婚約破棄された公爵令嬢は田舎の醜男貴族に嫁ぎますが幸せになるようです 作:品☆美
「何が起きたッ!?」
「ダンジョンの方角から巨大生物が発したと思われる咆哮を感知!!」
「魔力反応の増大を確認しました!!ですがこの数値は…」
「報告は明確且つ手短に!!」
「あ、明らかに通常の鎧を上回る反応を示しています!!」
「バカな!!計器が故障でもしているのか!?」
「全ての計器に異常は見つかりません!!反応、尚も増大!!」
「嘘だろ……」
街近くの上空を漂う飛行船の艦橋に備え付けの椅子に座りつつ現村長と通信でやり取りをしている最中、途轍もない爆音と同時に飛行船が振動した。
宙に浮かぶ飛行船が激しく揺れるような事態など何者かによる攻撃か、或いは機関部の故障しか考えられない。
少人数ではあったが領軍の中からリオンが直々に選抜した部下達に動揺は少なく、様々な計器が示す状況を基に次々と報告を行ってくる。
こうなると逆に司令官代理を任された私の方が戸惑ってしまう。
何とか心を落ち着かせつつ情報を整理するが悪寒が過ぎ去ってくれない。
寧ろロストアイテムが提示した最悪の未来予想図が的中したという焦りと、護衛達すら経験した事が無いという前置きが付け加えられた報告が動悸と頭痛を齎す。
「遺跡に保管されていた鎧が動き出したという可能性は?」
「明らかに魔力の性質が違いますし、魔力量自体も通常の鎧から計測される物とは総量が多くいのでまず鎧の物ではないと推察します」
「そうか…」
当初こそ慌てていた護衛達も今では落ち着きを取り戻し、飛行船に設置された計器各種の観測報告を冷静に伝えてきた。
尤もその内容はとても喜べる物ではない、私自身さえ報告を聞く度に耳を塞ぎたくなってしまう。
それでも情報を数秒でも早く理解し対策を考えなければ徒に被害だけが拡大していく。
私が得意とする貴族の利権を巡る政争とリオンの専門分野である敵対者と命を奪い合う戦闘に必要な資質は全くの別物だ。
単純に似たような争いごとだと思い込み、同じ枠組みに入れるような輩には権謀術数も戦闘指揮も期待できそうにない。
私がこの場に於ける最高責任者代理として扱われる理由はリオン・フォウ・バルトファルト伯爵の妻、その一点のみ。
そもそも私自身がホルファート王国貴族の手習いとして銃器や魔法の扱いを習っても、こうした戦闘指揮に関しては素人同然だ。
冒険者だった先祖を倣いダンジョン探索を好んでいた所で命の奪い合いの経験など数える程度に過ぎない。
嘗ての女尊男卑施策を行いつつ男性依存の社会形態によって旧ファンオース公国に敗戦寸前まで追い込まれた苦い経験から女性の社会参加が行われている。
しかし現在でも戦闘を担う者は基本的に男性である事実に変わりはなかった。
ライオネルとロストアイテムが語る魔装獣の存在がどれ程の脅威であるか、私は詳細には知らない。
だがダンジョン内で遭遇した怪物達を鑑みれば死傷者が出てしまうのは何らおかしくない状況だとは理解できる。
せめて犠牲者を出さない為の避難勧告、この浮島を統治しているエルフの現村長との折衷、加えて里の治安維持を担っている傭兵や官憲の協力を引き出して起きたいが時間が足りな過ぎた。
私達の行動はホルファート王国上層部の指令による行動ではあるが、実行役はあくまでリオンであってその妻である私ではない。
万が一の非常事態に備えて砲門や鎧の格納庫を備えた飛行船でこの浮島を来訪したが、まさか実際に使う事態になるとは完全に想定外だ。
しかも他領に於ける艦載兵器や鎧の使用に関しては著しい法規制が存在している。
基本的に自領内の空賊討伐や他国の軍隊からの防衛、或いは領内の反乱鎮圧を目的であり他領で無暗に使用すれば侵略行為と捉えかねない。
如何に王国の調査という名目があっても砲撃を行なえば王国上層部からの叱責は免れない、下手すれば事態を悪化させた責任を全て押し付けられる事になってしまう。
ならばいっそ逃げ出すべきか?
