DMC5のクリフォトの樹の実をオイチイオイチイしまくってたら人魔問わず全方位から警戒されまくってて草 作:美味しいパンをクレメンス
目の前には、勇者と名乗る若い青年とその従者と思わしき若い女性が二人、合計三名の人物がいた。
見た感じ、勇者の青年とピンク髪の女性は人間だが、もう一人の青い髪の女性は人間じゃないと気づく......ヴェルダナーヴァやヴェルザードと同じ匂いと気配からして、間違いなく彼らの妹の次女ヴェルグリンドだと思う。
勇者がギィやヴェルダナーヴァの共通の知己というのは先の勇者の言葉から理解できたが、そんな人物が何故俺と戦おうというのか、これが分からない。
だって、二人の知り合いってことは(少なくともヴェルダナーヴァの弟子という立場なら)魔王の役目やクリフォトが人間の戦争の抑止力となっていることを知っているはずである。
まさか知らない? それとも知ってて喧嘩吹っ掛けてきた? 単純に俺を倒して名声を得たいだけ? う~ん、どれもこれもあり得そうで分からん。『勇者』って名乗ってる割にはなんか俗っぽい雰囲気出てるというか、治安が悪い街の裏路地でカツアゲしてそうなチンピラ感あるんだよなこいつ。
こういう時は本人に聞くのが一番早いか。
「ルドラ。何故俺と戦う? ヴェルダナーヴァの弟子なら知っているだろう。クリフォトの樹が人間達の戦争に対して抑止力として働いていることを。俺を倒すということは、人間同士の戦争を促すことになる」
「何言ってやがる。皆貴様が戦場に乱入してきて一人残らず皆殺しにするのが怖いから戦争しねーだけだろうが!」
「それが抑止力というものだ」
「だがここで俺様が颯爽と現れ貴様を倒せば誰もが俺様を認める! 勇者ルドラの偉業を誰もが讃える! そうすれば世界は俺様の下で一つとなり、手っ取り早く世界征服が完了する!」
「世界征服?」
思わずオウム返しする俺。
勇者なのに、昭和の仮面ライダーの敵の目的みてーなこと言い出したぞこの勇者。
「そうだ、世界征服だ!」
「本気か?」
「本気の本気だ!」
俺はルドラではなくその後ろに控える従者二人に視線を向けて追加で問う。
「正気か?」
「失礼だな貴様!?」
「ルドラ兄様は正気です。正気を疑いたくなる気持ちは分からないでもないですが」
「ルドラはおバカさんだけど、気が触れている訳ではないわ」
「ルシアもヴェルグリンドも失礼だなおい!!」
どうやら従者二人にも正気を疑われた過去があるらしい。
「世界征服を成し遂げたらどうするつもりだ?」
「ハン、そんなの決まってんだろ。世界征服が完了したらもう誰も争うことがなくなる。戦争は起きない、いや、俺様が起こさせない。そして世界は平和になる、誰もが笑顔でいられる毎日がやって来る。俺様はそんな世界を作る! 我が師ヴェルダナーヴァにそう誓ったんだ!」
口調と目つきはチンピラみたいなままだが、掲げている思想は勇者らしい素晴らしいものであった。
実現不可能な理想論であることを除けば。
で、その理想を実現する為の足掛かりとして俺に喧嘩を売ってきたと。
......こいつが悪い奴ではない、というのはなんとなく分かった。
ヴェルダナーヴァの弟子というのが事実であるなら、実力も申し分ないのだろう。
しかし気になるのはギィとも既に知り合っていること。彼にも戦いを挑んだのだろうか?
