この話を書くためだけに書いてた感がある。
初めて完結できそうすー
夢、というのは人間が記憶の整理の過程で見るもの。
過去の印象に残っている出来事を繰り返し見ることもあるし、その日の何気ない日常について見ることもある。
前提として、どんなにハチャメチャな夢でもそれは今までの見聞きしたものを元に作られている光景であり、不思議と見覚えがあるはずのものなのだ。
その点を踏まえてみて、今目の前に広がる光景は夢であるはずである。
しかし私には身に覚えのない光景でしかない。今見ている光景は私が初めて虹夏ちゃんに出会ってライブをした日の出来事。日記からの知識という形でしか知らないはずの出来事について、ここまで鮮明な夢を見れるはずがない。
つまりこれは私が忘れていた記憶である。とうとう思い出す時が来たのだ。
……なんで今日なの。明日はライブの日。真実を知る覚悟が無いわけじゃないけど、今日じゃなくてもいいじゃん……。
だが向き合うと決めたからには瞬きもせずに完璧に見届けなければならない。私は目の前の景色に集中し始めた。
虹夏ちゃんに連れられて歩いている私。その道中、気を使って話しかけてくれる虹夏ちゃん。その優しさに一ミリも応えない私。うう……黒歴史……。
そしてスターリーに入っていった。
それからは日記通りに時が進んでいく。虹夏ちゃんとリョウさんに出会って、軽い合わせ練習をして、ダンボールを被ってライブに出て、酷いクオリティのライブをした。
日記でしか知らなかった出来事を第三者視点で見るのはすごく新鮮だ。
しかし私が書き記したこと以外の出来事は起きていない。
そして私は何事もなくスターリーを出て帰路についた。
……あれ? 本当に日記通り……もしかして何も起きてない……?
電車の中では日記を書いている私、電車を降りてからも変わったことは起きていない。
そしてそのまま家まで着いてしまった。
おかしい……何か起きてないとおかしいんだ……。
何事もなく夜ご飯を食べて、何事もなく自分の部屋に行って、何事もなく日記の続きを書き始めて……。
……本当は何も起きてなかったのかな……? もしかしたら……何も起きてなくて、ただの勘違いだったとか……。
なんて思い始めた、そんな時だった。
おもむろに椅子から立ち上がり、日記を抱えて一階へ向かう私。そのまま玄関から家を出てしまった。
この時間に外に出ることなんて有り得ない。明らかに異常な行動である。
外に出た私はとにかく走っていた。運動不足の体に鞭を打って、息を切らせながら走って走って走り続ける。
なんでそんなに走れるの……? と思うほどに走っていた。今の私だったらとっくのとうにバテてる。何が私をそこまで突き動かすのか。私にも分からない。
しばらくしてから気づいた。私は海に向かっている。
汗だくでふらふらしながら私は段々と海へ近づいていく。ただ海まで散歩に来ただけなら日記を持ってくる必要なんてない。何か目的があって私は動いている。
そして私は防波堤の一番先までたどり着いた。
何をするつもりなのか、欠片も予想できない。
あと一歩進めば海に落ちる場所で私は立ち止まり、目を瞑って何かを考えているようだった。
しばらくした後、目を開けた私は胸に手を当てて自分に言葉を言い聞かせ始めた。
「大丈夫……大丈夫……みんなのことを忘れても人生は終わらない……また機会がある……」
この言葉を聞いて私は、私が何をしようとしているか薄々感じ始めた。
「そう……時間の無駄だった! 別に音楽で食っていけるわけでもないのに……バンドなんて……」
……そうか、そうだった……私は……。
「これで綺麗さっぱり……みんなのことを忘れられる……」
私は日記を捨てるつもりなんだ。
「お疲れ様……私……」
そして私は抱えていた日記を手に持ち、海の方へ向かって手を離す……
ことはなかった。海の底に沈むはずだった日記はうずくまる私が守るように、大事に抱えていた。
「この手を離すんだ後藤ひとり……離せよ……離せ……」
言動とは全く正反対に、大事に大事に日記を抱えている私。
そうだ……思い出した……日記を書きながらも悩みに悩んで、私が出した結論が結束バンドから離れることだった。
これ以上みんなといてもお互いに苦しいだけ。これが最適解のはず。
なんて、そんなことは全部建前だ。
私は怖かっただけだった。あの短いながらも充実した時間を、楽しかった時間を、みんなの顔も名前も、全て忘れてしまうことが怖かっただけ。
