六対目は最後まで取って置く ~これでいいのだ!~ 作:アルポリス
始まります。
カントー地方で暗躍する、Rを象徴した犯罪組織に一人の男が所属した。
男はその組織で末端の研究員にあたり、ポケモンでの世界制服を企むボスや幹部達の命令の下、研究漬けの日々を送る。けれど、男は所詮末端に過ぎず、中枢の研究に携わるどころか送られて来るデータ取りの毎日に嫌気が差していた。
男は思う、どんなポケモンに負けない新種のポケモンをこの手で生み出したい。
男は願う、自分の心に巣くう拭いきれない狂気を開放したい。
男は笑う、早くポケモンを切り刻み、その内に眠る力の源を解き明かしたい。
倫理観をどこかに落したような思考を繰り返すそんな男にある日、とある命令が下される事になる。
(最優先指令、ポケモン研究の第一人者オーキドの研究所に一研究員として潜り込み、研究データの確保を求めよ)
組織にとってこの命令は使えない研究員に対する態の良い排除である。実際男だけでなく、他にも多くの末端研究員が他の地方に飛ばされることになっていたが、男にとっては関係なかった。退屈な毎日に置いてドンドン膨らむ狂気を持て余していた男は少しでも今の状況を変えられるという願望からこれ幸いとその命令を受諾、任務遂行の為組織を去る。
男がオーキド研究所に潜伏して一年が経った頃、平和すぎる日常は男の狂気を組織に居た頃よりも更に膨れ上がらせていた。後少しでその狂気が身の内から溢れ出してしまう、いや、溢れ出せる。
組織に居た頃と変わらず日々研究データの入力を繰り返しながら自分の行く末に暗い愉悦を感じていた時、平和そのものと言えるオーキド研究所にある出来事が舞い降りる。そしてそれは男の人生を大きく変える出来事でもあった。
その日、研究所の裏庭で突如として全身が血だらけの女の子が現われた。
後にカントー地方のチャンピオンとなるメリーがこの世界に現われた日に男はオーキド研究所にいたのだ。
メリーの容態にオーキド初め、職員の皆が小さな少女を救おうと懸命に働きかけている中、男は一人その場から離れ、メリーが発見されたと言う裏庭に男は立っていた。
何故その行動に至ったか、残念ながら男はこの時の事を余り覚えていない。ただ、誰かに呼ばれたような気がして、その声に従い夢遊病患者のように歩いていれば何時の間にか裏庭に立っていたのだ。
生い茂る雑草に似つかわしくない赤い鮮血、メリーが倒れていた場所はそんなところだった。男は醸し出す血の香りに酷く興奮を覚え、心のうちに膨らむ狂気が一際鼓動を上げたような錯覚に陥る。
男は望む、その香りをもっと嗅いでいたい。
男は望む、その場で吹き出る鮮血を舐めてみたい。
男は望む、自分の手でそれら全てを叶えたい。
膨れ上がりすぎた狂気が心のうちから開放されるその時、男は確かに声を聞いた。
――ソノキョウキ、アイシテイマス。
――アイスベキモノヨ、ノゾミヲカナマス。
――メリーサン、メリーサン、メリーサン、メリーサン、メリー……サン。
異世界の住人であるメリーがこの世界の住人になった日、一人の男がオーキド研究所から忽然と姿を消した。
時を同じくしてRの犯罪組織でとある計画が始動する。しかし、犯罪組織に男の存在は無く命令違反で既に在籍を抹消されていたことからもその行方は誰も知らない。
ただ、各地方で同時期に飛ばされた研究員達も同じように姿を消していたことが小さな真実としてあるだけだった。
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実験施設にあったような培養液入りのカプセルが一つと小さな端末が設置され、息が白く吐き出されるぐらい冷えただけの部屋、最重要などと呼ばれるにはかなり質素に思えた。
ところが、そう思えるはずのその部屋で俺は今度こそ、叫び声を上げる。
「うあああああああああ」
目の前の光景に心の底から恐怖して部屋を出ようとするも開かれていたはずの扉が強制的に閉まり、俺の頭は既にパニック状態を通り越して恐慌状態に差し掛かっていた。
「姉さん!! 姉さん!! 嫌だ!! 嫌だ、嫌だぁぁぁ!!」
閉じ込められた部屋で俺の泣き叫ぶ声と閉まった扉を叩く音だけが響く。すると、足元で佇んでいた相棒が鳴き声を上げる。
「ブラッキィィ!!」
「なんで、嫌だ、見たくない、見たくない!!」
『…落ち着け!!』
チャーレムの念波を受けて否定の言葉が口から溢れ出る。
「無理だ!! こんな、こんな場所で!! 早く、早く出たい、出たいんだ!!」
相棒達からの叱咤であってもこの恐怖は止められそうにない。も一度視界に捉えるなんて持っての外だ。
