追放されたら能力の真価が発揮されて俺だけセカンドライフがウハウハになった、の逆で冒険者としては完全無欠だったのに引退後の人生がハチャメチャになって終わろうとしている人たち   作:quiet

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エピローグ(終)

 

 

 お疲れさまです、と正門で守衛に頭を下げて、自転車のまま昼の学園構内に乗り込んでいく。

 

 寮の前に着く。軒下で止まる。降りてスタンドを立てる。鍵をかける。寮生たちの持つ良心への信頼が一切ないのか、ぱちぱちぱち、と立て続けに七個くらいかける。前カゴからカバンを取り出す。肩にかける。カバンのさらに下に大切に封印していた本も取り出して、小脇に抱える。

 

 眼鏡の位置を微調整しながら、寮の中に入っていく。

 談話室の机に突っ伏して死んでいる人間を見つける。

 

 無視するか一歩分の迷いが生じて、結局戻って、その横で手持ちの本の朗読を始める。

 

「……やめろ。頭が良くなる」

「良いことだと思うが」

「……これ以上良くなると、困る」

「どう困るんだ」

「……なんだっけ、あれ。脳がデカすぎて爪が見えないみたいなやつ」

「もうちょっと頭が良くなっても困らないと思うぞ」

 

 要らんて、ともう一度言われればしつこくはしない。

 クゼ・ピクセルロード――直方体の少年は、その机の上に突っ伏した友人の、対面の席に腰を下ろした。

 

「また行き詰まってるのか」

「……銀行に、午前中行ってきてさ」

「ああ」

「……特許申請した方がいい、って言われた。それで事業計画書をちょっと直せば、融資はしてくれるって。んで、学園もそのへん、ある程度転んでもフォローしてくれる制度を整えてくれてさ」

「良かったじゃないか」

 

 俯いていたのが、上を向く。

 じろり、とこちらを睨んでくる。

 

「……で、肝心のその目的が学園からいなくなってるのはどういうわけなんだ?」

 

 クゼはその視線を受け流した。

 後ろに誰かいるのだろうか、という顔で振り向いた。実際いて、「おす」「やあ」というやり取りをした。「お前だよ」という意見が友人から飛んできたので、前を向き直した。

 

 カバンの中から水筒を取り出す。

 残ったお茶をコップに入れながら、落ち着いてクゼは答える。

 

「だから言っただろう。いつまでもいてくれる保証はない、と」

「どこの世界に遊園地を爆破して学園をクビになる世界最高の魔法使いがいるんだよ」

「ここ」

「なんなんだよこの世界」

「嵐のような人だからな。嵐のようにしか生きられないんだろう」

 

 残念ながら、と。 

 残酷なことを、クゼは言う。

 

「最初から真面目にやっていた僕が、一番良い目を見たということだ」

「…………い、」

「い?」

「異論ねえ~~~~~~~よ……畜生……」

 

 はぁああああ、と長く深い溜息を吐く。クゼはそれを見ながら本を広げる。特にこの時期に準備すべき試験はない。だから好きな本を、好きなように読むことができる。

 

 しばらくして、友人は顔を上げて背表紙を見つめている。

 

「それ、何の本? 掠れて読めねえ」

「恐竜」

「は? ズル」

「ズルくはないだろ」

「いやズルだろ! そんな古っぽいのは絶対――」

 

 言葉が途中で途切れる。何だろう、とクゼは思う。友人が自分の服の袖に顔を押し付け始める。察して、カバンを自分の顔の前に掲げる。

 

 ガード。

 はっくしょん。

 

「わり」

「花粉症か」

「は? いや、違うね。花粉症になんかなるわけがない」

「根拠は?」

「なってたらつらすぎるから」

「それは、」

 

 願望だろ、と言いかけて。

 クゼは自分の服の袖に顔を押し付ける。察して、友人は自分の顔の前で両腕をクロスする。

 

 ガード。

 はっくしょん。

 

