「おーい! ぼっちちゃん! 起きて!」
力無いぼっちちゃんの体を揺らす。大丈夫、絶対大丈夫、すぐ起きれば問題ないはず。
「起きて起きて起きて……起きてよぉ……」
嫌だ、嫌だ。まだ今日のことを書いてないじゃんか。まだ何も残せてないんだよ。
「虹夏、とりあえずぼっちちゃん横向きにしろ」
お姉ちゃんに言われてハッとした。命に関わるかもしれない。言われた通り仰向けのぼっちちゃんを横向きにする。
「呼吸は……あるな、寝てるだけだ。親御さんに連絡してくる」
寝息を立てるぼっちちゃんを確認した後、電話をかけに行くお姉ちゃん。お姉ちゃんはぼっちちゃんを雇う上で、ぼっちちゃんの両親から記憶についての説明を受けてるのだと思う。それで迎えに来てもらうのかな……。
横になっているぼっちちゃんを見てみる。
さっきまでのぼっちちゃんと何一つ変わらないように見えるけど、今この瞬間にもぼっちちゃんは私たちのことを忘れてる。
「伊地知先輩、もしかして後藤さんの症状はもうご存知で……」
「……喜多ちゃんも知ってたんだ……」
「記憶障害のことだけ……何が引き金で記憶を失うかは知りませんでしたが、その反応を見るに……睡眠ですか?」
「そう、眠ることでぼっちちゃんは記憶を失うんだよ」
喜多ちゃんもぼっちちゃんの症状について知っていた。どういう経緯で知ったとか、今はどうでもいい。
ぼっちちゃんはまだノートに何も書いてない。ぼっちちゃんは今日のことを日記でも知ることが出来ない。
オーディション合格の嬉しさも、あの凄かった演奏も、欠片も知ることが出来ない。
そんなの……あんまりだよ……。
「……とりあえず控え室にでも運びませんか? 床は硬いからソファーにでも寝かせてあげましょう」
「……そうしよっか」
私たちはぼっちちゃんを控え室まで運んで、ソファーに寝かせた。
これでもう私たちにはもう出来ることがない。後はぼっちちゃんの両親の到着を待つことしか出来ない。
ぼっちちゃんはここに来るまで片道二時間かかるって言ってた。歩く時間も含めてだから、車で来るであろうぼっちちゃんの両親は少し早いだろう。一時間から一時間半ぐらいだろうか。
私たちはただ祈っておくことしか出来なかった。奇跡的にこのタイミングで記憶が治って、私たちのことを覚えたままでいることを。
「……私、後藤さんに直接言われたんです……記憶障害があるって」
喜多ちゃんがそんなことを呟く。
初耳だ。ぼっちちゃんは喜多ちゃんには直接言ってたんだ。
「後藤さんに励まされた時、嬉しかったのと同時に信じたくないなぁとも思ったんです」
分かる。ぼっちちゃんと仲良くなる時、その影にはいつもぼっちちゃんが私を忘れちゃうという前提が付き纏っている。
その時間が楽しければ楽しい程、ぼっちちゃんがこのことを忘れてしまうことを信じたくなくなる。
「私、目を逸らしていたんだと思います……。忘れているはずなのに普段通り接してくれる後藤さんに甘えて、馬鹿になってたんです」
喜多ちゃんはぼっちちゃんと同じ学校というのもあるし、珍しくぼっちちゃんが話しかけた相手でもある。
「何も考えない方が……楽だったから……今、寝ている後藤さんを見てようやく実感してて……最低だ……私って……どうしようもない……」
喜多ちゃんの悲痛な自己嫌悪に私は何も言うことが出来なかった。
私もそうだったから。喜多ちゃんも戻ってきて、曲も完成して、オーディションにも合格して、ようやくバンド活動が始まった気がしてて、これからも何事もなく活動出来たら良いなと思っていた。思ってしまった。
まだぼっちちゃんの記憶は全く良くなってないのに、順風満帆な訳が無い。
私がぼっちちゃんの支えになるつもりだった。ぼっちちゃんに何かしてあげたかった。助けてあげたかった。
はずなのに。結局何も出来てないどころか、ぼっちちゃんの記憶のことからも目を背けて、上手く行ってると思い込んでいた。
ぼっちちゃんの日記を読んだ私でさえ、無意識のうちに目を背けたかったんだ。
最初は少しだけぎこちないけど、段々心を開いてくれるぼっちちゃんがちょっとした救いになってて、今日だってぼっちちゃんのすごい演奏がなかったら合格できてたかも分からなくて、それはぼっちちゃん以外のギタリストだったら多分……ダメで……。
私は何がしたかったの?
