いやいやいや。別に高所恐怖症じゃないし? ジェットコースターとか全然余裕だし? ただ周囲に遮蔽物が一切ない足場だけの状況っていうのがちょっと受け入れられないだけだし? 遊園地行ったら絶叫系三周するしっ! ほら、命の保証は欲しいじゃん? 命綱あったらなんも怖くないんだよ。とりあえず落ちないよっていう分かりやすい印がいるんよ。だから仮に谷に一本の橋が掛けられてたら持ち手とかあれば渡れるけど足場だけだったら無理無理無理。分かる、分かるよねこの違い? だからそんな哀れんだ視線向けんなや有名人っ!! 初対面だぞゴラっ!!
『……いや、むしろ安心した』
煽ってんのこの人?
機械的に表情が変わらないノエル・ノアは抑揚の無い声で話しかけてくる。
「──俺の事を知っているか、水野悠」
正直驚いた。世界に多数ある言語の中でも日本語の修得は母国語とする日本人以外にとってかなり高難易度なものだと言う。
だが、ノアの口から放たれたのは外国人特有の訛りのようなものが全くない流暢な日本語だった。
「まあ、有名人なんで」
今までは相手の言語に合わせていたが、理由は分からないが日本語を使い始めたために俺も遠慮なく日本語を使う。
「俺はお前を知っている」
なんの宣言?
「本当に……嗚呼、クソ。思い出すだけで頭痛が痛い……」
「日本語間違えてますよ」
前後の文の関係が壊滅しているし、急に苦虫を噛み潰したような表情になるしでとりあえず触れるのは怖いので黙っておくことにした。
「……さて」
無かったことにしやがった。
スンッ、と愛と勇気だけが友達なぼっちヒーローが如く顔を入れ替え新しい無表情になったノアがポケットから何やら高級感漂う箱を取り出しこちらに差し出してくる。
「瞬時に自動翻訳を行うイヤホンだ。使いたければ使え」
パカッと開けて中身を確認すれば黒いワイヤレスイヤホンのようなものが出てきた。重量は感じられず、デザインもスマート。試しに付けてみれば耳に完璧なフィット感を感じられ、三言語ほど呟けば俺の声のままに日本語に置き換わっていた。気持ち悪っ。
良く見ればノアの両耳にも俺が持っているものと同じものが嵌められていた。
謎に高い技術力を見せられたがなんで俺に渡してきたのか理解不能だ。てか必要ないだろ。
「試合が始まれば他国の選手が入り交じり多言語がコート上に飛び交う。それでも必要ないのか?」
試合という名のデスゲームが実施されることを再確認しながら、やはりと俺はイヤホンを突きだす。
「聴覚を僅かにでも阻害されたくないんで。言語くらい理解出来る」
それに、コミュニケーションを取る際は相手側はイヤホンをつけているということなので俺は日本語を話せばいいのだ。つまり俺に求められるのはヒヤリングだけ……いや、逆にめんどいか。普通に聞こえた言語そのままで返しそう。
丁重に返そうとすると「付けないにしても、貰うだけ貰っておけ」とまたもや突き出してきたので遠慮なく頂いた。真昼にでもあげようかね。高く売れそうだが売り捌くのは忍びない。
何はともあれ、この先に進まなければならないらしいものの正直この謎ギミックを進むのは気乗りしない。なんで浮いてんだよ、どこに最先端技術使ってんだよ。ほんとに人が乗っても大丈夫なの?
そうこうしているとノアから裏道があるとの事で遠慮なく着いていく。べ、別に怖いとかじゃないしっ!!
「水野悠。ひとつ聞きたい」
毎回フルネームなの威圧感あって嫌なんだけど。
「お前は俺に勝てるか?」
なにで? と聞きたいが、目の前に立つのは他称世界一のストライカーなのでサッカーでのことだと思う、多分。喧嘩とかだったらどうしようか。
となると、次の疑問は、なんで? になる訳で。最近勝てる勝てないの話を聞かれすぎてウザったらしい。別に勝負事に興味無いし。煽られたら叩き潰すくらいの気概しか持っていないからな。
さて、この質問は何時ぞやに冴からも聞かれた問いだ。あの時は「負けは無い」と断言したものの、果たしてそれは正しいのかどうかという疑問が次の日から絶えない。
俺は別にサッカーという競技に置いてトップレベルの実力を持ってはいない。はずだ。そうでなければ可笑しいのだからきっとそうだ。
俺はノエル・ノアに対して興味を持っていない。故に試合動画も見た記憶が無い。見たと言えばニュースに時たま流れてくる速報程度のものできっちりと彼のプレーを見たことがないために実力の程が分からない。
ノエル・ノアは世界一のストライカーという名声を得ている。その称号の意味とは『サッカー界最強』ではない。
『比較対象の中で最もサッカーが上手い』というだけのものだ。その比較対象とはプロとして連盟に名を登録し、スポンサーから金を貰い試合を行うプレイヤー達。サッカー総人口に比べ、その人数はほんのひと握り。その中で最強だと謳われたところで、だからなんだという思いではある。
そもそも最強の定義から曖昧だ。
ストライカーとしてトップということは点を決めた数が最多だから一位なのか? そんなものは物差しにすらならない。
サッカーとは……というか、他のスポーツにも当てはまるが、これらは相手よりも多く点を決める方が勝つスポーツである。別に点を決めた数が多いやつが偉いとかそんなものでは無い。
1-0も6-5も変わらない。むしろ後者に関しては6点決めたところで5点もの失点を許しているという事実から俺は前者の方がプレイヤーとして優れているとすら感じてしまう。
つらつらと持論を並べたが、まあ、なに。何の話だっけ?
