兎の女神のヒーローアカデミア   作:眼球舐めは通常性癖

15 / 32
ワラワ事務処理とパトロールする

「良いカ。事務処理は将来ヒーロー活動するのに避けては通れなイ。サイドキックとしてもヒーローとしてもダ」

 

 机に向かって素早く書類を片付けてゆくマーシャルレディー。私は用意された机の上で実際の書類を前に様式と会計計算をマニュアルと睨めっこしながら進めてゆく。隣には歴戦の事務員のホンダさんが見守って、間違いがあればその都度訂正して貰っている。

 

「少なくとも簿記は取っておいたほうがいイ。流石に公認会計士まで取れとは言わないがナ」

「因みにマーシャルレディーは……?」

「私は学生時代に取っていル」

 

 公認会計士は国家試験に受からなければ取れない資格だ。だいたい2〜3年はしっかり勉強しないと難しいとされている。それをあの厳しい雄英のヒーロー科で他の授業や課題をこなしながら勉強して合格するとか……スゴイ。そもそも私と頭の作りが全然違うのだろうなと他人事で感心してしまう。

 

「元々サイドキックは雇う予定は無かったしナ。流石にヒーロー活動に専念する為に事務員のホンダさんを雇ったけド……」

「ええ。おかげさまで老いぼれにも張り合いの出来る仕事を頂いて感謝しております」

 

 二人はニヤリと視線を合わして口端を弛めている。仲が宜しいようで。

 

「将来事務員を雇うにしても、そういった知識が無ければ事務処理に穴や会計に不正があっても気付けずに泣きを見るヒーローも多いんダ。ヒーローもある種の公務員だからナ。予算の申請が却下されたり経費で落ちなくて自腹なんて羽目になル。市民からの評価は落ちて最悪ヒーロー活動停止ダ」

 

 そんなヴィションを想像して無意識に体が震える。せめてヒーロー活動停止になるのなら名誉の負傷とかそういう形であって欲しい。

 

「そうならない為に勉強しておケ。ホンダさんは専門家だから今のうちに分からないことは聞いておくといいゾ」

「カグヤちゃんは先ず貸借対照表と損益計算書について学ぶべきかな。……まぁそれは学校に戻ってからでも出来るだろうから、ヒーロー法律関係書類の様式と記入例及び、ヒーロー活動の事後報告書と関係各所の通知書類を実際の書類を使って学んでいこうか」

「う、うむ」

 

 思った以上に実践的な事務仕事の経験が積めることに好意的な驚きと微かな不安を覚える。将来の夢はヒーローだけどこういった実務は本当に夢が無いなと感じて世知辛い。この世界だとヒーローは夢でもなんでもなくて選ばれた一部の人が掴み取れるある程度現実的な職業だからしょうがないってのは分かっているけど……。

 

(思ってた職業体験とは違ったけど……滅茶苦茶タメになる)

 

 とりあえずある程度の事務作業をこなして昼食の運びとなった。この事務所に到着したのが12時。マーシャルレディーもヒーロー出動してたので昼食を取ってないとのこと。14時と時間が遅くなったけどついでに私の昼食も作ってくださるということでありがたく頂戴することに。

 

 事務所の調理室は業務用のガス調理器具としっかり育った中華鍋等の調理器具も充実していて町中華の厨房さながらの本格派。当然そこまでこだわって味にこだわっていない筈が無かった。

 

 カニの入ったレタスチャーハンと中華風スープと青椒肉絲がものの数分で事務所の机の端に出てきた。

 

「う、美味い……マーシャルレディー。お店開けるのでは……?」

「所詮素人料理ヨ。ヒーロー活動していると食事の時間も不規則になル。外食しようにも店が開いて無い時どうせなら美味いモノ食いたくないカ?」

 

 正直マーシャルレディーの自己評価は謙遜にしたってやりすぎなレベルだ。雄英でランチラッシュの食事に慣れつつあった私は外食があまり美味しくないと感じるぐらいには舌が肥えてしまっていた。その私ですら美味い!と語彙がなくなるレベルの料理をあんな短時間で簡単に作ってしまう。……隙が無い。女性ヒーローは危険な職業かつ人気商売、そしてその持ち前のスペックの高さから恋愛相手を見つけるのに苦労して晩婚化が進んでると聞くがこれは納得だ。マーシャルレディーも確か30代後半ぐらいじゃなかったっけ。あそこまで美人なのに……余計にモテないというスパイラルを更に生んでる。

 

