体が回復した翌日、俺は久方ぶりの休みを言い渡された。みんなはパトロールだとか他派閥との会議だとか女神同士の井戸端会議だとかで留守。家には俺一人。ボッチである。
だから、街を散策することにする。ここはオラリオだけど、俺が知るオラリオではない。地理や情勢を把握しておきたい······てのが建前で、本音を言えば暇潰しだ。このご時世呑気だと思うが······。
「することないもんなぁ~」
だってこの世界、娯楽が少ないしスマホが無いし。一日を消化できるゲーム機があればいいのに。【万能者】のアスえもんが開発してくれんかな。
などと、下らないことを考えつつ街をぶらつくと、
「んぉ?」
服を引っ張られる。まるで離さないと言わんばかりにギュッと強く引っ張られた方を振り向くと、幼女が見上げる形で立っていた。
機緑色の髪に同じ色の瞳に犬耳犬尻尾。種族は犬人だろうか。ケモナーのワイ、大歓喜。
じゃなくて。
「どうした、もしかして迷子?」
とりあえず同じ高さに合わせるよう膝をつく。怖がらせないよう優しめな口調で。
闇派閥による襲撃が鳴りを潜めてきたとはいえ、幼女が一人迷子なのは危ないから保護しなきゃ。いかがわしいことはしない。
でも······なんだろ、この娘に逆らえそうにない。逆らったらダメだって脳が警鐘を鳴らしている。あっれー、なんだか誰かさんと似てるぞぉ?
幼女は首を横に振る。
「···お礼が、いいたくて······」
「お礼?」
「うん」
コクリと頷く。
お礼をされるようなことをした心当たりがない。
「お父さんを、悪い人から助けてくれたお礼」
はっはーん、闇派閥を倒したことでこの子のお父さんは救われたのか。
「あー···、でもなー意図して助けたわけじゃないからなー。お礼をされるのは」
「ありがと!」
おっほほ、問答無用ですか。
「! あっ、エリス!一人で彷徨いたらダメじゃない!」
黄緑色の髪と瞳、そして犬耳犬尻尾。母親っぽいってか、母親似だね。
······君、エリスって言うのね。
「ごめんなさい、この子が何かご迷惑を···って、貴方は確か」
「アランです。迷惑だなんてとんでもないです、はい」
自己紹介を簡潔に済ませる。未来で出会うエリスと、ここで変なフラグを立てる前に逃げるが吉。あばよ、とっつぁ~アレェ!?
「夫を助けていただき、ありがとうございます!」
子は親に似る。
腕をガシイ!と掴まれ、礼を言われた。この強引さ、エリスはまさしくこの人に似たんだ。間違いない。
いつの間にかエリスちゃんは、然り気無くもう一つの手を繋いでいる。気付かなかった。
「あらあら、この子がここまで懐くなんて······。家族以外だと一線を置くような、人見知りなんですよ。まあ、心を許せる相手にはベッタリなんですけどね」
ははは、身を持って知ってます。
「······する」
「「ん?」」
「アランお兄ちゃんと、結婚する!」
「あらあら、まあまあ♪」
「んふふ♪」
「コヒュ」
フラグが立った。まあ、すでにアレコレしてるから原作に響いているけど、これはどうしたものか。
ーーーーーーーーーーーーーー
未来の恋人である幼女エリスと、エリスのお母様を送り届けた帰り道。「泊まっていかないの···?」と涙ながらに言われたが、丁重に断った。これ以上はなんだか不味い気がするからだ。
そそくさと退散し、ある人物と出会う。
『あんたが噂の英雄様だろ?ちょっといいか?』
話掛けたのは同年代くらいの男。恩恵の影響で若く見えてるだけかもしれないが。話掛けた理由は知らないが、気配に悪意は感じられない。
まだ昼前で暇潰しになるから大丈夫だろう。俺は男の後ろを着いていった。
「ここって確か······」
