兎の女神のヒーローアカデミア 作:眼球舐めは通常性癖
個性伸ばしの特訓が終了したのが十六時半。途中休憩しつつ、軽く昼食をとってようやく解放された。朝の四時半起きでちょうど十時間に及ぶ長く苦しい個性伸ばし訓練。皆の疲労の色はかなり濃い。私も正直フラフラだけど情けない所を見せたくない一心で表面上はまだまだ行けるフリだけしてる。そんな私たちにプッシーキャッツは夕飯のカレーは自分達で作れとおっしゃる。……ええ。正直作るのはやぶさかで無いけど、昨日のような美味しい食事が今日から食べられないというのがショックだった。それほど昨日の食事は感動的だった。
「皆! 世界一美味いカレーを作ろう!」
元気に鼓舞する飯田くんに背中を押されるように料理作りを開始した。キャンプといえばカレーのイメージは強い。正直カレーは不味く作る方が難しい料理だ。市販のルーさえ使えばどんな調理技術でも美味しく作れるカレーは偉大。私も家ではまとめて作ったカレーを冷凍で小分けしておいて食卓に上がることも多い食事だ。
ジャガイモの皮を剥くのも慣れたものだ。家では屍骨脈で掌から骨矢を出してその先端にジャガイモを刺し、手元で回転させながらもう片方の手で表面に包丁をあてて剥いているのだけど、流石にそれは憚られた。自分で食べる分だけなら良いけど、これは皆が食べる。他人の骨が刺さっていたジャガイモってやっぱり嫌じゃないか? 潔癖症な人でなくても嫌な人がほとんどだと思う。そういう訳で響香と梅雨ちゃんと一緒に普通に包丁で材料を刻んでゆく。普段梅雨ちゃんは忙しい両親の代わりに弟や妹に弁当も作ってるということで手際が良い。
「めっちゃ包丁早いじゃん……」
「ケロケロ。慣れたら耳朗ちゃんもこのくらい出来るわ」
多分ここまでのスピードは無理だろうなと思ってたら響香に殴られた。口には出してない筈……なぜ?
轟くんや八百万ちゃん、爆豪くんで比較的火起こしが簡単に済んだ1ーA。適当に油を引いて具材を炒めてから水を入れて煮込む。焼いた時の茶色の焦げ部分が旨味になるってどっかで聞いた。確かメイラード反応だっけな? とりあえず適度な焦げは飯を美味くしてくれるってことらしい。……知らんけど。
出来上がったカレーは空腹に染み渡った。昨日のプッシーキャッツの料理に比べると一段も、二段もクオリティは下回るけど皆で料理を作るという工程が楽しかったし美味しく感じた。満足度は高い。八百万ちゃんが結構ガッツリ食べてるのを見て瀬呂くんが、八百万ちゃんの個性が食べた脂質を変換して創造している点がまるで糞みたいだと抜かしたので響香が瀬呂くんを殴った。
「瀬呂よ……飯を食べるのにそのような発言をするでは無い。我々が食べている物を考えてみよカレーだぞカレー」
「アンタも余計に皆の食欲無くすの止めなッ!」
生徒達が歓談するのを見守りながら静かに食事をとるプッシーキャッツと相澤。『サーチ』の個性を持つラグドールが隙を見計らって相澤を肉球付きの手袋で手招きをする。それに相澤は嫌々顔を寄せて応える。
「ねぇねぇイレイザーは大筒木ャットに伝えたの? 本当の弱点?」
「はぁ……本当に伝えるべき内容なら、私を通さずに直接本人に伝えていたでしょうが」
「キャハハ! アチキも悩んだんだけど担任の判断なら別に伝えるのも構わないよ」
ボリボリと頭を掻いて閉じた目を開き、話題の大筒木に視線をやった。大筒木に伝えた内容も嘘では無い。確かにそれらも大筒木の弱点の内だ。しかし全ては彼女に伝えられらなかった。それだけのこと。『サーチ』の個性は彼女の知られざる情報も抜き出した。
「『本来の個性』がまだ発揮されていない……か」
複数の個性持ちの大筒木。つい最近知らされた大筒木呼称『天之御中』という6つの異空間を行き来する個性に加えてまだ個性が眠っているというのか。『天之御中』その一つとっても恐ろしい個性だ。人一人に一つの個性……それが一般的。複数個性持ちも歴史を漁ればそう珍しくは無い。現に轟は氷結と炎熱を繰り出す複数個性だ。しかし流石に大筒木の個性の数は異常という言葉以外当て嵌まらない。
「個性特異点……終末論等信じてはいなかったが」
個性特異点。個性は遺伝するという特徴上、様々な個性が入り混じった個性が代を重ねるごとに形成される。最早最近の個性は個性黎明期のそれとは威力も質も異なった次元に達しているのが現状だ。そうした個性の遺伝が積み重なって人の制御できる領域を越えた時、人間社会は崩壊するだろうという終末論が個性特異点。そしてそんな新世代達の中でも群を抜いているのが大筒木。
あまりにも危うい……。ある意味大筒木は雄英という籠の中で、雄英体育祭で日本中に認知されることによって公に手が出せない存在になったと言っても良い。そんな彼女が更に新たな個性を目覚めさせる可能性があるとしたら……コトはヴィラン相手で済む問題では無くなってしまう。
今は制御できている個性だが、新たな個性が大筒木の手に負えない可能性も十分にある。『天之御中』一つだけでもおおよそ人の制御できる範疇を越えている。人知を越えた個性が人格に何の影響も及ばさない筈が無いのだ。
(あの個性を持っていて一般人の感性の大筒木の精神状態がむしろ異端なのか……?)
