TSして容姿にも才能にも恵まれたけど、漫然と生きる転生者。 作:フル圧
騎士の役割は、国の秩序を守ること。
その中には当然他国との戦争も含まれているが、ここ数十年単位で大きな戦争は起こっていない。
というのも、私が生まれるちょっと前から、各地で大型の魔物が現れる頻度が増加しており。
各国その対応に追われているため、戦争どころではないというのが現状だ。
ぶっちゃけ、世界に何か異変が起きているらしいというのは何となく世界中の人間が感じているのだが。
それに対して具体的な回答が得られていないというのもまた事実。
私も、何れ大きな異変が起きるということは聞かされているが、それがいつになるのか、私が生きている間に起きるのかも微妙なところだという。
……と温泉の女神様が言っていた。
そんな騎士団の仕事には、秘蹟の調査というものが含まれている。
秘蹟とは、ダンジョンの一番奥からつながっているこの世界とは一つ別の位相に存在する空間のこと。
そこには神々が作り上げられた神秘の大絶景が広がっており、それはもう素晴らしい空間になっている。
もしも秘蹟に異変があれば、それはこの世界そのものの異変でもあるとされていて。
言うなれば秘蹟はこの世界の感覚器官。
胃腸や肺、心臓部のようなものとも言える。
秘蹟に侵入することのできる立場として、Aランクの冒険者が存在する。
つまり今の私のことだ。
冒険者として――世界を救った英雄に与えられるランクであるSランクを除き――最高のランクにあたるAランクには様々な特権がある。
その最たるものが、秘蹟への入場許可証。
冒険者にとって、未知なる神秘が広がる秘蹟というのはまさに冒険の報酬として相応しいものといえる。
同時に、Aランクの冒険者は身元も確かで騎士団に代わり秘蹟の調査を行うに値する資格があるとも認められるということでもある。
私が一年でAランクになったのは、決して実家の存在が無いとはいえない。
騎士の名門アルトハルト家の長女という身分は、こんなところでも私に恵まれた境遇を与えてくれているというわけだ。
少し、複雑な部分も無いとはいえないが。
冒険者になったのは、秘蹟を踏破したかったからというのもあって、文句を言うことはできない。
秘蹟の調査は騎士団の仕事、私の冒険者としての目的は秘蹟の踏破。
この二つからピンと来る者もいるかもしれないが、私はかつて騎士団の秘蹟調査に同行したことがある。
有望な騎士候補は、学生の頃からこういった騎士団の大きな任務に同行しその空気に慣れさせるのが習わしとなっている。
そこで、私は秘蹟の美しさを知ったのだ。
目の前に広がる大自然。
どこを切り取っても美しいと断言できるあの光景は、前世では写真の向こうと、オープンワールドの美麗マップでしか見たことのなかった光景だ。
そういう意味で、オープンワールドで美麗マップを好き勝手飛び回ることが好きだった私は、それを現実で、自分の身で体験できることの素晴らしさを知った。
騎士の将来を閉ざされた時、最初に思い出したのが秘蹟の絶景と、Aランク冒険者の特権だった。
かくして私は、冒険者となって世界各地の秘蹟を巡りながら旅を続けている。
それ自体は最高……とまではいかないが、まぁそれなりに楽しい生活だ。
でも、時にはこうやって、騎士団の調査と秘蹟へのアタックがブッキングすることもある。
というか、いつかそういうこともあるだろうな、とは考えていた。
だから覚悟していたことでもある。
あるのだが……
それでも、正直騎士団とは顔を合わせづらいなぁ、とは思う。
ましてやそれが同期ともなれば。
しかも、そいつが「閃姫派閥」の人間だったともなれば――思わず私が口をへの字に曲げてしまうのは、仕方のないことだったと言い訳をしたい。
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「――ミリリアンナ・アルトハルトだな?」
ギルド会館で、受け取った報酬の金を弄びながらこれからどうしたものかと考えていると、不意に声をかけられた。
憮然とした、格式張った声音である。
クソ真面目な……とも言うが、ようするにギルドにはふさわしくない語気だ。
視線を向けると、そこには甲冑姿の男が立っていた。
顔立ちは悪くないが、どこか三下めいた茶髪の男。
白銀のフルアーマーに、狼の意匠が盛り込まれたその鎧が似合わない、齢二十になるかどうかといったくらいの男だ。
うげ、と思わず顔に出してしまいそうになるのを抑えた私はよくやったと思う。
礼儀作法の勉強はこういう時に役に立つのだ。
「そういう君は……ガードラ・ベルルギス殿じゃないか。騎士学校以来だな」
ガードラ某。
まぁ、要するに騎士学校の同期だ。
厄介なことに、閃姫派閥の筆頭みたいな男である。
筆頭というか、一番悪目立ちしていたというか。
「君こそ、随分と騎士らしくない出で立ちになったものだ。ミリリアンナ・アルトハルト」
厭味ったらしく、鼻で笑い飛ばすようにガードラは言う。
――これだ。
このガードラという男、騎士学校時代はいわゆる嫌味な三下貴族みたいな奴だった。
正確には貴族ではないのだが、ベルルギス家は騎士の名門。
その威光を笠に着て、私達雷母派閥の人間が何か失敗するたびに嫌味を飛ばしてきた男。
同時に自分たち閃姫派閥が失敗すると、それはもう絵に書いたようなリアクションをしてくれる愉快な男でもあった。
まぁ、でも直接顔を合わせて言葉を交わしたい相手ではない。
今のように、皮肉がポンポン飛んでくることは想像に難くないからだ。
とはいえ、今の私の出で立ちが騎士とは到底かけ離れていることもまた事実。
白いYシャツみたいな服と、体のラインが割とはっきりでる茶色のズボン。
それに革の胸当てという、割りとありふれた冒険者ルック。
前世の記憶から、これぞ冒険者! という感じのデザインだったから選んでみたものの、体のラインがはっきり出る以外は結構男っぽいデザインだ。
思うに、この若干男装みたいになってるファッションが、結構女性ウケしてるんじゃないかと思うんだがどうだろう。
話がそれた。
あまりにも目の前の男と話がしたくなくて意識が現実から逃避していた。
数秒のことだが、沈黙が降りてくるには十分な時間だ。
私は気持ちを切り替えてガードラに呼びかける。
「そうだな、今の私は騎士とは関係ない。そんな私に何のようかな? あいにくと、こちらも暇ではないのだけど」
「…………」
対して、ガードラはなんとも言い難い表情をした。
苦虫を噛み潰したような……いや、どちらかというとこれから切り出すことに気まずさを覚えているような。
らしくない顔だ。
何かしら不本意な発言をする時、この男はもっと露骨にそれが顔に出ているはずだが。
極力、抑えようとしているように見える。
つまり、どういうことだ?