みんなのことを忘れたまま明日を一緒に過ごすくらいなら、いっその事全て忘れ去ってなかったことにしてしまえばいい。私はそう考えていた。
適当に理由をつけて、原因を相手に押し付けて、私の最適解はこれだと言い聞かせて、自分の気持ちに嘘をついて……。
本当は私はみんなとこれからもバンド活動したかった。普通で構わない。普通に……みんなのことも忘れずに……。
そんな普通が私にとっては遥か遠くのものだった。
この時の私には記憶障害が治りかけていることなんて知ることができない。
「嫌いだ……虹夏ちゃんも……リョウさんも……全部嫌いだ……」
そんな言葉が本心ではないことも分かってる。でも私が弾き出した結論が『結束バンドを忘れること』。
自分に嘘をついて、苦しみながら生きることを選んだのは私だ。
結局、何もせずに私は家まで帰った。自分で決意したこともやり遂げられない。そんな私が惨めで惨めで仕方がなかった。
自室に戻って泣きながら日記を書く私。
どうして私はこんなこと思い出してしまったんだろう。
みんなといてもお互いに苦しいだけなのに。
苦しいから逃げようとしたはずなのに、私は結束バンドに捕まって……。
記憶を消してもループするみたいに、後藤ひとりは同じことを繰り返している。
これではっきりした。私が忘れたかったもの。
結束バンドだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……大丈夫? ぼっちちゃん」
「あ……大丈夫……です……」
ライブ当日。関東には来ないと言われていた台風が直撃。
ライブをするには最悪の状況である。来れるはずだったお客さんも来れない。そもそもお客さん自体が少ないだろう。
それに今日見たあの夢だ。朝起きた時、今日スターリーに行くかすらも迷っていたぐらいには心に来ている。けれど逃げ出さずに私はスターリーまで来ていた。
どうにもあの夢が頭から離れない。どういう顔をしてみんなに会えばいいのか分からない。
今も合わせ練習の時間なのにまともに集中できてない。こんなことになるなら……思い出さなきゃ良かった……。
「じゃあ一回休憩にしよっか! ぼっちちゃんも体調悪いみたいだし……」
みんなが心配の視線を向けてくる。やめて……その優しさは今の私には……。
「あっ……ちょっとお手洗いに……行ってきます……」
そんな空間に耐えきれず、私はスタジオを出た。
鏡に映る自分を見つめてみる。我ながら酷い顔をしている。みんなが心配するのも無理はない。
「逃げるな……逃げるな……逃げるな後藤ひとり……」
鏡の中の自分に向かって言い聞かせる。逃げ出さないと決めただろ……。
逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……。
「切り替えろ……切り替えろ……私は……結束バンドのギター……後藤ひとりだ……」
顔を思いっきり洗って、もう一度鏡を見つめる。
「は……はは……ははは……」
自分でも驚いた。なんでこんなやつが鏡に映ってるんだ? なんでこんな出来損ないがこの場所に立ってるんだ?
「私なんかじゃ……ダメだ……」
あの日から私は何一つ変わっていない。記憶が戻ったはずなのに私はあの日に取り残されている。
気づけば私はスターリーを飛び出ていた。雨なんて気にしない。むしろ私を打ちつける横殴りの雨が心地よかった。
走る、走る、どこまでもただ遠くへ。私は走り続けた。息が切れても、足を挫いても、吐き気がしても。私はとにかく遠くへ逃げた。
もう走れないと思う所まで来た。それでも知っている風景から逃げ出せないのは、私の体力のなさを物語っている。
仕方がないので目の前の公園に入った。大雨なので誰も人はいない。
とりあえずブランコに腰掛けて休憩をする。体力が回復したらまた走ろう……。財布は置いてきちゃったから……歩いて家まで帰ろう……何時になってもいい……逃げ出せればそれでいい……。
いや、家まで帰ったところで……私は逃げられないんじゃないか……。みんな家まで来たことあるし……電話番号も知られてるし……。
「……ああ……どうしよう……」
勢いで飛び出してきたのでどうすればいいか分からない。
ただ一つ、ハッキリとしているのは私はもうみんなに会えないということだ。
「また……忘れたいな……」
