はあ…はあ…間に合った…
「バンドでもやってるの?」
「あっ、一応……はい……」
「へぇ〜! 他にも弾けるの?」
溢れ出る陽キャオーラ……! この距離の縮め方……陽キャだ……!
普段だったら陽キャの襲来に焦っているところ。だが今回は違う。
バンドに勧誘しようと思っていた人物が向こうから話しかけてきた。これはチャンスでしかない……。
私にとっての最大のハードルは初対面の相手に自分から話しかけること……だがそれは相手から話しかけてくることで解決した……。
そう、チャンスなんだ……。切り出せ……頑張れ後藤ひとり……。
「あ、あの……喜多さん……良かったらうちのバンドに入りませんか……? 今ギターボーカルを探してて……喜多さんがギター弾けるって聞いて……」
完璧だ……! これ以上にない切り出し……!
私ってこんなに話せたっけ? バイトとかのおかげで少しは人と話せるようになったのかな。
「うーん……ごめんなさい。私、そのバンドには入れないわ」
……断られるとは思ってもいなかった……。そうだった……誘ったのが私であるという点を考慮してなかった……。
「えっと……私は暗いですけど、他のメンバーはみんな明るくて……」
「いや、後藤さんが嫌とかじゃなくてね」
「えっ……じゃあどうして……」
私なんかが勧誘したから断られたのかと思った……。
「私ね、本当はギター弾けないの」
「……え?」
「前にいたバンドはね、先輩目当てで嘘ついて入ってたの。結局、何一つ分からなくて逃げちゃったんだけど」
完璧だと思われていた喜多さんにも欠点があったらしい。
「ギターってこっちジャンジャンするだけじゃないのね? この木の棒、飾りかと思ってた! 初心者が一人で始めるには難しすぎるのよね。メジャーコード? マイナー? 野球の話?」
えぇ……この人分からないの次元が違う……。
「まあそういう訳で、一度逃げ出した私がバンドなんてしちゃダメなのよ……」
そこで辞めちゃったら、一生引きずっちゃうと思うなぁ……。
「……それは違うと思います……」
気づいたら口を開いていた。
「わ、私には実は記憶障害があって……毎日記憶がリセットされてしまうんです……」
なんで私はこんなことを話しているんだろう。私でも分からない。
でも言葉は止まらない。
「も、もしかしたら私には一生、繰り返しの未来しか訪れないかもしれないんです。みんなと仲良くなって、また忘れて……ずっとずっとその繰り返し」
ああ、本当になんでこんなこと話しているんだろう。勧誘するにも、もっといいやり方があったはずなのに。
「でも喜多さんは……? 私のような記憶障害もないし、私なんかよりもずっと明るいし……」
羨ましいと思うことだってある。私はなんで頑張らないといけないのかも覚えてないのだから。
「どんなに嫌なことがあっても……どんなに忘れたいことでも……過去というものは無駄じゃないんです……」
忘れたいことなんか人には沢山ある。私もそうだ。特に中学時代の黒歴史なんか忘れてやりたい。
でもそんな過去でも、私を支えてくれる。無駄じゃない。
「過去を覚えている限り、決められた未来なんてないんです……き、喜多さんが逃げてしまった過去は変えられないかもしれないですけど……未来だけは、未来ならきっと……」
過去は未来への足がかりになる。
「こんなこと……私なんかが言うことじゃないかもしれないですけど……」
気づいたらなんかすごい話しちゃってた……。キモイって思われただろうな……。また新しくギターボーカル探さなきゃ……。
「……後藤さん! ありがとう! すごい勇気を貰えたわ! 私頑張ってみる! またギター練習して先輩たちに謝りに行くわ!」
前向きになれたみたい。本題は達成出来なかったかもしれないけど、それはそれで良かった……。
「そうだ後藤さん! 私の先生になってくれない?」
「……えっ?」
「後藤さんみたいに上手い人が教えてくれたらとっても嬉しい!」
「……私、明日には喜多さんのことも覚えてないですよ……?」
そうだ、そうなんだ。私は明日には喜多さんと話したことも忘れてる。
「後藤さんはね、自分には未来が変えられないと思ってるかもしれないけど……
私、後藤さんに未来を変えられたわ! きっと後藤さんがいなかったら、もう一度ギター頑張ってみようなんて思ってなかった!」
あ……。
「確かに後藤さんは覚えてないのかもしれないけど、後藤さんが存在していたのは事実で、誰かに影響を与えていて、きっとその相手は後藤さんのことを絶対に忘れない。
後藤さんは変わってないと思うのかもしれないけど、意外と未来を変えてるんじゃないかなって私は思うの」
私、未来を変えてたのかな? 変えることが出来てたのかな?
