殺人鬼に集まられても困るんですけど!   作:男漢

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#153 兄妹の再会

 

 

 

「まーしれす……? えっ?」

 

 

 ゼロツーの言ってるMRKと俺の知ってるMRKがなんか違う。

 『マジ・リア充・キラー』なんてふざけ切ってる名前が、ちょっとだけマシな名前になっている。

 

「ふうん。まさか、ゼロツーがMRKについてそこまで詳しく知っていたなんてね」

「えっ」

「Merciless Reality Killer。慈悲なき現実を殺す爆弾……大層な名前にたがわぬ性能さ」

 

 ウィザードが何のツッコミも入れずに話を進め始めた。

 素っ頓狂なことを言い出したゼロツーに対し、冗談で話を合わせているという感じではない。

 もしかしてウィザードの奴もMRKの正式名称を勘違いしてるのか?

 

 

 そんなことを考える俊介を他所に、ウィザードは話を進める。

 

「MRKは適当に使えば大国の首都だって容易に落とせる。犯罪者の手に渡ったらこれはもう、大変な一大事(いちだいじ)だ」

「…………」

「だから、MRKは()レベルですらも裏にほぼ情報がない。超厳重な情報統制がされてるんだ。機関のボスだった私ですら榊浦美優から聞いて初めて知った、ってほどだしね」

「…………」

「裏でまったく無名だったハッカーにしては不自然なほど情報通だ。本当にあちこちの企業から20億ほどパクった程度の()()()()()罪なのかい?」

「…………」

 

 ウィザードの疑念の籠った視線にゼロツーは顔を逸らして無視を決め込んだ。

 腕を組み、何でもないような顔をしている。奴の質問に答える気は更々ないらしい。

 

 

 …………いや、うん。

 

 

 なんか……凄くシリアスな会話をしてるっぽいところ悪いんだけど。

 MRKの名前のことが気になって全く頭に入ってこない。

 

 以前、製作者のバクダン自身がMRKの正式名称を『マジリア充キラー』と言っていた。こちらの方が真の名前なのは間違いないだろう。

 だとしたら、どこかで名前が別の物に変わって伝わったのだろうか?

 

 うーん……。

 

 バクダンが国の偉い人にMRKの正式名称を伝えるのが恥ずかしくなって咄嗟に変えたとか?

 

『この爆弾の名前は一体?』

『うえ~っ……とぉ。マジリア……いやぁ、えぇ~っと……ま、『Merciless Reality Killer』……とか?』

 

 もしくは夜桜さんが外面用にまだマシな名前を考えさせた……?

 

『『マジリア充キラー』なんてふざけた名前、キチンとした場所で言えるわけないでしょ!』

『でもぉ、私はぁ、この名前に誇りがぁ……』

『いいからちゃんとした名前考えるよッ!!!』

『ひぃぇ〜っ!!』

 

 

 ……バクダンの性格ならどっちも全然ありえるな。

 可能性がありすぎて答えが見つからない奴だわ、これ。

 

 無事に脱獄できた時、本人に問い詰めるのが一番早そうだ。

 根拠なしの直感では前者のような気もするが。

 

 

 

 ウィザードとゼロツーが互いに剣呑な空気を放ち、俊介は一人で別のことを考えているという妙な空間の中。

 押し黙っていたジャンが組んだ腕を解きながら言葉を吐いた。

 

「……とりあえず、日高っちの話を前に進めない? 二人がMRKの情報を何処から知ったとかより、そんな激ヤバな(ブツ)がこの刑務所に今存在してることの方が大事でしょ」

 

 至極正論なその言葉にウィザードは肩をすくめながら承諾の意を示す。

 ゼロツーも無言でコクリと軽く頷き、俊介の方に体ごと視線を向け直した。

 

 視線を向けられた俊介は思考を元の話の方に切り替え、口を開く。

 

「ウィザード。さっき、夜桜電機の設備を看守が運んでいくのを見たって言ってたよな?」

「ああ。なんなら私だけじゃあなく、そこの二人も見ていたよ」

 

 静かな声色でそう言いながら、ジャンとゼロツーを見るウィザード。

 二人は口を閉じたまま数センチほど首を傾けて頷いた。

 それを確認した俊介は再び話を続ける。

 

