ドMなので優しくしないでください   作:ヤンデレ好き好き大好き

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不定期更新です。許さないでください。


1話 この村は最高です

 村に広がる血の海。辺りは臓物や、人体の欠片やらで誰が見たとしても早速地獄絵図の領域。

 屍に徐々に群がり始める魔鼠(マソ)魔黒烏(マコクチョウ)の数々。

 最早、夥しい量の屍が積み重なり、生存者は居ないと思われるその村にたった二人だけ、生き残りがいた。

 

 一人は、赤と黒で彩る無様に屍を晒した『供物』達を冷たい目で一瞥している黒髪黒目の美しい少女。

 感情の一切を切り落としたかのように、黒の瞳はどす黒く闇を纏っている。

 

 もう一人は、そんな少女を見ながら、信じられないといった形相で可哀想な程に震えている白髪銀目の華奢な少年。

 少年の身体にはあちこち切り傷、打撲の類いの怪我が見られる。最近出来たであろう新しい傷から、昔に負ったと思われる古傷の痕まで、様々だ。

 

 屍から何事もなかったかのごとく目を外し、少年に視線を移した少女は、先程までの無機質さを感じさせない意思の光を、瞳に宿らせた。

 

「これで貴方は『人身供犠(じんしんくぎ)』じゃない。貴方は……幸福を手に入れる。私が……幸福にする。……未来永劫……誰にも貴方が苦しまされることはない。屑の言いなりになんてならなくても良い。……もしまた貴方を傷付けようとする大罪人が現れれば……何度でも再現する。この情景を。二人だけの……【理想郷】を」

 

 返り血で赤黒く染まった掌をゆっくりと少年に差し出す少女。

 その顔は、無表情ながらもどこか欣喜(きんき)の感情を読み取らせ、これから始まるであろう少年との素晴らしい日々に胸を大いに膨らませているのがわかる。

 

 差し出された掌を震えながら凝視する少年。彼は、なんでこんなことになってしまったのか、自分はどこで選択を誤ってしまったのか。少女とは逆に、少年の心には後悔と恐怖、そしてこれからの不安が渦巻いており、ついには両の眼から涙をシトシトと流し始めた。

 

「っ! ごめん……なさい。私がもっと早くに貴方を村から救ってあげられていれば……。貴方に苦痛と不幸と地獄を与え続けてきた愚者達に……私があと少しでも早く手を下していればっ。貴方を苦しませずにすんだのにっ」

 

 少女は涙を流す少年を静かに抱き寄せ、彼の頭をあやすように撫で始める。

 

「……でも大丈夫。これからは、私がずっと一緒。どんな苦境が目の前にあったとしても……貴方と二人なら乗り越えられる。だって私は『勇者』だから。貴方が認めてくれた……貴方だけの『勇者』」

 

 少女は、少年の顔を見つめて、抱擁を名残惜しいと思いながらも解除した。

 そして、騎士が主に忠誠を誓うかのように、片膝を赤く染まった地につけ、少年の手を静かに持ち上げた。

こんな状況でなければ、美しい光景だったのかもしれない。

 しかし、現実には二人とも返り血により赤黒く染まっており、辺りは崩れた屍の地獄絵図。少年にいたっては握られた手がブルブルと震えている。

 

「私……レネゲードは今ここに誓う。貴方に仇なす邪悪な生命(・・・・・)を皆殺しにし……貴方に掠り傷一つ負わせず、身も心も……貴方の全てを守護し、貴方に全てを捧げ……安寧秩序の【理想郷】を持たらさんことを」

 

 真っ直ぐと少年を見つめるレネゲード。彼女が交わした契り。それは、何があったとしても履行されるだろう絶対の制約。全身全霊を懸けて叶えられる誓い。

 僅かに浮かべられる微笑。世界の全てを敵に回しても少年を守り抜いてみせるという自信の表れなのだろうか。

最強の『勇者(悪魔)』は、今この瞬間から、儚い少年を守るために誕生した。

 

 そして、少年の目も死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 僕はドMだ。殴る、蹴る、締め上げる等の物理攻撃や、皆が仲良く遊んでいる中、自分だけが露骨にハブられたり、悪口、陰口等の精神攻撃が大好きな部類の人間なのである。

