アニメ最終話で、喜多ちゃんがぼっちちゃんのこと抱きしめながら腹話術してる場面あるじゃん?最後後ろからその二人が描かれてるところを見てさぁ 作:明太子美味しい
――動かないで。
「ピッ! は、はい」
私は彼女の顔へとゆっくり手を伸ばす。そして私は、彼女の口元についたチョコを親指で拭った。
「アッ」
彼女は驚いた様子で目を見開き、私の親指を見つめている。
そんな彼女から見えるように――
「ピャァァァァッ」
――親指をゆっくりと口に含んだ。
++++++
「明日はバレンタインデーだねぇ」
バンド練習も終わってゆっくりとしていたとき、伊地知先輩はのほほんとした顔で告げた。
そう。明日、二月十四日は女の子が大切な人、意中の相手、お友達といった様々な人に対してチョコを送るイベント、バレンタインデーである。
恋する女の子にとってこのイベントは決して逃せるものではない。明日は私の、今後の行く末を左右するといっても過言ではない日になるだろう。
既にチョコは用意してある。私は成功を確信した。明日は幸せな一日となるだろう。
うぉぉぉぉと背中から炎を出して気合を入れる私に、伊地知先輩は苦笑いを浮かべた。それから他のメンバーに話しかける。
「リョウは毎年凄い数のチョコを貰っているよね」
「うん、お陰でお腹が膨れる。バレンタイン好き」
「はいはい。あとは――ってぼっちちゃん!?」
先輩の叫び声に私は驚いて振り返る。なんとそこには、体中をガクガクと震わせているひとりちゃんの姿があった。
私は慌てて彼女の元へと駆け寄った。彼女は小さい声で何かを呟いている。
「バレンタインデー。それは、陰キャトラウマ学校イベントランキングで毎年上位にランクインしている忌むべき日だ。この日は毎年多くの陰キャが期待して、そして無惨に散っていく。この日の陰キャ達は遅い時間に登校して下駄箱を確認し、教室では周りにバレないように机の中を覗き込む。それから一日、ソワソワとした姿で学校を過ごすも誰からもチョコを渡されることはない。放課後も無駄に図書室で時間を潰し、一縷の望みをかけて下校時に下駄箱を確認する。そしてがっかりして帰宅するのだ。その姿は憐れな敗者そのものであり、自分はやはり陰キャだと――」
――ちょっとひとりちゃん!
ここまで饒舌な彼女は初めて見た。その事実になんというか、虚しくなった。
遂に彼女は、体中をドロドロに溶かし始める。慌てて抱き締めるも、ベチャリとした感触を私に伝えるだけ。彼女のふわふわは溶けて無くなってしまったようだ。
明日は絶対ひとりちゃんにチョコを渡して、バレンタインは良い日だと教えてあげよう。
私は強く決意した。
それから私達は何とかひとりちゃんを人間に戻し、余計なことを言う前にさっさと解散した。
++++++
翌日のお昼休み、私はひとりちゃんをお昼ご飯に誘った。もちろん、私と彼女の二人っきりだ。私はチョコレートを紙袋に包み、お弁当とそれを持って階段下のスペースへと向かった。そこで彼女と合流し、一緒にご飯を食べる。その際に何かが起こることはない。起こるならこの後、チョコを渡すときだろう。
二人でごちそうさまでした、と声を揃える。それから私は早速とばかりに、彼女にチョコレートを渡した。
「き、喜多さん! あり、ありがとうございます!」
目の前には、私からチョコを受け取ったひとりちゃんの姿。彼女はえへえへと笑っている。チョコを貰えたことがよっぽど嬉しかったみたいで、少しだけ涙目になっていた。それだけ喜んでもらえると、私も嬉しくなる。
――おいしい?
