13577号は本来暗い筈の周囲を照らす大きな塊状のプラズマような光源に集められる風で、”スクール”で活動してもバレないようにと、被っているフードがバサバサと翻りそうなのを抑えずに、コンテナで溢れかえる実験場を見つめていました。
13577号が見つめる先には上条当麻・御坂美琴・一方通行の三名が遭遇し、あからさまに不穏な雰囲気を漂わせていました。…まあ、13577号が現在実験場を見ている位置的な問題で三名の間で行われている会話の一部はあまり聞こえないのですがね。
そんなことを考えていると、物理的な風向きが先程とは大きく変わり始めたことに13577号は気付きました。一方通行の絶対能力進化計画の大元を予測した樹形図の設計者…別名超高度並列演算処理器によって、以前は完全に天気を予測することが可能でしたが、どうやら13577号が布束砥信といられていた七月下旬辺りに大破してしまっていることから、現時点では天気の完全なる予測は不可能になりました。
まとめると、普通の天気予報になってしまっただけなのですが、今回に限ってはその”普通”である筈の現象は些か一方通行を追い詰めるであろうということです。
「…ッチ、風の計算を誤ったか?」
その一方通行の発言通り、現在進行形で大幅に風向きは変化していることで一方通行の頭上に形取られている、プラズマになりかけているエネルギー光源が大きく揺らめいていました。例え一方通行が算出した解に誤差があったとしてもここまで差が出るとは思い難いですね。
考察としては、現在のように一方通行がプラズマを形成することを前提に計算式を構成し、そこから算出された解までの過程に自然環境によるX・Yが含まれていないとは思えません。
実際一方通行も即座にプラズマとして形成予定の光源に対して調整を入れていることから、想定自体はしていたのではないでしょうか。
「なンだァ?なにが起こってンだ?」
それにやはり一方通行の反応を見る限り、本人も予想外の展開なんですね。つまり自然的な想定外か、誰かの意図的な想定外が現在発生していることになります。
可能性は低いですが、仮に自然的な想定外があったとしましょう。その場合、急な気温の変化による気圧の変化によって一方通行が構成していた計算式内での風向きと、現在進行形で流れる自然の風向きが違うことでの想定外が予想できます。
「俺の計算式に狂いはない筈だ…この不規則な動きはどォ考えても自然の風じゃねェ」
…不規則、ですか。一方通行が言うように、不規則であるということから自然の風ではないことが想定できました。では自然の風で不規則になる場合はないのかと言われれば、限りなくあり得ません。自然の風は大気の流れ、つまり天気予報などで公開される天気情報の大半は大まかな流れのみです。何故細かい情報がないのかは、十中八九他の大気の流れに掻き消されている可能性が高いです。少数派が多数派に呑み込まれてもがくように、ごく僅かな大気の流れは他の大気の流れに呑まれて消えてしまうのでしょう。
「まさか…」
そう言って一方通行は自身の頭上に形取っていた、プラズマにしようとしていた光源を音もなくかき消し、13577号の背後とも言える上空を眺めました。そんな一方通行の行動に13577号は存在を気付かれたのかと、心臓が跳ねた気がします。
けれど一方通行と目線が合わないことから、まさかと思いながら13577号の背後に位置する上空辺りに目線を動かします。
「待て…聞いたことがある。確か、発電機のモーターってのは特殊な…」
目線の先にあったのは、恐らく…ぼんやりとしている輪郭を見るに風力発電だと思います。13577号は視力が良くないので目を凝らしても見えづらいですが、何故か風力発電のモーター辺りが放電現象のようなもので僅かに光っているので、何かあったのでしょう。
「このやろう…!!」
一方通行が目線を向けていた物体が風力発電だと瞬時に理解できなかった分、一方通行の言葉を聞き逃してしまいました。しかし、一方通行が唸るかのような声で何かを喋ったことに気付き、再度会話を聞き取ることに集中を向け直そうとすると、一方通行が声を発した先に10032号が立っていました。
「殺す…!!」
13577号は驚きで足場として立っていたコンテナの上で物理的に歩みを進めてしまいましたが、運良く目線の先にいる人物に気付かれることはありませんでした。恐らく一方通行もかなり気が立っていたのでしょう。
それに何故…10032号は一度姿を眩ませたにも関わらず、再度この現場に戻ってくる必要があったのでしょうか。そして一方通行はプラズマを形成するのを中断したと思えば、何故殺意が篭った目で10032号を睨んでいるんでしょうか。
「させると思う?」
御坂美琴が10032号を庇う為に前に飛び出て両手を広げます。
確かに妹達は一方通行の絶対能力進化計画の為に製造されたと言っても過言ではありませんが、一方通行自身に妹達への恨み辛みを殺意として表せられるとは思えません。
理由として考えられるのは一方通行の行動を阻止するような行動を起こした…くらいですが、形成されようとしていたプラズマを10032号一体で何とか出来るとは流石に考えられません。
