兎の女神のヒーローアカデミア 作:眼球舐めは通常性癖
(あれ……身体が……思い通りに動かない?)
「……俺をゴールに導けーーってのは流石に」
意識はそこそこしっかりしてるが、私という意識自体が粘液の膜で覆われているかのように外部と遮断されている。この不思議な状態はこの普通科の彼の個性だろうか? 意識を閉じ込める? それにしては私の身体は勝手に動き始めている。自身の意志を解さずに勝手に身体が動くというのは凄く奇妙な気分だ。私の体は目の前の彼の手をとり、
「……あ?」
背中に乗せて空へ飛び立った。それも耳元で風の音が鳴り続けて殆ど何も聞こえなくなる程のスピードで。
「ハァァッ!?」
肩が掴まれる感触があった。背中に乗った普通科の彼が振り落とされないように掴んだのだろう。私の身体は背に乗る彼の負担など特に気にしてはいないのだろう。一途にゴールを目指して飛び続ける。そういえば背中に乗る前に俺をゴールに導けって言ってたな。つまり彼の個性は他人を操るというもの? そんなのチート過ぎるやん……何でヒーロー科に……ってそういえば入試の時はロボット破壊しなきゃいけないんだった。対敵相手だと強いけど雄英の入試では通じないって感じか……って余裕ブッこいてはいられない。操られてるのは私自身。折角雄英体育祭で活躍出来そうだったのに、意識と身体の動きが乖離している状況では勝利が危ぶまれる。背中の彼の意志次第では簡単にコースアウト……は彼も一緒にコースアウトになるので無いか。無理やり飛び降りようにも高さと速度がついているから難しい。彼も現状を打破しようと先程から背中で何か言って命令をしているみたいだけど、命令自体が風の音にかき消されて届いてないのか私の身体は変わらず飛行を続けている。
私もなんとかこの状況を脱しようとしてみたけど難しそうだ。屍骨脈の操作は出来そうだけど下手に彼を攻撃してもこの状態が解除されるとは限らない。攻撃した結果背中から落ちでもしたらまず間違いなく命は無いだろうことを考えると迂闊な事も出来なかった。敵ならまだしも雄英体育祭という平和な行事で人死でも出たりしたら気分は最悪だ。
つまり現時点で彼と私は運命共同体ってわけだ。
『第二関門! 落ちればアウト!! それが嫌なら這いずりな!! ザ・フォール!!!』
視線の先には大穴がありそこから突き出した大小の円柱状の岩がロープで繋がれている。通常ならロープの上を渡るなりなんなりして進むのだろうが私にとっては関係ない。しかし私のような飛行する個性や円柱状の岩を無視して第2関門を突破しようとする生徒対策もしっかり用意されていた。ザ・フォールのある程度上空には蜘蛛の巣のような粘着質な糸が張り巡らせてあって、円柱状の岩が無い場所にも上から同じ糸が垂れ下がっていた。高度と移動に制限がかかった状態での飛行。私の身体は上下左右に随分と雑に動いてそれらの障害をかわしながら進む。幾らかは躱しきれなくて体操服や背中の彼に糸が引っ掛かって大変煩わしい。ここで私の身体はだいぶ時間を食ってしまった。
いつもならもっと綺麗に飛行出来て回避も容易いのに私の意志を介さない飛行はあまりにも適当過ぎる。私ならもっと上手く私の体を使えるのにとヤキモキしてしまう。不安定な足場で此方を狙ってくるほど余裕のある生徒はいないとは思うけどこんな飛行を続けていたら簡単に地上から落とされそうで怖い。私にも何か他に出来ることはないかと色々と試していたら白眼と輪廻写輪眼は使える事は出来た。尤も使用するのはほぼ白眼だけになりそうだ。私の身体は進行方向に愚直に進んでいるので視界が基本前方に固定されている。そうなると広い視界範囲がとれて、周囲の警戒が出来る白眼が今の状況的にベストだ。
