なぜお前はいつもそうなのだ!!バーヴァンシー!!(パチモン) 作:ジンジャエール
「楽しそうだな」
「そう見える?」
寝具の上で楽しそうにふふ、と笑う白髪の少女。
戯れに髪を指で梳かしてみれば、するりと指通りがよく、特に抵抗はなく腰まで伸びた美しくととのえられた毛先まで通過した。
くすぐったいとむずがると、宝石のような青空を閉じ込めた宝石が長い睫毛を揺らして瞳を細める。
───妖精を思わせる容姿は、まるで人を堕落へと誘う魔性の類のようだ。
私は、少女がむずがったせいではだけた衣服から覗く傷一つない肌をくまなく確認する。ある程度の時間をかけてじっくりと見つめると満足げに微笑んだ。
「今日も私との約束を守れたようだ。偉いぞ」
「もちろん今日もお父様の言い付けを守ったわ!」
彼女の絹のように白い柔肌を傷つける者を、皇帝は許さない。
それを当の本人が知っているのかはわからないが、今日も健やかに過ごせていたらしい。
明日からは今よりも中々構ってやれなくなるだろうから今の内にたくさん甘やかしてやろうと私は少女を───トリスタン…バーヴァンシーを腕の中に閉じ込めた。
そうしてしばらく甘やかしていると、肩口に金色の糸のようなものが付着している事がわかった。
「…どうやら、こちらの約束は守れなかったようだな。……またランスロットと寝たな」
「だって彼可愛いのよ?部屋から追い出そうとするとこの世の終わりみたいな顔になるの」
私は、正直なところ2人の関係にため息を吐きながらも内心この子がそうしたいのならと諦めていた。
けれど、ハッシュヴァルトとの下世話な噂が流れるたびにユーハバッハの中には自身の200cmという恵まれた体格に有り余るほどの感情の行き場に困っていたのもまた事実だ。
だがその件で両者を罰する気もない。そう、ただ私の心が嵐のように荒れ狂うだけなのだ。
「まったく…父を困らせて楽しいか?悪い子だ」
胸の中に抱いて頭を撫でる。私は、トリスタンが何をしようとも声を荒げる事もなければ、いくら失敗しようがその粛清する事など天地がひっくり返ろうともありえないのだ。
親衛隊に所属してはいるが、トリスタンに彼らと渡り合えるほどの実力があるとはお世辞にも言えず、聖章騎士たちと比べても下から数えた方が早い能力しかない彼女に疑問を浮かべる輩も多い。
けれども、トリスタンは親衛隊と良好な関係を築けている。
親衛隊が出来の悪い妹のように娘を可愛がっている様子を見ればただ自分の後継者だから持ち上げている訳ではなくきちんとトリスタンに向き合い接している事がわかった。
いくら悪辣に振る舞おうがこの子の善性が分かるものには分かるのだろうか。
私は、それが誇らしいようで恐ろしかった。
千年前、トリスタンのために整えた土壌は完璧だと思っていた。
自分の作り上げた箱庭、その中に入る人間は皇帝であるユーハバッハに許された子供たちだけ。
けれども目を離した隙に、トリスタンは再び命の危機に晒された。
再会には千年の時を待った。トリスタンは私が来ること信じていた、私もまた彼女が待っていること確信していた。
千年という人間にとって永劫の時を隔てようが、この2人を別つ事などついぞできなかった。
そして、以前と比べようもないほどに丹精に耕した国で、名前、善性、価値観、全てを奪った。けれどもそんな私のの横暴を、トリスタンは笑って頷いた。
そうまでしなければ笑わせてやれない無能な身が憎かった。
〝お父様〟と、うとうと寝入りそうなか細い声に目を向けた。
「あのね、ほんとうはね、そうやって嫉妬してるお父様の顔見るの好きだから、つい約束を破ってしまうの」
嬉しそうに笑って「私、悪い子よね」と言葉を放つ。
「…あれが聞けば泣くな」
「ふふ、だから内緒ね」
