兎の女神のヒーローアカデミア 作:眼球舐めは通常性癖
どうもカグヤの様子がおかしい。おかしいのはいつもの事だけど正確にはらしくないといったところ。せっかく実践訓練で活躍出来たからいつもなら此方にドヤ顔なりアピールなりをしてくるかと思っていたがそのような挙動は見られなかった。雄英校に合格してようやく外見通りの大人しさを身につけた訳ではなさそうだ。普段から真っ白な肌は僅かに青褪めているように見える。ウチの個性で小さく唇を動かしてどうしよ、どうしよと呟いているのがようやく分かる程の小声だ。雄英の筆記テストが終わって答え合わせを済ました時の彼女がちょうどあんな感じだった。
実践訓練でお互いの個性や動きを見て連帯感が芽生えたクラスメイトは改めて自己紹介をして(そう言えば入学式も個性テストで潰されたせいでほとんどそういった交流の場が今まで無かった事に気付く)、お互いの名前と個性や顔がようやく周知された。対人関係については普段から控えめなカグヤが自然と仲良く出来る絶好の機会。その時ですら何処かうつろで会話の輪に入ってくることは殆ど無かった。八百万さんに心配されて保健室に付き添いましょうかとさえ言われる始末だ。普段から自己主張は激しい方では無いが、流石に今日のカグヤはおかしい。
「何かあった? てか何かあったでしょ絶対」
帰宅途中に問い詰めた。
「な、何もありなどしない。ワラワちょっとお腹の調子が悪くて」
「はい嘘。いい加減アンタ幼馴染に嘘突き通せないってそろそろ学習しな?」
俯いてジッと黙り込むカグヤ。このパターンはひょっとして初めて見たかもしれない。いつもなら堪えきれなくなって自首するか、逃げるかのどっちかだ。暫くしてようやく顔を上げた。表情は見たことが無いほど真剣だ。表面上は冷たいイメージの容姿だが中身は結構なゆるゆる。そんなウチの頭の中のイメージのカグヤとブレる。
「……話せぬ。スマヌな響香」
「……ふ〜ん。まっ良いけど」
思ったより言い難い内容なのだろう。だからこそ気になる。それはウチにも言えないこと?
そこから先の会話はなかなか長続きしなかった。話を振ってもカグヤは考え込んでいるせいか、反応も遅く適当な返しになって尻窄みに話題が途切れてしまう。こちらもその調子では会話を振ることが苦しくなって来て無言の時間が長くなってしまった。結果的にいつもより気持ち足早に帰宅した。
制服に皺が出来ないようハンガーにかけて、部屋着(お気にのバンドTシャツ)でベッドに身体を投げ出す。
(おかしいなぁ。もっと楽しくなると思ってたんだけど雄英校生活)
ワラワ、帰宅後。携帯電話の110番を入力する最後の指先を画面に近づけては止めること数回。正直この世界での警察の役割は前世の日本に比べて縮小されている。超常黎明期、警察は統率と規格を重要視し個性による検挙や捕縛の行使をしないことを決めたらしい。かつて個性を用いた凶悪な犯罪組織が台頭していた。それに対抗する為に個性を用いれば自ずと警察組織に驕りと傲慢が芽生え、その意識は犯罪者に対する過剰な暴力、ひいては警察という特権階級に甘えた新たな問題が噴出する。そうして取り締まる側の警察が犯罪組織にとって代わってしまうことを恐れた賢い先人がいたのだろう。凶悪犯罪や自然災害に関してはその隙を埋める形でヒーローが請け負ってきたわけだ。
しかし現代においては警察という組織が頼りなく思われているのも事実。ワラワも有名ヒーローを輩出してきた雄英高校の内側にオールマイトの偽物が紛れているという事実から、他にも内通者がいるんじゃないかなと考えるのは自然じゃないかな。雄英の誰を信用していいか分からない以上、頼るのは警察かヒーローを管理するヒーロー公安委員会のどちらか。ヒーロー公安委員会までこの件に絡んでいた場合、私の身がヤバい。消去法で警察に連絡する結果になった。
しかし、この件を果たして信用して貰えるか? 雄英校に入学したばっかりの一年生が警察に通報したとしても信じて貰えずにスルーされる可能性は高い。確たる証拠を掴んだ訳でも無く、私の個性による証言だけで警察が動くことはあり得ないと断じても良いだろう。警察に告発を信頼されるのは大人、それもできれば雄英教師の中が良い。内部告発と来れば警察も重い腰を上げざるを得ないだろう。あまりに事が大きくなり過ぎて雄英校に通うのも難しくなるのは避けたいが、事がコトなだけに難しいかも。ヒーローになりたいのは私も響香と同じだ。せめて響香やクラスメイト、雄英校生に被害が及ぶ真似は避けたい。だからこのことは大事な響香には絶対伝えられない。