そうこうしているうちに最終関門が見えてきた。プレゼント・マイクが言うには最終関門は一面地雷原の怒りのアフガンらしい。ランボー3とか絶対皆分からないでしょ。私だって前世の父親がランボー好きじゃなければ知らなかったっていうのに。地上にはようやくトップを走る集団が見えてきた。先頭にいるのは……轟君だ。
地雷原も私にとっては効果が無い。飛んでるし、白眼で地面に埋まっている地雷の位置はスケスケだ。
『おおっと!? 上空から1ーA大筒木……と上に乗ってるのは!? 普通科……心操が猛接近!! 良いネェ!! お前らエンターテイメントを分かってる最高だアアアアアアアアッ!!!』
『……少し落ち着け』
実況で私たちに気がついた轟君が此方に氷塊を放ってくる。地雷原を避けながら攻撃して来るので狙いは甘いが、適当に放ってくる分規則性が無くて避けづらい。適当な飛行運転の私の身体ではフェイントや回避機動を取るはずも無く、放った氷塊の一発がこのままだと進行ルートと直撃するのがハッキリ分かってしまった。このままでは私は勿論、背中の彼も撃墜。奇跡的に無事に着地出来ても、落下地点は地雷原だ。
(うぉぉぉぉ! ワラワの身体よ動けぇぇぇぇっ!)
祈りつつ必死で意識を包む粘液の膜を内側から破るイメージ。
……ん? あれ? 気持ち……動きそうだぞ……。身体の操る飛行に干渉して、速度を緩めて横に滑り氷塊を避ける事に成功! しかし完全に制御を取り戻したという感じでも無い。轟君の後を追う爆豪君、続いて私達。その後方は……突然爆風と共にこちらにぶっ飛んで来た緑谷君だ。否、予想以上のスピードで一気にトップの位置まで躍り出る。前方の爆豪君が爆破で飛んで、後方の私へ牽制と同時に攻撃も行っているのがニクいね。だがここまで来て私も負けてられない。
幸いなことに近くで爆発音を連続で浴びた所為なのか、私の意識がだいぶ表に出てきた感がある。おそらく背中の彼の個性は操る人間に一定以上の衝撃が与えられると解除されるか、時間制限付きと見た。身体のぎこちない動きから私本来の飛行能力で一気に加速して緑谷君の落下予定地点の更に先へと一気に抜き去る。後方でまた、爆破。緑谷君が地雷を持っていた鉄板を地面に叩きつけて起爆させたらしい。
しかし残念だったね。もう私の勝利は揺るがない。ゴールのスタジアムへの道はもう目の前だ。スタジアムへ続く暗い通路の先には光が広がっている。観客の声援の声も聞こえてきた。
……身体が? あれ? 急に速度を落とした私の体は背中の彼を地面に下ろした。あ、そうか最初の命令って確か……
『さァさァ序盤の展開から予想できた奴はどのくらいいる!? 今一番にスタジアムへ帰ってきたその男ーー心操人使の存在を!!』
『続いて1ーAの大筒木! 遅れて緑谷! 轟! 爆豪とA組が続くぞ!!』
『気に食わない』
それが心操の大筒木カグヤへの印象だった。雄英入試。その実技試験で改めて試験内容を聞いた時、心操の心に浮かんだのは絶望ではなく諦観だった。基本的に実技試験内容に関しては一応伏せられているが、少し頑張って調べればロボットを相手にした戦闘だと直ぐに分かる程度には知られている。“洗脳”という個性ではロボット相手に対抗出来ない。そんなことは彼自身が一番理解していた。それでももしかして今年の試験は……と期待があったのも否定出来ない。
案の定、試験が始まって彼は何も出来なかった。ロボット相手に投石や同士討ちを狙って攻撃し、やっとの事で一体壊せた頃には目で見える範囲のロボットは既にほとんど破壊されていた。途中からは説明された0pの巨大仮想敵相手に逃げ惑うばかり。不意に空を見上げれば影が空を切り裂いた。“飛行”の個性。ヒーローを目指すにあたってかなりの当たり個性の一つだ。その時は名前を知る余地も無かったが、普通科に入学してヒーロー科の噂を聞いて知った名前は大筒木カグヤ。人外染みた真っ白な肌と額の眼、自身以外の他の何者も見下す鋭い眼、冷たい印象の優等生。通常なら推薦枠を除いて18名の合格者のところ、今年は特例で一人多いと来ればある程度推測できる情報は揃っている。そういった噂話は普通科で聞くことが多い。所詮ヒーロー科の活躍を引き立たせる添え物。そんな風に愚痴るクラスメイトを見下しているが、結局自身もその内の一人だと思うとやるせなくなる。俺はここで終わりたくない……。
