少女姿の深海上位者 作:夕焼けの空を飛ぶ海老
ケルシーとはチェスの件で信頼関係の再確認をしてから会ってなかった。報告などは入れてたがそれは友人としてでは無いだろう。
龍門での作戦までは余裕を持ちつつもケルシーが暇そうにしているタイミングで部屋に入る。ミーシャという少女の本格的な捜索が始まるだけであってケルシー自体にはそこまで根を詰める必要は無い。あくまで普段通りだ。
「何をしに来たんだ?」
「もうすぐ一旦ここを離れるから挨拶にと思ってね」
「はぁ、中と外という概念は非常に不確定的なものであり、家、国家、パーソナルスペース、大小によっても様々に別れる。強いて言えば個人の裁量の差と言っても過言では無いだろう。
クルビアでは放牧という牛や羊を放して飼育するという文化があるが、これは柵という中と外を決める裁量があるからこそ為せる事だろう。
ロドスであってもそれは変わらない。ロドスで裁量を持つものは私達であり、オペレーターという役職の中に君を入れているからこそ私は君が何処に行こうと構わない。私達、ロドスのルールに従って戻ってくるからだ。
好きに行ってくるといい、私はここで待っている」
「はいはい。で、アーミヤはどういう風に守る?
信徒の所で過ごしながら持たせた聖水で様子見までは分かるけど。アーミヤが小瓶を開けた場合にそこへ向かうか、それとも別の手段で援護するか」
「隠密性を含めてどちらが優れているか。それは君がよく知っているし、私はそれを指示する事は出来ない。アーミヤにも知られたくないのなら、あとは君次第だ。君がどちらを選ぶかだろう」
「後者。ちなみに監視者は絶対に来ると断言していい」
「では、その方向で頼む」
取り決めが終わり、ソファに沈みながらゆっくりとした時間を過ごす。
「ケルシーは最近何してたの?」
「今こうやって報告書を見てる以外何があるんだ?ただ、オペレーターとの面談や、面談内容や診断事項を記入した報告書の提出、あとは種類問わず論文を見ている事が多い。あとは今君とやったようなミーティングに時間を割いているが、時間の融通が効く。
これからは忙しくなる事が予想できる」
「私はあまり変わらずかな、ケルシーの手伝いが医療班の手伝いに変わっただけ。
この1週間は合間合間に隙を見つけてアーミヤに会ったり、一度ワルファリンに会っていたかな。エンカクにも会って戦ったよ、聖水は回収したから大丈夫だろうけど」
「君はロドスを見に来たと言っていたが、息が詰まっていたようだ。彼女達が君のメンタルケアを担える事を期待する」
「まっ、私にはケルシーと話すのも肩の力が抜けて良いんだけどね」
「そうか、なら、丁度いい機会だ。
君も龍門の下見に着いて来ても良いが、どうする?」
龍門、そこはウェイ・イェンウーが治め、高度成長を遂げた移動都市。
私達がいるのは定期的に抗争が行われる中規模のビル街の地区ではなく、富裕層が多い繁華街のカフェの屋上のテラス席。大通りを見渡せる場所で私たち以外は屋内で食事をしているようだ。
「私達の事は気づかれないんだね」
「ロドスが龍門に協力しているとはいえ、龍門市街を警備させる様な事はない。三者共にミーシャの捜索に躍起になっているところだ。レユニオンが大体的に動くとするなら目標の確保が終わった後だろう」
「近衛局により捜索が完了されている市街内は注目されていないって事だから、だからその中で行動していても問題ないって訳ねぇ。
暴動に巻き込まれても私達なら突破でき、気付かれずに瞬時に帰還してロドスに報告する移動手段もある。
でも、ケルシーが感染者とバレたら危ないから私のコートを羽織ってちゃんと隠しなよ」
「無論だ。それにしても捜索している者が見あたらない。どうやらある程度の見当があるようだ。それに、君はもう分かっているのではないか?」
「え?私はそんなことはどうでも良くて、ケルシーとデートしに来たんだけどねー!ね、ケルシーのそのチーズケーキ食べていい?」
「ノアディシアは物事の本懐を理解していないようだな。だが、君の気晴らしも兼ねている事は事実だ。役割を果たせるのなら自由にすればいい」
「ありがとっ!んー、チーズも力を入れてるけど、良い小麦とミルク使ってるからかチーズ一辺倒な味じゃない。高めのケーキはやっぱり美味しいね!
