愉悦系外道麻婆神父になりたくて!   作:伊勢うこ

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洗礼

 

 聖域内部 資料室

 

 聖域内部に侵入したシャドウガーデンは、勢力を二つに分断された。

 一つはアルファとデルタ、何故か聖域に飛び込んできた王女たち。

 そしてもう一つが、シャドウガーデン最高幹部・七陰の一人。

 薄い青色の長髪、整った顔立ちと豊かなプロポーションを誇る女性エルフ。

 七陰第五席「緻密」のイプシロン率いるシャドウガーデン実働部隊。

 

 分断こそされたが、彼女たちは狼狽することはなく聖域内部を調査すべく足を進める。

 時々現れる聖域に残留する記憶を見せられながら、彼女たちが辿り着いたのは──

 

「これは……」

 

 現れたのは、巨大な書庫。

 その数数百に届こうかという大きめの本棚と、そこに敷き詰められた無数の書籍。

 

「教団が所有していた資料のようですね」

 

 褐色の肌とオッドアイが特徴の女性エルフ・オメガは近くにあった資料をめくり流し見た。

 何かしらの実験の経過や過程が記されている。

 だがここが教団の施設であったことを鑑みれば、何について記されているかは容易に察しがつく。

 

 しかしこの書庫、或いは資料室とも言える空間一杯に並べられたものが全て似たようなものだとしたら、見渡す限りの本の山から目当てのものを探さなくてはならない。

 それなりの人数で来ているが、想像すると億劫になる。

 加えて。

 

「ここにあるのは実体ではなく聖域に残留する記憶。持ち帰ることは出来ないだろう」

「あぁ。なら、ここはミツゴシの──」

「こんな所で探し物かね、お嬢さん?」

「──ッ!?」

 

 本棚の影から声。

 

 反射で剣を生成。

 即座に臨戦態勢を整え、突然出現した何者かへ剣を向ける一団だったが、

 

「イプシロン様!?」

 

 意外にも待てをかけたのは彼女らを率いる女傑。

 イプシロンその人だった。

 

「貴方ね。アルファ様が言っていた情報提供者は」

「お初にお目にかかる。私はキレイ・コトミネ、しがない神父だ。以後よしなに」

 

 イプシロンだけでなく、その場にいるナンバーズの面々にもその名前には聞き覚えがあった。

 

 キレイ・コトミネ。

 王都にある聖教の教会の管理を任される神父。

 そして、少し前からシャドウガーデンに秘密裏に教団に関する情報を流す協力者でもある。

 

 統括であるアルファからは確かにそう聞いている。

 しかし誰も、恐らくアルファも、この男のことを欠片も信用していない。

 必要なのは、あくまでもこの男がもたらす情報だ。

 

「しかし芸術界におけるかの新星、天才作曲家の……あぁ、いや失礼。まさか七陰の一人からお褒めに与るとは、私もまだまだ捨てたものではないらしい」

(私の表の立場まで……)

 

 伊達に情報提供をしているわけではないらしい。

 情報収集も、そしてその情報の扱い方にも関しても一応の心得があるようだ。

 尤も迂闊にガーデンの情報を流そうものなら即始末するが。

 

 目の前の神父への警戒度を一つ高め、イプシロンは唐突に姿を見せた神父から情報を得るべく会話を続けることにした。

 

「それで? 貴方は何故こんなところに?」

「ふっ。いやなに、これでも協力させてもらっている身。僭越ながら、是非とも君たちに渡しておきたい物があってな」

 

 そう言って神父が何処からか取り出したのは、一冊のファイル。

 何重にも分厚く紙が束ねられ、やや古さを感じさせるが保存状態は悪くない。

 

「それは……」

「ここにある資料のうち、君たちに必要になるであろう情報をまとめたものだ。特に魔人ディアボロスと英雄、その血を継ぐ子孫……つまりは君たちのような者に関するな」

「!」

 

 コトミネが持っている紙束が示す内容。

 それはつまり、来る道中で記憶として散々見せられた、教団が行なってきた悪魔憑きの実験に関する資料。

 その中には、歪められた歴史に関する情報もあるだろう。

 

 金髪の女性エルフ、ナンバーズのカイに受け取らせ、中身を一瞥。

 確かに、この神父の語ることに偽りはないらしい。

 やけに協力的なことが気がかりといえばそうだが、ガーデン側にとって損はないのでイプシロンはそれで一先ず良しとした。

 

「ご協力感謝しますわ、コトミネ神父。アルファ様にも伝えておきます」

「なに、この程度。礼など不要だとも」

 

 余裕すら感じる不敵な態度を崩さない。  

 それが気に食わなくはあるが、表情に出すことは避けた。

 