そんな考えが一瞬だけ頭を過るが全力で否定した。
まだ遺跡の内部にリオンとアリエルが残されている、二人を見捨てての逃亡など論外極まる。
つまり、現状で私達が採りえる行動は怪物によって誰かが被害を受けるまで静観のみ。
口から漏れる溜息と共に張り詰めた緊張が抜けていく。
やはり私に戦闘指揮官は向いていない、執務室の椅子に座りながら帳面の数字を見て人口の推移を察する事は出来る。
しかし、戦地で自らの死すらも作戦の視野に入れてつつ即座に決断してのけるリオンとは絶対的な才能の隔たりを感じてしまう。
この騒動が終わったらリオンの気が済むまで労ってやろう、二人とも無事でバルトファルト伯爵家が健在という前提であれば。
「巨大生物が移動を開始しました!!」
「目標地点は!?」
「現在観測中です!! ……判明しました」
「何処だ!?」
「本艦、いえ街に向かって少しずつ移動中!!」
「くそッ!!」
思わず罵声を吐き出した。
魔装獣が人間やエルフを捕食するという情報が正しいなら狙いは確実に街の住人や観光客だろう。
エルフの集落を狙わなかったのは距離的な問題か、或いは単純に人数の問題か。
どちらにせよ此方へ向かって来るなら対策を講じなければならない。
「街の状況は!?」
「現状では落ち着いてます!!しかし巨大生物が接近すれば混乱で収集が付かなくなると思われます!!」
「奥方様!!村長から連絡が!!」
「少しは自分の頭で物事を考えられんのかッ!!」
「巨大生物は艦砲射撃の範囲内です!!今なら先制攻撃が可能かと!!」
「止むを得んか…、砲撃の準備を開始せよ!!」
「了解ッ!!」
「お待ちください!!巨大生物の進路上に生命反応を感知!!」
「何ッ!?」
「異変に気付いて逃走してる島民、或いは観光客だと推察します!!」
「もし砲撃を開始した場合どうなる!!」
「おそらく本艦の砲撃に巻き込まれます!!」
「ッ!?」
マズい、下手に魔装獣を砲撃すれば犠牲者を出してしまう。
命を護る為に仕方なかったと主張した所で他領で砲撃を行なえば貴族社会での非難は免れない。
それに加えて魔装獣の付近に居る者達の素性が不明だ、もしも何らかの役職に就いたエルフや観光中の貴族だった場合は更にバルトファルト伯爵家の立場は追い込まれる。
だとしてもこのまま放置すれば状況はより一層悪化してしまう。
何らかの可及的な行動をしなければ、しかもリオンが居ないこの状況で。
『こちらライオネル、格納庫の扉を開放を願います』
政治的立場や戦術方針で逡巡を続けている私や状況確認に追われる部下達の意識を強引に振り向かせるような声が環境に響く。
通信音量を最大にしたのか、それともロストアイテムの影響か。
一際大きな息子の声は対応に苦慮していた私達を強烈に惹き付け、この状況に対し唯一有効な解決方法の齎すように思えしまった。
『僕が出撃して魔装獣を食い止めます。その間に母上達は避難勧告や援軍要請を続けてくれませんか』
「……落ち着けライオネル、お前は鎧の実戦経験は初めてだ。その鎧が特別製だとしても不安材料は数えきれない」
『だからこのまま大人しく格納庫の隅で出待ちを続けて犠牲者が出始めるのを眺めていろと?今やるべき事は違うと母上ならお分かりの筈です』
「相手がどれだけの規模の相手かさえも私達は把握しきれていない、迂闊に動けば取り返しがつかなくなる」
『ならば現場に行けばより正確に相手を確認できますね』
「…………」
『お願いします母上、行かせてください』
通信機器越しに聞こえるライオネルの声が私に懇願しているように聞こえる。
いや、きっと懇願しているのだろう。
ライオネルは後先を考えない向こう見ずな性格ではない、昔から慎重に物事を進め嫡子に相応しい行動を選ぶ子供だった。
可愛い長男をそのような嫡子に私が育てた、次代のバルトファルト伯爵家の当主に相応しい者となるよう私とリオンが強いてしまった。
きっと心の片隅で薄っすらと思い込んでいたのだろう、自分の子供達が生きる時代は平和で争乱が起きない世界だと。
そんな保障など何処にも在りはしない、世界はあらゆる者に対し何処までも厳しく残酷で無情で血に塗れている。
だからこそ厳しい世界でも生き抜ける為に愛情を込めながらも嫡子に相応しく育てた、その選択が我が子を死地へ向かわせるとは。