ケルシーも私のガトーショコラ食べてみる?甘過ぎず仄かな苦味で私の好みなんだ!はい、あーん」
「帰化本能だろうか、君は龍門に来てから少し気分が高揚しているようだ。そして、私は君の手からは食事は受け取らない。食べさせたいのなら皿をこちらに渡すといい」
フォークを近づけるが受け取る気配がない。ケルちゃん反抗期なのかな?
なんで私から食べないのか尋ねると私にも自由に物事を行使する権利がある、とか屁理屈並べてきそうだからやめとくか。
ドクターの手から食べさせるように仕向けてもいいかもしれない。
その後はウィンドウショッピングに行こうとしたが、あまりケルシーは服に興味がないらしく断念。いつも透けてる服着といて何が興味ないだ。ファッションを
そういえば、初めて会った時にアーミヤとも龍門に行く約束してたけど、それより先にケルシーと来てしまった。アーミヤはまだあの時の約束を覚えているだろうか。とりあえず、どういった場所に行くかのリサーチや予行練習になるし良いだろう。
書店で経済情報誌を軽く見てみたり、龍門最大の図書館で色々な論文読み漁る等の古風な文学清楚系を目指したコースで、締めに大通りから少し離れた区画で屋台を開いているジェイの元へ突撃した。リサーチにも予行練習にもならないルートだな。
「こんにちはー!ジェイ君!」
「ノアの嬢ちゃんじゃないですかい。久しぶりに来てはまた別の美人さんを……ケルシーさん!?」
「連れてきちゃった!」
「俺の屋台に連れて来るようなタマじゃないでしょうに」
「いや、私は露天には度々行った事はあるが屋台には訪れた事は無かった。龍門の衛生状況のサンプルとしては良い推薦だと評価したからこそ、ここに来る事を許可した。
山積みされた清潔な布巾で一度の接客毎に消毒の徹底をしており、一人一人のスペースが十分に確保されている。客の為にある程度の衛生管理はしているようだ。
今は閑散としているが繁盛時の密集や上に蒸気が籠る事が懸念される為、対応や換気口を付ける等の対策をしておくべきだろう。
しかし想像以上に清潔だ。ノアディシア、これが龍門の屋台の標準か?」
「んー、龍門の人気店だから経営状況は良好だよ。だから衛生管理に気が回るって感じじゃないかな」
「なるほど、あくまで中流層向けという事か」
「俺の屋台の前で延々と講釈垂れないでくださいよ」
「ごめんごめん、魚団子スープ2つ」
「はいよ! ちょいとお時間頂きやす」
出された料理は白く丸めた魚肉と薬味の入った透明なスープ。見るからに美味しそうだ。
魚食べて大丈夫かと思われるが、忌避感は無い。深海にいた時は草食だったけど今は雑食だ。野菜や海苔は今でも大好きだけど、人間の味覚を持ち合わせた今は色々と好物が増えた。
「水質汚染や化合物を使っている形跡も見当たらない。それにシンプルに食材と調味料で構成されているが、味わい深い。夕食にはいい選択だっただろう」
「お気に召したようで何よりかな。はい、会計。お釣りは次来た時につけといてくれたら嬉しい」
「そう言ってもう10杯ぐらいならタダで食べられるくらいツケてるんですわ」
「マジか。なら『ノアリスから来た』って人が来たらツケ分回しておいて」
「そんなグルメ情報誌みたいな事する人あっし初めて見ましたわ……」
