった。
.....
6ヶ月も経った頃。
「お写真撮ろうよ!」
いつもの時間に現れて黒い車から飛び出してきたパーマーちゃんはそう言った。手元にはデジタルカメラが握られていた。
彼女の家は裕福らしく、時折見た事ないものを持ってきては私たちの目を輝かせるのだった。今日は写真を撮れる機械を持ってきたらしい。試しに撮ろうとしてみるが、パーマーちゃんは扱い方がわからないらしかった。もちろん私達も同じだ。こんな高級品は家になかったから扱い方がまるでわからない。そうしていると、パーマーちゃんが乗ってきた黒い車の中から、清潔な服装を纏った中年の紳士が現れて「私がお撮りしましょう」と言ってくれた。
そうして私達は公園の一角に集まり皆で集合写真を撮った。わたしはパーマーちゃんの隣で手を握り合っていた。昭孝と呼ばれた紳士が「はい、チ〜ズ」というトンチンカンな掛け声を言うと機械が白く光った。
...
夕焼け小焼けの時報と共に「また明日」と言って帰って行った。
「また明日」「うん、また明日ねー!」
そう、いつものように返していると
「うん、サヨナラ!」
パーマーちゃんはそう言った。
誰も彼もが気に留めてなかったのに、わたしだけがその言葉に何か引っ掛かりを感じてしまい、彼女の方へ振り向いてしまう。
見えるのは背中だけ。やがて黒い車に乗り込んで、小さく遠くに行ってしまう。
その日は本当に寒い日だった。熱にうなされた子がいても1日で治ってしまうのではないのかと思うほどに寒かった。それでいて夕焼けは嫌に澄んでいたのを思い出す。肺を患うほどの公害と貌のないコンクリートで作れた冷たい街が陽によって綺麗な朱に染められてゆく。
あぁ、それは本当にドラマのラストシーンのような綺麗な光景で。
「パーマーちゃん、...あんなに背大きかったっけ」
誰にも言えなかった不吉な塊が、口からこぼれ落ちてしまった。
そうしてパーマーちゃんが来る事は2度と無かった。
.....
またいつも通りの日常を過ごした。
パーマーちゃんが来なくなった事を寂しいと思った事はあれど、その記憶は忙しない日常の中に埋もれてゆき、いつしか思い出す事もなくなっていった。
高学年に上がって、やるべき事が増えてきた。
教育熱心な父親からは「高学年に上がったら塾にも部活動もしてもらう」と言われた。
それは周囲の子供達とも同じだったようで、昔は仲の良かった子とも次第に疎遠になってゆき、いつしか隣室には誰が住んでいるのかで思い出せなくなった。
そうして中学生に上がる直前、私が肺を悪くしてしまった。その時代は高度経済成長の残滓ともいうべきか環境汚染が深刻な問題になっており、わたしもそのうちの1人だった。
幸い近くに大きな病院があったので通院自体は問題なかったのだが、元のの環境が劣悪なせいか、いつしか登校でさえも困難になってゆき、両親の勧めで田舎に引っ越すことに決まった。
転勤手続きや転居手続きの事もあるので、引越する日は春先に決まった。
その間、私はずっと病院から出られない日々を過ごしていた。
その日、私はいつものように病院にいた。
白いカーテンと白いシーツ白い天井、消毒液と無機質なエタノールの香りがする一室。窓から見える澄んだ青空が変わらない情景を写していた。この無機質な空気は嫌いだ。しかし、この窓ガラスを開けたらまた痛いほどに苦しい喘息に陥ってしまう。いつか、肺いっぱいに呼吸をしたいな。
袋小路な人生を呪っていると、コンコンっとノックが鳴り響いた。時刻を見る。夕方5時直前。この時間ならナースの診察でもない。...では誰だろうか?
