兎の女神のヒーローアカデミア   作:眼球舐めは通常性癖

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ワラワ林間合宿に行く!!

 

 辛く厳しい演習試験が終わり一息つきたいところだが、夏休みの林間合宿を(相澤先生の脅しは気にしつつも)楽しみにしている場合ではなかった。

 

翌日。

 

 目に見えて落ち込む上鳴くん、砂糖くん、切島くん、芦戸ちゃんの四人。演習試験に合格する者もいれば、当然試験の条件を達成出来なかった者もいる。今回は急遽例年通りのロボット実戦演習から教師陣とのペアで実戦試験に変わったこともあり、試験内容も明らかに難しかった。

 

 皆で楽しく林間合宿への道がおそらく閉ざされてしまったことから、私たち達成組の顔も明るくない。峰田と組んだ瀬呂くんもペアで条件は達成したが峰田に頼りっきりだったみたいで自分も落ちただろうと不安気な様子だ。

 

 相澤先生の事だからおそらくお得意の合理的虚偽ってやつだとは思うが、下手に希望を持たせてぬか喜びさせるのも悪くて何も言えない。私はただ祈るだけ……あれ?こんな子1ーBにもいたな。キャラ被り?

 

 

 

「林間合宿は全員行きます」

 

 案の定、そういうわけで教室に狂喜の叫びが響いた。しかし流石に今まで合理的虚偽を擦り続けた相澤先生も自らの行いを反省して、瀬呂くんも含めた5人は学校に残っての居残り補習より辛い合宿先での補習期間を設けられることになってしまった。

 

 内容はどうあれ私としてはクラスの皆で林間合宿を楽しめるという事が嬉しくてしょうがなかった。親友である響香を除いてこんなに親しくなった友達が多い学生生活を経験したことが無い。強化合宿という雄英ならではのキツイ合宿になるだろうが、しおりを見るに遊ぶ時間は確保されているようだ。一週間という長丁場、遊ぶにしても戦闘訓練するにせよ家で寂しく過ごす夏休みの何倍も楽しいのは間違いない!

 

「明日休みだしテスト明けだし……ってことでA組みんなで買い物行こうよ!」

 

 という葉隠ちゃんの提案に行ける奴全員集合というノリで集まった結果。

 

 滅多に見れない皆の私服姿で木椰区のショッピングモールに集合した。急な事なので残念ながら爆豪くんや轟くん、梅雨ちゃん他数人は用事で来れなかったけどそれでも結構な人数が集まって賑やかだ。

 

 麗日ちゃんはガーリーっぽい可愛さの中に活発な印象も見受けられる、良い意味で彼女らしい印象の服。芦戸ちゃんはパンク系のシャツにデニムショーパンで健康的な脚のラインが見える。八百万ちゃんはお嬢様らしいブランドのコーデで普段の大人っぽさが更に強調されている。直ぐにモデルやアイドルにスカウトされてもおかしくないぐらいの可愛い子揃いだ。

 

 響香はいつもの全身パンクファッション。ん? いつもより皆でお出かけするせいか破れたジーンズでは無く網タイツを履いて若干お洒落を意識してるな。可愛いんだから普段からもっと露出増やしてもいいのになぁ。

 

 私は胸元にワンポイント入ったYシャツにジーンズ。スカートとか可愛い系は正直あんまり似合わないんで大体そんな感じのコーデだ。

 

 こうして私服姿で集まると男子や女子の個性が見れて楽しい。林間合宿の予行演習みたいで実感が湧いてきた。

 

「とりあえずウチ大きめのキャリーバッグ買わなきゃ」

「あらでは一緒に回りましょうか」

 

「俺アウトドア系の靴ねぇから買いてぇんだけど」

「あー私も私もーー!」

 

 それぞれの目的も違うので団体行動してたら、ショッピングモールの人の多さもあって回りきれないと集合時間だけ決めて、必要品が近い者達で集まって買いに行こうということになった。私は響香と八百万ちゃんと共にキャリーバッグを買う組と一緒に行動。職場体験の時に使ってたキャリーバッグがあるので私は必要ないけど、小物を入れるバッグが欲しいと前から思ってた。響香は職場体験の時に普通サイズのキャリーバッグしか無くて、もう一つ別のバッグを持って行った経験から今度は大きいキャリーバッグを買うと決めていたらしい。荷物が増えると面倒臭いもんね。