歯磨きをしつつTVを見ていたら『雄英校の教師にオールマイトが!?』と特番をやっていた。専門家やプロのヒーローを呼んでかつての経歴や活躍を集めたシーンを流しながら議論をしている。街灯インタビューもやっていた。不景気なニュースが多い中、皆好意的な表情でインタビューを受けている。
「ワラワがしっかりしなきゃ……」
先ずは信頼できる先生を探そう。相澤先生はまだちょっと怖い。
翌日、雄英前は賑わっていた。登校時は生徒がいるので当然賑わうが今日に限っては賑わいの種類が違う。たくさんのマスコミが巨大な撮影カメラ、マイクを持って入り口に詰めかけている。雄英の校舎をバックに美人なアナウンサーが実況する姿もあった。オールマイトの件で集まっているのだろう。
正直関わり合いになりたくなかった。今日は響香と別々に当校しているので守ってくれる相手はいない。否、これからは私が響香を守るのだ。その為に早めに当校して先生や同級生と仲良くして信頼を深めようと思ったのだ。周囲から信頼されている人物のそうでない人物からの告発はどっちが信じられやすいか、もはや語るまでも無い。
「あっ、生徒さんですか?!」
後ろから話しかけられる声を無視しながら校舎に急いだ。
「大筒木くんおはよう!」
「……お、おはよう」
「ッ!?」
「何じゃ。ワラワだって挨拶ぐらいはするぞ」
「これはすまないっ! 本当に挨拶を返してくれると信じきれなかった僕が悪かった。これではヒーローなどまだまだ遠い、その為にこうして雄英にいるわけなんだがね!」
「う、うむ。よろしくな」
良し、掴みはバッチリといったところか。この調子でグッドコミュニケーションを続けていけば直ぐにでも友達がいっぱいだ。その後にも数人に挨拶が出来たところで、HRの時間がやって来た。
「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった」
担任の相澤先生が教壇につく。首から肩にかけて巻いた布がお洒落だ。この人ボサボサの髪と無精髭さえ無ければモテるだろうに素材が勿体無い。攻めでも受けでも妄想膨らみ放題だ。
「さてHRの本題だ……急で悪いが今日は君らに……」
(殺しあいを始めて貰います)
「学級委員長を決めてもらう」
「「学校っぽいの来たーー!!!」」
……いや、まさにこれは千載一遇のチャンスでは無いだろうか。正直学級委員長なんて面倒臭そうな役職をやりたくないが、事は急を要している。誰もが嫌がる仕事だからこそ対抗相手も少ないだろう。ここで自らがやりますと言ってのければ周囲からの評価も上がる筈だ。計画通りニヤッ。
「委員長!! やりたいですソレ俺!!」
「ウチもやりたいス」
「オイラのマニフェストは女子全員膝上30㎝!!」
「ボクの為にあるヤツ⭐︎」
「リーダー!! やるやるー!!」
なん……だと……!?
すっかり忘れていたがコイツらは300倍の入試を乗り越えた猛者揃い。ヒーローになって進んで活躍したい、皆を先導する陽キャ揃いの集まりだ。学級委員長は押し付けられる仕事では無く自ら進んでアピールして勝ち取りにいく役職の一つ。誰かがなりたいから譲るなんて自己意識の低い奴は当然いない。ヒーローは自己アピールしてなんぼなのだ。当然の如く全員が手を高く上げて我こそが相応しいと教室が騒がしくなる。
「静粛にしたまえ!!! これは投票で決めるべき議案!!!」
メガネくん改め飯田くんの提案により、無記名での投票とあいなった。普段なら響香や八百万ちゃん、飯田君に投票するところだろうけど今回ばかりは話が別だ。当然私自身の名前を書いて投票する。
結果はデク君と八百万ちゃんが三票ずつ獲得して二人が学級委員長になってしまった。意図した結果ではなかったが、まぁ正直納得の出来る結果だった。実践訓練での戦略を活かしたデク君や、見事にそれぞれの戦略や活動を評価した八百万ちゃんの頭脳が一定数に認められた結果だろう。さすがマイフレンド。今回は負けたけど次は負けないぞ。しかし、ワラワってやっぱり評価低い?