「……格納庫の扉を開け」
「宜しいので?」
「ライオネル本人の希望だ、勝算も無く戦いを挑むような愚者に育てた憶えは無い」
「了解しました!」
嘘を吐いた、本心は息子を戦いに赴かせたくないに決まっている。
だが私は、私達は、バルトファルト伯爵家は貴族だ。
貴族とは領地を富ませ、外敵から護り、失政の責任を自らの命で贖える者こそが就くべき立場であり照合である。
まだ十五歳の息子が民を護る為に自ら望んで戦いに赴く、そんな我が子を誇りに思うと同時に悲しさを感じてしまう。
せめてあの異形の鎧とロストアイテムがライオネルの助けになってくれたら。
そんな心配で胸が締め付けられる私の耳に船を揺らす轟音が木霊した。
「行くよ、戦闘補助は頼んだから」
『了解しました』
「よし、出撃ッ!!」
操縦桿を握ると一歩、また一歩とアロガンツが前に進む。
訓練で動かした経験は何度もあるけど、こうやって専用機を動かし実戦に向かうとなると今までの操縦経験と全く違う物に感じるから不思議だ。
落ち着いて操縦しないとうっかり転んでしまうかもしれないという恐れ、すぐに現地に向かわなきゃという焦り。
その二つが混じり合って変な興奮が僕の心を支配してる、既に防護服の下は汗まみれだ。
たった数歩で格納庫の端まで到着すると開いた扉から見えるのは緑色の絨毯、それが浮島に広がる森林だと理解すると恐怖が込み上げる。
ここから一歩踏み出せばアロガンツは重力に引かれ地面に落ちる、そうならない為にも落下してすぐ飛行態勢に移行しないと。
尻の辺りがムズムズするのを我慢してゆっくり操縦桿を操作すると体が浮く感覚に襲われる。
地面に激突するまで僅か数秒、その間に事前に把握していた推進装置の起動スイッチを押して鎧を浮遊させた。
「……ふぅ、ちゃんと浮いたかな?」
『浮遊状態に移行しただけで安心されたら困ります』
「分かってるよ。今すぐ魔装獣の居場所に向かわないと」
『巨大な生体反応を感知、距離は西北西、最大速度で50秒後に会敵すると算出されました』
「流石に全速で向かったら近くに居る人達を巻き込みかねない、速度制御は僕がやる」
『了解しました』
この鎧、アロガンツの操縦間隔は通常の鎧と異なっている事がたった数百秒の操縦で否が応でも分かってしまう。
まず大型になったせいで操縦席の位置が相対的に高い影響か、とにかく歩行すると上下方向の揺れが激しい。
しかも左腕には大型の盾を装備してる上に右腕は大型ライフルまで持っている、これじゃ左右の重量差で真っ直ぐ移動するのも一苦労だ。
そして何より操縦桿の動かしてアロガンツが実際に動くまでにほんの僅かな時間差を感じる、明らかに通常の鎧よりも動きが重く遅い。
この操縦感覚に慣れないまま魔装獣と戦うのはあまりに不安だ。
「行くよ」
そう呟いて操縦桿を前に倒した次の瞬間、凄まじい加速によって発生した水平方向の重力が体に襲い掛かる。
何だコレは?
無制動状態からいきなり全速力に達したような急加速、反射的に操縦桿を元の位置に戻さなければ何処までも飛び続けかねない高出力に分厚い手袋の下で掌が汗で濡れていく。
「何だよコレ!?」
『アロガンツは旧人類の技術を再現する実験に耐えられるよう基本フレームから外装に至るまで用いられる素材を厳選しました。その影響で機体重量は通常の鎧の三倍近くに達しています』
「極端すぎるぞ!!そんな重量の鎧をどうやって動かすんだ!?」
『その問題を解消する為に全身に動作補助用の制御スラスターを設置、同時に加えて最高速度実験も兼ねたのでスラスター自体も高出力な物に変更してあります』
「バカげてる!!推進器を増やしたら重量が増えて逆に動きが遅くなるだろ!!」
『はい。結果的にアロガンツは重量と推力のバランスが奇跡的に釣り合った状態であり、現時点で扱えるのはリオン・フォウ・バルトファルトのみです』
「君と父上は途轍もない阿呆か!?それとも考え無しのバカか!?」
こんな設計思想の鎧を考えるロストアイテムは狂ってるし、提案に賛同した父上もどうかしてる。
母上がアロガンツを欠陥機と口汚く罵った気持ちがよく分かった、アロガンツより量産型の鎧を持ち込んだ方が絶対に良い。
或いは父上は自分ならアロガンツを使い熟せると思っていたのか?