「だから私も後藤さんのことを一生忘れないし、忘れられてでも後藤さんともっと仲良くなりたい!」
「あ、ありがとうございます……」
出来ないと決めつけていた訳では無い。でも記憶障害というのは立ちはだかる壁としてはあまりにも大きすぎた。
どんな努力も気休め程度にしかならないと思い込んでいた。
でも私は努力を積み重ねていた。記憶が無いだけで、日記から私が頑張っていることは知っていた。
昨日の私に励まされて、今日の私も頑張ってみようと思えた。
そんな努力が報われていたなら、今日で終わってしまっても私は嬉しい。今までの私、そして今日の私は無駄じゃなかったと思えた気がした。
「あ、あれ後藤さん泣いてる?」
気づけば頬には涙が流れていた。
「う、嬉しくてぇ……」
こんなにも嬉しいのに、明日にはもう忘れてる。
でも今だけは、忘れることなんか考えられないほど嬉しくて、私は泣いた。
私は未来を変えたんだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それから放課後、私は喜多さんにギターを教えることになった。そのために今はバイト先に向かっている。バイトが始まるまでの間に、スタジオで教えることになったのだ。
「バイト先って下北なのね」
「そうらしいです……私も覚えてないんで調べながらなんですけど……」
「ねえ、そのライブハウスってなんて名前?」
「スターリーって所です。そこに虹夏ちゃんとリョウさんがいて……」
「え!?」
「え……どうしました……?」
「私が逃げたバンドの名前ね……『結束バンド』……」
「ああ……」
世間は広いようで狭い。日記にはギターの子が逃げ出して、私がライブすることになったと書いてあった。その逃げたギターが喜多さんだったんだ。
「でも……もう逃げない……逃げないわ! 私!」
おお……! すごいやる気……!
「あ、もうすぐです……」
「ふぅ……緊張してきた……」
私も緊張してる……いよいよ虹夏ちゃんとリョウさんに会えるんだ……。
「あの……そういえばまだ虹夏ちゃんたちには記憶のこと言ってないらしくて……」
「ああ、もしかして言わない方がいい?」
「一応……お願いします……」
言う時が来るとしたら私が自分で言うべきだ。人の手は借りたくない。
しばらく歩き続ける。近づくにつれて喜多さんの顔色は悪くなっていくし、私の心臓の鼓動も早くなっていく。
「お! ぼっちちゃ〜ん!」
スターリーの前まで着いた時だった。前から私のあだ名を呼ぶ声が聞こえてくる。虹夏ちゃんだ。
「ってあ〜〜!! 逃げたギター!!」
「すみませんでしたぁ!! あの日の無礼をお許しください!」
喜多さんに指を指しながら叫ぶ虹夏ちゃんと、出会い頭に土下座をする喜多さん。
それを一歩後ろで見ているリョウさんと私。そこには傍から見たら奇妙な光景が広がっていたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ドリンク代500円です! 今日はどのバンドを見にこられましたか? フライヤーも良かったらどうぞ!」
「そうそう! そんな感じ! 喜多ちゃん接客うまいね〜」
罪滅ぼしのために喜多さんが臨時スタッフとして入ることになった。
喜多さんやっぱりすごいなぁ……。いきなり私にも任されてない受付を教えて貰ってるんだもんなぁ……。
私も頑張らないとなぁ……。
「ぼっちちゃん、喜多ちゃんにドリンク教えたげてよ」
「あっはい!」
私は一応先輩なんだった。教える側になるのが早すぎる……。
ひとまず喜多さんとカウンターに向かう。
「えっと……ここがトニックウォーターのサーバーで……こっちがカクテルの棚……あれがコーヒーのサーバーです。お客さんが来たらまず……」
やっぱり覚えてたなあ。なんか不思議だ。自分の知らないことのはずなのに、ここに立ったらやるべきことが分かる。
「後藤さん、仕事内容は覚えてるの……?」
小声で私に耳打ちする喜多さん。
「あっ、なんかバイトの記憶はあるらしくて……」
簡潔に今の症状のことを喜多さんに伝える。
「そうなのね……てっきり全部の記憶がなくなると思ってたわ……」
手続き記憶は残る。それがせめてもの救いだった。
もし残ってなかったら、私は本当に何も出来ていなかった気がする。
それからも仕事内容の説明を続けた。
「なるほど……だいたい分かったわ! 実際にやってみてもいいのかしら?」
「あ、やってみましょう……」
もう慣れた手つきで仕事をこなす喜多さん。飲み込み早いなぁ……。
私が初めてお客さんを相手にした時は、立てなかったって書いてあった。
やっぱり喜多さんすごい……。
喜多さんに任せっきりにしていたら、お客さんの入りも落ち着いてきた。そんな時。
「そういえば、後藤さんってなんでバンド始めようと思ったの?」
そんな雑談の話題を振られた。
うーん、インドア趣味なのに派手でかっこよくて、人気者になれるし……。
動機が全部不純すぎる!
