僕は無実だァっ!!!   作:ラトソル

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次話で日本代表戦は一応終了予定です。その結果が2パターン頭にあって、まあどっちでも新英雄大戦には繋げられるんだけど私が描きたい方書いたら絶対批判する人出てくるだろうなとか思って安牌を取ろうとしてたり。
でもこの作品書いた時から描きたかったシーンだしなぁ、とか葛藤してる。


【悪魔】の躍動、【傑物】の裁き

 空を見上げれば所々に雲が散らばっているがほとんどが青空。太陽の輝きが地表を照らすが決して猛暑日ではなく過ごしやすい気温。

 

『おえっ……』

 

 街から少し離れた位置にある空き地。サッカーコート程の広さは無いものの、軽いドリブルや1on1程度なら余裕で出来る程であるために簡易的なコートとして使用する。

 

 端に生い茂る雑草の前で冴が四つん這いになって口から気持ちの悪い声を漏らす。汗が全身から噴き出し口からは胃液が僅かにこぼれる。運動着が身体にピタリとくっつき不快感が駆け巡る。

 

 出会って数ヶ月ではあるもののこんなにも無様な姿を晒す冴を見た事はなく、同情の視線を向けるだけに留める。きっとこの姿を今後ネタにすればブチギレること間違いなしなのでここぞというタイミングで今日のことを話のネタにしようと決めた。

 

『ありゃりゃ。吐いちゃった?』

 

 まだまだこっからなんだけどな〜、とケラケラ笑いながら冴の後ろ姿を眺めるその人の姿を見て俺は相変わらずだなと苦笑い。

 体力は冴の方が多いだろうに、その人は冴と対照的に汗一つかいていないし息切れも見せない。準備運動程度に思っているその人はサッカー歴が皆無だとこの状況を見て誰が信じるだろう。

 

 気まぐれで俺と冴を同時に相手取って圧勝してしまうその人はやはり天才なのだと再認識させられた。

 

『悠はまだ出来るでしょ?』

 

 無邪気な笑顔を浮かべて俺にそう問いかけるその人の言葉はもはや確定事項であり、確認のような言葉ではあるものの「NO」ということを許さない絶対君主の圧力。

 

『ちょっと休憩』

 

『ダ〜メ〜』

 

『じゃあ聞くなよっ』

 

 汗が頬を伝う。冴ほどでは無いけれどこれ程汗をかいたのは何時ぶりだろうか。

 

 冴から聞こえてくる不快音が限界突破しそうな雰囲気を感じて冴は復帰するのに時間がかかりそうだなと予想。ていうかあいつメンタルやられてるくね? 大丈夫そ? 

 

『ほ〜ら。がんばれがんばれ〜』

 

 ああ。やはりこの人は俺が辿り着けない天才なんだ。この人以外は偉人達でさえ有象無象に過ぎない。俺たちはどんぐりの背比べをしているだけに過ぎないんだと。

 楽しそうに俺たちとサッカーをするその人はまさに戯れているだけに過ぎず、その人と俺たちとでは話の次元が違うのだと。だから俺は周りの評価は聞き入れず、俺は凡人であると言い切ろう。

 

 

 ────だからさ。

 

「調子に乗んなよ。贋作(ゴミ)が」

 

 あの人以外で自分のことを天才だなんだと言う人間が酷く滑稽に見えるし、目障りだ。

 

「惨めに踊り狂って────死ね」

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

 観客にとってのダークホースたる水野悠の激動。呼吸するかのように飛び出てくる人外的なスーパープレーを量産した存在により、印象が薄れていた本来の目玉選手である糸師 冴の驚異的なシュートは再び観客達の脳に冴の存在を焼き付けるには十分すぎる効果を放っていた。

 

「クソナルシスト青薔薇野郎is何?」

 

「自分のシュートに自分の名前を付ける痛いヤツだ。覚えなくていい」

 

「逆に興味湧いてきた」

 

「刺青付けて皇帝とか自称してる」

 

「なにそれ怖い」

 