 

 店では大小様々なキャリーケースが並んでいた。それこそ私の身長ぐらいのサイズから子供用まで。異形型の個性は身長も高いことが多いのでこのぐらいのサイズも必要になってくる。ブランド品や最近有名になってきたデトネラット社のものまで種類は豊富だ。

 

「う〜ん。このキャリーケースデザインは好みだけどキャスターが気に食わないなぁ」

「なら此方は如何でしょう。多少の段差も気にならないキャスターの駆動性と移動の際の振動も最小限とありますわ」

「……そっちはちょっと予算キツイかも」

 

 二人が盛り上がっている間、私は小物バッグを探して店内を練り歩いていた。簡単な化粧品や手鏡に財布と携帯の充電器、緊急時の生理用品にお菓子。パッと考えただけでそれぐらいの物を入れるぐらいの用量は欲しい。……最早小物では無くなってしまった気もする。あまり物を持ち歩きたくは無いけど、林間合宿ではキャリーバッグとは別にこれぐらいの物を持ち歩くぐらいのことはあるだろう。無かったとしてもこの先必要になる可能性は高い。

 

 最悪天之御中に必要品を用意しとけばという思いがあるのでどこか真剣味に欠ける。……でもあまり大っぴらに宣伝したくない個性だし、いちいち移動するのに皆の視線を気にするのも面倒臭い……やっぱりバッグは必要になるなという結論に達した。

 

 飾り気の無い肩掛けバッグを買って、響香もキャリーケースが決まったみたいだし今度の目的地は水着売り場だ。今回の林間合宿では水遊びも出来るらしい。私たちの中学校では水泳の授業は無かったので泳ぐのは久しぶりだ。私は前々から気になっていた競泳タイプの水着を今回選ぶ予定。ビキニは似合わないし、競泳タイプはおとなしいデザインが多く、造りも丈夫で私の身体能力を活かしやすい。

 

「響香はどうするのじゃ?」

「ウチは別に……地味めなので良いよ。ヤオモモは?」

「私は去年買った物があるのでそれで済まそうとしたのですが……」

「ですが?」

「昨日試着してみたのですが、お恥ずかしいことに胸のヒモが切れてしまいまして新しく買い替えようかと」

 

 いやんと恥ずかし気な八百万ちゃんが体を動かすと大きな母性が服越しに揺れるのが分かった。

 

──あれでまだ更に成長し続けているというのか?!

 

 ズーンと暗い影を落とす響香の肩を叩いて励ます。正直八百万ちゃんと比較するのは精神衛生上よくない。既に大人顔向けのスタイルなのだ。響香もこれから成長する可能性は十分にある。

 

 水着売り場で響香にフリルの着いた黒いデザインのビキニを勧めた。気になる胸の大きさもフリルで隠れて気にならないだろうし、可愛いけど狙い過ぎないデザインなので響香も否定しづらいみたいだ。

 

「まぁ耳朗さん! とってもお似合いです!」

「そ、そうかな? ちょっと派手じゃない?」

「いや、そんな事は無いぞ。良く似合っておる」

「え〜」

 

 口では興味なさそうな素振りだが満更でも無い様子。私と八百万ちゃんでその後も褒めちぎってなんとか買わせることに成功したところで──

 

『只今ショッピングモール内で不審人物が目撃されました。お買い物中のお客様は係員の誘導に従って落ち着いて移動してください』

 

 と放送が流された。私たちは天下の雄英校といえど今は一般人。それでも動揺して流言飛言を騒ぎ出す一般の人もいたので落ち着かせて、係員の誘導の手伝いはした。

 

 正直何が起きて、どんな不審人物が現れたのかは私たちも知らない。それでも仮免をとってもいない私たちに出来る事はそれぐらいしか無かった。幸い雄英体育祭を見ていた人は多く、私たちの顔もある程度認知度はあった。だから係員の手伝いや誘導も快く受け入れられて特に怪我人を出すこともなく済ませることが出来た。

 

 一時的にショッピングモールは閉鎖。たくさんの買い物客を引き留めて身分確認が出来るまでは一切外に出れないという徹底ぶりだ。どんな不審人物か現れたかは知らないがよっぽどの事をしたか、大物だったのだろう。遊びに来たクラスメートがようやく揃った時に首を苦しそうに抑える緑谷くんと、心配そうに介護する麗日ちゃんを見るに巻き込まれたのは緑谷くんだったのだろうか?

