無口な無口な神機使い~別に喋れない訳ではないんだが~ 作:猫丸飯店
A.リッカちゃんも何となくわかります。
わかるので無理に喋らせようとしたりしないリッカちゃん。
無口さんはそもそも黙ってる自覚は無いので変わらず無言。
喋れと言われて喋らないのはやらかした時にしか言われないため。
正直に言えば賭けだった。
通常種ならいざ知らず。
相手はあのクソトカゲの堕天種とも言える存在。
何時ぞやリンドウと戦ったアレとは姿は違えど。
同等の力を持っていたとしても何ら不思議はない。
何とか全滅だけは防げたとしても。
再起不能、それこそ死人の一人二人出たとしてもおかしな話ではなかった。
優秀。
本当に、つくづく優秀過ぎるルーキーだ。
駆け付けるまでの時間稼ぎと、仕留めるまでの仲間の護衛。
あわよくばちょっとした支援でもこなしてくれれば御の字と思っていたんだが。
時間稼ぎどころかこんな千載一遇のチャンスまで作ってくれるとは。
ここまで御膳立てしてもらって。
据え膳喰わぬは無作法というもの。
狙うは後輪、正中線。
華の一刀両断と言うやつだ。
畜生如きには過ぎた華だが。
アラガミではなくこれから葬る仲間への手向けと考えればちょうどいい。
…仲間。
仲間か。
フフフ。
フフハハハ。
アハハハハハハハハハハハハ。
仲間一人助けられず。
アラガミ一匹ブチ殺せず。
己の目的一つ達成出来ず。
仕舞には仲間の身の安全すら賭けておいて。
宣う言葉が仲間への手向けとか。
我ながら下らんジョークにも程がある。
まぁいい。
神機使いなんざ、所詮は偏食因子を投与されたアラガミもどき。
元がどうとかはどうでもいい。
殺してしまえばどちらも変わらん。
それじゃあ月並みで恐縮だが。
別れの言葉でも言っておこうか。
死ね。
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神機使いというものは。
人類の天敵たるアラガミと戦うべく生み出された、偏食因子を持って強化された人間の事である。
自身に適合する偏食因子を投与される事で得られた身体能力。
それは既存の猛獣を遥かに凌駕するアラガミを相手取っても決して引けを取るものではない。
しかしそうはいっても所詮は人間。
体躯で勝るそれに不意を突かれて襲われた日には、どれほどのベテランであっても成すすべなく喰い殺されるのが関の山。
故に不意打ちだけは。
神機使いとして最も警戒すべき物の一つと言える。
--後ろだ。
ぞわり、と強烈な悪寒が背筋に走る。
神機使いとして生き始めてはや幾年。
身体に染み込ませたその感覚が、人生で最も大きな音を立てて警鐘を打ち鳴らす。
人外に成り果ててから感じるのは初めてであるが。
かすれゆく記憶から呼び起こされた鮮明な感覚は、意図せずアラガミと変わりゆく本能と結びついて急速に状況認識を加速させていく。
避ける?無理だ、間に合わない。
受ける?そうだ、それしかない。
選択を誤れば即ち死。
しかし件の新人に向かって左手を突き出した身体は言ってしまえば既に死に体そのもの。
どこで受け止める?