「……そうだな。ミリリアンナ・アルトハルト“殿”」
「おお?」
言いにくそうに、ガードラは居住まいを正して私の呼称に“殿”をつけた。
これはつまり、もしかしてそういうことか?
「貴殿に要請がある。騎士団の秘蹟調査に同行し、協力していただけないだろうか」
そして、ガードラ・ベルルギスは、私に向かって。
綺麗な一礼を見せた。
騎士として、国の代表として、軍人として相応しい。
礼節の伴ったお辞儀だ。
――騎士学校時代のガードラからは、想像もつかないような。
「……その要請が、私には魅力的に映らないことは理解しているね?」
「…………ああ、貴殿はソロの冒険者だ。騎士団に同行するよりも、単独での秘蹟調査の方が性分に合っているだろう」
「あくまで協力の要請。騎士団としても私がその要請を断ってもいいと考えているし、断ってもお互いの関係に支障が出るわけではない」
「その通りだ。もとより騎士団は騎士団のみで秘蹟を調査できるだけの戦力がある。この要請も、お互いにメリットがあると判断してのことだ」
私の言葉に、ガードラはつらつらと返答する。
騎士団の総意、もしくはガードラの所属する騎士団の長の方針を答えているのだろう。
……そう、ガードラは決して騎士のトップではない。
この国に騎士団はいくつか存在するが、そのトップは騎士学校を卒業して二年でなれるようなものではない。
つまり今のガードラは、
「……く、ふふ、ははは」
「んなっ!?」
下っ端なのだ。
雑用係、もしくは使い走り。
おそらく、私の同期だからと騎士団に命じられてここまでやってこさせられたのだ。
それが何だか、どうにもおかしくて。
懐かしい気分と、感動で笑いが止まらなくなってしまった。
「なぜ笑う!」
「いや、あの口を開けば皮肉しか言わない男だったガードラが、この二年で随分大人になったものだなと、少し感動してしまってね」
「……悪いか!? 俺とて当時のままではいられないのだ。流石に当時対立していた雷母派閥のトップに情けない姿は見せられないと思い皮肉を飛ばしてみたが……思い返せば恥ずかしい限りだ!」
いやいやと私は首を振る。
「情けないものか、むしろ立派じゃないか。苦労しているんだろう?」
「…………ふん、派閥闘争に負けて騎士の立場から逃げたお前に言われる筋合いはない」
「いいね、調子が戻ってきた」
でも、顔が恥ずかしそうにしているのはマイナスポイントだ。
いやしかし、本当に。
二年、決して短い時間ではない。
私はAランクの冒険者になったし、皮肉屋の悪ガキも今ではこうして自身の責務を全うしている。
気がつけば、二年だ。
「そういう雷母殿は……昔と変わらず自由気ままなようだ」
ふと、ガードラは納得した様子で頷いた。
だがその一言は少し疑問が残る。
自由気まま? 私が?
「ガードラ、君には私が自由気ままに見えているのか?」
「……? そうでなくて何だと言うんだ? 学生時代は最強の騎士の名を閃姫様と二分し、今では騎士の身分を飛び越えて、世界有数の冒険者になってしまった」
ああ、うん確かに。
ガードラは対立派閥の、それも私に常日頃から敵対的な言動を繰り返してきた男だ。
とはいえ、ガードラにとって私は自身の派閥の長である閃姫に匹敵する騎士であるという認識は当然ある。
まぁどういうことかといえば、彼にしてみれば私は凄い存在なのだ。
実態はどうであれ。
騎士の身分を飛び越えてとはよく言ったものだ。
最初は私を逃げたと皮肉ったのに、本音ではそんなふうに思っているんだから。
でもねガードラ、残念ながら私はそんな立派な人間ではないよ。
「ガードラ、私はね……人生を自由に生きてなんかいない」
「はぁ?」
信じられないものを見るような目。
ああ、そんな風に見られると、少しばかり申し訳なくなってくる。
だって私は――
「私は人生を自由ではなく適当に……そう、漫然と生きているんだ」
そんな大層な生き方など、全くしてはいないんだから。
嫌味な三下貴族……ではない! みたいな話。
二年も立つとイケイケだった陽キャも、真面目な社会人になるんですよっていうのを遠目に見てる感じです。