関係ないけど、水野くんには彼女がいます。
もはや悲鳴にさえ聞こえるほどの大歓声がスタジアムを支配する。無名の選手だった水野悠は既に日本代表側のエースストライカーだという共通認識が観客たちの中で生まれている。
SNSのトレンドは『青い監獄プロジェクト』と『水野悠』に独占され、突如湧いて出たワールドクラスのストライカーの経歴を調べようとネットで検索するも情報が全く出てこないことに疑問を抱える者が後を絶たない。
沸き立つ歓声、水野悠の名前を叫ぶ声。それらが常人のそれよりも遥かに発達している聴覚が正確に聞き分け、悪意が混ざっていない純粋な賞賛の声だと判断すると、水野はこの大歓声が今自分が行ったプレーに対するものであると理解した。
「……気色悪い」
心底不気味であると眉をひそめ歓声をシャットアウトする。
今この瞬間、何もかもが不快だった。
こちらに向けられる好奇の目線、バケモノを前にしたような恐怖の瞳。そして、こちらを無遠慮に賞賛する何よりも多い声と色。冴が居なければ今すぐにでもここから出ていきたいほどには興味も関心もないほどに周りの視線に呆れ、不愉快極まりない。
ただシュートを決めただけ。
何も難しいことはしていない。相手の動きを読み、それ相応の対処をし、ゴールまで繋いだ、それだけの話なのに。
「おい」
極限まで周囲の騒音を遮断するも、至近距離からの声は耳が音の波を捉え、不遜極まりない俺様な声に視線を向けると案の定冴がいた。
「らしくねぇな。何イラついてんだ」
「河童」
「それは前からだろうが」
眉を顰める冴が片手をポケットに突っ込みながら相変わらずの瞳で水野を見やる。
「……この歓声は当然の結果だ。それだけの事をお前はした」
「違う」
いつもの巫山戯たような様子を見せず、冴の言葉に食い気味に否定した水野は自身に向けられる視線を一瞥すると色の篭っていない瞳を浮かべた。
「こいつらは『本物』を知らない」
その言葉は、この場で唯一冴にのみ伝わる意味を持つ言葉。その意図を正確に汲み取った冴は深くため息をつくとさらに水野を見つめる。
「
「そういえば冴、あの人にボッコボコにされてメンタルやられてたな」
「その後お前もぶっ倒れてただろうが」
そんなことあったっけ、とようやく調子を戻しつつあるようにケラケラと笑う水野はしかし息を吐くとマシにはなったとはいえ失望の色を含めた顔を浮かべる。
「犯罪者予備軍と年齢詐称の試合でここまで盛り上がるかね」
「ブレねぇな。今の時間返せ」
いつも通りの馬鹿さ加減に思わず笑いが込み上げてくる。少しは水野の中から苛立ちや失望の念が取り除かれたことに柄にもなく安堵するも、しかし水野の中での【天才】の定義が変わっていないことに僅かな焦燥を見せる。
(何やってやがる、凛)
後半戦が始まってからその存在感が全く感じられない弟へと視線を向ける。
有り得ないと切り捨てつつも、心の端では『もしかして』という期待を滲ませる弟は、見るからに苛立ちと焦りを表しており自分自身への怒りを隠せていなかった。
(────くそっ、クソッ、糞ガッ!!!)