「ははは。お前も花粉症仲間だ」

「自分の花粉症を認めてるが、大丈夫か」

「ダメだ。腹も減ってるし。動く気力もねえし」

「腹が減るか動く気力をなくすかどっちかにした方がいいな」

「どっちにもしたくねえよ」

「それは……あ、」

「ん」

「ピザ。買ってきてやろうと思ったのに忘れてきた」

「買ってこいよ」

「時は戻らない」

「じゃあせめて『忘れてきた』とか言うなよ。余計腹減るだろ。失われたピザへの欲望を自覚させるな」

「わかった。すまん」

「いいってことよ」

「…………」

「……ピザ食いてー」

 

 ああ、とクゼは頷いた。

 じっ、と友人は、本の背表紙を見ていた。

 

「……魔法獣さ」

「ああ」

「恐竜にしたらウケるかな」

「内輪ウケはすると思うが」

「いや、顧客ウケ」

「ありえなくはないんじゃないか。カピバラより力強いし、見た目の可愛さに由来したクレームは減りそうな気がする」

「作ってみよっかなー」

「恐竜の実物を見つけてくるところからだな」

「だな」

「ああ」

「…………」

「…………」

「…………なあ」

「ん」

「恐竜になれたりしねえ?」

「半分くらいなら」

「何に?」

「トリケラトプス」

 

 トリケラトプスかあ、と友人は呟いた。

 トリケラトプスだ、とクゼは次のページを捲り、トリケラトプスの解説を読み上げ始める。

 

 

 今度は、誰も止めたりしない。

 

 春休みだった。

 

 

 

 

 

 きゅっ、と綺麗に短い音を立てて自転車は止まる。この間しっかり分解して組み立て直した甲斐があった。降りて、満悦の顔で自分の自転車を見降ろす。スタンドを立てる。世界全体に対して無邪気な信頼を持ったままここまで生きてきたのか、一体どれほどの善性を内に秘めていればそのようなことが可能になるのか、鍵をたった一個しかかけずにその場を後にする。

 

 外壁をぐるっと回る。このあたり、と壁の煉瓦の特定のひとつを見定めて、三回ノックする。ごごご、と音を立てて壁の中に扉が現れる。そのまま立って待っていると、「あ、」という声が聞こえてくる。さらにそのまま立って待っていると、がちゃり、と目の前の扉が内側に開く。

 

「カッツェさん! お久し――あだっ」

「大丈夫ですか?」

 背の高い青年が出てきて、扉の鴨居に頭をぶつけてガコンと仰け反る。

 

 いてて、と彼は額を押さえる。ちょっと涙目で「大丈夫です」と答える。その後「やっぱり市販の扉じゃなくてミハロに特注してもらえばよかった……」と本音も零す。

 

 けれど、彼はすぐに持ち前の爽やかさをを取り戻して、

 

「お久しぶりです、カッツェさん! え、なんか今日、すごいお洒落な恰好ですね。サングラス似合う~」

「お久しぶりです。実は、学園の方で期末試験の採点と講評が終わりまして。これから旅行に出るつもりなんです」

「旅行! 良いですね! 王国にだけは絶対に行かない方がいいですけど」

「恨みが……?」

 

 あはは、と青年は笑った。それ以上は何も言わずに「今日はミハロに?」と話題を切り替えた。怖かったのでそのまま切り替えに乗って、「ええ」と答えた。

 

「奥にいますよ。一緒に行っちゃいましょうか」

「ありがとうございます。お仕事のご迷惑でなければいいんですが」

 

 大丈夫ですよ、と言われてそのまま先へ案内してもらう。

 何度来ても慣れない、と思う。内部が完全に魔法迷路になっている。学園にもこういう場所がいくつかあるけれど、その中でもレベルの高いものが延々連結されたらこうなるだろうか、という風情。よく平然と歩けるものだな、と思うけれど、以前に訊いたところここを平然と歩けるスタッフは全員で四人、おっかなびっくり歩けるのがアルバイトの学生のもう一人しかいないと言う。