あれだけ思い出したいと願ったのに、今じゃ全く逆だ。忘れたい、忘れたい、忘れたい……思い浮かぶのはそんなことばかり。
記憶を消していた私は正しかった。完璧に記憶が正常な状態でみんなに会えば違ったのだろうが、過ぎてしまったものはどうしようもない。
「私……交通事故で……記憶喪失になったんだよな……」
たった今、頭によぎった行為は最低な行為だ。親も悲しむし、みんなも悲しむし、多くの人に迷惑をかけることになる。
でも不思議と足は動き出す。道路……道路へ……。
「あっ……!?」
公園の外の歩道まで出たところ。そこで私は傘をさして歩いてくる人を見かけた。
こんな大雨の中、外を歩く人なんて滅多にいない。もしかして……みんなが探しに来て……。
段々と近づいてくるその人から私は隠れるべきだった。なのにさっきまで動いていたはずの足は石みたいに動かなくなる。
「……?」
その歩いてくる人は知らない人だった。こんな台風の中、傘もささずに立ってる私を見て、心底不思議そうな顔をして過ぎ去っていくだけだった。
「……ふふふ……へへ……」
私は馬鹿だ。なんだ、もしかしてって。今の人がみんなのうちの誰かじゃなかったことに喜ぶべきなのに、何故か私はがっかりしてしまっている。
私は今の人が虹夏ちゃんじゃないかって期待してしまったんだ。
自分を救えるのは自分だけって、オーディションの日に気づいた。なのに……まだ私は……誰かに救ってもらおうとして……。
「……」
もう逃げ出す気力も、走る車に飛び込む気も失せてしまった。再び私は公園のブランコに座る。
もう……消えてなくなりたい……。けど死ぬ勇気なんてない……。
下を向いたら涙がこぼれた。もう雨なのか、涙なのかも分からないけど……。
「ここに居たんだ」
前から声が聞こえた。その声は今聞きたかったようで聞きたくなかった声。
「虹夏……ちゃん……」
顔を上げると傘をさした虹夏ちゃんが立っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「後藤さん……遅いですね……」
「うーん……心配だなぁ……」
今日のぼっちちゃんはなんだか元気がない。ライブで緊張しているのとはまた別な感じのテンションだった。
「私、ちょっと見てくるよ」
トイレまでに向かう。ぼっちちゃん……どうしたのかな……。やっぱり何か悩んでいることがあるのかな……。
「ぼっちちゃーん? 大丈夫ー?」
そう言いながらトイレのドアを開ける。そこには誰もいなかった。
「……え?」
私はすぐにトイレを出てみんなの元に向かう。
「ねえ! ぼっちちゃんいなかったんだけど!」
「え!? 本当ですか?」
あの日の喜多ちゃんみたいにぼっちちゃんが逃げ出した。
ぼっちちゃんが逃げ出すなんて相当思い詰めていると見るべきだ。喜多ちゃんはメンタルが強いから簡単に逃げ出すことが出来るけど、ぼっちちゃんは人に迷惑をかけるくらいなら自分が黙って我慢するタイプ。
そんなぼっちちゃんが逃げ出したんだ。逃げ出すほどに思い詰めてたんだ。
「リョウはゴミ箱の中とか机の下とかぼっちちゃんがいそうな場所探しといて!」
「虹夏は?」
「外を探すよ」
「私も行きます!」
幸いにもまだライブまで結構時間がある。
「それじゃそっちは任せた!」
そう言って私と喜多ちゃんは大雨の中、二手に分かれてぼっちちゃん探しに繰り出した。
正直、ぼっちちゃんの居場所は見当もつかない。ただぼっちちゃんの体力を考えればそこまで遠くには行けないはず。荷物も全部置いていってた。財布がなければ交通機関も使えない。
ひとまず私は見落としがないように片っ端から道を潰していくことにした。
それで捜索を始めて一時間ほど経過した。二人から連絡は来ない。
私の方も成果は出ていなかった。刻一刻と迫る開演時間。それでもまだ余裕はあるが、リハーサルは出れるか分からない時間になってきた。
もしかしたらぼっちちゃんはもう既にすごく遠くへ行ってるんじゃないかな……と思い始めた頃。
「あっ、ここ懐かしい……」
気づいたら下北沢から出ていた。ここら辺はギリ土地勘があるくらいであまり詳しくは無いけど、この道は私にとって思い出深い場所である。
この道はぼっちちゃんを連れて歩いた道。この先を進めば……ぼっちちゃんに出会った公園だ。
あの日、喜多ちゃんが逃げ出して焦っていた私。私の知り合いにギターを弾ける人なんていないし、どこを探してもギターが弾けそうな人が見つからなかった。
