かなり限られた地域のパトロールしかしないくせに、不釣り合いなほど豪華な事務所を構えている──表向きは実家の太さに甘えた道楽ヒーローにも見える──エリクシル事務所。
そこへ公にはされない秘密の通信が入ってきた。すぐに百が応答する。
『公安・目良です。夜分の打診で申し訳ありません』
「お疲れ様です、こちらエリクシル。全員が出動可能ですわ」
要するに公安直属の秘密戦力。かつての
『表』の所属ヒーローはエリクシル、ウラビティ、インビジブル・レイの三人で他は“事務員”だけど、百の言う“全員”は『裏』のこと。もちろん六人全員が含まれている。
もっとも目良さんにはご指名があるらしい。
『依頼が偏りがちで恐縮なんですが……インビジブル・レイ。今回も〔
ちなみに出撃回数は透がダントツである。物理実体があるなら大体なんでも斬ってしまうので。
(逆に少ないのが火伊那さんだ。比較的ヒマなので手芸とかに凝りだした)
『台風って斬れますか?』
「今度は台風ですかぁ!?」
さすがに気象現象は初めてだけどね。
今回は南の海上で発生した超大型台風が問題だという。上陸した場合の予測を色々と聞かされ、なるほど確かに上陸前になんとかしたいと納得。
また、一般的なヒーローの力で台風そのものをどうこうするのは難しい。簡単なら私たちは動かないけどその点もクリアと判断できる。
「出動は良いとして、台風なんて斬ったことないので分かりま──」
「原理的には簡単ですわよ?」
「ちゃんと考えればいけるいける」
ああいうのは小さな力の積み重ねだ。根っこを絶つか循環を断つかして放っとけば散って消えるはず。
「えぇ……」
百や私の言い方が軽すぎたせいか言葉に詰まる透。その呻きが目良さんには可笑しかったらしい。
『ふふ。“
「あ、ちょっとやめてくださいよ透の黒歴史なんですから。その件でイジって良いのは身内だけです」
珍しく冗談が飛んできたので軽口で返した──けど、これは失敗だったみたい。
『ヒェ……大変失礼シマシタ……』
「いやいやいやそんな本気で怯えないでください!?」
あぅあー、この辺の距離感は未だに調整できていない。脅すようなつもりは無くて百パーセントただの冗句なんだけど……まぁでも、目良さんの怯えも分かる。色んな意味で。
「失礼しました、台風の話をしましょう。透が現地についても消滅するまではしばらく時間がかかるはずなので、沖縄や九州は暴風圏に入る可能性があります」
『なるほど。ちなみに最速のプランだとどうでしょう』
「私と被身子ですけど……うーん」
パンチでドカーン☆ と片付ける方が速くはあるだろう。ただ……考えながら百の一言二言交わしてみても、やっぱり結論は変わらないかな。
「他の地域の天候を急激に変えたり、あと津波とかが想定されるので……」
『……相変わらず規模が大きいですね……』
「扱いづらくてすみません。私たちとしても要請通り、透が斬るプランを最適と考えます。ただゆっくり削ぎ切り……桂剥き? にする感じですね」
『承知しました、南方には注意報を出しましょう。よろしくお願い致します』
「「「了解!」」」
同じ日の深夜、無事に台風を散らし終わった後のこと。
飛空艇を操縦する百が眠くならないよう無線で雑談している内に、一つ思い出してお願いをした。
「ごめん、完全に別件なんだけどさ。丁度いいから買い物を頼めるかな」
「おでかけ♪ おっでかっけ♪」
「ふったりっきり〜♫」
ご機嫌な被身子とでたらめに歌いながら、繋いだ手をぶんぶん振って歩く。
タルタロスへの往復は時間がかかるのでいつも一人だった。今日のお出かけはずっと短く済むから二人で来れてハッピー。
……まぁ行き先は死穢八斎會の菩提寺なんだけども。亡くなった組長さんが好きだったっていうお酒、百たちが買ってきてくれたからね。早速お届けに行こうかと。
「透ちゃん、いつも通りでしたね。あんなにビクビクしながらさくさくっと片付けちゃって」
「ね〜? もっと自信満々でいいのに」
「みかんを守ってくれてえらいのです」*
透を褒める時は微妙にテンションの落ちる被身子を愛でながらお喋りする。ただし“台風”とかの具体的な単語は出さない。
──公には何も知られていないし、知らせるつもりも無いから。
群訝決戦の後の十二月初頭、雄英を訪れた目良さんは決死の表情だった。覚悟完了って感じだった。それぐらい非道な依頼だと思ってたんだろう。
あの時は私があっさり了承したせいで逆に混乱させちゃったっけ。
秘密戦力っていうのはそういうことだ。名誉という報奨を捨てることになる。目良さんが今でもあんなに遠慮がちなのはこの件の引け目もあるんだろう。
多くのヒーローは喜ばないし学生は尚更だと考えた目良さんは正しい。あんまり名誉に拘らないつもりの私でさえ、『一回くらい体育祭優勝してみたいな(被身子はしてるし)』ぐらいは思ってたからね。
でもそういう欲は捨てることにした。そこまでは執着なかったし。
だって〔再適合〕で得た力は、治崎以外にはほとんどの場合で
傍目には奇跡に見えちゃうんだろうね。あまりにも都合の良い
目良さんが懸念した『
だから透はあの時コスプレをしたし、以降も素顔を晒さない。
私もちょっとした
「──ぷ。ママ、あれあれ」
「ん?」
お寺に向かう途中で被身子が指差したのは、通りがかった本屋さんの店先。そこに並んでいる写真週刊誌の表紙だった。
