TSして容姿にも才能にも恵まれたけど、漫然と生きる転生者。 作:フル圧
ダンジョンの最奥には守護者という存在がいる。
それは神が作り上げた秘蹟への侵入を阻む関門。
これを突破できないならば、Aランク冒険者でも秘蹟へ侵入することは叶わない。
その実力は、概ねAランクの魔物とそう変わらない。
Aランクの魔物の強さは、Aランクの冒険者が
ここだけ他のランクとくらべて飛び抜けて強さが異なる。
というのも、Aランクは一般的に、存在するだけで街や国が滅びかねない災厄に与えられるランクだ。
逆に冒険者のAランクには、実力以外にも周囲からの推薦、本人の素行等の要素が見られることになる。
ようは、Aランクというのはそれだけ特別ということだ。
そしてSランクはそれ以上。
Aランクは現実的に存在しうる災厄。
地震や台風が、前世であれば年に一度は大きいものに国のどこかは見舞われるように。
逆にSランクは、それこそ世界をどうにかしてしまうレベルの代物に対して与えられるランク。
わかりやすいところで言うと……恐竜を滅ぼしたという隕石とかは、この世界ならSランクに分類されるだろう。
人類の冒険者も、それ相応に大きな功績を残さないとSランクにはなれない。
直近だと……千年前の人類と魔物の戦いを終わらせた“黒姫”と“幻月老狐”あたりか。
話を戻すと、私達は現在その守護者がいるエリアの眼の前までやってきていた。
ダンジョン攻略も三日目、正念場といったところだ。
で、問題はその守護者なんだけど。
「たしかここの守護者って、他にはない結構厄介な特性があったと思うんだけど」
「そうですねぇ、まずは守護者特性としての膨大な魔力は当然として……」
入る前に、私はマルセナに守護者の詳細を問いかける。
彼女は、このカタラクトの巣穴の守護者がどういう存在かを把握しているのだ。
まず、そもそも守護者というのはAランク魔物相当の能力を有する。
それと同時に、守護者独自の特性として、無限に近い魔力というものがある。
これは神がダンジョンを作る際に込めた魔力を守護者は好きなだけ汲みあげることができるというもの。
実際には無限ではないが、ダンジョン一つの魔力を枯れさせるためには、計算上一万年程度の時間が必要で。
しかも、それは時間経過で回復する分を含まない。
なので実質無限、というのが正しいか。
そして最後に、守護者の持つ、固有能力。
「このダンジョンの守護者の名は“ディアクラ”。模倣能力を有しています」
模倣能力。
つまりコピー能力。
コピーといっても、コピーの仕方は色々ある。
“ディアクラ”の場合は――
「相手の最も苦手とする存在を模倣する……んだっけ」
「最も苦手とする強者を模倣しますねぇ。例えば、Aランク魔物とか」
「うへぇ」
いや、Aランク魔物相当の強さがあるんだから、それくらいは当然なのだけど。
守護者は基本的に攻略されることを前提としているがAランク魔物はそうではない、という違いがある。
前者には弱点があって、後者にはないと考えればわかりやすいか。
いや、後者には一応弱点がある。
“魔力切れ”だ。
――つまり、結果的にディアクラがAランク魔物を模倣した場合、実質的に弱点のない守護者が誕生する。
厄介だ。
「しかも私達の場合は……」
「おそらく、“人間”を模倣すると思われます」
「…………閃姫、かなぁ」
そしてディアクラは人間を模倣することができる。
つまり私達の場合誰が模倣されるかといえば、間違いなく閃姫以外にないだろう。
私、雷母ミリリアンナが最も苦手とし、最も強いと認識する相手。
「閃姫ちゃんですかぁ……」
「そういえば、マルセナって閃姫に思うところってないのかな?」
「……? 無いですよ? 閃姫ちゃんは
「…………ふぅん」
なるほど、なるほどね。
前々から気になっていたけど、聞いてこなかったことをついでに聞いてみたが。
ともかく、
「相手が閃姫なら、切り札は当然マルセナだ。くれぐれも頼むよ?」
「解っていますってばぁ。アンナちゃんのことは、妾が絶対に守ってあげますからねぇ?」
「なんで肩に手をおいた!?」
あっちいけ、しっし!
