兎の女神のヒーローアカデミア 作:眼球舐めは通常性癖
いよいよ仮免試験の日がやって来た。緊張で胸が痛い。自分でもいつもより五割増しで顔が強張っている自覚があるぞ! あかん! 緊張しすぎて逆に内心はハイテンションだ。
「カグヤちゃん、貧乏揺すりはだらしないわ」
「おふっ……す、スマヌ梅雨」
分かりやすく緊張してる人を見ると緊張が緩和されると聞いたことがある。願わくば私の情けない姿でクラスの皆の緊張が和らけば幸いだ──とかカッコ良く言えたら良かったけど無理だよ! 仮免試験落ちたらマーシャルレディーの所にインターンシップに行けなくなっちゃうし! 馬鹿にされるだけならまだ良い、失望されて連絡が来なくなるのが一番怖いんだ!
緊張とバスの運転で吐きそうになりながらも辿り着いたよ試験会場、国立多古場競技場。多くのバスが既に駐車場に到着してる。あれ全てが競争相手かと思うと益々緊張が高まってきた。
なんだか他の学校の生徒全てが歴戦の強者に思えてきた。受験勉強の時に他の皆が全員頭良さそうに見えた時の事を思い出す。
どうやら緊張してるのは私だけでは無いようで峰田も響香も緊張で不安の声が漏れている。相澤先生も『取れるかじゃない取って来い』と強気な態度。
切島くんが景気付けの為にもいつものPlus Ultra!!の号令を掛けようとした時だった。私たちの誰よりもめちゃくちゃデカい声で円陣の後ろから声をあげる人物がいた。
彼は謝ると同時に地面に激しく頭をぶつけて流血ダラダラでアピールしてくる。相澤先生曰く名前は夜嵐イナサ。私たちと同じ年に雄英の推薦入試トップだったけど何故か蹴って西の難関高である士傑高校に入学した男らしい。
こんな声のデカくて熱く、キャラの濃い同級生は一緒にいてしんどそうだから正直士傑に行ってくれて良かったなあと失礼な事を考えつつ要チェック。雄英を推薦トップで受かり、同じ一年で仮免受験するだけあってさぞかし優秀なのだろう。
試験会場で争うことになったら彼から距離を取ろう……。
ドギマギしていると今度は別方向から美人なお姉さん登場。緑谷くん曰くスマイルヒーロー「Ms.ジョーク」といって相澤先生とは既知の仲のようだ。彼女も傑物学園高校のヒーロー科の担任らしく2年生の受験生を紹介してくれた。
その中の黒髪の爽やかイケメン風の男子が笑顔で挨拶を求めてくる。今まで雄英ではいなかったタイプだ。私の趣味のBL本の登場人物に似ていてミーハー感覚で求められた握手を強く握り返す。……今思い返すとちょっと顔を歪めていた。感動のあまり力が入りすぎていたようだ、本当にごめんなさい!
会場は雄英の体育館の何倍もの大きさだったけど既に隙間が殆ど無いほどぎゅうぎゅう詰め。予め椅子が置かれていなかったのはその為かと納得した。多種多様なコスチュームを身に纏ったヒーロー志望が一堂に集まるとヒーロー飽和社会と言われている現状にも頷かざるを得ない。
進行のヒーロー公安委員会の人がいうには受験者1541名とのことだ。例年の仮免合格率が5割切るらしいから、半分くらい受かるとすれば思った以上に枠は余裕そうだなと逆に余裕の香りすらしてきた。先程の緊張は何とやらだ!
『試されるはスピード! 条件達成者先着300名を一次試験通過とします』
(…………ん? 聞き間違いかな? 1541名中300名が一次通過枠? 半分どころか既に20%なんですけどッ!!??)