 

「じゃ、ここで」

 がちゃり、と先を行く青年が扉を開く。

 

 中で待っていてください。そう言って彼はソファに座ることを勧めると、部屋を去っていった。勧められたので座る。屋内だからサングラスは外す。手持無沙汰になる。傍らに置いた手土産を取る。中を確認する。包装されているから何がなんだかわからない。手土産を戻す。

 

 膝の上に手を置く。

 がちゃり、と扉が開いて、人が入ってくる。

 

「ナノさん! お疲れさまです!」

「お疲れさまです。お元気ですか」

「はい! 今日は午前中に薬をひとつ完成させた後、空中で完全にリールから外れて三回転するジェットコースターを作りました!」

「危険なのでは……」

 

 言いながら、「しかし彼女なら危険対策もしているのだろうな」と微笑む。その後「いや彼女なら危険対策をしていない可能性もあるのではないだろうか?」と不安が首をもたげてくる。そんな不安をよそに「わ、お土産だ! いつもありがとうございます!」と彼女は無邪気に言って、近寄ってくる。「開けてみていいですか?」と訊ねてくる。自分も気になっていたから、「もちろんです」と答える。

 

 どこから開けるんだろう、と包装を裏に表にひっくり返しているのが、学園を追われ遊園地の主となった異端の天才魔法使い。ミハロ・クローバ。

 

 破ってしまっていいですよ、とプライベートでも合理性を発揮して包装をビリビリにし始めているのが、異端の天才魔法使いが残した担当学生たちをごっそり後任として預かることになった悲劇の魔法学園准教授。ナノ・カッツェ。

 

「お茶だ! 早速淹れてみてもいいですか?」

「ええ。ぜひ」

「ありがとうございます! ちょっと行ってきますね!」

 

 がちゃり。彼女がお茶の箱を大切そうに抱えて部屋を出ていく。がちゃり。手ぶらで戻ってくる。

 

「どうしました?」

「部屋を出たところで謎の男に遭遇し、『大人しく接客をしていろ』と全てを奪われました……。たぶん後でクッキーも付けて返済されてきます……」

 

 予想はそのとおりで、その後扉がノックされる。ミハロが開ける。ふたり分のお茶と茶請けをトレイに載せた男が入ってきて、優雅な動作でそれをテーブルに置いてくれる。「いつもお世話になっています。ごゆっくり」と丁寧に挨拶してくれて、その後静かに部屋を出ていく。

 

 その背中を、じっとミハロは見つめて。

 

「一貫して猫を被っています」

 辛辣なコメントをする。

 

 ナノがカップに指を触れれば、同じテンポでミハロもカップを手に取った。ナノは慣れた手つきでそれを唇に運ぶ。ミハロは勢いが良すぎたのか、あち、と一瞬顔を歪める。それから「美味しい」と破願する。

 

 あ、と気付いた顔をした。

 

「もしかして今日、期末試験の」

「ええ。結果が出たので、報告しに来ました」

「その恰好ということは……?」

「はい。めでたく全員合格で、春期休暇中の追試もなし。もう少し季節が巡れば、高等科一年生です」

「おお~」

 

 ぱちぱち、とミハロは拍手する。

 拍手してから、「いや拍手ではないな」と気付いたような顔をして。

 

「その節は、大変ご迷惑をおかけしました……」

 

 ふ、とナノは笑う。もう一杯お茶を飲む。自分で選んできただけあって美味しい。心が休まる。

 

「本当にあれは迷惑でしたが……」

「肩、揉ませていただきます」

 心が休まってなお、その感想は出てくる。

 

 別に肩は良いです、とナノは言う。そうですか、とミハロは浮かせかけた腰を再び下ろす。落ち着かなそうにそわそわする。揉んでもらった方がかえっていいか、と思うから、やっぱりお願いします、と言う。彼女はぱっと顔を明るくする。愛嬌があり、犬などに似ている。