それならそれで別の意味でどうかしてる。
「……なるべく安全な速度で移動を開始するよ、魔装獣の現在地に案内してくれ」
『その必要はありません』
「どうして」
『既に視認できる距離まで接近しています』
ロストアイテムの言葉に慌てて外の景色が表示されたモニターを凝視する。
見えるのは青く澄み渡った空と緑色の絨毯を思わせる生い茂った木々、そしてなだらかな形の山々だけ。
何処にもあの恐ろしい怪物の姿は確認できない。
……いや、一ヵ所だけ妙な部分があった。
手前にある丘がゆっくりと振動しながら移動してる?
そんなバカな。
確かにこの浮島は空を漂ってはいるけど、丘が動いている状況なんて浮島自体の崩壊ぐらいしかありえない。
何らかの問題で浮島の崩壊が始まっていたなら地面が裂け山が割れるような大惨事、その前兆として地震や地面の傾きといった惨状が起きるはず。
この浮島を訪れて数日が経ったけどそんな状況は一度も無かった。
「ねぇ、一つ質問しても良いかな?」
『構いませんよ』
「今、僕の目の前で丘が動いてるように見えるんだけど」
『丘ではありません。貴方が視認した物は巨大化した魔装獣であると推測されます』
あぁ、やっぱりそうか。
どうしてこう、当たって欲しくない予想ばかり的中するんだろう。
一家総出で旅行するのは久しぶりだから実は内心で少しワクワクしてたんだよ。
なのにエルフの里を訪れてからずっと酷い目に合ってる、少なくとも命の危険を何度も経験してる。
遺跡探索に怪物やエルフ達との戦闘で死にかけたのに、今度はあんな巨大な生き物と戦わなきゃいけないの?
必死に固めた決意がもう崩れそうだよ。
「どうして大柄な人間ぐらいの大きさだった魔装獣があそこまで大きくなるんだよッ!?」
『だから言ったではありませんか、新人類の技術はあまりに悍ましく世界に仇を為すので真っ先に根絶するべき存在だと」
「あれだけ恐ろしい技術だとは聞いてない!!」
『確かに、これ程の成長を見せるとは些か予想外です』
くそッ、鎧以上の魔力反応だと聞いてたけどこんなに大きいとは思わなかった。
これじゃ飛行船が一世に砲撃しても倒すのは難しいんじゃないか?
ロストアイテムはアロガンツなら魔装獣を倒せると言ってたけど、それも怪しくなってきた。
少なくても単純な方法で倒せる相手には思えない。
「取り敢えず索敵をお願い!何処かに弱点があるかもしれないから慎重に様子を伺おう」
『警告、魔装獣の進路上に避難民の存在を確認』
「ッ!…どれぐらいの距離!?」
『数十秒後には魔装獣が追い付きます』
「マズい!!」
鎧を上回る巨体に成長したせいか、魔装獣の動作は一見すると緩慢に見える。
だけど体が大きければそれだけ歩幅や腕の長さも比例していくのが世界の常識だ。
モニターに表示された魔装獣の足元付近もと数人の人間が必死に逃げようと道を走っている、だが明らかに魔装獣の移動速度の方が速い。
考えてる時間など全く無い、どうすれば良いかも分からないのに気付けば僕の両手は操縦桿を前に倒していた。
ドオォオォン!!