 その後は後片付けを手伝い、結局その日1日は事務作業につきっきりだった。慣れない作業が続いて正直肉体労働よりかはよっぽど疲れた。女子のチャットグループで軽く職場体験についての会話をしてみたが皆疲れているのか、一言二言ほどでおやすみの挨拶が出てくるレベルだ。私も正直疲れてる……もう寝よう。

 

 二日目は午前中が事務作業。そして午後からなんとパトロールの同行を許された。

 

「前もって言っておくガ、カグヤにヴィラン相手に戦闘・捕縛する公的な資格は一切無イ。確か個性で透視や遠視も出来るらしいナ? 戦闘が始まったら距離をとって一般人の避難カ、一般人が近寄らないように見張るのがお前の役目ダ。危険を感じたら直ぐに避難しロ。分かったナ」

 

 深く頷いた。ヒーローの仮免試験に合格しなければ公的な場でのヴィランへの個性の使用は犯罪だ。実際、現場にヒーローが駆けつけた時、安心感から観衆の一部がヴィラン相手に気を大きくして個性で攻撃してしまうという例が多い。勿論犯罪行為としてヒーローが警察に報告し罰金や最悪懲役等の罰則を受けることになる。そしてそれは例え雄英のヒーロー科の一人である私でも変わりない。寧ろ十分に自分の行いが及ぼす効果について判断が出来る上で犯罪を起こしたと罪が重くなる可能性すらある。

 

 厳密に言うと公的な場での個性の使用は基本的にグレーゾーンだ。それでも白眼や輪廻写輪眼の直接的な攻撃能力も無く、傍目で個性を使っているという確信が得られないサポート系の個性は警察も立証しにくく不文律となっている。マーシャルレディーも折角のパトロールで活用できる個性を使わずに救える筈の命を失うよりかは使ったほうが良いと判断したようだ。規則を表立って破らない限りは実利を獲る。その考えには深く共感できた。

 

「ではパトロールを始めル」

 

 基本的にヴィランの事件は都市部で起こりやすい傾向がある。しかし其れとは別に九州では犯罪率が高い。かつての大物ヴィランが暴れ回っていたとか、東京という大都市から離れているとか、或いはそもそもそういう荒っぽい人間が元々多いとか色々な憶測が立てられている。そしてその九州の中の福岡市博多は、九州の中で最も栄えていると言ってよい都市部だ。

 

 つまり危険度は地方に比べて格段に高い。私も予め色々と噂を聞いていたので心の準備は出来ている。なんでも博多の人口の3%は殺し屋だとか、住宅街からロケットランチャーが見つかっただとか、人体実験で改造されたヴィランが日夜何処かの工場で製造されているだとか。気合いを入れてマーシャルレディの後をついてゆく。

 

 白眼で路地裏や喧騒の方向を警戒しながら歩いていると思った以上にマーシャルレディが通行人に話しかけられる。

 

「おっ! マーシャルレディーだ!? 相変わらずカッケー! そしてエッチだ!」

 

「お嬢! 飯ば食ったね? まだ? 後できんしゃい!」

 

「君。雄英体育祭で優勝した人だよね?!」

 

「へー。お嬢も遂にサイドキックを雇用する気になったか?」

 

 人気のある事は大変良いのだが、気になるのは彼女の呼称だ。マーシャルレディーとヒーロー名で呼ばれることは当然として、一定数の人は彼女のことを『お嬢』と呼ぶ。顔には出してない筈だけどいつの間にか彼女は振り返って私の表情を見ていた。

 

「気になるカ? 隠しているわけでも無いが私はここら辺の大地主の家の出でナ。まぁヤのつく自由業と言えば察せるカ?」

「ワ、ワラワはマーシャルレディーが何を言っているか……リカイデキヌ」

「その態度なら分かってるみたいだナ。カグヤ……お前はもう少し腹芸を学んだほうがイイ」

 

 この社会においてヤーさんとは既に過去の遺物と成り果てている。地上げ屋として圧力かけたり夜のお店でショバ代を徴収したりと出来たりするのはその裏に嫌がらせや暴力装置としての圧力あってこそのもの。個性を使った暴力はヴィランに劣り、一応法人の一つとして成立しているので分かりやすい悪の拠点としてヒーローや警察に眼をつけられてあっという間に解体されてしまった。

 

 なんにしても中途半端な存在だったのだ。それでも前世一般人の私にしてみれば恐ろしい存在に違いないので彼女に距離を感じてしまった。

 

「既に組織としての力はなイ。今は親父も不動産業に精を出しているみたいだが真っ当にやっているヨ。それでもここら辺では事情を知ってる連中も多イ。……お嬢と呼んでるのは昔馴染みの奴が揶揄って呼んでるのサ」