 

 僕が自分の性癖に気が付いたのは、七歳の頃。村の村長に言われた一言と為された暴力が原因だ。

 

「君は、私達村の人間を救う為に【屍神(かばねしん)】様に捧げる貢ぎ物。だというのに、只の供物が私達と同じ人間のごとく振る舞うのは些か程度が過ぎるんじゃないかね? 皆さん、少し立場をわからせてやりなさい」

 

 その発言を皮切りに、村の大人の男たち数人に総叩きにされ、今まで溜まった鬱憤を晴らすかのように、笑顔を浮かべて、時にはギャハハっなんて笑い声を耳に通しながら、僕は暴力を振るわれ続けた。

 

 暫くして漸く暴力の嵐は治まり、同時に僕の顔を見た村長は何か満足そうな表情を見せてから、そのまま村の大人達を引き連れて去っていった。

 

 痛い、どうして、何故、苦しい。そんな事を内心考えるのが常人なのかもしれない。

 しかし、僕は去っていく大人達を確認しながら、不意に溢れたのは一言。

 

「……え? もう終わり??」

 

 内心、残念と思わざるをえない感情を僕は発露させていた。

 勿論、痛かったし、悲しかった。けれど、それ以上に気持ちがよかった。

 今まで、皆に無視をされ続けてきて、その時から既にこの感情の片鱗はあったのかもしれない。

 僕の感情が完全に発露する切欠となったのは、間違いなくこの一件があったからだ。

 自らの感情の把握と、この溢れる『もっとしてほしい』という欲求。

 二つを知り、やっと僕の生きる理由は完結した。

 

 僕は……もっともっと気持ち良くなりたい。殴られて、蹴られて、罵られて、無視されて、嘲笑されて、そして最後には……人間扱いされずに殺されたい。

 

 僕の夢は決定し、一方で死に方も決定した。

 自分の気持ちに気が付いた僕にとって村での生活は、正しく【理想郷】。そこで行われる素晴らしい日々。

 生け贄として捧げられるまでの間も、出来るだけ暴力を受けられるように、精一杯努力しよう。

 

 ここから、僕のドMライフが始まったのだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 只でさえ人間以下の畜生扱いされる僕が、これ以上どう行動すれば更に気持ち良くなれるのか。

 僕が知る必要があると思ったのは、効率の良い需要の得方だった。

 相手の沸点を如何に限界まで持っていき、相手に自分を攻撃させるか。重要なのはそこだ。

 普通に生活してるだけじゃ、正直物足りない。僕は腐りかけの小屋で独り暮らししているので、家にいるときは気持ち良くなれない。

 現状の独りぼっちの空腹まみれの寂しい生活も、ドM視点から見れば、ちょっとだけ気分が良いかもだけれど、やっぱりこれでは駄目だ。

 飽くまでも僕は、他人にされる仕打ちで気持ち良くなれるのであって、自分で自分を慰める行為には全然興奮しない。

 少しでも、他者に辱しめられたい。他者に汚らわしい視線を向けられたい。

 

 そうする事で、皆にもっと僕の欲求を満たしてほしい。自分をさらけ出させてほしい。

 

 そんな崇高な考えの下、僕は村の通りで人が特に多く集まる広場へと足を運んだ。

 村の人口は約60人程度。男女7:3位の割合で、子供は全部で僕を含めて7人だ。

 

 広場は、【屍神】様を祀るための祭壇が設けられており、そこで皆は魔獣や害獣からの守護、作物成就や雨の祈願を行う。

 今も、約30人程が集まってひたすらに祈りを捧げている。

 

 400年以上も昔から行われている事らしく、この祈祷が今も尚、村を存続させている神聖な行いらしい。

 

 僕の『人身供犠』云々の問題も、それに纏わる伝統的な事なんだろう。捧げられる年齢やら『人身供犠』の扱い方やら色々と面倒な制約と縛りが存在するようだ。

 僕は全く村の内政事情に詳しくないし、興味はないけれど、【屍神】様のお蔭で、今僕は幸福な人生を歩んでいるといっても過言ではない。【屍神】様まじで最高である。

 