「どなたですか?」
「えー?えっ、っと〜...」
やはり聞いたことのない声。その声は明るさと軽薄さを兼ね備えた雰囲気を連想させる。扉越しにでも私はこの人が底抜けに明るい女性だとわかった。そして敵意は無さそうだ。
「...入って良いですよ。私も退屈していました」
言い淀んでいた声に助け舟を出してあげると、「じゃあ、失礼しまーす」とドアを引く音。
そして目が合った。
彼女を見て、わたしは小さく声を上げた。
茶色の流線がかった髪の毛、僅かに垂れた目はその内なる優しさをよく映し出している。
そして、特徴的な頭耳と尻尾。ウマ娘だ。
「パーマー、ちゃん____ ?」
その造形はいつしか忘れかけていた友人を思い出せるものだったのだが...、
_____少し違う。
思いノイズが走ったのは、身長を中心とした女性らしいフォルムだった。
彼女と最後に会ったのはちょうど3年前。私と同い年と言っていたから、今は11歳のはずだ。
幾ら成長期真っ只中と言えども、彼女の身長は高校生と言われても見分けのつかないくらい高かった。そして女性らしく起伏の大きい胸と腰のライン。
それは3年前まで一緒に遊んでいた、娘と言われても、信じられないような肉体の変化。
...なら___
「ううん、____パーマーちゃんのお姉さんですか?」
「えっ?」
彼女は驚いた顔をした。
数秒した後、瓜二つの人は太陽のように微笑む。
「あっはは、...そうだよ。パーマーちゃんのお姉ちゃんなんだ。...えっと、結構昔に妹からね、よく一緒に遊んでいた娘達の話を聞いててね。えーっと、私も怪我してこの病院によく来てたの。それでこの病室の名前に見覚えがあってー、それを妹に話したら、もしかしたら昔遊んでいた友人かもっ!って聞いたものだから、わたしがちょっと今尋ねて来たって事なの?わかるっ?」
「まぁ、そうだったんですね」
どうやら彼女は本当にパーマーちゃんのお姉さんらしい。
彼女の美しい造形は、私の思い出にある友人をそっくりそのまま成長させたら、このような美しい造形になるのではないか?と思われたように理想的な造形だった。
「ふふっ、よろしければご一緒にお話ししませんか?これも何かの縁です」
「うん。そうしてくれると嬉しいな」
そうしてパーマーちゃんのお姉ちゃんは、ベット脇に腰掛けて沢山お話しをしてくれた。
彼女の話は面白かった。
近所にできたスイーツ店が美味しいだの。学校は楽しいだの、実は先生と恋愛関係にあるのが実家にバレて、なんて事も話していた。
彼女は私の話を沢山聞いてくれた。
日常の楽しかった話や、学校で見つけた趣味の話、また先輩に初恋をした話でさえも彼女にしてしまった。
そうして昔の思い出話もした。
あの頃の私と一緒に遊んでいた子供達とは、今はあまり連絡を取り合えておらず疎遠になっている事。
わたしも肺を悪くしてしまい、来月になれば空気の良い田舎に引っ越す事。
それを打ち明けた時は、ちょっとだけ寂しそうだった。
また、彼女自身の話も聞いた。
なんでも彼女はメジロ家という名家のお嬢様らしく、実家からの意向でトレセン学園に通っているようだ。
トレセンとはウマ娘専用レースを開催する機関の総称であり、ウマ娘にレースについての教育の場を設けている学園がトレセン学園だ。
正直、わたしはあまりレースに興味はなかったのだが、話には聞いたことはある。なんでもかなりの規則の厳しいお嬢様学校だとかなんとか。
そしてわたしは疑問に思った事を聞いてみた。
「あの、パーマーちゃんも、妹さんもトレセン学園に居るのですか?」
一瞬の驚きの後、苦笑気味に答える。
「うん。そうだね。あと数年もすればレースに出るんじゃないかな...わたしに似て怪我してばっかりだから苦労しそうだけど」