前髪を右手でかきあげ、歯を食いしばりギシギシという音を響かせながら凛は血走った目で地面を見つめ先程までの自分の体たらくに殺意を抱く。
未だ後半始まって僅か。故に汗ひとつかいてない自分の体は正常なのだということすら自分がたいして動けていないことの裏付けなのだと理解する。
既に二点。このわずかな時間で水野悠に二点決められている。それほどに濃密な時間が過ぎ去ったが、その中で凛が出来たプレーは僅かなものであった。
何も出来ていない。脅威とさえ捉えられていない。兄である冴の以前会った時と遥かに卓越したドリブルテクニックに触れることも抜くことも叶わない。
ブルーロック内のランキングにおける1位と2位。たった一つの数字の差。数字にしてみればただそれだけの些細な違いは、しかし何重にも重ねられた壁が両者の間には存在する。
──あの眼だ。
凛のことを捉えようとしないあの瞳。そこいらに存在している有象無象と同じ取るに足らない存在として見下してくるあの瞳が何よりも憎らしい。
(クソ兄貴の……糸師 冴が認めたストライカー)
かつての幼い頃、兄弟で同じチームに所属してピッチを駆け回った日々。その時に冴がよく見せていた表情が、今は別の人物に向けられていた。
「気取ってんじゃねぇぞ……ッ」
観客の声援、歓声は止まらない。鳴り止まない水野悠を称える声が黒板を爪で引っ掻いた音のように心底不快なものへと変わっていく。
『ここで青い監獄のメンバーチェンジです! 千切 豹馬、雪宮剣優と交代するのは御影 玲王、馬狼 照英。新たな風を巻き起こし、水野悠の独壇場となったこのフィールドを壊せるか!!』
何もしなければ肌寒い季節特有の気温が、まばらな観客の歓声が、頬を伝う汗が。そして何より、弱い自分自身が。
全てが憎い。不愉快極まりない。奥歯が砕けるほどに噛み締め、血が出てしまうほどに拳を握りしめる。
(グチャグチャにしてやる)
思考が深くなる。まだ、歓声が聞こえる。
殺意が湧き出てくる。芝を踏む足音が聞こえない。
脱力。目標を設定。それ以外の全てを無視して完遂へと足を向ける。
歓声は聞こえない。
「おい。お前の弟どうなってんの? やってる? やっちゃってる?」
「あ? あ〜あれか。癖だ」
「やめさせろよ。なんか教育上宜しくないぞ。いつ職質来るか……いや、クスリ関連で監獄に呼ばれたのか……?」
「馬鹿言ってんなよ馬鹿が。まだまだ点決めろ」
「命名、『ベロりん』」
「お前の方がきめぇ」
「あいつめっちゃこっち見てるんだけど。なに、俺の事食べようとしてんの? あんなにヨダレ垂らして。俺ノーマルよ? 一生分自分の好み言ってる気がするんだが」
「ご指名だ。相手してやれ」
「え」
試合が再開される。新たに馬狼と玲王を加えた青い監獄ボールからの再開。既に点差は1点に縮められ、それにかかった時間があまりにも少ない。慎重に、しかし確実に点が欲しい潔達は潔から凛へとボールが渡り、試合前に何回も繰り返されたパターン練習による攻め方を実行しようとする。
「はっ!? おい、凛ッ!!」
明らかに様子の可笑しい凛は潔からボールを受け取ると、作戦を全て無視して一直線に駆け出す。その瞳には潔達は映っておらず、辛うじて二人、正確に言えばただ1人の全身を映し出し、破壊衝動に駆られて突き進む殺人マシーンと化した。
「気ィ済むまで相手してやれ」
「おいこらチビ兄貴」
「お前と1センチも変わらねぇだろうが」
冴が距離をとる。決して前へは進まない。ただ2人の攻防を邪魔せず、見届けられる距離へと下がる。
舌を出し、ヨダレを垂らしながら突撃してくる凛を捉えて溜息をこぼしながら水野は大幅にアップした凛のパラメーターをこちらに向かってくる動作から正確に分析し、脳内で割り当てていたステイタスを更新する。
(トリガーが分かんねぇな。監獄にいた時も二回くらい見たし。お兄ちゃんしゅきしゅきだいしゅきで話せないじまいだからストレス爆発でもしてんのか?)