 それはともあれ、今は【屍神】様ではなく、僕の事を皆には見てほしい。

僕は祈りを捧げている一人の村人に声をかけた。

 

「あの―――」

「ちっ生け贄風情が俺に喋りかけんな!! 糞餓鬼め!!」

 

 予想通りの反応。僕は男性にぶん殴られた。

 僕は一メートル後方へと吹っ飛ばされて倒れた。

 殴った村人は、僕を忌々しく睨み付けた後、何事もなく祈祷を再開させる。

 他の村人達も、我関せずを貫いており、僕の存在など端から視界に入れていない。嫌、入れる価値すらないといった空気だ。

 

(やっばい。やっぱり最高だわぁ、ここは)

 

 あんまりにもあんまりな仕打ちに、僕は気分が高揚する。

 気持ち良くなりたかったら【屍神】様の祭壇。もうここは必須エリアの一つだ。

 

 でも、まだ足りない。更にもう一発!! 駄目押しの追撃をするべきだ。

 

「僕も【屍神】様に祈りを捧げてもいいですか?」

「………は?」

 

 僕は【屍神】様の祭壇で、共に祈っても良いでしょうか? という主旨の発言を村人に伝えた。

 瞬間、祭壇の雰囲気は一変する。先程まで見向きもしなかった祈祷者達が、一斉に僕の方へと視線を寄越した。

 

 

「……お前はまだ自分の存在価値がわかってねぇみてぇだな」

「『人身供犠』の役目を担っておきながら、自覚が足りてなさすぎる……。やはり、余計な事を宣わないように、喉を潰しておいた方が良いのではないか?」

「いや、いや、それよりも四肢だ。生け贄に手足はいらぬ。その方が栄養素(・・・)も格段に向上し、【屍神】様もきっとお喜びになるに違いない」

「眼球を抉ろう。光を失えば、少しはそれらしい振る舞いが出来るようになるやも知れぬ」

「口を縫うべきよ。『人身供犠』の声はとても耳障りで、皆皆が不快な思いをするもの」

「いっそ、肺を抉りとろう。呼吸が不安定になれば、余計な発言も控えることになる筈だ」

「あぁ、あぁ実に不快だ。【屍神】様……どうかこの愚か者に最大級の苦痛が与えられんことを―――」

 

 全方位からぶつけられる悪意の塊。怒りの感情、彼らは本気で僕の事を死ぬほど殺したいと思っている。

 

 『人身供犠』にあるまじき、分不相応な態度は、彼等の殺意を一気に沸点まで持ち上げた。

 僕に定められた役割。それを無視した発言ゆえに、彼らは今、僕を殺したいほど憎いと考えているに違いない。

 

(あぁ………やっぱり駄目だよぉ。ふふっあぁああ~~気持ちいいよぉぉぉお!! 頭おかしくなるぅうううっ)

 

 天国すぎる。間違いなく、ここは僕の【理想郷】。何を差し置いても、手放す事は出来ない場所になってしまった。

 僕の言ってほしい発言を、僕の目の前で、僕を憎みながら、僕を殺したいと思っている人達が……最高の気分で伝えてくれている。

 これに勝る【理想郷】があるのならば、是非とも教えてほしい。

 僕には想像がつきそうにもないよ。

 

 かくして、村の人達の熱気を感じながら、お祭りに胸をトキめかせていたのたが、僕の思い描いた結果には残念ながらならなかった。

 

「皆さん、逸る気持ちは理解できますが、落ち着いてください。【屍神】様は貴方達、『屍村』の民が争うのを最も嫌います」

 

 巫女装束を身につけた二十代後半~三十代前半の見た目をした女性、【屍神】様に仕える(かんなぎ)様が村人の仲裁に割って入った。

 

 いつもニコニコと笑い、村の皆からも慕われ、【屍神】様に直属で仕える二柱の内の一柱であることから、村長と同等以上の権力を有しているらしい。

 噂じゃ、何十年も前からずっと【屍神】様にお仕えしているのだとか。

 彼女は、僕に群がる村人達を下がらせ、僕の瞳を射抜くかのように見詰めてくる。

 