激しい衝突音と同時に操縦席に揺れが生じ、防護服越しでも操縦席のベルトが体に食い込み痛みが走る。
うん、やっぱり寸法が合わなくても父上の防護服を着て正解だったな。
もし防護服を着なかった、或いは操縦席のベルトで体を固定しなかったらモニターに突っ込んでいたはず。
これから鎧の搭乗時には必ず防護服を着よう、領兵の皆にも周知させるべきだな。
意識をモニターに移すと表示されていたのは漆黒の体毛ばかり。
どうやら魔装獣は逃げ惑う人達を追い回すのに夢中でアロガンツに気付いてなかったらしい。
意識外からの突撃は思った以上に功を奏し、反撃を喰らう事も無く懐に潜り込めたようだ。
このまま襲われていた人達が魔装獣の追い付けない所まで退避するまで抑えつけて、その後は武器を用いて確実に仕留める。
グルゥウゥゥ…
そんな僕の魂胆を嘲笑うような唸り声が操縦席に響き渡る。
モニターからは見えない位置にある魔装獣がどんな表情を浮かべていたのかは分からない。
だけど、明らかにその声は敵意よりも僕に対する嘲りや鬱陶しさを含んでいる事だけは理解できる。
少しずつ、でも確実にアロガンツの位置が後方へ退いている現実を計器が指し示す。
そんな訳はない、僕は今もこうやって操縦桿を前に倒してるのに。
「どうなった!?少しずつ後ろへ押し返されてるのか!?」
『はい、表示された情報から推測すれば現時点で機体が押し戻されています』
「おかしいじゃないか!!このアロガンツは通常の鎧より重くて推進力があるはずだろ!?」
『単純に相手の体積と質量が大きく、筋力が勝っているだけです』
「そんッ、あぁあぁぁ!?」
ロストアイテムと話してる途中でいきなり横方向からの物凄い衝撃。
姿勢が不安定になったアロガンツは右方向によろめき、平衡感覚が喪われる感覚に襲われる。
モニターに映っていた魔装獣の体が遠ざかり、何をされたのか漸く分かった。
単純な話、魔装獣は体に纏わり付くアロガンツを鬱陶しく思って右腕で思いっきり叩いただけ。
大人が子供を払いのけるみたいに無造作で強力な一撃を叩き込まれアロガンツは姿勢を崩してしまった。
いや、攻撃が右方向からだったのは幸いかもしれない。
アロガンツの左腕に装備されている盾が致命的な損傷を防いでくれた、そうじゃなきゃ今頃は完全に転倒していただろう。
強烈な一撃をアロガンツに叩き込んだ魔装獣はその無様な姿を一瞥する事も無く向きを変える。
おそらく魔装獣の視線の先には今も必死に逃げる人達が居るはずだ。
その事実が僕の心を掻き乱す。
僕なんて敵とすら認識されていない、まるで食事を邪魔する蠅のようにあしらわれた。
ひどく、思考が研ぎ澄まされてゆく。
怒り、羞恥、焦り、恐怖、不安、闘志。
そういった感情が今も心を乱し体は動悸や発汗といった反応を示す。
だけど今の状況を打開する為には不必要だと思考が判断し、魔装獣への恐怖よりも嘲られた屈辱をどうやって
思い知らせてやろうかと冷酷で冷徹な自分が目覚めてゆく。
「球っころ君、この浮島で最も街やエルフの集落から離れてる場所を算出して」
『それはリオン・フォウ・バルトファルトだけがする呼称だと思っていましたが』
「無駄口は止めてくれ、今すぐ算出を頼むよ」
『……了解しました』
僕の口調が変化した事を敏感に察したのか、ロストアイテムは余計な軽口をせずに計算を開始してくれた。
魔装獣は獲物を優先してアロガンツを見ていない、つまりこちらが態勢を整える隙を見せている。
出来る限り素早く、同時に魔装獣にこっちを気取られないよう気配を殺しながら頭の中を整理し呼吸を整える。
アロガンツに乗ってから出撃するまでの僅かな時間に武装や機能について最低限はロストアイテムに教えてもらった。
その中で使えそうな物を思い出して必死の頭の中で作戦を組み立てる。
おそらく、今の状況を打開できる策は一つしかない、後はそれを上手くやれる才能が僕に備わっているかだ。
『算出を終了しました、場所を表示します』
「どうもありがとう。この場所に魔装獣を誘導するのは可能かな?」
『現状に於いては不可能です』
「質問を変えるね。それはアロガンツがこのままならの話?」
『その通りです』
「なら、このままじゃなきゃどうだい?」
僕の質問の意図をロストアイテムは理解したのだろう、赤い瞳が細かく点滅したまま動きを止める。
既にアロガンツは態勢を立て直し、計器の表示から目立った損傷が無い事を確認した。
おそらく理論上は可能な作戦のはずだ。
僕自身が最大の不確定要素をという事を考えれば成功率はかなり低い、だけど何もしなければ犠牲者はどんどん増え続ける。
賢しく考えるのは止めだ、今は行動だけが最善の未来を引き寄せる唯一無二の手段に他ならない。
『可能、と算出されました』
「じゃあ、取り敢えずやってみようか」
『正気ですか?分の悪い賭けになりますよ』
「それはこんな鎧を作った父上と君に言い返したいな」
『了解しました、それでは私が指し示すスイッチを押してください』
「これかな?」
ガッッ!!