「既に三人とも察してるだろうけど、その夜桜電機の設備が偽装されたMRKで間違いないと思う」

「…………だとしたら最悪だな」

「何が?」

「偽装されたMRKが()()の方に運ばれていったからだよ」

 

 ゼロツーが口角と目じりを下げ、心底嫌そうな顔を浮かべながらそう言った。

 

 ……B棟。

 何日も前にゼロツーに受けた説明では、この刑務所でも選りすぐりのヤバい奴らが集まっているという話の棟だ。

 A棟やC棟の囚人とはそれなりに関わってきたが、B棟の囚人とは未だにシスター・イートくらいしか交流がない。

 

 厭勝がA棟で、きゃるとる~ぜがC棟。B棟にはあの二人よりもヤバい奴がいるのだろうか。

 流石にあんなレベルの奴は中々いないと思うが……。

 ゼロツーが本気で嫌がっている辺り一筋縄ではいかない場所なのは確かなようだ。

 

 

「くそっ、B棟に行く看守のことを笑ってたら僕様も行く羽目になるなんて。……ジャン、B棟内部の案内はできるか?」

「かなりキツイ。B棟内部の話はちらほら聞くけど実際に入ったことはないし」

「ううん……だけど行かないって選択肢はないしな。出たとこ勝負で行くしかないか」

 

 ジャンの言葉に、ゼロツーが首を横に振りながら諦観の声を吐く。

 刑務所に詳しい二人があそこまで嫌そうな顔をするって、ちょっと怖くなってきた。B棟って一体どんな場所なんだ。

 

 

 

 俊介が未知のB棟に対して戦々恐々としていたとき。

 部屋の端にいたウィザードが顎に手を当てながら静かに呟いた。

 

「MRKの現物か。……久しぶりに知的好奇心がメラメラ湧いてきたね」

「…………」

 

 『知的好奇心』と言うにはあまりに危険な雰囲気を醸し出すウィザード。

 目をすっと細めた俊介は、ある意味B棟の囚人よりも厄介な男を見ながら低い言葉を吐く。

 

「おいウィザード。お前今、なんかよからぬ企みをしてないか?」

「え? うん」

 

 ノータイムで返事をしてくるウィザード。

 あまりの即答っぷりに俊介は声も出せず、顔をしかめるのみに留める。

 

「…………」

 

 そして、ウィザードの言葉を聞いたジャンが無言のまま出入り口の扉前に移動した。

 右手を背中に回してズボンに挟んでいた拳銃を取りだす。ジャンの大柄な手には小ぶりに感じる銃だが、超常の強さを持たないウィザードを殺傷するには十分な口径だろう。

 慣れた手つきでセーフティを解除し、ウィザードの額に向けて片手で構える。

 

 一連のジャンの動きを見ていたウィザード。

 顎に当てていた右手を外し、服の裾内からパッと手品のようにサバイバルナイフを取り出す。ヘッズハンターの動体視力を借りていなければ全く見切れなかっただろう。

 

 ウィザードとジャンはお互いに足の向きをじりじり整えながら、言葉を交わす。

 

「怖い顔でこっちを見てくるじゃないか。ジャン」

「俺はMRKって奴をよく知らないけどさ。お前にこの状況で悪巧みされたらクソ面倒なことはわかるんだよね」

「だから、その銃で私を()()()させようと?」

「うるさい子供(ガキ)を躾けるには最適だろ。ご家庭には普及しなかったけどな」

 

 お互いが一歩動けば、容赦なく殺し合いを始めそうな二人。

 ゼロツーは離れた場所で腕を組んだまま動く様子がない。ウィザードが本気で余計なことをするつもりなら、この場で死んだ方が楽だとでも考えているのかもしれない。

 

 

「――――ちょちょっ、ちょちょっとタンマ!」

 

 俊介は冷や汗を垂らしながらそう言う。

 ウィザードの一言がここまで空気を危険に過熱させるとは思っていなかったのだ。

 深く考えず、ウィザードに『企んでいないか』を問いかけてしまった自分も迂闊だった。MRKなんて劇物が絡んでるんだからジャンやゼロツーが過剰に警戒するのも当然だ。

 

