ぼうきゃく・ざ・ろっく!   作:勤フィ

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結末への布石みたいなやつ
曇らせはなし


忘れたくない、忘れたい、忘れたい

 

「かなり良くなってきています。なってはいるんですが……」

 

 いつも通りの平日。何故か私は病院に来ていた。訳も分からずお母さんに連れてこられたのだ。

 

 受診しているのは大きな病院の脳神経外科。

 

 

 なぜ脳神経外科かと言うと、私には記憶障害があるらしいのだ。

 

 交通事故で負った脳外傷によって引き起こされた記憶障害で、障害を負った日からの記憶が更新されない前向性健忘という症状が私が発症した記憶障害。

 

 それが発症してから二ヶ月弱が経過。私の記憶には二ヶ月間もの空白の期間があるようだ。

 

 

 そして私はこの症状を治すために、病院に定期的に受診してリハビリをしたり、回復の経過を診てもらっているらしいのだ。

 

 

「意味記憶と手続き記憶に関する記憶能力はほぼ回復しました。ただエピソード記憶が一向に回復の兆しを見せません」

 

「そうですか……」

 

 お母さんは理解してるみたいだけど、私には今の説明じゃさっぱりだった。記憶ってそんなに種類あるの?

 

 

「ひとりさんはエピソード記憶を司る部位に重大な損傷、ほかの記憶の領域に軽度の損傷を負いました」

 

 ポカンとしている私に気づいたのか、それとも私が記憶を失うことを分かっているからなのか。お医者さんが説明を始めた。

 

「先程行ったテストでは、ひとりさんが通う学校から頂いた情報をもとに、最近学んだことに関するチェックテストを行いました」

 

 この病院に来て、まず私は数学や英語のテストをやらされた。

 

 その内容はまだやっていないはずの高校の範囲の問題。私は何故かその問題の解き方を知っていた。

 

「勉強した内容は意味記憶に分類されます。つまり、ひとりさんは勉強したという体験は忘れてしまっていますが、勉強した内容は記憶しているのです」

 

 まあ答えは全然合ってなかったんですけど、と付け加えるお医者さん。私が馬鹿なのは記憶障害の影響じゃないんですか……? 

 

「手続き記憶は動作や技能に関する体の記憶です。

 ひとりさんは覚えてないと思いますが、最近バイトを始めたらしいですね」

 

 ……えっ!!?? バイト!? 

 

「ひとりちゃん、信じられないかもしれないけど、貴方昨日もバイトに行ってたのよ」

 

 えっ、ええ、ええええ〜……。

 

「そこの店長さんから聞いたんだけどね、『問題なく仕事をやっていた』って。仕事内容もメモを見なくても言えたそうでね。ちゃんと覚えていたそうよ」

 

 私がバイト……だと……? 私凄すぎる……。

 

「これで意味記憶や手続き記憶は完治したと言って差し支えないでしょう。しかし肝心なのはエピソード記憶の方です」

 

 エピソード記憶。それくらいなら私でも知っている。

 

 起こった出来事や経験したことの記憶に加え、その時に感じたことや、思ったことなどの感情を伴う記憶。それがエピソード記憶に分類される記憶だ。

 

「正直、エピソード記憶の方もいつ治ってもおかしく無い状態なんですよ。むしろ治ってないのが不思議なくらいです」

 

 うーん、でも私には記憶が全くない……。

 

「記憶に関してはどのような結論も憶測の域は出ないのですが……私は仮説を立ててみました」

 

「き、聞かせてもらってもいいですか……?」

 

 専門家の仮説だ。大外れしている訳でもないだろう。私は聞いてみることにした。

 

 

 

 

「ひとりさんの記憶が消える現象は防衛本能なのではないか、ということです」

 

 

 

 ……防衛本能? 記憶が消えることが? 

 

「例を出すなら……幼児退行。過度なストレスによって無意識的に自分を守るための行動です」

 

 私が無意識に記憶を消しているということだろうか? 本当にそんなことが有り得るのかな……? 絶対記憶が消えない方が便利だし……。

 

「元々はただの記憶障害だったのだと思います。しかし、その記憶障害の原因であった外傷は既に治っています。

 もし私の仮説が正しいとするなら、ひとりさんの脳は記憶をして多大なストレスを負うよりも、記憶を消し続けることを選んだということです」

 

 

 筋は通っているように聞こえる。問題は私がそこまでして忘れたいことがあったのか? ということ。

 

 私が記憶を失い始める時期から、脳外傷が治るまでの間にそんな出来事があったと言うのだろうか。

 

 

「ひとりさん、あなたには何か忘れたいと思う出来事があったのではないでしょうか? 答えは今までのひとりさんがつけている日記にある可能性が高いと思います」

 

 

 私が忘れたかったこと。当然、今の私にはその答えを出すことは出来ない。

 

「まあ仮説に過ぎませんので、頭の片隅にだけでも置いといてください」

 