それだけ言って、トリスタン、──バーヴァンシーは寝息を立ててスヤスヤと眠ってしまった。
私が今、どんな顔をしているのか気になった。けれどここには鏡はない、わざわざ鏡のある部屋まで行くのも面倒な上にバーヴァンシーを起こしてしまうかも知れない。
せっかく気持ちよく寝ている娘を起こすことは憚られる。
「トリスタン……、バーヴァンシー。我が騎士、我が娘、我が愛よ」
形容し難い感情を、一言ずつ呪詛のように込めて、言葉に出す。私があの腐った肉塊共と同じようにこの少女を曇らせる事などあってはならないからだ。
するりと頬を撫で暫しの間観察するが、ギフトが剥がれる気配はない。
──ユーハバッハにとって新名の定義とは、己本人が自認している名であると考えている。
「なぜ、何故だ…、」
このギフトを授けた本人が名を呼んだのにも関わらず、バーヴァンシーのギフトは剥がれなかった。
…つまり、バーヴァンシーという名は、今まで私に名乗っていたその名は真名ではないのだ。
最初の転生での記憶を余す事なく全て覚えている。もちろん、私が四重苦から脱したあの日、バーヴァンシーが発した言葉も例外ではない。色褪せない輝かしい記憶、全ての始まりを告げる彼女の声は、何よりも美しかった。
けれど、もしあの情景の一欠片でも嘘だというのなら、それは私への裏切りに他ならない。
「なぜ、名を教えない…?私を愛している
…お前に限ってその」
名ならばまだいい、よくないが許容範囲だ。
…けれど、もし仮に、向けられた愛まで嘘であったのなら私はどうなってしまうのか。
バーヴァンシーに限りそんなことはないと信じている。だが名を偽られた事がその件で尾を引いた。
「他の者に愛を向けるな、与えるな、」
今まで、お前を助けようとする者が私しか居なくてよかった。あの泥の中から救ったのが私でよかったと、思えてしまう。
反吐が出るほど穢らわしい肉塊共だと蔑み、忌み嫌ったお前を虐げてきた者達に、今は安心感すら覚える。
何故なら、あの肉塊共がいなければ、私はバーヴァンシーにとって唯一の救世主たり得なかった。
今も尚、何度殺しても飽き足らないほど憎んでいるのは本当だ。けれどそうであってよかったとすら思ってしまうのは人の業だろう。
暗闇にいるのなら私が照らしたい。
泥の中で動けないのなら私がそれを掬い上げたい。
道に迷ったのなら、私が星になり導きたい。
彼女の形成する幸福の全てになりたい。
〝私は奪う事しか知らなかった〟
〝彼女は与える事しか知らなかった〟
全てを与えながらも、それらを喰らい尽くし略奪するしかできなかったものが唯一を見つけてしまったのなら、あとはもう落ちるだけなのだ。
「見せしめだ。雀部長次郎 は最初に殺しておけ」
「はっ…」
娘が寝ているので声量は小さくしている。聖兵もそれを察して最小限音を抑えて動いている。
「あぁ…肝心の物を忘れていた……あの男に死の間際、これを見せてから殺せ」
ユーハバッハが床へ投げ捨てた花は、可憐に咲いた〝白椿〟だった。
「か、かしこまりました」
意図は何一つ分からなかったが、主人の地雷は踏みたくないと賢明な聖兵はそそくさと陛下の部屋を出て行く。
「ふ、」
毎夜吐き気がする後悔と自責を口から吐き出す不愉快な罪人が、最後にどんな声を上げるのか楽しみで仕方がない。
山本元柳斎重國と娘を天秤にかけようが娘を選べもしない無能の分際で彼女の視界に入り、あまつさえ婚姻を結ぼうとした痴れ者には当然の罰だ。
「首切り花の名を娘に与えるなど…」
救えもしない分際で娘に邪な光を見せた罰だと、私は愉悦を浮かべる。
「お前に与える者は私1人だけでいい」
私が千年をかけて紡いだ物語は、彼女のための英雄譚だ。
人間が、神へと至り愛した者を救うための。
陛下「お前の名前が知りたい…」
偽バー「えぇ…・をつけてないだけでは……」