無口な無口な神機使い~別に喋れない訳ではないんだが~ 作:猫丸飯店
A1.お待ちどうさま。
Q2.感応現象大丈夫だった?
A2.耐え切りました。
耐え切ってしまいました。
ちなみに耐え切れなかったのが無口さん。
ここは極東支部のエントランスホール。
極東支部に所属する主要メンバーが集められ、ツバキ教官の口から重大事項が告げられる。
各人の反応は様々ではあるものの。
概ねして驚愕、そして希望を見出したかのような歓喜の感情に包まれて。
…うん、どうしよう。
肝心な部分が何一つ語られていない。
一応アラガミ化が進行している可能性については触れられてはいたけれど。
九分九厘どころか確定でアラガミ化しちゃってるんだよなぁ。
というかルーキーが集めてたアレってリンドウの痕跡だったのかよ。
言われてみれば確かにリンドウがアラガミになった時にその周囲に舞っていたような気がする。
ちくしょう、もっと早く気付いていれば握り潰して俺が先に見つけ出していたのに。
まぁいい、過ぎてしまった事を悩んでも仕方ない。
こういうのは切り替えが大事。
周囲にどう伝わっていようとも、俺がやるべきことには変わりない。
誰よりも先にリンドウを見つけて。
誰の手を汚す事も無く俺が--
「リンドウが…生きてる…!」
不意にサクヤの声が耳に入る。
そして続け様に聞こえるのはソーマとアリサの声。
「フン…さっさと見つけて連れ戻すぞ。」
「ええ、必ず連れて帰りましょう…必ず…!」
…ダメだ、耳が痛い。
これ以上はとてもじゃないが聞いてられん。
出来る事なら俺も声を挙げてそれに賛同したかった所だが。
アラガミ化してると知っている以上、流石の俺でも続く言葉が見つからない。
仮に嘘をついて適当にこの場は誤魔化せたとしても。
リッカやルーキー辺りが勘付いて問い詰められるのが関の山。
最近どうも顔にすぐ出るようになってしまったみたいだからな。
いい大人が隠し事一つ出来ないのもなんだし、暇を見てポーカーフェイスの練習でもしてみるかな。
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ここはベテラン区画入口の自販機コーナー。
件のいい年した大人が居たたまれなくなって逃げ出した先がこちらである。
…真面目な神機使いとして考えるならば。
俺の持っている情報は今すぐ榊博士辺りに洗いざらいぶちまけるべきなのだろう。
アラガミ化する直前のリンドウと遭遇したことがあり。
俺の目の前で実際にアラガミ化を引き起こしてしまったという事。
姿形はハンニバル種に類似し。
通常種とは異なり、全体的に黒橙色の色合いをしている。
そして現時点においてアラガミ化した神機使いを元に戻す手段は無い以上。
接触禁忌種と見なして特務部隊総出で討伐する、というのが本来極東支部として取るべき対策。
…なんだけど。
この前のミッションの後、今一度俺の目的を整理してみたんだが。
そもそも俺はリンドウがアラガミ化している前提で動いていた筈である。
当然、アラガミ化しているなんて知られたら討伐隊が組まれるというのも織り込み済み。
だからそれっぽい報告書を仕立て上げてまで支部長に特務を発行してもらい、他の神機使いの目から隠蔽しつつ、治療薬が作られるのを待つ寸法でいた。
…我ながら冷静になって考えてみれば。
それが何でいつの間にか、リンドウを殺す事を最優先にする流れになってしまっていたのか。
やはり目の前でアラガミになってしまったのが、俺が思ってた以上にショッキングだったのかもしれないな。
俺の両親の時と違って、中身が炸裂するみたいなスプラッターは無かった筈なんだが。
話が逸れた。
本筋に戻ろう。
という訳で改めて状況を鑑見てみれば。
今時点の状況は元々俺が想定していた範疇であるともいえる。
であれば、まず選択肢として挙がるのは。
当初の目論見通り他の神機使いの目からリンドウを隠しつつ、アラガミ化を治療する手段が確立されるのを待つという方針である。
治療方法が何時確立されるのかはわからないし、ひょっとしたら俺が生きてる間には発見されないのかもしれない。
それでも"いつかひょっこり帰ってくるかもしれない"という希望的観測は、切り捨てるにはあまりに眩しすぎる物だと俺は思っている。
しかしこれは既に破綻してしまったと言っていい程に問題点が山積みになってしまった。
まずリンドウの生存が周知されてしまい、捜索が再開されてしまったので隠蔽が困難になってしまった事。
