とある個体の方向転換 作:一方通行に健康な食事を食べさせ隊
今回はお色気回だと思ってください。
八月十五日の夜、マンションの扉の前に座っていたあの女と出会ってから、俺が住んでいるマンションの一室の前に女が隙あらば座っていた。八月十六日は同じく扉の前で座り込んでいて、何故か八月十七日はマンションに入る前で会った。
会話を重ねる度に、波長が合うヤツと共にいる時間が穏やかだったことを思い出す。名前を互いに教え合っていないからこそ、俺はあの時だけ”__ ___”だった時と同じようにいられた。
例えその会話が、食生活を改善しろだの日中に家の外に出る時間を増やせだの言われるものだったとしても、俺が化け物を見るような目で見られることのない時間だった。ただ純粋に俺自身を心配しているような言葉や、
八月十八日の夜、いつものように
いつものようにマンションの扉の前に座っている女を見つけ、声を少し離れた辺りから掛けた。
「なァ、オマエいつまで」
俺が声を掛けた瞬間、女は俺がいる方向を声を頼りにして向き、駆け寄って来た。そして、喋ろうと思っていた言葉を言い切る前に女は俺に抱き着いてきた。パニック状態になりかけている内心をどうにか抑え付けながら、少し震えている女を引き剥がそうと女の肩を掴んだ時だ。
「…すいません、しばらくのあいだ…こう、させてください」
女の声から俺と話している時特有らしい溌剌さが消え、若干鼻声気味で返ってきた言葉に肩に置いた両手が止まる。どうして女が今の状態になったのかなんて俺には分からねぇが、今はこのままにしておいた方がいいことぐらいは理解できた。…理解、できたんだがな。
十中八九、女が不安定な状態にあることは分かっているが、分かっているが…。まるで猫がお気に入りの存在に対して頬擦りをするように、頭を胸元に擦り寄られると俺の心拍数がバレてしまいそうで怖い。それと単純に距離が近い。
真夏の夜ということもあり、さほど時間が経たない内に体温の方が外気温よりも上がってくる。
女の肩に置いた両手はどうにもできないままで、暫くと言った言葉の通り、女の方から離れるまで大人しく抱き着かれていた。
「…ごめんなさい、ビックリしましたよね」
いつもであれば、色白な肌が紅色の目を引き立てているだけだったが、今日は女の目元が少し赤くなっていた。擦って腫れたであろう目元で、心なしか鼻声気味だった理由が推測できた。
泣いたんだ、目の前のコイツは。
「そォだな、オマエが通り魔かなンかで、ブッ刺されて死ぬのかと思った」
「ゔ、…」
女がナイフ等の刃物を持ってねぇことぐらい、駆け寄って来てる時点で分かってた。
それにもし俺が通り魔に刺される状況下に置かれたとしても、反射したことで刃物が曲がっちまうから出来る訳がねぇ。
「それになァ…俺が言うことじゃねェが、オマエさァ…他のヤツともこンな距離感なンかよ」
「…この間、信用できるできないの話した自分が、そんなホイホイ他人に接触していると思うんですか?」
先程よりは距離がコイツと空いたとはいえ、やはり俺より身長が低いからか自然とコイツは上目遣いになる。それについさっきまで、足を動かさなくても届く距離にいられたこともあり、コイツが言っている内容の意味が、きっと言っている本人が意図した意味と違う意味に聞こえんだが…。
「してンなら俺もオマエに仕返しで噛み付いてる」
「…どうしてそこで噛み付く話なんです?接触の話…でしたよね?」
「分かンねェならイイ」
目の前のコイツに俺が言ったことの意味を理解していない事実で、安心やら不満がごっちゃになる。喜んでいいのか、悲しめばいいのかよく分かんねぇな…。泣いた理由を聞けない事に不満を抱き、気持ちを落ち着ける為にため息を吐いて、また俺はマンションの扉を開けた。
女が珍しくグッタリとリビングの適当な場所に座り込む姿に、つい口から思っていることが出ていく。
「…珍しいこともあるもンだなァ。オマエがここに来て、俺に色々言ってこないのはよォ」
「人のこと、スゴい文句言ってくる存在みたいに言うの、やめてもらってもいいですか…」
「嘘は言ってねェ」
「…いや、そうですけど…そうなんですけども」
女は少し休憩をした後、またいつものようにキッチンに立った。
…俺としてはあのままでもよかったんだがなぁ。
確かに俺の食生活は、今キッチンに立ってるヤツのおかげで改善した。
俺自身も気にする程度で構わないと言われたことで、あまりストレスとしていない。
だが多分、一番食生活を考え直すことにした原因は…
「…おい、飲み物出すンだったらコーヒーに」
「ダメでーす。夜なのでコーヒーは出しませーん」
「オマエは紅茶飲ンでンのにか…」
「ゔ、…すみません」
いつの間にかキッチンでの作業が終わったらしい女が、俺の前にホットミルクを置いて行った。
