少女姿の深海上位者 作:夕焼けの空を飛ぶ海老
晴れてオペレーターになった私は、オペレーターの登録書類を山のように書いていた。
ノアリスとしての偽装書類なのでケルシーがやってくれるかと思っていたら、彼女の管轄から外されたので自分でやらないといけないらしい。許せねぇよ……。それと同時にケルシーの老老介護係から卒業出来たのは喜ばしい事だが。
とはいえ、
これからはアーミヤの下で働く事になる。
ただ、やる仕事はアーミヤに聖水の小瓶を渡して、作戦時にはそれを通して何やってるのかをたまに見る。普段はアーミヤはドクターと一緒にいるので自由行動か、ドクターの休暇日(……あるのか?)にアーミヤと一緒に過ごしていればいい。これだけ。
見てる間に危険が来ればそのまま出てくるが、見てない時は小瓶から聖水を出してもらい、それで気づいて出向く形だ。
楽な仕事で積極的に原作に絡まないで見る事が出来るからかなり都合も良い。
正直ここまで楽な仕事でなければ、オペレーターを目指すのをやめてケルシーのヒモとして、期間いっぱい過ごしていただろう。
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書類整理が終わり、自室に帰宅すると、エプロンをつけたアーミヤが扉の先で待っていた。
どうやら、オペレーター就任おめでとうパーティという事らしい。
……あれ、2人だけ?あの、パーティ、とは?私はまだ仲の良いオペレーターは少ないし、2人の方が気楽という考えからだろう。そうであってくれ。自室に呼ぶような人はいたはずだし。ね?
アーミヤちゃん係選抜試験の映像を見て即合格と承認したアーミヤは、先に帰って結構手の込んだ料理を沢山作ってたらしい。凄い、ロドスキッチンで見た事あるやつもある。他の人の結果見てないんだから落ちてたらどうしてたんだろうね……。
アーミヤのご馳走に舌鼓を打ちつつ、これからの私の立場について話し合う。それはそれでどうかと思うが、どうやら態度は変えなくて良いらしい。
大体の取り決めを終え、ご飯を食べ終わったタイミングで聖水の小瓶を取り出す。食事中に見るような物では無いからだ。青に染まった世界に映る星空、時折オーロラのようなものも見えるそれにアーミヤは目を輝かせる。やめて……罪悪感が込み上げるからそんな目で見ないで……。
「凄い綺麗……。戦ってた時に使ってた物と一緒だよね、これは?」
「えっ?あっ、んー……のこり……。アーミヤちゃんに危険が迫った時、私に教えてくれるアラートの様なものです。普段はあまり周囲に見せずに危なくなったら小瓶から中の液体を出してくださると助かります」
「分かった、大事にするね!」
友人から贈られた初めてのプレゼントか何かと勘違いされてないだろうか。心配だ。ちゃんと使ってね?
後でアーミヤからも何か贈ってくれるとの事。ちゃんと使ってね??
リビングで一緒にソファで休んでいる時、少しだけ頑張る気持ちを奮い立たせる。アーミヤとの関係が変わる、今が1番伝えやすい場面。
「ねぇ」
「どうかした、ノアちゃん?」
「敬語、外してもいいかな?」
「えっ」
「いや、部下にタメはキツいですよね。申し訳ないです」
「いや、いやいや!いいよ。
────本当に嬉しいよ」
「いいの?」
「その方が仲良くなった気がするから。敬語は私はよく使うけど、言われるのは苦手かな。一線を引かれているような気がして」
「え?マジか。ごめんね」
「公共の場では普段通り、2人きりなら沢山使ってほしい。その方が仲良くなれた気がするから」
「うん、分かった」
伝えたらもっとアーミヤの機嫌が良くなった。敬語キャラさんは何処へ……。年上ばかりの職場だからしょうがないか。同年代は訳ありばかり。だから私が寄り添ってあげなくては。テラの中でも最年長人物だけども。
その後もアーミヤのテンションは爆上がりで聖水をありとあらゆる方向から眺めてたりして、寝る準備が終わって自室に戻る時も両手にそれを持っていってた。ちょっと気に入ってないかこれ。
信徒達のようにプラネタリウムとして使われてたらどうしよう……。本当に恥ずかしすぎる。
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次の日は自由なので、アーミヤと共にドクターの元へ行く。私をオペレーターにしてくれた事への挨拶をしに来ただけだ。
傍から見てアーミヤは提出する書類を確認してて、ドクターは書類を書きつつ私と雑談している。
「ノアリスは私の部屋は退屈してないかい?良かったら横にある書庫を見てもいいよ」
「確かに興味深い本が沢山ありますね。『カジミエーシュ歴代最強騎士ランキング』『ラテラーノ寓話集』『ティアカウ人がよく武勇伝にする話題まとめ』どれも面白そうです」
「そっち方面が出てくるのは意外だな。というかそんな本、書庫にあったか?……本当にあった。誰かが持ってきたのかな?」
「でも、私はドクターさんともっと沢山おしゃべりしてみたいです。本よりも面白いお話を聞かせてくださいますから」
「ノアリス……!アーミヤは雑談しようとしても『働け』としか言わないし、シラユキは黙って話を聞いてるだけだし、グラベルは相槌はしてくれるけど面白い会話はしてくれないし」
「ドクター?」
「はい!口だけではなく手も動かします!」
「ドクターさんのオススメの本はありますか?」
愚痴になった瞬間、空気が重くなった。やめてくれ。知ってた?全員ここにいるんだよ?