左手?無理、神機を跳ね除けてからでは間に合わない。
背中?無駄、後輪程度で防げるような一撃ではない。
ならば残るは右腕だ。
捌く?不可能、アイツはそんな甘いタイミングで襲い掛かってくるような素人じゃない。
完全に不意を突いて繰り出されるそれは最早告死の鎌にも等しい。
籠手がある分マシとはいえ、まともに喰らえば確実に腕一本は持ってかれるだろう。
人であれば躊躇してもおかしくないその結論。
しかしアラガミとして。
そして神機使いとして培った、何としても生き延びるというその意思が。
-オオオオオオォォッッッッッ!!!!!!!-
本能が恐怖を打ち消すように咆哮を上げ。
次の瞬間、身体能力任せに強引に身体を捻り込んだ。
………
痛みは無い。
予想通り、振り下ろされた神機は籠手を割り砕きながら腕にめり込む。
このままいけば間違いなく、数秒後には長年連れ添った片腕と泣き別れになる--
筈だったのだが。
神機が止まる。
文字通り骨身に喰い込んでいるとはいえ、それ以上刃が進む様子は見られない。
受け止めるように構えた腕越し。
神機を持つかつての同僚に意識を向ける。
ほんの一瞬。
薄れゆく自我の中で感じた気のせいなのかもしれないが。
無口無表情の鉄仮面。
感情の一切を感じさせないその表情が。
一瞬、初めて感情を見せたような気がした。
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ここは極東支部にある俺の自室。
タツミ達が帰還した事への安堵の声と、接触禁忌種クラスの新種が現れた事への報告に不穏が入り混じったホールを後にして。
たまにしか買わない、気持ちお高い缶ビールをクピリクピリと口にする。
「…随分機嫌がよさそうですね。せっかく彼を開放できるチャンスを逃してしまったというのに。」
明らかな不満顔でそう呟くのは医療班所属の神機使い。
先の作戦では予めアラガミの退路に潜伏し、後ろから追いかける俺と挟撃するという手筈を整えていたのだが。
「あそこで貴方が追撃してくれればそれで全ての幕を引けたんです。…まさかとは思いますけど、この期に及んで覚悟が引けたとか言うんじゃないですよね?」
覚悟が引けた?ハハッ、ナイスジョーク。
流石支部長直属の特務兵様は冗談のセンスも冴えてるな。
俺とてこれでも立派な古参兵。
任務とあれば私情を排し、己が責務をこなすという自負くらい持っている。
入隊したての新人じゃあるまいし、見くびられてもらっては困るというもの。
これには海より深い理由があるんだ。
だからそんなハイライトの無いジト目で見るな。
そう、例え元がリンドウであろうともアラガミはアラガミ。
俺の仲間を傷付けてくれる以上、一辺の慈悲無く叩き切るつもりには変わりない。
だがな。
それはあくまで
脳裏に直接聞こえたあの声。
俺が駆け付けるまさに直前の光景で叫ばれたそれは、まごう事無くリンドウの意識に違いなかった。
俺達に襲い掛かったのも、別に俺達を狙っていたからではない。
タツミ達を助けるためにアラガミをぶちのめしたまでは良かったものの。
アラガミ化した身体の制御がうまく行かず、半ば暴発的に攻撃を加えてしまったというのが真相だ。
ここで重要なのは自身の身体を制御が出来ていない事ではない。
アラガミ化してしまっているとはいえ、今尚確かにリンドウの意志が生きているというのが肝心なのである。
見た目はまごう事無くアラガミのそれ。
しかし異形の身と化してなお、仲間を想い叫んだあの声は間違いなくリンドウのそれ。
ならばあれはアラガミではなくリンドウ本人。
見た目はどうあれ、アレにリンドウの精神が存在しているというのなら。
俺は誰が何と言おうともアレをリンドウ本人と見なす。
大人だからな、見た目で人を判断したりしないのだ。
そして生きていると判断した以上。
まだ諦めるには早すぎる。
例え結果として間に合わないという結末に変わりなかったとしても。
今このタイミングで判断を急ぐ必要性は全くない。
というか今時点で既にバットエンドルートに入っていたようなものだからな。
もし駄目だったその時は。
当初の予定通り俺が全て片付ければそれで済む話だ。
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そんな訳でとりあえず仕留めるという方針は一旦ペンディング。
クソトカゲと遭遇する前に立てていた時間稼ぎプランへ方針転換である。