何が助けたいだ。何が支えたいだ。私の方が助けられてるじゃないか。
結局、私は表面上でだけぼっちちゃんを分かった気になって、本当のぼっちちゃんのことは見てあげられてなかった。
ぼっちちゃんの記憶がなくなるのは今日に始まったことじゃないのに、目の前で嫌という程見せられて、ようやく気づけた私に嫌気が差す。
部屋に漂う重い沈黙。しばらくは誰も何も話すことが出来ない時間が続いた、そんな中。
突然リョウが口を開いた。
「……お、ぼっち日記置きっぱなしじゃん」
リョウが机の上に置かれていたぼっちちゃんの日記を見つけた。
「あの、日記とは……?」
「ぼっちちゃんはね、忘れちゃってもいいように日々の出来事を日記につけてるんだよ」
「なるほど……」
初めてぼっちちゃんの日記を読んでしまったあの日から、二ヶ月くらい経っているだろうか。
ぼっちちゃんは私が記憶について知らないと思っているから、私に対する言及や恨み言は絶対に書いてない。
でも私はぼっちちゃんの記憶に触れる勇気がなかった。
今まで見ないようにして来たぼっちちゃんの記憶たちが、想いが、無念のうちに消えた感情の残滓が、私には恐ろしい物に見えて仕方なかった。
「更新された分、見よっか」
怖い、勇気が出ない。私抜きでやってくれ。
見たくない物を見ないようにしていても、それでもいつかは向き合わなきゃいけない時が来る。
それが今だと思う。私たちとぼっちちゃんとの関係の分岐点。
ここで私はもう一度打ちのめされるべきなんだ。
それでも怖いものは怖い。
喜多ちゃんとリョウはもう読み始めてる。それでもこの椅子から立つことが出来ない私は本当にどうしようもない。
ああ、私はどうすればいいんだ……消えてなくなりたい……。
静寂が再び訪れた控え室。私は一人で俯いてるだけ。
ぼっちちゃんは私とは比べ物にならない程苦しいはずなのに、私はあの日のぼっちちゃんと同じように俯いていることしか出来なかった。
そんな時だった。
「……みんな考えることは一緒ってことね」
「なんか……良いですよね……」
日記を読み進めている二人の会話が耳に入ってくる。
「虹夏も来なよ」
気になるけど怖いよ。
我儘なことだけど、このまま見ないままじゃいられないかなと思っている。
私に勇気をくれ。一歩、もう一歩を踏み出す勇気を。
「辛いのは虹夏だけじゃない。私もだから」
……そうだ。私は独りじゃない。
自分の無力さや愚かさを痛感したのは私だけだと思っていたけど、同じようにぼっちちゃんの日記を読んでいるリョウが何も感じてない訳が無い。
日記を読むことを提案したのはリョウだし、私以上に負い目を感じているかもしれない。
「……うん、分かった」
ならば私も同じ物を背負おう。椅子から立ち上がって二人の元へ向かう。
リョウの言葉はありきたりな物かもしれないけど、それが今の私にはすごく深く刺さった。
「考えることは一緒ってどういう意味なの?」
「えーと……ここから読んでみて」
リョウが開いたページから読み始める。
日付で言えばぼっちちゃん初出勤から数日後。ああ……この日は……。
『今日はバイトも練習も何も無い日だった。けどバンドメンバーの虹夏ちゃんが遊びに誘ってくれた! 友達と遊ぶのは今までの日記にも書いてないから正真正銘の初体験。
記憶がないから初対面みたいな状態だったけど、虹夏ちゃんはすごい気さくに話しかけてくれてすごく楽しかった……私をバンドに誘ってくれた虹夏ちゃんには感謝してもしきれない……』
そうだ。私はぼっちちゃんと沢山思い出を作るために、何も無い日を作らないようにしていた。
ぼっちちゃんの日記を思い出で埋めつくしたかったんだ。
いつかぼっちちゃんの記憶が治った時、ノートを読み返して『こんなこともあったんだよ』って笑い合える思い出の品にしたくて、出来るだけぼっちちゃんと過ごすようにしていたんだ。
ページを読み進める。バイトの記録、結束バンドでの練習。しばらく何も無い日は無かった。
さらにページをめくる。
『今日は何も無い日。学校から帰ればやることもないと思っていたけど、駅で偶然リョウさんに会った! そしてご飯に誘われた! 放課後に友達とご飯! 青春……!