「え……地元ならマーシャルレディーは……日本人なのかの?」

「親父も母も日本人ダ。……この口調はヒーローとしてのキャラ付けに決まってるだロ? 今時ヒーローとしてキャラの一つや二つは無いと駄目だと師匠に言われてナ。拳法使いならこっちの口調のほうがウケが良いからナ」

「え……えぇ」

 

 職場体験で……なんだかヒーローに夢を壊されてばっかりだ。否。これこそが個性社会における現実なのだろう。むしろ私が今までヒーローに幻想を抱きすぎていたのだ。ヒーローに夢を見る時期では無くなったんだ私も現実と向き合う時なんだ。

 

 現役のヒーローの話にはしっかり耳を傾けておいたほうがいい。

 

「ワラワも何かキャラをつけた方が……良いかの?」

「お前は盛りすぎダ」

 

 結局3時間程パトロールをしたが特に事件らしい事件は起きなかった。そりゃ毎日事件が起きる筈ない。事件が起きないのは良いことだけど折角の職場体験なのにと少しばかり残念に思ってしまうのはヒーローの卵として私が未熟な証拠だろう。消化不良な私を見かねてマーシャルレディーは地下の訓練施設に案内してくれた。入り口付近にはサンドバッグやらのトレーニング器具、奥に畳張りの空間があった。壁は巨大な鏡になっていてまるでドラマとかで見るアイドルのダンスレッスン部屋のようだった。

 

「雄英体育祭で見たガ、お前の動体視力は凄まじいものがあるナ」

 

 こうしてマーシャルレディに真正面から誉められるとは思っていなくて少し照れてしまう。鏡に反射して映った私の鼻の穴が膨らんでいるのを視界の端に捉えて慌てて真面目顔に戻す。

 

「だが動体視力の良さ故に相手の動きを見た後で対応しようとするのは悪癖だナ。基本的に対ヴィラン戦では自分の得意な型で速攻で潰すのが基本ダ。相手に反撃の隙を与えるどころか、一番重要な初動を自分からヴィランに明け渡してしまってどうすル? 最初の相手の一手が取り返しのつかない個性だったラ? 折角の動体視力も無駄になってしまうナ」

「む、むぅ。まさにその通りじゃ」

「先ずは一通りの歩法と基本姿勢と型をこれからカグヤに教えル。取り敢えずはその動きを身体に覚えさせロ。無意識に出るぐらいにナ。本格的な組手と指導はそこからダ。基本的な動作が出来なければ話にならン」

 

 そのままマーシャルレディーの動きを真似る。独特な動きが多く、輪廻写輪眼で真似は直ぐに出来るけど、どうこの動きを活かすのかが理解出来ない。それでも無心で一つ一つの動作を記憶して自分の中の違和感を無理やり馴染ませる。ろくな格闘技経験の無い私が考えたところで今すぐその動きが意味する事を理解出来る筈がないからだ。実際マーシャルレディーはこの八卦掌のような格闘を使ってヴィランを何度も捕縛しているのは事実。今は彼女を信じて練習を続ける。

 

 途中からは写輪眼を使うのをやめて、自然体で動きを何度も繰り返した。ゆっくりとした動きで近代格闘術のそれと違って普段使わない筋肉を使っているのが分かった。動作時のブレを抑制する体幹トレーニングと違って、身体を貫く軸の意識である体軸を中心とした考えがこの動きにあるのだろう。輪廻写輪眼で私は体幹もトレースする事はできるけど、自分自身が身体に向ける意識。所謂身体意識という奴は今までにそれ程イメージしたことが無かった。そんなことは意識しなくても輪廻写輪眼で遅ればせながら動作のコピーは出来るので必要無いと感じていたからだ。

 

 しかし実際意識してやるのとそうでないのとはかなりの差がある。今までAT運転していたのがミッションに切り替わった感じ。考える必要はあるけどより細かな動きの修正や動作の高速化に繋がっている……気がする。今はその程度。それをハッキリと違いの分かる程に鍛える。私の個性伸ばしの道筋が見え始めた気がしていた。

 

「どうやら一通りの動きは覚えたようだナ。明日の午後もう一度見せて貰おウ。それで合格したら組手ダ」

「了解した」

 

 その日の職場体験を終えて私は天之御中で始球空間にいた。やはり此処は落ち着く。私カグヤの起点となる地のせいだろうか。身体意識を深めながら八卦掌の型を繰り返す事で、私の中の何かが馴染み変質するのが分かる。少しずつ、少しずつ……。

 