そんな頭の端に浮かんだ合理的思考を相澤は直ぐに
「大筒木。飯の片付けが終わったら学習室に来い」
「えっ。ワラワ……何かした? 芦戸と違って赤点とって無いし」
「あっ!? せっかく忘れてたのに思い出させたなぁコラッ大筒木!」
「安心しろ。お前ら赤点組は今日の夜から補習だ」
「ええっ!? そんな〜〜〜!」
後ろで苦悶の声を上げる芦戸ちゃんを置いて私は相澤先生に先導されて学習室へ向かう。簡単な机とパイプ椅子、そしてホワイトボードが用意された部屋だ。機能性を重視した殺風景な景色。どう考えても楽しそうなヴィジョンが浮かんで来ない。
「それで、今日の個性伸ばしの成果を聞こうか」
出し抜けに問う相澤先生の意図がわからなくて若干困惑しつつも答える。
「今日は先生の言う通りに、個性の複数同時使用を練習したぞ。進捗は……まぁそこそこ」
なにせ今までやったことも無い訓練だ。そう簡単にコツを掴んで直ぐマスターというわけにもいかない。先生も初日から成果を出すとは思っていなかったらしくそこは流された。きっと会話を始めるキッカケに過ぎなかったのだろう。
「お前の個性……何か違和感は無いか?」
「違和感? いや、特にいつも通りじゃが……?」
「──ならそれで良い。もし個性に関して何か違和感や気づきを覚えたら直ぐに相談しろよ」
「うん? 何だか分からんが了解じゃ」
それで、と前置きをして教卓にズシンと書類の束が叩きつけられる。
「こ、これは?」
「最近だいぶ腑抜けているようだからな。2年生までの分野も含んだヒーロー基礎学の法律関係のレジェメだ。個性使用に関する人命救助、正当防衛の適応事項例と法的責任の如何を記述するレポート形式の問題もある。強化合宿期間内に提出しろ。分からない所があれば大体そのレジェメに載っているが、いつでも俺に聞きに来い」
「──いやッ、流石にこれは……レベルが高過ぎんか? ワラワこんなのやったこと無いし、しかも強化合宿期間内とか絶対無理じゃ!」
「……本来これは1年のお前に課す問題では無いのかもしれない」
いつものようにいいからやれという形では無かった。普段は合理的でこんな曖昧な事を言い出さない相澤先生本人もどこか戸惑っているようだった。死んだような瞳が今日は更に死んだように見える。
「近年のヴィランの活発化に加えて、個性社会の世の中お前の個性は良くも悪くもあまりに毒。雄英高校の教師である俺に今できるのは有事の際にお前の個性を限定的に扱える範囲を教えておくという判断故の事だ」
「……流石に考え過ぎじゃろ?」
「杞憂ならそれで構わない。そもそも大筒木。お前のヒーロー基礎学の座学での成績はドベから数えた方が早い。この機に予習として2年生時の内容を予め経験して、クラスメートに先んじて知識を深める良い機会だ。結果がダメだとしても己の無力さを理解し危機感を募るのも無駄にはならないと判断した。──勿論その際には補習も受けてもらうがな」
「相澤先生……ワラワの事嫌い?」
「そんな無駄口叩けるようならレポート増やすか?」
「……了解した」
流石に芦戸ちゃん達のように補習組と一緒という訳では無いらしい。それでも日々の個性伸ばしの後で更に頭脳も働かせるのは辛い。幸いに相澤先生は成績優秀な飯田くんや八百万ちゃんに相談しては駄目だとは言ってなかった。隙を見てなんとか助けを借りよう。
それにしても相澤先生の様子が普段と違ってたのが気になる。私の個性がかなり特殊なのは知ってるけど、そんなの今更の話だ。なんか気になることでもあったのかな?
