竜頭の錬金術師 作:ONE DICE TWENTY
少しばかり寂しくなったそこで、彼は父親としての行動に準じていた。
久しく──否、初めて持つ家族だ。以前のような牽制し合う関係性も存在せず、ただ誰もが己探しに時を浪費する日々。
だから、その騒々しさがやってきたのは、中々に愉快なことであったのかもしれない。
「フラスコの中の小人!」
「なんだ、騒々しい。……おお、やはりか。こうして相まみえるのは久方ぶりだが、老けたな、ホーエンハイム」
「お前が若くなったんだ。……随分子供達に慕われているじゃないか。子供に目をやる余裕でもできたのか?」
「驚いた。よもやお前にそんな気を遣われる日が来ようとは。そして子供達か。そうだな、そういうことなのだろう。私が奴に向けていたものを少しでも分け与えるようにした。恐らくそれが正常なのだと気付かされたからだ」
「奴……レムノス・クラクトハイトか」
「そうだ。この世界を真理にし、『究極の国防』という選択肢を取った錬金術師。……おかげで私も、当初予定していた"近道"などではなく、こうして地道な実験を重ねる日々に甘んじている。真理とは結局下地であり基盤であり、未来とはその上に積み上げていくものであることを知らされたが故な」
そう、フラスコの中の小人──便宜上お父様と呼称する彼は今、普通の長机にフラスコやらビーカーやらを並べて、粗末な紙に描いた錬成陣の上で実験をするという、まるで普通の錬金術師かのような行いをしていた。している最中だった。
門戸を叩いたのがホーエンハイムでなければ、プライドやラストあたりがなんとしてでも闖入者を止めていただろうくらい、彼にとっての日常の時間。
……というより実際止められている。再生能力のほとんどを失っている以上無茶の出来ないホムンクルス達は、グリードという例外を除いて無茶こそしないものの、お父様を慕う気持ちは変わっていない。慕う。忠誠。あるいは揺り戻しか。
今まで愛されなかった分を取り戻すかのように、彼らはずっとここにいる。あのスロウスまでもが、だ。
だからホーエンハイムが入ってきたことに対しては過敏に反応したし、彼の「話がしたいだけだ」という言葉を中々に信じなかった。
「その服……クセルクセスの」
「おお、気付いたか。何分服飾などには一切興味の無かった故手出しをしていなかったのだがな、レムノスの遺した机上の空論集に繊維類の話や縫い目、縫込みなどによる防塵性能の底上げ、耐衝撃性靭性向上その他諸々と、なかなか興味深いものが多かった。その中にはただ錬金術で組み上げるには理解の及ばん物も多いものだから、こうして自分で縫ってみたわけだ。どうだ、あの頃のお前そっくりだろう。奴隷23号」
「縫っ……お前が?」
「そうだとも。なんだったらこの机も実験器具も、全て私の自作だぞ。錬金術は一切使っていない。
──そう。
この世界になってからあった衝撃的なニュースとして、真理の世界では命が生まれない、というものがあった。正確には人間の命が、である。動植物は依然として変わらぬサイクルにあるし、太陽光も風もないこの地で彼らはいつもと変わらない生態に在り続けられている。
これは動植物があちら側……真理でない世界における惑星と繋がっているからだとお父様は推測していた。真理を見た錬金術師が持っていかれた体の部位が、腐り落ちることなく真理の世界に安置され続けているのと同じ原理であると。
動植物は惑星の一要素。人間は別要素。
少なくともそうなっている。そうなってしまっている。ならば賢者の石はあまりにも貴重すぎるリソースだ。迂闊なことで浪費はできない。
ただ、幸いにもここは真理である。
汲み上げる地殻エネルギーが存在しない──繋がっていない──にも拘らず、ここでは錬金術が使えている。これがあちらの惑星の地殻エネルギーを何らかを経由して汲み上げているのか、それともここが真理であるゆえに使えているのかは研究中だが、普通の錬金術を使うには何も問題がない、という事実があればそれでいい。
もしここにレムノスがいたのなら、「それを言うなら疑似・真理の扉の中で錬金術を使えている時点で何かしらの経由があることは間違いないんじゃないかな」とか、「そもそも地殻エネルギーを拾っているというよりは流れから力を汲み取っている気がしてならないから場所とかあんまり関係なさそうだよね」とか言うのだろうが、残念ながらここに錬丹術師はいない。
いたとしても、誰ぞかから師事を受けた極少数の人間くらいだろう。
そしてそういうのはお父様に近寄らない。
