僕は無実だァっ!!!   作:ラトソル

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そんな終わりは認めねぇ!!

 ────それは、正しく『蹂躙』。

 

 無慈悲に、無情に、理不尽に。スポーツという枠組みから逸脱していると見れる程の惨劇。

 

 沸き上がる歓声、気分が高揚し続ける観客達。

 水野悠の繰り出す芸術的であり暴力的なドリブルを魅せられ思わず声をあげて盛り上がる。

 

 客席も、実況席も、テレビ画面の前に座るサッカーファン達も一様に興奮に震えていた。

 

 水野がボールを保持し、士道へ迫る。抜いて、止まり、戻り、抜く。

 

 違和感を覚え始めたのは、そのやり取りが3度ほど繰り返された時だった。

 

 抜いて、止まり、戻り、抜く。抜いて、止まり、戻り、抜く。

 

 歓声は次第に疑問の声に。ザワザワと各々が目の前で行われている試合内容について議論し始め、その声には次第に恐怖の色が混じる。

 

 困惑の声が飛び交う。観客席でも最前列に近い位置で傍観する人達は、選手たちの顔が見えてしまうが故に不気味な気配に気付いた。

 

 ボールを奪おうと動き回る士道に対して最低限の動きで交わし続ける水野。前者は汗を垂らし口角を歪ませながら食らいつき、後者は全くの無表情で士道を見据える。

 

 士道がボールに触れることはなく、何度も抜かれるが水野がそれ以上前に出ることは無い。抜く度に再び元の位置へ戻るのはサッカーを知らない人が見てもすぐ様異常事態だとわかる奇行。

 

 この時はまだ士道の表情は活き活きしていた。煽られていることに気づき怒りを覚えながらも必ず喰い散らかすと好戦的な笑みでしがみつく。

 

 決定的瞬間となったのは、水野が士道の足元へパスを出した時。

 

 今まで触れることの出来なかったボールが突然足元へと転がり込んできた。いとも容易く吸い込むように流れてきたボール。士道の思考が白く染まる。

 そして即座に駆け出そうと予備動作を始める直前、ボールは足元から再び消える。

 

 わざとボールを渡し、そして触れさせてから奪い取る。明らかな格下……敵とすら認知しないほどの圧倒的な差がない限り発想すら浮かばないであろう煽りの極地。士道の血管が膨れ上がり水野へ飛びつく。

 

 気付けば再びボールは脚へ触れる。今度は最初から認知していたためにラグは発生せず、自然と足は前へ。

 ボールは足元から消えていた。

 

 2人のフィールドに誰も介入は出来ず、してはいけないと警鐘が鳴り響く。

 しかし、そのような公開処刑のような所業を見せられ、遂に凛が動く。

 

 水野を除く青い監獄側のトップ2。どちらも個人の実力は頭一つ抜けており、世界選抜から1点ずつもぎ取った実力は伊達ではない。

 

 凛が介入し、1対2。状況は面白いほどに全く変わらない。

 

 水野はただ繰り返す。士道の尊厳も、これまでの積み重ねも、自分を天才だなんて思ってしまった憐れな自尊心も全てを丁寧に破壊する。

 

 二人を相手に圧倒する水野のプレーに再び歓声が沸きあがるも、困惑の声の方が既に大きく膨らんでいた。

 

 連携など考えず、バラバラに攻め続ける士道と凛の猛攻をどうでもいいように躱し続ける。その間にも士道にわざとボールに触れさせ、そして奪うというループ。

 

 今行われているのはサッカーの試合では無い。愚かにも天才を謳ってしまった凡人の思想を捩じ伏せるための舞台。主役は居らず、悪役も居ない。脇役が脇役の在るべき姿へと調教する教育である。

 

 不意に、士道が膝から崩れ落ちる。それは決して心が折れた訳ではなく、疲労がピークへ至った訳でもない。水野がそうなるように仕向けただけであり、士道の意志は未だに健在であった。

 

 コロコロとボールが転がる。そのボールは地面へ突っ伏し起き上がろうとしていた士道の顔にこつりと当たる。

 

 元凶を睨みつけるように見上げる。殺意が迸る。殺すという文字が脳内を埋めつくし睨んだその先に映る光景を見て、士道は息を飲んだ。

 