「クギ……。貴方は自分の役目を理解していますか?」

 

 巫様が、尋ねてくる。僕の行動に『人身供犠』としての自覚が感じられなかったのだろう。

 

「はい、理解できています」

「ならば、その役目を今一度再説しなさい」

「……心身共に『絶望』で蝕まれた状態となり、負の意識で【屍神】様の供物となることです」

「そう。【屍神】様は生物の負の感情を大変好まれております。貴方は……些か暗さが足りない。このままでは今以上の躾を施さざるをえなくなりますよ。それは嫌でしょう?」

「っ!」(い、今以上ですかぁああああ!?)

 

 僕のテンションは爆上がりだ。今以上とか、それもう僕死ぬじゃん。

 この巫様は、僕の事を殺すか、それに近しい状態にするぞと脅しをかけているのだ。

 

 役目に沿った行動をしなければ、お前は生け贄にされる前に殺すと。例え『人身供犠』だとしても、どうせ捧げられる時までは殺されないと高をくくるな。今すぐ殺すか、それ以上の地獄を見せてやるぞ! と。要はそういう事を言っているのである。

 

「……あっ……う……うぅ」

 

 余りにも幸悦しがたい未来ゆえに、僕は想像するだけで、言語能力が消失した。みっともなく涎を垂らし、嬉しさが極まって涙まで出てくる始末だ。

 

「そう、その表情です。貴方に必要なのは、負の感情……則ち【畏れ】です。誰かを死ぬほど恐がり、誰かを憎み、誰かから逃げて、必死に命にすがり付く。……生き恥と表現する以外に他のない。それが貴方の『人身供犠』としての在り方です」

 

 巫様は満足気に嗤いながら、村人全員をぐるりと見渡す。

 

「皆さん! 確かに彼は村の一員である自覚と、己が使命への認識が短絡的です。しかし、私達『屍村』の選ばれし者達が、彼を導き! 必ず【屍神】様に相応しい凄絶な姿見へと変えましょう!」

「勿論です! 巫様!! この出来損ないに生きるのが嫌だと思えるぐらいの絶望を与えてみせます!」

「【屍神】様に一瞥だけでも、してほしいっ! それが叶わぬのなら、出来損ないを使って我々の献身を【屍神】様にも知っていただきたい!」

「『屍村』の永続の為に、『人身供犠』の人権は無なのよ! 皆の幸福を実現する為に……その瞳を絶望に染め上げてあげるわ!」

「っ……っ……」(みんなぁ……僕の為にっ……なんて良い村なんだぁ! 僕は村の一員として、皆のことずっと大好きだよぉぉお!!)

 

 巫様の訴えで、益々盛り上がる村人達。完全に目が殺る気に満ち溢れている。

 僕も皆からの熱いメッセージに、思わず感涙だ。

 

(……あぁ、もう限界です。今すぐ祭りを開催しましょう。僕の事、原型がわからなくなる位滅茶苦茶にしてくださいっ)

 

 僕は、期待を込めた目で、巫様の瞳を覗きこむ。

 彼女が合図を出せば、その瞬間から、村人たちは暴力の化身へと早変わりする事だろう。

 しかし、僕の願いは聞き届けられなかった。

 

「さぁ、では今日の所はこの位で誠意を受け取ったとして、御開きとしましょう。村人の皆さんは祈祷を再開してください。クギ、貴方も大人しく小屋に帰りなさい。 そして、何度も何度も復唱し、肉体に、脳内に、魂に刻み込みなさい。己が使命を。腐った成熟への真道を」

「……………っ」(ここまでしておいてお預けぇ!?)

 

 おおよそ人間が下す仕打ちではないと、僕の心は悲鳴を上げる。

 これだけやったんなら、最後まで面倒を見てほしいと、皆をぐるっと見回した。

 しかし、僕のことなど誰も最早視ておらず、【屍神】様への祈祷へと皆戻っている。

 巫様も、いつの間にか姿を消しており、僕は呆然とお預けを食らった哀れな自分を見つめた。

 一方でこれは高度な放置プレイなのでは? と自分に言い聞かせるのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◆

 

 

(消化不良過ぎるよぉ……。巫様わざとやってないかな?)

