兎の女神のヒーローアカデミア 作:眼球舐めは通常性癖
それは3日目の事。連日のキツイ個性伸ばし訓練に私含めA組とB組の面々も疲労の色が濃い。特に芦戸ちゃん、砂藤君、瀬呂君、上鳴君、切島君の補修組は深夜2時まで補修してるからその疲労はかなりのものだ。……これ補修組はキツイの勿論だけど一番辛いの先生じゃないかな? 補修や個性伸ばしの訓練内容とか考える必要もあるし。相澤先生はいつもより若干死んだ眼で私たちに言い含めた。
「皆もダラダラやるな。何をするにも原点を常に意識しておけ。向上ってのはそういいうもんだ。何のために汗かいて何のためにこうしてグチグチ言われるか常に頭に置いておけ」
(原点……か。別に私は元々ヒーローへの憧れが無い訳では無かったけど、きっかけは響香が雄英に入るって所からだったし。強いていうなら大筒木カグヤのイメージアップ。私、イメージアップ出来てるのかなぁ?)
皆は原点を思い出してやる気を出してるみたいだけど、私は原点が俗っぽいのでうぉおおおおお! という風にはなれなかった。真っ当にヒーローを目指すクラスの皆に比べて器の小ささを見せつけられた気分だ。
「なんであろうなぁ。ワラワのやる気スイッチ……?」
原点である過去より、クラスメイトや響香、先生、プッシーキャッツの皆さん。今の学校生活そのものが私にとって一番価値のあるものだ。原点が過去で無くても、今皆を守ることそのものが原点でも構わないのだろうか。
「──であるならば、頑張るだけの価値はあるというものよ」
苦しい個性伸ばしの特訓を終えて今日の夕飯のメニューは肉じゃが。……昨日のカレーに続いて肉じゃがとか正直どうなのよ? 食材がある程度限られている以上しょうがないのかもしれないけどもうちょっと工夫が出来た気がする。副菜として簡単にサラダと味噌汁も用意してると八百万ちゃんと拳藤ちゃんが見つけて手伝ってくれることに。単純に嬉しい。八百万ちゃんは勿論だけど、仲良くしたいと思ってたB組の拳藤ちゃんと会話する機会が出来たのは自ら声を掛けるのに多大なる勇気が必要な私にとって幸いだった。
「へ〜良いね。アタシも手伝うよ! 大筒木は味噌汁の具何入れるタイプ? 因みに私はネギと油揚げと豆腐」
「それは助かる。ワラワはネギと豆腐さえあれば良いが具沢山も大好きじゃぞ」
「……牡蠣は皆さん入れないのですか?」
「「牡蠣ッ!?」」
思わぬところで八百万ちゃんとの庶民と富豪の違いを見せ付けられて、私と拳藤ちゃんで庶民同士の連帯感が生まれてしまう。その間八百万ちゃんを少々話の外に置いてしまう形になってしまった事は否めない。彼女は優しく他人想いな反面繊細な所もある、後でしっかりフォローを入れておこう。
出来上がった味噌汁やサラダの皿を八百万ちゃんが巨大なお盆を創造して載せて、拳を大きくした拳藤ちゃんの掌で運ばれる。
「そういえばあの個性使ってみてよ大筒木。あのワープみたいなの。体育祭で見てからずっと体験してみたかったんだ」
「ワラワの『黄泉比良坂』か……よかろう」
「……なんかうちのクラスの黒色みたいなところあるんだね大筒木」
「拳藤さん……実は時々彼女こうなるんですの」
何やら陰で二人が内緒話をしているようだが、せっかく拳藤ちゃんに良いところを見せる機会だ。そんな事より手元に黄泉比良坂でゲートを作り、食卓の近くに繋げて拳藤ちゃんを押し込む。ゲートの先で「うわっ、本当に繋がってる……」と声が聞こえた。どうやら喜んでくれたらしい。普段見ているせいか幾分か慣れた様子で八百万ちゃんもゲートに入ってゆくので私も続いた。
楽しい夕食の時間が過ぎ、今日の個性伸ばしの前にキャッシープッツが予め予告していたクラス対抗肝試しの時間がやってきた。
しかしなんと無情な事だろう。哀れ芦戸ちゃんたち補修組は相澤先生により急遽補修の憂き目となってしまった。捕縛布で縛られてひきずられる姿は涙なしで見送る事は出来なかった。
脅す側は先行B組、A組の私たちは二人一組で決められたルートを通り、道中に置かれた名前の書かれた札を持ちかえる。二人一組を決める方法は公平にクジ。21人中5人が補修で残った16人で珍しく偶数名になる。いつも最後の一人で余っていた私にとって誰かと組むのは久しぶりで嬉しい。