 今思うと私はこの個性についての理解が甘かった。体育祭の時に梅雨ちゃんに言われたように何処か個性について怖れを抱いていたのだろう。個性を深めれば深める程、私という異物がこの世界から薄れて消えていってしまうのではないかと。カグヤという巨大な存在に押し潰されてしまうのではないかと。

 

 “個性”は何処まで行っても“個性”だ。私の個性が伸びてもそれは私が私で無くなってしまう事とイコールではない。私という意識そのものも個性の一部なのだ。結局私はいつの間にか疲れて寝てしまっていたみたいで、アラームが鳴って汗臭い体の臭とベタベタ肌の不快感に包まれて起きたときの気分は最悪だった。

 

 もう二度とこんな真似はしないと私は深く誓ったのだ。

 

「おはよう……なのじゃ」

「ん。おはよウ。……どうしタ? 後ろ髪が乱れているゾ。ヒーローなら身嗜みぐらい気をつけロ……私の女ヒーローの知り合いの話でナ。たまたま寝癖をつけていた奴ト、同じく寝癖をつけてたサイドキックの男と一緒にパトロールをしているところをマスコミに取り上げられテ熱愛報道やら二人の秘密の夜会とかで面白おかしく取り上げられたことがあル。結局そいつは都会のヒーロー事務所を解散して今は故郷で静かにヒーロー活動しているらしイ」

「そ、それはなんとも……」

「寝癖でそこまでなるケースは珍しいガ、どんなツマラナイ事が原因で矢面に立たされるか分かったものじゃなイ。ヒーローとして活動するならマスコミに隙を見せるなヨ」

 

 彼女の瞳の奥には確かな怒りがあった。緑谷くんが言ってたメディアの露出が少ない理由とはこれだったのか。ヒーローは人気だからこそパパラッチから狙われてスクープとして取り上げられてしまうことが多い。オールマイトクラスになるとファンの力が強すぎて、下手な報道の仕方ではヘイトが集まり実際に殺されかねない。彼自身も痛い腹は持っていないしマスコミから気を遣われているのだけど在野のヒーローに関しては話は別だ。散々弄くり回して飽きたらポイ。

 

 もし1ーAの女子メンバーがそういう良からぬ噂でも立てられたら私も冷静でいられる自信が無い。

 

「……つまらん話をしてしまったナ。スマン」

「否。そもそもワラワが寝癖をつけて来てしまったのが原因じゃ。マーシャルレディーは何も悪ぅない」

 

 急いでトイレの洗面台で寝癖を直す。一応ヒーローコスチュームにも乱れが無いかひと通り確認もしておく。私の身嗜みや行動が面倒を見てくれているマーシャルレディーにも影響を及ぼす。それは分かっていたけど、改めて実例を挙げられると気持ちが引き締まった。

 

 本日の予定は今までと違って午前中パトロール。午後から私を付きっきりで見てくれるので今日の事務処理の勉強はお休みのようだ。正直少し気持ちが楽になった。大事なのは分かっているけどすごく気疲れする。頭脳労働よりも肉体労働の方がやはり私に向いている。

 

 事件は事務所から出て直ぐに起きた。ホンダさんがいつものスローペースとは比べものにならない程のスピードで事務所から駆けて来て警察からヒーローの出動要請があった事を伝えた。

 

 場所は中洲。要請事由は喧嘩。ヒーローが呼ばれるということは当然ただの喧嘩では無い。個性を使った喧嘩だ。

 

 いつもなら賑わう繁華街も既に警察が包囲網を敷いて一般人を遠ざけている。野次馬が群れをなして外からでは中の状況を確認し辛いが重い打撃音が断続的に響いて今でもその喧嘩が止んでないのが分かった。警察にも顔を知られているマーシャルレディーが現れると直ぐに中へ通された。繁華街のビルの壁は破損し、ガードレールもトラックが正面からぶつかったように凹んでいる。名物の屋台も無惨に弾き飛ばされて食材があちこちに散らばって戦闘の名残がそこら中にあった。

 

 此処までの被害が出て、まだ戦闘が続いている。喧嘩をしているのがどんなヴィランかは分からないが、おそらくその二人はお互い相当強く拮抗した実力者だということは確かだ。

 

「今どこにいるか分かるカ?」

 

 暗に白眼を使っての索敵を仄めかされた私は眼に力を込めて白眼を起動。

 

「150m先の雑居ビル。サンライト・ビルの中層に恐らく異形型の個性持ちが二人戦っておる」

「親切な一般人の目撃情報には感謝せねばナ」

「……お互い階段を登りながら屋上に向かっておるようじゃ」

 

