僕は無実だァっ!!!   作:ラトソル

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*ブルーロック要素薄いです。ご注意を

悠が日本代表になる未来が全く見えない作者であった。

ブルーロックの世界線での真昼とのイチャイチャとか描いてみたいけど、番外編として書くかそれ用の作品を作って書くか迷う。


【閑話】ありふれた日常

 

 

 

 男は、何処にでもいるような平凡な会社員だった。

 

 実家の近くの高校を卒業し、そこそこ有名な私立大学で四年間を過ごし、中堅の会社へと就職する。

 

 突出した才能は無く、学力は平均より少し上。運動に至ってはむしろ不得意な部類に入るだろう。

 有名な血の繋がりも無く、至って普通の男。

 

 女は、何処にでもいる看護師だった。

 

 特に考えることなく専門学校に通い、なあなあで看護師になる。

 

 学力は平均、運動は女性の中では上の位置に立っているだろう。それでも、天才と言われるほど大層なものでもなく、運動が得意という立ち位置。

 秘められた才能など、皆無であった。

 

 そんな2人が出会い、過ごし、結婚に至る。何処にでもいる夫婦。特に記述するような事柄はなく、妻は夫との子を授かった。

 

 そして、第一子……水野凛が生まれ落ちた。

 

 夫婦から見た凛はまさに普通の赤ん坊。お腹が空けば泣き、キャッキャと笑いながらハイハイで近寄ってくる姿は正に癒し。

 

 二足歩行が周りより早いと感じたが、それだけ。誤差でしかない違和感だった。

 

 そして凛が産まれて数年、第二子である水野悠が生まれた。

 

 悠を知るもの達は口々にこう言う────「彼は天才だ」と。

 

 幼い頃から見せてきた才能の片鱗。何をやってもすぐに習得し、周りを置き去りにする。勉強などは1を聞く前に10を知っている。そんな意味の分からない表現が出てしまうほどに、水野悠という男は天才であった。

 

 凛を知るもの達は口々にこう言う────「彼女は秀才だ」と。

 

 学力は学年上位をキープ。スポーツも女性の中では一番だった。明るく、誰に対しても明るく接する彼女はクラスの中心人物。

 

 そして、この姉弟を知る者たちはこう言う────「()に比べれば、()は見劣りしてしまう」と。

 

 学力が優れているのは、学内での話であり、全国的に見れば有象無象に等しい。対する悠は全国模試でも満点を息をするように叩きだし、運動能力は公式試合にほとんど出なかったこともあり表沙汰になってはいないが目を見張るものがある。

 

『天才の弟』、『優秀だが上位の者や弟と比べれば数歩劣る姉』。この評価は、水野一家を除く二人と接点を持つ殆どの人間から下された評価だった。

 

 この評価に、姉は笑いながら肯定し、弟は無言を貫く。

 

 天才には劣る秀才と評価を付けられた水野凛。そんな彼女の過去を一部抜粋し、ここに記そうと思う。

 

 なんてことない、探せばいるであろう優秀な女性のありふれた過去を。

 

 

 

 近くの公園へと両親に遊びに連れて行って貰った凛。公園には既に数組の家族がおり、同年代であろう子供達の遊ぶ姿が目に映った。

 

 ────生後僅か1年と半年。自分の才能が異常であることを正しく理解し、秘匿すると決めた瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 逃げる、逃げる、逃げる。

 

 最短ルートを最速で。決して速度を落とすことなく、加速させて進んでいく。

 

 障害物を潜り抜け、時に無謀とも言える道を貫き後方から迫る怪物から逃げていく。

 

 手に持つのは金のみ。今になっては何の役にも立たないそれは幽霊対策としてキープし、次なる獲物に期待する。

 

「──っ」

 

 マップの確認。悪寒を感じ視線を向ければ高速でこちらに向けて射出された対人兵器。逃げようにも速度は足らず、押し付けようにも距離が足らない。

 