「おう。ヘファイストス様の眷属になった時に貸し出してくれた俺の工房だ。俺はロディ・ハンナ、ロディでいいぞ」
「俺はアラン・スミシーだ。英雄様じゃなくてアランで頼む」
「分かった。よろしくな、アラン!」
自己紹介を互いに終え、改めて今いる場所を考える。案内された場所はオラリオにある工業区。ロディの言うように【ヘファイストス・ファミリア】の団員達の工房が多数あり、暗黒期である今も鎚を打つ音が聞こえる。
それよりもロディの工房。この工房は確か······アイツの家名も──。
「おーう、シトリー!帰ったぞぉ~!」
おっふ。
「······誰?」
わあ、似てる~(遠い目)
「紹介するぜ。コイツは妹のシトリー。俺の助手として住まわせてもらってるんだ」
「······」
「······えと、俺はアラン。よろしく···ね?」
「······」
無言で見られるのはしんどいッス。
「あ~、コイツは人見知りなんだ。まあ気にしないでくれや」
「お、おう。じゃそうする」
中に案内される。ベッドが無かった。
「いきなりなんだがその装備、見せてもらっていいか?」
「装備?これのことか?」
「おう。ちょっと脱いで貸してくれ」
言われるがまま、俺は装備を脱ぐ。あの魔導士との戦闘のせいで、戦闘衣も革鎧もボロボロになっている。正直防具として機能するのか不明だが、いつ襲撃されるか分からないこのご時世、無防備なまま外出はできない。
はぁ~、ゴライアス製の戦闘衣は特にお気に入りだったのになぁ。
渡した装備をロディ、隣に座るシトリーもジー···と見る。恥ずかしいな。
「···似てる」
「お前もそう思うか」
「?」
似てる?何が?
「全部ってわけじゃねぇけど、俺の装備と造りが似てる。これをどこで手に入れたんだ?」
未来の妹さんからです。兄貴をよく見てたんだなぁ。
「たまたま売り物をな。似てるのは珍しいことなのか?」
なんて、言えるわけないから誤魔化す。
「ああ。鍛冶士一人一人には癖がある。ここまで似てるのは、普通なら有り得ねぇんだが···」
未来から来たよー!なんて、言えるわけない。悪いが迷宮入りな。
話をそらしてみるか。
「これ、直せるか?お気に入りなんだ」
「ん? ああ、時間は掛かるが······大丈夫だろ」
「助かる」
他人にやらせるのは気が引けるが、シトリーの兄貴なら大丈夫だろう。ロディに会えたのは嬉しい誤算なのかもしれない。
···と、シトリーが袖を引っ張る。もじもじしてる。可愛い。
「······また、会える?」
「会えるよ。装備を預けるからね」
頭を撫でると、嬉しそうに目を細めた。
「っし、三日後に来てくれ。完璧に仕立てるからな!」
「ありがとう。バイバイ」
「ん!」
工房を後にする。エリスみたいに穏便に済んでよかった、よかった。ハハハ!腹減ったなぁ。なんか食って帰るか。
工房にて。
「気の良い奴だったなぁ、アランは」
「······」
「? どうした?」
「アランって······好きな人、いるのかな···?」
「えっ」
エリス
父親が闇派閥の襲撃で死亡。母親は娘を養うために必死に働くが体を壊す。そして、あれよあれよと【ソーマ・ファミリア】の一員となり金品を搾取される生活を送る羽目になる。その数年後、アランと出会い恋に落ちる······が、過去に逆行したアランによって父親が救われたことで、冒険者になる未来が潰える(かもしれない)。
シトリー
ヴァレッタに兄を殺される。復讐心を募らせるが二十七階層の悪夢、【疾風】の暴走で闇派閥が壊滅されたと聞いてやるせないまま諦める。その後は惰性で生きていたがアランに出会い、(怠け癖が残ってるが)仕事を熱心に取り組むようになる。将来の夢はアラン専属鍛冶士。ライバルは兄貴。