私が引いたのは3番。相手は葉隠ちゃんだった。肝試しで驚かすにはピッタリな個性の葉隠ちゃんだけど、怖いのは苦手みたいで緊張してる様子だ。ドッキリ番組は好きだと言うけど、それとホラー系とはまた別らしい。正直私もホラーは得意では無い。
無論、私の白眼で隠れているB組の様子を見るのは禁止されている。葉隠ちゃんのすべすべな手を繋ぎながら私たちは3番目に出発した。
夜の闇。そこそこ星も明るくて個性を使わなくてもある程度夜目の効く私にとっては歩くのには苦労しない。それでも整備されていない道の端は遠くまで見透す事は出来なかった。近くの草むらからゴソゴソと何かが蠢いて、フクロウの声が不気味さを加速させていた。
「大筒木ちゃん……景色も何だか昼間とは違って見えるね」
僅かに声が震えている。私も怖いけど葉隠ちゃんの手前そうも言ってられない。
「だ、大丈夫じゃぞ葉隠! ワラワがついておる」
なんとか平静を保ちながら進んでいると道の先で懐中電灯の光を見た。前の爆豪君と轟君のペアだろうか? だとしたらビビるあまり焦りで足が早くなっていたのかもしれない。怖さを紛らわす為に葉隠ちゃんが声をかけるとゆっくりその懐中電灯の光が闇の奥からこちらへやって来る。
「お〜い! 轟く〜ん! 爆豪く〜ん!」
「……ん? 返事も無しか?」
しかし、闇の向こうから現れたのは──額に角のように懐中電灯を取り付けた女の浮遊する生首だった!?
「んぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!!!」
「わっ! 確かB組の……取蔭ちゃんだ!?」
続いて現れるキノコまみれの怪人。
「ヒェぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
浮遊する皿に人形。葉隠ちゃんの影の形が不気味な化け物に突如変わる。
「うわぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜ん。ワラワ……もう帰りたい」
「……私以上に驚く人がいると逆に冷静になっちゃうね。頑張れ大筒木ちゃん! もうすぐ半分ぐらいだから!」
「……まだ半分?」
肝試しの中間地点。ここはある程度の広さの空き地となっていて篝火が焚かれていた。そこに名前の書かれた札を持って生徒達を待っているラグドールがいる筈なのだが……。
「あれ? ラグドールさんいないね?」
「お手洗いにでも行ってしまったのかのう?」
そこにラグドールの姿は無く、私はスッキリしない気持ちのまま置かれていた札を取って肝試しをさっさと終わらせようと歩き出したが葉隠ちゃんが動かない。
「どうした葉隠? 気分でも悪くなったか?」
「……大筒木ちゃん。ここ見て」
「うん?」
顔は見えないけど声色が真剣な葉隠ちゃんのいう通りに、袖の先の方を見てみると地面が僅かに濡れていた。赤黒く、端の方は固まってしまっている。指先でそれに触れて匂いを嗅いでみると鉄の匂いがした。指先の湿り気は直ぐに乾いてポロポロと指先をこすり合わせれば僅かに指に赤色が沈着して残りは地面に落ちてゆく。
「血じゃ……それもつい最近の」
「もしかしてラグドールさんの!?」
「分からぬ……どちらにしてもちょっと転んだ程度の出血量では無いな。流石に緊急事態故に個性を使うか」
「私! 他の人呼んでくるね!!」
白眼を発動。今まで未知の存在だった恐怖の夜の森が私の白眼で既知の存在へと変わっていった。肝試しのルートで驚かす側のB組の殆どが倒れている。まだ意識のあるB組の数人が避難しようとしている姿も見える。北側に大きな煙の渦を纏うガスマスクのヴィランらしき存在も発見出来た。
梅雨ちゃんと麗日ちゃんペアの近くにもヴィランの女性一人。障子くん常闇くんペアの近くにもヴィラン。もう少し北西方面の岩山には洸太くんの近くにも筋肉ムキムキのヴィラン。肝試しの出発地点にはプッシーキャッツの一人であるピクシーボブが頭部に攻撃を受けて倒れている。こちらはヴィランが二人。肝試し待機中のクラスの皆もいて危険度はかなり高そう。
(んぁあああ!! 情報量が多過ぎて混乱する!! クールになれ私……マーシャルアーツレディーの教え通り、まずは冷静に現場の状況確認。とりあえず私たちはまたまたヴィランの襲撃を受けてしまっているらしい)