 ……いいや、間に合う。

 目的地まではあと少し。かなりの後ろからその爆弾が飛来していることもありギリギリ間に合う可能性を察知すると、さらにギアを加速させる。

 

 もはや金などいらないと消費する。あと少し、目と鼻の先に見えるファンファーレに力がこもり思わず前のめりになったところで視界が逆転。

 

 警戒音などならなかった。食べ物の残骸を踏んだ訳でもない。なんだ、何が起きた。少しの混乱の後、俺の横を高速で通り過ぎる黄色の恐竜。

 

 はっとした。それはその恐竜が搭乗しているものの周りを浮遊する二つの物体を目にしたからである。

 

 ──すなわち。

 

「緑甲羅は聞いてないって……!!」

 

 立ち直し、進み始めた俺を嘲笑うかのようにノールックで射出される殺意の籠った緑甲羅が連続で二発俺を襲う。直線でしか動かないはずのそれは吸い込まれるように再起した俺へと的中しまたもやノックダウン。負けじとアクセルを全開にして追いすがろうとするも時すでに遅し。

 

 警戒音がMAXに。

 青い爆弾が俺の頭上へと姿を見せる。

 

 爆発。逃れるすべの無い俺はこの短時間で何度目かの横転を見せ、隣からはゴールを告げるBGM。そして倒れてあたふたしている俺の横を大量の車やバイクが通り過ぎて行く。

 

 どれだけ混戦だったのか、瞬く間に俺は最後方へ。ゴールをするまでもなく、自分の順位が確定する。

 

 画面に移るのは最下位を悔しむ俺の化身と、何度目か分からない一位を獲得した黄色の恐竜。

 

「私の勝ち、ですね?」

 

 コツン、と俺の肩に頭を乗せてきた少女。俺の顔を見上げてくるのは去年までは完全に初心者以下の実力しか無かったはずの天使様。

 

「エイム良すぎ」

 

 今ではことマ〇カーではプロ並みと言える実力を持ってしまった真昼に勝ち越すことは無くなってきていた。ほんといつの間にこんな上手くなったの? 

 

 レースが終わり、真昼が一位で終わりゲームが一旦終了。真昼はコントローラーを地面に置くと、そのまま悔しがる俺の膝に頭を乗せて寝転がってこちらを見上げる。

 

 一歩間違えれば煽りにも見える微笑みを向けられ、俺は軽く真昼の頬を引っ張る。

 

「はにふふんれふか」

 

 伸ばして、こねて、そして挟む。グリグリと痛くない程の強さで虐め、真昼は口では抵抗するも俺の手を振りほどかない所を見るに本気で嫌がっている様子はない。

 

 真昼の顔で遊んだ後は、頬に手を添え左手で髪を撫でる。途端気持ちよさそうに目を細めて俺の体に身を寄せる少女の姿がなんとも言えない庇護欲をそそられる。

 

 時々漏れ出る真昼の息遣いが艶かしいために昼前にもかかわらず滾ってしまうのは許して欲しい。

 

 子猫をあやす様に、絹に触れるように丁重に撫でる。そうしていると、不意に俺の頬に真昼の手が伸ばされる。真昼が触れやすいように前かがみになれば俺の頬に触れ、そして耳にかかった髪をかけあげてふにゃりと笑い俺の腰へと腕を回す。

 

 テレビから流れてくるゲームのBGMが次のレースの準備をしろという催促にも聞こえてくる。それでも俺たちはそれを無視してひと時の安らぎを求めた。

 

 頬に添えられた手に擦り寄ってくるように頬擦りをする彼女は初めて会った時とは打って代わり安心しきった表情を見せてくれる。

 真昼のこんな表情を見ることが出来るのは俺だけだという優越感を感じながら艶々と輝く唇を親指で撫でる。

 

「んっ……」

 

