箸休めみたいな話。あと前回残り二話で完結って書きましたけど三話でしたわ。
「終わった……」
休日の昼過ぎ。私はノルマチケットを捌くために地元の街へ繰り出していた。
今日は花火大会があるので人通りも多い。浴衣を着ている人、子供連れ、カップル。街をゆく人々は皆笑顔で楽しそう。
そんな楽しい雰囲気の中、私だけが浮かない顔をしている。
その原因はノルマチケット。他のみんなが早々にノルマを終わらせる中、私は未だに三枚もチケットを持て余している。
ああ……調子乗ってたなぁ……。記憶が戻ってからはなんでも出来る気しかしてなかった……。
虹夏ちゃんが気を使って『ぼっちちゃんは記憶が戻ったばっかりだからノルマ無しでも良いよ!』と言ってくれたのに、みんなの役に立ちたいと思った私はその申し出を断ってしまい……。
今に至るわけである。
記憶が治ったからと言って、私のコミュ障まで治った訳じゃなかった……マイナスがゼロに戻っただけだった……。
ビラも作ったけど……コミュ障だから配れない……。
はあ……こんなことならお母さんに見栄なんかはるんじゃなかった……。ふたりの煽りに耐えて、お母さんに甘えてでも配りきれば良かったんだ……。
後悔と焦りで消えたくなってきた。そんな時、事件は起きる。
現実逃避のためにぼーっと、路傍の人を眺めていると、目の前で人が倒れた。
「うう……」
……行き倒れ!? 初めて見た……。
どどど、どうしよう……? 救急車呼ばなきゃ……。
「み……ず……お水ください……」
あっ……私に話しかけてる……?
「あっ、はい! 今そこで買ってきます!」
「それと酔い止め……あとしじみのお味噌汁……おかゆも食べたい……介抱場所は天日干ししたばっかのふかふかのベッドの上で……」
す、凄い注文してくる……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私はすぐにコンビニに駆け込んで、揃えられるものは買い揃えて倒れたお姉さんに渡した。
「ぶへぁ〜……肝臓に染みる〜……」
味噌汁を飲めるくらいには回復したみたい……良かった……。
「助かった〜! 本当にありがとう! 名前なんてゆーの?」
「あっ、後藤ひとりです……」
「はー! かわいい名前だね!」
絡んでくるタイプの酔っ払いだ……早めにどっか行ってほしい……。
「やっぱりお酒はほどほどにしないとね! って言ったそばから飲んじゃうんだけど!」
それはそれとして、この人やばい人かもしれない……。
さっきまで死ぬ寸前だったのに、床に大量のパック酒と一升瓶を並べて酒盛りを始めてるし……さっきから私に向かって話してるつもりなんだろうけど、目線の先に私は居ないです……。
「ひとりちゃんも飲む? 安酒だけど……ん? ひとりちゃんって未成年だっけ? ……ってあれ? 聞いてる?」
……よし、走って逃げよう。この場所以外でもチケットは売れるし……。
「なんでさっきから何も言ってくれないの……? うわっ! ひとりちゃん体冷たい! コンクリみたいだよ!」
「あっ、それじゃあ私はこれで…………」
勇気を出して逃げ出すことにした私。その一歩目を踏み出した瞬間。
躓いた。ああ、こんなことなら普段から運動してけば良かった……。
「あ! ギター! 弾くの?」
躓いて転びそうになったところを、私が背負っていたギターを掴んで支えるお姉さん。
「私もバンドやってるんだー! インディーズなんだけどね!」
ひいいぃい…………この人楽器やる人!? 下手なこと言う前に逃げよう……!
「あっいや買ったはいいんですけど一日で挫折して今から質屋さんに行くとこだったんです、もっと相応しい人にこのギターを使ってもらって大空に羽ばたいて欲しくて! 私は全然弾けません! すみません!! 何円で売れるかな!? 今日は焼肉だああああ!!」
「待って」
「え?」
「一日で諦めるのは勿体ないよ。もう少し続ければそのギターに相応しい人になれるかもよ?」
……あれ? 思ったよりまともな人っぽい……。
「あっ、いや今の話全部嘘です……」
「すごいスラスラ嘘つくね!?」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
思ったよりもまともな音楽好きのお姉さん……と認識を改めたのも束の間。世間話をしているうちにやっぱりこの人やばい人かもしれない……と思わせる言動ばかりしている……。
お姉さんはバンドではベース担当のベーシスト。お姉さんにとって、お酒とベースは命よりも大切なものだから肌身離さず持ってるそうだ。
……どう見てもベースを持ってないのに……。
それを指摘したら居酒屋に忘れてきたとの事……。私はお姉さんに連れられて一緒に居酒屋までベースを回収しに行った。
「じゃ〜ん! 私のマイベース! スーパーウルトラ酒呑童子EX! かっこいいでしょ?」
「あっ……かっこいいです……」
「昨日も大活躍だったんだよ〜? 打ち上げで飲みすぎて朝気づいたら全然知らないここに来てたんだけど!」
どうしてそんなになるまでお酒を飲むのだろう……? 未成年の私にはお酒の良さが全く分からない。
「あの……どうしてそんなになるまでお酒を飲むんですか……?」
単純な疑問だ。酔っ払うと楽しいとか聞くけど……それだけでそこまでお酒を飲めるものなの……?