「では、私はこれで失礼させてもらおう。あぁ、それと……」

 

 神父はこちらに背を向け、掌を宙に翳すと赤い魔法陣が現れる。

 ここへ来る際に飛び込んだものと同じ紋様。

 どうやら自分たちとは別口から、自力で扉を開いてこの聖域に潜ったらしい。

 

 

「素晴らしい擬態だが、ありのままの自分を恥じる必要もあるまい」

「なっ……!?」

「おっと失礼、つい本音が。では諸君、また逢おう」

「ちょっと……!」

 

 

 イプシロンが何かを言う前に、神父は魔法陣の向こうへと消えていった。

 

「あの……」

「イプシロン様……」

 

 プルプルと震えながら肩を怒らせる上司に声をかけるカイとオメガ。

 直属の部下であるが故に彼女の事情を知る2人だからこそ、何とも言えなくなっていた。

 

「覚えてなさい……!」

 

 イプシロンは、あの神父が一層嫌いになった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

「い、行ったか……?」

 

 

 聖域内部。

 

 聖教大司教代理にしてディアボロス教団が最高幹部・ナイツオブラウンズ第十一席であるジャック・ネルソンは、この日人生最悪とも言える日を迎えていた。

 

 当初の予定通りに女神の試練を終えたと思いきやシャドウに乱入され、更には彼の配下であるシャドウガーデンが出現。

 彼女らに拉致され聖域にも侵入され、挙句自分の裏の立場と過去についても王女たちの前で暴露された。

 しかも自分の頭髪事情についても同情される始末。

 

 踏んだり蹴ったりとはこのことだった。

 

「ま、まぁいい。あの小娘どもが何を言ったところで証拠は無い。それより問題はラウンズの連中にどう言い訳するかだ……」

 

 普段はいがみ合う癖に、面倒ごとを押し付ける時だけは手を取り合うような集まりだ。

 今回のことに関してもネチネチと小言を言われ責任を追及されるに違いない。

 ネルソンの意識が現在から今後に向けられたその時であった。

 

「ッ!? ぐああぁあ!!?」

 

 初めに感じたのは、熱。

 それが次第に燃えるような痛みに変わった。

 痛みを訴える右肩を見ると、そこから何かが生えている。

 いや違う。生えているのではなく、突き刺さっているのだ。

 全体的に細長いシルエットの、見慣れない刀剣が。

 

 濁った血を床に滴らせつつも、ネルソンは武器が飛んできた方向を睨む。

 そこに広がる暗がりから、その人物はやって来た。

 

「き、貴様! コトミネェ!!」

「これはこれは、ネルソン大司教代理猊下。ご無事で何よりです」

「どの口が……っ!」

 

 現れたのは、女神の試練の運営委員として王都から派遣された──という体で教団から送られた神父。

 キレイ・コトミネであった。

 

「自分が何をしているのか、分かっているのか!?」

「失礼。何分こちらにも事情がありますので、どうかお許し願いたい」

 

 許しを乞うと言いながら、神父の光を一切反射しない暗い眼には反省の色どころか暗い愉悦を感じさせるものが宿っていた。

 

 コツ、コツと。

 ゆっくりと足音を鳴らしながら近づいてくる。

 その右手には、何やら見慣れない小さな赤い十字のようなものを指で挟み込み、左手には、

 

「!? そ、それは『雫』の……!」

「そう、貴方が記した生成方法。貴方がラウンズたる所以であり、同時に命綱でもある」

 

 ディアボロスの雫。

 英雄オリヴィエがかつて切り落とした魔人の左腕から抽出、生成した物質。飲んだものに莫大な力と不老を与えるという、人智を超えた代物。

 そこまでは先程シャドウガーデンに尋問され吐いた内容。

 だが、コトミネが持っているのは彼女らには話さなかった、それとは比べものにならない程に重大な、秘匿していた情報。

 

 即ち、『ディアボロスの雫の生成方法』。

 

 コトミネの左手にある資料には、それが記載されている。

 一目見ればそんなことは直ぐに分かった。

 それは何を隠そう、ネルソン自身がかつて執筆したものなのだから。

 入念に管理し、誰の目にも晒されないよう秘匿していた筈のそれが、よりによってこの男の手に──。

 

 少々拝借させていただきました、と悪びれる様子もない神父。

 ネルソンはぎしりと、鈍く歯を軋ませる。

 