 

 色々と寸止めをされて、限界になりながらも、僕はフラフラとした足取りで祭壇を後にした。

 もう夕刻に差し掛かっており、真っ赤な夕陽が僕を明るく照らしてくる。

 

 村の人達は、皆自分の家に帰り始めた頃だろうか。

 もう、今日のドM行為は期待できそうにないと、僕は俯きながら帰路を辿る。

……あれだけ盛大に『待て!』をされてしまっては、辛抱がキツくなる。

 

(もう一度【屍神】様に祈りにいこうかな……)

 

 もう一度祈りを捧げたら、今度こそ滅茶苦茶にしてくれるかもしれない。

 本気で僕がそんな思考に走り始めた時、誰かの嗤い声が耳に響いた。

 

「あはは!! 汚ねぇこいつ!! 身体中泥塗れでみっともねぇ!!」

「なんでこんなやつが俺達と一緒に【屍神】様の守護を受けられるのか、理解に苦しむよ」

「同じ『屍村』の民として本当に恥ずかしいわ……」

 

明らかに誰かを侮蔑している、嫌悪している、そんな濁声の数々。

 

(祭りか……!?)

 

 僕は胸に燻ったこのどうしようもないモヤモヤした感情を解消できるかもしれないと、声のする方へと走って向かった。

 

 村と僕の小屋の中間にある薄暗い一本道。そこを少し外れた所にある汚泥が溜まった浅い沼に、僕を除いた村の子供達六人が全員集まっていた。

 普段は会うことが皆無なので、実際に彼等の姿をじっくり拝見するのはこれが初めてだったりする。

 六人の内五人が、沼に転んでいるもう一人の少女を見て指を指して嗤って、尚且つ罵声を浴びせている。

 少女の顔は泥にまみれていて表情がわからないが、なんとも羨ましい。

 

(……僕は除け者ですか。そうですか)

 

 露骨なハブられに、若干の興奮と、女の子のポジションが何故僕じゃないんだ! という一抹の勿体無さを感じながらも、僕は子供達の様子を伺う。

 どうやら彼等は、あの少女を嫌っているらしい。

 理由はわからないが、子供達には酷い嫌われようである。僕は普段大人達からしか欲求を満たせていないので、実に羨ましい。

 

(うぅ……僕も仲間に入れてよぉ!)

 

 見ているだけでは、ついに我慢できなくなった僕は子供達の方に飛び出した。

 

「君たち、何してるの!?」

「あぁ!?」

 

 僕が言葉を発すると共に、恐らくリーダー格と思われる一際体格の大きい少年が僕を睨み付けてきた。良い目付きである。

 

「誰かと思ったらお前……『人身供犠』じゃねぇか」

「うん。よろしくね」

「はッッ。お前みてーな出来損ないの生け贄ごときが俺と宜しくできるわきゃねーだろ」

「……………」(やっぱり良いなぁ彼)

 

 リーダー格の子の威圧は、大人達のそれにも負けず劣らずであり、しかも見下し具合も百点満点だ。一発合格。この村の将来は非常に安泰である。

 

「どうする、レーブン? こいつってまだ俺達は手を出したら駄目なんじゃなかったか?」

「あーー。そんな事父ちゃんと母ちゃんも言ってたっけかなぁ。……あーあ、面白くねぇの。そこに沈んでるど汚ねぇ『忌み子』だけじゃ飽きてきたってぇのによー」

 

 リーダー格の子は、レーブンという名前らしい。彼は非常に面白くなさそうに頭をポリポリと掻いている。他の子達も同様に僕の登場で物凄く興醒めといった雰囲気になっている。

 

……というか、子供達が僕に関わってこないなと思ったら、制限が設けられていたのか。余計な真似をしてくれる。一体何処の誰がそんな悪魔の所業をやってくれたんだ。

 

「おい忌み子! 今日はここら辺で止めておいてやる。慈悲深い俺に精々感謝すんだな、虫けら」

「……………ッッ」

 

 レーブン君が、未だに泥に身体を浸している少女に向けて、罵声を飛ばす。やっぱり彼にはドSの才能がある。是非とも仲良くなりたい。

 少女はレーブン君の威圧に、ビクッと身体を揺らしてから顔を思い切り伏せて、泥に鼻先が少し付いてしまっている。全身泥だらけだし、今さらか。

 

「あと……てめえもだ、糞供物。俺の邪魔をしたんだ。只ですむと思うなよ」

「………!」(この子ほんとに好き!)

