そんな風になるなんて聞いてない



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君の隙

 

「なぁ、アオキさんて寒さに強いん?」

 

 

太陽は沈みゴースが闇に溶け込める時間になっても街は明るい

 

今日のテーブルシティは様々な店から放たれる暖かな光とクマシュンもびっくりの寒さに包まれていた。

 

チリは横で歩く猫背の男にそう声をかけた。

 

 

「はぁ...まぁ普通だと思いますが。」

 

 

寒さで赤くなったチリの耳を見て、ピアスが冷えて寒そうなんて思いながら歩いていた彼、アオキは質問の意図が分からず曖昧な返事を返す。

 

 

「いや、アオキさんのコたちの技、風圧半端ないやん?バトルコートの横にいるだけでも肌寒いのにアオキさんへっちゃらそうな顔してはるからそうなのかなって」

 

「......スーツが特別でして、アメモースの糸でできた風と水を通しにくい素材でできています。」

 

 

チリが付け足した説明に理解を示し小さくうなずき、アオキが話したのはいつも着ているスーツの秘密である。

 

 

「なるほどな、チリちゃんも砂が落としやすいようにしとったのに全然考えてなかったわ、普通のスーツにしか見えへんなぁ」

 

 

ほぇ~と言いながらぺたぺたとためらいなく服を触る年下の想い人の警戒心のなさに、アオキはやはり中年のおじさんには何も感じないだろうと落ち込みながらも顔に出さないよう表情筋に力を入れた。

 

 

「ええ、そのまま営業にもいけるので愛用しています。」

 

「ええなぁ、チリちゃん寒いの苦手やねん、冬は布団から出るのが苦痛でしかたないわ」

 

 

並んで歩くふたりが向かっているのはチリの自宅である。当然、恋人同士でもないチリの家にアオキが入ろうとしているわけもなく、お互いに都合がかみ合った結果である。

 

基本的に大柄な地面タイプを専門とするチリの自宅はテーブルシティ中心からは離れているため、時間が遅くなると家の周辺は暗闇に包まれることになる。

 

リーグの広報担当であり、整った顔立ちをするチリにはうれしくないことにそうゆう輩も寄ってくる。

 

またリーグ周辺は切り立った岩に囲まれており、イキリンコタクシーが入りずらい地形となっていて西に向かうタクシーはテーブルシティ側を周ってからいくため少し割高で乗車賃を損した気分になる。

 

チャンプルシティに帰るアオキはテーブルシティで店に入ったりあれこれ見ながら夕食を決めて門周辺で客を探すタクシーを捕まえるが日課だった。

 

そのため残業が多いチリに同じく残業の多いアオキがチリの自宅近くまで送る提案をするのは日が暮れるのが早くなってからはよくある日常である。

 

当然アオキも男として生まれた以上、下心、好きな女性と可能ならば共にいたいという気持ちはあるがその気持ちにブレーキをかける自分の魅力のなさへのとてつもない自信を持っている。

そのため信頼されている同僚という心地よい立場は喜ばしいものだった。

 

 

「それにしても寒いなぁ...あっバクーダに乗せてもらえば暖かいまま家に帰れるんちゃう?」

 

「...別に止めませんが凄い絵面ですよ。」

「せやな、一発でネットニュースになるからやめとくわ」

 

 

構えかけたモンスターボールをしまい直すと、周辺の帰りのタクシーをスマホロトムで探すアオキを横目に話題はチリの手持ちポケモンからアオキのポケモンたちに移る。

 

 

「アオキさんのチルタリスはフワフワのモコモコであったかそうやなぁ」

 

「そうですね、膝の上にのられると眠くなって仕方ないです。」

 

「そんな子がいたらメロメロにされてまうな、チリちゃんも包み込んでもらいたいわ。アオキさん、冬の間だけでもうちの子にならへんかチルタリスに聞いてみてくれへん?」

 

 

アオキのポケモンへの愛はリーグ職員であると同時に四天王であるチリも当然わかっていたし、チリ自身もそんな頼みをされたら断る

 

だからこの言葉は冗談のつもりだった。

 

 

「...............チルタリスは寒さに弱いので今の時間寝てしまってると思います。明日でいいでしょうか。」

 

 

冗談へのアオキの反応を楽しみにしていたチリは想像以上に真剣に紡がれたその言葉にアオキからの信頼を強く感じて何とも言えないむず痒さを感じた。

 

それと同時に彼の生真面目さに笑いがこみ上げる。

 

 

「んふ、あっはっは!冗談や、ってア、オキさん、そ、んなに、んふ、真剣に考えてくれんでも、ええのに」

 