 スタジアムの光が逆光となり、水野を照らす。表情は暗く黒く、不気味なまでに瞳しか見ることが出来ない。

 

 瞳を覗く。そこに反射して映るのは自分ではない。ただただ恐ろしく深い暗黒。血が通っている人間とはとても思えない温度の無さに、目の前で己を見下ろすナニカに呆然とさせられた。

 

 凛がボール奪取に動く。視線はそちらに向かず、しかし士道に興味をなくしたのか視線を外して凛の相手を始めた。

 

 士道は立ち上がれない。疲労は無く、怪我もない。ただただ立つという思考に至らないだけ。

 フラッシュバックする先程の光景。本能が理解してしまった。水野と自分の間に生まれている格差。それは視認することも許されない、壁というのも生温い生物として、存在としての差。

 

 士道は己が凡人だとは思わない。自分には才能があるのだと正しく理解している。それは格上に負けても格下に負けても変わらない事実。

 しかし士道は負けを認めた。いや、勝負として成立していなかったのだと理解させられた。

 

 ────『神』。

 

 小さく開かれた口から漏れ出た2文字の音。それは霧散していき誰の耳にも届かない。

 

 なんとも表現のできない表情。呆然としているという表現が最も近いだろう顔で地面を見つめる。

 

 それは眠りにつく直前の子供のような無防備な表情。瞼が閉じられていき、視界の半分は黒くぼやけているだろう。

 

 地面に手を着く。しかし身体に力は入らずにぐにゃりと沈んでいく。

 

「────キヒッ」

 

 眠たげな瞳はこれでもかと見開かれ、口角は異常なまでに上がる。悪魔の牙が妖しく煌めき、膝を立てる動作も見せずに勢い良く飛び上がる。

 

 神を見た。生物としての格が違う、比べることも烏滸がましい存在の一端を垣間見た。

 震えた。鳥肌が立つとは正しくこのことだ。今の自分では一欠片も見ることの出来ない頂きの更に上の光景を。

 

 なればこそ、士道龍聖は喰らいつく。

 負けた。認めてしまった。だからなんだと牙を剥く。

 

 弱者をいたぶったところでそれは強者たる己の力を確認するだけのなんてことは無い作業でしかない。士道龍聖は青い監獄の誰とも化学反応を起こすことは出来なかった。

 

 才能と才能の相乗効果。そこから生まれる前人未到のプレー。士道の個人技はどの才能とも噛み合うことはなく、先のゴールはただ己の実力を証明しただけに過ぎない。

 

 士道龍聖の本質。格上相手に全てをかけて引きづり下ろそうとあらゆる手段を模索し、勝利という快楽を求める極限の集中状態。

 

 下克上こそ、彼の専売特許である。

 

 士道の心をへし折る。サッカーにおいてそれを実行することは不可能。どれだけの実力差、どれだけの屈辱を受けたとしても、士道は全てを燃料としてポテンシャルを底上げする。

 

「ガルルゥゥァァアアアアアッッ!!!」

 

 水野はここに来て初めて、観察により推定した士道の特性を見誤る。そこに僅かな驚きを浮かべながら、後ろから迫る士道の猛追を避ける。

 

「高みの見物ご苦労さまデちゅ!! お礼に地面にアッついキスをプレゼントしてやるよォ!!!」

 

「いつまでもスカしてんじゃねぇぞNO.1!!」

 

 ここに来て、士道と凛が敵である水野に触発されてFLOWへと至る。全てが視える、なんでも出来る。そんな感覚に陥る程の全能感。身体は思う通りに動き、適切な行動となるアイディアが無限に湧いてくる。

 

 それに伴いアドレナリンが大量に分泌。疲労が消し飛び120%の実力を発揮する。

 

 今の状態の2人は、世界でも通用するほどの最高の状態。二人を相手に渡り合えるのは、それこそ最前線で戦い続ける、ノエル・ノアを始めとしたトッププレイヤーだけだろう。

 

 バラバラに迫る二人。推測を誤るという異常事態。パラメーターが跳ね上がった両者を見て、水野は感慨深くボールに足を乗せ、

 