 武器を構え合う二人の間に割り込みつつ、お互いの顔を交互に見ながら言葉を放つ。

 

「ほ、ホントごめん。こんなヤバい雰囲気にさせるつもりじゃなかったんだ」

「……そーなの?」

「ウィザードが何か企むだろうってのは事前に予測してたから、俺()()で対策を一つ練ってきてるんだ。だからジャン、その拳銃はちょっとしまってくれないか?」

「…………。ま、そういうことなら」

 

 俺『()()』という言葉で片眉をピクリと上げたジャン。

 俊介が自分の人格達と何か用意してきたのだろうと思い至り、銃のセーフティを親指で掛けて腕をだらりと垂らした。

 銃を握ったままな辺り、ウィザードへの警戒は完全に解いていないようである。

 

 

 

 俊介はウィザードに体を向け、ため息交じりで言葉を紡ぐ。

 

「……MRKが絡む以上、お前が絶対何かしようとしてくるのは分かってた。まさか、軽く問い詰めただけであっさり自白するとは思わなかったけど」

「相手の予想を裏切るのは楽しいものだろう?」

「それで拳銃向けられてたら命がいくつあっても足りねーよ……」

 

 呆れた表情を浮かべる俊介。

 それとは裏腹に、目に期待の輝きを灯らせるウィザードがくすくすと小さく笑った。

 

「……それで? 先ほど言っていた、俺()()で考えた私への対策とはいったい何かな?」

「ん。ああ……」

「あ。話の内容を聞く前に、先に『YES』と言っておくよ。実際に聞いたら興奮で返事どころじゃなくなりそうだし」

「は?」

 

 先に『YES』? まだ対策の詳細とか交渉の内容とか何にも言ってないのに?

 いやまあ。

 超ブラコンのウィザードは『マッドパンクと会わせるから大人しくしろ』って言ったらノータイムで頷きそうだけど……。

 

 ……………………。

 

 

「――――あっ!」

 

 

 数秒ほど思案し、ハッと一つの可能性に思い至る。

 ウィザードはとっくの前に、こちらが出す予定のウィザード対策の手札――――『マッドパンクとの再会』に気づいていたのだ。

 

 MRKの話を俊介が持って来た時、ウィザードは静かに深く考える様子を見せていた。

 そのとき、奴は頭の中で簡単な連想ゲームをしていたのだ。

 

 ①MRKなんて劇物が刑務所に運び込まれたら当然対処せざるを得ない。

 ②刑務所に詳しいジャンとゼロツーに頼り、迅速にMRKの位置特定をするのが一番だ。

 ③しかし二人に付随するウィザード(自分)が厄介である。

 ④だからウィザード(自分)が悪戯しないように対策を用意しなければならない。

 

 自分がどれほど俊介に厄介扱いされているかよく理解しているからこその完璧な読みである。皮肉にも大正解だ。

 そして、連想ゲームの末に思い至った自分への対策。

 

 俊介が出せる対策の手札は『行動不能までボコボコにする』か『実兄(マッドパンク)と会わせる』かの二つ。

 ボコボコにするのは脱獄計画の成功率を下げるため、選ぶ確率はなくはないが低い。

 

 となると……。

 おのずと選ばれる手札は、ウィザードが一番望む実兄との再会、という訳だ。

 

 

 

 俊介は眉間にしわを作りながら、ニコニコ笑うウィザードを睨む。

 

(MRKに悪巧みしてるのを即答したのも、俺が事前に考えてきた対策を確実に引き出させるためか……。もし『悪だくみしてないなら対策しなくていいや』なんてことになったら最悪だもんな……)

 

 余計なところで頭の良さを発揮するなよマジで。

 こんなのでいちいち推察とかする頭のリソースないんだって。こんなの常にやってたら一日終わるまでに脳が処理限界迎えて沸騰するわ。

 

 熱さを持った脳に疲れた表情を浮かべていると、待ちきれなくなったウィザードが手をくいくい動かしながら言葉を吐いた。

 