「そうなのですか。ふふっ、それは楽しみですね。いつかスポーツ中継を眺めていたら彼女の活躍が見れるかもしれませんね」
「そうだね。その時は充分応援してあげてね!あ、もちろん身体が治ってからで大丈夫だよ」
そんな身振り手振りで表現をしている彼女。
わたしが知っている、元気だけど慎ましい性格のパーマーちゃんとは正反対の底抜けにお姉ちゃんの姿にやっぱり姉妹なんだなって可笑しく思えは微笑んでしまう。
わたしの心は終始弾んでいた。
思えば、共働きの両親は仕事と引越しの手続きの為に忙しく、ここ最近は面と向かって話せていない。中学受験の為日々に忙殺されている友人からのお見舞もここ数ヶ月は無かった気がする。
わたしはこの無機質な空間の中に1人取り残されていた事も気が付かないまま、流れていく日々を過ごしていたのだと気がついてしまった。
それは降り積もった深雪が春の暖かさを忘れてしまったような感覚と似ていた。
彼女と話すのは、冷えていたわたしの心を溶かすには充分だった。
「あ、そうだ。写真撮らない?妹に見せてあげたくって」
唐突にそう言って、彼女はポケットからデジタルカメラを取り出した。
良いですよと言って、わたしは小さくはにかんで一枚の写真を撮ってもらい、もう一枚は自動タイマーを使って2人で写った。
「ありがとう。大切にするね」
その言葉は私が初めて見た、彼女の本当の笑顔だった。
.....
長く話していた気がする。
白く清潔だった病室は、いつのまにか朱に染められていた。時刻は夕方17時。遠くで「夕焼け小焼け」が流れる。
「あ、もう時間だから行かなくっちゃ」
思い出したように席を立ち、病室の扉へと向かっていく背中。
わたしはその背中をジッと眺める。
...何故だろう。その背中を見ていると、胸がモヤモヤしてくる。
昔にも感じた得体の知れない同じ感情で、居なくなってしまった友達の最後の姿に重ねられる。
___もう、会えないんじゃないかな___
それは細かい感情を整理して判別する"理解"とは違く。頭の中に衝動として降り積る"直感"として感じられた。
ここで別れたら、もう2度と会えないような気がして堪らない。
「...また、会えますよね、」
不意に言葉が漏れてしまう。それは静かな声なのに空の病室によく響いた。
彼女の動きが止まる。直後、背中は振りかえる。
「ううん。サヨナラだよ。...ごめんねリカちゃん」
笑顔を浮かべ、バタンと閉まって赤い世界は夕闇に呑まれていった。
その時のわたしは違和感に気が付かなかった。
...ただ、あの夕焼けのように暖かい笑顔の裏に、ひどく悲しさを感じてしまって。得体の知れない感情が溢れて溢れて止まらなかった。
それからもう2度と、彼女と会う事はなかった。
......
それから1ヶ月後、私は青森に引っ越した。
田舎の環境は私の体に合っていたらしく、都会の生活で知らずのうちに溜まっていた不摂生がたちまち落ちてゆき健康体に戻れた。
喘息も落ち着き、わたしは深呼吸をおこなえるくらいには回復した。あの新鮮な空気が肺に染み渡る感覚が堪らなく好きになったし、わたしはよく窓を開けては鈴虫の音を肴に移りゆく景色を楽しんだものだ。
そうしてしばらく落ち着いてくると、わたしは小学生を卒業し中学生に上がれた。
そんな13歳のある冬の日、リビングで勉強をしていると、ラジオ感覚で流していたスポーツ中継から聞き覚えのある単語が聞こえた。
"メジロパーマー逃げる!メジロパーマー逃げる!"
えっ、と。顔を上げた。
メジロパーマー、それは友人の名前だ。
それが今TVで?
衝動に駆られたようにテレビを見つめる。
それは不思議な光景だった。
帯状に並び楕円形のコースを18人のウマ娘が疾走していた。引きのカメラアングルが映されている為、私では友人の姿を探せない。
この中に、パーマーちゃんがいるの?