 思わぬ所に触れられたからか僅かな驚きを口から漏らし、眠たげに目を細めてこちらを一瞥するも嫌悪感を抱くことなくされるがままに放置してきた。

 小さなリップ音が響いたのは真昼が俺の指に口付けをしたからか。

 

 虚ろな瞳は真昼の意識が旅立とうとしている合図だろう。この数日間は全て真昼に捧げると決めたために俺の膝が真昼の枕になることが確定した。

 

 一定の深い呼吸が聞こえてくる。こういったところからも真昼の所作のお嬢様っぷりが見て取れる。聞いてて心地いい寝息に俺自身も眠たくなってくる。

 

 ちょうどベッドを背もたれにできたことから体をベッドの側面に預け、真昼の寝顔を目に焼き付けた後に瞼を閉じる。それだけで、監獄にいた頃とは比べ物にならない安眠効果があるのだから真昼は1家に1台必要不可欠な安眠グッズとなり得るのだろう。

 

 まあ、誰にも渡す気は毛頭ないが。

 

 

 

 

 

 あれから二時間ほど寝ていたのだろうか。

 

 ふと目を覚ますと膝に重みは無くなり真昼が起きていることがわかった。

 

 そして前に意識を向ければそこには腰に手を置き真顔な真昼と体を縮こませて正座をしている我が姉の姿。なにこれ? 

 

「なにこれ??」

 

「あ。おはようございます、悠くん」

 

「真顔から笑顔になる切り替えの速度やばいね」

 

「私、凛さんに喋っていいって言いましたっけ?」

 

「あ、はい」

 

 どうやら姉に発言の権利は無いようだ。この人を黙らせられる存在なんて真昼以外に存在するのだろうか。というか状況説明してね?? 

 

「不法侵入です」

 

「なるほどね」

 

「弟からの冷めた目線辛いわ〜」

 

「そのお口、縫った方がいいでしょうか?」

 

「ははっ、真昼ちゃん冗談きつい……え、冗談だよね? あの、真顔で黙るのやめて欲しいなぁ、なんて……すっごく怖い」

 

 座って寝ていたこともあり体が凝り固まっている。腰を捻るとバキバキと気持ちのいい音が響き体が軽くなったように感じた。

 

 床からベッドへと立ち上がり腰掛け、真昼側へと移動して情けない姿を見せる姉を見下ろす。

 

「凛さん」

 

「は、ハイっ!!」

 

 真昼が姉さんのことを名前で呼ぶ時は決まって怒っている時だ。

 

「御手洗に行って扉を開けた先にいるはずのない人が真顔でこちらを見てくる恐怖が分かりますか?」

 

「こいつダメだ。110番」

 

 姉が想像以上にやらかしていた件。

 そりゃ、この部屋には俺と真昼しか居ないはずだからトイレに第三者がいたら恐怖以外の何物でもない。

 

「てか、どうやって部屋に入ったの? 鍵閉めてたけど」

 

「合鍵作っちゃった☆」

 

「道徳未履修ですか?」

 

「真昼ちゃんからの冷めた目はクリティカルヒットなのよねぇ」

 

 よいしょっ、と床に手を着き立ち上がろうとする姉さんの肩を真昼が押さえつける。え、と間の抜けた声を漏らしながら真昼の顔を見た姉さんは一度深く息を吸うと立てた膝を戻し美しくも哀れな正座へと戻った。

 

「いいですか。合鍵の件は置いておくとして……まあ一番の問題ですが。そもそもインターホンも鳴らさず、連絡もせず人様の家に無断で入り込むことが問題なのですよ。こんなことは小さい頃に親から教わる常識です。凛さんは今何歳ですか? 精神年齢5歳ですか? いえ、5歳の子供でもこのような失礼極まりない行為はしません」

 

「あ、はい」

 

「仲がいいからと、気の知れた関係だからと勝手をしていい理由にはなりません。どんな関係であろうと最低限の配慮をするのは人間として当然のことではありませんか? 親しき仲にも礼儀あり。この言葉を聞いたことは無いのですか? ありますよね?」

