肉塊の魔女   作:なな

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2 餌耳の子

 つーわけでね、森の探索をするんですけども。

 

 理由は分からないが今日は目覚めもすっきりだし、なんか体がやる気に満ちている感じがする。

 物心ついてからこっち、明日やる明日やると先延ばしにしまくってたけど、そろそろ頑張ってもいい頃合いだろう。

 それに幸運なことに、今日は霧が薄い。絶好の探索日和だ。薄いって言っても昼だか夜だか分かんないのは同じだが。

 

 よし、ではさっそく。

 

 適当に家から離れたところで、体を包んでいる生肉を広げる。

 あとは思いっきり腕を伸ばすイメージで、四方八方に細くした生肉を伸ばしてみる。

 

 この生肉だが、俺が飯を食えば食うほど勝手にでかくなるという謎の機能がある。普段は変形機能を使って圧縮し、邪魔でない程度にしているのだが、今回は思いっきり密度を小さくして周囲に広げてみた。

 

 で、これで何を調べるかというとだな……。

 

 うん……。

 

 何も考えてなかったわ。

 

 別に何かにぶつかったところで、それが木なのか動物なのか人なのか判別できるわけじゃないし。

 とりあえず、あれだなあれ。なんかムズムズする感覚があるので、それを探ってみよう。意外と転生特典で第六感とかあるのかもしれん。単なる花粉症の可能性もある。

 

 そんな感じでにょろにょろ調べていると、ある方向に向かった生肉から強烈なムズムズ感が伝わってきた。いや、ムズムズというよりヒリヒリ? なんとも言いようのない感覚がする。あ、クシャミ出そう。

 とりあえずそっちに向かうことにして、展開していた生肉をひっこめる。

 

 しかし結構距離あるな……。しゃーなし、生肉くん、変形だ。

 ぐねぐねと生肉の形を変え、足もとに纏わりつかせる。自前の脚に加え、追加で何本もの脚を付けていく感じだ。ついでに腕も増やしておこう。

 

 あとはそうやって増やした脚をぐるぐる回して走るだけだ。見た目は海底を移動するタコみたいで気持ち悪いのだが、森の移動にはかなり使える。段差や障害物は簡単に乗り越えられるし、スピードも結構なものだ。バイクくらいは出てるだろう。

 事前に伸ばした生肉で樹々の位置は把握しているのでぶつかる心配もない。ときどき探知から漏れた枝なんかが邪魔をするが、増やした腕をぶんぶん振っておけば何とかなる。快適快適。

 

 途中、出くわした動物をぽこぽこ殴って腹の足しにしつつ、流れていく森の景色を観察する。と、ふと気づいた。

 

 なんかその……霧、濃くなってね?

 

 気温が下がった感じはしないけど、目に見えて目の前が白く染まりつつある。それも何というのか、ただ濃いだけなら家にいるときもよくあったけど、今はそれに加えて重みを感じる。比例するように、例のムズムズ感もどんどん強くなっている。ムズムズを超えてちょっと痛いくらいだ。

 

 ムズムズ感が最高潮に達したころ、開けた場所に出た。

 

 鬱蒼とした森がとつぜん途切れ、円い原っぱのようになっている。相変わらず霧は濃いのだが、空気の流れがあるのか、ここだけは見通しが利いた。

 原っぱの中央には一本だけ立派な樹が生えている。横に枝が張り出しているタイプの、あれ、名前が思い出せないが「この木なんの木」みたいなやつ。

 

 そしてその樹の巨大な枝に、異様な物体がぶら下がっていた。

 いや、異様っていうのはおかしいか。形がおかしいわけじゃない。

 

 タコ足疾走をやめ、自前の脚を使って樹の幹に歩いていく。

 

 近づくにつれ、その巨大さがますますはっきりしてきた。樹の大きさじゃない。そこにぶら下がっているもの――。

 一言で形容するなら、それは白い(サナギ)だった。

 

 蛹、前世で見た蝶の蛹と形はそっくりだ。ただ、そのサイズが異常。

 どう見ても人間より大きい。タコ足で背が高くなっている俺と同じくらいだろう。

 シミ一つない純白の蛹が、太い枝にぶら下がって、静かに眠っている。

 

 まるで精巧なガラス細工。

 

 何より驚いたのは、その工芸品のような蛹の先端から、白い霧が噴き出ていることだ。

 噴き出た白い霧は、周囲に滞留した霧と混ざり、森の中へ、樹々の間を充たしていく。

 