リョウさんは日記に書いてある通りの無口な人。最初は少し気まずかったけど、音楽の話とか私が書いた歌詞の話とかで少しだけ盛り上がった……! 仲良くなれた気がする……。
リョウさんはお金が無いらしいので私が奢ってあげた。絶対に返すから安心していいとのこと……明日以降の私はリョウさんからお金を返してもらったら、ここに貼ってあるレシートを取っておいて下さい』
リョウもぼっちちゃんとの思い出を作ろうとしていた。ていうかレシートまだ貼ってあるし。
さらにページをめくり続ける。
喜多ちゃんが戻ってくるまでの間にも私たちはぼっちちゃんと思い出を作り続けていた。
そして喜多ちゃんが戻ってきて以降の日記。
『今日は珍しく何も無い日。学校も何も無く終わる……と思いきや、喜多さんにお昼に誘われた。友達と一緒にお昼を過ごす……! これも青春……!
喜多さんは絵に書いたような陽キャで色んな話を振ってくれるし、すごい話しやすい。
音楽の話の流れで、私のギターの話になった。いつからギターをやっているとか、一日どれくらい弾いているとか色んな質問をされた。
喜多さんは私のギターをすごいとは言うが、私からすれば喜多さんの歌の上手さの方がすごいと思う。
私が歌について聞いてみたら特に特別なことはやってないとのこと。カラオケに行って練習ぐらいしかやってないらしい……。
カラオケ……行ったことないなぁ……と呟いたら、喜多さんが『なら今日行きましょう!』と言ってきて、今日は学校帰りにカラオケに行った! すごい楽しかった!
一日で青春イベントを二個もこなすなんて、私はもう陽キャなのか……?』
喜多ちゃんも……リョウも……私も……考えることは一緒か。
「あはは、ちょっと元気出た」
みんな考えることは一緒だった。仲良いなぁ、私たち……。
落ち込んでてもしょうがない。私に出来ることなんて、ぼっちちゃんを応援することぐらいで、現実を乗り越えるのはぼっちちゃんの仕事なんだよ。
だったら私はいつまでも応援し続けよう。
ぼっちちゃんが変わりたいと思う限り、私たちは何一つ変わりない様子でぼっちちゃんを迎えてあげるんだ。
「伊地知先輩、リョウ先輩、私が後藤さんと初めて会った日のページも読んで貰えますか?」
「えっ? うん……」
なんだろう……。言われた通り、喜多ちゃんがバイトを手伝った日のページを読んでみる。
『今日は定期検診の日だった。お医者さんによれば、私の記憶障害はエピソード記憶に限定され、ほかの記憶に関しては完治しているらしい……確かにバイトとかは何故か覚えてた。
エピソード記憶に関しても、いつ治ってもおかしくないらしい。原因の脳外傷は完治しているので、後は私の問題だそうだ。
お医者さんの仮説では…………』
「これって……」
「ぼっちの記憶はいつ治ってもおかしくないってね」
たった一筋の、簡単に零れてしまいそうな希望だけど、私たちはそれに賭けるしかなかった。
私はぼっちちゃんのそばに駆け寄った。そしてぼっちちゃんの手を握る。
ぼっちちゃんの目を覚ました時の第一声はなんだろうか?
『ここはどこですか?』『あなたは誰ですか?』
考えられるのはこの二つ?