 後半始まって残り時間は20分程度。この短い時間に既に4度ゴールネットを揺らしているという異常。そしてその全てが日本サッカーの歴史に残る程のスーパーゴール。小さな島国の国内試合とは思えない高度な攻防。

 

「悔しいなぁ、お前ら」

 

 このコートで圧倒的な存在感を放ち、見ている者の脳に強烈な印象を与える冴と水野。そしてストライカーのみで構成され、前半には日本代表を圧倒した青い監獄。

 この試合はもはや青い監獄対水野・冴という構図になりつつあり、日本代表の面々は何も出来ずにただ佇むのみ。

 

 日本代表キャプテン、愛空が全身を汗で濡らし荒い息を整えながら込み上げてくる笑みを隠さずにチームメイトへと問いかける。

 

「俺たちは現状ただの観衆(オーディエンス)と変わんねぇ……日本の代表って立場に甘んじてた俺たちが。同じ日本人に手も足も出なくて。俺達の尻拭いを日本人がする」

 

 日本という島国ながらに国の代表に選ばれた。その矜恃は少なからずそれぞれにあった。誇りも、優越感も。

 

「認めろ。俺たちは弱い。この超攻撃的な試合に全く相応しくない雑魚でしかない。指くわえてバブバブ言ってる赤子に劣る、ただシャトルランしてるだけの馬鹿みたいな奴らだ」

 

 シュートの機会に恵まれても得点には繋がらず、日本の武器であるディフェンスもまともに機能した記憶が無い。

 貢献してると言えば愛空ぐらいのもの。

 

「水野と糸師 冴。この二人に任せて、俺達は邪魔にならないように端に固まってお喋りしてりゃあ良い……わけないよなあ!」

 

 観客の目には日本代表の姿は映らず、印象に残らない。

 あるのは青い監獄というプロジェクトの成功と、日本の至宝たる糸師 冴の姿と水野悠という最強の誕生。

 

「腐っても日本背負ってんだよ俺達は! 舐められたまま終わって良いのか!?」

 

 膝に手を着き下を向いていた選手達はゼロに近い体力に鞭を打ち無理矢理にでも前を向く。

 

「──ちっとはマシになったな」

 

「急にどうした、そういう時期?」

 

「殺すぞ」

 

 

 ボールは青い監獄から。これまでの情報を纏め氷織と照らし合わせた潔はやはり初めと同じ結論に至る。

 

(糸師 冴と水野にボールが渡った時点で俺達は勝てない。俺達がすべきことはこの二人から極力離れた場所にボールをキープして点まで繋げる)

 

 時間はまだ半分近く。ここからは得失点が士気に大きく影響することを理解する。

 

(問題なのはやっぱ水野。未完成とはいえ、超越視界に映らない特異点。ボール以上の存在感を放ちながら気づけば懐に迫る気配の強弱が全く慣れない)

 

 潔の数倍以上の守備範囲。初速も最高速もコート上で最速。反応速度は未来を構築する水野の脳により遥前から動き出すために早いという次元では語れない。そもそも水野の虚を突くことができていない現状。

 

(今俺たちに求められるのは才能と才能を掛け合わせただけの化学反応だけじゃなく、才能、環境、現象の全てが奇跡的に噛み合って起こる才能の超爆発(ビッグバン)

 

 観客が求めているのはダークホースたる水野が作り上げる芸術的なまでのプレー。彼の一挙手一投足に叫び、驚き、狂乱する様はまさに信徒。

 

 潔達は落ち着いたプレーで盤面を作りあげていく。氷織をパサーとして積極的に導入し、烏がペースを整えゴールピースを掻き集める。

 

 青い監獄の最警戒は冴と水野の2人。次いで愛空だろうか。全てのリソースを注がなければ神出鬼没の水野を止めることは出来ず、なすすべもなく点を量産されることだろう。

 

(糸師 冴と水野、この二人の完璧なまでの共鳴は世界トップでも止められないぐらいのパーフェクトコンビ。糸師 冴が求める最高の延長線に必ず水野が居る。この二人には最早アイコンタクトは不要で各々が求めるプレーを再現出来る実力があるからこそ成り立てる)

 