「飽きたな」

 

 ──大した感動も浮かべることなく、当然のように二人を抜き去っていった。

 

「ワンパターンなんだよ、お前らは。なんの面白みもない」

 

 ただ走る。さっさと終わらせようという一心で。

 

「俺一人に寄って集って、その癖何も出来ない」

 

 何度も見た、水野が得点するまでのルート。代わり映えのない光景に息が漏れる。

 

「お前達は何して来たんだ?」

 

 ああ、そういや犯罪者予備軍か。と心の中で納得する。

 

 日本代表達も、圧倒的走りを見せる水野を追走しようとする者は現れず。ただただ指をくわえて後方から眺める。

 

「もういいだろ」

 

 コツン、と軽くボールを蹴る。コロコロとゆっくり進んでいくボールは、ゴールラインを僅かに超えたところで停止する。

 

 なんの感動も生まれない。歓声は疎らに。圧倒的すぎる実力を見せられ、蹂躙と呼ぶべき試合内容に畏怖の視線を向ける。

 

「あと1点。しっかり仕事しろ」

 

 いつもと変わらない対応を見せる冴。しかし僅かな苛立ちを見せる。

 

「ていうか、この試合の勝敗ってなんかあんの?」

 

「あれだけ尊厳踏みにじりながらそりゃねぇだろ……」

 

 苦笑いの愛空。冗談か否か、しかしその質問に正しく答える。

 

「青い監獄が勝ったら日本代表の席は全部アイツらのもん。んで、逆に俺たちが勝ったら青い監獄は解体……何回も説明はあったぞ?」

 

「……ん?」

 

 ぴくり、と水野の耳が動く。

 

 しかしその様子に気付いたのは冴だけ。先程までの様子は何処へやら。相変わらずの水野にため息を着く。

 

 真面目な顔をして考える素振りを見せる水野に、どうせバカみたいなことを考えているんだろうと背中を軽く蹴る。

 

「え、痛い」

 

「当然の報いだ。つか、あの触覚ピンク元気ピンピンだぞ」

 

「お前が元気ピンピンとか言うの面白いな。ジワる」

 

「うぜぇ」

 

 腰を捻りながら「確かに」と続ける。

 

「想定外ではあったけど、もうどうでもいいな」

 

 水野は広いコミュニティを作るような性質では無い。他人と断じた相手は全くの無関心を貫く。琴線に触れ、思わず標的にしたと言えど、既に士道の印象は薄く、心底どうでもいいと感じる。

 

 それについて冴はどうとも言うことはしない。しかし水野が既にこの試合に関心が無くなりつつあるのは頂けない。

 

 ちらりと、相手の様子を見る。

 士道、そして凛のボルテージは最大。ギラつく目には闘志が燃えたぎり、玉座から水野を引きづり下ろそうと魂を燃やす。

 

 悪寒。いや、警戒心が強く反応。それは青い監獄側のトップ2から感じるものではなく、その後ろに控える体力が限界に近い、走ることも難しいであろう死に体の選手。

 

 風前の灯。いつ消えるかも分からない弱々しい輝きは観客の誰の目にも映らない。息を荒らげ、滝のような汗を流し見るだけでも疲れてしまうような状態にも関わらず、現状一番の脅威として判断してしまう。

 

(潔世一……)

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

 

 瞬きを忘れ、少し開いた口もそのままに、ただ一点を見つめる。

 

 試合再開。凛達が勢いよく走り出す中、潔はゆっくりと1歩踏み出す。

 

 超越視界を使っていた以前までは、あらゆる情報を取り入れ、その中から最適解を選びゴールルートを模索していた。

 目に映る全てを要素として、必要か否かの膨大な計算により擬似的な未来予知すら可能となる超人の領域。

 

 今の潔は超越視界を使っているとは到底言える状態ではない。脳は既に限界。以前までのような膨大な情報を取り入れようものなら1分と持たずに気を失うほどに脚は震え歩くのでさえギリギリ。

 

 潔は今、不可解な体験をしていた。

 

 視野が広がる。しかし全てが見える訳では無い。そこから得られる情報は数えられるほどに少なく、しかし不自然に湧いてくるインスピレーション。

 