 

 楽しい買い物気分もすっかり冷めてしまった。私たちの行く末に暗雲が立ち込めているのを気付かされたのだろう。皆の表情も暗く固い。

 

 

 

 翌朝。

 

 相澤先生から例年使っている合宿先を急遽変更して、行き先は当日まで伏される事で林間合宿は中止されなかった。喜ばしい半面、モヤモヤしている。ヴィランの動きが活発的である中、私たちだけで楽しい林間合宿を味わって良いのか? そんな気持ちも確かにある。雄英としてもこれ以上ヴィランに屈すると面子として問題があるのだろう。安全対策も万全にしてヴィランに屈しないところを対外的にアピールする必要がある。

 

 終業式。そして夏休みの林間合宿はあっという間で。

 

 ヒーロー科の1ーBと合同での林間合宿。早朝からバスに乗り込む前に全員集合しているのだが合計41名ともなると流石に壮観だ。普段あまり交流ないから、こうして1ーB全員と面と向かうのは初めてで緊張する。早速1ーBの男子が此方を煽って来たけど喧嘩早い爆豪くんが反応する前に1ーBの女子に叩かれて引き摺られていってしまった。

 

 何だったんだ……あれは?

 

 疑問に応えてくれる人はいないようで、1ーBの他のメンバーもいつものことなのかスルーだ。1ーB女子も体育祭じゃ色々あったけど林間合宿ではよろしくと好感触。友達は多いければ多いほど良い。この機会に1ーBの子とも友達になれたら最高だ。ワクワクしつつ飯田くんの指示に従い大人しくバスに乗り込む。バス内は既に賑わっていた。

 

 お菓子や携帯弄りも特に制限はされていない。相澤先生も静かにするべきなら注意する筈なのにしないのは騒ぐのは許されているのだろう。席は後ろの方が空いていたので奥に行こうとしたら前の席の方の芦戸ちゃんと葉隠ちゃんに、座席横から予備の椅子が引っ張り出されて隣に座りなよと誘われたので内心歓喜しながらそのままお世話になった。

 

「ねぇポッキーをちょうだいよ」

「ウン十万円!」

「暴利が過ぎるわ葉隠!」

 

 そのまま楽しくバスで山道を走ること約1時間。休憩だと言われて道の端の広いスペースに降ろされる。1ーBの乗ったバスは先行していた筈だけど、駐車場には私たちの乗っていたバスだけが停まっている。……途中信号で分断されて距離が開いたから別のパーキングに止まっているのかな? いや、そもそもここトイレの為のパーキングエリアが無いぞ。

 

「よーーうイレイザー!!」

「ご無沙汰してます」

 

 私たちを待っていたのは大袈裟な登場演出でポージングをして挨拶した「プッシーキャッツ」と呼ばれるヒーロー集団だった。名前に因んで猫耳を模したアクセサリーと猫の手の手袋を着けたアイドルのようなヒーローコスチュームの美人二人組と子供一人。緑谷くん曰く本来は4名チームらしい。今回私たちの林間合宿でお世話になるプロヒーロー。合宿先を変更していきなり受け入れてくれたのだから急な準備やらでさぞ大変だったろう。感謝とこれからの気持ちを込めて深く一礼しておく。

 

 

「あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」

 

 裸眼で見てもかなり遠い。試しに白眼で指差した先を見てみると結構な大きさのペンションが確かにある。直線でだいたい20kmぐらいかな。これから山道であそこまでバスで行くことを考えると着くのはだいたい昼頃になるかな。

 

「え……じゃあ何でこんな半端なとこに」

「いやいや……」

「バス、戻ろうか……。な? 早く……」

 

 あれ妙にざわつき始めた。

 

「今はAM9:30。早ければぁ12時前後かしらん」

 

 何だろう……感じる。風を。少なくとも私たちの進行方向とは逆風だ。

 