「ギィとは戦ったのか?」
俺が質問すれば、ルドラは苦虫を噛み潰したかのような表情となり答えた。
「貴様より先にギィの所に行ったが、一対一で戦う前に『ギィ・クリムゾン』って名付けちまったせいで本来は勝てるはずなのに引き分けに終わったぜ。そん時にあいつが言いやがった。『ユリゼンに勝てたら俺の敗北を認めてやる』ってな」
「あのバカ」
頭が痛くなってきたので右手で頭を抱えてしまう。何勝手なこと言ってんだあいつ。絶対に俺のこと巻き込むつもりじゃん。それとも俺ならこのルドラに勝てるって信用して? 確かにガチンコ勝負は俺がギィに勝ち越してるけどそんなの嘘だぁ、単に面白がってるだけだよ。
脳内で全く悪びれずに「アッハッハ!」と爽やかに笑うギィが浮かび上がる。
「だから、一対一で貴様に勝てばギィにも勝ったことになる、つまり一石二鳥!」
「あー、はいはいそうだな、そうなるな」
「急に投げ槍になるな!」
プンスコ怒り出したルドラは剣を振り上げ鋭く踏み込み、突撃してきた。
「ということで俺様の理想の世界を作る為に大人しくぶった斬られろぉっ!!」
血の気が多いというか喧嘩っ早いというか、やっぱりこいつ勇者じゃなくてチンピラなのでは? と疑念を抱きながらも迎撃に移る。
ヴェルダナーヴァの弟子でギィと引き分けたと宣うだけあって、ルドラの実力は本物であると初撃で悟った。
パワーもスピードも申し分ない。俺を一刀両断せんと振るわれた一撃は、そんじょそこらの魔物ではろくな抵抗もできずに真っ二つになっていただろう。
しかし俺には届かない。クリフォトと融合している時の俺には鉄壁の盾がある。
閻魔刀バリア(正式名称知らない)。閻魔刀が細長くトゲトゲした赤い水晶体に変化し、ありとあらゆる攻撃を防いでくれるのだ。相手にすると非常に鬱陶しいが、自分が使う分には非常に便利な能力。
案の定、ルドラは自身の渾身の一撃を防いだ赤い結晶体に瞠目した。
「何だこれは!?」
「バリア」
「そんなこと分かってんだよ!!」
「どうする? それがある限り俺には傷一つ付けられんぞ」
「だったらこんなもんぶっ壊して──」
ルドラが再度剣を振りかぶろうとしたその時、結晶体のトゲが一斉に槍のように変化してルドラを串刺しにせんと飛び出た。
「うわっ!?」
咄嗟に後ろに跳んだルドラはギリギリでトゲが届かない距離まで下がり、更にバックステップを踏んでからバク宙を決めてかなり間合いを離す。
「よく反応したな」
初見なら今ので穴だらけになってもおかしくないのに。実際にこれまでの挑戦者達──多くのハンターや冒険者を貫いてきた実績がある。
......侮れないな。今の今までに戦ってきた人間とは格が違う。
警戒心を高めつつ剣を構え直すルドラの様子を伺う。
恐らく攻略法を模索しているのだろう。バリアがある限り玉座に座る俺にダメージは入らない。バリアを破るには生半可な攻撃は通じず、迂闊な近接攻撃はバリアそのものから反撃を食らう。ならば遠距離から飛び道具を使いバリアを削る、となる可能性が高いかもしれないのでこっちから先に手を出す。
「今度はこちらからだ」
ルドラに向けた掌の魔法陣から巨大な火炎弾を発射し、続いて光の矢を雨のように降らし、レーザービームのように極太の光の束を薙ぎ払うが如く左右に振る。
「うおっ、はっ!? うおおおおっとぉぉぉ!!」
横に跳んで火炎弾の射線上から逃げ、その勢いを殺さずに転がりながら光の矢の雨の範囲から脱し、すぐに立ち上がると同時に跳躍して極太レーザービームを避けた。