 

「いや、本当にお世話になりました……。教授会でも庇ってもらって……」

「庇い切れませんでしたが」

「庇い切れないほどの失態すら庇う姿勢を見せていただいて……」

 

 頑張ったのは確かだ、とナノは思う。

 あの場にいて止められなかった自分にも責があると思い、教授会での彼女の弁護を買って出た。動機が「二十二時を過ぎるといつもあんな感じに」だったのには絶句した(し、絶句の勢いのまま烈火のごとく説教もしてしまった)が、校舎それ自体にダメージが入ったわけでもなかったので、どうにか功罪相殺の形に持っていけないかと頑張った。

 

「ただ、その……」

「はい」

「ミハロさんはあまり、大きな組織の中には向かない方なのかもしれないですね」

 

 頑張った、という姿勢だけはお互いに評価し合っている。

 結果が伴わなかったとき、評価に値するのは姿勢と理念、心の清さくらいのものなので。

 

「我が強すぎてってことですか?」

「いえ、良くも悪くも行動のスケールが大きいので、安定性や継続性を重視する場にはそぐわないというか……」

「我が強すぎてってことですか?」

「前から思っていたんですが、その二回言うのはなんなんですか?」

「身内で流行ってるんです」

「誰が流行らせたんですか」

「レトリシア・スディ」

「…………」

「前からちょっと思ってたんですけど、ナノさんってレトリシアのこと結構好きですよね」

「そんなことはありません。……そんなことはありません」

「ほら」

 

 私くらいの年代であれば誰だって憧れます、とナノは開き直って言った。すると扉が開いて「あ、間違えた」閉まって、「こんにちは」開いて、「ちょっと頂戴」クッキーを摘まみ上げて「あ、美味しい」「さっきお茶をもらいましたよ」「そう。私もいただいても?」「ええ、もちろんです」「ありがとう。ゆっくりしていってね」もう一枚食べて、「さようなら。またね」閉まる。

 

「……私くらいの年代であれば、誰だって憧れます」

「二回言った」

 

 わかりますけど、とミハロは笑う。その声色からは、とナノは思う。伝説の魔法使いレトリシアの弟子どころか、彼女と同格に近い実力を持つ魔法使いの姿は見えてこない。

 

 結局、離れてしまえば。

 ただ少し年の離れた、賑やかな友人でしかなくて。

 

「順調ですか。そちらは」

「私の人生はいつでも順ちょ――いや、あの、そうじゃないときもあるんですけど」

「気にしなくて大丈夫ですよ。もう、色々と過ぎたことです。来年からは平常通りの割り振りに戻りますし。そもそも、ミハロさんが担当していた学生たちもそれほど手がかかる子たちではありませんでしたから」

「えぇ……?」

「自分たちの中にある力の向け先を、見つけられたんだと思います。魔法に関するものもあれば、そうでないものも」

 

 もちろん見つけられなかった子もいるけれど、と。

 瞼を閉じながら、ナノは呟く。それでも何となく、友達が頑張っているときは釣られて頑張ってしまうものです。

 

「正直なところ、ミハロさんは『魔法を教える人』としてはともかく、狭い意味での『教師』に向いているとは思いませんが――」

「が?」

「……不思議ですね。言う気をなくしました」

 

 えー、とミハロが不満げな声を零す。けれどそれ以上は、何も訊いてこない。きっと、と思うことがある。

 

 きっと彼女は、他者からの賞賛を本当の意味では必要としていない。

 もちろん褒められれば嬉しくなって、人並以上に自己顕示欲もあるのだろうけど。それでもこうした場面で彼女は、他者からの賞賛を強くは求めない。あれだけの学生たちにあれだけの影響を与えたのに、今ではもうそのことすらも「巡り巡って悪いことにならなければいいね」という形でしか心に留めていないように見える。

 