「12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」

「バスに戻れ!! 早く!!」

 

 切島くんの迫真の声。逃げるようにバスへ駆け込む皆。だけど私は知っていた。白眼で後方のプッシーキャッツの一人が地面に手を当てて土を操作し始めているのを。つまり──もう遅い。

 

 駐車場の地面が蠢き、一斉に津波のように1ーAのクラスメートを攫って崖下に運ぶ。個性で操作された土の波は全員を丁寧に掴んで崖下へ怪我をさせることもなく移動させてしまった。かなり汎用性の高い強い個性だ。あれだけの範囲で繊細な操作も出来るのは相当練度も積んでいる強いヒーローといえる。

 

 え? 私? 私は直ぐに上空に飛行で逃げました!

 

 ヒーローに扮したヴィランかもしれないから警戒しつつ、黄泉比良坂を展開して一人ずつ回収しようとしてたんだけど。相澤先生に片手を上げて制止させられてしまった。既に本人である確認は白眼で取れてるし、私は手段はどうあれ生徒に対して真摯な相澤先生を信用している。大人しく地上付近に降りて皆が運ばれる姿を見ていた。

 

「おい大筒木。お前もさっさと下で合流しろ。注意しておくがお前の個性であいつらを移動させるのは禁止だ。勿論お前だけゴールすることも当然禁止だ」

「……これワラワの所為で皆にこんな試練が課されたとか無いよな先生?」

 

 演習試験の時に林間合宿ではキツく扱いてやると相澤先生は言ってた。その所為で皆を巻き込む結果で林間合宿の楽しい一日を無駄にしてしまったと思うと気が重い。

 

「安心しろ。それは関係無い、当初の予定通りだ。むしろこの程度がお前へのキツイ指導と思われるとは……そんな甘く思われていたようなら指導内容を考え直す必要があるな」

「……ワラワ皆が心配なのでそれでは」

 

 藪蛇になってしまったようでこれ以上ここにいても余計に指導が厳しくなるばかりとさっさと退散した。しかし、突然私の体に想定外の落下感が襲う。何が起きたか想像は出来た。相澤先生の個性だ。

 

 崖下にそのまま落ちる前にプッシーキャッツの土を操る個性によって安全に崖下へと運ばれた。

 

「私有地につき“個性”の使用は自由だよ! 今から三時間! 自分の足で施設までおいでませ! この……“魔獣の森”を抜けて!!」

 

 崖上からそんな声が聞こえる。魔獣の森とな……? 再び使えるようになった白眼で魔獣の正体はなんじゃろなと索敵していると10m程先の木陰に巨大な四足歩行の魔獣……では無いなこれ。人体の血液の流れも見える白眼で確認してみても血どころか筋肉さえ無い。構成物質はおそらく土と木と石。ファンタジー世界ならまだしもこの世界ではこんな物体が意思を持って野生で生息?している筈が無い。考えられるのは個性由来。土を操っていたプッシーキャッツのヒーローが一番怪しい。

 

(それにしてもあれだけの量の土を操り、これだけの魔獣の造形と生物のように操る操作性の精密さ……個性として強過ぎじゃろ)

 

 

 皆に情報共有しようとした時には既に、用を足しに峰田が木陰に向かってしまっていた。ちょうどよく木陰から出て私たちの前に姿を現す。何の情報も無い皆は当然驚いた。

 

「マジュウだーー!!?」

 

 白眼を使っていたので知りたくてもなくても分かってしまう。峰田お前……ご愁傷様。普段の女子へのセクハラは許されないが、人間としての尊厳を失った者を攻める気にはならない。

 

「静まりなさい獣よ下がるのです」

「無駄じゃ口田……あれは土の塊を生物に見せかけた紛い物よ」

 

 それを聞いて真っ先に動いたのは緑谷くん、飯田くん、爆豪くんと轟くんの4人組だ。あっという間に近づいてそれぞれの個性で魔獣を粉砕する。ある程度の大きさに砕かれると制御から外れるのか、その後は砕けた土が集まって魔獣が再生するということは無かった。

 