同じような疑問の声が怒声のように飛び交う。隣の響香と目を合わせてもマジか? と驚愕のリアクションが返って来た。進行の人も深く説明することなく綽々と一次試験の条件を告げる。その淡々とした対応が逆に先程の枠が現実だと私たちに教え込んでいるようだった。
条件は簡単だ。体の常に見られる位置に渡されたターゲットを三つ固定して、同様に渡された六つのボールを他の受験者のターゲットに当てれば光るというシステム。受験者は自らのターゲットが三つ発光するまでに他の2人の受験者のターゲットを三つ発光させれば勝利条件の達成。勝ち抜きが出来るということだ。
重要なのは他の受験者のターゲットを狙う場合、三つ目のターゲットを発光させた人物だけがカウントされるってこと。いくらボールを投げて敵のターゲットを発光させたとしても、三つ目のターゲットを発光させなければ無駄なわけだ。
最後の三つ目を横取りされる可能性も横取り出来る可能性もある。先着だからといって焦って序盤ターゲットを狙うよりも、ある程度受験生が全体的に一つ二つターゲットが発光するようになる時間帯まで潜伏するのもありか……。
色々考え込んでいると私たちのいた大きな会場がまるで立方体の展開図のように開き、多古場競技場のドーム内の全貌が明らかになる。元会場を囲むようにUSJを想起させる建物群や岩山、工場、森林、水場の様々な環境が用意されていた。
渡されたターゲットを急いで体に取り付ける。取り付けた場所は頭から生えてる角の根本に一つずつとお腹に一つ。角につけたターゲットの違和感がスゴイけど、顔に近い方が回避の邪魔にならなくて良いからしばしの我慢だ。あと一つお腹の理由は特に無い。しいていうなら屍骨脈で肋の骨を突き出してガードしやすいって理由かな。正直戦闘の邪魔にならない場所なら何処でも良い。
1分後開始ということでどこへ行こうかと迷っていると緑谷くんの指示があったので1か所に集まる。轟くんは広範囲個性の特性から単独で何処かへ行ってしまい、爆豪くんとそれを追いかけた切島くんも離れて行ってしまった。
流石に開始1分を切った状況で引き留めに行く時間も無く、残りの皆で1か所に固まる。選んだ場所はスタート地点近くの岩山地帯。白眼であらかた周囲を確認したところスタンバイしてる他の受験生は殆ど此方を狙っているみたい。脳がヒリヒリするような緊張感。お腹の奥がゴロゴロと鳴っている。緊張で茹だった頭で考えるんだ私!
『5、4、3』
「皆注意せよ! 周りの奴ら我らを狙っておるぞ!」
流れで集まったけどよくよく考えると現状マズイな……1か所に固まるのは防衛的に考えれば互いのカバーが出来るけど、カバー出来る範囲以上の範囲技を喰らったら一網打尽にされかねない。危惧はしてたけど正直ここまで雄英のヘイトが高いとは思ってなかった。
『2、1、START!!』
なら空中飛行も出来て輪廻写輪眼持ちの私が一人突出して囮兼遊撃役になる!! ある程度掻き回してヘイトをとったら逆に皆からの援護も受けやすいし、範囲攻撃が向こうに来たら黄泉比良坂で少なくとも何人かは救助できる筈だ。
開始と同時に岩山地帯に潜んでいた仮免受験者の集団がこちらに一斉に遠距離からボールを投擲してくる。しかし流石A組、これまでに二度もヴィランに襲撃されたある意味不幸なメンツだけど対応力はバツグン。実戦経験は1年生どころか2年生、3年生でも勝てる相手はそうそう居ない。当然のように必殺技でボールを捌く。
「締まって、行こう!!」
緑谷くんの掛け声を背中で聞きながら私は飛行で特攻だ。包囲されている現状、どこからか突破口を作らなきゃいけない。このまま防戦一方で主導権を握られるのは駄目だ。
「大筒木だ!?」
「奴を好きにさせるな!」
……思った以上にヘイトが高いな私。雄英体育祭でも一応一位とったしその所為か。頭上を飛行する私に対してボールどころか飛び道具系の個性が飛んでくる。おやおや私だけに注目していて良いのかね?(ニチャア
響香が続けて地面に音波を増幅する効果の新サポーターイヤホンジャックを撃ち込む。音と侮るなかれ、その威力は地面を割り直線上の受験生の足元の岩をひっくり返す程のものだ。
これで突破する切っ掛けは出来た。開けた穴を更に広げようと飯田くんが真っ先に、緑谷くんがその後を続く。同じく肉体派の砂藤くんは後衛タイプのガード役として守備の要。彼がいるから安心して皆を任せて二人は前に進める。
何人か飯田くんと緑谷くんが薙ぎ倒したところで傑物学園のあのイケメンくんが
地面に手をやる。そのポーズは奇しくも先程の響香のそれと似ていた。
嫌な予感がしてイケメンくんの所へ向かおうとした瞬間、大地が揺れる。私は飛行中だったので気づくのが遅れたけど彼を中心に地面が大きく割れて周囲の景色が揺らぐのだから間違いない。
B組の物間くんのように他人の個性をコピー出来る個性? それにしては響香より範囲、威力共に規模が違う。音を増幅するタイプの個性でこの範囲に影響を及ぼすなら私たちの鼓膜はとっくに破れている筈だ。
……今は考えても分からん! 何にしろ個性の発動条件は地面に手を触れる事。私はそれを止めなくちゃ! 直ぐに掌から先端を潰した骨矢をイケメンくんに放つ。
「あ、危ないッ! ヨーくん!!」
(チッ、傑物の女の子が押し出して骨矢は外れちゃったかぁ。先端潰すと速度出ないのは要改善だ)
だがあれ程の威力を出すのはイケメン君にとってもかなりの負荷だったみたいでどうやら暫く動けそうにない。白眼によるとどうやら今の地震で大きく地面が捲れ上がってクラスの皆はバラバラになっちゃったようだ。早いところ合流しないとっ……。
こんだけ大きく周囲を巻き込んだイケメン君は他の受験生から狙われる事になるだろうし、今は合流優先だ! こうしている間にも孤立している緑谷くんや麗日ちゃんが危ない!