 1点。ポツリと光るポジション。何も分からない、何が正しいのか何をしているのか。ただひたすらに前へ。直感と言えるのかも定かではない、ただそこに行けと心が叫ぶ。周りの試合展開には目を向けず、ひたすらに前へ、前へ。

 

 歩く。脚の感覚が無くなっていく。今歩けているのかも分からない。指先から温度が消えていくような喪失感。しかし足を前へと意識して動かす。意識しているが無意識に動くという矛盾。何も考えず前へ。

 

 音が消える。何も聞こえない、風の音も消え去る。

 

 触覚が無くなる。踏みしめる人工芝の感触がなくなり、宙に浮いているような違和感。

 

 視覚が無くなる。どこを歩いているのか分からない。暗い暗い、黒も分からない空間を歩いているのかも分からない。倒れているのか、何をしているのか定かではない。

 

 見えない、感じない、分からない。しかし継続して光るポイントを目指し続ける。

 

 脳内はクリアに。呆然と、今まで感じたことの無い感覚に身を委ねようやくポイントへと辿り着く。何秒、何分経過したのだろうか。試合は続いているのか、もう終わっているのかもしれない。全てが謎、分からない。だが、ふと脳裏に過ぎる使命感。

 

 ──ああ、シュートしないと。

 

 なぜそう思ったのか分からない。もはや無意識に身体が動く。なけなしの力。既に限界。多分、今脚を振りあげようものならそのまま身体が吹き飛んでいく程にフラフラの状態。それでも、潔は左足で大地を踏みしめる。

 

 初めに、触覚が戻った。踏みしめた芝生の感触。潔の思考が定まる。

 

 次いで、音。これまた芝生から聞こえてくるザッという音。次第に周りから選手が走り踏みしめる音が聞こえてくる。

 

 身体の感覚が戻った。地面に脚で立ち、右足。振り絞る。

 

 そして──振り切る。

 

 右足に何かが当たった感覚。次いで気持ちのいい重い破裂音。右足から響く感触は次第に全身を駆け巡り、遂に視界が戻る。

 

 目の前には足を引っ込めていた水野。その奥には対面するように立ち、共にゴールへと視線を向ける凛と冴。宙を舞う愛空と、手を伸ばし飛び込んでいる日本代表のキーパーの指先を通り抜けるようにボールがネットを揺らしていた。

 

 何が起きたのか全く分からない。突如視界に映った映像を見て、途端に身体から力を失い、誰かに体を支えられた感触を覚えながら意識を失い倒れた。

 

 

 ◈◈◈◈

 

 時間は少し遡り────冴と凛が対面する。

 

 ボールは冴が保持。士道のシュートが愛空の脚に遮られ、ゴールポストに弾かれ冴へと渡っていた。

 

 その直前に走り出す水野。依然として狂うことの無い試合展開のビジョンに不安も抱くことなく、冴からのパスを待つため前へと走り出す。

 

 凛が冴の前へと立ち塞がる。現状の両者の間に存在する絶対的な実力差。それは水野悠との出会いを機に指数関数的増幅を見せていた。

 

 ──しかし。

 

「チッ……!!」

 

 迷いなくコートを走る水野が急停止。そして元来た道をそのまま戻り出す。

 

 水野の中での計算。凛と冴が対峙した際、100回勝負すれば100回冴が勝つ。それはこの試合中に見せた凛の成長を加味した結果であり、揺るがない定義。

 

 導き出された結論は冴の完勝。至極当然の結果にも関わらず、水野の中で既に確定していたはずのゴールビジョンにノイズが走る。

 

「何してんだあのバカ……」

 

 原因不明。両者の実力差は明白。しかし今この瞬間において冴が勝利する確率が限りなくゼロへと変化したことに驚愕を浮かべる。

 

 予想すらしていなかった異常事態。この試合に意味を見いだせなかった水野だが思わず本気の走りで自陣へと戻る。そして冴の元へ間に合わないことを悟ると弾かれたボールが落ちる確率が最も高い地点へと進路を変更。

 

「潔っ?」

 