「調子に乗るなよ!!」
空中で叫びつつ反撃。剣を振り下ろすルドラが斬撃を飛ばしてくる。
かなりの威力が込められたそれを閻魔刀バリアが難なく防げば、彼は着地と同時に忌々しげに「ちぃっ!」と舌打ちした。
「そのバリア卑怯だ!」
「ならお前は戦いの最中に防具を装備していることを卑怯と咎められたら何と返す?」
「うるせぇ! 人間は魔物や悪魔と違って脆いんだよ! トカゲの尻尾みてぇに欠損部位が生えてくる貴様らと同じにすんじゃねぇ!!」
「......」
それはそうかも、俺って心臓貫かれても死なないし、と納得しかけたがよくよく考えなくても魔物全体が残らず再生能力が高い訳ではない。中には貧弱虚弱脆弱人間からも弱小呼ばわりされる種族もいる。それに知能が高い魔物は普通に武装することから防具を身に付けることは人間だけに許されたものではない。
「隙ありぃぃ!」
反論しようとしたらルドラが突撃してきた。が、やはり閻魔刀バリアが立ちはだかり、剣による鋭い刺突は俺に届かない。
「これでもダメか」
「頑張れ。バリアも万能ではない、続けていればいつか破れるかもしれんぞ」
これはマジ。バリアには耐久値が設定されているので、攻撃力があるものを何度も繰り返し叩きつければ打ち破ることは可能だ。そうなると俺は一時的に無防備になりダメージを負うようになる。ま、一定時間経てばバリア張り直せるんだけどね。
「上から目線がムカつくな!!」
改めて距離を取り、左の掌をこちらに向けてルドラは魔法を放つ。いくつもの白い光の球が飛来するが、やはり閻魔刀バリアを破ることはできない。
「ぐぬぬぬっ......!!」
滅茶苦茶苛立ってる。そうだよな、そうなるよな。バリアさえ突破できればって思うよね。でもいつかバリア破れるのは本当だから頑張んなさい。
心の中で声援を送りつつ遠距離攻撃を飛ばしまくる俺と、それらを一切被弾することなく躱し間隙を縫って反撃するも全てバリアに防がれるルドラ。戦局は膠着状態となった。
時間干渉系の能力を使えば簡単に倒せるんだろうけど、個人的にあれは反則技の類いだと思うので使わない。
ドッペルゲンガーも使わない、というか今は使えない。ドッペルゲンガーは現在本体の俺の代わりに『ギルバ』としてのお仕事を遂行中だ。
幻影剣は、どうしようかな? 玉座に座って戦うスタイルだと移動しないからエアトリック(瞬間移動)が意味ないけど、やるだけやってみるか。
という訳で他の飛び道具に混ぜる感じで幻影剣を試しに一本、二本と飛ばしてみれば、ルドラは握った剣を振るい幻影剣を叩き落とす。
(単発ならこんなもんか)
砕け散って霧散、消滅する幻影剣。単発では簡単に対処されてしまうみたいなので、今度は同時に八本発射──急襲幻影剣でいってみよう。
「くそっ!」
流石に八本同時に発射されたら剣での迎撃は無理なのか回避に徹していた。
じゃあ五月雨幻影剣は? 上から雨のように降ってくる幻影剣には魔力の矢と同じで範囲外に即離脱で対処。
烈風幻影剣は? 自分を囲みつつ地面と水平に回りながら狙ってくる八本の幻影剣にはかなり驚いたようで、慌てて剣を振り回し一本残らず破壊する。
(やるやん)
ならば全方位からの幻影剣はどうだろう? ドーム状に囲むように配置された数多の幻影剣。前も後ろも上も左右も斜めからも、避ける隙間も隠れる場所もないこの攻撃にはどう対処する?