「いやー! お酒飲んだら将来の不安とか、嫌なこととか全部忘れられるからさ〜つい! 私はこれを幸せスパイラルって呼んでるんだけど!」
悲しい幸せだ……。
あっ……嫌なことを忘れられる……? 嫌なことを現在進行形で忘れている私と重なる……。
今の私が享受している幸せは……悲しい幸せ……なのかな……。
「ひとりちゃんも大人になったら絶対お酒ハマるって……ってあれ? ひとりちゃん大丈夫?」
「あっ……はい……大丈夫……です……」
あっ……ぼーっとしてた……。
「さてはひとりちゃん……悩みがあると見た! お姉さんになんでも話してみ!」
悩み……二つあるけど……まあこっちの方が優先か……。
「あっ、私のバンド今度ライブするんですけど……」
私はお姉さんに今の困っている状況を伝えた。
「うう……ひとりちゃんは悲劇の少女だったわけか……チケット売るの大変だよね……私も最初は苦しんだな〜」
泣いて同情してくれるお姉さん……やっぱりいい人……!
「よし! 命の恩人のために私がひと肌脱ごう!」
「えっあっ、私そういう趣味は……」
「……?」
何を言ってるんだこいつ? みたいな目で見てくるお姉さん。あれ……? どういう意味?
「今から私と君で路上ライブするんだよ!」
「あっえっ……えっ?」
……え? この人今なんて言った? 路上ライブ? 私が?
「えっあっえっ?」
「ビラもあるし、路上ライブで客呼んでチケット買ってもらうのが一番いいよ。今日は花火大会で人もいっぱいいるし」
「あっでも、機材とか何もないですよ…………?」
「ウチのメンバーに持ってきてもらうよ」
「いやっでもあの…………」
そんな私の抵抗も虚しく、問答無用で電話をかけ始めるお姉さん。
それからたった数十分で機材も揃ってしまった……。もうライブ出来ない理由の方が少ない……。
そしてとどめにお姉さんのこの一言……。
「金沢八景のみなさーん! 今からライブしまーす! タダなんで見ていってくださーい!」
ひいいぃぃ……通行人の視線がぁ……。
聴いてくれるお客さんがいるだけでこんなに違うものなのか……。緊張でピックを持つ指が震えてしまう。
「ひとりちゃん、そんなに緊張してるの? うーん……そんなに怖いなら目つぶって弾くとか?」
あっ、それなら行けるかも……普段真っ暗な押し入れの中で弾いてるし……。うん……それで行けるはず!
「でも、一応言っておくけど。今目の前にいる人は君の闘う相手じゃないからね! ……敵を見誤るなよ?」
……敵? え? どういう意味?
「それじゃあ始めまーす! 曲はこの子のバンドのオリジナル曲でーす!」
そんなこんなで始まった路上ライブ。
お姉さんめちゃくちゃ上手い……! 即興なのに音に全く迷いがない……すごく自信に満ちた演奏……私の演奏を完璧に支えてくれてるんだ……。
……それに比べて私は……お客さんに笑われてないかが気になって顔もあげられない……。
「がんばれ〜!」
「ちょっとあんた、何言ってんのよ」
「なんかギターの人不安そうだったからつい……」
えっ……? 心配してくれてる……?
そっか……初めから敵なんていない……。私が勝手に壁を作ってただけなんだ……。
見える景色が変わる。ここには敵はいない。一人一人が私の演奏を聞きたくて立ち止まってくれてるんだ。
だったらその期待に応えたい……! 本当の私の音楽を聞いて欲しい……!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いや〜良かったよ! ひとりちゃん!」
気づけばライブは終わっていた。お客さんは……みんな笑顔……!