一方通行はプラズマを形成する際に、恐らく高気圧に篭った熱エネルギーか気圧同士での粘性摩擦による熱エネルギーを利用して、気体の分子を解離させて原子にし、さらに熱エネルギーを加えて原子核の周りを回る電子を電離させていたと思われます。
…その後一方通行の計算式上に含まれていなかったと思われる程の大幅な風向きの変化、それに対して一方通行はプラズマの形成を中断してまで風力発電を見ていました。
つまりここから切り取れるキーワードは…”高気圧・風向きの変化・風力発電・謎の放電現象・10032号への殺意”の計五つです。
「はっ、頭に乗ってンじゃねェぞ格下がァ。オマエじゃ俺に届きやしねェよ。」
まさか………風力発電のモーターで起きていた放電現象、…欠陥電気は妹達同士で個体差があるとは言えど、製造番号が三桁以上に達している個体であれば一定の電磁波を放つことが可能です。ですが10032号一体では不可能……いえ、だからこそこの場を一度撤退したと考えれば話は通りますね。
つまり10032号は近辺にいる妹達に対して”ミサカネットワーク”越しに救援を求め、他の個体がそれに応じたんでしょう。学園都市に数え切れない程設置されている風力発電の中から、この現場周囲の風力発電を算出して、それぞれ応じた個体が風力発電のモーターに対して逆流させる為の電磁波を流せば不可能ではありません。
学園都市で使用されている風力発電の種類は水平軸風車なので、無理矢理電磁波によって逆回転することになっても台風などの自然災害への耐久性によってある程度の可動は出来るでしょう。そしてそれらの風力発電は常に風上に向くように設計されています。
「視力検査ってなァ”2.0”までしか測れねェ、それと一緒さァ。学園都市には最高位のレベルが5までしかねェから、仕方なくここに甘ンじてるだけなンだっつーの」
一方通行は御坂美琴が自身を止められるだけの力量がないことを理解しているのか、御坂美琴の真横を歩いてその後ろに立っている10032号へ向かいました。
風上から降りてくる高気圧を受けて発電しているので、一方通行はそれを利用したかもしれませんね。とにかく、本来風上から降りてくる高気圧の風が風力発電が逆回転することによって低気圧として膨張しようとする作用を若干妨害する形になります。
「手を…出すな…」
簡単にまとめると、無理矢理風力発電を逆回転させると風の流れがグチャグチャになります。恐らく一方通行は風力発電が逆回転していない状態での計算式だったからこそ、それを妨害してきた10032号を殺意が篭った目で見ていたと、いうことですね。
一連の会話の中で再度上条当麻が一方通行に対しての妨害を試みていました。その身体は一方通行以上に満身創痍であるにも関わらず、両足で立ち上がる姿に御坂美琴は空いた口が塞がらないようでした。同様に一方通行もその声に驚いたと同時に軽い警戒体勢を取っていました。
「ソイツらに…手を出すな…!!」
「…はっ、面白れェよオマエ」
自身の身体状態を鑑みないで歩き出す上条当麻の姿に一方通行も僅かに怯みながらも、上条当麻の言葉に対して反応を返しました。
「最高に面白れェなァ!!!!」
一方通行は半ば叫ぶように言葉を発しながら、左足で一歩目を踏み込んで上条当麻へ接近して攻撃を試みました。力の向きを調整された走り出しと速度のまま、レールの上を駆けながら両手を上条当麻に向かって伸ばしました。
そんな一方通行の目は幼い子供が憧れの何かを見るかのように輝いていて、13577号には一方通行が伸ばしたその両手が救いを求めたように見えてしまいました。
一旦左腕を引いて右手を前に出して飛びかかってくる一方通行に対して、上条当麻はその顔に静かな怒りを宿しながら一方通行が伸ばした右手をしゃがんで躱し、それに気付いた一方通行は引いていた左腕を前に出して上条当麻を殴ろうとしました。
しかし、上条当麻は自身を殴ろうとした一方通行の不慣れな拳を右手で軽く受け止め、そのまま拳を右手で振り払って一方通行の勢いを相殺しました。操作した筈の力の向きを、上条当麻の右手によって相殺された一方通行はかなりの隙を晒します。
上条当麻はこの隙を逃さないとばかりに、左足で大きく踏み込んで一方通行に飛びかかりながら、自身が学園都市に来る理由になった右手を強く握ったまま、こう言いました。
「(歯を食いしばれよ”最強”、俺の”最弱”は)…ちっとばっか響くぞ!!!!!」
瞬間殴った時の痛々しい音が僅かに鳴り、その後を追うかのように一方通行の身体は大きく転がり回りながらレールの上を後退して、10032号を庇うように立っていた御坂美琴より少し手前辺りで仰向けのまま意識を失いました。恐らく原因は殴られたことによる脳震盪を伴う気絶だと思われました。
そして一方通行を殴った上条当麻本人も、緊張やら極度のストレスによる興奮状態で立っていたのか一方通行が気絶した直後に失神する、という形で上条当麻と一方通行の争いは一旦終止符が打たれることになりました。