 とりあえず私たちは一度落ち着いて、目的地までの道程スケジュールを組むことにした。崖上から指さされた方向に何の指標も無く進むというのも馬鹿げている。平地と違って木々や岩。歩行困難な地形や障害物が予想される。単純な直線ではおよそ20km弱だが、慣れない山道の移動や障害物を避けるために遠回りすることを考えるとかなり時間がかかるのは想像に難くない。

 

 そして崖のプッシーキャッツの指定した12時半までに到着しなければ昼食抜きの一言。

 

 此処から三時間は流石に難しいと思う。私の白眼と口田くんの動物と話せる個性で獣道等の近道を探しても4〜5時間は最低かかりそうだ。更にプッシーキャッツの個性で先ほどの魔獣とやらが再び襲って来る事を警戒、対処すればそれ以上の時間がかかってしまう。

 

 私はそれらの不安要素を皆に伝えた。

 

「それでは大筒木君。彼女たちプッシーキャッツがヒーローでありながら俺たちに虚偽の情報を伝えたというのか!?」

「……別におかしい話でも無い気がすんな。私有地で普段からこの山を移動しているプロヒーローなんだろ?」

「そうですわね。……彼女たちならクリア出来るというだけで私たちはそもそも昼に到着するような想定は最初からしていないのかもしれませんね」

「だったら昼飯はどうすんの?」

「少しは考えなよ上鳴。昼食や飲料水をこの山の中で確保するのもウチらへの試練かもしれないじゃん」

「おっ……それもそうか」

「昼食は抜いても構わないけど、この山の中を歩くなら最低限の水分と休息時間は欲しいわね」

「はいはい!! どうせなら皆の手持ちで使えそうな物を教え合おうよ! 私のど飴ポッケに入れて来た!」

 

 各自手持ちの道具を集めてみても特に現状に使えそうな物は多く無かった。トイレ休憩の為だけにバスから降りただけだし、それもまぁ当然か。私も目薬ぐらいしか持ち合わせて無かった。こういう時の為にバッグを買ったのにこんな直ぐに使う事になるなんて予想出来ずにバッグはキャリーバッグの中。今度は絶対持ち歩こうと心に誓う。

 

 使えそうなのは葉隠ちゃんののど飴に常闇くんの制服のポケットに入っていた十徳ナイフぐらい。正直食べ物以外は八百万ちゃんの個性で全て用意できてしまうのであまり意味は無い。でも常闇くんのポケットから出てきたのがあまりに彼らしかったのでちょっと笑ってしまった。

 

 12時半に間に合わせる強行軍では無く、ペース配分を考えた移動で私たちに焦燥感は無かった。加えて道中襲ってくる土の魔獣の対応も私が索敵。連戦で疲労が蓄積しないように都度対応できるメンバーを入れ替えて位置を教えるといった形だ……といっても口田くんと葉隠ちゃん以外なら誰でも撃破は出来るレベルに調整してくれているようだったので、クラスの皆が適度な実戦経験を得ることが出来た。二人も何もしてない訳じゃなくて口田くんは鳥や鹿と会話してルート取りをしてくれていたし、葉隠ちゃんは個性を使って時折魔獣に埋め込まれたカメラに新技の偏光フラッシュを当てて戦闘のサポートもしてくれていたので十二分に活躍してくれた。魔獣をカメラ越しに操っていたプッシーキャッツにとって、強い光を当てられるのは効果的だったみたいで途中からは明らかに葉隠ちゃんを避ける動きが見てとれた。

 

 私も個性で眼が良い分、葉隠ちゃんの新技は直視すると相当な効果を受けてしまう。爆豪くんの閃光弾を体育祭で受けた時はまだ覚悟していたのでそれ程でも無かったけど、それでも普段視覚に頼っている私にとってはかなり戦い辛かった記憶がある。不意打ち気味に葉隠ちゃんの新技を喰らうと暫く視界が潰されるのは間違いない。

 

 透明化に目眩し、サポート特化の個性としてはかなり強いと思う。今は手元からしかフラッシュ出来ないみたいだけど、離れて使えるようになれば自分は隠れながら相手に一方的にフラッシュを叩きつけられる相当厭らしいコンボが出来るだろう。

 