 結局彼女は、根本的に。

 ただその場所に現れて好きなように振る舞うだけの、比較的善良で、自信満々な――そう、たとえば。

 

 

『嵐』を。

 絵に描いたり、文字に描いたりしたような。

 

 

「これから、旅行に出るんです」

「あ、ですよね! 触れていいのか迷ってたんです、服。褒めて大丈夫ですか?」

「大丈夫ですが、それより先に訊きたいことがあります。お土産の希望はありますか? 今、メモを取ってしまいます」

「え、いいんですか? ……それはもちろん、ナノさんが無事に帰ってきて楽しかったと話を聞かせてくれること――」

「本音は?」

「食べ物がいいです!」

「素直に答えてもらえて助かります。もうひとつ訊いてもいいですか?」

「はい、何でも!」

「私が学園長になったら、また学園に来てくれますか?」

 

 手を止める。

 

 顔を上げる。顔を見る。

 

 ふ、とナノは笑う。

 旅行前に、良いものが見れたと思ったから。

 

 

 

 

 

 共和国には、とても素敵な遊園地がある。

 

 伝説の魔法使いが建てたという噂がある。噂があるが、真偽は定かではない。遊園地を求めている人にとって重要なのは『面白いかどうか』であって、『どんなすごい人がそれを建てたか』ではないからだ。

 

 そこは、学園からほど近いところにある。

 遊園地にしてはそれほど大きな敷地ではない。学園の中等科エリアより広いか、と言ったところ。けれど敷地の端から端まで続く石畳や、赤茶けた煉瓦の街並みは、決してそれを『こじんまり』とは感じさせない。国の端っこに現れた、品の良い不思議の街。それくらいのものに思えるだろう。

 

 たくさんのものがある。わかりやすいものでは観覧車、ジェットコースター。観覧車はこの大陸の端から端まで眺められるのではないかと思うほど高く、ジェットコースターは『もしも鳥になったらこんな動きができるのではないか』と子どもたちの夢を膨らませてくれる。

 

 わかりにくいものでは、診療所がある。

 遊園地を訪れたとき、迎え入れてくれるマスコット。あまり可愛いとは言いがたい、けれど慣れてくると「自分だけは味方でいてやらなくちゃ……」と不思議な愛着を湧かせてくる彼が、不意に手招きしたらそれが合図。背中を追う内に、気付けば小さな小さな小屋の前。ノックをして入った先には謎めいた女性が座っていて、後は誰もが知るとおり。

 

 あまりに遠くてとても行けやしない、なんて涙に暮れる人の前には。

 呼んだわけでもないのに案内馬車が現れる……ただし、それを引いているのは精強で美しい馬ではなくて、なんだか妙にふてぶてしくて愛らしい、大きな大きな鼠なのだけど。

 

 

 ガラガラ車輪を回して、連れていく。

『あなたに幸せになってほしい』なんて、ちょっと傲慢な願いで作られた場所。

 

 

 その一角には、小さな小さなバックルームがある。

 

 

 

 

 

 シンクにティーカップを浸しながら、ミハロはぼんやりと考えていた。

 結局自分は社会に上手く馴染めなかったな、ということを。

 

 

「カップなら後でまとめて洗うからそのままで――どうした。『結局自分は社会に上手く馴染めなかったな』とぼんやり考えていそうな顔をして」

「そんなに顔に出るものですか?」

 

 そしてそこは遊園地のバックルームだから、当然他にスタッフもいて、ぼんやり考え込んでいれば声をかけられることもある。どこにでもあるような、それこそ学園の学生寮にだってあったような、それほど広くもない給湯室。

 

 振り向くと、ディー・ヨドがいた。

 

「ああ。俺もよく鏡の前で似たような顔をしているからわかる」

「鏡の前で人生のことを考えるのってかなり虚しくならないですか?」

「どうせ勝利するなら最も強い者を相手にしたいだろう。打ち勝つ日の喜びのため、あえて虚しさを育てている」

「虚しさとの戦いでこんなにポジティブな姿勢になることあるんだ……」

 