 

 

 

 そこで検診は終わった。

 

 

 鍵になるのは今までの私がエピソード記憶のリハビリのために書いていた日記。私は早速目を通してみた。

 

 最近起きた何か変わったこと。それを探すためにページをめくり続ける。

 

 このページも違う……このページも違う……。

 

 

 もしこれで特に中学時代と変わらないことしか起きていなかったら、お医者さんの仮説は間違っていたと言うしかない。

 

 そんなことを考え始めた時だった。

 

 

 私はある出来事を日記で見つけた。

 

 

 私がバンドを組んだ。それは明らかに今までとは違う出来事で、その先のページを読んでみてもこれ以上の出来事は無い。

 

 

「……結束バンド」

 

 結束バンド、それがそこに書かれていたバンド名。

 

 しばらくは日記を詳しく読み込んだ。

 

 ライブ、バンドミーティング、バイト……。まるで私とは思えない程のアクティブさで、バンド活動を謳歌していた。

 

 到底、これが私が忘れたかった出来事とは思えない。だけどこれ以外に目新しい出来事は書いていない。

 

 バンドメンバーがいい人であること、私が凄く楽しんでいることがひしひしと伝わってくるこの日記には、私が忘れたいことなんてないように思える。

 

 1ページだけ不穏なことが書かれていたが、それも私がバンドメンバーのことを忘れたくない故に書いたことだと分かる。

 

 

 

 

 

 

 私は本当に彼女たちのことを忘れたかったのだろうか? 

 

 自分のことなのに全く理解できない。それがただただ怖かった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 学校へ向かう道を歩いていた。通学時間の関係上、朝一番に病院に行っても学校に着くのは4時間目頃。平日のお昼時というのもあって、電車も道も空いている。

 

 歩いている途中でも、頭の中は私の記憶のことでいっぱいだった。気になる点が多すぎる。

 

 

 

 でも学校に行ってやることは決まっていた。ギターボーカル探しだ。

 

 

 最新の日記に書かれていたこと。

 

『ギターボーカルを見つける……』

 

 その日の私の意気込みと来たら、とんでもない熱量だった。

 

 日記によれば、バンドメンバーである虹夏ちゃんに頼まれていたことらしいのだ。絶対に期待に応えてやるという気概が感じられる。

 

 日記の中でも、今日の私にこれでもかというほど念押ししていた。

 

 

 期待に応えられるように頑張るつもりではあるけど……ギターも弾けて歌も歌える人なんてひと握りだと思う……。

 

 

 なんてことを考えていると、学校に着いた。学校には病院に行く連絡をしているので問題ない。

 

 

 けど授業中にドアを開けて入るの、嫌すぎる……。みんなの視線が全部こっちに向くし……先生も話しかけて来るし……。

 

 4時間目はあと10分。うん、5時間目から参加しよう……。

 

 すぐに昼休みなので、私はお昼を食べることにした。

 

 えーと、確かこのページに……あったあった、おすすめのお昼ご飯スポット集。

 

 過去の私が調査をしたお昼ご飯を食べる場所。めちゃくちゃありがたい。過去の私に感謝。

 

 

 とりあえずここに載っている階段下に行ってみよう。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 はあ……落ち着くなぁ……。

 

 人通りも少なく、薄暗くて静かな空間、私を囲む机たち。

 

 階段の下の謎空間って私のために作ってくれたのかな……? 

 

 そう思ってしまうほどにこの場所は居心地が良い。

 

 残りの時間はここで過ごそう……。早めにお昼を食べ終わったから結構時間がある。

 

 

 やることもないので、この時間でギターボーカル探しの準備をすることにした。ギターボーカルを探すにあたって、まず聞いてみようと思ったのはクラスメイト。

 

 クラスメイトのことが書いてあることを期待して日記を開いてみる。平日のページを重点的に見ていく。

 

 

 うん……何にも書いてない……クラスメイトとの関わりが一切無いらしい。教室に入ったら話しかけて貰えるかなとか思ってたけど、この調子じゃ諦めた方が良さそう。

 

 そもそもギターが弾けて歌える人なんて軽音楽部に入ってそう……学校外のバンドで活動する暇なんてないんじゃないのかなぁ……。

 

 最悪、私が見つけられなくてもほかのメンバーが見つけてくれるはずだよね……。

 

 諦めムードが私の中で漂い始めたその時、階段の近くを通る人の会話が私の耳に入ってきた。

 

「昨日カラオケ楽しかったねー!」

 

「喜多ちゃんやっぱり歌上手いな〜」

 

「辞めちゃったけどバンドでギターもやってたらしいよ」

 

 ……すごく良い事を聞いた気がする。

 

 バンドを辞めてて、ギターが弾けて、歌も上手い……。

 

 ……その喜多さんという人はギターボーカルにうってつけの人材なんじゃないか? 