"メジロパーマー強い、1着でゴール!宝塚記念を見事制しました!"
そうしてもう一度友人の名前が呼ばれる。
どこにいるの?
記憶を掘り起こしてみる。
彼女と最後見たのは4年前、当時の背はわたしより少し高くって、茶髪の緩いカールのかかった髪の毛で優しい目をした女の子。多少は成長している筈だろうけど、その疾走する集団の中にわたしの知っているパーマーちゃんは居ない。____似ている人なら居た。
"メジロパーマー!今、観客席に向かってウイニングランを行っています!"
友人の名前を言った後、カメラはズームされる。
その人は、メジロパーマーと瓜二つの外見だった。身長は160cm程も高く女性的な肉体をしていて、_____わたしはその人を知っている。
けどその人は違う。メジロパーマーじゃなくて、その人は_____彼女のお姉ちゃんなんでしょう?
テレビ画面に映って、太陽のように咲う笑顔。
あの日、朱色に染まった病室でわたしに「サヨナラ」を告げた人と同じだった。
.......
思えば、
あの日の最後の言葉、
彼女は「リカちゃん」と呼んでいた。
リカちゃん。
リカちゃん...わたしが、昔に呼ばれていた愛称。
「吾妻 梨花」だなんて可愛げのない苗字と可愛らしい名前の二つだったから、わたしは下の名前でよく呼んでもらっていた。
中学、小学校の友人は苗字で呼ばれていた。
あの団地の子供にだけは愛称で呼ばせていた。
それが私が気が付かなかった違和感の正体____
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【ウマ娘の成長について】検証 Uma=1.0
ウマ娘の成長は人間と比べると2倍以上の速さで成長する。
ウマ娘は生まれて平均3年で第一次成長を終え、10歳で第二次成長が始まる。
成長の速さには個体差があるが、第二次成長が早い個体ほど多くの戦績を獲得できる傾向にある。
第一次成長の個体差は『Uma』の差異が関係している。
Umaとは「ウマ娘にしか存在しないある特殊な血中成分」のことで、コレが多ければ多いほど第一次成長が早い個体に至る。
元々の種族による力もさることながら、このUmaが高いほど彼女らのレースにかける精神性も高くなる。その事から一定の家系の人達は人工的に培養されたUmaを定期的に注入しているなどと言う噂話まで存在している。
そうしてUma濃度が高い種族ほど急速に成長するので、反動として老いやすい傾向にある。(第三次成長とも表す)人間年齢25を超えたあたりで急速に老化が始まる。それはUma濃度が高く、Uma=1.0に近しい個体であるほどに老化は急速に訪れるのだ。
しかしそれこそが、我々が求める『根源』に至る種族であろう....それはまた別の書籍にて追記している。
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【メジロパーマー 戦績】
コスモス賞 オープン 1着
日経新春杯 G2 2着
天皇賞(春)G1 3着
札幌記念 G3 1着
新潟大賞典 G3 1着
阪神大賞典 G2 1着
宝塚記念 G1 1着
有馬記念 G1 1着
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後に私は、トレセン学園のトレーナー業を務めることになる。
トレーナー業を務める、という事は、わたしはトレーナー試験に受かったと言うことで、その際にウマ娘と人間の身体の違いについて学んだ。
私は全てを理解した。
子供の頃、一緒に遊んでた女の子。
彼女が会うたびに、背丈が大きくなる理由を。
彼女と瓜二つの女性が病室に来た事。
寂しそうな顔でお姉ちゃんと名乗り、わたしの愛称を知っていた事。
そのお姉ちゃんと名乗った人が、メジロパーマーだった事。
人間とウマ娘では成長速度に差異があるのだ。
...そうして、人間年齢で表す25歳が、ウマ娘の平均寿命だ。
誰が言ったのだろうか。
皺枯れる事無く美しい状態のまま死ねるからウマ"娘"だなんて。そんな性格の悪い名前を誰がつけたのだろうか。
.....