 しかし、とミハロは思う。その姿勢には一理あるかもしれない。時たま虚しさに『襲われる』という表現を聞くことがあるが、相手が人であれ何であれ襲われたときの対応はおおむね『逃げる』か『戦う』のふたつに分かれる。嘘だ。『助けを呼ぶ』『誤解を解く』などもある。しかし自分は強い。対応は『戦う』になることだろう。

 

 そして自分は『強すぎ』であり、戦えば勝てる。

 

 スッキリした。

 まあ、なんか良い感じになることでしょうという気分になった。

 

「あ、私さっきアレなんで。ナノさんに『またいつか学園に』って誘われちゃったんで。一歩リード~」

「何を偉そうに。お前の方が十も若く、あらゆる能力が社会復帰に向き、可能性に溢れているのだから、当然のことだろう」

「勝っちゃいけない勝負もあるな……」

 

 気を落とすなよ、とミハロはディーの背を叩いた。別に落としてはいない、とディーは言う。こいつはこういうとき本当に落としていない。そのことをミハロは知っている。

 

「あ、さっきお茶ありがとうございました。ナノさんが『皆さんでぜひ』って言ってくれてたので、あなたも飲んで大丈夫ですよ」

「そうか。……なんだかいつももらってばかりで悪いな。何か今度、持たせて帰ってもらうか」

「今度旅行でまたお土産をくれるって言ってました。じゃ、そのときに何かお返しを用意しますか」

「だな。ちなみに何が好きなんだ、あの人は。傾向がわかれば買い出しのときに見てくるが」

「…………レトリシア・スディ?」

「お前もしかして、いつも自分の話ばかり聞いてもらってないか?」

 

 それならそれでレトリシアに何か見繕ってもらえばいいか。

 テキパキと決めながら、自分の分の湯を沸かし始めるディーを見て、ふとミハロの心に浮かんだ思いがある。

 

「……前から思ってたんですけど」

「ああ」

「ディー・ヨドって、本当に遊園地を爆発させて破産したんですか?」

 

 手を止める。

 少しだけ驚いたように、彼は目を開いている。

 

「なんだ。あまりの俺の完璧ぶりに現実を疑い始めたか」

「うん」

 

 だって、とミハロは。

 ここ数ヶ月の社会生活のことを思い出しながら、

 

「各方面との繋ぎとか、大体やってくれてるじゃないですか。経理はオルキス任せだけど。進行管理とか雑用とか、許可申請とか、そのへんまで全部やってくれますし」

「お前だってやろうと思えばできるだろう」

「そりゃあ、できないとは言わないけど」

 

 できると言って実際にやっているのと、できると言いつつ実際にはやっていないのとでは雲泥の差が。

 と言うのは癪だったので、そこのところは呑み込んで。

 

「どうだったのかなって。オルキスとレトリシアのふたりはもうちょっと経緯がちゃんとしてましたけど、ディーだけなんだかふわふわしてましたし」

 

 社会に出たらそういう感じになっちゃうのかなと思ってたんですけど。

 実際は、という気持ちでディーを見れば。

 

 ぽこぽこと沸き始めた薬缶を手に。

 どう説明したものかな、という顔で、ディー・ヨドは。

 

「本当に遊園地は爆発させているし、破産もしているぞ」

 そんな異常なことを、前置きとして言ってから。

 

「理由についても、何か特別なことを隠しているわけではない。お前だって『眠くて気分がおかしかった』というだけで遊園地を爆破しただろう。『気合が入っていた』と大して変わらん」

「……確かに、それはそうなんですけど」

「だろう」

 

 ただ、と。

 彼は、ふたり分のカップを用意しながら。

 

「強いて、そのときと今とで変わったことがあるとしたら――」

「あれ、ミハロ。もうナノさん帰っちゃったの?」

 

 言葉の途中で、別の言葉が重なってくる。

 