そんな感じで食べ終わり、ロドスへの帰路につく途中でケルシーは私に話しかける。中央区から離れた、住宅も僅かに見える少し閑静な通り。
「龍門は非常に多くの文化が混流した場所だ。それ故に政治的な意味合いでは保守的になりやすい。実際、君もウェイ・イェンウーには難儀していただろう」
「だね。私は種族単位で人望を集めていたから目をつけられて、危うく出ていかされそうになったよ。
それでも、良いところだったでしょ?」
「あぁ。だが、非感染者のみにそれは享受されている。その自由を感染者に届くように協力する事が私やロドスの使命だ。
それが解決しいつか人目を忍ばず君とこうやって来れたら、それも悪くない」
「ドクターとも来てみたら?」
「馬鹿を言うな、彼の足では近衛局や暴動から逃げられないだろう。それに彼も私も忙しい。私達もここで油を売らずに帰るとしよう」
そう、なんだかんだで確信的な事は何も言わないケルシーに苦笑を零しつつ。
2週間ぶりに来た龍門は相変わらず、でも着実に変化をしていた。殺気立つその空気の中で、それでも私達は和やかに調査を終えた。
───────────────────
前衛オペレーターで登録しているアーミヤの直属としての仕事はそこまで多い訳では無いが、兼任している医療オペレーターの仕事は義務ではなく基本ボランティアとして多い。
テロが起こる龍門が復興するまでの2ヶ月というスパンを見越してのやる事と言えば、聖水を使わずに任務で負傷したオペレーターのケアや薬の調合をするといったものが多い。
感謝されにくい地味な仕事でケルシーのために取得した資格なので、サボって剥奪されても別に構わない。だが、せっかく取ったのだから余裕のある時はやっても損はないだろう。
その後、有給を取りすぎて私を連れていかないと休みを取れないらしいモブオペちゃんに口八丁で騙されて、開けているが薄暗いカフェスペースにまで連れて来られるとワルファリンがいた。
患者と上司にこき使われる医療班は大変だな。サボって資格剥奪された方が胃とメンタルには良いと察してしまった。
「なんの用?ワルファリン」
「何故。何故
「いや、呼ばれたら行くとは言ってなかったし、用事が立て込んでただけだよ」
めっちゃ不機嫌そうなワルファリンにそう答える。用事か、例えばアーミヤとパフューマーとで色々な香水を試したり、アーミヤとウィンドウショッピングに行ったり、アーミヤとドクターと駄弁ってたらメンチ切られたり、ケルシーと作戦前にフィールドワークとして龍門へデートに行ったり。
「次からはちゃんと来てくれるか?」
「行けたら行くけど、明後日から2週間は休暇と作戦で居ないよ」
「はぁっ!?それを先に言え!全く、そなたという奴は何時も旅行と言って勝手にどこかへ行っては消えていく」
「で、要件は?」
「暇だったから茶会をしようと思ってな」
ワルファリンにも作戦の準備があったのだと思う。合間合間に時間を縫って私に会いに来たのだから重要な案件だろうと思っていたが、違うのか。
「ワルファリンは紅茶飲めるの?」
「そなたは妾をなんだと思ってるんだ?」
「血しか飲めない種族とかのイメージ強いかな」
「はぁ、血はあくまで主食だ。食事は食用血液で済ませているが、嗜好品を摂取する事だってある」
「なるほどねぇ」
そう言って座り、手前にあったティーカップを手に取って一口あおる。……ん?
