八月二十一日の夜、13577号に残った”ミサカネットワーク”の繋がり越しに、上位個体のかなり強い指示が来ました。
どうやら今夜行われていた一方通行の絶対能力進化計画の実験場に、一般人が侵入してしまったと10032号から連絡があり、現在地が一番近い13577号に指示が入ったようです。
13577号から返信を送れない不便を少し不満に思いながら、13577号は欠陥電気を使ってコンテナで溢れた現場に向かいます。瞬間、両足が痺れるかのような触覚に包まれて、足先の痛覚が不確かになりました。
コンテナに囲まれた現場の一角に、御坂美琴の姿が見えて足を止めました。
御坂美琴を一般人として連絡が来ているのはおかしいですね。それならば以前にも御坂美琴は実験場に侵入し、一方通行と接触しています。10032号が一方通行と一般人が接触しているかのような連絡の仕方だったので、恐らく今回の実験に10032号が同行するところに御坂美琴以外の一般人が侵入した…ということでしょうか。
ならば御坂美琴が実験の妨害をしたように、御坂美琴の意見に賛同する何者かの可能性が高いですね。ですが御坂美琴の性格的に同級生を同行させるとは思い難いですし…、だからと言って自身以外のレベル5に該当している誰かを連れて来れることはないでしょう。
以前は御坂美琴一人だったことから、御坂美琴の身の回りの存在で御坂美琴の意見に同調できる人物…例の御坂美琴の後輩ではないですよね…?
「オイオイ頼むぜ…一般人なンざ実験場に連れ込ンでンじゃねェよ」
聞き慣れた一方通行の声に気付いて、声のする方角へ向かうと一方通行の前に横たわる10032号の姿と、ただならぬ覚悟を含んだ目でその背を睨む上条当麻の姿がありました。十中八九一般人として一方通行に文句を言われている原因は上条当麻のせいでしょう。
「クソ、後味悪いなァ。秘密を知った一般人の口は封じるとかお決まりの展開かァ?」
一体何処で上条当麻と御坂美琴が遭遇したかは不明ですが、上条当麻の性格を含めて考えればあり得ない行動ではありませんね。土御門元春や青髪ピアスも同様に覚悟を決めてしまえば、上条当麻のようになるのでしょうか。
「…うるせぇよ」
しかし、大きな問題点としては上条当麻が学園都市に来た理由です。本来この情報は13577号が詳しく知ることは禁止行為に該当しますが、知ってしまった以上13577号に出来ることは知らないフリのみです。
「あ?」
「グチャグチャ言ってないで離れろっつってんだろ…、三下ぁ!!」
「…オマエ、何様?7人しかいねェレベル5の超能力者の中でも、頂点って呼ばれてるこの俺に向かって、”三下”ァ?」
ここは学園都市です。学園都市では科学的に開発した異能力を思春期の心性と薬物作用を網羅した方式で、その異能力を子供に施します。ミクロな宇宙での観測で生じた歪みが、マクロな宇宙に超自然現象を引き起こす…という量子論を基に発展させた方式は一方通行も同じです。
予備動作がほとんどない状態で一方通行は足元の小石を上条当麻に向かって蹴り飛ばし、上条当麻の頬すれすれを掠めて小石は上条当麻の立っている斜め上にあった建物を破壊しました。
対して上条当麻はその威圧とも言える行動に怯まずにいます。このように一方通行には一つ一つの動作に対して働くエネルギーの方向を操り、掛け合わせて総合的な威力を変質させる超能力が目覚めました。
恐らくそれ以外にも一方通行の超能力で出来ることは多いと言われていますが、上には上という存在がやはりありました。
「…へェ、オマエおもしれェなァ」
それは”原石”と呼ばれる超能力者です。
彼らは科学的な能力開発も、幾何学的な能力開発も受けていない身でありながら超能力以上の異能を持つことが特徴です。恐らく上条当麻の持つ特異性とは関与していないと思われますが、あくまでも一方通行は学園都市の中では強い部類だということです。
「何を……何をやっているのですかと、ミサカは問いかけます」
10032号が一方通行に向かって歩き始めた上条当麻に対して疑問を投げます。灰色にも見える10032号の両眼は大きく見開いていて、目の前の光景にどれだけ驚いているのか分かります。
「…ミサカは自分の心理状態に疑問を抱きます」
……心とは恐ろしいものです。
13577号には一方通行と上条当麻が今まさに争い合うのを阻止することは許可されていないにも関わらず、心と呼ばれる何かの片隅で”争わないで欲しい”と思っている部分があります。
けれど”スクール”の仮隊員としての13577号の声を作り出す変声機を外さないままで、情けなく両手両足は失うことに対する恐怖で震えています。
「いくらでも替えを造れる模造品の為に貴方は何をしようとしているのですかと、ミサカは再三にわたって問いかけます」
……ですが、13577号には完全なる模造品を造り出すことはできないと信じたいです。