 給湯室の入り口に、オルキス・ハートウォーツが立っていた。鴨居に手を掛けて、前髪の下に絆創膏。少し雑だから、誰が貼ったのかすぐにわかる。隣にいて、一緒に中に入ってきた人物。レトリシア・スディ。

 

「なんだ。折角だからパレードまでと思ったんだけど」

「日が暮れちゃうじゃないですか。というかいつでも観られますし」

「いやいや、パレードは一期一会だよ……。真面目な話、色々成長中だから明日は違うものをやってるかもしれないし」

「ミハロ。クゼくんのレポート、私が見ておいたから。あと恐竜に興味があるみたいだから、一冊貸しちゃった」

「わ、ありがとうございます。どんな感じでした? レポート」

「字が綺麗」

「いや、中身の方が」

「あ、ディー。ごめんね僕らの分まで」

「いや、いい。ついでだ」

 

 レポートの話をかいつまんで聞きながら、ミハロは見る。ディー。彼が、ふたり分だったカップをさらにふたつ増やしたところ。水を薬缶にさらに注ぎ足して、さらに沸くまでを待っているところ。

 

 それを待つ間に給湯室の中を見回して。

 ふ、と珍しく。屈託なく笑ったところ。

 

「これだけ広い敷地のある場所で、何が悲しくてこんな狭い部屋に四人も集まっているんだ?」

「確かに。はは、おかしいね。めちゃくちゃ狭いや」

「私は狭いのも好きだけど、そうね」

 

 空気が薄くなってきたから、と。

 最初に部屋から出たのは、レトリシア・スディ。

 

「応接室の方に行きましょうか。しばらく休憩だし」

「そうだね」

 

 それに続いたのが、オルキス・ハートウォーツ。

 

「僕もパレードまではゆっくりしようかな。じゃ、先に行って……て、大丈夫?」

「ああ。幸い四人分の茶と茶菓子くらいなら、俺の力でも持てそうだ」

 

 またそんなこと言って、と笑って。

 じゃあよろしく、とレトリシアの背を追っていく。

 

 残されたのはふたりで。

 もちろんミハロは、お茶請けを自分で用意するために残ったわけでもあるのだけど。

 

 再び薬缶に向き合って、温度やら何やら細かいことを、細かくやっているその後ろ姿を見ると。

 

 やっぱり、訊きたいことはそこにある。

 

「もしかして、」

「ん?」

「私たちといないと、調子が出ないとか?」

 

 ぴた、とディー・ヨドが動きを止める。

 動かない。振り向かないから、表情もわからない。

 

 だからミハロは、背後から回り込むようにして、彼の顔を覗き込む。

 

 表情を、見た。

 

「よかったですね。ちゃんと肩組める相手がいて」

「どうかな。案外来年には学園に呼び戻されて、いつもの調子で高笑いをしているかもしれないぞ」

「そっちの方が嬉しいですか」

「まあ、そうだな。肩を組むのと背中を押すのとでは、後者の方が楽しい場面もある」

「崖の前とか?」

「それは特に楽しいかもしれんな」

 

 へえ、とミハロは言った。もう覗き込まない。背中を真っ直ぐに戻して、ただ隣に立つ。一緒になって薬缶を見る。

 

「温度、決まってるんでしたっけ」

「ああ。それが一番のポイントだ」

 

 しゅんしゅんと、薬缶が蒸気を吐き始める。それを見ながら、ミハロは思う。お湯はいずれ沸くだろう。お茶はいずれ淹れられるだろう。そしてそれらは呑み干され、空のカップの中から消え去っていくだろう。

 

「ディー・ヨド」

「ん」

 

 けれど。

 その時間があったという事実は、いつまでも残る。

 

 

 

「荒野から出ても、案外楽しいですね」

 

 思いのほか素直に頷くものだから、ちょっとだけ、ミハロは笑ってしまった。

 

 

 

(了)

 

 

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