「あっ……世界平和……世界平和を伝えたくて……」
「意識高いのね〜!」
「あの、喜多さんはどうして……?」
さっきは先輩目当てと言っていた。虹夏ちゃんかリョウさん、どっちなんだろう……?
「私は後藤さんと違って不純なんだけどね、リョウ先輩目当てで入ったの」
ああ、リョウさんの方だった。
「先輩が前のバンドの路上ライブしてる時に一目惚れしちゃってね。ちょっと浮世離れしてる雰囲気とか、ユニセックスな見た目とか、何より楽器が様になってるのよね!」
「あ、分かります……私がギター持つと持たされてる感が……」
「そう! 楽器が本体みたいになっちゃう!」
なんか陽キャってだけで遠い存在だと思ってたけど……意外と親近感ある……会話が楽しい……!
「それでね、しばらく活動を追ってたんだけど、前のバンド突然抜けちゃって。その後、結束バンドでのメンバー募集を聞いて勢いで入っちゃったんだ。バンド活動自体にも憧れがあってね」
すごい行動力……! これが陽キャ……。
「ほら、バンドって第二の家族って感じしない? 本当の家族よりずっと一緒にいて、同じ夢を追って……友達とか恋人を超越した不思議な存在だと思うのよね。
部活とか何もしてこなかったからそういうのに憧れてたんだ」
分かるなぁ……私もずっと憧れてきたから。
「そう! 私は結束バンドに入って先輩の娘になりたかったのよ!」
……喜多さんって意外にやばい人……?
「だから私、もう一度バンドに入れて貰えるように頼み込んでみるわ! せっかく後藤さんが勧誘して、励ましてくれたんだもの!」
「……きっと大丈夫です……! きっと……!」
虹夏ちゃんとリョウさんは喜多さんに戻ってきて欲しいと思ってるはず。
そして何より、喜多さんが戻って初めて、結束バンドの活動が始まる気がするのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「じゃあ今日はお疲れ。もう帰っていいよ」
「お疲れ様でした〜!」
「お、お疲れ様です……」
喜多さん大丈夫かな……? 言うならこのタイミングしかないと思う……。
「あの! 伊地知先輩! リョウ先輩!」
「おお、どうしたの、喜多ちゃん」
言うみたいだ……自分のことみたいに緊張する……。
「一度逃げ出してしまった私が言うのは烏滸がましいとは思うんですけど……
私にもう一度だけチャンスをくれませんか!?」
喜多さんは頭を下げてそう言った。
わ、私もなんか言った方が良いかな……? 勧誘したのは私だし……。
よし、言おう……言え……後藤ひとり。
「わっわっ、私からもお願いします!!!!」
「後藤さん……」
喜多さんと同じように頭を下げる。思ったより声出た……。
しばらくの間、虹夏ちゃんとリョウさんの二人は顔を見合わせて、同時に頷いた。
「喜多ちゃん、これからまたよろしく!!」
その言葉を聞いた瞬間、込み上げてくるものがあった。
「ききき、喜多さん! ここ、これからみんなで頑張りましょう!」
それは喜多さんも同じだったようで、喜多さんは涙を流しながら、笑顔でこう言った。
「……うん! 頑張る! 結束バンドのギターとして!」
みんな笑顔で幸せな光景だった。これで元通りになれたんだ。
その光景を私が作ることが出来たと思うと、不思議と忘れられる気はしなくて、ただただ一緒に笑い合った。
本当に勇気を出して、記憶について打ち明けてみて良かった……。
「でも私、本当にいくら練習してもギター弾けなかったの。なんかボンボンって低い音がするのよね」
「……え? それベースじゃ……?」
「あはは、私そこまで無知じゃないって! ベースって弦が4本のやつでしょ?」
そう言って、喜多さんはケースから取り出して、見せてきた。
ああ、これは……。
「あの、弦が6本のとかもあります……」
「これ多弦ベース」
喜多さんは分かりやすくフリーズして、その後に力尽きた。
「お父さんにお小遣いとお年玉、二年分前借りしたのに……」
「喜多ちゃーん!?」
気の毒だなぁ……と思うと同時にこの楽しい空間を噛み締める。
今日は書くことが沢山あるぞ〜!!
毎日投稿してる人すげえ!頭おかしい!
アー写撮る回と山田にアドバイス貰う回は書かないかもしれないです