 俺は腕の生肉を伸ばし、そっとその蛹に触れた。

 

 抵抗はなかった。

 

 ただ、柔らかく、弱々しい感触。

 

 羽化の時を待っているだけの、か弱い生命がそこにあった。

 

「なるほどな……」

 

 それで俺は色々と悟った。

 この霧の森は、この蛹が作ったものだ。

 

 霧を通して肌を刺してくる、このムズムズ感、というか痛み。これだけが外敵が近づいてこないようにする防衛手段。成虫になるまでの間、まったく無力な己を守るための、唯一の武器。

 そうやって、羽化までの永い時を待ち続ける生命。

 

 この不気味な森の主が、こんな柔らかい蛹に過ぎなかったとは。

 

 さて、どうしたもんか。

 

 生肉をちょいと動かして枝から落としてしまえば、この蛹は簡単に死ぬだろう。

 そうすれば二度と霧が満ちることもなく、今よりずっと森の見通しは良くなる。そうなれば人間の集落も簡単に見つけられるかもしれない。危険な動物たちに不意打ちされることもない。

 

 蛹は黙って揺れている。

 

「…………」

 

 俺は慎重に生肉を引っ込めた。

 

 まあ人恋しいと言っても、こんなモノを壊してしまえるほど荒んでないというか。

 とにかく俺なんかが手を出していい光景には見えなかった。それにまあ、羽化したときの姿も気になるし?

 そうして、眠る生命に背を向けた。

 

 ……ところで帰り道どっちだっけ。

 

 

 

 

 

 

 澱みの森を挟んで向かい合う二つの国。

 東の銀峰(メーシル)王国と西の清河国(ムイラ)

 とある研究者の報告によって銀峰(メーシル)が森の突破を目論んだように、清河国(ムイラ)もまた森を抜ける方法を探っていた。

 もっとも、銀峰(メーシル)のように洗練された手法ではなかったが。

 

 

 澱みの森の獣たちがどうやって自分を見つけているのか、餌耳(フォア)たちはよく知っていた。

 この霧で満ちた森において、視覚はほとんど役に立たない。互いが見える距離とは、既に互いの爪が届く距離である。

 必然的に、頼りになるのは嗅覚と聴覚だけ。連中は音と臭いで探っている。獣人も鼻や耳の利く種族だが、()()()()()()()()

 

 だから、もし奇跡的な幸運によってこちらが先に気づいたときは、絶対に動いてはならない。

 

 クロンもそのことはよく知っていた。

 知っていなければ、餌耳(フォア)になって三年ものあいだ命を繋いではいられない。その間の被害が片腕だけで済んだのは、まさに奇跡と呼ぶしかない。何しろ彼女は生まれつき片目を持っていない。あと片脚をなくせば綺麗に半分だ、というのがお気に入りの自嘲だった。

 

 彼女のくすんだ金色の耳がぴくりと動く。

 風に乗って、落ち葉を踏む足音が聞こえた気がした。

 こちらが風下で、向こうが風上。だから、まだ気づかれていない。そのはずだ。

 

 穴の中に体を入れて、口と鼻を抑え、目を閉じてうずくまる。

 体中に塗りたくった薬草の酷い臭いで、体臭はそれなりに誤魔化せる。恐怖によって体が震えたり、嗚咽を漏らしたり、失禁などしたら終わりだ。

 

 だから何も考えない。

 死を恐れることも、助けを祈ることすらも余計。幸いなことに、心を殺すことはすっかり得意になった。

 

 どれほどの時間が経過したのか。

 彼女はゆっくりと身を起こした。

 ずっと前から足音は聞こえなくなっていた。いや、本当にあれは足音だったのか定かではない。単なる風の音を聞き違えたのかもしれないし、恐怖からの幻聴だったかもしれない。それすらどうでもいいことだ。

 

 自分用の円匙(シャベル)を背負い、クロンはやって来た塹壕を引き返していった。

 

 

 餌耳(フォア)――自嘲を込めて、彼らは自分たちをそう呼んでいた。

 それは古い御伽噺に出てくる、自らを犠牲に聖人を救った妖精の名だった。妖精は自らの肉を聖人に与え、聖地に辿り着いた聖人は、奇跡の力で妖精を蘇らせる。そんな伝説。

 

 もちろん、ここにいる餌耳(フォア)たちは蘇らない。彼らは森の中で()()()()になり、帳面のバツ印としてその生涯を終える。死体すら還ってくることはない。

 