 加えて、先の得点から分かる冴のストライカーとしての才覚。フィニッシュは水野であると断定して計算していた故にまだ希望が見えていたがあのゴールで嫌でも冴のシュートという可能性を念頭に入れなくてはならなくなる。

 

 青い監獄の思考はある一点のみ一致していた。それは日本代表側の驚異は冴と水野のみ。愛空も含まれていることもあるがこの2人の前には霞むために警戒度は格段に下がっていた。

 

「警戒ッ!!!」

 

 その思考は間違いではなく、しかし致命的なミスでもあった。

 脳のリソースをフィールド6割、冴と水野に4割振り当てていた潔の脳は既にパンク寸前であり、前半ならばこのようなミスはすることは無かった。

 

 ボールを受け取った潔はDFを前に僅かな思考を割かれてしまう。僅かな停滞と油断。それ故に、息を潜めた閃堂の奇襲に気づかない。

 

「だっしゃぁぁぁ!!」

 

「ま……!?」

 

 閃堂の気迫は先程までとは比にならず向上していた。執念のボールカット。潔の中で作り上げられた穴のある盤面が崩壊する。

 

 氷織は閃堂の存在に気づいていた。そして潔もまた、その思考に至っていると考えていたものの、氷織の想像以上に潔の限界は近く、氷織の声が届いた頃にはボールは閃堂が弾いていた。

 

 弾かれたボールに向かい閃堂は走りを緩めない。しかしその先には蜂楽がちょうど存在し、本人の意図せずボールを保有する。

 ボールが自分の足元に舞い降りたことに口角を上げる。浮いて飛んできたボールを軽く跳躍してトラップ。前へと押し出して速度を緩めることなく走り出す。

 

「マジですかッ!!」

 

 ボールをトラップし前を向く。その僅かな時間で足元から既にボールは消えており、視界の端に写った茶髪が全てを物語る。

 

 潔のボールを閃堂がカット。その流れ弾は蜂楽の元へ。その全てを読んだ水野が低空姿勢を保ち視界に映らないよう忍び込みボールを奪取。

 

 烏がすかさずヘルプへ。水野はふわりとボールを蹴りあげ烏の頭上を通すと純粋な脚力で身体へと潜らされた腕を振り払い烏を置き去りにする。

 

 蜂楽のボールを奪われる場面まで読み切った氷織は途中介入が不可能であることを悟り一か八かで水野を止めるために下がる。

 既に水野は氷織の眼前に。互いの瞳がぶつかり合う。

 

(あ〜、クッソどこ見てんねんその眼。右か左か抜く方言ってから走れやボケカスッ)

 

「どっちから抜くん?」

 

「右」

 

 1VS1の実力はそれほど高くなく経験上水野の挙動を読みきることは不可能であると分かっていた氷織は馬鹿正直に答えた水野の言葉を信じて水野から見て右へと身体をずらす。

 

「お前から見て右ね?」

 

「先言えや浮気性がッ!!」

 

 反対側を堂々と通り過ぎた水野は氷織からの叫びを聞き「え、理不尽」と呟きながら閃堂へとパスを回す。

 2人のパス回しでフィールドを駆けていく。それは冴と水野のペアと比べれば速度のないものではあるものの、水野のパスを受ける度に閃堂のパフォーマンスが劇的に向上していく。

 

(なんだこのパス。ストレスが全く無い。てか、気持ちいい)

 

 閃堂のゴールレンジ内に到達。集中状態が深まりつつある閃堂の身体に湧き上がる全能感に似たなにか。

 

 閃堂からシュートを決めかねない危険な気配を感じた蟻生は閃堂へと走る。

 蟻生を閃堂が引き付け、シュートモーションに入り自身を囮にして水野へと最後のパスをだす。

 

 最後の砦である二子は真っ直ぐに水野の元へ。本来ならばパスカットを目的としていたが水野が閃堂との距離を知らぬ間に縮めていた事によりそれが不可能であると断定。ファール覚悟で止めに入る。

 