「ふん!」
魔法によって発生したドーム状の光の壁がルドラを覆い、殺到する幻影剣を悉く防ぐ。このことから防御系の魔法も高い水準で修得していたことが判明。
ヴェルダナーヴァの弟子だしな、この程度なら当たり前か。
ならクリフォトの触手は? 玉座に座る俺のそばから伸びてきたものを剣で斬り払ってる間に地面から......良い勘してるのか足元から伸びてくる前にその場から離れて逃げられた。
うーん、当たらん。遠距離攻撃だけだと避けるか剣で斬り払うか防御魔法で防ぐかのどれかで全然当たる気がしない。
当てるなら接近戦を絡める必要があるが、生憎とクリフォトと融合状態だと俺は接近戦できんのよ。
こうなってくるとスタミナ切れを待つか、となるところだが俺はその前にルドラがバリアを破る気がした。
彼がどのくらいの時間を掛けてバリアを破るのか。
俺はその時を楽しみにしながら待ちつつ攻撃し続ける。
やがて──
俺の目前で空間にクモの巣状の罅が入り、一拍置いてガラスが砕け散るような音を立てて閻魔刀バリアが粉砕された。
(やりやがった!)
想定以上に早いこと、何よりも閻魔刀バリアが初めて破られたことに称賛の言葉を口にしている間もなく、
「うおおおおおおおおおおおっ!!!」
バリアが破れた瞬間を見逃さず、ルドラが飛び込んできた。
既に俺には防御手段が無い。剣を両手で握り上から下へと全力で振り下ろそうとしている彼が迫る刹那、咄嗟にできたことは剣の軌道から頭部を守るように両腕を構えた防御姿勢を取り魔力で最大まで肉体強化を図るだけ。
そして、一閃。
両腕に鋭い痛みが走る。
反撃を嫌い、彼は一撃入れて即離脱。再度距離を取り、ニヤリと唇を歓喜に歪めた。
「ハァ、ハァ、どうだ! 漸く、一太刀、くれてやったぜ!! ハァ、ハァ」
疲労しているもののやっと努力が実り会心の一撃を決めたことで勝ち誇るルドラを、両腕共に切断はされていないが半ばまでざっくり斬られてその激痛に顔を顰めて睨む俺。
「やるな」
「よくも今まで散々好き放題魔法撃ちまくってくれたなクソッタレめ! 避けるの本当に大変だったんだからな! だが今度は俺様が貴様を一方的になます斬りにする番だゴルァッ! 血祭りにしてやるから覚悟しやがれ!!」
神に見出だされた勇者なんだからもっと他に言い方ないのだろうかこいつは?
だが残念。これで第一ラウンドは終了だ。
「いきり立っているところ悪いが、時間切れだ」
「時間切れだぁ!?」
「間もなくこの樹、クリフォトは枯れる」
「何ぃ!?」
この発言にルドラだけではなく控えていた女性二人も驚く。
ついさっき樹からお知らせがあったのだ。成った果実が収穫の時期を迎えたと。ならば先にこっちの用を済ませておこう。それに人の姿に戻ってからの方が本領を発揮できるしな。
「安心しろ、クリフォトの樹が枯れてもすぐに続きをしてやる」
「本当だろうな? 尻尾巻いて逃げたらヴェルダナーヴァとギィに俺様の勝ちって言い振らすからな」
「さっさと二人を連れて樹から脱出しろ、枯れて崩壊する樹の内部で生き埋めになりたくなければな」
一方的に告げて、閻魔刀を顕現しその力で空間転移。クリフォトの樹の頂上、つまり地下深くへと移動した。
「あいつ何処行きやがった!?」
ルドラの問いにルシアとヴェルグリンドは首を横に振る。
「ルドラ兄様、彼はどうやら転移系の魔法とは異なる手段で移動したようで行き先を追跡することができませんでした」
「