布束砥信から頭を撫でられて、13577号が突然変異した個体でよかったと言ってくれたあの日も、病院で木山春生・上条当麻・土御門元春・青髪ピアスの四人と出会ってたくさんの会話を交わしたことも、一方通行に近付く目的だったとはいえ、忘れられない程に強烈な記憶のままで残る夜ふかしした時間も、これから先で思い出になるかもしれない出会いも全て、模造品として替えが造れるなんて信じたくありません。
「ミサカはボタン一つでいくらでも自動生産出来るんです。…造り物の身体に借り物の心、在庫にして9968」
「うるせぇよ。ちっせー事情なんて知ったことじゃねぇ」
……信じれるというのであれば、…13577号は…人間として生きたいなど、思うわけがありません。
「俺はお前を助ける為にここに立ってんだよ。…お前は世界でたった一人しかいねぇだろうが」
人間が…いえ、人がとても羨ましいです。
13577号や10032号のように淡々とそこにありながらも、死ねと言われれば従うだけの存在ではなく、それぞれが違って、それぞれの意見を持っていて、それぞれが傷付けあったり庇いあったりしていて、それぞれが残酷で優しい言葉を発する彼らが羨ましいです。
「勝手に死ぬんじゃねぇぞ?…お前にはまだ文句が山ほども残ってんだ」
上条当麻は10032号…いえ、妹達の一端である個体に対して、地獄の中で待ち望んだ蜘蛛の糸とも言える言葉を続けて言い放ちました。
「…今からお前を助けてやる。お前はそこで黙って見てろ」
勝てる訳が無いと分かっていても、その両足で立ち上がれる彼らが羨ましいです。誰かの為に死んでしまうことを恐れない彼らが羨ましいです。恐怖に争いながら生きている彼らが羨ましいです。
「何だァ?さっきからヒーローじみた台詞ペラペラペラペラ…。まさかこの俺の存在、忘れちまったンじゃねェよなァ?」
そう言った一方通行の口角はあくどい笑みを浮かべていて、そんな一方通行に対して上条当麻は己の特異性が籠った右手を強く握って振り上げました。
あと数cmというところまで一方通行はわざと上条当麻の振り翳した拳を待ち構えた瞬間、自身の顔に届く辺りで左足で地面を踏み付けて衝撃の流れを上条当麻に向けました。
一方通行の超能力によって、本来以上の力の流れをぶつけられた上条当麻の全身は30cm前後浮き上がり、痛々しい声と共に首筋辺りから地面に着地しました。
「…遅っせェなァ」
上条当麻の様子を見るに意識こそ失っていませんでしたが、人の身体の構造を考えるとその全身に走る痛みや手足の痺れは凄まじいでしょう。場合によっては息苦しさや吐き気があってもおかしくはありません。首や背中に走る脊髄には重要な神経が多く、その神経を損傷した際の被害は身体機能に大きなハンデをもたらします。
「オマエそンな速度じゃ、百年遅ェつってンだよ!!」
荒げられた一方通行の声と共に踏み付けられた右足によって、コンテナを運ぶ為にある足元のレールが人の手で簡単曲げられる針金のように捻じ曲がり、一方通行は笑いながら曲がりうねるレールを刺激すると、刺激されたレールは先程まで針金のようだったのに、突然本来の硬さを取り戻して上条当麻の方へ向かって飛んで行きました。
「ほら、ほらァ!!」
一方通行は一本、二本と上条当麻に向かってレールを飛ばし、次第に数え切れない程の数のレールが上条当麻の立っている地面に刺さり、それこそ針の筵と言える光景のまま砂埃に覆われていく様を13577号は固唾を呑んで見ていました。
「遅っせェなァ」
何度も上条当麻へ向かって飛んでいたレールによって舞い上がった砂埃がようやく晴れて、白かったであろうワイシャツが砂で汚れながらも、肩で呼吸を続けている上条当麻の姿がぼんやりと見えました。
「ほら、全然遅ェ」
当たり前のことです。いくら上条当麻がこの学園都市で異質な存在だとしても、一方通行のように目に見える程に大きな異質ではないのですから。当然彼の何もかもは年齢に伴ったものばかりで、それこそ足が速いわけでもありません。
「狩人を楽しませるならキツネになれ、喰われる為の豚で止まってンじゃねェぞ三下ァ!!」
ですが、上条当麻もただ一方的に攻撃されるだけではないでしょう。彼の友人である土御門元春と青髪ピアスは言っていました。上条当麻は誰よりも頑固であり、とても不幸なお人好しなのだと教えてくれました。
「さてと…」
だからきっと…上条当麻という男が何かを自身に定めた時、それを何らかの形で成し遂げるまで諦めることはないのでしょう。
一方通行が着地して再度左足で衝撃を生み、その衝撃をフラフラとしながらも両足で立っていた上条当麻に向けました。身体的には限界であろう上条当麻の身体は、いとも簡単に背後にある地面に突き刺さっているレールに背を打ち付けます。
「そろそろ…終わりにするとすっか」
そう言って一方通行は上条当麻との争いに対する勝利、もしくは自身の敗北がないような雰囲気で、目の前に座り込む上条当麻にその右手を伸ばしました。