「さ、早く君の考えた対策の内容を言ってくれよ。カモンカモン、ハリー」

「……言葉にする必要ある? もう分かってんだろ?」

「もし私の予想が外れていたら嫌じゃないか。ま、その反応を見るに正解らしいけどね。……興奮で心臓がどくどく言ってるよ」

「その情報は要らん」

 

 他人の鼓動の具合なんかどうでもいいわ。

 

 そう思いながらも、軽い緊張からか無意識で深呼吸をする。

 今から言う言葉は家族同然に大切な人格の一人を売るような行為だ。

 

 しかし、敵か味方か未だに不明なウィザードを抑え込むには彼とウィザードと会うのが一番効果的なのも事実である。

 心の中で彼に謝罪しながら、俊介は吐いた分の息を吸って言葉を紡いだ。

 

 

「……お前が会いたがってた『実兄(マッドパンク)』と会わせて――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いぃいいやぁったぁぁあぁああああああーーーーーッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 俊介が言葉を言い終わる前に、我慢しきれなくなったウィザードが大声で叫んだ。

 見たことないくらいの眩しい笑顔で両腕を幼児のようにめいいっぱい上げている。まるで誕生日に欲しかったプレゼントをもらった子供のようだ。

 

 ウィザードはあまりの興奮に息を若干切らしつつも、驚きで硬直している俊介に素早く近づく。

 そして気安く肩に手を回して抱き留め、鼻が触れそうなくらい顔を近づけてきた。前からわかってたけどホント嫌になるくらい顔がいいなこいつ。

 

「ああ、ああ、ああ! 勿論構わないよ! OK!!」

「いやお前肩回してくんな……っていうか事前に分かってたのに興奮しすぎだろ!!」

「実際に聞くとまた()()()()って奴さ!」

 

 

 ウィザードは俊介の肩を抱き留めながら、若干の猫なで声が混じった声色で話す。

 

「あ、できればこの体勢のまま変わってもらってもいいかな。お兄ちゃんに会ったらすぐ抱きしめたいんだよね」

「今でも半分以上抱きしめてるようなもんだろ……」

「そうだ、キスとかもしていい?」

「ジャーンッ!! ウィザードがライン越えた行動しようとしたらぶん殴ってでもいいから止めてくれ!!」

 

 俺に男同士の趣味は全くない。それに加えてウィザードの発言が本気でキモ過ぎる。

 ダブルコンボで嫌悪感が湧いてきた。

 マッドパンクに変わるのが心底不安になってきたが、ここで「やっぱなし」と言う方が大変なことになりそうだ。

 

 無事に自分の体が返ってくるのを祈りながら、目を閉じる。

 体の主導権交代に意識を集中させ、何百回と繰り返した行為に今更失敗することはなく、無事に意識が落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガクン――――と、俊介の体から力が抜ける。

 

 

 人格交代時に発生する意識喪失、硬直だ。

 万が一にも倒れて頭を打たないよう、ウィザードは腕に力を込めてその体を支え続けた。

 

 人格交代の一瞬の硬直が、永遠にも感じられるほど長い。

 この世界に来てから心が焼け焦げそうなほど待ち望んでいた瞬間があまりに遠い。

 

 腕の中にいる俊介の顔を瞬きもせず、じっと見つめるウィザード。

 瞼がピクリと動いてから徐々に開いていき、落ち着いた視線がウィザードの双眸をしっかりと捉えた。

 

「……お兄ちゃん?」

 

 震えた唇から、ウィザードには似つかわしくない不安げな声色が漏れる。

 目覚めた彼は視線を少し横にずらし、微妙な出来の作り笑いを浮かべながら言葉を発した。

 

「ああ、うん……。その、久しぶり、()()()

「――――!」

 

 耳に届いたのは、自身の前世の本名。

 声は違うが、かつての実兄と全く同じトーンで優しく語りかけてくる。

 

 目の前にいるのは、間違いなく兄だ。

 前世と今世の両方で再会することを胸が焼けるほど望んでいた相手だ。

 

 ウィザードの瞳が次第に潤み始める。

 言葉を発するためか、小さく息を吸い込んだウィザードの唇が震えるように動き――――。

 