そして何より、サクヤがリンドウが生きていると希望を見出してしまった事である。
希望というのは短期的には生きる活力となりえるが。
満たされない場合、一転してそれは身体を蝕む毒となる。
リンドウが生きていると分かり。
周りの人間が身を粉にして捜索し。
それでもなお見つからない。
頭によぎるのはアラガミ化。
先にリンドウの捜索が打ち切られた時の絶望が、今度は真綿で首を絞めるが如く続くのだ。
うん、もって一月だな。
メンタル崩すか心労で身体を壊すか、もしくはそれらが原因で作戦中に不覚を取るか。
流石に知己の恋人がそんな様になりかねない手段を選ぶ程、俺は人の心を捨てていない。
さて、ではどうするか。
先にも述べたが現在のリンドウは既にアラガミ化している。
言い換えれば時間的な制約からは解き放たれているものの、発見したからといってそのままアナグラに連れてくる訳にもいかない。
姿形はまごう事無きハンニバル種。
発見されれば確保どころか精鋭を集めて討伐する流れになりかねない。
見つけてしまった奴全員の口を封じるという手も無くはないが。
どうせ神機使いなんて、どいつもこいつもアラガミと大して変わりはな…
ちょっとコーヒーでも飲んで落ち着くか。
この理論で進めると、またぞろリンドウを殺す云々の流れになりかねん。
俺は仲間を犠牲にしてまで目的を達成するような非道な性格はしていない。
俺の両親が命を賭けて救った息子は、断じてそのようなクズではないのだ。
しかしいかんな。
最近手詰まりになるとどうにも感情が高ぶる。
これも全部リンドウがヘマして面倒かけてるせいだぞ。
"死にそうになったら逃げろ、隠れろ"という命令に異論はしないが。
次からは"死にかけてもアラガミになるな"というのも付け足しておけ。
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「今日は缶コーヒーなんですね。ここ最近はお酒ばっかり飲んでいたような気がしましたけど。」
冷たい苦みに舌を浸していた所。
後ろから掛けられた声に反応して振り返る。
おや、レンじゃないか久しぶり。
何だか最近はすっかりお見限りだったようだけど。
「ここしばらく体調が優れなくて後方勤務がメインでして。今日からまた前線に戻る事になったのでそのご挨拶にと。」
何だ、体調崩していたのか。
それは知らなかった。
知ってたら見舞いの一つにでも行ったのに。
上の思惑も絡んでいるだろうが、今は同じ部隊の仲間だからな。
これでも一応部隊長だし。
部下への気配りを忘れないのが出来る隊長さんというものなのだ。
ちなみに快気祝いの催促も随時受け付けている。
食べたい物があるなら是非教えてくれ。
やってもいない事に対する自画自賛はこのくらいにしておこう。
これでもそれなりの古参兵。
彼(?)が、ただ挨拶をしにきたのでは無い事くらいは雰囲気でわかる。
温くなる前に一息に缶の中身を飲み干し。
それをゴミ箱に叩き込んだ後、改めて近くの椅子に座り直して話を聞く準備を整える。
「…察しの良い人ですね。これもベテランの勘ってやつですか?」
俺を一瞥しつつジュースを買い、隣に座りながらレンが言う。
なに、いわゆる年期が違うと言うやつだ。
俺はまだまだ若いけど。
「さっきのホールでのやり取り見ました?リンドウさんが生きてるってわかった時の皆の表情…あの人、本当に皆に慕われていたんですね。」
まぁな。
何しろ命令違反どころかミッション度外視してまで捜索に勤しむような奴が出まくったくらいだし。
「数も数えられないような馬鹿だったのに、こんなにもたくさんの人に思われていて。…なのに、どうして…」
どことなく気丈に振る舞っていた声ではあるが、そこまで話した所で声の質が変わる。
…が、それに気付かないふりをして沈黙を続ける。
別にそういうのを識別する能力を持っている訳ではない。
経験上、こういう人間が抱いている感情を察する事くらいはたやすいというだけの話だ。
「…貴方は神機使いになって既に久しいと思いますし、細かい部分については割愛します。」
異論はない。
おおよそ察しはついてるしな。
「単刀直入に言いましょう。僕の見込みではリンドウさんは既にアラガミと化しています。そして一度アラガミ化した人間は決して元に戻る事はない。」
個人的には認めたくないがな。
「だから…」
…どうした?