「そうだ、昼休憩!昼休憩をしよう。アーミヤ、チェス盤を持って来なさい。ノアリスはチェスはやった事はあるかな?」
「龍門の書店である程度は習った事はありますね。あまり自信はありませんが」
「構わない。やってみようか」
アーミヤはチェス盤を持ってきながら一緒にやる友達が居なかったのかと、優しげな眼差しを向けてくる。普通に友達いるよ!?──『神は隣人である』今思いついた。これで信徒皆友達。いや、他にもいるけど。
チェスはポーンという将棋でいう歩が、最後のマスまで到達すると最強のクイーンになれる。これが多くの勝ち筋だ。
私とドクターは動かす駒は違うが、基本的に同じ棋譜だ。ポーンを守りつつ、ビショップやクイーンが死なない程度に場を乱す。時にはキングを前にして揺さぶりをかける。ほぼ、犠牲を取らない、硬い動きだ。
「良い手並みだ。独学かい?」
「えぇ、ドクターさんも?」
「そうだよ。書庫に数冊あるから後で貸すよ」
「申し訳ない気持ちですが、ありがたいです」
ドクターと私は雑談を交わしながら和気あいあいと駒を動かす。……流石天才。私が段々不利になってきた。
チェスはそれぞれの駒に強さの得点がある。ポーン1点ナイトビショップ3点ルーク5点クイーン9点。私があの人に負けた時に聞いた言葉でしかないが、今でも印象に残っている。
両者とも、今回のゲームにおいてはそんなの関係なしに守備的に動かしていたが。
「チェックメイト」
「流石ドクターさん。お強いですね」
「いやいや!君こそ本だけでここまで出来るなら本当に凄いよ!ここまで強いのも初めてかもしれないな。もう1回やらないか?」
「ドクター?」
「いいじゃないか!?昼飯はすぐにすませるし、なんなら今日は残業していこう」
「それはいけませんが、まぁ大丈夫でしょう。1回だけですよ?」
「あぁ、分かったよ」
そう言って盤面を並べる。オープニング───序盤は少しアレンジを入れたがほぼ変わらない。
そういえば、ケルシーと話をしたら、可能なら治療をして欲しいと頼まれた。今の私は前衛オペレーターだ。だが、ケルシーからの命令で医療オペレーターの資格も取らされた今なら大丈夫か。
「少し、拙いですが本でかじった戦術を試していいですか?」
「あぁ、構わないよ」
───そこから、大きく変えていく。自分の駒をサクリファイス───とは必要な犠牲の事だが、それとも違う。積極的な犬死にをしていく。
「……」
「……」
空気が死んだ。2人とも長考が多くなるが、ややドクターの方が長いか。チェスをかじったことの無いアーミヤは分かってないのか怪訝な顔をしている。
─────ポーン4つとルーク1つ。9点。
それだけの犠牲でクイーン1つを討ち取った。不確定な若い芽を摘んで確定した結果だけを残す。盤面はぐちゃぐちゃだ、整合性も何もない。
そんな盤面を見て、よくあの人は言っていた。
─────『ほら、有利になった』
「─────ッ!!!」
「……」
その後も積極的に、だが確実に駒を摘んでいく。
ツーク・ツワンク───相手は悪手しか取れない。取らせない。相手は自身の駒を差し出さねばならない。絶対に。
混沌とした、凄惨とした戦場に自らの整合性を、自らの秩序を押し付ける。まさに戦場の救世主とも言える。そんな働き。
あの人はそんな盤面こそチェスの醍醐味であり、美しいとよく私に語っていた。
そして私とのゲーム中、最も多く言った言葉は
「チェックメイト」
「素晴らしい。素晴らしい闘いだった。
──────で?どこの本だい?」
空気は最悪だ。雑談は尋問に変わった。他の誰も、何も喋れない。喋らせない。
「龍門の古本屋の本ですけど、まだあるかは分かりません」
「いや、大丈夫さ!すぐにでも買いに行かせよう
────で?どこの店なんだい?」
「ドクター?本当に大丈夫ですか?」
「いや……すまない。少し興奮してしまってね」
「ドクターさん」
私はドクターを抱き寄せる。そして、大丈夫。大丈夫。貴方は貴方だよと言い聞かせる。それは、慈愛の女神の姿であり、安らぎを与えてくれる。私の匂いに身を包ませる。香水の森林のような安らぎを。微かな、起こる何事にも動じない深海のような安らぎを。