『脱落者120名! 一人で120人脱落させて通過した!!』
一人目の通過者のアナウンスが会場に届く。範囲攻撃でノックアウトさせたのだろうか? にしては一気に脱落者120名と報道したのが気になる。普通ノックアウトさせたとしても、それぞれつけている場所も違うターゲットにボールを3箇所当てるにはそこそこ時間がかかる筈だ。一人ずつ2箇所当てて、最後の一個を同時に120人に当てたとでもいうのか? 何にせよヤバそうな個性だ。
その後も移動中に次々と合格者のアナウンスが流れる。300人先着でまだ余裕があるとはいえいちいちアナウンスされると精神的にプレッシャーはかかる。そこら辺も考えてアナウンスしているのだろう。さっきみたいにいきなり大量に脱落者を出すような個性持ちがいたら、上限の300名にすら届かない可能性もある。
地上付近を直線で移動して他の人にちょっかいをかけられるのも面倒だから、一旦私はドームの外周天井付近まで上昇して移動。岩陰の中で隠れている麗日ちゃんを直ぐ様私の背中に乗せて再び浮上する。
「ありがと大筒木ちゃん」
「クラスメイトじゃ気にするな。それよりも緑谷が……ヤバそうじゃぞ」
「え!? デク君ピンチなん!?」
「……ひじょ〜〜うに言い難いが……ボンキュッボンの女と密接する距離におる。あと周囲から孤立して今囲まれておるな」
いや、本当どうしてそんな事になっているんだろう。クソがつくほど真面目な緑谷くんだからそういう厭らしい状況では無さそうだけど。
「……はぁ!? ──急ぐんや大筒木ちゃん!!」
急かされて麗日ちゃんの個性で無重力状態になる私。今まで試してなかったけど、妙に居心地良いなこの無重力。元々私の個性は重力から逆らうような挙動だったけど、重力の影響を受けていない訳ではない。私の飛行能力が無重力で真の意味で重力から解放されて今までに無いほどの速度が出た。背中に乗ってる麗日ちゃんにして見れば乗り心地も相まって最悪だったろうが、私としては今までで一番気持ちいい飛行って感じだ。
元々外宇宙から来た大筒木一族として無重力は案外心地良いのかもしれない。
あっという間に緑谷くんの元に辿り着いたけど、着いた頃には個性の特訓で慣れてる筈の麗日ちゃんもちょっとグロッキー。調子に乗りすぎてしまった。
あの揃いの制帽、見るからに緑谷くんは士傑の連中に攻撃されている。いずれはぶつかり合う敵かと思っていたけどこんな序盤で集団で攻めてくるとは!? 彼らほどの実力者ならむしろ比較的突破出来そうな一次試験の間に集団で、厄介な雄英を落としていくのは寧ろ自然か……
覚悟が足りなかったのはこっちのほうってこと。
緑谷くんの周りにはチラホラ歪な肉塊が転がっている。それらが時折ビクビクと動いてぎょろぎょろ眼孔を覗かせているのだからホラー。一応白眼で来る途中に士傑の人の個性を見ていなかったら、私も引っかかっていたかもしれない恐ろしい個性だ。
「なにっアレ!? めっちゃグロいんやけど!」
「あっそれは──」
「──士傑の糸目の男の個性じゃ。奴の指を模した肉塊に触れると皆あのようになってしまうのじゃ気をつけよ」
「……そういう訳だから麗日さん注意して。あの肉塊は宙も浮かせて遠隔で操る事も出来るみたいだから」
「それより緑谷……随分士傑の女と仲良く近づいていたようじゃな。ワラワは不純異性交遊云々などは言わんが……そういうのは仮免試験の後のほうが良いぞ」
「えっ!? いや違うって! アレはなんか幻見せるか何かの彼女の個性でそれで近づかれてただけだよ! オールマイトの幻だったけど眉の形が5mm違ってて、それでなんとか気付いて追い払えたけど!」
「幻か……ウチらも気をつけな! な、大筒木ちゃん!」
露骨に機嫌が良くなる麗日ちゃん。これで恋してる自覚が無いってマジ? もうこれは天然記念物として保護したくなる貴重さだわ。
「10時の方向20m先岩陰に糸目男、3時の方向15m先に毛だらけの男とその背後に潜む士傑生5名、5時の方向17m先の岩陰に幻女。それより離れた奴ら15名は我らの争いの様子を窺っているようじゃな。おおかた漁夫るつもりじゃろう」