部屋に隅々に肉片と血痕が夥しいほど飛び散る小さな部屋、この施設の職員と思わしき人の衣類や、どのような力が働いたのか、無理やりちぎられたかのような人間の部位が転がる地面を見て発狂しない奴はいないはずだ。まして俺はまだ十二歳で、御爺様の研究上、ポケモンの死骸は見たことがあっても人間自体の死体は未だ見たことが無かった。その始めての死体がこれではトラウマどころの騒ぎではない。発狂していなければ頭が可笑しくなりそうだ。
未だ泣き叫び、恐慌状態も極まれると言った状態の俺にチャーレムは容赦ない一撃を食らわせた。
「ぐはっ」
拳は脛を見事に打ち抜き俺は痛さでしゃがみ込んだ。立っていられない痛みで恐慌状態かたは抜けられたが、恐怖は拭えない。
そんな俺にチャーレムは容赦ない叱咤の念波を送ってくる。
『無事に…ここを…出たければ…目を逸らすな……死ぬぞ』
「どういう……」
物騒な物言いに理由を問いかけようとして声を上げれば相棒は唸り声を上げて俺の前に飛び出す。チャーレムもまた自然体ながら隙のない構えで俺が背けている前方を見据えていた。
彼らの警戒する態度に、このような凶行を招いた元凶がいる事を思わせ、死にたくないという生存本能からか未だ怯える自分に活を入れれば恐怖は一時的に緩和する。
「怖ぇ、けど、死にたくねぇ…」
そう言って無理やりにでも前を見据えれば冷凍室のような部屋だからこそ保存状態の良い人間の部位が嫌でも視界に入ってしまう。それでもその先にある小さな端末と結露で中が曇って見えないカプセルを見据えていればチャーレムの念波とは違う声が頭の中に直接響き渡った。
――ヨクキタ、ニンゲンヨ。
低い重圧感のある声が頭を駆け抜ける。姉さんのポケモンが行う念波に何処となく似ているが決定的に違う部分をすぐに理解した。
「頭が痛ぇ……」
――コノバショハサビシイ、カンゲイスル。
声がする度、頭を金槌で殴られたかのような痛みが襲ってくる。
――モットチカクニキテ、サビシイ、サビシイ。
痛みで苦痛に歪む表情を浮かべていると思われる俺はそれでも声の通りにカプセルが設置されている場所に向けて歩き出す。怖いのに血の海を平然と歩ける俺はどこか可笑しくなってしまったのだろうか、それでも歩き続け目の前にカプセルが映る距離まで近づいた時、今度は痛みの伴う声と別の声が頭に響いてきた。
『近づいちゃ、ダメ!!』
怒りにも似た声が痛みもなく頭を駆け抜けると、エスパーポケモンが使う念力に似た技が放たれ、俺は入り口付近まで吹き飛ばされる。危うく背中を打ち付けるところをチャーレムが支えてくれて事なきを得たが、俺の頭の中で更なる混乱に見舞われていた。
――ドウシテ、サビシイ、サビシイ。
痛みの伴う重圧的な声と、
『これ以上近づくなら許さない』
痛みを伴わない幼さを残したような声色が交互に頭を駆け抜けているのだ。
――サビシイ、サビシイ、ココカラ、ダシテ。
『消え去れ、人間』
――ツライ、サビシイ、ココカラデタイ。
『目の前にいる人間と同じ末路を辿りたくなければ』
痛み混乱の最中、聞こえてきた情報に俺は声を上げた。
「お前がここの研究員をやったのか!!」
――ヒトリハイヤ、ヒトリハイヤ、ヒトリハイヤ。
『人間の言葉に自業自得というものがある、ここにいる人間の成れの果ては正にその言葉通りの末路を辿ったに過ぎない』
どうやら言葉通りを鵜呑みにするならカプセルの中に浮かぶ何かがこの惨状を作り上げた事になる。そして、ここで死んでいる人間を自業自得と称したことから、やはりこの施設で働いていた職員で、尚且つ沢山のポケモンに対して非道な研究を行っていた者達なのだろう。
――ココカラ、ダシテ。
ならば、頭の中に響くもう一つの声、今も痛みが襲い、立っているのもやっとの状態であるが、どうしても聞かなければならない。
「なら、俺の頭に響くもう一つの声は何なんだ」
――コワイヤツニトジコメラレタ、コワイ、コワイ。
『……知る必要はない』
「そうは行かない、俺はこの施設を調べ、ある人に報告しなければならないんだ」
――コワイヤツ……コワイヤツ…コワイヤツ…ハ…ココニイル。
『そう……なら、ここの人間と同じ末路を辿るしかない』
部屋全体が地震のように揺れ始め、結露で曇っていたカプセルの表面クリアになっていく。培養液に満たされたカプセルの中に潜むその存在が姿を現した。
俺はその姿を昔、御爺様の研究所に蓄積されていたポケモンに関する研究データの中で見たことがある。
それは太古の昔から存在し、そして絶滅したとされる存在。
それは高い知能を有し、現存するポケモンの技を全て覚えられることから全てのポケモンの先祖だったのではないかという仮説が立っている存在。
頭に耳と思われる小さな突起物と大きく零れ落ちそうな瞳が二つ、細長い尻尾とすらっとした足、全身が薄い桃色の存在―――原初のポケモン。
「ミュウ」
カプセルの中、その中から決して動こうとしないミュウはその瞳を怪しく光らせていた。
今年も気長に楽しんで頂けるよう遅筆ではありますが、頑張って行きたいと思います。
宜しくお願いします。