とある個体の方向転換 作:一方通行に健康な食事を食べさせ隊
作者はないです。
八月十五日の夜、
「あ、遅いですよ…と」
いつものマンションの扉に背中を預けて座り込んでいたのは、昨日の夜に現れた女。昨晩は着ていなかった兎の耳が付いているダウンジャケットを軽く羽織り、俺よりも一回り程小さい両手は、ホットココアの缶から暖を取るように抱え込んでいた。
公園で見かけていた時からずっと下ろしていた髪は、一本の複雑な三つ編みにされていて、白く細い首筋がダウンジャケットから垣間見える。それに昨日とは違って短パンで来たのか、血の気が通っていながらも流線的な足が見えていた。
「…オマエ、頭イカれてンのか?夏にホットココアは飲まねェだろ」
夜で気温が下がったとはいえ、近年の夏は三十度を越す勢いだ。そんな中、いくら寒がりだからと言ってもホットココアを飲む馬鹿はいねぇ。それに加えてダウンジャケットを羽織ってんだ、夏風邪でも引いてんのか?
そう思って言ったが、俺の言葉に対して女は不満だとばかりに、トントンと軽い足踏みをする。
表情は大して変わったように見えねぇが、目付きは何となく半目になっているような気がする。
「自分だって別に、夏にココアを飲む習慣がある訳ではないですよ。ただ貴方を待っていたら少し肌寒くなったので、…仕方なかっただけです」
まるで拗ねているような態度に内心驚きのようなものを感じながら、ため息を吐く。
主に呆れと、俺自身の感情を落ち着ける為に。
「つゥかさァ、昨日の時にお礼とやらは受け取ったことになってンだろ」
「…引っ越し時の段ボール等が放置、指定の曜日に出すのを忘れたであろう缶コーヒーの入ったビニール、エナジードリンク系ばかりの冷蔵庫…それでもまだ聞き足りないですか?」
目の前の女の言葉に、自覚はあった俺は自ずと黙り込む。事実昨日家に上がると言って、家に入った女は室内の惨状に狼狽えていた。あれはあれで見ていた俺からしたら面白かったがな。
「余計なお世話だな」
「それくらい分かっていますよ、ですが顔見知りになった相手が不健康で死んだなど、夢見が悪くて放っておけません」
女はそう言い切ると俺の立っている方へ、俺に目線を合わせて見つめてくる。
昨日と何ら変わりのない紅色の目は、俺の断ろうとした意志と言葉を優しく曲げていく。何よりもイライラするのは、一方的に否定されないことで攻撃的になれないことだ。蜂蜜のようにゆっくりだが、染み込むかのように溶かされているようで、無性に悔しくなる。
科学反応で言うところの、中和されているかのような感覚がずっと心の片隅に残っていやがる。
俺が立っているだけで、ヒリヒリピリピリと突き刺さってくる敵意や殺意でもない。
吐き気がするくらいガワだけ
「元から自己満足でいいから来てるんですよ」
どう表せばいいのか分からない…ただ隣に居て、泣いてもいいと許してくれるような何か。
楽しいことがあったら互いに話して笑ったり、辛いことがあったら話を聞いてくれる、ような。
ぼんやりと考え事をしていたせいか、思ったことが口から出ていく。
「…オマエの言うお友達ってのはよォ、相手のことなンて考えてねェヤツのことなのか」
しまった…とは、思った。だけど女はキョトンと惚けたような顔をした後に、にこやかな笑みを浮かべて俺を見た。
「それは違いますね。自分の知人曰く、その人にとって良い友人であるか否かは当人が決めることらしいので、貴方から見たら友人とは思えないような関係性であっても、当人達はそう思わないそうです」
女はこっちが見惚れるようなにこやかな笑みから一転、言った言葉に反比例するかのように、期待という言葉のきの字もないようなニヒルな笑み*2を作っていた。
「…結局のところは、オマエも信じてねェンじゃねェか」
「あ、バレてしまいました?」
「喋ってる内容の割に、顔が笑ってねェからなァ」
わざとかどうかは知らないが、女自身もあまり笑みに自信がなかったかのように言うもんだから、まるでつい最近まで笑うことを知らなかったんじゃねぇかと勘違いしそうだ。
マンションの扉の前で座り込みながら、あーでもないこーでもないと言いながら、女が自分自身の口角を上げているのを見て、俺もふと流れで口元に触れた。