「でも索敵の出来る大筒木さんが来たのは向こうも知ってる筈。だったら──」
当然居場所が分かってて潜伏する意味も無くした彼らが取る手段は二つ。争いを避けて撤退するか、
「肉倉、合わせろ!」
──私の索敵の優位性を失わせる同時襲撃しかない。いくら私が遠視や透視が出来たとしても全てに同時に対処できるってわけでもないもんね。
全身毛だらけ男の個性で遮蔽物だらけの岩の隙間を縫うように大量の毛が此方に向かってくる。その毛の中には肉倉とかいう奴の個性の肉塊が混じってる。毛に対処しようと迂闊に緑谷くんの物理攻撃や麗日ちゃんが触れてしまったら、毛の隙間から肉塊が這い出て来て捕まるというオチ。囮として誰にでも見えるように同時に他の指先も浮かべてこちらに飛ばしている。
隙を生じぬ二段構え。どちらも本命になり得る巧妙さは流石士傑だ。てか肉倉って人の個性がエグい。
「気を付けろあの毛の中に肉塊も入っておるぞ!」
取り敢えず囮の肉塊を骨矢で撃ち落とす。流石に強度とスピードはそこまで無いのか取り敢えずは成功。
正面の肉塊in毛は緑谷くんの強烈な蹴りで捕まる前に毛ごと一時的に弾き飛ばした。しかし相手の攻めのターンは続く。今度は私たちの周囲に黒い人影が大量に出現。幻女の個性らしいコナンの犯人みたいな真っ黒の影は、白眼持ちの私からしたらスケスケなんだけど緑谷くんや麗日ちゃんにとっては視界を奪う妨害に他ならない。
その隙に再び肉倉の肉塊と毛が再度攻めてくる。
連携もとれていて厄介な戦術だ。
「雄英高校……1ーAの貴様らはかのオールマイトという英雄の頂点に達し、今尚英雄の鑑である御仁の薫陶を受けていながらその様は遺憾を通り越して怒りすら覚える!」
肉倉って人メッチャ怒ってるし……。怒って攻撃がやらしくなるのならまだしもこの人は怒って肉塊の操作が単調になるタイプだな。さっきから躱しやすい。こっそり割れた岩の隙間から狙おうとしていた肉塊も骨矢で動かなくなるまで撃っておこう。
「大筒木さん!」
緑谷くんの目配せと簡単なジェスチャーで何となく作戦は掴んだ。こういう時の頭脳タイプの指示はめっちゃ助かる。私将来ヒーローになっても事務所を構えるよりサイドキックとして活躍した方が良いと思うわ。細かい指示したりするよりよっぽど向いている。クラスメートの女子の誰かの立ち上げた事務所で一緒に働きたいよ本当に。
私たちが対処している間に麗日ちゃんに周囲の大きな岩に無重力を付与してもらっておいた。私はその一つを掴んで思いっきり投げ飛ばす。フワフワとしてるので最初は投げるのに苦労したけど慣れてしまえば真っ直ぐ飛ばせる。無重力になってるとはいえ質量のある岩を真正面に食らってしまってはタダではすまない。ましてや相手は麗日ちゃんの個性がいつ解かれるか分からないのだ。
少し距離を離して、私たちの投げる岩が切れるまで様子を見る士傑生。
「ん!? 緑谷と少女が居ないぞッ! 気を付けろ肉倉!」
気付いた時にはもう遅い。
「何ッ!? グアッ!?」
不意の一撃を喰らって、それでも咄嗟に肉塊でカバーしたのか意識がある様子の肉倉。襲撃した犯人は勿論見失った緑谷くんだ。
「(こ、此奴。大筒木の投げた岩の後ろにくっ付いて潜んでいたのか!?)」
投げた岩の一つに緑谷くん。相手は私への警戒心が強かったようでまんまとハマってくれた。そしてもう一人の麗日ちゃんは、
「ちょっちこの子マジヤバ谷園⭐︎ 顔狙うのは反則っしょ」
「……何言っとるか分からんけど、ウチらはヒーローやろ。そんぐらい覚悟せな!」
幻女ちゃんの方へ投げた岩にくっ付いていた。近接戦闘をガンヘッドの所で学んできた麗日ちゃんの格闘術は士傑生にも通じた。にしても幻女ちゃんのコスチュームだけ士傑でも浮いてないか? ピッチピチのライダースーツで胸が溢れそうだ。
流れを変えた所で、急激に周りが騒がしくなる。どうやら肉倉くんの個性で肉塊になっていた周囲の受験生が元の姿に戻ったらしい。時間切れ? 或いはわざと解除して混乱を狙ったのか?