「結構変な味がしたんだけど、なにか入れた?」
「睡眠薬」
「帰ろっかな!じゃあね、ワルファリン!元気でね!」
「待て待て待て!すまん、謝るから!」
めっちゃ必死にしがみついてくるワルファリン。すぐに聖水を口に含んだから大丈夫だったけど、結構危なかったから注意しておく。
「紅茶ってこれだけ?見た感じテーブルには置いてないけど」
「そなたが作れ。どうせまた私が作っても薬品を入れられるからと言って飲まないのだろう?」
「昔からワルファリンがいつも睡眠薬とか媚薬とか薬品入れてきたからじゃん。それでも普通に飲むんだけどさ。いいよ、作ってあげる」
そう告げてカフェ備え付けのキッチンで紅茶を淹れる。
淹れるのはリターニアから取り寄せたダージリンっぽい茶葉。赤みが強く、香り高いその茶葉はロドスでも高価だが人気が高いブレンドだ。
茶葉が水中で跳ねる様を見つめて、それからポッドに紅茶を入れながら何かワルファリンに喜んで貰えないか考える。ふむ……
「おまたせ」
「ご苦労だった。さぁ、飲もうか」
そうワルファリンが言っているので、ポッドからティーカップに紅茶を注ぐ。ついでに隠し味も入れておく。
ワルファリンはその様を流し見しながら菓子を並べた。そして、紅茶の香りを楽しもうと少しティーカップに顔を近づけ
「……これに何か入れたか?」
「血」
「はっ、なっ何やってるんだお主ッ!!!???」
間違えてしまったらしい。飲みかけのワルファリンの食用血液がテーブルに置いてあったので入れてみただけである。好物を隠し味にしたら喜ぶかと思っていた。
入れてから気づいたが、誰だっていきなり血を入れられたら引くに決まってる。
ワルファリンはビビって紅茶をシンクに流し始め、ティッシュで鼻をかんでいる。心底、人間の心が芽生え始めたばかりの私は申し訳なくなってきた。
「ごめんね?」
「秘密を話すかもしれないのだから今後は絶ッ対にやめろ!そなたはもしかしてあれかっ!?妾の事がすっ好きすぎて己の一部でも入れたくなったのか!?……なら、少しくらいはっきり言ってくれても」
「いや、隠し味にしたら喜ぶかなって」
「全ッ然嬉しく無いわッ!!本当にこれからは絶対にやめろ!!!」
「そこにあったワルファリンの食用血液だったから大丈夫かと思ったんだけど、地雷だったんだよね。本当にごめんね?なんでもしてあげるから許して?」
「そういう思わせぶりなのをやめろと言っているんだ!理解しろ!!!」
昔はあれだけ冗談っぽく飲ませろとねだってきたのだが、今は違うらしい。ガチギレワルファリンにしゅんと萎んでお説教を聞いていた。
そこに一人の人物が間に入ってくる。
「何をしているんだ?」
「えっ、ソーンズ。いや、妾達はじゃれあっていただけだ。気にするな」
「私が喜んでくださるかとワルファリンさんの紅茶に血を入れてしまったんです。それで今謝っていて」
「お前が何をしていようと俺には関係が無いが、種族に対する偏見は捨てた方がいい。エーギルも場所によっては偏見の対象になる種族だと知っているだろう。ワルファリン、こいつに謝らせればそれでいいな?」
「すいませんでした、ワルファリンさん……」
「いや、妾も色々な事をそなたにやってきたのだからおあいこだ。そなたに妾の事情を教えておくべきだったな。すまなかった」
縮こまっている同族の少女(数万年歳)と、あまり良い噂の聞かない少女(3桁以上歳)が仲直りしているのを見て、無表情なソーンズの表情も少し和らいでいるように感じる。意外と面倒見が良いらしい。
私の正体を知っているワルファリンはチラチラ私を見て大丈夫なのかと心配しているが、私の事を勘違いしているようなので大丈夫だろう。
私との違いが分かるかと思ったが、エーギルという大きな枠組みの中の一種族と思っていそうだ。
ソーンズは魚を模した種族のエーギル族で、無表情クール系だ。イベリアという海沿いでエーギルに厳しく外部との関係を断っている宗教国家で育ち、デストレッツァという剣術を宣教師に学んで自分流に変えた研究者の青年である。研究棟とも近いのでたまたま通ったのだろう。