26歳の春、わたしはトレセン学園のトレーナーとして就職した。
そうしてその権力を使い、わたしはメジロ家にお邪魔をしていた。
未だウマ娘1人とも契約も結んでおらず、実績のない、メジロ家に接点すらない私は、旧友について尋ねるために電話をした。
門前払いされる前提での電話だったのだが、友人の事を話したら快く迎え入れてくれる事になり、その日の午後にはメジロ家の屋敷に着いていた。
その門前、背筋を伸ばし、黒と白の礼服に身を包んだ初老の男性がいた。
「お久しぶりでございます、梨花様」
開口一番、屋敷を案内してくれると申し出た使用人がそう挨拶をした。
自身の名前を言われて一瞬驚いたが、もしやと思った名前を呟いた。
「もしかして、...えっと、昭孝さん、ですか?」
「えぇ。思い出して貰いましたでしょうか。パーマーお嬢様の使用人でございました。昭孝でございます」
小学生の頃の記憶、あのパーマーちゃんと遊んでいた公園に、黒いリムジンでパーマーちゃんと若い奥様を送迎していた男性。黒と白の清潔な服装をした背筋を伸ばした中年の紳士だった人。___その風格は今も健在で、変わったとすれば髪の毛が少し白髪になっている事だった。
彼は屋敷に至るまでの長い道のりで、パーマーちゃんの事を嬉しそうに喋ってくれた。
話を聞けば、パーマーちゃんはあの幼少の記憶を懐かしむように時折話していたそうだ。特にレースで連敗続きで落ち込んでいた時に病院で私と出会った時は特に嬉しそうだった、等としわがれた声で嬉しそうに話してくれる。
そうして、彼女の"今"も話してくれた。
彼女は現役引退時に、当時の担当トレーナーと駆け落ちるように結婚して、そのままメジロ家には来なくなったらしい。
聞けば下町のアパートで暮らしていると噂は聞こえるが、当主の命により詳しい詮索はしないよう強く言いつけられているので、それ以上は分からないと仰っていた。
...パーマーちゃんは当時の当主を怒らせてしまったらしい。
結婚するなら血統や立場を第一に考える古い体制の当主の下にいたら望む結婚ができないから逃げ出した、との事だ。
「わたしからすれば...彼女のトレーナーさんは紳士で慎ましく、彼女の事を考えてくれる素敵な人だと思いました。...ここだけの話です」
その後、メジロ家としてのケジメをつけるために、パーマーちゃんの部屋は空にするように指示が下されたらしい。
昭孝さんは当主の命に従うことしかできなかったそうだ。
屋敷の中に入り、昭孝さんはパーマーちゃんが使っていた部屋の前に立った。
先ほど聞いたパーマーちゃんの部屋、空になっているは部屋
何も言わず、昭孝さんは鍵を開ける。
「入っても良いのでしょうか?」
「えぇ、勿論。...ここは貴女がくる事をずっと待っていたような場所です」
意味深な事を言いながら、革製の厚い扉を開けた。
....
パーマーちゃんの部屋には何もなかった。
ベットもタンスも机も、何もかもが空で、病的なほど白く広い空間と、外から差し込む午後の光が眩しくって、...それだけの、停滞したような空間。
ただ、その空間に写真立てが1つあった。
窓際のカーテンの裾。見つけてほしいように隠された木製の写真立てがあった。
蝶番のように折りたたまれているタイプの写真立て。
それを手に取り、開いてみる。
そこには2枚の写真があった。
_____たくさんの子供が団子状に並んだ古ぼけた写真
_____小学生の少女と大人の女性が病室で一緒に映っているセピア色の写真。
.......