 

 放置された僕へのアフターケアまでも完璧にこなすとは。彼の底知れぬ才能に僕はこれからのドMライフに希望の光をひしひしと感じた。やっぱりここは最高の【理想郷】だ。

 

「……ちっ。じゃあ帰るぞお前たち」

 

 レーブン君は僕たちを忌々しげに睨み付け、舌打ちをした後、他の子達を引き連れてこの場を去っていった。

 

(また会いたいなぁ)

 

 これだけのやり取りで、僕からレーブン君への好感度は非常に上がった。あれだけのポテンシャルを見せつけられたのだ。当然である。

 これからも、ご贔屓にお願いしたいですね。

 

「………けほっ」

「……あっ大丈夫!?」

 

 僕がレーブン君のことを考えていたら、沼に浸かっていた少女が何かに蒸せたように咳き込んだ。

 僕はレーブン君のことを脳内の片隅に一端置いておき、慌てて少女のいる沼にまで駆け寄る。

 

「平気? 立てる?」

「…………………っ」

 

 僕は泥まみれの少女に向けてソッと手を差し伸べた。

 僕にとっては羨ましい状況でも、彼女にとっては堪ったものじゃないだろう。

 けれど少女は、僕が伸ばした手をとることはなく、ただただ呆然と僕の手を凝視するだけだ。

 

「? どうしたの?」 

「私は泥塗れで……汚いから……貴方も汚れちゃう」

「あぁ……なるほど」

 

 一向に握られない手を見つめて、僕はまた放置プレイなのかと疑ってしまった。

 そうではなく、彼女は僕が泥で汚れてしまうのを懸念していたようだ。そんな事気にしなくても良いのに。僕は泥を食べたことだってあるんだよ??

 

「えーーーい!」

「っっ!?」

 

 僕は躊躇する彼女を見かねて、沼の中に自らの身体を放り出した。

 僕が沼で汚れるのを躊躇しているのならば、僕も泥に浸ればいいじゃない! そんな思考回路の下、僕は泥に自らの身体を差し出すという行為を戸惑いなく実行に移した。

 ちょっと泥で汚れている彼女のことが羨ましかったからというのは内緒である。

 そして、ドブンっと鈍い音をたてながら、僕は沼へと無事に落下した。

 

「あ、貴方ッッなにを!?」

「えへへ。これで問題ないでしょ?」

「っっ!!」

 

 僕の満面の笑顔に、女の子はとても驚いた表情をしている。

 

「ふふ、これで僕の手……とってくれる?」

「…………っ」

 

 女の子は何かに耐えるように、プルプルと震えている。

……これは、僕に触るのが嫌なだけなのでは? まぁ、村の住人ならば当然のことか。

 もしかしなくとも、僕は空気を読めていなかったらしい。僕は慌てて少女に謝罪をした。

 

「……やっぱり、僕みたいな『人身供犠』に触れたら穢れちゃう……よね。ごめんね」

「ち、違う! そんな事思ってないっっ。寧ろ……異物なのは私のほうッッ」

 

 少女は僕の謝罪を反射的に否定する。心なしか表情が傷ついている感じがした。

 

「私は……わたしはッッ。『殃禍(おうか)の忌み子』だからっ。私に触れたら……貴方が穢れるっ!」

「? 僕は最初から穢れているから、問題ないよ?」

「っ! もっと穢れる! 取り返しのつかない程に!!」

「ほんとに!? ごめん我慢できない!」

「─────ぁ」

 

 彼女の言い分は、僕にとってとても甘美な内容ばかりで、僕は祭壇の時から積もりに積もったフラストレーションが一気に爆発してしまった。

 欲望のまま彼女に抱きつき、彼女の穢れを力一杯自分に取り込もうとした。

 

「大丈夫。僕が君の汚れも痛みも苦しみも。ぜーんぶ貰うから。だから大丈夫。君は穢れてなんかいないよ」

「─────」

 

 言葉はなかったけれど、静かに腰に回された手を見て、僕は彼女が素直に穢れを渡すことを受け入れたことを実感し、益々嬉しくなった。

 

(これで、今まで以上のドMライフを堪能できる!)