でも私にはどうしても聞きたい言葉がある。
『虹夏ちゃん?』
ぼっちちゃんの口から私の名前が聞けたら、私は死んでもいいほど嬉しいと思うだろう。
ただその言葉が聞きたくて、私は祈り続ける。
「頑張れ……! ぼっちちゃん……!」
気づけば二人も同じようにぼっちちゃんの手を握っていた。
ギタリスト特有の硬い指で、それでいて温かくて安心する。その小さな手をただただ、三人で握りしめる。
手を握り始めてどれくらいが経っただろう。ぼっちちゃんの両親はまだ来ていない。ぼっちちゃんも目を覚まさない。
「ちょっと手疲れた……」
「私はぼっちちゃんが起きるまで離さないからね!」
そんな他愛もない会話をしている時だった。
「うぅ……」
「! ぼっちちゃん?」
ぼっちちゃんが声を出した。瞼も震えていた。目を覚ます時が近いかもしれない。
ぼっちちゃんの一挙手一投足を瞬きもせずに私は見守る。
ぼっちちゃんが声を出して数分した後、その瞬間は突然訪れた。
ぼっちちゃんの目がパッチリ開き、ガバッと上半身をすごい勢いで起こす。
「ぼっちちゃん!?」
ぼっちちゃんは寝起きとは思えないハッキリとした眼で私たちを見てこう言った。
「だ、誰ですか?」
分かってはいても、辛いものは辛いよ。
私は人目も憚らずに泣いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
夢を見ていた。
その情景はバンドミーティングの時の体験。日記から得られる情報も少なくて、ほぼ初対面の状態の私。それでも歌詞を書くという仕事を任せられて、記憶が消えるというネガティブな状況でも前向きになれた。その日の私は幸せだった。
夢を見ていた。
その情景は私がスターリーでのバイト初出勤の体験。初めてでぎこちないながらも、勇気を出してお客さんの目を見て接客をした。達成感で嬉しくなって、私はこれからの自分の成長に期待を馳せる。希望の中で私は眠った。その日の私は幸せだった。
夢を見ていた。
その情景は私が喜多さんを勧誘した時の体験。話しかけようと思ったけど、結局勇気が出なくて話しかけられなかった。けどギターを弾いていたら喜多さんの方から話しかけてきてくれて、喜多さんをバンドに勧誘することに成功した。私が初めて結束バンドに貢献出来た気がして、すごく嬉しかったのを覚えている。その日の私は幸せだった。
その他にも、色んな夢を見ていた。
虹夏ちゃんと遊びに行ったり、リョウさんとご飯に行ったり、喜多さんとカラオケに行ったり、みんなでアー写を撮りに行ったり……。
もう分かってる。これは今までの私の記憶。
なんで? なんで私は覚えている?
混乱の中、私は気がつくと自分の部屋に居た。
いきなり光景が変わる夢は良く見るけど、いきなり自分の部屋?
全く意味が分からない。夢っていうのはだいたい意味分からないけど、これは本当に意味が分からない。
そんな何も分からない中、気になることがある。
押し入れの中から音がする。ギターの音だ。
私がここにいるのに、誰が押し入れの中でギターを弾いている?
私は押し入れを開けてみた。
そこには私が居た。
……そう、私だ。姿形も全く一緒。ギターを弾いていたのは私だった。
本当にどういうこと……? どういう夢なの……?
「ここは私と貴方の記憶の中です……」
うわ、私が喋った。
「少し話しましょう。聞きたいことは答えられる範囲で答えますよ」
なんか私とは思えないほどコミュ力高いなぁ……。
「自分と話すのに緊張するのは流石にどうなんですかね」
……さっきから声に出さなくても意思疎通出来る……。というか自分? 貴方はもう一人の私みたいな感じなの?
「うーん、だいたい合ってますね……二重人格……とも違いますけど。簡単に言うなら貴方の数いるイマジナリーフレンドの中の一つみたいなものです。主従関係で言えば貴方が上ってことですね」
私もついに自分をイマジナリーフレンドにしちゃったかぁ……。
そうなると質問したいことは沢山ある。
えーと、私はなんでまだ昔のことを覚えてる?
「それは聞かれると思いました。結論から言いましょう。貴方は記憶が出来ないんじゃなくて、思い出せないだけなのです」
思い出せない……だけ?
「じゃあその理由は? と気になるでしょうから先に言います。それは私のせいです」
……どういうことなんだろう。もう一人の私のせい?
「私という存在が生まれるきっかけ、それは貴方の忘れたいことを封印するためです。私という記憶の保管庫を新たに作り出し、二度と思い出せないようにするために」
えっと、それだけじゃ私が記憶を思い出せない理由にならないと思うけど……。
「鋭いですね。まあ答えますと、貴方のエピソード記憶は初めて虹夏ちゃんたちとライブした時には治っていました。それ以前の出来事は本当に覚えておけない状態だったんですけど。
貴方はその日、何か忘れたいことがあって私を作り出します。そうしなかったら、貴方は精神崩壊していたかもしれませんね」
あははと笑って見せるもう一人の私。で、それからは?
「私は貴方に従いますから、思い出さないようにするためなら何でもします。貴方が真実にたどり着けないように、ただの記憶障害だと貴方に思い込ませるため、その後の記憶も私の方で保管していました。そして貴方の精神が成長して耐えられるようになったら、この記憶を返すのです」
なるほど……私、すごい高度なことをしている……。
じゃあ、今はその時ってこと?
「いや……まだこの記憶は貴方には重いです。
ですが貴方は気づくことが出来た。貴方を救うのは結束バンドの皆でもなければ、私でもない。貴方自身であることに。
その成長は大きいです。そこまで成長出来たなら、後は時間の問題です。すぐに真実にもたどり着けるでしょう。なので初日の記憶は除いて、その他の記憶を返すことにしたのです」
じゃあ、私はみんなのことを覚えたまま起きるってこと?