雄英体育祭の情報が明らかにされた日。放課後は1ーAの教室前に野次馬が集まった。先日雄英の1ーAは敵襲撃にあって誰一人欠ける事なく無事撃退に成功したそうだ。正直デマと事実半々ぐらいの信憑性だろうと考えていた。しかし実際に彼らを見てその認識は変わった。目が違う……普通科の連中のように唯平和を甘受する温い目をしていない。命の危機という非日常の極地を経験して確実に一線を越えてきた者たちの輝き。普通ならショックで暗い顔をしている者の一人か、二人いてもおかしくないのだが彼らは明るかった。将来のヒーローとして選ばれた者たちの片鱗を確かに感じた。感じさせられた。
悔しかった。そして追いつかなきゃと後ろから鞭で煽られた気分だった。
1ーAの態度のデカイ一人を煽った。大勢の前で雄英体育祭の活躍をしてヒーロー科への編入を狙う挑戦的な煽り。これは敵対宣言でありながら、自分を追い込んで逃げ場を無くす為でもある。このぐらいしなければ一生彼らには追いつけない。そう自分でも痛いほど分かっていたから。
1ーAのほとんどの生徒が俺に注目していた。緊張で手に汗が滲む。しかしそう察されたくなくて強く握りしめた。その覚悟を馬鹿にされたかのように何の気なしにさっさと教室から出て行った者もいる。……大筒木カグヤ。今は視界の端にも入らないだろうが、雄英体育祭ではお前の澄まし顔を崩して見せる。見下ろしていた奴から思わず足元を掬われる。その時どんな表情を浮かべるか……。
雄英体育祭が始まった。
障害物競争。スタート地点で直ぐにその片鱗は表れた。ヒーロー科のA、B組がフィジカルを活かして団子状態の集団をすり抜けて行く。そもそもヒーロー科に合格してる時点で身体能力は普通科やサポート科とは大きな差がある。加えてヒーロー基礎学で実戦を意識した訓練を積んでいる彼らと通常科目のみの普通科とでは教育課程の違いによる差も。心操も放課後、マラソンや筋力トレーニングを積んでいるがどうしてもその差は覆せない。一人で覆せないのなら他の力を借りるまで。“洗脳”で身体能力に自身のありそうな生徒に声をかけて、周囲の波を押し退けさせて団子から抜け出す。
実況によると一位は大筒木、ついで轟。ヒーロービルボードチャートJPの2位エンデヴァーの息子らしい。1ーAの中でも強力な2人が争っている状況を疑問には思わない。此処で焦っても意味は無い。狙うのは第一種目通過。それも上位である必要は無く、先着順の中盤から後半辺りを狙いたい。“洗脳”という個性は対人戦においてある意味最強と言える個性だ。相手がどれだけ強かろうと関係なく戦闘行為を無理やり終わらせて捕縛まで繋げる事も出来る。
しかし同時に弱点もある。心操の問い掛けに答えたり、相槌を打ってしまった場合にのみ発動する個性なので最初から耳を貸さずに無視さえしていたら“洗脳”は発動しない。また洗脳状態も強い衝撃を与えたりすれば解除されてしまう。洗脳をかけれるのは一人ずつなので、その事さえ知っていさえすれば敵が集団の場合は洗脳がかかった味方をど突きさえすれば解除は容易い。
逆に言うと条件さえ知られていなければ終始有利に立てる。特に発動条件である問い掛けに答えるという点は最大限秘匿するべき情報だ。下手に上位になってしまうと注目されて個性についての情報が漏れてしまう。なるべく下限ギリギリで通過して、たまたま運良く突破出来た普通科の一人という印象を残せればベストだ。