扉を閉じる時には、わたしの胸の中は暖かい気持ちでいっぱいだった。
「もう、よろしいのですか?」
「ええ、もう充分です...あの、この写真。持っていっていいですか?」
手には、先ほど窓際に隠されていた蝶番の写真立てを持っていた。
「えぇ、もちろん。その写真は貴女が来るのを待っていたのです。...当主様も、その写真だけは捨てなくても良いと言っておりましたので」
気がつけば窓の外の夕陽が傾いて、それは斜に伸びて屋敷を紅く照らす。
昭孝さんが、深く礼をした。
「...貴女が来てくれてよかった。...メジロ家は財政難の為に立ち行かなくなり、この屋敷もいつ取り壊されてもおかしくありませんでした...。本当に、よかった」
昭孝さんの声は僅かに震えていた。
夕陽に照らされた屋敷の中、紅黒く照らす射影。その光はどこか優しく、包み込むような光景だった。
.......
それから3年の時が経つ。
26歳の時、初任で担当したウマ娘がちょうどクラシック戦線で活躍を終えて、今はシニア戦線を駆け抜けている。
季節は冬、12月終わり頃。
朝、未だ辺りは静まり返っている冬の早朝。
私は1人、墓前の前で手を添える。
無機質な墓石には、メジロパーマーと刻まれていた。
ウマ娘の平均寿命は25歳。
私は今、29歳。...そういう事だ。
悴んだ手でマッチを擦り、線香に火をつける。
そうして私は想いに耽る。
「ごめんね、来るの遅くなったよ。去年から昭孝さんから聞いてたけど、忙しくってさ...長生きしたんだね」
「でもひどいな。昭孝さんには連絡先教えてたくせに、旧友の私には教えないなんてね...最後くらい顔見せなさいよ。私たち友達じゃなかったの?...ふふっ、嘘よ、ごめんなさい」
「それと...ごめんなさい。あの時はお姉さんだなんて間違えてしまって...今度会ったら、貴女に謝らなくちゃいけないんだから」
「...ねぇ、なんであの時病院にいたの?怪我ばかりしてたのは本当だったの?ふふっ、そういえば貴女ってば子供の頃は大人しかったのに、病院で会ったときはやけに明るかったね。性格も明るくなったのかな?...私以上に、いい友達に恵まれてたんだろうね」
「あ、そうそう。私は今、トレセン学園でトレーナーをやってるよ。...貴女の子供がいたらさ、私に担当させてよ。きっと活躍させてみせるから」
「だから、ね。...私ももっと生きるし、もっと活躍するよ。ウマ娘が私たちより早く死んじゃっても、それ以上に悔いのない人生を歩ませられるように、学びも、闘争心も、恋愛感情も。全部全部、彼女たちの未来の為に、わたしは精一杯手助けをするよ」
「...見守っててね」
線香の匂いが途切れる頃、ようやく墓前から拝手を外す。
流石に素手だと悴んでしまう季節になった。手袋を取り出す。
空を見れば、白く澄んでいた。
その奥には明るいほど眩しい朝日。
ここに来た時には夜も覚めないくらいだったのに、もうそんなに時間が経っていたのか。
新たなる夜明けは暖かく、静かな街に息を吹き込んでくるようだ。
「トレーナー、早くして!もう新幹線遅れちゃうよ!」
遠くから担当ウマ娘の声が聞こえる。
整った身体とは裏腹に、その声は底抜けに明るく未だ幼さを感じられる。
「ごめんね!今行くよー!」
明日はついに秋シニア戦線、冬の瀬大一番、有馬記念だ。
就任4年目、担当ウマ娘がようやく勝ち取った有馬への切符。
それはかつての友人が勝ち取った夢の栄冠。
私がテレビ越しでしか見れなかったあの場所に、今の私が立っている。
______さぁ行こう。
______一歩、足を踏み出す。
「...また会おうね」
小さく呟き、新たなる夜明けへ向かってもう一歩踏み出した。