 

 

 

 

 ――――何の躊躇いもなく、マッドパンクに()()をした。

 

 

 

 

 

「ぶむ……ッ!?!?!!」

「はいライン越え」

 

 驚愕で目を見開くマッドパンク。

 そして近くで見守っていたジャンが拳銃をホルスターに戻し、代わりに硬い拳をウィザードの頬に放った。

 

「うげぇッ!!」

 

 ウィザードがマッドパンクを強く抱いたまま、小屋の壁まで吹っ飛ばされる。

 様々な人体改造を施しているジャンの拳は鉄のように硬い……というより、手の皮膚下には超高温ヒート機能のついた機械が埋め込まれている。そのため普通に鋼鉄そのものだ。

 

 ジャンのお仕置きアタックで口の中が切れたようで、ウィザードがぶべっと血を吐く。

 そんな見るに堪えない無様な姿になってもマッドパンクへの抱擁はやめない。次のキスを放とうと顔を近づけるが、マッドパンクが肘でウィザードの顔を無理やり離す。

 

 ウィザードは唇を尖らせながら、甘い猫撫で声で気味の悪い言葉を吐く。

 

「ねー、お兄ちゃん! いいでしょ、ねーっ!!」

「おまっふざけんな!! 俊介がキスするなって言ってただろうが!!」

「そんなことは言ってないよお兄ちゃん! 日高俊介は『ライン越えの行動はジャンに止めてほしい』と言っただけで、キスについてはノーコメントなんだよ!! もちろん()()()についてもね!!」

「都合よくIQ下げんなッ!! ……()()()って何!?!?」

 

 ビックリ発言をするウィザードに再び驚愕するマッドパンク。

 純粋な腕力はウィザードの方が強いようで、徐々にウィザードの顔が近づいていく。最悪の光景だ。

 

 

 その様子を離れた場所でドン引きしながら眺めていたゼロツー。

 困った顔のジャンがゼロツーに振り返り、拳を握り締めながら言う。

 

「……ゼロツー。ウィザード、もう気絶するまで叩きのめしちゃった方が早くない?」

「いやぁ……。そんなのでも一応、有能だからな……」

「ホントに?」

「……いやぁ……」

 

 目の前でもみくちゃになりながらキスをせがむ男の姿は、とても裏社会で超巨大武力組織を率いていたボスとは思えなかった。

 ゼロツーは目を細めながら、二人を指さしてジャンに言う。

 

「……ボコボコにするのは良くないな。引きはがそう」

「あいあいさー」

 

 指示を受けたジャンは小さな歩幅で二人に近づく。

 

 ウィザードも多少戦闘ができる程度に鍛えているが、それでも前線には殆ど出ない組織の長。対してジャンは前線に出てバリバリ戦う元宇宙海賊で現銃密輸人。

 腕力でジャンに敵うわけでもなく、あっさりウィザードは引きはがされた。

 

 

「あっ、あっ、あっ! まって、もうちょっと!」

 

 ウィザードは手足をジタバタさせて暴れるが、ジャンは片手で軽々と地面に抑え込む。

 自由になったマッドパンクは袖で口を拭い、ゴホゴホと苦し気にせき込んだ。

 

「ごほっ、ごほ! ったく、こうなるのが分かってたからクレアと会うのは嫌だったんだ……!」

「あー……。名前も知らない人格さん、大丈夫か?」

「大丈夫。だけど、心が無事じゃない……」

 

 ゼロツーが肩をポンと叩きながら話しかける。

 マッドパンクはひとしきりせき込んで呼吸を整え、その場にあぐらを掻いたままウィザードの方を見た。

 

「……短かったけど、じゃあなクレア。ちゃんと大人しくしてろよ、中から見てるからな」

「お兄ちゃんお兄ちゃん! まって! 最後にひとつだけ聞きたいことがあるの!」

「なんだよ……。キスはもう嫌だぞ」

 

 呆れたような表情で、マッドパンクが話の続きを促す。

 ウィザードは手足の動きを止め、兄の方をしっかりと見ながら口を開いた。

 

 

「えっとね――――」

 

 

 

 