「それで? 何のために来た、ホーエンハイム。まさか今更私と戦う、なんてことを言い出すつもりじゃあないだろうな」
「言わないよ、そんなこと。勝てる未来が見えないしな。……聞きたいことと、頼みたいことがある」
「頼みたいこと? お前が? ……ふむ。気になるが、まずは聞きたいことから聞こうか。お前がわざわざ私の所にまで来て聞くことだ。私にも価値のあることと見た」
居住まいを正すお父様。
対し、ホーエンハイムは。
「……この世界では、歳を取るのか。人間や、俺達は」
「取る。実際に昨日だったか、北部の方で人間が死んだと報せがあった。老衰だがね」
「なんでそんな報せがお前の所に」
「情報網という奴だ。私は一応この世界の研究をしている第一人者という位置付けになっている。右も左もわからぬ人間たちを導いていく存在としてな。……そんな胡散臭そうな目を向けられずともわかっている。私にはもう神やら父やらと……頂上への興味がほとんどない。今更崇め奉られても面倒なだけだ」
「……だからキング・ブラッドレイを退位させて、軍の解体までやったのか」
「軍の解体はレムノスがやったことだ。私の関与した話じゃあない。が、ラースの退位はそうだな。おお、そうだそうだ。そういえばお前、ホーエンハイム。レムノスのことをラースだと長らく勘違いしていたそうじゃないか」
「あれは……あんな人間がホムンクルス以外にいるとは思わないだろう。背中から賢者の石を出して体に纏う、なんて人間が」
「ほう。なんだ、アイツ、そんな隠し玉をまだ持っていたか。全部吐き出せと言ったというのに……で、歳か。歳は取る。今もなお全人類の加齢が進んでいる。子は大人になるし、大人は老人になる。聞きたいことはこれで満足かね?」
「ああ……満足だ」
真理の世界は決して常若の国ではない。
死は訪れるものだ。ただ生体錬成の理解が深まったことによって、多少の怪我では死に難くなったことと、そもそも誰もがケガをしにくくなったことが寿命を延ばしているかもしれないが。
同時に、正しい治安を敷かなければ、誰もが国家錬金術師が如き猛威を街中で繰り広げる地獄絵図も出来上がるのだろう。
「頼みは、なんだ」
「俺の命を削ってくれ」
即答。
そして、難解。
言われたお父様はキョトンとした顔をしている。
「もうみんなとの話はつけた。……俺は、老いて死にたいんだよ。妻と、子供達と。こんな世界に来てまで取り残されるのはもう嫌なんだ」
「……ふぅむ。それは全く以て構わないし、なんならお前の石を貰い受けることもできるが……であればもっと有益なことに使えばいいだろう」
「有益な事?」
「さっきも言ったが、賢者の石は貴重なリソースなのだ。この限られた大陸アメストリスにおいてな。だから、地盤を作って土地を作って環境を作って、とか。やり方は私も一緒に考えてやるが、海や河川と言ったサイクルシステムを作るのも良い。ここで無為にお前の命を削るほど私も愚かではなくなった。今それを持て余しているというのなら、お前もお前の子供達のために未来を創れ、ホーエンハイム」
今度はホーエンハイムがキョトンとする番だった。
だってフラスコの中の小人に「子供たちのために未来を創れ」なんて言われたのだ。まさかそんな日が来るとは夢にも思わないだろう。
「……確かに、それは俺にしかできないことか」
「いいや私にもできる」
「張り合うなよ、フラスコの中の小人。……お前、今幾らなんだ」
「二億六千万と少しだな」
「お前に対抗しようとした俺にはもう五十万も残っていない。……それでも作れるかな、未来は」
「知らんよ。私は今机上の空論を実現させることに忙しいのだ。既存の理論についてはお前がやれ、ホーエンハイム。まったく奴め、どれほど未来の知識を……」
もう興味を失った、とばかりに実験台へと目をやるお父様。
それはまるで、クセルクセス時代に見ていた錬金術師たちのようで。
奴隷23号──ヴァン・ホーエンハイムは、「ああ」とだけ小さく返して、帰路に就くことにした。
やるべきことはまだあるのだ。トリシャと共に老いて死ぬためには、それはもう一大事業となるようなことをしなければならないだろう。各地へ配置した仲間を回収することも必要だ。使われなかった、などと言って怒りを収めてくれるかどうかは甚だ疑問だが。
そう、穏やかな笑顔で帰っていくホーエンハイムをちらりと見て。
「……誰がお前の命など削るものか。お前がどう思っているかは知らぬがな、私は今でもお前の事を半身だと思っているのだよ、ホーエンハイム」
小さく小さく、呟いて。
*
場所は変わって、アルドクラウド。