 

「たしゅけて……」

 

「こっち見んな」

 

 涙目で俺を見てくる姉の姿に思わずドン引きしてしまった。ひどいっ! と非難の声をあげようと口を開いた瞬間に真昼が姉さんに近寄り互いの顔の距離をほぼゼロにするとニコリと笑う。

 

「返事は?」

 

ワン(はい)!!」

 

 もはや飼い主と忠犬という関係にしか見えず。

 なんとも言えないカオスな状況から俺は逃げるように台所へと向かい人数分の紅茶を淹れた。

 

 

「で、何しに来たの?」

 

「お母さんたち帰ってきてないから家入れないし〜? 適当にホテル取ろうと思ったんだけど空港で偶然サエサエと会ってさ! 面白い話聞けたから真昼ちゃんにその事伝えたんだけどどんな感じになってるのか気になったから来ちゃった☆」

 

(あいつ)今度あったらボコす」

 

 冴のやつ、姉さんのこと苦手だもんなあ。姉さんに絡まれて心底嫌そうな顔を浮かべながらも上下関係がはっきりしてるから体が拒否できないというジレンマに陥っている哀れな青年の姿が目に浮かぶ。

 それで逃げる手段として俺を売ったのか。薄情なヤツめ。これは姉さんと一週間過ごすの刑に処さねば。

 

「てか……え、泊まんの?」

 

「まあ、初めは泊まろうかなあ、なんて思ってたけど……うん。やっぱホテル適当に取る事にしたわ」

 

「それはまたどうして?」

 

 紅茶をちびちびと飲みながら質問をする真昼に対して「ん〜」と間の抜けた声を漏らしながらなにか面白そうにしながら俺たちを見る。

 

「まあ、その……何? 今日は流石にお邪魔かなぁ……というか、ここ一週間くらいは居ない方がいいかなあと思ったわけよ」

 

「はぁ……??」

 

 要領を得ない首を傾げる真昼。その様子を見て助け舟を求める姉さんがこちらを見るが俺は静観を続けると決めていた。姉さんの言いたいことはまあ分かったが、姉さんの羞恥心をいたぶるチャンス。今回の一件の罰としてはむしろ軽いものだろうが執行しない道理はない。後、真昼の反応も楽しみなのは少しあるが。

 

 俺に視線を外された姉さんはモゴモゴと口を動かすも言葉を選びながらお互いのダメージが最も少ない様に場を運ぼうと徹するも大して差はないだろうと割り切る。

 

「……私がいたら、二人が始められないだろうなぁ、と」

 

「?? …………ッ!?」

 

 多分真昼の頭の中を覗いたら高速で思考が巡り巡っているだろうことが分かる。そして遂に正解に辿り着いたのか、ボンッ、と顔を真っ赤に染めあげて紅茶を吹き出し咳き込んでいたために俺は真昼の背中をさする。

 

「ごホッ、ごホッ……は、はじ、ハジメ……!!」

 

「悠のせいだからっ! 乙女心を弄んだな!!」

 

「真昼はともかく、姉さんは乙女なんて歳じゃないだあっぶなッ!?」

 

「まだ21じゃこらっ!!!」

 

 こいつっ、確実に意識狩り取ろうと顎狙ってきやがったっ。殺意高すぎて高杉くんなんだが。姉さんがギャーギャー喚いている間、真昼は想像力を膨らませているのか顔を両手で隠し悶々としていた。ほんとこの子いつまで経ってもピュアね? そういうとこも含めて好きなんだけど。

 

「ほらっ! 悠が意地悪するから真昼ちゃんが太陽光で動く変なおもちゃみたいな動きしてるじゃん!」

 

「何その例え?」

 

「〜〜ッ!!」

 

 真昼の中での想像がクライマックスに突入したのか、フラフラと倒れ込むように俺の腕へと倒れ込む。もはや茹で上がったタコのように赤い顔は耳まで染め上がりせめてもの抵抗かポカポカと俺を叩く様子も愛らしい。