普段なら待ちに待った昼食の時間がやって来た。しかし昨日いろいろ考え過ぎてあまり食欲は無い。午後からの授業もある以上、成長期の今何も食べないのも悪いかなとざる蕎麦だけ頼んだ。響香も天丼という気分では無いらしく、焼き魚定食だ。
「それ美味いか?」
「んー? 美味しいよ」
「ワラワの……蕎麦いる?」
「悪い、そんな気分じゃないかな」
昨日から響香と上手く噛み合っていない感じだ。私も昨日の態度は悪かったなと反省している。謝りたいけど、どう謝っていいか悩んでいる。謝るには理由を説明しなきゃいけなくて、それは響香を巻き込みたくないから説明出来ない。説明も無いのにただ謝られても響香も困るだろうし、内心は納得いかない筈だ。こういう時口下手な自分が嫌になる。適当な嘘で理由を作ってもきっと付き合いの長い響香にはバレてしまう。適当な嘘でなぁなぁに済ませる。きっとそれが一番響香の嫌がる事だ。
突然食堂に警報が響いた。頭が痛くなるような不吉さを孕んだ警報音はいつ聞いても慣れる気はしない。
「……警報? 何ごとじゃ?」
「しぃーっ、アナウンスが聞こえない」
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください。これは避難訓練ではありません。繰り返します』
セキュリティ3……? 何のことかは知らないけど雄英高校にとって想定外な事が起きたのはハッキリ理解出来た。そのセキュリティ3も同様に疑問に思った誰かが大声で他の人に聞いてくれたおかげで、校舎内に誰かが侵入してきた時の警報だと知った。まさかオールマイトの偽物も関わっているのでは無いかと嫌な予感が頭をよぎる。
「ちょっとっ! カグヤも行くよ!」
「あ、あぁスマヌ」
動きを止めた私を響香が袖を掴んで引っ張る。ランチラッシュの大食堂を抜ける時も混雑していたが、運動場へと繋がる非常口の周囲は足の踏み場も無いほどの渋滞だ。緊急事態だと焦って後ろから人が押すせいで、将棋倒しになってしまいかねない危うさがあった。響香と繋いだ手が人の波に押されて離されそうになる。私は体が頑丈なのでたとえ将棋崩しになって踏まれても大丈夫だが、響香やその他の肉体強化系の個性持ちでも無い限り大変危険な状況だ。
「ヤメぬか!! お主ら落ち着けっ!!」
渾身の限り叫んでも、押すなと声を荒げたり危険を感じた人の悲鳴に掻き消されて届かない。とりあえずは響香を胸に抱きしめて他の人から庇う。
「わっ」
人混みの中、動く影が一つあった。それが飯田君だと気づいて何をするんだろうと思ったら、個性を使って非常口の上に突然引っ付いた。
「皆さん……大丈ー夫!! ただのマスコミです! なにもパニックになることはありません大丈ー夫!」
まるで非常口の緑のバックに白い棒人間のような姿で、大声でわかりやすい注意を促すその姿に気を取られて集団の熱が一時的に退いた。その隙に矢継ぎ早に注意を促す事で見事混乱を鎮めることに成功したのだ。正直、彼の行動にはひどく感心した。何人かは空気を読まずに後ろから前に分け入ろうとした生徒はワラワの第三の瞳である輪廻写輪眼で無理やり黙らせたけど、彼の勇気ある行動が無ければそれも効果は無かっただろう。
飯田くん……やるじゃないニコッ
「ちょカグヤ。ウチもうそろそろ息苦しいから離してッ」
「わっ、スマヌ」
強く抱きしめてたから酸素が足りなくなってしまったのだろう。酸欠で顔を真っ赤にした響香に腰を低く、ついでにその後何度も昨日の態度を含めて悪かったと謝ったら何だか許して貰ったみたいだ。いやぁ良かった良かった。やっぱり幼馴染とギクシャクするのは嫌だからね。今回も結果だけ見れば誰も怪我人は出なかったし、めでたしめでたし……と済めば良かったんだけど……
あの後雄英バリアというクソダサ障壁が破られてマスコミが校内に流れ込んだと明らかになった。雄英という次代のヒーローの育成施設を守る以上、雄英バリアの強度は保証されている。生半可な個性で破る事など出来ない。それが破られたという意味は、私の中でオールマイト偽物説を更に固める材料となった。雄英の外からの攻撃を想定した雄英バリアは内部からだと意外と脆いんじゃ……。