俺は元々リンドウを殺そうとして仕留める気だった訳じゃない。
リンドウがオラクル細胞に飲み込まれ、アラガミと成り果てて仲間と殺し殺され合いをしそうだったから始末しようとしていただけの事。
今のリンドウはまだ完全にオラクル細胞に飲み込まれてはいない。
それは先のミッションでリンドウに吹っ飛ばされたタツミを見ても明らかだ。
コンゴウを一撃で仕留める程の膂力を持ったアラガミの薙ぎ払い。
素人目にも救護室直行コースであるはずだが、実際は軽い打ち身程度で骨折すらしていなかった。
ルーキーに至っては吹っ飛ばされるどころか、まともにその場から後退すらさせられていない。
決して余裕がある状況とは言わないが、少なくとも神機使いに襲い掛からないよう、アラガミの本能に抗う力は残されているように見える。
であれば俺がこれから取るべき行動は三つ。
一つ目はリンドウの動向をマーキングし、討伐隊とかち合わないようにするための裏工作。
二つ目はサクヤが壊れてしまわないよう、それとなくまだ希望が残されている旨を匂わせる根回し。
三つ目はさっきから俺を睨み続けているレンへの弁解である。
さらりと言える程簡単な事では無いのは分かっている。
だが元々はアラガミ化を治療する方法が見つかるまで何年でも粘るつもりでいたんだ。
僅かでも可能性が見えたのであれば。
多少の無理くらいいくらでもするさ。
もっとも、無理して何とかなりそうなのは最初の一つ目だけ。
後回しにすら出来ない三つ目のおかげで現在進行形で言葉に窮しているんだけどな。
詳しい事情こそ聞きはしなかったものの。
レンと少し前までの俺はお互いの目的が明確に一致していた。
だからレンは俺の行動に積極的に協力してくれたし。
俺もレンの行動に積極的に協力した。
ところがあと一歩というここに来て状況が変わり。
要となっていたお互いの目的にずれが生じてしまった。
俺の方針転換は、言ってしまえばレンとの約束を反故するという事。
目的が変わった以上、互いにこれ以上協力しあう必要は無くなったが。
だからと言って説明も無しにこれにてお別れとは出来ないのが人の世というものである。
後々禍根になっても困る。
何とか上手く言い訳しないと。
そんな俺の考えを他所に。
レンは普段よりやや険しい表情のまま、淡々と説くように言葉を口にしていく。
-貴方の考えている通り、リンドウの意識はまだあのアラガミの中に存在しています。でもそれは希望でも何でもなく、ただ暴走したオラクル細胞がまだ安定期に入っていないだけと言う理由に他なりません。-
-侵食が進んでオラクル細胞が安定期に入ると、いよいよもって人の意識は消滅します。当然人間だった頃の記憶も失い、偏食因子の本能のままにあらゆるものを喰らう存在…アラガミへと至ります。-
-つまり、今しかないんです。ここを過ぎれば、もうリンドウは自分が救われた事を知る事が出来なくなってしまう。そればかりか自分が仲間を傷付け、殺してしまうのかという失意の中でアラガミになってしまうんです。-
畜生、ぐうの音も出ない正論だ。
俺のプランの最大の欠点。
それはリンドウに対する精神的な救済という意味においては全くと言っていい程考慮していない点である。
今時点で残っているリンドウの意識が消えないという保証はどこにもない。
レンの言う通り、自分がアラガミになってしまったという絶望を抱いたまま消えてしまう可能性は十二分にあり得る話なのだ。
榊博士なら持ち前の知識と合わせて反論できるかもしれないが。
一介の神機使いに過ぎない俺の知識では言い返せるだけの詭弁も用意できん。
精神論で押し切れる相手だったら良かったんだけどな。
"あのリンドウが簡単にくたばる訳がない"とか"俺は最後まで諦めたくない"とか。
"覚悟は出来てるから"なんて言おうものなら時間稼ぎもクソも無しに討伐に連れてかれそうな気がする。
何とか、何とかこの場を切り抜ける一言を--
「貴方はそんな結末を望むんですか?誰よりもアラガミを憎んでいるであろう貴方が、そんな畜生に仲間が堕ちるのを黙って--」
-ズダンッ!!-
椅子に座ったまま足を持ち上げ。
これでもかと言わんばかりの勢いで目の前のテーブルに叩き下ろす。
少し黙れ。
熱くなるのは結構だが。
言葉は選んだ方が互いのためだぞ。
力付くで会話を打ち切る無口さん。
ちなみにここのレン君ちゃんも他の人には見えません。
無口さんも無表情のままなので傍から見ると別な意味でちょっと怖い。
長くなったので区切ります。