 二子の特攻に目も向けず、水野は軽い跳躍でそれをかわす。既に背後には選手達が集まりつつあり、僅かな膠着はDFを間に合わせる要因となり得るものの既に水野はシュートモーションへ。

 

 脱力。全身の力を抜き去り水野はシュートコースを捉える。瞬間に臥牙丸に伝わる悪寒。既にゴールが決まったかのような錯覚に陥り意気消沈仕掛けるが踏ん張る脚を叩き正気を取り戻す。

 

 着地。地面から足裏に伝わる衝撃、それを全て右脚へ収束。脱力は続く。

 

「ロック」

 

 臥牙丸の本能が警鐘を鳴らす。そして水野のシュートコースを確信。既に身体は正しく水野のシュートコースへと飛び込む。

 

 脱力。初速は遅く、されど正確に。ボールの芯を捉える蹴りは、インパクトの瞬間に全身と地面から伝わる全てを右脚に伝える。

 不可視の蹴り。それはボールが消えてから遅れて音が聞こえるという事象を生み出す。

 

 超速の直線シュート。後半始まって一点目に見せたそれよりも格段に速いシュートは臥牙丸の予見したシュートコースを辿る。しかし水野がそのコースを選択した時点でゴールを確信。

 かなりの前段階で飛び込んでいたはずの臥牙丸の指先を掠らせるも勢い衰えることなくボールはゴールネットへと突き刺さった。

 

『やはり水野ッ、水野です!! 日本代表、遂に青い監獄に並びました!!』

 

 前半戦において青い監獄が作り上げた3点のアドバンテージ。

 高校界では有名な選手もいるものの、外に出ればほぼ無名のFWのみで構築されたチームによる快進撃。

 

 前半において場のムードは完全に青い監獄側へ。観客全てを味方に付ける勢いそのままに迎えた後半戦、彼らを襲ったたった一人の選手による嵐の猛攻。

 

 追われる側から追う側へ。狩人は獲物へ。絶対君主から認知されず、障壁ですらなく、結果として残る防戦一方。

 

「あ……れ」

 

 潔の肉体と脳が限界を迎えようとしていた。

 

(おい……おいおいおいふざけんな!! まだ10分以上残ってんだぞ!? 何膝ついてんだよ俺の脚っ。止まれよ震え、こっからだろうが!!)

 

 アドレナリンによる興奮状態。点が決まったことによりどうしても起きてしまうリセットの時間。その時間すら試合中だと認識して騙し騙し動かしてきた脚の震えは最早止めようがない。

 

 同点。ここからは何がなんでも点を決めなければならず、水野にボールを持たせるわけにはいかない。潔の視界と思考は必要不可欠であり、水野の思考に手が届かなければ拮抗すら許されない。

 

「好きに暴れろ」

 

 鳴り響く電子音。青い監獄側からの選手交代の合図。現在限界を迎えようとしている潔は歯を食いしばりながらベンチへと下がる選手の番号へと目を向ける。

 

「え────」

 

 歯をむき出しにして不気味に笑う士道が持つ交代の番号は潔のものではなく、まだ動けるはずの凪のものだった。

 

 凪は自分が交代の対象となった事実に目を見開くも、すぐに納得を見せて迷いなく士道の元へと歩きベンチへと下がる。

 

「お前の覚醒は水野悠に届かなかった」

 

 ベンチに座り、タオルを頭に乗せて俯き顔を隠す。瞬間にドッと疲労が凪を襲い体が鉛のように重く感じる中、絵心から向けられる温度のない言葉が凪を貫く。

 

「この結果が全て。お前は自分の才能に酔っていただけに過ぎず、本物には到底敵うことの無い凡才だと知れ」

 

 そこに嘘は含まれず、相手を労る気持ちも無い。その言葉全てが凪の図星を貫き壊し、拳を握り潰す凪は絵心からの言葉以外の全ての音が消えるような錯覚に陥る。

 

 ベンチに下げられた理由を誰よりも理解している。点を決めたのは前半だけ。後半は最終的には馬狼が決めたとはいえあのシュートに貢献したとは全く思うことは出来ない。

 

「クッッッッッソ…………悔しい」

 