 

 塹壕の中を這いずり続け、ようやくクロンは森の外に出た。片腕を失ってからというもの、移動するだけで一苦労である。

 周りを見回すと、他にも何人か森から出てくる獣人たちがいた。今日を生き延びられた喜びを浮かべる者、憔悴した表情を浮かべる者。前者はここへ来て半年未満の者たちで、後者はそれ以上だとすぐ分かる。それがここに希望がないことを知るために必要な期間だ。

 

 澱みの森の西。森のほど近くに清河国(ムイラ)の前線基地がある。司令官が過ごすそれなりに立派な建物を中心に、掘っ立て小屋が周りを囲む。さらにその小屋を何重にも囲む柵、そして監視塔。

 今は、掘っ立て小屋の前に列ができている。列の前には国軍の男が、棍棒を片手に立っていた。

 

「次、前へ」

 

 男の指示を受け、クロンは前に出る。

 この男ともすっかり顔馴染みだが、彼は何の感情も浮かべていない。軍人には餌耳(フォア)の顔を覚える必要などないのだろう。

 

「報告しろ」

 

「今日は3ユーク*1進んだ」

 

「2ユーク足らんな。なら二発――上官に反抗的な視線を向けた分で、二発追加しておこう」

 

 男はそう言って、クロンの頭に棍棒を振り下ろした。

 

 

 人間が触れれば意識を失う霧も、獣人たちは辛うじて耐えられる。だから清河国(ムイラ)にとって、澱みの森の突破とは、安全な道筋を見つけることだった。

 森の獣たちが寄り付かない場所に、霧の薄い場所。そんな地点を探しては塹壕で結んでいき、来るべき行軍に備える。それがこの基地の仕事だった。

 

 もちろん、そんな道筋は存在しない。

 澱みの森に安全地帯なんてものはなかった。踏み入れば、どこだろうと霧は濃く、獣は神出鬼没で襲ってくる。外部の生命を拒絶する禁足地。それが澱みの森だ。塹壕など、何の役に立つものでもない。

 

 ()()()()()()()()()()

 塹壕は伸び続け、途切れ、また別の方向へ進む。地図には危険地帯と安全地帯が書き加えられ、修正され、司令部へ提出される。

 

 澱みの森調査のために毎年国家予算が投じられ、上から下へ流れていく。その過程であらゆる関係者に利益を与え、経済をうるおし、人々の糧となる。そのためには成果が必要だ。だから成果が出る。出さなければならない。

 

 あらゆる蜜を吐き出しきった残り滓が、最底辺のごみ溜めに生きる子供たちの口に入る。

 戦災孤児、捨て子、障碍児、望まれない子供、国中の不要物――餌耳(フォア)の口へ。

 

 

 クロンの受け取ったスープにはハエが浮いていた。

 文句も言わず、長机に腰を下ろし、匙を動かす。虫は良い。小さくても肉は肉だ。

 他の獣人たちは黙って距離を取っている。こんな環境なので、女の餌耳(フォア)が襲われるのは日常茶飯事だったが、彼女を襲う度胸のある男はいなかった。

 

 包帯で覆われていない方の目は、周囲を険悪に睨みつけている。左腕がなく、やつれた貧相な身体をしているのに、全身から放たれる強烈な殺意は、近づいただけで八つ裂きにされそうだった。

 

 しかし、そんな彼女の向いに座る男が現れた。

 黒いふさふさの耳に、柔和な笑顔。相手にちらりと視線を向け、クロンはため息をつく。

 

「遅かったな、シダ」

 

「喧嘩の仲裁をしててね。クロン、今日は何発殴られたんだい?」

 

「四発」

 

「君にしては珍しい。途中で獣が出たんだね」

 

 クロンは視線をそらして答えない。

 そんな彼女の反応も慣れっこなのか、シダは気にした様子もない。スープを一口すすると、悲しげに眉を下げた。

 

「……今日は、マイユとススが帰らなかったらしい」

 

「そうか」

 

「残念だよ。良い子たちだった」

 

 シダは彼女と一緒にこの基地へやってきた孤児だった。一緒といっても、同郷だったわけではない。国のあちこちから拾われ、たまたま同じ馬車に乗っただけのことだ。その日のことを彼女はよく覚えている。

 