『皆!!! 敵二名襲来!! 他にも複数いる可能性アリ! 動ける者は直ちに施設へ!! 会敵しても決して交戦せず撤退を!!』
脳裏に響くマンダレイの『テレパス』。取り敢えずヴィラン襲撃を伝える役目はプロのマンダレイがやってくれた。私たちも早く逃げ──
「──葉隠!! 伏せろッ!!」
「──って、うわぁぁっつ!?」
夜道に突如現れた脳無の不意の一撃を私の注意で躱す葉隠ちゃん。幾らおっちょこちょいな私でもこんな至近距離にいた脳無を見過ごす訳が無い。いつの間にか暗闇に紛れて黒い霧が展開していた。雄英襲撃事件で忘れようにも忘れられないこの黒い霧。そして突如現れた脳無とヴィラン……状況からして間違いない。
「これはお久しぶりですね。大筒木カグヤ」
脳無の後ろから黒い霧を纏った黒霧が姿を見せた。逆方向に逃げようとしたけど白眼で周囲を確認した所、脳無はあと二体も私たちを囲うようにワープゲートから配置されてしまっていた。雄英襲撃事件のあいつは捕まってる筈。脳が剥き出しになっているのが共通点なだけで、今のあいつらを脳無と呼称していいかどうか分からないけど、奴らの機械染みた感情の薄さ……あの時の脳無に良く似ている。私の飛行で逃げられることを考慮してか、翼を生やしたタイプの脳無もいる。雄英体育祭で私たちの個性が明らかになっているからか。襲ってくるヴィランの質も前回とは比べものにならない。以前の襲撃は場当たり感が否めなかったけど今回のあいつらは本気だ。
「あいつ雄英襲撃の時のッ……!」
「……今回は死柄木弔とやらはおらんのか?」
「彼は今回司令塔として動いています。……待っていますよ貴方達が来るのを」
(貴方達? 前回確かに狙ってるみたいなことは私言われたけど、複数名? 若しくはヒーロー科全員狙っているのか? ──いや、それすらもブラフな可能性もある。まともにヴィランの話を信じちゃダメだ)
私の黄泉比良坂のゲートより、黒霧のワープゲートのほうが生成速度・範囲共に上なのはあれから個性伸ばしをした私でも変わりない。葉隠ちゃんが服を脱いで脱出の方向を探っているけど、耳が効くらしい翼の生えた脳無と、鼻の効くらしい犬っぽい脳無が見えない筈の葉隠ちゃんの動きを読んで行手を防いでいる。
(クソッ! 葉隠ちゃんだけでも逃して情報を先生達に伝えて来てほしかったけど……)
ここから離れた宿泊施設に相澤先生とブラッドキング先生がいる。相澤先生はこちらに向かって来ているようだけど流石に距離がある。黄泉比良坂での移動は真っ先に警戒されているだろうし、ここから安全に抜け出すには──
「葉隠ッ! ワラワの手を掴め!」
「えっ……うん!」
私たちの突然の行動に周囲の脳無の動きが鋭くなる。黒霧も黒い霧を周囲に生み出して私たちが黄泉比良坂で何処へ行こうとも対応できるスタイル。確かに私が葉隠ちゃんを掴んで飛行したとしても脳無が迎撃し、黄泉比良坂で移動しようにも繋いだゲートの先に黒霧が展開するだろう。
「無駄ですよ大筒木カグヤ」
「それはどうじゃろうな……」
『天之御中』
突如周囲の景色が一変する。夜の森は緑色の空と地層が隆起した始球空間へと。黒霧達からしたら私たちの姿が黄泉比良坂のゲートの発動も見せずに突然消えたと思うに違いない。あんまり見せたくは無い個性だけどヴィラン相手に捕まるよりはよっぽどマシだ。
「大筒木ちゃん……ひょっとして私達敵に何処かへ飛ばされちゃったの……かな?」
「いや違う。此処はワラワの空間じゃ……最近ようやっと使い易くなった個性での。……出来れば皆には黙っておいてくれるとありがたい」
「え〜すっごく便利そうなのに!?」
私の個性と聞くや、周囲の光景を珍しそうに探索し始める葉隠ちゃん。前々から思ってたけど精神的なタフさはある意味ヒーロー狂の緑谷くんに迫る所がある。
「ちょっと事情があってのぅ……一応相澤先生からも公表するなと言われておる」
「ふ〜〜ん。じゃあ内緒にしなきゃだね!」
「……頼んだぞ」
さて、結局の所問題は何一つ解決してない。一時的に天之御中に逃げ込んだだけでおそらく黒霧と脳無達は私たちの居なくなった場所付近を捜索しているだろう。しかしあまりに私たちが見つからないようならば標的を変えて、周囲の皆を攫ったり攻撃する可能性は十分にある。以前も狙ってる的な事を言われたので大人しく捕まる事を条件に人質を傷つけると脅されたら私としても従うしかない。避難あるいは撃退の為にもここでずっとしている訳にいかないのだ。