 潔に敗北した以来の感情の昂り。

 流れる汗が地面へ流れる濡らしていく中で、凪は深呼吸を1度するとゆっくりと顔を上げて水野の行動に集中した。

 

 

(なんで俺は残された)

 

 凪が下がり、士道がピッチへと足を踏み入れる。ポケットに両手をしまい歓声に耳を澄ませる士道に緊張の色はなくむしろ場の空気を楽しむようにリラックスしていた。

 

 疲労により震える脚にムチを打ち、なんとか両足で体を支える潔はガス欠寸前の自分ではなく凪が下げられた事実に疑問を抱く。

 

(俺が限界寸前だって気づいてないわけが無い。絵心は俺に何を求めてる?)

 

 凪が元いたポジションに士道が加わる。舌を出して笑いながら冴と水野を見やる姿を見て水野がドン引きしていた。

 

(俺の視野……氷織も二子も同じものを持ってる。ダイレクトシュート……そんな武器が重宝されるような状況じゃない。俺が、俺だけが持っている武器はなんだ?)

 

 冴を盾に士道の視線から逃れようとするも首根っこを掴まれて前に出され、そのやり取りを見て凛の舌打ちが連発される。

 

「潔くん」

 

 思考の沼にハマり、底の見えない深さへと潜っていく。脳が蒸発しそうな程に熱が篭もり、血流が異常な速度で流れていくが思考は定まらず。

 

 顔に付着した汗をユニフォームで拭いながら氷織が歩み寄る。

 

「しっかりサボりや」

 

「え?」

 

 無意識に素っ頓狂な声が漏れた潔は目を丸くして氷織を見る。

 

「今は全部拾ってる余裕なんか無い。最低限の努力で最高の結果、やで」

 

 これは水野から教えられた一部を自己解釈して簡潔にまとめた言葉。

 

 超越視界という全能感を感じるほどに吸収する情報量はコート上の全て。無駄か否かは集めてから判断する取捨選択方式。故に労力は膨大なものであり、不要なものを一度集めて捨てるという作業が必ず発生する。

 

 それはあらゆる情報を分析して最適解を出すというプロセスに必要不可欠な工程であると同時に最も無駄な時間と労力と言える。

 

 水野のように完成された肉体と脳を持ち得ない選手にとってこの作業は酷く効率の悪いものであり最適化のしようのないものでもある。

 

「最低限の努力で、最高の結果……」

 

 氷織の言葉を復唱。なにか重要なものがその言葉にはあるという確信めいたものが潔の中で生まれる。ハッキリとしたイメージは湧き上がらず、悩む素振りを見せる。

 

「一旦僕が場を整える。潔くんはゆっくりしてあのクソアホの度肝抜いたってや」

 

 全力疾走は最早不可能。なけなしの体力を一瞬で無くす訳には行かず、最後までコートに立つためにも次のプレーは後方から俯瞰することを決めた。

 

 潔がボールを凛へと渡すと潔は凛達に着いては行かずに下がる。

 馬狼は潔の歩く程度に収めている姿を見て激昂することはなく、舌打ちを軽くするだけに留めて前へ出た。

 

「ヤッホー、NO.1!! ここであったが100万年目だっちゃ☆」

 

「いや二週間そこらだけど」

 

 ボールを受け取った士道の前に水野が立ち塞がる。1VS1の形になり距離をとってお互いに静止するが士道はすぐにパスを出してマッチを外す。

 

「まだまだまだまだ〜」

 

「何言ってんだこいつ」

 

 シンプルに気持ち悪いという感情が湧いた水野は素早く士道の筋肉、技量を把握。即座に離脱した。

 

(あいつ男色だもんなあ……急に襲われそうだ。冴を盾にしよう、うん)

 

 蜂楽が左サイドから多彩なドリブルを魅せて相手を圧倒。中核まで進むものの冴の存在に気づき即座にパスを選択。

 

 凛がトラップした瞬間に愛空が体を忍び込ませる。しかしそれは凛にとって想定内のものであり、氷織を使い妨害をするりと抜き去る。

 