第1関門は雄英の実技試験でも現れたロボット集団。あまり良い記憶は無いが今回は別に破壊する必要は無い。近くの生徒をランダムで襲ってくるが奴らはあくまで障害物。適当に近くの生徒に押し付けるか、無視して進めば良い。普通科やサポート科の多くはここで数を減らすだろう。競争相手はすこしでも少ない方が勝利に繋がる。ロボットの破壊事態は問題無く出来るだろうが洗脳で操った生徒に下手に戦闘させて解除されるより、無理やり突破してしまった方が賢い。
急に前方から冷気が押し寄せてきた。行手を塞ぐ実技試験の巨大0Pロボットの動きが止まる。見れば全体が氷漬けにされている。轟の個性だ。入試では小型ロボットの破壊ですら苦労したというのに、轟の個性にかかればワンアクションでこれだ。……羨んでばかりもいられない。
巨大ロボットの停止で有利になるのは轟だけでは無い。この機会を狙ってロボットの隙間を通ろうと生徒たちが集中する。こちらも様子を窺いながら距離を詰めようとしたところで違和感を覚えた。中途半端な体勢で凍らせた巨大ロボットがこちらに向けて今まさに倒れようとしていた。直ぐに自分を運ばせていた洗脳済みの生徒を後退させる。現状に気づかない後続の生徒も詰めかけてくるものだから避難行動も遅々として進まない。不吉な音が背後で死神のように迫ってくる。
振り返ると、ロボットの影がこちらを覆い隠そうとしていた。
数秒後には確実に訪れる衝撃。予測される被害。そして最悪の結果。せめてこの苦難から目を逸らしたくない。目を閉じている間に苦痛から逃れて済ませてしまおうだなんてそんな甘い覚悟でヒーローを目指していない。いつだって困難に立ち向かい、乗り越えて行く。それがヒーローだから。
だから直ぐに気付けた。倒れかけた巨大ロボットを苦もなく背に押し留めて受け止める大筒木の姿も。単純な飛行の個性持ちではあり得ない肉体強度とパワー。俺の必死の抵抗も大筒木からすれば無かったも同然なのだろう。
「確か大筒木……だったな。アンタは覚えてないだろうけど入試の時同じ会場だったんだぜ」
「フム……スマンな。記憶に無い」
奴にしてみれば俺はその程度の存在。その事自体はそれほどおかしいことでもない。競争相手ですらない普通科の中の一人……その印象を変えてやる。……条件は既にクリアしている。
「……なら俺も罪悪感を覚えなくて済むよ」
個性の発動。奴の動きが止まり、感情の読めない瞳が更に無機質な物へと変わった。胸の奥の焦燥がスッと引いていった。例えどれ程強い個性持ちでも洗脳にかけてしまえばこっちのものだ。やろうと思えばこのままコースアウトにさせることも出来る。絶対的な存在を相手に一方的な命令を下せる。この高揚感と絶対者気分に少しだけ大きな気持ちになってしまうのはヒーローに相応しく無いと思いつつ、抑えるのは難しかった。洗脳した相手が大筒木なら尚更だ。
そして暫し悩んだ。大筒木にどんな命令を出すか。コースアウトは簡単だが大筒木程の個性持ちを単にドロップアウトさせるのは少し勿体無い。
「……俺をゴールに導けってのはーー流石に」
独り言が漏れる。そんな曖昧な命令ではまともな活動も出来ないだろう。洗脳において重要なのは簡潔に具体的な命令を下すこと。洗脳している相手に複雑な思考が必要になる命令も不可能だ。どう有効活用しようか考えていると手を目の前の大筒木に掴まれる。
「……あ?」
何故大筒木が突然動き出したか疑問に思う間も無く引っ張るように背中に乗せられるとーー空に急発進した。
「ハァァッ?!」
息が詰まる。風の壁が真っ正面から押し寄せてやって来て空気をまともに肺に取り入れるのも難しい。いつの間にか無意識で大筒木の肩を掴んでいた。風景があっという間に切り替わる。空を飛ぶという人類の夢を前にしても、大筒木の飛行は全く楽しめなかった。ジェットコースターのようにレールがある訳でも無く、上下左右に制限無く飛行する乗り物。オマケに次の行動が読めないものだから余計に怖い。
(……何故? 何故動き出した? 確かに個性の条件はクリアした筈だ。突然動けなんて命令は……あれか?)