 

 最後の最後にこんなサプライズプレゼントが用意されているなんて! やっぱり今日は人生一番といっても過言ではない素晴らしい日だよ!

 

「ふふ、今日は人生で一番嬉しい日だよ。だって君に出会えたんだもん」

「っっ!」

 

 そんな僕の言葉以降、彼女からの抱擁がより一層力を増し、一時間以上続くのであった。

……それにしても、本当に力強いね。ちょっとというか、大分気持ち良くなってきたよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ落ち着いた?」

「…………ん」

 

 日も完全に沈み、辺りは先程とはうって変わって真っ暗な闇の世界に早変わり。

 周囲も見えづらくなってきており、何処からか何かの鳴き声が聞こえてくる。僕からすれば普段通りの夜の世界だけれど、いつもは此処にいない彼女からすれば、不気味極まりないだろう。

 

「大丈夫? もう真っ暗だし家まで送ろうか?」

「……平気。あと……ごめん。みっともない姿を見せた」

 

 少女は申し訳なさそうに僕に謝罪をする。僕としては、良いことだらけだったから、感謝する謂れはあれど、謝られる謂れはない。

 それに、本当にみっともなく意地汚かったのは、欲望を我慢できずにいきなり抱き着いた僕の方だ。

 

「んーん、僕の方こそごめんよ。僕、色々と汚かったでしょ?」

「そんなわけない」

「……そ、そっか」

 

 彼女に謝った途端、物凄い早さで否定をされた。

 そして、僕の手をバッと両の手で掴んでくる。

 

「……貴方は……汚くない。……穢れてない。貴方は……とても綺麗」

 

 急に僕のことを褒めちぎってくる少女。ぐいっと僕の方へと顔を寄せてくる。ち、近い……。

 

「き、綺麗? 僕は……綺麗ではないと思うんだけどなぁ」

「……違わない。私が出会った人達の中でも……一番」

「そ、そう。……えっと、僕よりも君の方が全然綺麗だと思うけど……」

「………っ。ありがとう」

 

 いくら貧弱な見た目といっても、僕は男だ。できることなら、かっこよくなりたいし、いつも痣だらけで傷だらけの僕が、目の前の泥にまみれていてもわかる程に別嬪さんな彼女よりも綺麗などとは、口が裂けても言えないし、思えなかった。

 

「ね。君の名前はなに?」

「………レ、レネゲード」

「レネゲードだね? あの、嫌じゃなかったらさ、あだ名で……レネって呼んでもいーい?」

「う、うん。構わない……」

「ほんと? やった! 誰かをあだ名で呼ぶのって初めてだから、とっても嬉しい!」

「……眩しい」

 

 僕は立場が立場だから、友達が実は一人もいないので、密かにこういうあだ名で呼ぶといった関係性に憧れていた。ドMだけど、それはそれとして普通に友達は欲しいのである。

 その憧れまでも彼女は叶えてくれた。本当に感謝してもしきれない。

 

「僕の名前はクギだよ。よろしくね! レネ!」

「……ぅん。よろしく……クギ」

 

 僕たちは手を取り合う。満面の笑みを浮かべる僕に対して、レネは無表情だけれど、それでも、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

 これで、僕は友達ができたし、更にあわよくばレネに集まっているヘイトも僕が全部拝借することができる。

 レネは痛い思いをせずに済むし、僕は気持ちいい体験が倍になる。

 僕たちは最高のパートナーになれる。絶対に。

 

 僕たちの出会いは、こうして最高の結果となり、これからのドMライフも最上最高になると僕は確信した。

 そして、未来を思い描き想像して、顔の緩みが治まらないのであった。

 

 




ここまで読んで下さってありがとうございます。需要があると思っていただけていたら嬉しいよ……。
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