二人が来てくれたことで店に入ることに成功した私。今日はもうこれで満足……という訳にはいかない。
今日の本題はバンドミーティング。バンドの今後の方針について議論を深めるために来たのだ。
テーブルを三人で囲んで座る私たち。なんだか友達っぽいぞ! と初めての体験に心が踊る。もしかしたら昨日の私が経験済みなのかもしれないけど。
「はい! ということで第一回! 結束バンドメンバーミーティングを開催しまーす! 拍手! パチパチパチ!」
わ、わー……。着席したらすぐにミーティングが始まってしまった……。意外とゆるい感じなんだ……。
私が記憶を失っていることには気づいていない様子。まあ日記のおかげで知識だけは補完できているから話が合わないことは少ないだろうし、私ってコミュ障で口数も少ないからずっと気づかれないことすら有り得る。
「それじゃあえっと……思えば全然仲良くないから何話せばいいか分かんないや!」
身も蓋もない……、まあ見方を変えればかえって良いのかもしれない。まだ交流を深めていないということは、私に昨日の記憶がないこともあまり問題にならないはず。
まあ仲良くなる度に辛くなるのは明日以降の私なのだが。
「そんな時のために、こんなものを」
「良いね!」
リョウさんが取り出したのは大きなサイコロ。面に書かれているのは話の話題。一面だけバンジージャンプとかいうやばいのが混じってるけど、テレビでよく見るサイコロトークに使うサイコロだ。
「ほいっと……なにっがでーるかな? なにっがでーるかな?」
「デデデンデンデデデン」
虹夏ちゃんがサイコロを振った。サイコロは床を転がって行き……
学校の話の面で止まった。
「でん! 学校の話〜! 略して、ガコバナ〜!」
「はいどうぞ」
即座に話を振ってくるリョウさん。友達が出来た時のための脳内シミュレーションを幾度も繰り返してきた私にはここでの最適解を出すことなんて容易い……けど……。
いきなり話振られて頭真っ白になっちゃった……。
焦るな……捻りだせ……話の起点になるようなこと言うんだ……。
「ふ、二人はどちらの学校に通ってるんですか……?」
よし! 我ながら良い切り出し! そう手応えを感じたのも束の間。
「あれー? 昨日言わなかったっけ? 私たちは下北沢高校! 下高!」
「すすす、すいません! 聞き逃してました!」
「いや、そんな謝ることでもない」
昨日言ってたらしい。
これが記憶を失った弊害。逆に今まで支障がなかったことが私の交友関係を物語っている。
やっぱりなんだか悲しい。私だけ長い間眠っていたかのような疎外感に襲われる。
「二人とも家が近いから選んだ」
「あっ……お二人とも下北沢にお住まいで……」
「あれ? ぼっちちゃん秀華校でしょ? 家この辺じゃないの?」
「あっ、いや、県外で片道二時間です……」
「えっ? なんで?」
「高校は誰も自分の過去を知らないところに行きたくて……」
「はいガコバナ終了──!」
ああ……私のせいだ……、私が空気読めないこと言ったから終わっちゃった……。
「じゃ、じゃあ次は好きな音楽の話〜! 略して〜?」
「音バナ〜」
「お、おとばな〜」
好きな音楽かぁ……これなら結構話せるかも……。
私は音楽が好き。ギターを弾くのも楽しいし、演奏するだけじゃなくて、聴く方も勿論好きだ。音楽サブスクにも入って毎日毎日色んな曲を聴いている。
最近の私も音楽は聴いているようで、ある日の日記には『この曲凄く良かったので今度カバーしといて下さい』と、未来の私に宛てたメッセージが書かれていた。
人任せにしやがって……と思いつつも、曲を聴いてみると確かに良い。いくら記憶が失われていようと、昨日の私も私。私本人が言うことなんだから間違いないのだ。
それに、『guitar hero』のイケイケ女子高生設定を守るためにも流行の曲は押さえておきたい。数年かけて築き上げた化けの皮が剥がれてしまうのは避けたいから……。
「私はメロコアとかジャパニーズパンクとか?」
「私はテクノ歌謡とかサウジアラビアのヒットチャートを少々……」
「絶対嘘!」
「本当だもん」
大方、昨日の私が書いていた通りの性格の二人だ。虹夏ちゃんは明るくて活発的、リョウさんは独特な雰囲気で不思議なことをよく言う。二人が会話してるのを聞いているだけでも楽しい。