「まあ、どうでもいいか」
「コロスッ!!」
「おい刑務所行きだろこいつ」
今にも殴りかかってきそうなほどに向けられてくる殺意を飄々と受け流した水野は全く焦りを見せず、いつも通りを遂行する。
ボールとの間に体を潜り込ませ壁を作り、隙を見つけ出して抜き去ろうとする凛のドリブルを難なく止める。しかし冴から告げられた「気が済むまで」という曖昧な条件をとりあえず守るかとボールには触れることなく、初期位置から大して凛を前進させないことに努めた。
「邪魔すんなよ」
明らかな手加減。取れたボールを取ろうとしない水野の姿勢に凛の殺意が膨れ上がる。ヘルプに入ろうとする日本代表のFWを冴が牽制し、凛と水野二人だけの空間を保つ。
腕を伸ばし引き離そうとする凛の手を難なく掻い潜り、逆にこちら側から凛の体の前に腕を伸ばして進路を塞ぐ。
後ろに控える潔は決してこのバトルに入り込もうとはしない。超越視界を手にしたとはいえ未だに未完成であり、個人の技量も水野の短期間の指導で向上したとはいえまだこのステージに登り詰められるほどではない。
そして、他ならない未完成の超越視界による情報収集により、この二人の間に割り込むことが最善ではなく、起こり得るであろう事象に備える方がボール奪取の可能性が遥かに高いと計算していた。
素人目には、2人が繰り広げる一進一退の激戦。フィールドに集まる選手、控え達からすればこの攻防はもはや児戯のソレに等しいものであり、現存戦力で最も強く原因不明の強化が入った凛を苦もなく手玉に取る水野の圧巻のプレーに視線が吸い込まれる。
凛の殺意が留まることは無い。膨れ上がる殺意、苛立ち。それらは水野に……そして、いつまで経っても相手にならない自分へと向けられていく。
「気が済むまで、ねぇ」
今まで全くボールを奪う気配のなかった水野は、凛の瞳を見つめたままに足を潜り込ませていとも容易く凛の保持するボールを奪い取ると後退して凛と少しばかりの距離をとる。
呆気なく奪われたボール。それに放心することなく、凛は目の前にいる存在を駆逐するために目を血走らせて見開きながら獣のように走る。
「来い」
それに合わせて水野も駆ける……いや、そんな表現ではない。駆け足。とても相手と
遅すぎるドリブル。今まで見せてきた卓越したテクニックによる高速ドリブルとは違う誰でもボールを奪えてしまうようにさえ見える巫山戯たもの。
凛の血管が膨れ上がる。掻き立てた爪で水野を引き裂きたい衝動に駆られながらも、障害へと向けられる殺意を全てサッカーへと集約させて水野のサッカーを壊し、間接的に殺すことに全神経を注いだ。
(コロス、コロス、コロス、コロス、コロスッ!!!)
叫び声なのか、奇声なのか。はたまたなにかの呪言でも発しているのか定かでは無い声を発しながら凛が水野と接敵する。既に足を伸ばせば届く位置。しかし水野のドリブルの速度が上がる様子は全くない。
走りも遅く、ドリブルも遅い。今までのものからすれば止まっているとさえ感じるほどの緩急。凛は容易にボールを奪い取り、手を抜いた水野を置き去りにしてゴールへと向かう、はずだった。
「取れ……ない!?」
閃堂の驚愕の声が空気に紛れて消えていくと同時に。
「……ぁ、ェ……?」
凛の重心が疎らに揺れ、力が抜けたように膝から崩れ落ちる。
「──満足か?」
そう言って、地面に手を突く凛を見ることなく水野は冴へとパスを出した。
「もういいだろ」
こちらを一瞥する冴の存在にすら気づかずに、凛は前を向く水野を見上げる。
「這いつくばってろ」
立ち上がろうと立てた膝が面白いほどに折れる。力を込める腕がぐにゃりと曲がる。まるで全身がバラバラに砕け地面に散りばめられるような錯覚。
身体が動かない。起き上がろうとする行動の全てが強制停止される。既に水野は遠くへ走り、倒れ伏す自分の横を次々と日本代表達が駆け抜けて行く。
(────何してんだ、俺は?)
悪寒が背筋を走る。震える手を顔の前へと出して、自分の顔面を鷲掴みにした。
(
試合は尚も続いている。冴からのパスを受け取った水野は二人のDFを前にすると容易に抜けるにも関わらずフリーで中央を走り込んでくる閃堂へとパスを出し期せずして青い監獄チームの意表を突くという形となる。
ミシミシと頭蓋が軋む程に自身の顔を握りしめる凛の瞳は今まで以上に血走る。
(負けを、認めたのか?)
ボールを受け取った閃堂はそのままフリーの状態で突き進みシュートを放つと横から切り込んできた玲王がスライディングでシュートを阻みさらに冴の表情が歪む。
呼吸は荒く浅い過呼吸にも似た症状を発生させて水野に対して向けていた殺意の全てを先程の自分自身に向ける。
(こいつには勝てないと……折れたのか?)