「すいませんでした。私は何か悪い間違いをしてしまったようです。本当に申し訳ありません」
「あっ、あぁ。私の方こそ申し訳ない。本当に。ありがとう」
「何か嫌な感じはありませんか?気分が悪かったりしたら言ってください。医療オペレーターとして見逃せませんから」
「いや、本当に大丈夫だ。何も問題ないよ」
「……ど〜ん!こんばんは〜ドクター!」
「グラベル?」
「はぁ〜い。あなたのグラベルよ。チュッ」
「ちょっ、今は先客が」
「初めまして、ノアリスと言います。今は前衛と医療、両方のオペレーターとして会う機会があるかもしれません。よろしくお願いします」
「えぇ、グラベルよ。よろしくね。
「はい。ケルシー先生から教わりました」
「まぁっ、ケルシー先生は大胆ね〜。私ももっと大胆にいかなきゃダメね。はい。ドクター、ん〜」
「ちょっ、グラベル!?」
抱きつき、キスよりも大胆な事をしようとしている。アーミヤは今にも彼女を叱りそうだ。
場の雰囲気は元に戻ったし、そろそろ潮時か。
「お熱いですね。お邪魔になりそうなので、そろそろお暇させていただきます。アーミヤちゃんもまた部屋でね?」
「あ、あぁ。今日は楽しかったよ。ノアリス。
───また、君とチェスがしたい。次こそ、君を越えられる気がするんだ。私の実力で」
「えぇ。次の機会があったらまたやりましょう。ドクターさん」
扉を閉じる。少ししてアーミヤが出てくる。
「その、大丈夫なんだよね?」
「うん。ケルシー先生の言伝通りに処置はしたから大丈夫だよ。少しこの後、疲れるかもだけど」
「もうケルシー先生に言われてもこんな事しない?」
「何言ってるの、アーミヤちゃん。
────私はもう、アーミヤちゃんの味方だよ?」
私は今日をもって、アーミヤちゃんに寄り添って行こうと思う。
そう、取り繕う事をしない満面の笑みで返したのだった。
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「終わったよ」
ケルシーの部屋に行き、緊張の面持ちで待っていたケルシーに報告を伝える。
「結果は?」
「成功。だけど、もうやりたくないかな」
「本当にすまなかった。あれは君だから出来た事だった。だから最後に頼みたかった」
「ドクターに趣味のチェスに対する自覚を植え付けて、今後誰とチェスで遊んでいても昔には戻らないし、忌避感や既視感、強迫観念も感じない。それどころか、彼は昔の自分をある程度、克服してみせた。奇跡だよ。ケルシーが考えついた事だ。私とドクターは君の操り人形か何かかな?
私を迎え入れた時から利用しようと考えていたの?一途だねぇ」
「あぁ。だから契約にも予め取り込んでいた。誰にも勘づかれるなと言っておいたが、アーミヤには伝わっていたようだ。最終確認だったのだろう?あの日に君が昔と今、どちらを取るかを決めさせようとしたのは」
「それは普通にどっちが好みか聞こうしただけなんだけど……。なんか恥ずかしいな。まぁ、しょうがない。君の目的のためだしね」
「今、君に言ってもきっと信じてくれないかもしれないが、
────あの日、言った言葉は嘘じゃない。
これからも友人であると、そう信じている」
「……許すよ。かつて私が行ったように、君の決意はあったはずの世界線にはない事象を私から引き出して見せた。
また、近いうちに来るよ。親友さん」
扉を閉めた。1つの関係が終わり、また新しい深い関係が始まる。それがきっと良いものだと私はそう信じて進むのだ。
ケルちゃん老老介護係は卒業したし、アーミヤはドクターといて、今は暇だしオペレーター達と仲良くなってみようかなっ!?約束してるパフューマーに会いに療養庭園とか観光に行ってもいいし、あっ、食堂とか購買部とかに散財かなー。服とかお菓子とか家具とか買いに行きたいかも。そうそう、私も一グループのトップなんだからカランド貿易と交流を深めてみよっかなー。
なんにせよ、私はもう自由だーっ!