私がただの一般人だったらここで周囲が安全になるまで閉じこもっておくだけでいい。──でも今は私はヒーロー志望の女の子だ。
保身は悪い事とは言えないけど、少なくともヒーローになる者が助けられる可能性の仲間を見捨てて選ぶ選択では無いと私は思っている。
「とりあえずここから大筒木ちゃんのワープゲートでA組とB組の皆をここに避難させるってのはどう?」
「それは……出来ぬのだ。この空間『天之御中』は現実の空間とは違う異空間のようなものじゃ。ここから現実空間までワラワの個性で遠視や透視することは叶わぬから、向こうで何が起こっているかも分からんし、基本的にワラワと触れてないとこの空間に招待する事は出来ぬ」
「……じゃあどちらにしろ向こうに一度出て索敵しないとダメか〜」
「そして今の所、戻る場所はワラワが天之御中を使用した場所だけじゃ。つまり」
「──つまり、ヴィランが索敵してどっかに行ってるなら良いけど最悪敵の目の前に出ちゃう事もあるってこと?」
「そうなる。……そう言えばマンダレイの『テレパス』もラグドールの『サーチ』もこの空間には届かないんじゃったな。もし今何かしらの連絡があったとしても届かんかもしれんかも」
「あっ、昨日の個性伸ばしでプッシーキャッツさん達が騒いでたの大筒木ちゃんの仕業だったんじゃ──」
「──気にするな!」
取り敢えず様子見の為に私だけが現実世界に戻る。白眼と輪廻写輪眼も併用しながら。上空から直ぐに翼の生えた脳無がこっちに向かって飛んで来た。その背中には黒霧の姿もある。ただでさえ強個性の『ワープゲート』に機動力までつけたらいかんでしょ! 舌打ちを隠さずに私は直ぐ脱兎の如く逃げだす……兎の女神だけに。
「探しましたよ大筒木カグヤ。最初はあの透明の個性持ちの少女の仕業かと勘繰りましたが、脳無を使っても見つからなかったのですよ。一体どんなトリックを使ったので? ……或いは新たな個性ですか?」
「誰がヴィランに教える奴がおるか!」
飛行で夜の森の木々を抜けながら、それでも追ってくる脳無との距離が離れない。白眼で皆の状況を把握したいけど逃げつつ視界範囲を増やしたら入ってくる情報量の多さで脳の処理が遅れて奴に捕われてしまう。最低限の100m四方に白眼の範囲を制限して──
「──痛ッ」
進行方向の先から突如現れた四足歩行の犬型脳無への対応が遅れた。黒霧だ。奴のワープゲートの個性で脳無を進行方向に送り込まれた。空中で私を鋭い爪で捉えた脳無は、飛行のスピードで私と共に地面に振り回されながら墜落する。それでも腕に刺さった爪でしっかりくっついて離れない。衝撃で肺から空気が押し出される。痛みで怯みそうになった自分に喝を入れて犬型脳無の鼻っ柱に掌底を叩き込んだ。
ダメージは与えられて無さそうだけど衝撃で腕に食い込んだ爪を離させる事には成功。
(以前の脳無はショック耐性の個性持ちだった筈……。やはり違う個体なのか)
「連れて行った先で暴れられても困りますからねぇ。貴女は腕や足の一本は落として大人しくさせた方が宜しいでしょう」
私の周囲にワープゲートが現れて体中にチェーンソーが取り付けられた脳無と翼の生えた脳無が囲む。そこから少し離れた木の上で黒霧が見下ろしている。直ぐにその輪の中に犬脳無も混じった。
(今、此処で一人ずつ脳無を天之御中の空間に入れる事も可能だけど……天之御中は私と一緒でないと出入り出来ない。私が消えると同時に触れていた脳無も一緒に消えてしまうと流石に警戒されちゃう。出る場所も天之御中を使った場所にしか戻れないことも直ぐにバレてしまうだろう。まず司令塔である黒霧を入れてしまえば……いやワープゲートの個性は私の天之御中の空間を行き来出来てしまう可能性がある。もし始球空間に繋がってしまったらと考えると待機している葉隠ちゃんが危険だ。下手したら私の空間にヴィランを呼び出して占領されかねない)
とりあえず分散させて一体ずつ脳無を天之御中の空間に入れる。黒霧に関してはワープゲートを避けつつ……なんとか上手いこと相手をしよう。
名付けて!──高度な柔軟性を維持しつつ、状況に応じて臨機応変に対応する作戦!