ああ、そうそう……え、何の話だっけ?
「……醤油、かな?」
「お前は何を言ってるんだ」
思い出した! 俺に勝てるか、とかいう激キモ案件だ。
今までの内容を加味して、ノアの試合動画を見たことなくどれほどの実力なのかも分からない現状で俺がだす答えはひとつ。
「興味無いですね」
実際興味が無い。目の前の目標はあのクソカッパに俺の無実を証明して土下座させること。そしてその姿をネットに晒すまでがセットだ。くっくっく、その時はコンタクトも外して万全の状態でお前の無様な姿を目に焼き付けてやるぜぇ!
「……俺の試合動画を見たことは」
「無いです」
「見ろ」
メンヘラかな?
「また、同じ問いをお前に投げかける。それまでに答えを出しておけ」
だから興味無いっての。
まあでも、暇な時にでも見てみようかなと思っているとどうやら目的地に着いていたようで、もれなく全員集合しておりその中心地では潔がホストみたいな顔をした男に顎クイされていた。
うっっっわぁ……。
きっっっっっツ……。
「……男だらけのところに同性愛者入れるのはどうかと思うんですが」
「本当にお前はさっきから何を言っているんだ」
呆れた顔をしたノアはキリッと表情を切り替えて仲裁に向かう。すげぇ、俺ァ怖くてあんな酒池肉林に突っ込めねぇよ……あんたの試合動画、絶対見てやるぜ!
「ん……? ハッ、もしかしてお前が水野悠か? おねんねはママの膝でしてもらいたいもんだ」
髪をかけあげて首元の薔薇の刺青を見せつけながら嘲笑してくるホスト系外国人。こいつも耳にイヤホンを付けているから日本語で話しても問題ないだろう。いや、既に関わりたくないが。だって潔に顎クイしてたし。ちょっ、こっち来んなっ!
「お前にも期待してるんだぞ? 精々俺の人生に立ちはだかってくれよ……今のところ、世一程の期待は出来てないがな」
うわ、潔……もう名前で呼ばれてんじゃん。もうお前ロックオンされてんぞ。刺青ホモは最早確定演出だろうがよ。南無。
「おい、聞いてるのかクソ道化」
周りを見渡せば全員がイヤホンを付けているようで。邪魔じゃね? とか、ちょっとは勉強したら? すぐ覚えられるぞ言語くらい、とか思ってみたり。ノアの再登場に潔はまたもやキラキラと目を輝かせている。うん、双葉。
「クソ生意気」
俺の頬を鷲掴みしようと右手を伸ばしてくるがそれをなんてことないように払い除ける。ついで裏拳のように左手を伸ばしてくるが少し顔を傾けるだけで容易に回避し、肩に手をおきこれ以上動けないように制圧。ピタリと動きが止まったのを確認してから潔と氷織が居る場所までゆっくりと歩く。
大きなモニターにはランキングのようなものがつけられていて、カイザーとか言うやつが一位、潔が六位で氷織が七位だった。最下位は俺。おいおい、俺死ぬんか?
「水野……なんでこんな遅いんだ? お前なら一位なんて余裕……」
「あんな足場に自分の命任せれるわけねぇだろ」
「え……と?」
「高所恐怖症なん水野くん」
「違うから。周りが囲まれてないのが気になっただけだから」
「あ、あ〜……何となく分かったわ」
「なんか安心するわ〜……あ、僕より順位下やから敬語な?」
「なんなのお前? 今からリスタートする? 道覚えたから目つぶって走るぞ」
「バケモンが過ぎる……」
後ろでケラケラと笑いつつも苛立ちを隠さないホストがノアに怒られてた。ざまぁ。
その後、直ぐに俺たちはクソダサいタイツみたいなのを着せられてノア考案のトレーニングを各自行った。恐らく上流階級の人間が見るであろうこのデスