六対目は最後まで取って置く ~これでいいのだ!~ 作:アルポリス
リスクを考慮して念波を受け入れればなんてことはない、ただの会話に近かったわけで。
『ようやく、あなたと話せるの。僕はあなたに危害を加えるつもりは無いの』
緩やかな念波から発せられる無邪気さを含んだ意思にこちらの警戒が緩む。
『そのようだな、けど、お前を放すつもりは無いからな』
私がそう念じれば虫モドキは了承したのか、手のひらに座り込んだ。
意外と図太い神経をしているのか、私を信用しているのか、どちらにしても危害を加えられなければこちらに反撃の意思は無い。
『まずは君が私を監視していた理由を教えてもらおうか』
私がそう問えば虫モドキはコクリと頷いた。
『僕はあなたの怪我が心配だったの』
『どうして君が心配する?』
『あなたを助けたのが僕だったからなの』
どうやら、命の恩人はこの虫モドキのようだ。
『あなたは弟を守るためにたくさんの怪我をしたの、僕はそれをずっと見ていたの。僕は優しいあなたが死ぬのは嫌だったの』
あの場所に私以外の生身がいたというのか。だったらこの虫モドキは宇宙生物なのか。
『でも、僕がいたところじゃあなたに干渉できなかったの、だからあなたをこちらに連れてくるしか無かったの、勝手に連れてきてごめんなさいなの』
うん? よく理解できないな、連れてくるとかどういう意味だ。
『ここはあなたが生きてきた世界とは別の世界なの』
なん……だと?
『ぼくの種族は特殊な力をもっているの、でも、僕はその中でももっと特殊な力を持っていたの。それが世界渡りなの』
数多の世界を渡る力を虫モドキが持っていて偶然のその力が発動したら私がいた世界の狭間に辿り付いたと言う。何故狭間なのかというと異なる世界は異物を排除しようとする力が働くのだという、それによって見る行為は出来ても実際に干渉は出来ないらしい。らしいという曖昧な表現を使ったのはこの虫モドキが出来ないだけで術はあるかもしれないからだ。
なるほど、実際はこの虫は干渉してきたのだからもしかしたらあるのだろう。
『僕の場合、あの気持ち悪い目玉のような敵が放った強力な力が異物を排除する力とぶつかり相殺してくれたの。僅かな時間でも止まってくれたからあなたをこちらに連れてくることが出来たの』
そうか、あの強力な力は私が壁となって防いだのではなく、虫モドキが干渉しようともがいた結果というわけか。
『君は私だけでなく弟の命の恩人というわけか』
『弟君が死んだらあなたは泣いてしまうの。そしてあなたが死んだら弟君が悲しんでしまうの。僕はあの時、弟君の必死の叫びを聞いていたの。あなたを助けてほしいと心から叫んでいたの。今考えれば無謀だったの』
そうだろうな、結果お互い助かったものの運が悪ければ私はあの攻撃で、虫モドキは排除する力によって消されていたかもしれない。
『感謝するよ、本当に命の恩人だ』
『別にいいの、最終的には僕が選んだことなの』
そこでふと疑問が浮かんだ。
『ここが別の世界なのは理解したが、この世界にとって私は異分子だろう。排除されないのか?』
『この世界の排除する力は無差別じゃないの。意思を持っているの。僕がお願いしたら了承を得られたの』
世界によって違うらしい。
『つまりこの世界の……枠組みに組み込まれるということ……なの』
語尾が下がり、明らかに不安を滲ませる物言いだ。
そのことについては何となく予想できる。
『仮に私が向こうに行くすべを得られても異分子扱いされるか』
『勝手にしてごめんなさいなの』
つぶらな瞳からまたポロポロと涙がこぼれる。なんと優しい虫モドキか。
私はその涙を指で拭ってやる。
『あやまる必要があるか、虫モドキ。お前は私に多大な恩を与えたんだ。本来ならふんぞり返るのが正解だ。まあ、本気でやったらイラッときて私の力でぶっ飛ばすかもしれないが、それほど感謝している』
そう念波で送れば虫モドキは益々泣き出した。それはもう、部屋の外にいるお医者様に聞こえるのではないかというぐらい大きな声で泣き叫ぶ。
そんなに泣くほどのことを言ったつもりは無いのだが、よほど感動したらしい。
一頻り泣いたのか落ち着きを見せてきた虫モドキは少し、キツメの念波を送ってきた。私にとって驚愕の事実を沿えて。
『ぼぐぅっ、むじ、じゃないの!』
『え?』
『僕は虫じゃないの!!』
『はい?』
『虫なんか嫌いなの!!』
『いや、それは知らんがな』
虫モドキの叫びに混乱しておろおろしていれば、やはり泣き声に気づいたのかお医者様が病室に入ってきた。
「おおう、これは珍しい、この地方にはあまりいないセレビィがおるではないか」
お医者様がわけの分からないことを申しております。
「えっと、この子は虫ではないのですか?」
「残念じゃが、それ違うのう。この子はエスパーと草タイプじゃ」
何が残念なのかよく分かりません。むしろ虫ではないのなら何者ですか。
「ポケモンじゃよ」
「え?」
「ポケットモンスター略してポケモンじゃ」
「はい?」
「実はの、わしはこれでも名の知れたポケモン研究者でのう。若い頃はかなり女子からもてはやされたものじゃよ」
「いや、そんなの、知らんがな」
おや、うっかり素が出てしまいました。
どうやらお医者様だと思っていたこの方はポケモンなるものの生態を研究する第一人者のようです。
「ふむ、ポケモンを認識していないのと、セレビィが懐いておることから、お前さん、どうやら訳ありのようじゃな」
ああ、この目を私は知っている。この目は探求者のそれだ。なにものも見逃さず、零すまいと注意深く見定める目だ。
「血塗られで倒れておった時点で何かあると思ったが、ポケモンを認識していないとなると遥か過去からセレビィによって連れてこられたか」
懐かしい、向こうの世界で半分脅して乗り物を用意させたときのあの博士は元気だろうか。あの博士もこんな目をとある生物に向けていた。
「この星体系と異なる星体系から来た宇宙人かもしれんな」
研究者は目を輝かせて私を見つめる。残念ながらそれは違いますよ、博士さん。
「まさか異世界ではないだろうに」
げっ、それも予想されているのか。
「どうやら、ビンゴじゃな。僅かに瞳孔が開いたのう」
食えない爺さんですね。さすがは博士といったところでしょうか。
「となると、見た目がそのまま年齢とは限らんからのう。どうじゃ、ここいらで先ほど見せた素に戻して話してみんかのう?」
感服です、初めから疑いのそぶりを見せず疑う。科学者に必要なものの一つかもしれないですね。
「仕方ないですね、素の性格で対応しましょう。ですが、年上の人に対しての道理は弁えているつもりですから敬語は変えないつもりです」
「なるほど、そこまで譲歩してきたか。ならばこちらもそれ相応の対応をせねばな」
そう言って博士は部屋にあった椅子を私が寝ている前に置くと深く座った。
私も博士を強く見据える。宛ら一対一の戦いをするような面持ちだ。
「お前さん、この世界に戸籍がないじゃろう。どうじゃ、わしの孫娘にならんか?」
ふふ、軽いジャブを撃ちに来たか。戸籍関連は予想済みだ。
「私にとってはメリットがありますから吝かではありません。ですが、孫娘になるのには同意しかねます。人、一人を養うのにはお金が掛かりますから」
暗に、その分私に何を望むのかを言葉に含ませれば博士も理解したのだろう苦笑を浮かべた。
「簡単じゃよ、わしの孫娘としてこの地方のポケモンチャンピオンになってもらいたい」
博士の説明はこうだ、私を孫娘としてポケモン同士の戦いのリーグに参加させてチャンピオンになってもらう。そこで出来た私のネームバリューを使って企業からの資金をもぎ取りこの研究所に注ぐ。そのための先行投資だという。
「もちろん、そのために掛かる資金も出そう」
これが事実ならこちらのメリットの方が多い。けれどそれだけに頷けない。
「一つお聞きしたいのですが、お孫さんはいますか?」
「二人おる。ただ、姉の方はバトルに興味が無くてのう。弟の方はあるにはあるが適正年齢に達していないので無理じゃ。ちなみに姉が11歳、弟が6歳じゃ」
それで、私がほしいというわけか。
「期限は?」
「そうじゃのう、お前さん、いくつじゃ?」
「12ですが」
「インパクトを求めれば一年じゃ。じゃが、二年までの期限とする」
「仮に失敗した場合、私の処分はどうなりますか?」
「それまでに掛かった費用をわしのところで働いて返してもらおう。なに、住まいなどは家があるからそこまでの時間は掛からんじゃろう」
疑いだしたらきりがないのは理解していて、それでも疑心が抜けない。前世が、そうさせるのも分かる。あの優しい家族に囲まれて少しはましになったと思ったのにこの様だ。
ぐるぐると思考の淵に落ちていると優しい念波が脳裏に送られる。
『この人間は信用できるの』
念波で繋がっていたのを忘れていた。
『根拠は?』
『僕のお爺様が昔、彼の若い頃に助けられたの。彼は心優しき人間なの。あなたと一緒なの』
『それだけでは頷く理由には弱い』
『大丈夫なの、仮に騙されていてもあなたの力ならどうとでもなるの。もちろんその時は僕もお仕置きするの』
『君はこの先も一緒にいるのか』
『僕はあなたと共にあるの。あなたがチャンピオンを目指すならそのお手伝いするの』
『お前もポケモンとやらだったか』
『そうなの、だから僕はあなたのパートナーになるの』
命の恩ポケモンはそんなことを伝えてくる。その優しい念波に私は決めた。
なら、まずはお前を信用しようか。
「分かりました。あなたの孫娘にしてください」
「そうか、随分と長い間考えていたから断りの文言でも考えていたのかと思ったぞ」
「熟慮の末の答えです」
先ほどから私が言葉を発するたびに博士が苦笑するのは何故だ。
「まあ良かろう。すべてはこれからじゃ。それで、最初のポケモンはその子にするのかな?」
「はい、この子もそう望んでいるようです」
「ならば、この世界の常識を学んだらすぐにも旅立てるの」
博士は椅子から立ち上がると私の頭をゆっくりと撫でる。
「じゃが、まずは傷を完治させることを目指しなさい。後、片目で過ごすことにも慣れなければのう」
その優しい手つきに私は少し信用してみようかという気持ちを抱いた。
「あの、お名前を伺ってもいいですか?」
「おおう、そうじゃった、わしらはまずお互い名乗らねばいかんかったわけだ」
博士は撫でていた手を私の前に掲げるとこう名乗った。
「オーキドじゃ、皆からはオーキド博士と呼ばれておるよ」
私は己の名を告げてその手を掴んだのだった。
それが5年前の話
そうなんだよね、これも序章なわけ。だってさ、私の活躍なんて取るに足らない事象でしかないんだから。
……という名の過去で序章でした。