 常に自身の周囲の光を無意識に屈折・操作して透明になっていると考えると葉隠ちゃんの個性はかなり強力かつ繊細な個性だ。今でこそ私の白眼で位置こそ把握出来ているけど、意識的に完全に光を操作できるようになれば私でも彼女の姿を捉えることは出来なくなるだろう。

 

 

 そんなこんなで道中、川の水を轟くんの個性で蒸留して水分補給したり、休憩したりしてようやく目的地に辿り着いたのはPM4:40ごろだった。皆流石に疲れの色は隠せないけど達成感も大きく表情は明るい。ペンションの前にプッシーキャッツの二人と相澤先生が出迎えてくれた。

 

「ようやく辿り着いた〜」

「腹へった〜」

 

 昼飯抜きで動きっぱなしだったので流石にお腹が空いた。食べ盛りな男子は当然として、八百万ちゃんも個性にカロリーを使う関係上しっかり食べるのが常の為、お腹が鳴らないように意識しているのだろう。影でお腹の虫が鳴りそうなのを時折叩いて制しているようだった。

 

「ねこねこねこ……君ら予想以上に早かったねぇ。将来有望だ三年後が楽しみ! ツバつけとこー!!!」

 

 かなりの美人さんなプッシーキャッツのお姉さんに物理的にツバを飛ばされて嫌そうな顔をする大半、上鳴はちょっと嬉しそうだった。勿論峰田は女の勘からツバをかけられることはなく、少しかかった上鳴の方を見て憎しみの籠った目で睨みつけられていた。

 

「『マンダレイ』……あの人あんなでしたっけ」

「彼女焦ってるの適齢期的なアレで」

 

 緑谷くんが視界の端でプッシーキャッツの一人の従甥(いとこの子供の事らしい)である子と話していたけど、正直お腹が空いてそれどころではなかった。燃費はそんなに悪くないけど、成長期だし異形系の個性の事もあってか食い気はクラスの男子以上かもしれない。麗日ちゃんの顔が美味しそうに見えてくるぐらいには私もお腹が空いている。

 

「ひっ!? ちょっ大筒木ちゃんこっち見る顔怖いで!」

「あぁ。コイツお腹が空くと直ぐこうなるんだ。はい……スニッカーズ」

 

 バスから荷物を建物に運ぶ際にバッグの中からチョコ菓子を取り出して響香が口元へ差し出してくれた。無心で食いついて全部胃の中に収めるころには少し飢餓感が薄まった。響香に感謝しつつ、麗日ちゃんにも謝っておく。……ちょっと距離を感じて悲しい。

 

 食堂はある程度の料理が既に並べられていた。本来ならもっと用意しておく筈だったのだけど私たちが思った以上に早く帰ってきたのでまだ全部揃っていないらしい。艶々と一粒一粒がしっかり立った米。野菜も新鮮で素材そのものが良いのだろう。噛んで弾けるトマトの果汁、キャベツも青臭くなく甘い。からりと揚げられた鳥の唐揚げも肉汁が口の中に広がって何個でもいける。箸休めの浅漬けがまた美味い。大鍋で運ばれた筑前煮は根菜の歯応えと滋味を感じる優しい味付け。一度に大量に調理することでコクというか味の深みと安定性が増している。味噌汁……日本人の心だ。此処で手を抜くかどうかでその店の価値が決まってくる重要な汁物。ここまで拘ってきたので大丈夫だろうと内心思っていたけど、案の定期待を裏切ることはなかった。丁寧な出汁、味噌の優しい香り。ネギに豆腐とワカメの王道具材に普段あまり見ないジャガイモも入っている。このホクホク感……堪らん。

 

 単純な調理技術ならランチラッシュのが上なのだろうけど、素材の良さが光った素晴らしい夕食だった。疲れ切った今の体で食べるのならこちらの夕食の方がランチラッシュの料理よりも美味いと感じる。普段は味わって食べる隣の響香も無心で口にさっさと放り込んでいる。ようやく少し胃が満足して来たところで、深く味わう余裕が出来たのかゆっくり食べ始めた。

 

 二時間ほどの夕食時間を終えて腹がくちくなった所で、土汚れた体をさっぱり流すお風呂の時間がやって来た。

 

 

 

 

 




次回、お楽しみのお風呂回!

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