ルーズボールは氷織へと微笑み、烏へと鋭いパスが渡る。コート全域の情報を常に取り入れ未来予知に迫る計算を続ける潔を狩るために馬狼は相手ではなく潔をマークし既に世界に対抗し得る武器を手にした潔に触発されて馬狼の才能が開花の兆しを見せる。
凪はこのプレーでゴールを決めるために潔の視界を参考にしようとするもしかしそもそものプレースタイルが違いすぎることからやり始めてすぐにコート全域を常に把握することができずに特定の選手の行動把握に全てを注ぐ。
誰よりも早く自陣への帰還を果たした水野が棒立ちで顔を握りしめる凛の横を通り過ぎる。チラリと横目に凛の様子を窺う。興味なんてない、ただの気紛れ。しかし水野は自己嫌悪に陥る凛の内側に秘められた
このワンプレー中に再起することはないと想定し、垣間見えた片鱗にパラメータの上昇幅を大幅に変更。成長スピードの予測、この試合中に至るであろう地点を定義するが現状最も脅威となるであろう凪へと意識を切り替えた。
◈◈◈◈
ボールを保持した烏がセンターラインを越えようとしていた。
(──詰みか)
潔と凪が先頭を走り潔に追随するように馬狼が追う。
(────あと
高速で切り替わる攻防に観客のボルテージは後半戦の中盤とは思えないほどに跳ね上がる。観客席が揺れるほどの熱量はピッチにいる誰にも届くことは無かった。
焼き切れると錯覚するほどに脳を酷使している潔は情報分析をしながら勝利条件として必要になるであろう得点数を考える。
3点────これは潔が想定する、
陀来が烏へと付き、煩わしそうに顔を歪めるとすぐにボールを回して回避する。そのボールが潔へと渡ると後ろに控える馬狼の動きが活発化。
(馬狼は多分、『
潔はゴールに繋がるピースをかき集める。その障壁となるであろう二人……水野と愛空が最終防衛ラインに佇む。
(今の俺じゃ一人で愛空を抜くのはまず無理。だから俺は──)
愛空が潔の進路を塞ぎにかかる。潔の背後からは仁王がデフォルトの厳つい顔で挟みこもうとしていた。
愛空と潔の間に出来る空白。人1人は容易に入るであろうそのスペースを確保した潔は、攻めあぐねている風を装い自分の体の少し前へとわざとボールを放す。
瞬間、黒き狩人が二人の間を潜り抜け、味方であるはずの潔からボールを奪い取る。
(馬狼にボールを奪わせる)
「な──!?」
味方のボールを奪い取るという暴挙に愛空が唖然とする隙をついて、前半戦まるまる獲物をお預けにされ空腹状態の獣が牙を剥く。
ただの暴挙を行うだけでは無い、実力に裏付けされた本物のドリブルテクニックを発揮。パスを警戒する相手を嘲笑う独断専行に日本代表のDFの思考が乱れ混乱を誘発していく。
潔は馬狼を追わず、待つべきポジションへと向かい、凪に指示を出し時を待つ。
「こいつっ、パスの選択肢がねぇのか!!」
前へ、前へ。味方は視界に入らず、ただひたすらにゴールに飢えた狂犬は獲物を前に『待て』は出来ない。
あまりにも無謀。ゴールの確率が圧倒的に低いであろうほぼ真横からのシュート。強引に相手を振り切り放たれたシュートを見ることなく、水野は別地点へ駆け出す。
「舐めんなッ」
キーパーが馬狼のシュートに辛うじて触れ、ポストへと当たり不規則にボールが跳ね返る。苛立ちに叫ぶ馬狼を横目にそのボールが舞い落ちる『運』に恵まれたのは……潔 世一。
潔とゴールの間に光が差し込む。それは潔が当初から想定していたゴールビジョンのひとつ。緩やかな放物線を描くボールは潔の足元へと舞踊り、左足を踏み込みシュートモーションへと入る。
「──前半戦の時からそうだが。やっぱお前が一番危険か」
ビジョンが乱れる。ゴールへと繋がる光の道がノイズを走らせて掻き消えていく。スローモーションにも似た極限状態の中、現状最も危険な香りを察知した愛空が横から迫る。