 そしてギュッと俺を抱き締め動きを止めた真昼の頭を撫でる。すかさず姉さんが写真を連写していた。おい。

 

「なんか二人見てたら羞恥心とか気になんなくなっちゃった!」

 

 既に通常運転の姉さんは手を合わせて「ご馳走様です」といいながらスマホを置くと思い出したように口を開いた。

 

「テレビ観てたよー? 惜しかったね」

 

「テレビ??」

 

「そうそう。悠とサエサエ映ってたよバッチリ」

 

 あの試合まさかの放送されてたのか。全国的に犯罪者を映して何になるのやら。

 

「相変わらず、勝負事に興味無さそうな顔してるね」

 

 頬杖をしながら俺の瞳を射抜く姉さんの瞳はどこか柔らかく、包み込むような暖かさを持っていた。

 

 これに対して、俺が答えることは無い。

 実際問題、姉さんという才能の権化がいることを痛感している中、それ以外に勝ったところでなんの達成感も得られないし、別に勝とうとも思わない。ただ、姉さん以外に負けるイメージが湧かないだけだ。

 

 あのゴミカス五人衆との試合は単純に煽られてイラついたから珍しく意地になったがそれだけだ。俺自身、そこら辺の感覚が麻痺しているのは自覚している。

 

 別に自分の実力が高いだとか、そんな痛いことを言うつもりは無い。

 それでも、相手が姉さんじゃないだけで、勝負事は作業になってしまう。

 

 その点を顧みれば、この前の試合は少し楽しめたと言えるかもしれない。

 

「サッカーのプロ目指すの?」

 

 姉さんから振ってきた話題。姉さん自身回答なんて分かりきってるはずなのに聞いてきたのは本当に世間話の延長なのだろう。俺の返事は決まりきっている。

 

「有り得ない」

 

 サッカーが特別好きという訳でもない。中学で部活動に参加することが義務付けられていたから選んだだけだし、そのまま高校でも何となく続けただけ。サッカーは高校までと決めているし、娯楽としてはともかく、サッカーで生活していこうなんて考えもしない。

 

 何度も勧誘してくる冴には少し申し訳ないが、興味が無いのだ。

 

 俺の返答が予想通りなのか、「だよねえ」と笑いながら紅茶を飲み干す。

 

「悠は今まで本気で熱中出来るものに出会わなかったもんね。それこそ真昼ちゃんくらいじゃない?」

 

 紅茶を飲もうとすれば、既に空。真昼がそばにいるために追加を淹れることが出来ないために音を立てずに机に置く。

 

「1回ボコボコに負けたら、考えも変わるのかな」

 

「姉さんには何回も心へし折られてるけど」

 

「私に負けても意味無いでしょー? だって私に勝てる人なんていないもん」

 

 なんてことないように告げられる言葉。他の人が聞けば大ホラ吹きとでも思うかもしれないが、姉さんに鍵って言えばそれは純然たる事実。

 

「ジャンケンでもする?」

 

「勝たせる気ねぇじゃねぇか」

 

 運ですら彼女に微笑む。ジャンケンを始めとした運要素のかかる勝負こそ姉さんの専売特許であり、姉さんの思う通りに結果が改竄されているのではないかと錯覚する強運を見せる。

 

 それはもはや運などではなく、事象の改ざんに等しい。

 ジャンケンに勝とうと思えば勝ち、負けようと思えば負ける。到底科学的根拠の無い説明不能の異能。

 

「姉さんはスポーツとか本気でしないの?」

 

 俺の問いが意外だったのか、目を丸くしてキョトンとこちらを見つめるとすぐに吹き出して面白おかしく笑い出す。俺自身、この問いは会話の流れで聞いただけであり特別意味の無いものだったからこんな反応をされるとは思わずつられて笑う。

 