「ソーンズさんも私達とお茶をご一緒にいかがでしょうか?」
「いいだろう。丁度作戦のレポートを書き終えた所だ」
「そうですか、ダメですよね。今回は仲を取り持って頂き……へ?」
「なぁ、ソーンズ。妾がその書類を送ってやろう。ゆっくりとノアリスと茶を楽しむが良い」
「良いのか?助かる。Medicに渡しておいてくれ」
「しかと受け取った。ノアリス、少し期間は空いてしまうがまた二人きりで会おう。キッチンは許可を取っているから好きに使ってくれ。ではな」
そう言うとワルファリンは席を離れてしまった。私は席を立ち
「では、紅茶を作ってきますね」
「あぁ、頼む。俺は大人しく待っているとしよう」
どうしようかを考えながら、ワルファリンの反省を活かして紅茶を普通に作った。何も対策も考え出せずにそれをソーンズの元へ持っていく。
「どうぞ」
「助かる。良い香りだ、休憩には丁度いい」
「紅茶は飲む方なんですか?」
「初めて飲む。いつもはコーヒーを飲むことの方が多い」
「良いですね、コーヒー。私もいつか飲んでみたいです」
「あぁ」
それから間を取ったが、ソーンズは何も言わずに紅茶を飲んでいる。少し空気が重い。ワルファリンはこれを見越して退出したのだろうか。雑談は質問に変わった。
「普段は何をしているんですか?」
「作戦と研究。あとは眠ることが多い」
「イベリアですか、何か国の特徴とかありますか?」
「知らん」
「好きな食べ物とかありますか?」
「キャベツだ」
「キャベツですか、良いですね。私も野菜は好きです。どんなキャベツ料理が好きなんですか?」
「無い」
空気が死んでいる。研究者としてのソーンズの話題にはついて行けそうにはない。既に質問は拷問に変わっている。そして
「ご趣味はなんですか?」
「剣だ」
「良いですね」
「デストレッツァは知っているか?」
「良いで……聞いた事がないですね」
「そうか」
「でも、どういったものか聞いてみたいです」
釣れた。ここから話題性を広げていけばいい。
「多くのイベリアの剣技の源流だ。刀や剣、レイピアを使った流派が主流だが、マイナーだが槍や銃等を併用したものもあったはずだ」
「なるほど、私もレイピアは使っているので興味深いです」
「俺は師の下で剣としてのデストレッツァしか学んで来なかった。俺も多くは知らないが、まず知識から学び、そこから実践に派生をしていくのが常識だ」
「なら学ぶのにはイベリアに行くしか無さそうですね」
「イベリアではエーギルに対して排他的だ。入国が許可された所で剣を習うのは無理だろう」
「そうですか、残念です」
人は自分が得意と思っている事や面白いと思っている事、話しやすい物事には語りたくなる性質がある。あとは私がその本能を刺激しながら話すだけで良い感じの雰囲気にはなるだろう。
「ソーンズさんは剣を振る時何を意識してますか?」
「無心だ」
「えっ?」
「よっ、相棒とお嬢ちゃん」
「何をしに来た。エリジウム」
「何って、可愛いお嬢ちゃんが頑張って会話しようとしているのを相棒がぶった切っていくのが面白くてね。
その後、イチャついてるのを見ていたらまたこの子が困ってたから助け舟に来ただけだよ」
「ありがとうございます!エリジウムさん。ノアリスです、よろしくお願いします」
エリジウム、話が面白くて顔がいいイケメンだ。ソーンズとは友達で、第三作戦小隊副隊長。テンニンカには及ばないが、拮抗出来る強さだったはずだ。
カフェラウンジでお茶しながら、顔が良い男2人に囲まれるとは私はどこかの乙女ゲーにでも来てしまったのだろうか。ちなみに最終日前日で好感度は初期値となっている。
「エリジウムだ。こっちは相棒のソーンズ。で、なんでソーンズは紅茶なんか飲んでいるんだい?いつもは飲まないんだけどな」
「誘われて暇だっただけだ」
「それだけの理由で無愛想気味な君の隣に初対面の子が座ってみなよ。凄く必死そうに会話を探していたよ?