(さっきまでとプレーの質が圧倒的に違ぇ……!! 俺単体じゃまず勝てないか)

 

 湧き上がる殺意を胸の奥で燃やし続け、しかしそれを表には出さずに燃料に焚べる。クリアな視界。ただ勝利を求める猛獣を身の内に飼い慣らし、静かに牙を研ぐ。

 

 水野のパスを経験し、ポテンシャルが跳ね上がった閃堂が動き回る。パスカットも寸前というところで士道がボールを強奪。バァ、と舌を出して挑発する。

 

 水野から離れた場所に現れた士道。先程とは打って変わって独断専行を始める。馬狼と同じかそれ以上の協調性のなさと独立した個を目撃し日本代表勢の表情が歪む。

 

 奔放であり、気まぐれな性格。しかし確立された実力は凄まじく、凛に勝るとも劣らないプレーは相手を翻弄する。

 

 仁王、陀来が二人で士道を止めに入る。士道は唇をペロリと舐めるとキヒッと笑いながら強行突破。体幹と技術に手こずりながらも士道の侵入を許さない。

 

 やるじゃあん、と馬鹿にしたような口調でため息をつく士道のボールを横から貫く黒き稲妻が刈り取る。

 

「タラタラしてんなよ触覚がッ」

 

「……あ゛ぁ゛!!?」

 

 三者三様、完全に虚を衝く馬狼の介入に士道は低い声で唸る。

 

 しかし馬狼が奪い取ったボールは元からそうなることが分かっていたかのように対応した冴により弾かれ「チッ!!」と舌打ちが強く響く。

 

「分かってるで、ここやんな」

 

 弾かれこぼれたボールの落下地点で待ち構えるのは氷織。起こり得る未来を正しく読み切りボールが落ちてくる位置へ先回りしていた。

 

「ちょいと甘いんとちゃう? 水野くんの自称相棒は……ふっ」

 

「──あ?」

 

「ああ、それとも僕にパスしてくれたん? 優しい優しい、お利口さんやなあ、飴ちゃんはないけど堪忍な」

 

 マウントの嵐。冴の額にシワがよる。

 

 明言しなくとも、態度から分かる殺意。真面目に相手をすることなく即座に味方にパスを出し、右手を振って場を後にする。

 

(なんで氷織のやつ冴のこと煽ってんの? めっちゃ不機嫌なんですけど。絶対次俺が腹いせに冴に殴られるやつじゃん。やめてっ、争わないでっ。みんな仲良くしてッ)

 

 決して目で負えないほどの速さでパスを回している訳では無い。堅実に、冴と水野が触れることの出来ないルートを通していく。その他ならばドリブル勝負になったとしても蜂楽を筆頭に勝利は難しくない。

 

 青い監獄の作戦にすぐに気付き、シンプルながらに大きな効力を持つソレに、だろうなという感想で止まる。

 

 死角、そして甘いパス。それらを利用し冴はボールカットの機会を模索して数度駆け込む。

 

「チッ」

 

 冴が動けば、その先には常に氷織が。冴に届く前に味方のパスを強引に奪い即座に軌道を変える。

 

 水野の介入は無い。烏が常に水野の位置取りの把握を行う。水野の動きで結果は大きく変わるために挙動の全てを捉えなければならない。監視されていることを考慮してか否か。水野は大胆に動くつもりは無いようだ。

 

(二子も前線に出てきてる。潔が限界に近いことで空いた穴を埋める役割と、氷織と常にコンタクトを重ねて情報共有により盤面を築いてんのか。まあ、もっとも)

 

 ──試合展開にズレは生じない。

 

 

 

 水野の中で、この試合に対する認識が変わろうとしている。

 

 冴によるハニトラ暴露(濡れ衣)、そして冴によるゴールの要求。凪の視線を受け、少なからず勝利を目指していた水野の気分が今、落ちつこうとしていた。

 

『勝利』に対する飢餓(ハングリー)精神。このスタジアムに集まるサッカーを愛する選手たちの中で、水野だけが持ち得ない感情。

 