続きをどうぞ。
躊躇うように言葉を止めるレンに無言で続きを促す。
十秒ほどの間を置いた後、決意の表情と共に顔を上げてレンが言葉を振り絞る。
-…僕に、リンドウさんを殺させてください。-
「こんな事、リンドウさんの同僚である貴方に頼めるような話じゃないのは分かっています。でもそれを承知の上で、あえてこうして口にさせてもらいます。」
-彼を苦しみから…アラガミの呪縛から解放するために。-
「リンドウさんを殺すため、どうか僕に力を貸してください。」
だろうな。
そういう話の流れだとは思ったよ。
ちなみにこれがサクヤやソーマから言われた話なら二秒で蹴る。
言わせて一秒、"断る"と答えるまでで二秒だ。
恋人殺しなんてクソみたいな結末は見たくも無いし。
俺がソーマより年上である以上、付き合いの長さを理由にするなら年長者がやるのが筋というもの。
アリサ?コウタ?ルーキー?
秒で蹴るどころか言わせもしないな。
そういう汚れ役は大人の仕事だ。
ガキがでしゃばるなんざ十年早い。
とはいえ俺も五年と年齢差は無いのだけれど。
いやー若くて申し訳ない。まぁお兄さん的な立ち位置だという事で一つ。
そんな訳で第一部隊の面々がこんな話を持ち出したところで聞く耳持つ気は無いけれど。
目の前にいるのは俺の部隊…もとい、極東支部の外から来た、フェンリル直属の神機使い。
大局で考えればアラガミ化した神機使いを処理するという話に瑕疵はなく。
どちらに道理があるのかは火を見るより明らか。
余所者が知った口を利くなとはぐらかすのはたやすいが。
その場合不利益をこうむるのは極東支部全体である。
火の粉が関係者だけに留まればある意味御の字。
下手すれば無関係の市井の人にまで謂れのないとばっちりが及ぶ可能性も否定できない。
人間というのは総じて生き汚い生物だからな。
両親を犠牲に生き延びている俺が言うのだから間違いない
生き恥晒しているとは言わないのがお約束。
両親に恥じるような生き方はしていないからな。
閑話休題、話を戻そう。
問いに対する答えを保留したまま。
話を終えたレンの目をジッと見る。
琥珀色に浮かぶ黒色の瞳。
その奥に燻っているのは、決して大義名分に染まった思想や感情ではなく。
…まったくリンドウの人たらしめ。
百歩譲って人をたらしこむのはいいとしても、誑かすだけ誑かして面倒事を増やしていくのはいただけないぞ。
最初は話の内容やお互いの立場的に若干身構えてはいたものの。
それが杞憂であったと気付けない程、俺は経験の浅い新人ではない。
この目は仕事や任務と言ったありがちな上辺で色づけられたものでは断じてない。
リンドウめ、一体どこでレンとこんな深い関係を築いてきたのやら。
同じくらい長く極東支部にいる俺が知らない以上、極東支部内で関わった訳じゃなさそうだが。
…あぁ、そう言えば何時だか任務でロシアに出向してたからその時かな。
まぁその話は今はいいや。
とりあえず俺の答えを決めるとするか。
俺の目的の最上位はあくまでリンドウをアラガミから戻す事。
だがそれが現実的に難しい話である事くらいは十二分にわかっている。
ならば次善の策としては極東支部の誰よりも先んじてリンドウ…もとい、アラガミを殺す事が目標となる。
物騒な表現ではあるが、要するにリンドウが誰かの傷になるくらいなら俺がそれを引き受けてしまえばいいという考えである。
同僚を手にかける事に思うところはあるけれど、俺一人泥を被る事で片付くなら安い物。
元々両親の血を犠牲に生きてきてるんだし、今更泥の一つ二つ被った所で気にしない。
まぁその内後ろから刺されるかもしれんがな。
人気者の宿命とでも思っておこう。
そんな訳で次善策の方であれば一応レンの提案と俺の利害が衝突することは無い。
何しろレンの目的はリンドウをアラガミ化している苦しみから解き放ってやりたいという事が目的。
とどのつまり。
泥を被るのは俺一人で済むことに変わりは無い。
"僕にリンドウさんを殺させてください"?
何の事やら、最近物忘れが激しくてな。
極東で言うところの"やったもの勝ち"と言うやつである。
流石に今それを口にするほど抜けてはいないので言わないが。
事が済んで文句を言われた際にはそう言い訳するとしよう。
レン君ANOTHER誕生。
最後までアレを見続けちゃったから仕方ありませんね。
無口さん?
オーバーフローでハングアップしてます。