 

 

 

「あ! 喜多ちゃん!」

 

 なんと、本人が今そこにいるらしい。

 

 

 どんな人なんだろう……? 気になった私は一目見るために覗くことにした。

 

「めっちゃごめんだけど、お願いしたいことがあって!」

 

「どうしたの?」

 

 か、可愛い……。絶対良い子だ……。

 

 可愛くて、明るくて、愛想が良くて、人望があって、万能で、その上ギターも弾ける……。

 

 

 

 そんな完璧超人を私が勧誘できるのだろうか……。

 

 

 

 うん、絶対無理。ここまではっきりしてると諦めがついちゃうなぁ……。

 

 同じクラスならまだしも、別のクラスだしなぁ……クラスメイトにも話しかけられないんだから、他のクラスの人なんてもちろん話しかけられない。

 

 まあ、今日の私が勧誘せずとも、今度メンバーの人と一緒に訪ねてみる方がいいんじゃないかな……。みんな良い人らしいし、私なんかが勧誘するよりもずっといいと思う。

 

 

 とりあえず今日のところは有力な候補者を見つけることが出来た。それで十分だよね……。

 

 

 かなり時間がかかりそうだと思っていたギターボーカル探し。それが意外にも早く結論に辿り着いてしまった。

 

 

 そうなるともちろん暇な時間が増えるわけで、残された昼休みの時間を何に充てようか、少し考えてみる。何しようかな……。

 

 

 

 

 

 ……あ、ちょっと試したいことがあるんだった。

 

 

 ケースからギターを取り出す。

 

 手続き記憶が治っていると聞かされた時、まず思い浮かんだのはバイトのことでも、勉強のことでもない。ギターのことだった。

 

 

 今日までの私に記憶がないだけで、日々の習慣であるギターは毎日弾いていると思う。それにバンドメンバーとライブしたという記録もあるし、一緒に練習をしたという記録もある。

 

 

 今まで一度もなかった人と一緒に演奏するという経験。それが私のギターの腕前に影響を及ぼしているのかが気になったのだ。

 

 軽くチューニングをして、思うがままに弾いてみる。

 

 アンプに繋げてもない生音なので音は大してうるさくない。だから人が来ることもきっとない……そう信じて弾いていく。

 

 

 

 ……うん……よくわかんない……。しばらく弾いてみたけど、私には違いが分からなかった。いつも通りの音でしかない。

 

 こういうのは自分ではあんまり気づけないのかもしれない。ギターヒーローの動画と後で比較でもしてみよう。そう思って一旦ギターを仕舞おうとした、その時だった。

 

 

 

「2組の後藤さん……よね? ギター上手いのね!」

 

「うえっっ!!?」

 

 いつの間にか目の前には、先程の喜多さんが立っていたのだった。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 私が後藤さんに話しかけたのは好奇心からだった。

 

 廊下を通った時、微かにギターの音が聞こえてきて気になって見に行っただけ。元々話しかける気なんてなかった。

 

 でもギターを弾いている後藤さんを見かけた時、気づいたら話しかけていた。話しかけずにはいられなかった。

 

 

 私が諦めてしまったギター。それを完璧に弾きこなす後藤さん。後藤さんの演奏はとにかく技術が高かった。素人の私でも分かるほどに。

 

 

 でも私が話しかけなきゃいけないと思った要因はそこでは無い。

 

 

 

 

 ギターの演奏には人それぞれの個性があって、同じ曲でも人によって曲の雰囲気が変わることがあるらしい。

 

 正直、素人の私にはギターの演奏の違いなんて分からない。誰が弾いても同じ物だと思っていた。

 

 

 

 後藤さんの演奏を聴くまでは。

 

 

 後藤さんの演奏はとにかく必死だった。例えるなら、時間がなくて焦っているかのような、何かを残そうとしているかのような。そんな必死さがあった。

 

 私の音を聴け。誰も観客がいないはずの階段裏で彼女がそう言っている気がしたのだ。

 

 

 それでいて儚さと悲しさを含んでいた。

 

 後藤さんは今、目の前でギターを弾いているはずなのに、すぐ目の前に座っているはずなのに、まるでそこに存在してないみたいだった。そんな儚さを纏っていた。

 

 今ここで話しかけなかったら、後藤さんがどこか遠くに行ってしまいそうな気がした。もう二度と会えない気までした。

 

 そんな音を奏でる後藤さんは平気な顔をしているのだ。とにかくちぐはぐだった。どうしてその真顔でそんな悲しい音を出せるのだろう。

 

 

 

 そんな音色を私と同じ歳の子が奏でていることが信じられなかった。

 

 どれだけの練習を積めば、人の心を動かす演奏が出来るのだろう。どんなバックボーンがあればこの音を出せるのだろう。

 

 それを確かめるため、私は後藤さんに話しかけたのだ。

 

 

 

 

 後藤さんが抱えているものの重さも知らずに。

 

 

 

 





活動報告で宣言してしまったからには…

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