 冴の敗北を悟るまでの時間が予想より遅く、脚に力を貯める。最終到達地点に目を向ければそこへゆっくりと歩きながら向かう潔世一の姿。最初からこの展開を読んでいたような動きを見せる彼の姿に冴の敗北と同程度かそれ以上に関心を向ける。

 

 遂に、冴の隙をついて凛がボールを弾く。冴自身も想像がつかなかった敗北に目を丸く開き唖然と凛を見やる。対する凛の視線は既に弾いたボールの先へ。そして目に映る光景に思わず舌打ちを零す。

 

 既に潔はシュートモーションへ。見開かれた双眼から感じる誰よりも深い集中力。そして潔の脚が動き始めるその時、水野が僅かに間に合う。

 

 コンマ数秒の世界。しかし確実に触れることの出来る距離まで接近。完全に止めることは出来ないものの、触れて僅かに軌道を逸らすことは可能だった。

 

 ボールに潔の脚がふれる。その直前、水野は伸ばした脚を突如止めた。

 

 

 

 

「どういうつもりだ?」

 

 沸き上がる歓声。試合終了を表すホイッスル。声にならない絶叫が辺り一面から響き渡り、空気の震えを身体が感じるほどにその場にいる全ての人間が全力で喉を酷使していた。

 

 不満ではなく疑問の声を向けてきたのは腰に手を置きながら水野が片手で支える潔を一瞥する冴。

 

「お前こそ。負けると思ってなかったんだけどな。やっぱ弟ラブ?」

 

「違ぇよクソが」

 

 青い監獄のベンチでは雷市を筆頭に喉が壊れるほどの声量で叫び、アンリは感動と安心感からか涙が溢れ出ていた。

 絵心は叫んだり、喜びを顕にはしないながらに拳を握りしめ勝利を噛み締める。しかし他とは異なり、絵心の表情に変化は見られず、何かを思案するように前のめりになる。

 

「凛の方が強かった……そんな事は言わねぇよ。今のアイツより、俺の方が数段強ぇ」

 

 ただ、という前置きを言い、後ろにいた凛を一瞥する。

 

「俺がお前の実力を見誤ったのも事実だ。日本(このくに)にはもう、(こいつ)以外にロクなストライカーなんて生まれないと思ってた」

 

「兄ちゃ……」

 

 なんか言ってるけど、全く意味が分からん。そんなことを考える水野を蚊帳の外にして冴は凛のつぶやきを無視して続ける。

 

「お前の本能を呼び起こし、悠の背中を掴んで日本のサッカーを変えるのは……潔世一。このエゴイストなのかもな」

 

 日本はまだ変われる……凛から向けられた殺意迸る視線を気にすることなく呟く冴に水野が軽く身を引く。

 

「いつまでソイツを抱える気だ。凛にでも渡しとけ」

 

「お前は鬼か。そいつの顔見ろ、潔渡したら心臓食いちぎりそうな勢いだぞ」

 

 二人の親しげなやり取りを見て、さらに表情が歪む。水野は諦めて無視することを決めた。

 

「気絶してるだけだ。どっかで寝かせてやれ」

 

 近くにいた……と言うより、近づいてきていた氷織に潔を託す。はいはい、と軽く返事をしながら脱力しきった潔の体を脇下に腕を通して支える。

 

「なんや、水野くんも負けるんやな。なんか安心したわ」

 

「俺の事神かなんかとでも思ってんのか」

 

「いんや。タチの悪い悪魔やで」

 

 ニヒルと笑い、悪戯心を見せる氷織の言葉に意味が分からないと嘆息。思えば久しぶりの会話だなと思うも前に感じた危機感はなくなっていたために一安心。

 

(腐女子とか湧きそうな見た目してんなあ)

 

 脳天気なことを考えていると、不意に氷織が冴に目線を向け、わざとらしく笑みを作り「ふっ……」という煽りとも取れそうな息を吐く。ピキっと冴の額にシワが寄せられ、追撃とばかりに氷織が口を開こうとした瞬間に二子が氷織の首元を掴みあげて引きづる。

 

「ちょっ、二子くんっ。こっからやのに!!」

 

「もうお腹いっぱいなので。というかあの間に挟まれてる潔くんが可哀想すぎます」

 

「いいやん。僕はただ……うわっ、アイツ今僕の事見て嘲笑いおった!! ギシャアアアッッッッ!!!」

 