もう少し良い感じに面白い言葉をチョイスした方がこの子も慌てぶりが見れて面白そうだったじゃないか」
「確かにな。気の利いた返しが出来ずにすまなかった、ノアリス」
「本当に謝る気があるのかはともかく、私はソーンズさんと話せて楽しかったですよ?また、機会があったらこうやってお話ししたいです」
そんな会話をしているをしているとエリジウムが私の顔を見つめている。鼻高っ、性格はアレだが顔良すぎて緊張してしまう。
「灰色の目、銀髪、透けてる服装。この子、前に彼が言っていた僕達の同郷の子じゃないかい?」
「どうしたんですか?」
「先日、作戦で一緒になった時にソーンズと同じような剣を振る子供がいたらしくてね?その子の特徴が大体君と同じなんだよ」
「子供でしたら私の事じゃないと思います」
「いやぁ、ちょっとそれは無理があるかなぁ。相棒はどう思う?」
「そういえば、さっきまで会話をしていた時に興味を持っていた事がデストレッツァだったな。知っていたのか?」
「えっ?あー、えーっと、その……」
「大丈夫だ。俺はエーギルであって、デストレッツァを使っていた所で批判のような事は絶対にしない。教えてくれ」
顔が良いイケメンが顔を近づけてくる。まつ毛長いし、くせっ毛が可愛いし、研究室籠もりなのになんか香油みたいな良い匂いがする。女の子かな?
デストレッツァ使いの可能性だけでめっちゃ好感度上がるじゃん。乙女ゲーでのソーンズ攻略にはイベリアでデストレッツァの習得が必要っぽいな。
とりあえず、前回すぐに帰ってしまったエンカクは後で口封じをケルシーに頼むとして、今は大人しく頷いた方がいいだろう。
「えぇ、少しだけならデストレッツァが出来ますね。見様見真似ですが」
「それを言うなら俺のデストレッツァがリーベリ達に認められるとは思ってはいない。だが、俺のデストレッツァがデストレッツァであると信じているから今もデストレッツァとして鍛え続けている」
「ソーンズさん……!私もデストレッツァを模倣したデストレッツァではなく、自分自身のデストレッツァを見つける為にこれからもデストレッツァを研鑽して私のデストレッツァを目指していきます!」
「あぁ。俺はお前のデストレッツァが見てみたい。もしかしたら、俺のデストレッツァがお前のデストレッツァを教える術になるかもしれないが、どうする」
「デストレッツァだけで戦うことには慣れていませんが、私も自分のデストレッツァがどれだけソーンズさんのデストレッツァ相手にデストレッツァとして勝負になるか試してみたいです!」
腹を抱えて笑っているエリジウムを尻目に私とソーンズは握手をする。一人のデストレッツァ使いとして。
トレーニングルームというのは、ロドスでも数カ所ある。ジムであったり軍事訓練向けだったり。
今回私たちがいるのは一回り大きい総合体育館程度の大きさの部屋だ。他にも剣を振ったり、有酸素運動を行っている人が周りにいる。
エンカクとやったところはメチャクチャ広いけど許可が貰えないので行かない。戦った時も不法侵入だったからね!