「は、はい! とってもおいしいです! そ、それにまさか私がチョコを貰えるなんて。お母さん以外の人から初めて貰いました」
なんとも悲しい話を聞いて胸が痛くなった。これからは私が毎年送ろうと強く決意した。
美味しそうに夢中でチョコを食べるひとりちゃんは、口の端にチョコが付いていることにも気が付かない。もっきゅもっきゅと頬を膨らませて味わう彼女は、小さな子供みたいで可愛らしい。
夢中で食べている彼女は、突然何かを思い出したかのように私のことを見て呟いた。
「あ、で、でも、私何もお返し持ってきてない……」
彼女は猫背のまま、しょんぼりとした雰囲気を醸し出す。
お返しは無くても大丈夫とは伝えたけれど、やはりどこか悩んでいるご様子。彼女は優しい心の持ち主だから、そういうことも気にしてしまうのだろう。
ひとりちゃんが美味しそうに食べてくれる、それだけで私は十分だ。それだけでお腹いっぱいなのだ。けれど彼女は凹んだ様子で――
「……お友達からのプレゼントにお返しも出来ないのか。やはり陰キャはチョコを貰ったって陰キャなんだ。もしかしたら私なんかよりナメクジの方が存在意義あるんじゃないか? もうだめだぁ」
――ボソボソと自分を責め始めた。
まずい、このままでは昼休みが終わるまで自分の世界に入ってしまう。何とかして彼女をこちら側に戻さなければならない。
状況を打開するために私は彼女を観察し、必死に思考を巡らせる。
そんな私の脳内に差し込む、一筋の光。
この状況でしか使えない、たった一つの有効な解決法。
まさに天啓……!
少し恥ずかしいかもしれないが、彼女を助けるために頑張るとしよう。それに、私にとってもこれは幸せな結末になるかもしれない。
私は早速、行動に移した。
――それなら、お返しにチョコを貰おうかしら?
「えぇ? で、でも、今は何も……持っていないです」
いや、ひとりちゃんはチョコを持っている。彼女自身が気付いていないだけだ。私は彼女からチョコを貰うために間近まで近づいた。そんな私に驚き、彼女は少しだけ後退りする。
――動かないで。
「ピッ! は、はい」
私は彼女の顔へゆっくりと手を伸ばす。そして私は、彼女の唇についたチョコを親指で拭った。
「アッ」
彼女は驚いた様子で目を見開き、私の親指を見つめている。
そんな彼女から見えるように――
「ピャァァァァッ」
――親指をゆっくりと口に含んだ。
興奮にお腹の奥がカッと熱くなった。
私は今の状況を再確認する。ひとりちゃんの唇に触れたチョコレートを食べた。つまり今、私達は学校で交わってしまったのだ。客観的に見てもこれは事実だろう。そのことを実感して少しだけ恥ずかしくなった。私は誤魔化すように彼女に話しかける。
――チョコ、美味しいわね?
「ヒャイ」
彼女は頬を染めて、チラチラとこちらを見ている。その視線は私の親指と唇を交互に移動していた。
あはっ。
彼女も意識してくれているようだ。その表情はトロンとしていて、ポーっと私のことを見つめている。
興奮しているひとりちゃんは本当に可愛らしい。私は目を瞑って、その事実をしみじみと噛み締めていた。
「き、喜多さん!」
そんなとき、ひとりちゃんが突然声を上げる。
驚いて目を開けるとそこには――
――唇にチョコレートを付けたひとりちゃんが居た。
あっ。え……?
私の思考が停止した。そんな私に、彼女は畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
「ま、まだ! お返し、で、出来てません……!」
……ひとりちゃんが悪いのだ。
+++
気付いたら自分の教室に居た。
ここまで戻ってきた記憶がない。時間を確認すると、五時間目の授業まであと五分だ。恐らく、予鈴を聞いて急いで戻ってきたのだろう。
……私は何をしてたんだっけ?
確かあの後、興奮して彼女を壁に押さえつけたような気がする。そこまでは何とか覚えているのだ。けれど、その先が思い出せない。
なにか凄いことをした気がする。
何故だ、何故私は何も覚えていないんだ。
私は頭を抱えて机に突っ伏した。そんな私の様子を見てたのか、友人達が話しかけてくる。
「喜多ちゃん大丈夫? 教室に戻ってきたときもぼーっとしていて、少し心配――えっ!」
私の顔を見た彼女達は、会話を打ち切って驚いたように声を上げた。
――どうしたの?
当然、疑問に思った私は彼女達に尋ねた。
「その、ね? 喜多ちゃん――」
私は彼女の言葉に意識を傾ける。
「――喜多ちゃんの唇にチョコが沢山付いてるんだけど……」
……うそ!
私は急いで手鏡を取り出して確認する。
そこには、チョコで唇を少しだけ黒く染めた私の顔が写っていた。
もしかして私は、ひとりちゃんと キタキタ しちゃったの!?
何で覚えてないんだ……!
私は一体何をしたんだ……!
唇をペロリと舐めてから私は、その記憶を思い出そうと躍起になったのだった。
ぼっちの唇は、お家に着くまで誰にも指摘されることはなかった。