レポートの事を思うと気が重い。そんな私の元へ人影が向かってくる。麗日ちゃんだ。
「ねね。大筒木ちゃん」
「ん? どうした麗日?」
「デク君が洸太君追いかけて行っちゃったみたいで戻ってくるの遅いんよ。心配やから個性で見てくれんかな?」
その麗日ちゃんの表情は単なる心配というには少し違う気がした。純粋に緑谷くんの無事を案じているというより、私に個性を使ってと頼むことで頬を赤らめて秘めた想いが私に漏れることを恥ずかしがっているという感じだ。
「……はは〜ん。なるほどのぅ。良いぞ良いぞワラワに任せておけ」
「なッ!? なるほどって! 何が!? 大筒木ちゃん変な事考えとらん!?」
「変な事とはどういう事か詳しく説明して貰わんと分からんな〜」
「もうッ! 大筒木ちゃんなんか知らん!!」
「そ、そこまで言わんでも良かろう!? 今調べるから待っておけ!」
焦って白眼を使う。こんなくだらんちょっかいでせっかく出来た友達を失うなんて事はしたくない。私の視界が上下左右に拡張されてターゲットの緑谷くんを捜索する。施設を取り囲む森の木々や夜の闇を見透かす。
(見つけた!? ……ってこれは)
「……なんじゃ。ほれ麗日、すぐそこじゃ」
「へ?」
木々の中の整備された暗い道からひょっこり緑谷くんの姿が現れた。急に私たちの注目を浴びて困惑している様子を見るに獣やヴィランの襲撃があって帰ってくるのが遅れた訳でも無さそうだ。洸太くんを探しに行った割に緑谷くん以外の人影は見当たらない。不思議に思って白眼で探ししてみるとここから少し離れた山の岩棚に出来た洞窟の近くにいるようだ。こんな暗い時間に一人でいるのは危ないし、怖くないのだろうか?
(ん? 今、南東方向にチラッと人影が見えたような?)
洸太君とは2kmぐらい離れた岩山の辺りに数人の人影が見えたような……。直ぐに確認しようとしたけど闇に紛れて消えてしまった。白眼で何度か人影がいた方向を探ったがもうその人影は見当たらない。ここにA組とB組は全員いるし、プッシーキャッツや相澤先生、ブラドキング先生も揃っている。じゃあ……あれは? また雄英ヒーロー科特有のドッキリか?
相澤先生のさっきの忠告もあることだし一応、本人にも報告しておこう。
「……何? 山に人影を見ただと? 動物の影の見間違いでは無いのか?」
「いや、一瞬じゃったが確かに人影じゃったと思う。動物なら隠れても白眼で直ぐ分かるし……ワラワの勘違いならそれで良いのじゃが、もしもの事を考えるとのぉ。……先生方のヒーロー科への仕込みなら黙っておくぞ」
「いや、今回は純粋な個性伸ばしが目的の林間合宿だ。後半は進捗によっては簡単な実戦形式の訓練をする予定も考えているが、そういった仕組みは用意していない。急遽行き先も変更になったし、仕組みに割く人員がいるようなら最初からフルに協力して貰う。合理的に考えてな」
「それもそうじゃのう……ならばあの人影は?」
「私有地に迷い込んだ人間の可能性もあるが、であるならばお前の個性で見つからない理由が不明だ……対策をとらない訳にはいかないだろう。プッシーキャッツに周囲の警戒の協力を願う。悪いが大筒木、お前も白眼でサポートして貰うぞ」
「うむ! 言い出しっぺのワラワにも責任はあるしのぅ!」
しかしその後プッシーキャッツの虎さんとピクシーボブに人影を見た場所を捜索してもらったけど誰も見つからなかった。私は一応生徒なのでもしもの事を考えて施設内からマンダレイさんと一緒にお留守番だ。白眼で得た情報をマンダレイさんに伝えて『テレパス』で二人をナビゲートする形だ。相澤先生とラグドールは施設周囲の警戒と探索。二時間近くかけての捜索は成果を上げる事も出来なく終わってしまった。
こうした結果からどうやら私の見間違いの可能性が高いと分かると、申し訳なさが込み上げてきた。忙しい先生方やお世話になっているプッシーキャッツの貴重な時間が徒労に終わってしまった。何度も頭を下げて謝るとマンダレイさんを始めとしたプッシーキャッツの皆さんは気にした様子も一切見せなかった。
「気にする事は無いよ大筒木ちゃん。私達山岳救助専門だからそういった情報は間違っているかもしれないって遠慮して黙っていられる方がかえって要救助者の発見を遅らせる事だってあるし」
「そそ! あちきらに必要なのはまず情報! だから今度人影を発見した時も遠慮しなくて良いんだぞ!」
「時期も時期だ。我らの警戒は過剰なくらいでちょうどいい」
「ねこねこねこ。言いたい事全部言われちゃったけどそういうことね!」
ピクシーボブさんに肉球付きの手袋で励ますように頭を撫でられる。こうして撫でられるのはなんだか凄く懐かしい。大筒木カグヤの異質な個性と見た目も合わさって子供のような扱いをされるのは久しぶりだった。
「ん? どうした大筒木ャット? ……って泣いてる!?」
「大丈夫か〜」
「その後は我の胸で泣いても良いぞ!」
「あら。相手が見つかる前に大きな子供が出来ちゃったわね」