『俺をゴールに導けってのは』
否、その程度の曖昧な命令でここまでハッキリとした行動をし始めるとは考え難い。せいぜい後ろから心操の体を押そうとするぐらいが関の山だろう。大筒木にとっての“飛行”が他人の体を押すのと同じくらい、脳の処理を使わない行動だとしても唐突過ぎる気がする。
(まさか……個性の効きが悪いのか?)
個人差はあるが洗脳時に記憶がボンヤリして殆ど覚えていないタイプや、洗脳されている間の記憶も残っているタイプもいる。しかし、両者とも俺の命令には逆らえない筈。大筒木も命令に逆らってこそいないが、元々催眠や暗示にかかりにくいタイプ?……ならもっと行動を遅延させたりハッキリとした抵抗をする筈だ。大筒木に関してはむしろ逆。
(催眠や暗示にはかかりやすいが、俺の“洗脳”に対しては抵抗力があるタイプか?)
普通なら“洗脳”で心操から命令が下されるまでは待機状態のようなモードに一度入る。大筒木はその待機状態に陥る“洗脳”の個性に下手に抵抗力がある分、半分待機、残り半分覚醒状態のような意識状態になっていると思われる。下手に覚醒しているので心操の命令に過敏に反応して行動してしまったというところだろう。普通なら半分も覚醒してしまったら洗脳に抗うことも出来そうだが、大筒木自体が単純なのか真面目なのかその傾向は無さそうだ。
そんな相手今まで見たこと無いが、そもそも“洗脳”の個性自体喜んで実験に付き合ってくれる類のものでもない。今までたまたま例外に会わなかっただけ。そしてその例外と会うタイミングが悪かっただけ、それだけだ。幸い、洗脳で下した命令は聞いているように見える。ならば新しい命令を下して上書きすれば良い。しかしーー
「こんだけ怒鳴っても聞こえない……か」
出来るだけ大声で、或いは耳の近くで命令しても風切り音と風圧でまともに命令が通らない。もしこの状態で強い衝撃を与えて洗脳を解除した場合、大筒木がどのような挙動をとるか予想できないので下手をうてば高速で地面と激突してしまう展開もある。自殺願望は無いのでそれは本当に最終手段だ。
それにしても大筒木の飛行は本当に酔う。飛行の個性で空を飛んだことが無いとかそういう単純な理由では無い気がする。フラフラと上下左右に揺れて、まるで酔っぱらいの運転。集中力の必要な個性の発動を反覚醒状態とはいえ運用出来ていると考えれば十分凄いかもしれないが乗ってる方からしたら最悪の気分だ。全国中継でモザイク無しのアレを吐くなんて事態には陥りたくない。時折胃の奥から酸っぱいモノが湧き上がってくる。いよいよ堪えきれなくなったら大人しく大筒木の背中から飛び降りよう。尊厳を失うことに比べればまだマシだ。
そうこうしているうちに直ぐに第2関門のザ・フォールに到着した。障害物競争の意味を無くす“飛行”の個性、その対策と言わんばかりに一定高度から上と岩場以外の場所に蜘蛛の糸のようなモノが張り巡らせてある。此処で大きく序盤の有利を逃す形にこそなってしまったが、それでも上位勢の内には入っている。
正直、このままで良いのかと考えた。このまま上位に入ってしまうと周囲を警戒させてしまうことになる。ただでさえ大筒木の背中に乗って移動してしまっている以上怪しまれてるだろう。一人でも余裕で一位を取れる大筒木が1ーAのクラスメイトならまだしも普通科の一人と協力したところでメリットは無い。となるとそういった個性だと推測もされやすい。