世界規模の改変に加えて直前のクーデター宣言もあってか、アルドクラウドの住民からの風当たりはさらに強くなったクラクトハイト家において、ちょっとした騒動が起きていた。
「いいですか、あなた。良く考えてもみてください。レミーと共に居た時間が長いのはあなたの方です。であれば、彼女との時間は私が貰うべきでしょう」
「それは理屈として通っていないぞセティス! 俺だって! アンファミーユちゃんと一緒にいたい!」
「浮気、ということですか。であればこの大槌、また振るうことになりましょう──!」
「いいだろう、そろそろ受けて立ってやる! レミー相手にだってちょっとはやれたんだ、俺の錬金術が多少なりとも戦えるってことを」
ぷち。
とか。
「あの……ええと、挨拶をしに来ただけで」
「あら、そうなんですか? でもゆっくりしていってくれていいんですよ。私達はほら……一応傷心中なので、心の傷を埋めるという名目で」
「一応、なんですか」
「ええ。……この未来こそ予想はしていませんでしたが、ずっとあの子は自分がいなくなるという示唆をしていたでしょう。悲しいことは悲しいですし、やりきれない気持ちもありますが、覚悟はしていました。それに、ほら」
ほら、とセティスの見せた棚には、ごちゃっとした金属塊が複数。
「これは?」
「あの子がアルドクラウドの森に仕掛けて行ったトラップの数々です。全て解除してありますが、私達はこれから、死ぬまであの子の研究成果の解読に挑もうと思っています。中には非人道的なものも多く含まれるでしょうけれど、それもあの子の一部と認めて」
「所長の……」
遅延錬成での錬成兵器では三日が限界だ。
だから、必ずキメラ・バッテリーが使われている。それに気付いた時、果たして二人は耐えられるのか。人を人と思わない研究の成果をして──。
「……セントラルのいくつかの研究所は封鎖されるんですけど、第五研究所だけは残ることが決定しているんです。次期所長は私で……なので」
「行き詰まったら、聞きに行けばいいんですね」
「はい。その仕組みを所長……レムノスから一番に任されたのは、私達兄妹でしたから」
あるいは未来で、諍いとなる話であっても。
逃げるつもりはないと、アンファミーユは言うのだ。
「いててて……あのなぁセティス、本気で殴ることないだろ……」
「おや、気絶させるつもりで殴ったのですが、腕を上げましたね、あなた」
「そういう話じゃない。……はぁ。あぁ、そうだ、アンファミーユさん。……その、だな。これを君に預けるのは少し……どころじゃなくデリカシーのない話だとは思うんだが、受け取ってほしいものがあって」
「受け取ってほしいもの?」
「ああ。えーと。……これだ、これ」
これ。
そう、アガートが渡してきたものは。
「……指輪?」
「あなた?」
「ちょっ、違う、違うぞ! よく見ろ! 賢者の石部分が消費されてしまっているだけで、レミーがくれた指輪だ! ほら、一度はマクドゥーガルさんに渡したけど、返して貰ったやつ!」
「……ああ、本当ですね。まさか一回り以上年下の女性に妻の前で求婚などという不貞を冒すような不埒者でなくて助かりました」
「今更俺がセティス以外に愛情を向けるわけないだろ!」
「……わかっていますよ、そんなことは」
アンファミーユは吐きそうになった砂糖を慌てて押しとどめる。
そして、それをまじまじと見た。
本来宝飾などのついているスロットが空っぽになったリング。作りも素材も大したことのないものであるが──。
「貰っておきます」
「ああ、そうしてくれ」
「たまにでいいので、この家にも
「ぁ……はい。ありがとうございました」
頭を下げて、アンファミーユはクラクトハイト家を去る。
貰った指輪を転がしながら。少しだけ、上機嫌に。
──なお、後日。
その指輪の由来を知ったアンファミーユがエンヴィーに嫉妬しかけて、そのわちゃわちゃを見ていたお父様が"遺脱"の影響で残されていたレムノスの機械鎧をアンファミーユに渡すのは、また別の話。
腕を置物にしてその指に指輪を嵌めて、毎日眺めている彼女の様子を見たリビンゴイド達が若干引くのもまた別のお話である。
*
そして、最後の話。
「いやぁ、旅した旅した。世界は広いね。……お父様、もう僕の命も幾許か。どうかなぁそっちは。僕の遺した最後の空論に気付いてくれたりしてるかなぁ」
メイ・チャンとはもう別れている。
とっくの昔の話だ。世界に散らばっていた厄タネは全部消し終えて、外法も禁書も焚書にした。中には王族のうんたらかんたらがあったりしたから世界規模のお尋ね者になったりしたけど、まぁ今更だ。