「一太刀寸止めで勝ちで大丈夫ですか?」
「俺は問題ない」
「僕は観客兼審判としてここで突っ立っていようかな。二人とも頑張ってねー」
離れたところからベンチに座ってそう答えるエリジウム。面白そうだから見てるって言ってたが、暇なのだろうか。
「じゃあ、始め」
間の抜けた開始の合図と共に双方構えを取る。ソーンズは自然体だ。対して私は予め作っておいた聖水で出来た剣を腰から上方に向ける構えを取る。
瞬間、気がついたらソーンズが目の前にいた。速い、特殊な形状をした漆黒の剣の横薙ぎを身を屈めて避ける。
カウンターで胴体に切っ先を向けようとするが、剣を返して横薙ぎをしてきた為に咄嗟に動きをキャンセルしてソーンズの剣を受ける。
力強い剣だ。振る姿勢や剣の所作、足運び等、所々でデストレッツァと分かるポイントはあるがこれはもう我流のデストレッツァだろう。私は見た事のあるデストレッツァと同じように剣を流す。
本来のデストレッツァとは、リーベリが屈強な外敵から国を守る為に編み出した至高の術。
剣聖と呼ばれても差支えのない大審問官が私に放った技巧を凝らしたその剣は、私の聖水や身をも切り伏せられた。私はそれを見様見真似でパクっているに過ぎない。
いわば私やリーベリは柔を重視しているのに対し、ソーンズの剣は毒を染み込ませて敵を的確に切り伏せる剛を想定している。
例えば、そう。力で押すソーンズ対して、私は剣をなぞるように相手の剣に滑らせ、体に近づき掌底を当てようとするが避けられる。
彼なら近接でハンドキャノンを撃っていただろうが、今回は剣1本なので不可能だ。
「やはり、お前と俺とは違う剣らしい」
「貴方のそれもデストレッツァですよ」
「そうか」
そう言って私に近づき────ッ!先程までより速い。剣を受けるが重すぎて先程の芸当は無理だ。避け続けるしか選択肢が見当たらない。
ソーンズの剣術は実際に戦場で振るう剣だ。私の借り物とは違う、イベリアの知識を持つ本物の剣。
聖水を制限されている私の勝機は一度だけ。だが、それを使われたことが一度だけある。
ソーンズが屈んで下からアッパーを仕掛けてくる。それを軽くいなす程度に留めると、それを咎めるように返し刀で袈裟斬りを行い、
それに対し相手の剣をコン、と軽く叩く。
リーベリが力で勝てないサルカズ等に対抗すべく編み出した技巧の結晶。
ハンドキャノンや灯りのような開発技術も確かにあるが、もっと単純な戦闘技法。
パリィと呼ばれるその技法は、確かに上を取っていたソーンズの体を宙に浮かせた。あとは腹あたりに剣を差し込めば
「俺もお前を認めよう。
────お前のそれは
そう呟き、ソーンズは強引に姿勢を戻し私に剣を向けてくる。
いやいやいや!重すぎ重すぎ!めっちゃ剣の振りも速いじゃん!無理無理!えっ、まだ本気残してたの??
そういえば、ゲームでも二段階強化だったな。つまり本気。無理。ここから毒の液体を絡められる強化もあるとか本当に強敵かもしれない。
そんな動揺を他所に、彼は強引に私の体を崩させて無防備な状態から────これが上級エリート中の上位。世界中でも一線を凌駕する強者の一人。
「そこまで」
「遅いな」
「いやー、見とれちゃっててね?ほら、周りを見てみなよ。皆、君達に夢中さ」
目と鼻の先に剣先がある状態から周りを見てみると確かにこちらを見ている人達が多い。デストレッツァ効果。
「凄い舞踏というか、武闘だね。僕も剣術はよく使うけどここまではさすがに出来ないかな。どう?3人でダンス同好会でも作らない?」
「研究で忙しいから無理だ」
「そんな事言わずにさ、朝だけの活動でもいいよ?」
「なら問題ない」
「問題ありますよ!?意地でも入りませんからね?」
冗談のような話に苦笑していたら、ソーンズはこう告げてくる
「お前と俺とは根本的に全く違う。剣に対する向き合い方もイベリアに対しての考え方も違うのだろう」
「……はい」
「だが、ロドスにいるという事は少なからず共に戦う機会があるかもしれないという事だ。俺が寝ていそうなら研究室に来い。剣の面倒を見てもいい」
「ありがとうございます」
「で、ノアリスちゃんはこれから用事とか無いかい?僕にも紅茶作って欲しいんだけど。やっぱりヴィクトリア産のが良かったり」
「あっ、もう夜なんで帰りますねー!ありがとうございましたー!」
「えっ、ちょっと!?」
後ろでエリジウムが何か言っている気がするが、今日はもう帰ろう。
今日は疲れた。明後日からは休暇で信徒達に会えるのが楽しみで、それでもアーミヤ達と別れるのは寂しい。アーミヤとは触媒を介して繋がりがあるからこそ、そう思った。
「君から会いに行ってたけど、彼女は大丈夫そうだったかい?相棒」
「あぁ。俺達とは違うが、悪くはない」