 絶望に満ちた餌耳(フォア)の中で、彼だけは特別だった。

 いつも笑顔を絶やさず、皆へ優しさを向け、失った同胞を悲しむことができる。それがこの環境でどれほど難しいことか、クロンには想像もできない。

 それは他の皆も同じなのか、この基地にいる獣人たちも、シダだけは信頼していた。獣人同士の諍いは絶えないが、彼が間に入ればすぐに収まってしまう。

 

 そんな彼の存在が、クロンには眩しい。

 生まれつき片目がなく、軽蔑と暴力の中で育ってきた存在。それがクロンだ。ついに片腕さえ失い、塹壕を掘ること(無意味な仕事)すら満足に果たせない。

 そんな自分にさえ、シダは思いやりを向けてくれる。それが何とも恥ずかしく、情けなかった。

 

 彼を前にすることで、己の歪さが際立つように思えてくる。

 だからいつも必要以上に冷たく接してしまうのだ。

 

「ねえ、クロン。覚えてるかい?」

 

 スープを飲み終えたシダが、声を潜めて話しかけてくる。

 

「何を?」

 

「明日、君の誕生日だろ? 前に教えてくれたじゃないか」

 

 暦を見る必要もない日々で、むしろよく気づいたものだ、とクロンは感心する。そもそも誕生日を祝った経験すら彼女にはない。

 

「それで? 何か贈り物でももらえるのか、私は?」

 

 彼女にしては珍しく冗談を言ったつもりが、対するシダは真面目な顔で頷いた。

 

「ああ、準備している。ただ、渡す時間が重要なんだ。今ここで渡せるものじゃない」

 

 シダは唖然とするクロンの耳元に口を寄せた。

 

 

「……本当に、あった」

 

 その日の夜。月が中天に至ろうとする真夜中、伝えられた場所に来たクロンは、思わず周囲を見回した。

 基地を何重にも囲む柵の中に、人ひとりが通れる程度の穴が空いている。穴は草木で巧妙に隠され、そこにあると知らなければとても見つけられない。

 それに、仮に見つけたとしても、そこから脱出を図る者はいなかっただろう。

 

 穴が空いている先は澱みの森だった。

 この基地は監獄だが、だれが好き好んで地獄へ逃げるだろう?

 

 クロンが穴を抜け柵の外に出た所は、もう森の中だった。振り返ると、監視塔の明かりが夜空に浮いて見えた。

 

「クロン、こっちだ」

 

 樹の陰からシダが手招きしている。

 近づいていくと、彼はいつになく真剣な顔でこちらを見つめた。

 

「それで、贈り物は?」

 

「ここにある」

 

「真夜中の逢瀬が贈り物ってことか?」

 

「茶化さないでくれ。これだ。僕が掘った」

 

 そう言って彼は足元を指した。クロンにもよく見慣れた塹壕がそこにあった。塹壕はまっすぐ、暗い森の中へ続いている。

 意味が分からず、彼の顔を見返す。

 

 シダはいっそう声を潜めて言った。

 

「これは、森の外へ続いている」

 

「え――」

 

「まだ軍の奴らには気づかれてない。逃げるんだ」

 

「これ、いつ森の外に通じたんだ?」

 

「今日だよ。だから慌てて戻って来たんだ。クロンと逃げるために」

 

「……一人で逃げれば良かったのに」

 

 一秒も考える必要はなかった。

 行こう、とクロンは頷く。

 

「クロンが先に行ってくれ。軍の追手がかかるかもしれない。僕は基地の様子を見てから後を追う。さあ、急いで」

 

「……シダ」

 

「なんだい?」

 

「ありがとう」

 

 それが、クロンに言える精一杯の素直な言葉だった。

 シダは一度驚いたように瞬いて、いつもの微笑みを浮かべた。

 

 

 いくら獣人の夜目が利くといっても、光源がなくてはどうしようもない。森には月の光も届かず、ただ塹壕の壁を頼りに進んでいくしかなかった。

 片腕のないクロンにはさらに難しく、何度も顔や腕を擦りながら、それでも懸命に這い進んだ。

 

 夜は森の獣も眠りにつくのか、今のところ不吉な気配はない。

 いや――背後から接近する足音。

 

 とっさに身を縮めたが、よく聞けば足音は獣のそれではなかった。シダが追い付いたのだろう。

 背後を振り向くと、橙色の小さな灯りとともに、獣人の姿が浮かび上がった。

 

 見慣れた黒い毛並みの穏やかな顔と――、軍服を着た、男の顔。

 彼は銃を手に、面白そうな顔でこちらを見つめている。

 