妹と相棒の返答にルドラは眉間に皺を寄せた。
「樹が枯れるって言ってたな。急にどうしてだ?」
「忘れたのルドラ? 確かに急ではあるけど、クリフォトの樹って発生してから一ヶ月程度で自然に枯れるのよ。そろそろ発生して丁度一ヶ月だからではなくて?」
「グリン義姉様の言う通り、そろそろ一ヶ月経つと思われます。あの時の魔王ギィの言葉が嘘でなければ」
そう。事前に聞いた通りなら一ヶ月経過する頃だ。
一番最初にヴェルダナーヴァからギィとユリゼンの話を聞いた時、ギィの居城は何百年も前から変わっていないので北の大地ということは伝説なりお伽噺なり伝承なりで予め分かっていた──そもそもヴェルグリンドの姉であるヴェルザードがいる為調べるまでもない──が、ユリゼンの居場所や棲み家は調べようがなかった。
当然だ。ユリゼンが姿を現すのは人間同士で大規模な戦争が勃発した時のみ。その他の情報は無いに等しい、雲を掴むような状況だった。
とりあえず居場所が分かっているギィの白氷宮に赴けば、引き分けた際にギィからユリゼンに関する情報がもたらされたのである。
『あいつに挑戦するなら今しかねーぞ。なんせあいつは期間限定だからな。急がねーとクリフォトの樹が枯れちまうぜ。そうなったら次は人間達次第だ』
当時、クリフォトの樹が発生して既に四週間が経過しているとのことでタイミング的にはギリギリだった。
急いで帰国しルドラの力を回復させると同時に装備を整え、全快になり次第ギィが教えてくれた場所に飛んで行けば、どう低く見積もっても禍々しいことこの上ない、いかにも地獄の底から這い出てきましたと言わんばかりにやばそうな樹が天地を蹂躙している光景を目にする。
まだ樹が枯れてない、間に合った、とルドラ一行は安堵したものだった。
この世界の情報伝達速度は、インターネットが普及した時代の地球と比べて遅い。勿論、魔法があるお陰で一部の情報のやり取りはむしろ地球よりも早いくらいだ。しかしいくら魔法が存在し人を超えた生命体が溢れていようと、個人で収集し発信できる情報量には限度がある。たとえ転移魔法や魔法通信という手段があったとしても、誰かが収集した情報を発信しそれを別の誰かが受信するという過程は全て人伝てだ。おまけに政治や軍事に関わる情報は価値が高く、時には国にとって武器となる。つまり簡単には手に入らない場合が多々ある。地球のインターネットと違って
科学技術が発展したが故に、全世界共通のインターネットというツールが生み出され、皆が皆手軽に情報の発信も受信も利用可能な地球の情報媒体と伝達速度が異常なのだ(その反面、情報を得易いというメリットは情報が意図せず漏れてしまったり誤情報が拡散されたりというリスクと表裏一体ではあるが)。
例えば世界の裏側で戦争が勃発してもそれを一般人が知るのは数ヵ月後から数年後、というのはこの世界のこの時代ではザラ。理由は簡単、誰もが簡単に共通共有&利用可能な情報媒体がないからだ。
ルドラ一行が最近のクリフォトの樹の発生に関する情報を得られなかったのは、単純に情報の発信側の母数が少ないことと、発信側と受信側との間に繋がりがなかったことに尽きる。
ちなみに、ギィが大量の配下を人海戦術で情報収集に当たらせ、集めた情報を取捨選択し精査した上でユリゼンに渡し、信頼度の高い情報を得たユリゼンが『へっへっへ』と怪しい笑みを浮かべながら戦場に襲来しクリフォトの樹が発生する、という人間側の戦争したい連中からしてみれば『開戦と同時に何処からか嗅ぎ付けたユリゼンに敵味方区別なく蹂躙される』クソみたいなサイクルが何百年も前からできあがっていた。