もはやダメ元で探している中、私はぼっちちゃんに出会えた。長い時間探してやっと見つけた一人のギタリスト。背中に背負っているギターを見た瞬間、『この子しかない』って思ったんだ。この子に断られたら諦める覚悟で話しかけた。
懐かしい……と言っても三ヶ月くらいしか経ってないんだけど……。
「いるわけ……いや」
そう考えるとこの状況はあの日の私に似ている。いるわけない、時間の無駄かもしれない。けど1パーセントでも可能性があるなら。その可能性に賭けた結果、私はぼっちちゃんに出会うことができた。
私は公園に向かって歩き出す。またあの日みたいに……ぼっちちゃんが公園にいることを祈って。
公園の風景が見えてきた。大雨の中、たった一人。ブランコに人が座っている。間違えるはずがない。あの長い桃色の髪、すごい猫背、結束バンドTシャツ……。
私はぼっちちゃんを見つけた。
「ここに居たんだ」
「虹夏……ちゃん……」
なんて言葉をかければいいかも分からないほど、ぼっちちゃんはやつれた姿になっていた。
「みんな心配してるよ? ぼっちちゃん急にいなくなっちゃうからさ」
口からどうにか絞り出した言葉は薄っぺらいありふれた言葉。頭をフル回転させても全くかける言葉が思いつかない。
「……すいません、ライブは代わりのギターを見つけてどうにかしてください」
今の私の言葉はどれもぼっちちゃんに届かない。今のぼっちちゃんの反応を見て、そんな気がした。
「あ、あはは……冗談やめてよ……ぼっちちゃん以外に……結束バンドのギターは務まらないよ……」
「私なんかより立派な人はたくさんいます。私なんかよりもギターが上手い人は星の数ほどいます。私なんかよりも結束バンドに相応しい人は絶対にいるんです」
普段よりもハキハキと喋るぼっちちゃんが口に出す言葉は、普段のぼっちちゃんからは想像もできない重い言葉だった。
今のぼっちちゃんに響く何かを言えるほど器用な私ではない。
でも絶対諦めない。私はぼっちちゃんを救ってあげたいんだ。
大雨の中、私は傘を閉じる。
「……え?」
面食らった顔をするぼっちちゃん。そりゃそうだ。こんなに雨が降ってるのに傘を閉じるなんて私もおかしいと思う。
私はぼっちちゃんと同じように隣のブランコに腰掛けた。
「どうしたのかだけ教えてよ」
私はぼっちちゃんが何を考えて逃げ出したのかをまだ知らない。それを知らないと始まらないんだ。
「……特別な理由はないです……ただちょっと……みんなといるのが……辛くなっただけ……」
「私たちのことが嫌いになったってこと?」
「……いや……はい……そうです……だから今日でみんなとお別れで……」
「ふーん」
嘘だ。だったらなんでそんな悲しそうな顔をしているんだ。その涙は何?
ぼっちちゃんの本心は見えてこなかった。けれどやるしかない。
「……初めて会った日もこの公園だったよね!」
「……そうでしたっけ」
「そうだよ! あの日も今みたいにぼっちちゃんがブランコに座っててさ! 私ぼっちちゃんがギター背負ってるの見た時、すごい安心しちゃったんだ。まだ断られるかもしれなかったのに」
「……それでがっかりしましたよね……ギターが下手で……」
ううん、それは違う。
「全然そんなことなかったよ……だって……私のヒーローに似てたんだもん!」
動画で見るのとは全く違う。けど面影はあった。
初めて会った時のぼっちちゃんの反応。オーディションの日の演奏。いつしか疑惑は確信に変わった。
「それでさ、オーディションの日の演奏聞いて……私気づいたんだ
ぼっちちゃんがギターヒーローなんだよね?」
「……私は……虹夏ちゃんのヒーローなんかじゃ……」
ぼっちちゃんは卑屈な言葉をよく吐く。それはぼっちちゃんの自信のなさの表れでもあるが、今回ばかりはぼっちちゃんが正しいのかもしれない。
ギターヒーローは私のヒーローじゃない。それ自体は合ってる。
「私ね、ぼっちちゃんのギターの演奏が好き」
今の自分の気持ちを、自分が出せる精一杯の言葉を。形にしてぼっちちゃんに届ける。
「ぼっちちゃんの書く歌詞が好き。ぼっちちゃんの引っ込み思案な性格が好き。集中した時のぼっちちゃんのキリッとした顔が好き。かっこいいぼっちちゃんも、頼りないぼっちちゃんも好き」
ポカンとした表情のぼっちちゃん。ああ……失敗したかも! いきなりこんなこと言うのどう考えてもおかしいね!