「…でも、ありがとうございます」
「は?急になンだよ、気持ち悪りィ」
「失礼ですね…歴とした感謝を言っているんですよ」
この女に礼を言われるようなことは、病院に置いてったくらいしかしてねぇ。
そう思って即座に否定するも、いつものように言ったことで言葉自体が刺々しくなる。
けれど女は怯まずに会話を続けた。
「表立って誰かに信用できません、なんて堂々と言えないじゃないですか」
「俺はそォでもねェな」
俺の場合、周囲なんて気にしていたら食い潰されるような状態だった。ちょっとでも人を信用したところで、すぐに裏切られるからいつの間にか誰も信用出来なくなった。俺の意志をどうにか強く保たないと先に進めない程だったもんで、必然的に周囲を気にしなくなっただけマシだった。
「あぁ…確かに、貴方は世間体とか気にしないタイプっぽいので、言いそうですね」
「オマエ、周囲のヤツらばっか気にするタイプだろ」
「…気にしないで生きられたら、楽なんですけどね」
そう言って女は急に立ち上がり、身体を上に伸ばした後にダウンジャケットを脱いだ。
「さて、ここでずっと話していても何も変わりませんので、素早く家の掃除などをさせてもらいますよ」
俺は渋々とマンションの扉を開けたのだった。
女はビシッと、飲んだ後のコーヒー缶で満杯なビニール袋を指差して言った。
指差して言われなくとも、元々資源ごみで捨てる予定だったから俺が纏めてたんだがな。
…忘れて放置してることが多いだけで。
「コーヒーが好きなのは分かりましたが、自分自身でコーヒーを淹れるという考えはなかったんですか…!?」
「そンな暇がねェンだよ」
生憎だが、最近の時期的なもんで俺に暇な時はない。
急に手首を掴まれてキッチンに連れて行かれたと思えば、いつも一杯になっている冷蔵庫を少し震えながら指差して言った。…別に指差して言わなくとも、大体言いたいことぐらい分かってんだよなぁ。
「何故、冷蔵庫に食材がないのですか…???」
「オマエの目は俺が自炊するよォに見えてンのなら、オマエはもォ一回病院行った方がイイ」
「…ですよね」
コーヒーと理由は大して変わらねぇが、手間暇かけられる時間もなく、まず自炊すらしたことねぇヤツの冷蔵庫に食材があるとでも思ってんのか?俺は絶対に思わねぇ。
「…というか何でエナジードリンク等はあるのに、野菜ジュースの一つもないんです?栄養バランスというものを義務教育の際に軽く聞いている筈では?それとも赤・黄・緑の三色で分けた表現の方が分かりやすいですか?」
我ながら耳が痛い言葉に顔を顰める。あとよくあんな短時間で冷蔵庫の中に野菜ジュースの一つもないことを確認したなコイツ。小・中で習う三色食品群*3とかよく覚えてるなオマエ。よく三大栄養素*4とごっちゃになって三色栄養素とか変な言葉作るヤツだろ、俺はもう忘れた。
大五栄養素*5とかもあった気がするが、RPGとかで出てくる四天王的な感じだった筈…?
「好きなものだけ食って死ぬってのは幸せじゃねェの?」
「それが将来的に変わることに自分は賭けさせてもらいます」
「へェ、俺はそれが変わンねェ方に賭ける」
キッチンから聞こえるガチャガチャと鳴る作業の音を聞きながら、何を賭けるか考える。特段これだと思うような案もないままで、無難な案を口に出す。
「…負けた相手に、三回言うこと聞かせる権利なンてどォだ」
「無難ですね」
互いに名前も知らないが、互いに名前すら知らないことで沢山の会話を交わしている時間が、酷く穏やかなものに感じるなんてだいぶ俺もイカれてきたな。
そんなことを思いながら夜は静かに更けていった。
カフェインは過剰摂取すると、カフェインを摂取出来ていないタイミングで凄まじい頭痛やら手の震えが出るそうです。そしてカフェインは人間以外にとっては一口で猛毒なので、ペットや近所の野生動物に与えないようにしてくださいね。人間もカフェインを過剰摂取すると致死量に値する時があるそうなので、気を付けてください…。
カフェインはお茶系やエナジードリンク系、もちろんコーヒーにも入っているので、
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