第3関門の地雷原。此処にきて初めて地上からの攻撃を受けることになった。空を行く大筒木をこのまま放置すると確実に首位を奪われると判断したのだろう。現状トップを走る轟から氷の波状攻撃を受ける。大筒木は最初の命令を遵守してまともな回避行動すらとらない。何発かはたまたま回避に成功出来た。だがそんな幸運も長く続かなかった。
確実にこちらの進行方向に向かって飛んでくる氷塊。今のままではどう足掻いても回避できない速度と攻撃範囲の攻撃が目の前まで迫っていた。
突然の急速旋回。あまりの速度に意識だけその場に残されたかのように感じた。今既に心操の意識の居た場所に氷塊が通り過ぎてゆく。ようやく意識が本体に追いついた時には先を行っていた轟や爆豪を追い越してしまっていた。
命令に無い動きや、この急加速。明らかに大筒木の動きが変わった。洗脳はもういつ解かれても不思議では無い。
(或いはもう……解かれている?)
その不安はゴールのスタジアムに続く通路の途中で解消された。急に減速をし始めた大筒木はゴール前でやがて完全に止まると心操の手をとって地面に下ろした。ふと彼女と視線が合う。相変わらず感情の読めない彼女だが、試験前の印象ほど無感情な存在でも無い気がしてきた。既に通路の後ろの方では何人かが迫ってくるのが見えた。なんとも……思わぬ形で首位をとれる形になってしまった。もうここまで来てしまったら態々他の生徒に勝利を譲っても警戒は解けないだろう。ここまで来て一位を譲るのは不自然だ。
それになにより心操は勝ちたかった。後の為とはいえ勝利の機会を自ら他人に差し出すような人間が果たしてヒーローとして大成出来るだろうか。他の者を押し退けて勝利にしがみつくようで無ければ、ヒーローどころかヒーロー科転入も夢でしか無い。
後悔はしない。最後に大筒木に命令を出してスタジアムへ駆けた。
「俺がゴールした後にゴールへ動き出せ」
結果は予想通りになった。
「予選通過は上位42名!!! そして次からがいよいよ本戦よ!! さーて第2種目はコレよ!!!」
スタジアムの中に設置してある巨大な電光掲示板に映し出された文字は騎馬戦。参加者は2〜4名のチームを予選通過メンバーの中から組んで騎馬を作る。出来上がった騎馬の合計ポイントが書かれた鉢巻を騎手が着けてそれを奪い合って多くのポイントを15分以内に集めた上位チームの何チームかが次の種目に進めるという形だ。問題なのは第1種目で上位の人物程持ちポイントが高く設定されているということ。
上位のメンバーでチームを組んだ場合、それなりに優秀な騎馬が完成しはするがその分他のチームからも狙われやすい。個性の相性や信頼できるメンバーで組んだ方が、ポイントがある程度落ち着いて狙われ難いし下克上チャンスもあるというルール。正直これに関しては心操はかなり不利な状況といえる。第1種目を勝ち抜いた普通科は自分以外いないし、例えいたとしても1位をとったクラスメイトと組むには狙われやすいデメリットが大き過ぎる。なんとか組むメンバーを洗脳で決めるしかない……。
「上を行く者には更なる受難を。雄英に在籍する以上何度でも聞かされるよ。これぞPlus Ultra! 予選通過1位の心操人使くん!! 持ちポイント1000万!!」
「…………は?」
心操くんが心労くんになっちゃう!