なお、ユリゼンは地下深くに潜っただけなので、ヴェルグリンドがその眼で真下を見れば容易に見つけることができたりする。彼女がそれに気づかない理由は、本人が言った通り樹の内部はユリゼンの
「おっ、地面が白くなってきた!?」
「ルドラ、地面だけじゃなく壁や天井もよ」
「これは石灰に近い物質に変質しているようです。このままだと樹そのものが崩壊します。ルドラ兄様、グリン義姉様、脱出を急ぎましょう」
三人が言い合う最中、樹の内部を満たしていたユリゼンの
明らかに感じる気配が強大になった。ただでさえとんでもなかったものが更に強化されたかのように。
「今度は何だ! あいつ何したんだ!?」
「ルドラ兄様! 詮索は後です、崩れ始めています!」
「いざとなったら私が全部吹き飛ばすから二人共安心して」
三者三様な反応を示しながら一行は、白く変色しボロボロと脆く崩れていく空間から転移魔法を用いて去った。
クリフォトの樹の外──出入口となっていた木の洞付近に転移し無事に脱出を果たすと、それを待っていたかのようにクリフォトの樹はその巨大な全身を完全に石灰化させ、轟音と共に砕けて崩れて倒れてしまう。
その様を呆然と見つめていた三人の背後から声が掛けられる。
「無事に脱出できて何よりだ」
慌てて振り返る三人の視線の先には、銀髪碧眼の男が悠然と佇んでいた。
「だ、誰だ?」
戸惑うルドラの返しに、何言ってんだこいつ? と俺は一瞬訝しんだが、クリフォトの樹と融合していた時と今の人間の姿が異なることを思い出し納得した。
仕方ないよな。融合時の俺、見た目巨人族みたいなデカさの青い悪魔だもんな。しかも全身を触手で覆われてるし。人間態とは似ても似つかない。
なので抑え込んでいた
「すまん、クリフォトの樹と融合している時の姿しか知らなかったのを忘れていた。それに俺は人の姿でいる時は癖で
「......! ユリ、ゼン......!」
剣を鞘から抜き放ち警戒するように構えるルドラ。
そんな隣の男を横目でチラリと見てからヴェルグリンドが質問する。
「それがあなたの本当の姿?」
「どちらも本当だ。さっきお前達の前で見せていたのはクリフォトの主としての俺、この姿はそれ以外の時の俺に過ぎん。お前だって必要に応じて竜や人間に姿を変えるだろう? それと同じだ」
「なるほど、その通りね」
竜種であるヴェルグリンドが得心したように首肯した。
「じゃあクリフォトの主じゃない時は普段どうしてるんだよ?」
「人間社会で冒険者として働いている」
「は? 貴様が冒険者?」
戦場で人を殺しまくってる奴が普段は人間社会に貢献してるのか? とばかりに疑わしい目を向けられてるので、ヴェルダナーヴァと知り合いなんだし全部暴露しても問題ないやろと判断し教えてやる。
「『首狩り剣士ギルバ』の名を聞いたことはないか? 何を隠そう、それが俺の人間社会で生活している時の顔だ」
「............なん..................だと...............!?」
「?」
なんだかルドラの様子がおかしい。まるで信じたくない事実を知ってしまったかのような、信じていたものに裏切られたかのような、驚愕と絶望を混ぜ合わせたような表情になる。
何だろう? 俺なんか変なこと言ったっけ?