「どうやらこれまでのようだ。ケミィ、肉倉退くぞ」
「……僕たちが逃すと思っているんですか?」
「賢い君なら分かるだろ? これ以上はお互いにとって損しかない。他の受験生を注意しながら私たちを相手にするのかい?」
(ん〜難しいところだな。さっきみたいに肉倉くんさえ抑えれば普通に勝てそうだけど無駄に時間を費やして周囲に隙を狙われたりすると面倒だ。なにより合格の枠が埋まってしまうのが怖い)
「とはいえ、君たちもはいそうですかと受け入れづらいのも事実。ここは肉倉の個性で無防備状態の学生たちを置いていくことで矛を治めてくれないか?」
「なっ、それは流石に!?」
「……黙っていろ肉倉」
どうする?と無言でこちらに問う緑谷くん。緑谷くんや麗日ちゃんはこういう人を物として差し出すようなやり方にスッキリしないようだった。彼一人だったら即座に断っただろうけど此処には彼以外にも私と麗日ちゃんもいる。自分の判断で他の仲間の仮免合格チャンスを不意にするのは出来なかったのだろう。確かに士傑のやり方はヴィランっぽいちゃヴィランっぽいけど、交渉としては理に適っているように思えた。
ヴィランだって内部告発で仲間を売って恩賞として刑期を短くするようなことだってあるのだ。オールマイトのような完璧ヒーローでない以上清濁併せ呑むのも必要か。
返答の前に毛だらけ男の個性で私たちの眼前に大量の毛が展開される。襲いかかるでもなく、おそらく視界を奪う意図で敵意は感じられない。白眼越しに撤退するのが私には見えた。
「どうやら行ってしまったようじゃの……どうする?今なら追い掛けられるが」
「やめとこうや。あの人ら他の士傑の人と合流するんやろ多分、下手に追っても危険ちゃう?」
「そうだね。先ずは僕たちも一次試験を突破しないと、それよりこの人たちをなんとかしなきゃ……ッ!」
既に肉倉って人の個性で肉塊になった受験生たちが起き上がりつつある。まだ何人かは肉塊になったままだけど、緑谷くんや麗日ちゃんは元に戻った人を制圧しにかかった。
私も肉塊から戻った人たちを狙う。効率的とはいえない、だからこれは私の気持ちの問題だ。多分緑谷くんや麗日ちゃんもそうだと思う。
もしこの個性で肉塊にされていたのが私たちだったとしたら。その個性持ちの肉倉くんや同じ士傑の手でターゲットを当てられて不合格になるのならまだ納得出来る。単純に注意不足や力不足だったってだけ。
しかし放置されてその隙だらけの体で抵抗もできず他の人によって不合格にされるのは何か解消出来ない悔しさがある。単純にそれだけの気持ちの問題。きっともっと余裕の無い状況だったり、相手が本物のヴィランだったら私も肉塊となった受験生を狙うだろう。
幸い今の私達にはある程度の余裕がある。相手を選べる余裕が、持たざる者では無く持つ者として与えられたこの環境や個性に、皮肉めいた感傷と感謝をしながら私も受験生を倒すため相手する。
輪廻写輪眼でゆっくり動く受験生のガラ空きのターゲットに、続け様に掌に握ったボールを掌底と一緒にぶち込む。私がダウンさせた中には一年生の私たちと違ってもう後が無い受験生もいるだろう。
だが夢を掴むって事は他人を蹴落とすってことだ。“仮免”の受験
それでも胸の奥まではスッキリしない気持ちがある。私はそんな気持ちを胸の隅で見ないフリしながらダウンさせる。雄英に受かったのだって何千人もの受験生を蹴落として来たからだ。今更何甘えた事言ってるんだ。
AFOとかいう巨悪は無事収容されたからといってヴィランの存在が無くなった訳じゃ無い。オールマイトのような、或いはそれ以上のヒーローを目指すなら1年生での仮免取得はむしろ必須とも言えるだろう。
こんな道の中途で挫けて、後ろを振り返ってるような暇は私達に無いのだから。