ゴォン!!
ロストアイテムが示したボタンを押すとアロガンツの各所から金属が擦れる重低音が鳴り響く。
同時にモニターに映し出される地面が近付き、重力が今までとは全く違う方向から加えられたように感じた。
アロガンツは極端な前傾姿勢に移行し、脚部の脛辺りに新たな関節が増えると同時に左腕に装備していた盾が頭部に被さる。
人体を模した外見や関節を備えた鎧の設計思想とはあまりにかけ離れた異端者。
空中で人間が戦う為に纏った鎧が大型化して機動兵器になった歴史に突如として紛れ込んだ産物。
『変形の終了を確認。
オ゛ォ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッ゛!!!!
それはアロガンツの咆哮だったのか、或いは単なる鎧の起動音だったのか分からない。
だけど木々を揺らし地面を震わせる轟音に一瞬だけ魔装獣の動きが止まって此方へ振り返った。
魔装獣が思考して行動に移るまでの僅か数秒、その数秒後には事態が全くの別物に変わっている。
アロガンツの
頭部に装備された盾は亜音速に到達した際に起きる衝撃に対しての防御と当時に攻撃を担う。
重くて硬くて速い物がぶつかる、その単純な術利故に所見で防ぎきるのはほぼ不可能。
『防護シールドを展開してください』
「いけぇえぇぇッ!!」
ロストアイテムの指示と同時にボタンが押されるとアロガンツの前面に魔力で構成された防護壁が展開する。
これ自体は軍用飛行船や戦艦が搭載している物と原理は変わらない、しかし装備している鎧は極めて稀だ。
理由は至極単純、防護壁を展開可能な魔力量を持ちえる鎧がほぼ皆無というだけ。
そしてアロガンツはその極めて稀な鎧だった。
放たれた矢が宙を切り裂くように。
巨大な魔力の矢、いや砲弾と化した機械の竜は一直線に異形の獣へ吸い込まれるようにぶつかった。
逃げ惑う者達は何が起きたか理解する間も無く地面に倒れ伏した、巨大な物体が飛翔する際に起きる衝撃と烈風に身を竦めながら己の命が救われた事さえ気付かない。
魔装獣もまた状況を把握できないまま横方向へ落ちる感覚に苛まれながら空を翔ける。
生半可な肉体ならば機械の竜が衝突した際に無数の肉塊となって周囲を飛散していただろう、その意味でも魔装獣もまた旧人類と新人類が持ちえる叡智の結晶と言えた。
時間にすれば空を翔けていたのは十秒に満たない僅かな時間、漸く地面に落ちた魔装獣は全身を襲う激痛に戸惑いを怒りが混じった血を吐き出す。
少し離れた場所に佇んでいたのは全身から蒸気を発する黒き機械竜。
倒れた己を傲然と見下すような黒鋼の肌は食事を邪魔した人型と同じ物。
此処に至り魔装獣は理解した。
立ち塞がる敵を倒さぬ限り己は獲物を喰らえない。
己の命を繋ぎ止める為には一刻も早く目の前の敵を倒さねばならない。
沈みかけた陽が照らす森を足蹴にしながら二匹の獣の瞳に宿るのは互いの姿のみであった。
アニメが…、アニメが終わってしまう…。(鬱
そんな訳でついにモブせかアニメ2期も最終決戦が終了、残す所は最終話のみ。
思えばアニメ1期終了後に某掲示板の些細な書き込みから始まった今作。
2期までの繋ぎ程度の軽い気持ちで書き始め、気付けば既に連載4年目になりました。
もし2期が終わったら、執筆する情熱まで無くなりそうで我ながら怖いです。
そんな自分を奮い立たせる為にアニメ最終回の投稿はエッチ回を。(おい
気張って執筆するつもりなのでお待ちください。
今章の挿絵はuMIYAMA様に描いていただきました。https://www.pixiv.net/artworks/145578689
追記:依頼主様からのリクエストにより波克丝様、ディゼッタ様、にイラストを描いていただきました。
本当にありがとうございます。
波克丝様 https://www.pixiv.net/artworks/149099475
ディゼッタ様 https://www.pixiv.net/artworks/149662891
ご意見・ご感想を戴ければ今後の励みにしたいと思います。