「うーん、それもまだ不確定要素が多くて。ほら、夢って起きたら覚えてないでしょう? 現状、夢という形でしか記憶のやり取りが出来ないので、他のやり方もないのですが……」
じゃあどうすれば……?
ねえ、もう一人の私。私はどうしてもみんなのことを覚えておきたいよ。
「うーん、そうですね……」
もう一人の私は押し入れの中から何かを取り出した。
「このノート、もちろんご存知でしょう?」
うん、私が今までつけてた日記だよね。
「そうです。でも中身はありません。ページたちはバラバラになってこの状態です」
もう一人の私が押し入れを全開にする。中には大量に紙が散乱していた。
「まあ正直、気休めにしかならないのですが、こういうのは案外気持ちの方が大事ですから。これを使って紙を一つに留めておきましょう」
そう言ってもう一人の私が取り出したのは結束バンド。それをノートのリングみたいに使って紙の束を一つに留めた。
「これを持っておいて下さい。今までの貴方の集大成。一度はバラバラにしてしまって、思い出せないようにしても、結束バンドがあればまた一つに出来ますから」
……うん。ありがとう。
「私と会うのはこれが最後かもしれませんね。では、幸運を」
じゃあ、行ってくるよ。もう一人の私。
「はい、行ってらっしゃい」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
もし、みんなのことを覚えていたまま起きれたら、まず何を話そうか。
これまでのこと、これからのこと、話したいことは沢山ある。
でも、ずっとやってみたかったことがある。
みんなを驚かせてみたい!!
良く考えればノートをスターリーに忘れた時、こんな気になる表紙のノート、あの二人が見ないはずがない。私が倒れたのを見て、私の記憶障害を知っている喜多さんが何も言わないはずがない。
私の記憶をもう一度見てそのことに気づいた。
つまり起きた時にはもう、みんな私の記憶について知っているはずだ。
だからみんなを覚えていない振りをして、驚かせてみたいのだ!
みんなどういう反応するかな〜? 驚いてくれるかな〜?
いままでの人生でこういうことをやって来なかったから、すごい楽しみ!
あ! 眠くなってきた! 夢の中で眠くなる感じは不思議だけど、これは起きる予兆なのかな?
ふふふ、楽しみ……。
「ぼっちちゃん!?」
気づくと私はスターリーの控え室に寝かされていた。
覚えてる! 思い出せる! やった!
よし……とりあえず落ち着いて……みんなを驚かせるんだろ後藤ひとり……。
「だ、誰ですか?」
うわー! こういうの初めてやる! みんなどんな反応するかな?
……え? 地獄みたいな空気になってるけど……。
虹夏ちゃんと喜多さんは泣いてるし、リョウさんは苦虫を噛み潰したような表情しているし……。
ああ、私がやらかしたんだ……どうしよう……。
みんなに伝えたいこと。それをこの状況で話すのもあれだけど……
いや、今しかないか……。
「喜多さん、今度はみんなでカラオケ行きましょうね」
みんなに伝えたいことを話そう。今まで話せなかったことを話すんだ。
「リョウさん、お金返してくださいね」
本当はもっと良い形があったんだろうな……と少し後悔する。これからは気をつけよう。これからはこの失敗も覚えていられるんだから。
「虹夏ちゃん、私を結束バンドに誘ってくれて、ありがとうございます!!」
私は気の利いたことも言えないから、ストレートに伝えるしかないけど、本当にみんなに感謝してるんだ。
言いたかったことは言ったぞ。すごい雰囲気だけど……言ったんだ。
「ぼっちちゃ〜ん……」
「後藤さん!」
うわー、虹夏ちゃんと喜多さんが抱きついてきた……。
リョウさんも涙ぐんでいるし、二人も号泣している。
泣いているみんなを見ていたら、この大切な人たちをもう忘れなくていいんだ、という実感が湧いてきて、涙が込み上げてくる。
ああ、私は幸せ者だ。普通の人からすれば思い出せることは当たり前のことなんだけど、今までの私にはその当たり前がない。毎日が繰り返しの日々で、それは誰にも覆せないはずの現実だった。
限界があると決めつけて、その現実に囚われて、毎日を過ごすだけ。
でも今日、私はその現実を覆せたのかもしれない。
思い出したくないことも、いつかは思い出せるようになる。
私はこの時初めて、本当の意味で未来を変えたんだ。
ぼっちちゃんはやっていい事と悪いことの区別がついてないんです。
後はぼっちの家イベント、金沢八景、ライブ、打ち上げ、後日談書いて終わりですかね。