まったく、油断も隙もない。
今朝だって起きたら自分から潜り込んできたことを忘れて暴走しようとするし。
うう、まだなんか舐められた感触が残っている気がする。
しかしそんな事に意識を取られているわけにはいかない。
私はさっさとエリアへ侵入することにした。
その直後、後ろにいたはずのマルセナの姿が消えて、私は一人になっていた。
「は――」
まずい、と思うよりも先に。
私の体は“それ”が来ると
手を地につけての後方一回転。
そのまま、手をバネにさらに距離を取ると、空中で雷光を展開。
その場に静止した。
気がつけば、周囲は霧に覆われている。
何が起こったのか。
今、いきなり私の心臓へ向けて槍の穂先が飛んできたのだ。
何が起きたのか一瞬混乱したが、冷静になればなんてことはない。
私は今、幻術を見せられている。
それはつまり、
「――――何者だ、貴様」
しゃらん、と音がする。
鈴のようなその音色は、つまり“彼女”の錫杖が鳴らしているのだろう。
「そっちこそ、随分ご挨拶だね?」
霧の中から、カツカツという足音と共に彼女は姿を表す。
「――マルセナ」
先程まで、私の後ろにいたはずの女。
もしくは、私の味方だったはずの女が、こちらに敵意を向けてそこにいた。
「なぜ妾の名をしっておる? おかしな奴だ。魔の眷属かはたまた魔、そのものか……」
「おーおー、実際に見ると何だか雰囲気があるじゃないか。自称ちょっとえっちな優しいお姉さん?」
「何だそれは、莫迦にしているようだな。妾はそのような破廉恥な存在ではない」
一歩、霧から姿を表したマルセナがこちらに近づいてくる。
そうすると、彼女の後方にあった“それ”もこちらの視界に入ってきた。
尾だ。
それも、九つ。
白銀の美しい狐の尾がマルセナの背でゆらめいていた。
頭には、狐の耳までちょこんと生えている。
「いいだろう。妾の前に姿を見せたことを後悔するが良い」
しゃらん。
鈴を鳴らしてから、マルセナは錫杖の穂先を構えて見得を切る。
「我が名は“幻月老狐”マルセナ・プロリエ! 我が友“黒姫”クリスノートと共に、人類を守護するものである!」
そうして、マルセナは――
かつてのマルセナ、それも全盛期のマルセナを模したカタラクトの巣穴守護者。
ディアクラが、私めがけて突っ込んできた――!
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マルセナ・プロリエ・フォクセシア。
それがマルセナの本当の名前だ。
色々事情があってこれを全て名乗ることはないが、私はその本名を知っている。
彼女の正体を知っている。
今から千年ほど前、人類は魔物によって存亡の危機にあった。
無数のAランク魔物が各国を襲い、さらにはSランク魔物まで存在が確認される始末。
その絶体絶命の状況を救ったのが、一人の騎士と一人の“狐”。
“黒姫”クリスノート。
そしてそんな彼女に付き従う神より遣わされた獣、“幻月老狐”マルセナだ。
基本的に、神はこの世界には不干渉である。
天啓として声を届けることはあるものの、直接その力を振るうことはない。
唯一、例外として神が人に与えられるものがある。
“神意”と呼ばれるものだ。
カムイ、もしくはシンイとも呼ばれるそれは、神が人に与えた力そのもの。
神意を与えられた人間は、その神の名を名乗ることが許される。
そしてこれは人に限らず、時には動物にも与えられることがある。
それがマルセナだ。
マルセナは神にその力を与えられて以来、千年もの間この世界を生きてきた。
その間に色々あって、今の“自称ちょっとえっちな優しいお姉さん”に落ち着いたけれど。
本来のマルセナの気質はあんな感じ。
一応話に聞いてはいたけれど、本当にあんな偉そうな感じだったと知って私は思わず目を白黒させたよ。
でもまぁ、言葉を交わしてみればなんてことはない。
アレはたしかにマルセナだ。
つまり、どうやら模倣の守護者ディアクラは、私たちの記憶の中から
というのも、今のマルセナは当時ほどの実力を出せない。
見た目的にも、白銀の九尾は今のマルセナには備わっていない。
他にも、今私はマルセナから完全に切り離された状態にある。
言葉も交わせなければ、お互いに物理的な干渉も完全に不可能。
これは全盛期マルセナの幻術が、
“幻月”マルセナ・フォクセシアの能力はあくまで単なる幻術。
他人の精神面に作用して幻覚を見せる能力だ。
しかし、“幻月老狐”マルセナ・プロリエの場合、それを空間にも作用させることができる。
今私がいる霧の空間は、マルセナによって切り取られた異空間。
幻の世界といったところか。
言うまでもなく厄介な相手だ。
ただでさえマルセナの幻覚は私でも防げない。
さらにはこっちのマルセナが隔離されてしまったせいで、私は一人でディアクラに挑まなくてはならない。
なるほど確かに。
私の記憶の中でもっとも強力で、そして苦手とする相手だ。
ああ、でもやっぱりというべきか――
……やっぱり、君のとなりに黒姫はいないんだな、マルセナ。
わかった、わかったよ。
こういうのは個人的には不本意ではある。
他人の心の闇とかどうでもいいし、それで誰かに迷惑をかけたり本人が死を選んだりするのでなければ気にもとめない。
でも、それで私に牙を剥かれたら私は迎え撃たないわけにはいかないだろう?
何度でもいうけどね、マルセナ。
私は決して黒姫クリスノートではない。
ましてや、
黒姫クリスノートはもうこの世界にはいない。
いないんだよ、どこにも。
それがわからないようならば、
仮にも雷母と呼ばれる身。
仮にもAランクの冒険者。
仮にも、君にお世話になった者として、
君にそのことを、教えてあげなければいけないな!
主人公がマルセナに対してアクションを起こそうとする理由は一番最後の世話になったからが8割です。
主人公はそういうやつです。という話。