私、上手くやれたのかな……これからライブもたくさんすれば、こんな景色もたくさん見れるのかな……見れたらいいな……。
「あの〜チケット買ってもいいですか?」
「えっあっはい!」
「初めて生でライブ見たんですけどすごい良かったです!」
「24日のライブも楽しみにしてますね!」
「あっはい! 頑張ります!」
やった……売れた……あと一枚だ……。なんか行けそうな気がしてきた……。
「そこの人たち〜! ここでのライブはやめてくださーい!!」
「あっごめんなさ〜い!」
怒られてしまった……許可取ってないからそうなるよね……。
「怒られちゃったし、この辺で終わりにしよっか」
「あっ……はい……」
機材を片付けて撤収の準備を始める私たち。あと一枚……残っちゃったな……でも四枚も売れたんだ……頑張った方……。
「最後の一枚、私が買うよ」
「えっ……いいんですか……」
お姉さんが買ってくれるらしい……本当に売り切れちゃった……。
「パック酒15本分以上のライブ、期待してるから……」
「あっ……はい……」
わーい……頑張らなきゃな……。
「……ひとりちゃんやい、君さては……もう一つ悩みがあるね?」
「あっ……えっ? なんで分かったんですか……」
「そりゃあ分かるよ〜。あんなにいい演奏してチケットも売りきったのに、そんな暗い顔してちゃあね〜」
そうだ。さっきから記憶のことが頭から離れなくて素直に喜べない。
嬉しいはずなのに、頭の隅には私が忘れたかったことについての悩みが染み付いて離れない。
嫌なことから逃げて、忘れることで得られる幸せは悲しい幸せと気づいてしまったから。
「お姉さんに話してみな! こちとらひとりちゃんよりも長い人生歩んでんのよ!」
「……私、こないだまで記憶障害があったんです……」
気づけば私の口は開いていた。
「前向性健忘っていう……新しいことが記憶できない障害で……でもそれは少し前に治ったんです」
「ん? 治ってる? それが悩みかと思ったけど」
「あっはい……実はその記憶障害の原因が私自身だったんです。私が思い出したくない記憶を思い出せないように……無意識に記憶を消していたんです……」
「……もっと簡単な悩みかと思ってた!」
「それで……その記憶を忘れたまま……バンドメンバーと活動するのはどうなのかと思ってまして……嫌なことから逃げたままみんなと過ごすことに後ろめたさを感じちゃいそうで……。
思い出したくなかったから、私は忘れることを選んだはずなのに、思い出してみたいと思ってる私もいて……」
「……なるほど。つまりぼっちちゃんは……これから何の気兼ねもなく活動するために、忘れたままでいるべきか、思い出した方がいいのかで迷ってるわけだね?」
「まさにそうです……」
まだ誰にも打ち明けていないことを話した。自分でも驚く程、自然に話していた。
誰でもいいから悩みを吐き出したかったんだ。
「……私ね、さっき嫌なことを忘れるためにお酒を飲むって言ったじゃん?」
「そうですね……」
「でもね、絶対忘れることは出来ないんだよ。酔いが覚めたら嫌でも向き合うことになる。
アルコールは脳みそを馬鹿にしてくれる。何も考えないでいいように、楽しいことだけを頭に残してくれる。
でもそれは一時的な快楽でね。アルコールが切れた時、本気で死にたくなるけど……それもお酒のいい所だと私は思ってて。現実は嫌なことだらけ。なのにお酒を飲んでる時は楽しくて仕方がなくて、『これが現実だったらな』って信じたくなる。でもきっとお酒だけだったら、そこまで楽しくないって思っちゃう。
嫌な現実があるからお酒が輝くんだよね! まあ私は四六時中飲んじゃってるんだけど!」
そう言ってお酒を飲み始めるお姉さん。
「まあ、つまり私が言いたいのは……思い出せるといいねってこと! どんなに嫌なことでも、向き合ってみれば意外と大したことないかもよ?」
……すごい……きっとこれはお姉さんだからこそ出せた答え。悩みを打ち明けても、お姉さん以外にこんなこと言ってくれる人は多分いなかった……。
「……ありがとうございます……元気出ました……!」
「良かった良かった! ひとりちゃんには暗い顔は似合わないよ!」
本当に元気が出た……! 流石人生の先輩……。
「それじゃあ……ライブ楽しみにしてるね! これからも悩めよ! 若人!」
「はい……! ありがとうございました……!」
こうして私はお姉さんと別れた。
かっこいい人だったなぁ……私もあんなバンドマンになれるかなぁ……。
今日はいい一日だった! そうだ! みんなにチケット売れたこと報告しよう! 清々しい気分で歩けるぞ〜!
と思いきや。人混みに消えたお姉さんが戻ってきた。
「ごめーん! チケット買ったら電車賃なくなっちゃった〜! お金返して〜……」
「……」
締まらないなぁ……。年下に金借りるバンドマンにはなりたくない……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
家に帰って日記を開く。
忘れたかったことについての答えはなくとも、ヒントならあるんじゃないか、という考えのもと、日記を読み直していく。
……ふふ、こんなこともあったなぁ……。頭によぎるのはそんなことばかり。
ヒントを得るつもりだったのに、いつの間にか思い出に浸ってしまっていた。
それは幸せなものだけじゃない。辛かった思い出ももちろんある。けれどそんな思い出だって、今までは忘れていたはずのものだと考えると不思議と嫌ではなかった。
「そうだ……練習しよう……」
結局、ヒントらしきものは見つからない。けれど過去の自分の努力に励まされた。ノートを読み進めていくごとに、あともう少し、あともう一回……と頑張りたくなる。
きっと私は真実を思い出すことになっても頑張れる。どんなに嫌なことでも、どんなに辛い記憶でも、私は絶対に逃げ出すことはない。
この時はそう思ってたんだ。
いいペースです。次の話を先に書き始めてたんで、すぐ出せそう。