けどもうどうにでもなれ。
「私、ぼっちちゃんが大好きだ! ぼっちちゃんの全部が好き!」
自分でも恥ずかしいぐらいの言葉を出し切った。これが私の本心。その本心を全て吐ききった。
これでぼっちちゃんに届かなかったら……なんて、そんなこと考えるな。全て出し切った。これで届かなくても後悔はない。
「……えっと……告白ですか……すいません私そういう趣味は……」
ああ……もう……。
「そういう空気読めないところも含めて! ぼっちちゃんの全部が好きなの! みんなそう思ってる! ギターヒーローじゃなくて、後藤ひとりだけが私の……結束バンドのヒーローなんだよ!」
ぼっちちゃんの肩を掴んで言い聞かせる。自信がないぼっちちゃんにもこれだけは知って欲しい。君が思ってるより何倍も……みんなぼっちちゃんが好きなんだ。
しばらく私たちの間に沈黙が流れた。永遠にも感じられるその時間を終わらせたのはぼっちちゃんのある行動。
突然パチンと自分の頬を叩くぼっちちゃん。そしてこう言ったんだ。
「すいません……今からでもリハーサル……間に合いますかね……?」
そう言うぼっちちゃんの目には光が戻っていた。
「……シャワー先に浴びないと!」
雨はまだ降り止まない。空模様はまだ曇ったまま。けれどぼっちちゃんの表情はさっきまでとは変わって、晴れた表情になっていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私は結局スターリーに戻ってきた。
店長さんにも結束バンドのみんなにも心配をかけてしまったことはすごく申し訳ない。
私が挽回するためにはライブで頑張るしかない。
昔から私にはギターしかなかった。私の取り柄はギターだけで、それ以外は本当に全てが人に劣る。そのギターでさえ、私より上手い人はいる。
そんな私のことを好きでいてくれる人がいる。
だったらたった一つの取り柄でも胸を張って生きていける。私を想ってくれる人がいるだけで勇気が溢れ出てくる。
もう絶対に逃げ出さない。誰になんと言われようとも私は結束バンドのギター、後藤ひとりなのだから。
それからライブの開始時間まではあっという間だった。
お客さんはやっぱり少ない。うちの親も来れないし、みんながノルマチケットを売った人も来れないようだった。
そんな中、お姉さんは来てくれたし、金沢八景でチケットを買ってくれた二人も来てくれた。
けれどやっぱり私たちの演奏を聞きに来た人は少ない。
心無い言葉をつぶやくお客さんもいる。私たちに期待してる人なんてほんの一部の人だけ。
良いとは言えない状況で始まったライブ。やっぱりみんな本来のパフォーマンスをすることが出来ていない様子だった。
私がやるしかない。
音をかき鳴らす。私のことを見つけてくれた虹夏ちゃんへ、私のことを好きでいてくれるみんなへ。感謝の気持ちを伝えよう。
みんなが好きになってくれた後藤ひとりは音楽だけじゃないと音楽だけで証明しよう。
……私は本当に結束バンドのことを忘れたかったのだろうか?
今日の出来事を経て気づいたことがある。私が結束バンドを忘れたいということ、それを私が思い出したら精神崩壊するのはなんかおかしい気がする。
……そうだ。私が本当に忘れたかったものとは……。
忘れてしまう現実を呪って、そんな運命を恨んで、ノートに書き綴ったあの言葉。
『みんなに出会わなければ良かった』
その言葉を書いたのが自分だと信じたくなくて、こんな醜い自分が嫌で嫌で……
自己嫌悪に自己嫌悪を重ねて、そのたどり着いた終着点が……
この言葉を書いたのは自分ではない……と思い込むこと。
不思議と日記の出来事を他人事のように感じてしまうのも、やけに前向きになれたのも、全て……私は本気で別人が書いたものだと思ってたから。
だから……私が忘れたかったものとは……
みんなの隣に立てる、後藤ひとりになるために。最低なことを考えた自分を忘れてもう一度みんなの隣に立つために……。
ほんの一瞬、出会ってしまった運命を恨んだ。出会わなければ良かったと思ってしまった。そんな最悪なことを願った……願ってしまった……。
そんな自分自身を……私は忘れたかった。
ねえ、聞こえてるかな……あの日の私……。
私たちの音楽を……私たちの魂を……。
あの日、憧れていたバンド活動がこんなに苦しいものだとは思わなかったけど……こんなに楽しいことだとも思ってなかったよ……。
音が……私たちの音楽が……時を超えて、距離を超えて、君に届くと良いな……。
『……ありがとう』
そんな声が聞こえた気がした。
次回最終話
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