「シダ?」

 

 ……その声は、果たして本当に話せていただろうか。

 

 シダはいつもと変わらぬ穏やかな口調で。

 心底から悲しそうな表情を浮かべていた。

 

「クロン、残念だよ。君とはずいぶん仲が良いつもりだったのに。まさか脱走を企てていたなんて……」

 

「は、何? ど、どういうことだ?」

 

 兵士がクロンの疑問に答えた。

 

「こいつから通報が入ったんだよ。不具の女が一人、柵の外に逃げたってな。残念だが、脱走者は処刑だ」

 

「通報――」

 

 クロンは必死に頭を働かせる。

 そう、きっと、クロンが森へ入った後、シダは見つかってしまったのだろう。

 兵士に問い詰められ、彼はやむなく、クロンが逃げるのを見たと彼らに話したのだ。そうに違いない。

 

 そしてその判断は正しい。

 

 いずれにしても兵舎は調べられ、クロンの不在はばれてしまう。そうなれば追手がかかり、クロンもシダも捕らえられる。

 ならば、二人が犠牲になるより、一人の犠牲で済む道を選ぶべきだ。そうでなくてはならない。

 

 だから構わない、とクロンは思う。

 

 もとより脱走の危険性は理解している。ただそれが失敗しだだけ。

 自分の命でシダが助けられるなら――まったく構わない。むしろ望ましい死に方といえる。

 

 クロンは黙って右腕を上げ、そして。

 

「それにしても、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 理解できない言葉を、耳にした。

 

「はは、基地の子たちはなんでも僕に相談してくれますからね」

 

「ま、こういう反乱分子はさっさと潰すに限るな」

 

「それよりも、よろしくお願いしますよ?」

 

「ああ、向こう三か月、お前は森に入らない仕事に回しとくよ」

 

 彼らの間で和やかに交わされる一連の会話。

 その、意味。

 

 それを理解する間もなく。

 

 シダと兵士の頭が弾け飛んだ。

 

 首から噴き出る血。糸の切れた人形のようにくずおれる身体。

 兵士の落としたランプが、塹壕の落ち葉に燃え移り、赤々と森を照らす。

 

 とっさに伏せたクロンの頭の真横を、風切音と、鋼鉄のような爪が横切っていく。

 

 鳥だ。

 それだけ理解できた。

 

 それは音もなく切り返し、再びこちらへ向かってくる。

 その嘴と爪が描く軌道が赤い森に残像を描いた。

 

「――!」

 

 クロンは塹壕を飛び出し、夜の森を駆ける。

 奴は、すでに二体の獲物をしとめている。もう一体が離れれば、追ってくることはないはずだ。否、そんな計算は後付けで、ただ彼女は恐ろしく、一刻も早くあの場所を離れたかった。

 

 いったい何が恐ろしいのだろう?

 食われることが、死ぬことが恐ろしいのか?

 

 あのとき、シダが口にしたことの意味。

 

 この現実と向き合うことが、恐ろしいのか?

 

 樹々にぶつかり、何度も転び、全身に傷を付けながら、でたらめに走った。

 息が切れ、もはや脚が動かなくなっても、無理やりに身体を動かし続けた。

 

「ぐっ――」

 

 樹の幹に正面からぶつかり、地面にごろごろと転がる。

 

 それでも起き上がろうとして、右腕に力が入らないことに気づいた。

 

「……そうか」

 

 クロンは、ぼんやりと空を見上げる。

 暗闇と霧に満ちた森からは、星の姿すら見えやしない。

 

 風切音が近づいてくる。

 目の前に差し出された容易い獲物。そんなものを見逃す気はない。

 

 そして。

 

 ――朱い。

 

 炎よりも血よりも朱いものが、一瞬、視界を覆った。

 

 ぐちゃぐちゃ、ぬちゃぬちゃと。

 

 気味の悪い音が耳朶を打つ。

 

 これは何なのか。

 腕らしいものと脚らしいものと頭らしいもののついた歪な生命。

 細かく変形と蠕動を繰り返し、まるで生きた内臓をそのまま見ているような、おぞましい何か。

 

 それは、まるで知能があるかのように、首をかしげ、こちらの顔を覗き込んだ。

 

 その姿を。

 

 ――遠くなる意識で。

 

 まるで、御伽噺に聞いた魔女のようだと。

 

 美しいと、そう思ったのだ。

*1
78.3cm




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