「猫かっっ」

 

 ワーワーギャーギャーと暴れつつ、潔のことは支え続け氷織はベンチへとフェードアウト。青い監獄の選手達が今回の最大の功績者である潔の元へと駆け寄る。

 

「最後」

 

「ん?」

 

「わざと止めなかったな」

 

 怒っている様子は無く、本当にただの疑問点として質問している様子の冴に、ん〜と唸りながら空を見上げる。

 

「それは──」

 

「おーい、水野!」

 

 愛空からの呼び声に言葉を中断。少し不機嫌な顔になった冴を見て(子供か)というツッコミを心の中でする。

 

「インタビューだってよ。あっち」

 

「いんたびゅー?」

 

 

 

 

 

 

 

「誰もが予想し得なかったこの試合一番のダークホース、水野悠選手です! 惜しくも敗北という形に終わりましたが、ゲームを終えての率直な感想をお聞かせください」

 

(なにこれ?)

 

 水野は思考を放棄した。

 

 本来、勝利を決めたゴールの張本人、潔にインタビューが入る予定だったが、当の本人は試合終了とともに気絶。インタビューを行うことが不可能であるために、今回の試合で最多ゴールを叩きだし、良い意味で観客の期待を裏切ることとなった水野へと白羽の矢が立った。

 

「まあ……潔には驚かされましたね」

 

 意味は分からないものの、とりあえず思ったことを口にする。

 

「やはり潔世一選手ですか!」と興奮したように口調をあげる記者に対し(やはりって何?)と疑問が絶えない。

 

(てか、冴のやつ腕組んで見守るなよ。何してんのあいつ? あっちいってて! なんか恥ずかしいから!)

 

「今日の活躍で、世界が水野選手に注目しているかと思います! 何か今後に向けての意気込みなどはあるでしょうか?」

 

 記者の言葉の大半は水野の耳に入っていない。この謎の時間に意識を削がず、先程冴に聞かれた言葉を復唱する。

 

(なんで止めなかった、か)

 

『青い監獄が勝ったら日本代表の席は全部アイツらのもん。んで、逆に俺たちが勝ったら青い監獄は解体』

 

 思い出すのは数分前に告げられた言葉。その内容に、水野は疑問を浮かべる。

 

(この試合に勝ったら監獄は解体……つまり俺は出所できる)

 

「──世界に」

 

 自然と溢れた言葉。さほど意味のないそれを、記者は余すことなく拾う。

 

(あのシュートを止めたら、そこから追加得点はまあいけただろう……それでいいのか?)

 

 思い出す。青い監獄に収監された時に誓ったことを。

 

 無実の証明。それこそが水野が掲げた、打倒カッパ。犯罪者予備軍という括りにまとめられ、事実無根の罪で収監された(勘違い)。

 

 サッカーで勝てば、出所することは叶う……果たしてそれは、無実の証明と言えるのだろうか。

 

 故に、冴の質問に対する回答は非常にシンプル。揺るがない意志を。自身の中に燻る怒りを。

 

「俺が、俺であることを証明する」

 

(サッカーで勝って逃げるとか意味分からん。俺はァ、無実を!! 証明して!! あの自称革命家の河童に土下座させるんだよォ!!!!)

 

 絶対の自信。冴の瞳を真っ直ぐに射抜き、そして紡いだ本心。

 

 真っ直ぐな視線と言葉を向けられた冴は……心の底から嘆息した。

 

テレビ画面の向こうで、一人の少女が紅茶を吹き出したとか。




迷った結果、青い監獄勝利エンドにしました。引き分けにするか迷ったけど……まあ潔くんには華々しい覚醒をして欲しいよね!
あと、今回の話は多分賛否両論別れると思うし、批判コメント来るかなあとか思ってます。お手柔らかにね?作者の心硝子以下だから。自分で書きながらこの話批判来るに決まってんだろとか思ってたから!
いやあ、前話投稿して初日お気に入り30人以上減ったのには驚いたね!普通に泣いたわ!

さてさて、この後は一話か二話程日常回というか、ネオエゴイストリーグまでの話書こうかなと。あの人と彼女出したいし。
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