「ないない。蟻を潰して楽しいと思う?」

 

 その失礼極まりない表現に思わず笑ってしまう。

 

「ああ、でも。推しは出来たよ?」

 

「まじ?」

 

 姉さんが他人に興味を持つことは珍しい。完全記憶能力を持っているにもかかわらず興味のない人間の名前は直ぐに忘れる程だ。俺の知る中で姉さんが名前を覚えているのは真昼と冴あたりだけだろう。

 そんな姉さんに推し? なんて可哀想なやつなんだ。心の中で黙祷を試みる。

 

「悠も知ってると思うよ? ほら、あのアホ毛の」

 

 俺の知り合いにアホ毛が多すぎてどのアホ毛か分からなかった。しかし、姉さんの興味を引く程の存在となれば限られてくる。

 

 その人物の特徴を聞くと口に指を置き考える素振りを見せて指を鳴らした。

 

「────主人公、かな?」

 

 

 

「じゃ、ごゆっくり〜」と颯爽と家を飛び出した姉さん襲撃事件から数分。しっかり自分の分のティーカップを洗ってから帰ったことで机の上にはからのティーカップとすっかり冷めてしまった紅茶が置かれていた。

 

 姉さんの言葉に少し考えさせられる。

『本気で熱中出来るもの』。趣味なんかは普通にあるが、なくてはならない程のものでは無い。それこそ真昼くらいのものだ、なくてはならない存在なんて。

 

 本気で勝ちたいと思ったことがないというのは的を射ているかもしれない。姉さんに対しても、俺はただ『勝ってみたい』という思いに留まっているのだろう。

 全てを割り切り、人生を楽しんでいる姉さんに比べれば俺の人生はクソみたいなものだ。

 

「サッカー、か……」

 

 かれこれ四年程続けているサッカーも趣味の枠組みを超えることは無かった。そこまで本気で取り組んでいた訳でもないからか、それともやはり俺の性格が終わっているのか。

 

 姉さんのように、世界各国を周ってみるか? いや、いいや。めんどくさい。

 

 人生を捧げることが出来るもの。真昼以外に俺の中にはないそれは、とても眩しいものなんだろう。

 だから、冴がサッカーのプロとしてスペインで活動していると聞いた時は言葉にしないながらにも、そのあり方がとても眩しく見えた。

 

 きっと、生涯俺の中にそんなものは生まれないのだろう。そんな確信めいた予測ができる。

 もし、俺を人生を捧げられるほどに熱中できるスポーツなり芸術なりに誘うような存在がいるとするのなら、それは姉さんが言うような『主人公』なのだろうか。

 

「……ぅん」

 

 ゴソゴソと音がなり、擦り寄るように動く小さな存在。意図せず頭を撫でていた手が止まっていたことに気づき、真昼の方を見ればまだ頬は赤く染っており恥ずかしそうに口をキュッと閉じたまま潤んだ瞳でこちらを見上げてきていた。

 

 目元を優しく指で拭う。それにも恥ずかしそうでありながら寄り添うように身を委ねてくれる少女の姿がとても愛らしい。

 真昼の背中に腕を回し、右手を頬に添える。顎に指をかけて上を向かせると、声を漏らしながら真昼が俺の瞳を射抜く。俺の唇に視線が行くとさっきの妄想を思い出したのかキュッと瞼を閉じてプルプルと震えていた。

 

「ん────」

 

 ここでふと思ってしまった。熱中できるものが出来ないのは、俺が一度も本気で取り組んだことがないからだろうか。

 本気で取り組めると思えるものに出会っていないだけであり、一度全力でサッカーなりなんなりをしてみれば考えが変わるのかもしれない、と。

 

 だから俺は思う。

 監獄に戻れば、機会があれば一度全力を出してサッカーに臨んでみようと。

 

 その結果がどうなろうと、それで一区切りをつけてみようと思った。

 

 




壮絶なネタバレ

真昼と悠は結婚します
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