「──ぶっは、おもしろ。買っていこう」
「どれだけ嘘と誤解まみれなのか気になりますね」
そこに踊る文字は“特集:ダブルイレブン再検証”とか“時を越え暴かれる真実!! ”とか……まぁセンセーショナルなだけで適当な内容なのは間違いない。だって“治崎廻を倒した英雄は当時高校一年生だった!? ”なんて書いてあるけど、目元を隠されてる写真はどう見ても私じゃない。
ていうかこれ
誰が治崎を倒したのか知りたいのは分かるし、きっと売れるんだろう。だからってよくここまで適当なことを書けるよ全く。
「正解からどんどん遠ざかってる気がしますね」
「うんうん」
被身子の言う通り、昔の方がまだ近かった。事件直後はフィンガード説だって囁かれていたのだ。
当時雄英にいた避難民なら言い出してもおかしくない。
校内で色んなヒーローと訓練しまくってたし、そのくせいつも無傷でピンピンしてたし、確かめようとしてつっかかってくる向こう見ずもいたし、『どんなに頑張って盗撮しようとしても必ずカメラ目線のキメ顔で写る謎の少女』として有名だったらしいから。
何やってんだ私。盗撮はダメだぞ一般市民。
ともかく、こういうのって完全に隠しきれるものじゃない。噂ぐらい立つのは予め分かってたんだ。
実際その憶測は、証拠こそ無くても大正解だったわけだし。
だから
〔再適合〕の時にピンク一色になったのはわざとじゃないけど、三色に戻そうと思えばすぐにでも戻せた。それを敢えて放置して、決戦が済んだらすぐ三色にした。
その上で高二と高三の体育祭にも欠場(結局一度も出ていない)。わざわざ理由は公表せず、でもチアガールとして姿は見せたりして。
するとフィンガード説を支持する人たちは勝手にストーリーを紡ぎ出す。
もちろん完全な誤解だ。捏造というか妄想というか、とにかく事実とはかけ離れてる。でも実に都合がいい。これなら私への期待や依存は生じない。
そして今ではすっかり時の彼方。フィンガードなんて“事務員”にはもうネームバリューが無いからね。
「レップウ、レップウ……あぁそうか、これ被身子のアレだわ」
「はい? 何かありましたっけ」
「二……三ヶ月前? ほら青森の、カルト教団みたいなの」
被身子には印象が薄いらしいけど、世間的には結構な大事件だったはずだ。
事前に公安から私たちへの要請はあったんだけど、ブースト薬と一緒にアッパー系の脱法ドラッグを使う連中で……行動に合理性も何もあったもんじゃない。強化された“個性”を無差別にぶっ放すなんて危険な行動を、街中で突発的におっぱじめてしまった。
居合わせたのは(公式には)夜嵐くん一人。彼は全力で救助活動してただけ──それで精一杯。
『同時並行で
夜嵐くんはちょっと悔しそうにしつつも圧力と音量の大きな感謝を述べ、事実は隠してくれている。
彼に限らずヒーローは、民間人と違い私たちのことを知らされているから。*
秘すべき
依存してはならない
汚職したりこの秘密を漏らしたりすれば地の果てまで追ってくる
頼られ感謝され畏れられている。
世間的な名誉がなくてもやり甲斐は大きい。
それに、目良さんが気に病むほどの抑圧は感じていない。例えば今みたいに──、
「ママ」
「うん、任せて」
──日常の中で犯罪を見かけた時も、『正体を隠すために見て見ぬふりをする』なんてことはしなくて済む。
「きゃあ!? どろ──「ぶ!?」──ぼう……あら?」
引ったくりの現行犯を捕らえ、盗まれかけていたハンドバッグを奪い返した。
もちろんこれを元の姿でやっちゃうのは不味い。
正体を隠すために仮の姿をとるわけだけど、それと似てるだけの無関係な人が誤認逮捕とかされるのも困る。
この二点さえクリアすればOK。私も被身子も透も外見は変えられるし、火伊那さんは姿を見せずにどうにか出来るわけで、つまり『裏』メンバーはみんなできるってこと。
私が使わせてもらっている仮の姿は、とても印象深く特徴的だ。
特徴的すぎて人を怖がらせてしまうのは毎度のことである。
「ひぃっ……!?」
「人を見た目で判断するな」
「は、はいっ……ありがとう、ございます……」
自分で言っといてなんだけど、この姿に怯えるのは無理もないんじゃないかな。普通に顔が怖い。
もし
バッグを受け取った持ち主は、その足で交番に行くかも知れない。『タルタロスにいるはずの重犯罪者が脱獄してヴィジランテやってる』とか訴えるかも。
警察やヒーローは私だって知ってるから、この顔のヴィジランテは追わないけどね。
一応面会して許可を求めたら、ものすごく嫌そうな顔をしつつ頷いてくれた。『自分は敗者だから断る資格も無い』と。
ステインの言葉は侮辱だったんだろうけど、私はむしろ気に入っている。
いいじゃないか、ヒーローもどき。
子供の頃に憧れたヒーロー像はこんなじゃなかった。
一般的・平均的なヒーローのあり方ともかけ離れている。
『ヒーローらしいヒーローか?』なんて問われたら自分たちで否定すること請け合い。
だけどさ──、
──構わないじゃないか、ヒーローらしかろうがヴィランっぽかろうが。
私は『守る側』であって『斬る側』にはならない。仮に目良さんが命じても。
『ちゃんと愛する』から『
私たちはそういうヒーローもどきだ。これからも『最高のヒーロー』みたいにはならないだろう。
こんな自分たちのことを
長らくのお付き合いありがとうございました。
以上をもって完結です。