そんならコーヒーを出して欲しかったと文句を言うと、夜にカフェインのある飲み物はダメだと却下された。その割には女の持っているグラスからはほんのりとアールグレイの香りがして、それを指摘してやった。
「まぁ…その、今日はあまりいい夢を見られそうになかったので…」
「俺にはダメダメ言う割にはオマエも人のこと言えねェだろうが」
「……分かりました、今日だけですからね…!?」
内心で勝利を確信した。…つーか、いつの間にアールグレイなんか俺の家に入れてんだアイツ。
そんなことを考えながら数分経つと、キッチンから新しくグラスを持ったヤツが戻る。
グラスを受け取るとカランと、氷がグラスにぶつかる音がした。
どうやら俺の知っているコーヒーとは違う味だ。
コーヒー特有の酸味や苦味が、全くいなくなった目の前の液体に少し困惑する。それに口当たりがよく、冷えていることもあってすぐにグラスの中身がなくなる。
「…水出しコーヒーって言うんです。時間は掛かりますが、ずっと面倒を見る必要もないので貴方でも作れると思います」
いつの間にかおかわりがグラスに注がれていて、水分よりも比重が大きい氷がまたもやグラスとぶつかる音がした。
「だから…その、代わりと言っては、アレですが…」
「あ?」
カランと、グラスの半分くらい飲んだアイスコーヒーの中に入っていた氷が、時間差で溶けて音を鳴らした。その間、目の前のコイツは、口に出す言葉を迷ったかのように唇を軽く噛んでいた。
「……今日は、自分を寝かさせないでくれませんか」
「…は?」
言葉選びに迷ったっぽい後で言った言葉に、思考が説明も出来ねぇくらい困惑した。いや、考え直しても色々と語弊が出来るような言い方…だと思う。…多分、そうだと思いてぇな。
語弊じゃねぇ場合はなんだ。何となく理解は出来るが、…そういうやつを、ヤるのか…?それかいっそ悩んでるよりかは直接聞いた方が楽か??
「オマエ……それどういう意味か、分かってんのか?」
「え…と、確か寝ずに会話を続ける…という意味だと思っているのですが、違いましたか?」
あぁ、コイツ…とことん分かってねぇな…。
「で?…それをどこで学んで来やがった、オマエ」
「知り合いが、自身の友人に対して言っていましたね。その日は、絶えず共通する趣味の会話をしていたので、てっきりそのような意味合いだと思っていましたが…」
その知り合いとやらに、とてつもなく会いたいもんだなぁこれがよぉ。語弊を生むような言い方をコイツの前でしやがってさぁ…、おかげでとんでもない勘違いをするところだったなぁ!!!!
「………夜の誘いだ」
「え?」
「オマエが言った言葉の、一般的な意味」
「…つ、つまり??」
「言った相手に対する性行為の誘い」
数秒固まった後、自身が言ったことの意味を理解できたのか、目の前のヤツの顔面が赤くなっていく。湯気が出てんじゃねぇかと、思うくらいに火照った頬は桃のようだった。
先程は軽く噛んでいた唇は、照れや慌てでふるふると震え、何かを言おうとしては、パクパクと開いて閉じてを繰り返している。…かわいい、そう思うのも仕方なかった。
「や、あの!ち、違いますからね!?いや違わないんですが、違いますからね!!?」
……そりゃあ俺もコイツも、出会って話すようになってから、そんな時間は経過してねぇし、まぁ当たり前のことだ。そう、当たり前のこと、なんだが…。
「い、一緒に夜の行動を共にすると、いう意味合いとしては違わないのですが…。あ、あくまでも会話であって…その、…男女のそういった行為の誘いではなくて…ですね」
そうも必死に否定されると、心臓に槍がぶっ刺さったんじゃねぇかと勘違いするくらいに、胸が苦しい。コイツが提案したように、俺とコイツの関係は友達であって、決して男女としての関係じゃねぇ。そんなこと、とっくに理解してんだがな…。
「そ、それに……自分の心の準備というものが、整っていないので、まだ………だめ、です」
バッと、目の前のヤツの言葉に目を見開いた。待て、"まだ"ってなんだ"まだ"って…それに、自分の心の準備が整えばいいってことか??
チラッと、ヤツの目線と合わないようにヤツの顔を見る。分かりやすく赤面ながらも、本気で嫌そうな顔をしている訳ではなさそうだった。
…むしろ若干……と、考えた辺りでこれ以上考えるとマズイ気がして、湧き出そうとする欲求をどうにか振り払う。
駄目だよく考えろ俺。目の前のコイツは、
その日、少し引っかかるものがあったことを、深く考えたくないという意志で知らないフリをした。それが未来の俺に、どんな影響をもたらすのかも知らず、俺とヤツは会話を続けたのだった。
勘がいい方であれば、今回のタイトルの真の意味を読み取れるのでは…!?
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