『死んでも勝つ』、『勝利こそが全て』、『己の存在価値の証明』。これらの感情は水野には存在しない。生まれた時から見続けてきた圧倒的な才能。

 

 何一つ叶わなかった至高の存在を目の当たりにしてもなお。いや、常に見てきたからこその『勝利』に対する価値観の欠如。

 

 あの人以外に勝ったところで、それはただのどんぐりの背比べでしかなく、勝利による感情の起伏は少ない。

 

 見下してくる相手は腹立たしい。自意識過剰なやつは見ていて痛ましい。当たり前に備わっている感情は水野にとって意味合いは変わる。

 

 

 

 

 試合の残り時間は僅か。最早水野からすれば勝敗はどうでもいい。冴から言われたからゴールは決める。自分の意思はそこになく、義務的な作業でしかない。

 

 ボールを持てば手を抜かない。しかし今ではもう自分から奪いに行こうなんて気にはなれない。ゴールを決めても、決められても水野の心が動くことはなく点を取られたなら点を取り返すという当たり前の作業に取り掛かるだけだ。

 

 故に、目の前で起きた事柄に水野は干渉しなかった。

 

 凛が冴とマッチアップし、冴が勝利。そのボールを奪った烏がフリーでシュートを放つも強引な一撃はキーパーの指先に弾かれてゴールポストに阻まれる。

 

 ボールは氷織へ。そして蜂楽が抜け出しそこへパス。愛空が止めに入り蜂楽の目の前の進路を塞ぐと二チャリと不気味な笑みで表情を歪ませる士道が割って入りヘッドショットでゴールを決める。

 

(まあ、妥当だな)

 

 脳内で行っていた擬似的試合展開に狂いはなく、士道が決めたことに驚きも何も無い。あくまでも他人事のように漠然とした思考で考える。悔しさはなく、なるべくしてなった結果だからこそ納得する以外無かった。

 

 スタジアムは爆発的な歓声をあげる。それに対して何を思うでもなくリスタートのためにゆっくりと振り返り。

 

「ビンビン来たァ〜……おれ、やっぱ世界一の天才ちゃん♡ゾクゾクするっ!!」

 

「────は?」

 

 ゆっくり進めた歩は即座に停止、聞こえてきた言葉の意味を脳内で処理すると感情の消えた顔で振り返る。

 

 今までも、そういった文言は数多く聞いてきた。

 

 テストで百点を取った程度で天才だ。運動が得意なら天才だ。自己を高める『天才』というワードは日常に溢れていた。

 

 しかしそれらは許容していた。なぜならそれらの言葉は本当の天才という意味ではなくてただ人より少し優れているという意味で用いられているであろう用途だと分かっていたから。

 

 誰も自分のことを神の寵愛を受けた神にも等しい才能の塊だと本気で言うやつは居なかったし、だからこそ自分を天才だと冗談のように言う存在は水野からすれば子供が褒めて褒めてとねだってくるような微笑ましさすら感じていた。

 

 だが。これはダメだ。

 

(本気で言ってんのか、こいつ)

 

 世界一だと言った。天才だと、軽々しく口にした。

 

 それらは全て、あの理解不能の凡人の口から出た本気の言葉。

 

 ドロドロとした感情が沸き上がる。怒りは無い。ただただ滑稽でしかない。

 自分のことを天才だと、頂点だと本気で思っているソイツの存在が酷く気持ち悪い。

 

 故に、今から行うのは害虫駆除。

 

「調子に乗んなよ。贋作(ゴミ)が」

 

 冴の珍しいものを見たという驚きの表情も、氷織達の唖然とした様子も、冷や汗を垂らす士道の作られた笑みも全て無視して水野は告げる。

 

 殺意なんて湧いてこない。ただ目障りな存在を消すだけなのだから。

 

 呆れを通り越したら無になるのだと。むしろ笑ってしまうほどに滑稽で、自分を天才だと持て囃す様はまるで独りでに踊るピエロ。

 

 

 

 青い監獄VS U-20日本代表

 

 6 : 5

 

 

「惨めに踊り狂って────死ね」

 

 

 ──申し子は、最後のピースを手に入れる。

 

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