「ぼっちちゃんは? 好きなジャンルとかある?」
「あっ、青春コンプレックスを刺激しない曲なら何でも……」
「え……? 青春コンプレックスって何?」
「あっ、青春コンプレックスって一般的には使われて無い言葉なんですかね……」
「聞いたことないよ!」
こういうやり取りは初めて。ツッコミをしてくれるような友達も欲しかったんだよ……私は……。
本当にこの人たちといると心が温かくなる。
だからこそ昨日の私には同情するし、私も今日の記憶を忘れたくないと思っている。
だけどそれは叶わぬ願い。今日過ごした楽しい時間も明日には忘却の彼方に。分かっていても何も出来ないのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「そうだ! ボーカルが見つかったら曲も作ろうよ! リョウが作曲できるしさ!」
音楽の話の流れのまま昨日のライブの話になり、この話題になった。
日記で昨日私がバンドに勧誘された経緯は知ってはいたけど、詳しい話を聞くと私が勧誘されたことは奇跡に感じる。まさか元々いたギターボーカルが逃げ出していたとは……。
運命に近い出会いだと思った。私に記憶が残れば完璧だったのに。
「禁句が多いならぼっちちゃんが作詞すれば良いじゃん!」
わ、わたし!?
私が作詞かぁ……小中9年間の休み時間は全て図書室で本を読むことに充てていたけど……。
一番の問題、というより唯一の問題は私の記憶障害。
私は記憶の都合上、作業の引き継ぎをすることが出来ない。昨日の私が途中まで歌詞を書き上げたとして、明日の私にはさっぱりだと思う。いくら同じ思考回路だと言えど、歌詞には日々感じていることが反映されるのだ。その日々が私には無い。
つまりは一日で全て書き上げないといけない。
まだ作詞はやったことないけど、一日で一曲書くのは至難の業だと思う。
「あっ……、頑張ってみます……」
でも私は何かを残したい。形のある思い出を残してみたい。確かに私がここに存在していた証拠を、姿を、明日の私に残してあげたいんだ。
さっきは何も出来ないと思ったが、私にも残せるものはあるじゃないか。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後もバンドミーティングは問題なく進行し、私たちは交流を深め無事に終了……
するなら良かったのに。
「バイト来週からね〜、学校終わったらうち直行で!」
「ばいばい、ぼっち」
「あっ……、はい……」
あろうことか、私はバイトをすることになってしまった。
ライブをするためには集客ノルマを達成する必要があるらしく、まだ人気がない私たちがライブをするにはバイトをしてノルマ代を稼ぐ必要があるらしい。
そこで私はスターリーのバイトに誘われた。誘われてしまった。
労働、それは私が最もやりたくないことの一つ……。
そこまでやりたくないなら断ればいい、と思うかもしれないが、断る勇気があるならコミュ障やってない……。
私は二つ返事で了解してしまった。まあ私は記憶が失くなるから他人事のように感じつつある。頑張らなきゃいけないのは来週の私なんだから。頑張れ! 来週の私!
二人と別れて駅まで歩く道。昨日の私もこの道を通ったのだろう。
その時の私の気持ちはどうだったんだろう。変化への期待、喪失への絶望、色んな気持ちが混ざっていたのかな。
でも今の私は少しだけ希望が見えたよ。日記以外に明日の私へ贈ることができるものが見つかったから。
今日の私にしか書けない歌詞。それが私が明日に託せるもの。
歌詞に反映されるのは日々の体験の積み重ねや思ったこと。その積み重ねが出来ないなら、毎日毎日歌詞を書けばいい。
経験の積み重ねで歌詞を書くのではなく、歌詞の積み重ねで一つの曲を完成させるんだ。
ダイイングメッセージならぬ、バニシングメッセージ。消えゆく私が最後に残せるものはこれだけ。
でも今は不思議と不安が消えた。絶望ばっかり明日に残しても意味が無い。
消えてしまうものは仕方ない。そうポジティブに捉えられるようになったんだ。
少なくとも今日の私はね。
次回辺りで記憶についてカミングアウトさせたい。