彼女と別れた理由はシンの崩壊にある。シンはそもそも大いなる流れをもとに錬丹術を使っていたんだけど、それがぐっちゃぐちゃになっちゃったものだから一部の経済圏に多大なる影響が出たとかで、多くの家々が存続できなくなったとかなんとか。
他国へ移住する者、シンを復興させんとする者なんかがいる中で皇帝が急死。暗殺されたともただの病死とも言われているけれど、とにかく次の皇子皇女を決めないまま死んじゃったものだから、残った者の中でも骨肉の争いが繰り広げられたとか。
その中にはヤオ家やらチャン家やらもいたらしく、だからメイ・チャンは帰った。
その後の報せは届いていない。だって僕今惑星で言う所のシンの真裏にいるし。
惑星の延命は、無理だった。
思ったより砂漠化が進んでいたし、思っていたより天変地異のエネルギーの凄いこと凄いこと。賢石ドラゴニュートや隠石天使でどーにかできることじゃないね、アレは。逃げ惑う人間、耐え忍ぶ人間を見て、こうやって淘汰って起こっていくんだろうなぁとか呑気にやってたらジリ貧も良い所になってしまっていた。
どうやらアメストリス、地脈的にかなり重要な土地だったようで、生物的に言えば皮膚と血管と心臓の肉をこそぎ取った、みたいな状態になっているらしい。そりゃそうなんだよね。だってお父様がわざわざ選んだ土地だもん。ぶっちゃけ日食の起こる地点だったら他にもあったでしょ。アエルゴ、クレタ、ドラクマを侵略しまくらなくても秘密裡に全部行えちゃう土地がさ。
それをせずにあそこを選んだのは、つまりはそういうことなんだろう。
それで、だから、延命は無理。流れの調整は何とか頑張ったけど、これも焼け石に水だね。元シンの錬丹術師が各地で頑張っているみたいだけどファイヤーストーンにウォーターだね。そんでもって世代交代の際に錬丹術の全てを継承しきれず、どんどん血も技術も薄れ、今じゃ錬金術と錬丹術の垣根が存在しない代わりに効果のうっすい錬成しかできなくなっている。
終わり終わり。人類は衰退しました。
まぁ時の流れ的にお父さんとお母さんも死んでいるだろうからもうアメストリスの栄養供給とか考えなくていいんだろうけど、お父様がアレを完遂させていないのだけは気になるなぁ、って思いだけで今まで生きて来た。今年で92歳くらいかな。この世界にしては随分と長生きをした方だと思う。
竜頭鷁首。もう一個の方と違って良い意味の四字熟語だ。果たして僕の作った船は、荒波を耐えきってくれただろうか。
「──来た」
来た。
元は海だった場所で、水位の下がった島で、木に凭れ掛かりながら空を見ていたら、来た。ようやく来た。
赤く赤く。空が染まる。
快晴の空に描かれていく深紅の円。もう久しく見ることは無かっただろう、複雑怪奇な機構。
あれなるはサンチェゴ。僕の二つ名である機械時計。
「遅いよ、お父様。それとも見つけるのが遅れたのか、誰かが隠していたのか……」
だから、僕も地面に同じものを作る。
ガチャガチャと組み変わる歯車に合わせて、同じ陣を描く。
僕とお父様が計画した「アメストリスを真理にする」という作戦の進行上、僕は外から鍵をかける必要があった。でないと内側から開けてしまう者が出てくる可能性がある。アメストリスは錬金術国家で、誰もが真理を見ているのだから。
外側からはない。なくなるように潰して回ったし、アメストリスほど錬金術が進化していないから。
だから追い打ちをかけるように扉を閉じたんだ。
だけど、それでも僕という鍵が外に残るのは恐るべきことだ。
鍵は外からかけなければならない。だけど鍵が外にあるのは望ましくない。
なら、どうすればいいか。
「……対人賢石錬成。もう賢者の石も隠者の石も使いきった。ここにあるのはただ僕一人の魂のみだ。そちらに巨大な陣があり、こちらに小さな陣があるのなら──当然」
まるで雷が落ちるかのように、赤い錬成反応が天から地へと落ちる。
それはサンチェゴの中心にいる僕へと落ちて。
「もう開けられないようにするには──鍵を中に閉じ込めちゃえばいい、ってね」
オートロック式じゃないから、内側にいる誰かに協力してもらう必要があったわけだけど。
僕の研究日誌。ダミーと本物、そのどちらもを合わせると出てくるメッセージ。
さぁ。
いま、そっちへ行くよ。
ね。一応これは、ただいま、になるのかな──。
ただいま。
長らくの間ご愛読ありがとうございました。
もう続きは書きません! 描写されていない人物の動向は、各自ご妄想の程よろしくお願いいたします!
クラクトハイトとは
Cracthite-Architect