 猪のような異形型の男と、ゴリラと犬を足したような巨躯の男が何十段も階段を一足で飛び越え途中拳を交えながら、上へ上へと登ってゆく。とても一般人とは思えない身のこなし。かなり戦い慣れている。喧嘩というレベルは最早越えているように見えた。しいて言うのなら決闘。それが一番近く思える。

 

「それでは行ってくル。カグヤは離れておケ」

「しかし……!? あ奴らはかなり強力そうじゃ。他のヒーローの到着を待った方が──」

「その間にもしアイツらが市街地に移動でもしたらどうすル? これ以上被害が出る前に止めル」

 

 そう言うとマーシャルレディーは件の雑居ビルの入り口前で何度か跳ね始めた。膝下だけでポンポンと調子でも確かめるように軽く跳ねて、準備運動でも始めたのだろうかと思っていたらいきなり彼女の姿が消えた。

 

 否。白眼で直ぐに探ると彼女は既に雑居ビルの屋上に着地していた。推定20mの高さを一瞬で?

 

 白眼に加えて輪廻写輪眼も発動。今度こそは何が起きても見逃さないようにしっかり観察しておく。

 

 彼女は徐に喧嘩をしている異形型の個性二人の間合いに近寄った。流石に屋上で見るからにヒーローらしき格好の美女に会うとは思わなかったみたいだけど、特に気にすることも無く二人はお互いに吹き飛ばしながら喧嘩を続けている。マーシャルレディーは少なくとも博多の地では人気のあるヒーローみたいだけど、彼女を見て警戒しないのは地元民では無いか或いは知っていて無視しているのか……。

 

 口元がパクパクと動いてマーシャルレディーが仲裁か最後通告をしているのだろう。当然そんなことで喧嘩を止めるようならここまでの被害は出ていない。一応最低限の仕事はしたぞと、今度は手首を軽く回し始める。さっきも似たような準備運動をしていた。

 

 『個性』の発動に必要な条件なのだろうか。ある程度済ますと二人の暴力の嵐が激突する中心にスタスタと歩を進めた。周囲の建物を散々に破壊し、拳圧だけで風が荒れ狂う戦場に散歩をするような気軽さで。

 

 その間にも猪男が高く跳躍し、ゴリラ犬男に向かってボディプレス。屋上の床が半壊。ゴリラ犬男は直ぐに距離をつめて重機のような太い筋肉質な腕で殴りかかっているが立ち上がった猪男の連続ストンピングでお互いに決定打は得られない。

 

 距離が離れ……見合って──

 

 ──突進で二つの肉体が一つになる。直撃の瞬間、私の元まで聞こえてくる破裂音と建物が軋む音。互いの顔面から少なくない出血。それでも戦意の衰えは一切感じられない。今は互いの脇に腕を差し込んで押し合い硬直状態になっている。俗にいう四つ組と呼ばれているやつ。両者隙あれば押し切ろうと踏ん張っている為、足技は使えずに残った片方の腕で相手の体を叩いている。体重も勢いもつけられないので威力こそ乗せられないが、それでも砂糖くんの個性を使ったラッシュ程の破壊力は十分に出ている。

 

 目と鼻の先にマーシャルレディーが現れても二人には眼中に無い。というか僅かでも彼女に意思を割いた瞬間を狙ってやると考えているのだろう。彼女はそれをいいことに二人の顎に、握りこんだ拳から中指と人差し指を僅かに突き出した形で──

 

──拳の先が消えた。

 

 衝撃だった。私は今まで輪廻写輪眼を発動させて『目にも留まらぬ速さ』というものを感じたことが無かった。

 

 あの強力な脳無でさえかなり速いが動き自体は眼で追えていた。それに反応できるかはまた別の話だけど……。

 

 ともかく、私の輪廻写輪眼でさえ追えない動きということは現実の彼らは攻撃があった事さえ分からない筈で、勿論二人は揃って仲良くノックアウト。

 

 先ほどから断続的に聞こえていた鈍く重い音が消えて、警察の人が駆け込んできた。雑居ビルの上の彼女が警察に向けて手を振り、後ろを指差してからこっちに来いとジェスチャーした。安心して次々と雑居ビルに入ってゆく警察の人を見て、マーシャルレディーの強さはかなり信頼されているのだなと感じた。

 

 強い。彼女はとても。それがすごく嬉しい。

 

 私の職場体験の希望場所は間違っていなかったと緑谷くんに感謝の気持ちが溢れる。

 

(……サイン。私の分も貰っとこうかなぁ)

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。