「――――どうして、初めての人殺しが()()()()だったの?」

 

 

 

 

 

 ウィザードの子供のような口調ながら、冷たい声色で放たれた一言。

 その問いかけにマッドパンクはすっと顔から感情を消す。

 妹から視線を逸らすことなく、ただじっと彼女の方に顔を向けたまま。

 

「…………()()だ」

 

 簡素な三文字を吐いたあとに瞼を閉じた。

 マッドパンクの体から力が抜け、一瞬の硬直が発生する。人格交代の合図だ。

 

 

 

 

「……ん」

 

 すぐに目が開き、力なく項垂れていた頭が持ちあげられる。

 元に戻った俊介は静かな小屋の中を見渡し、押さえつけられているウィザードの方を見てから口を開いた。

 

「なんだこの空気……。何かあったのかウィザード?」

「……いいや? 別に何も」

 

 ウィザードは先ほどの興奮っぷりをすぐに沈め、口角だけを上げたいつもの笑みを浮かべる。

 力を抜いたジャンの腕を解き、服に付いた砂埃を払いながら立ち上がった。 

 

「うん。久しぶりにお兄ちゃんと会えて、聞きたいことも聞けた。私は満足だよ」

「そうか。なら……」

「MRKを片付けるまでは妙な悪だくみはしない。兄に誓ってもいい、約束する」

 

 その言葉を聞いた俊介は、軽く頷いたあとに立ち上がった。

 『()()()()()()()()()()』というのは少し引っかかるが、まあ、そちらの方がウィザードらしい。

 

 俊介はゼロツーの方を向き、言葉を放つ。

 

「ゼロツー。遅くなったけど悪い。でもウィザードはこれで大人しくなると思う」

「……そうか。まあ、僕様からは兄妹の関係とかに深く首を突っ込まないよ……。脱獄さえ成功すればいいからね」

 

 

 そう言いながら、静かに部屋の中を見渡すゼロツー。

 全員の表情を確認するように見た後、口を薄く開いた。

 

「それじゃあ、今からB棟に向かう。目的はMRKの確保。……マジで危険な場所だし、重武装した看守やそれより危険な囚人もいるだろう」

 

「リスクは大きい。それでもMRKを確保できれば脱獄計画にめちゃくちゃ役立つことは間違いない」

 

「だからまあ……死なない程度に死ぬ気で頑張ろう。ホントは知雫とか赤ずきんも呼びたいけど、()()()を考えると探してる暇ないしな」

 

 

 ゼロツーの言う『もしも』。

 

 例えば看守がMRKの正体に気づき、それを破壊してしまったり。

 もしくは、危険な囚人がMRKを利用してとんでもない大量殺人を起こしたり。

 

 いくらでも悪用の利くものだからこそ、早急に確保するべきなのだ。

 

 

 ゼロツーが踵を返して小屋に唯一ある出入り口の扉を開く。

 そして再び、発破をかけるように口を開いた。

 

「全員気合入れろよ。北区の闘技場みたいな管理された危険地帯じゃなく、油断してると冗談抜きで死ぬ場所だからな」

 

 

 ……ごくり、と大げさに生唾を呑む音が響いた。

 誰の物かは分からない。恐らくは自分だろう。

 

 脱獄計画を進める上で本来入る必要がなかった場所。

 ゼロツーが綿密な脱獄計画を立てる中、看守ですらあまり近づきたくないという絶好の隠れ家になる所なのに立ち入ろうとしなかった場所。

 その徹底的な避けっぷりは、B棟がそれだけ危険なことを表している。

 

 

 ヘッズハンターの超常の身体能力を借りればそうそう死ぬことはないだろう。

 だがそれはあくまで『そうそう』であって、死ぬ確率がゼロということではない。なにせヘッズハンターも前世で死んだからこそ人格として自分に宿っているのだ。

 

「…………」

 

 ピリピリと肌の上で静電気が踊っているような、緊張感と本能を揺らす危険な空気。

 

 それでも。

 刑務所から脱獄し、綺麗な身分で日常に戻るために。

 夜桜と外で再び会うために。

 

 

 俊介は覚悟を決め、小屋の外へと歩みを進めた。

 

 

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