馬狼の侵入を許した直後、馬狼のシュートが決まらなかった次に脅威となる存在へと真っ直ぐに走り込んできていた。
愛空は潔のダイレクトシュートを止められることを確信する。
「そりゃ、アンタなら来るよな」
それは潔も同様。メインプランが潰えたことで、用意されたサブプランが光る。
足元へと落ちてくるボールをトラップ。愛空に触れられないように体で壁を作り、待機させておいた凪へとパスを出す。
「まじかッ」
「待ってたよ」
凪自身が望む理想のゴールと自身を結ぶ角度、距離。凪のポテンシャルが跳ね上がる。凪の前方に備える陀来がシュートコースに割り込む。振りかぶられた凪のシュートはそのまま止まることなく、スライディングで迫る陀来の脚に止められる……ことは無く、凪の脚がボールの下部分を掠らせてボールは宙を舞う。
「なっ──」
オリジナルは凪であるものの、先に水野のプレーを見ていた陀来含めた日本代表勢は水野と同等の神プレイを披露され驚愕に目を見開く。
宙を舞い僅かに右側へと逸れたボールの落下地点へと即座に移動し、凪が再びシュートモーションへとはいるもシュートフェイクによる時間経過により間に合った閃堂が背後から迫る。
二回目。再びボールの下を掠らせる神トラップに歓声が木霊する。ギリギリだったが故に飛び出し足を突き出した閃堂は体勢が崩れて次のシュートに備えることが出来ない。
「──俺、最強だ」
水野の真似事はしない。この距離でのオーバーヘッドは成功率が低いと判断するが、可及的速やかなシュートが求められることもあり飛び上がり足を振り上げて斜め上から下に振り下ろすようなシュートを放つ。
ボールの芯を捉える。現時点で凪が放てる、最速で最もシュート確率が高いであろう流れ。潔が求める結果以上のパフォーマンスを凪がみせた。
「自分に酔ったな、凪」
どれほど人間離れした神プレイを見せられたところで、シュートが決まらなければそれに意味はなく。
全てを嘲笑うかのように、影から死神が鎌を振るう。
「二度目のトラップ。あれは必要なかった。あの時点で、シュートコースはあった」
目を見開く凪。気配を完全に消していた死神の接近に今まで気づくことはなく、もうじきボールに接触するであろう脚の振り切りを止める手段を持ち得ない。
放たれた強力なシュート。凪の蹴りにより生じた音は刹那のうちに別の音で掻き消され、長く伸ばされた脚により弾かれる。
馬狼の独断専行から始まった奇襲。その結末を読み切った水野が凪の成長を感じさせる一手を封じ込めた。
今のシュートに至るプレーは過去最高のものだと凪は自己評価を下し、即座に切り捨てられる。未だ届かない壁に戦慄を覚え表情が固まる。対する水野はゴールの危機を脱却するべくシュートを止めたにも関わらずその表情は苦い。
「ちっ……やっぱ詰みか」
潔がかき集めたピースにより完成しようとしていた盤面。そこにやはり不確定要素である水野の介入により穴が出来、潔が描くゴールビジョンが底をつく。しかし、さらにその先を見据える水野は既にこの攻防が詰んでいることを察知していた。
「貪るぜ──ッ!!」
盤外の一手が投入される。潔が描き、理想とした盤面を破壊する。進行を止めようとする相手を引き剥がしながら、運に頼らずに潔を喰らうことに全てを注ぐ狂犬が弾かれたボールを強奪する。
「馬狼!?」
凪で決め切る思考だった潔の予想外。水野を除き、全ての人間の意表を突く馬狼は引き締まった筋肉と卓越した技術によるシュートを放った。
開かれたシュートコース。そのラインに沿って放たれた黒き一撃。敵味方を問わずして喰らい尽くした獣の集大成は、ゴールという形で結果を残した。
「──ウラァァァァァァァァァアアッッ!!」
狼の雄叫びが鳴り響く。その声はスタジアムを揺らす大歓声に負けることなく空気を揺らし、電光掲示板に記載された数字をひとつ変えた。
青い監獄 VS U20日本代表
5対3
試合は加速する。