「残念ながら、ジャック・ネルソン司教。これが手に入った以上、貴方はもう用済みだ。他のラウンズが貴方を嬉々として蹴落としに掛かるだろう」

「貴様、奴らに流すつもりか!?」

「だが貴方が組織に貢献してきたこともまた確か。雫もそうだが、あの錠剤。英雄の血筋でない者でも、適応すれば魔人由来の力を発揮させることが可能になった」

 

「ですので。無理矢理奪うようなことになる前に、貴方には是非ご自分の意思で──

 

 

 ──例のカードキーを渡して貰いたい」

 

 

「何をしている! やれ、オリヴィエ! ソイツを殺せぇ!!」

 

 ネルソンが縋ったのは、己の横に立つ人形のような表情のない少女。

 彼女こそが、英雄オリヴィエ。

 聖域の力で呼び出された英雄は剣を構えると、常人には目で追うこともままならない速度で目標へと接近し──

 

 

「がっ!?」

 

 

 ──ネルソンの左腕を斬り落とした。

 

 

「莫迦な……!? なぜ、何故私の言うことを……!?」

 

 このオリヴィエは、ネルソンが聖域の力を使い呼び出したものだ。

 故に当然、彼は彼女は自分の言うことに従うと思っていた。

 かつてがそうであったように。

 

 だが、

 

「貴様だな、コトミネェ……! 聖域のシステムを……」

「伝えるのが遅くなってしまい、大変申し訳ない。貴方が彼女らと戯れている間に、少々書き換えさせていただきまして」

「ぬうぅ……!」

 

 そうはならなかった。

 聖域のシステムそのものを掌握されていたのだ。

 つまり、ネルソンが呼び出した時点で、英雄は彼ではなく神父の操り人形だったのである。

 

 両腕の自由を失くし、大司教代理は力無く尻を流血で赤くなった床につける。

 勝ち目がないと悟ったのか。

 

「そういうわけですので、猊下には是非ともご自分の意思でカードを……」

 

 言葉の続きを発する前に、神父は何かを感じたのか。

 首を明後日の方角に向けると、フム、と呟く。

 

「やはり大した時間稼ぎにはならなかったか。仕方ない」

「ぐぅっ!?」

 

 オリヴィエはネルソンの頭を掴むと、その細腕にあるとは思えない怪力で無理矢理頭を垂れるような姿勢にさせた。

 奇しくも罪を犯した罪人が、懺悔を求めるように。

 差し出された頭部に、コトミネの右手が乗せられる。

 

「申し訳ありませんが、少々こちらも込み入った事情がありますので。アレが此処に来た以上、此処も長くは保たない。勝手ながら急がせていただく」

「ま、待て! 何をするつもりだ!?」

「私からの細やかな贈り物ですよ。裏ではどうであれ、貴方は長年聖教に在籍し尽力されてきた。その報い(恩賞)、と思っていただければ」

「ま、待て! 何をするつもりかは知らんが、落ち着け! 今なら、そう、空いた司教の席にお前を、いや、ラウンズに推薦してもいい!」

 

 何をされるかは解らないが、何かはされる。

 その恐怖から、ネルソンは必死に命乞いを始めた。

 しかし哀れにも。

 

「よし分かった! お前の父親の死──」

 

 それに神父が耳を傾けることはなかった。

 

「私が殺す 私が生かす 私が傷つけ私が癒す」

 

 淡く、柔らかな白い光が辺りを包み込む。

 

「我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」

 

 瓏々と紡がれる、聞き覚えのない聖句。

 しかし、何故だろうか。

 これ以上聴けば、自分にとって致命的なことになるという確信が彼の中にはあった。

 

「打ち砕かれよ。 敗れたもの、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え」

 

 知らず、声にならない悲鳴が喉からせり上がる。

 

「休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる」

 

 裡から焼けていく。

 溶けていく。 

 爛れていく。

 

「装うことなかれ。 許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を」

 

 此処は聖域。

 告げるは神の代行者。

 その口から放たれる、悪しきものに対する浄化の祝詞。

 

「休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。 永遠の命は、死の中でこそ、与えられる」

 

 強欲の名を冠した者の姿は、もはや面影のみとなり。

 

「────許しはここに 受肉した私が誓う」

 

 聖なる詠唱の終わり。

 ここに儀式は成った。

 

 

 

 

 ────“この魂に憐みを(キリエ・エレイソン)

 

 

 

 

 

 

 この日、リンドブルムの聖域は跡形もなく消滅した。

 犯人の名はシャドウとされ、またしてもその悪名は世間に轟くことになったのである。

 

 そして後日。

 朝刊の一角に、聖教の司教が一人行方不明になったという内容が掲載されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「模造品とはいえ英雄複数体が難なくあしらわれる、か。流石だな。こちらも少々、急ぐとするか」

 




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