「ルドラ......可哀想に」
「お労しや、ルドラ兄様」
「その、何て言ったらいいか分からないけど、気をしっかり持って」
「そうです。ルドラ兄様はこれまで幾度となく苦難を乗り越えてきたではないですか。今回の件もきっと乗り越えられるはずです」
そして何故か女性二人が左右からルドラの肩に手を置き慰め始めた。まるで意味が分からんぞ。
「......」
ルドラは俯いてしまったので表情が窺えない。しかも彫像のように固まって動かなくなった。
その両隣から必死になって声を掛けまくる女性が二人。
反応しなくなったルドラの態度が気になるので、彼が再起動するのを黙したまま見守ることに。
五分ほど待つと、俯いたままだが漸く口を開きポツリと零した。
「ユリゼンが、ギルバと同一人物だってのは、本当なんだな?」
「ああ」
覇気のない声音で紡がれた質問に少し心配しながら返答すれば、はっきりとルドラから歯軋りの音が聞こえてきた。ギリッ! と。
「......俺は物心ついた頃から、英雄譚が好きだったんだ」
「お、おう」
「特に好きだったのは、冒険者がハンターと呼ばれていた何百年も前の時代から人間社会を支え続けた『首狩り剣士ギルバ』の話だ」
おいこれまさか。
訥々と語り出す彼の話を耳にして嫌な予感がしてきたぞ。
「ずっと、ずっと憧れていた。大きくなったらギルバみたいな冒険者になって困っている人々を救うんだ。そんな夢があった」
彼の独白は続く。
「夢に向かって努力を重ねていたある日、ヴェルダナーヴァと出会って気に入られて弟子入りし、俺は歓喜した。これで夢が叶う、夢を現実にできる、そうすれば世界を統一して恒久的な平和を皆にもたらすことができる、そう思っていた......思っていたのに」
空気がどんどん重くなり、剣呑な気配がルドラから醸し出される。
そして膨らませ過ぎた風船が大音量と共に破裂するようにルドラは爆発した。
「ふざけるな!!!」
親の仇を目の前にしたかのように激しい怒りと深い悲しみと狂おしい憎悪を瞳に映し、血走った目でこちらを射殺さんはかりに睨み付けてくる。
「貴様ふざけるなよ! ユリゼンがギルバと同一人物だと!? ふざけるのも大概にしろ! 戦場で人を殺しまくってる貴様が、どうして遥か昔から人間を守ってるんだ!? 人をバカにしているのか!? 無垢で純粋な子ども時代の俺の純情を踏み躙りやがって!! 返せ! あの時の俺の憧れを返せこの畜生!!!」
機関銃の如き勢いで捲し立てられた。
要するに憧れの『首狩り剣士ギルバ』の正体が『災禍の魔樹クリフォトの主ユリゼン』だったのが許せない、と。
............こっちとしてはそんなこと知ったこっちゃねー話なんだけど、焦ったようなヴェルグリンドとルシアが口をパクパクさせて声無き声でこう言っている。
『とりあえずなんでもいいから謝って』
『この場を取り繕うだけでいいのでお願いします』
オッケー分かった。年長者として、元人間としてルドラの今後の人生の為に一つアドバイスをしてやろう。
「憧れは、理解から最も遠い感情だ」
額に手を当てて天を仰ぎ崩れ落ちるヴェルグリンドとルシアから『違うそうじゃない』という声が聞こえた気がした。
そして当のルドラは、
「絶っっっっっっ対に貴様をゆ"る"さ"ん"!! 野郎ぶっ殺してやらぁぁぁぁぁぁ!!!」
口角泡を飛ばし、色々なものが限界突破してしまったのか血涙と鼻水を飛散させ、もの凄い顔芸を晒しながらブチギレて襲いかかってきた。
「嗚呼、やっぱりこうなってしまったか。だからユリゼンのことを教えたくなかったんだ。すまないルドラ、キミの憧れを壊したくなくて真実を伝える勇気がなかったボクを恨んでくれ」
「......く、ダメだ腹いてぇ、面白過ぎて、腹が、捻れちまう......くくく、くくくくくくっ」
「ギィ、キミさっきから笑い過ぎだよ」
「ユリゼンの返しも最高だよな、一理ある内容ではあるけどよ、それ今言うことじゃねぇだろ!!」
「たまにユリゼンって素で煽る時あるよね。天然なのかな?」
「ありゃたぶん頓珍漢なこと考えた結果だろ。それでたまにヴェルザードがキレ散らかしてる時あるしな」
「ユリゼンとウチの妹、とことん相性悪いね」
「傍から見てる分には面白いがな」
「ボクとしては胃が痛いよ」
少し離れた場所から認識阻害の魔法を用いて覗き見する神様と悪魔がいたとかなんとか。
ルドラ「憧れの人物の正体が人類の敵認定されてる悪魔だと発覚した時の俺様の脳破壊率を答えよ」