 

そろそろですね、と笑われて少しだけ不服そうなアオキが止まると、「アオキさんのこと大好きなんやから、チルタリスもおことわりやんなぁ?」とからからと笑いながら振り返ったチリ

 

真面目なアオキの次の反応を考えながら言葉を続けた。

 

 

「はーおもしろ。チルタリスがだめならアオキさんが抱きしめてくれてもいいんよ?」

 

 

そういってチリは笑いながら少し遠いアオキに向けて両手を伸ばす。

 

 

 

目の前で弱点をさらされれば、ゴットバードように獲物を搔っ攫うしかない

 

 

 

「では、そちらのはお望み通りに」

 

「へっ?」

 

 

手首を優しくつかまれ、空気が抜けたような声が出た時にはチリの重心はアオキへ傾いていた。

 

先ほどまであった意地悪い考えと余裕は清涼剤と少しの汗の匂いで打ち消されてしまう。

 

バクバクといつもより速いテンポを刻む心臓。

 

チリは自分の体温が急激に上がるのを感じた。

 

 

「なんだ、結構体温高いじゃないですか。」

 

 

耳元でささやかれるアオキの声に肩を震わせる。

 

きっと押し返せば簡単に離れられた。しかし、チリはアオキの胸に赤くなった顔を埋めた。

 

どれくらい経っただろうか、電灯の明かりしか無いこの空間で時間を知るすべをふたりはもっていなかったが、見上げた時のアオキの顔はすっかりいつも通りになっていた。

 

 

「あっあおきさ....」

 

「では、そろそろタクシーが来ますので。」

 

 

チリが回らなくなってしまった口から紡ごうとした言葉はアオキの言葉に遮られた。

 

 

「え?」

 

「チリさんおやすみなさい、また明日。」

 

「あ、はいおやすみなさい」

 

 

代わりに出たのは珍しく丁寧な敬語だった。

 

 

 

 

「なんでやねん!!」

 

 

よく頭の回らないまま部屋に戻るといつもとは違い力尽きたようにベットに体を預けた。

 

アオキの声と匂いと体温とすべてが頭から離れず悶々と、されど生殺しにされたような気分でいたチリはさっさと切り替えて帰っていったアオキへの文句をぶつぶつとベットにぶつける。

 

思考はぐるぐると回って終わりは全く見えなかったが、そのループを破ったのは彼女の性分である負けず嫌いであって、アオキに一杯食わされたという事実だった。

 

 

「そう...せや!チリちゃんはアオキさんを好きになってもうた。いつからかはわからんけど好きになっちゃったもんは仕方ない!せやけどちょろい女思われるわけにはいかへんな...」

 

 

一人気合を入れるためのチリの声に合わせてドオーたちも声を上げた。

 

 

 

 

「はぁ...辞表を用意する必要がありますね。」

 

 

そう呟きながらソファに座り息をつくアオキ、その周りにはオドリドリとノココッチが寄ってくる。彼らを優しく撫でながらアオキは思考に沈んでいた。

 

 

彼女を困らせるような、今後の関係にかかわる行動を起こすつもりは無かったはずだった。しかし自分の恋心は転がり落ちるうちに想定以上に大きくなっていたようで、想い人の都合の良すぎる挑発にのってしまった。

 

非常にまずいと考える社会人としての自分は当然いた、それと同時に男としての自分はあのときチリのほうも少なからず自分のことを思っているという自信があった。

 

はっきりとそう言い切る根拠はないがそう思ってしまったら止まれなかった。別れ際チリに対して少し冷たかった気がしたが理性が焼き切れそうだったので許してほしい。

 

しかし冷静になった今は違う、意識してくれるかドキドキするどころか傷つけてしまったのではないか、引かれたかもしれないとマイナスに気持ちが落ちていく。

 

 

「ノココ!」

 

 

早く撫でろと足を頭突くノココッチに意識を戻される。オドリドリは満足したようで手を離すと遊び部屋で追いかけあっているネッコアラとパフュートンを応援しにいった。

 

ノココッチも撫で始めるとすぐ部屋へ行ってしまった。他の手持ちに対しても面倒見の良いやさしい子だ。

 

撫でろと言っていたのではなく、あのまま放っておくといつまでも戻ってこないアオキを起こしてくれたのかもしれない。

 

ポケモンたちと自分の食事を用意しながら、辞表と土下座をする心の準備はしておこうとアオキは思った。

 

 

 

大地を力強く根を張る花と空を悠々と飛びながら平凡を探す鳥がもう一度抱き合うまでそう長くはない。


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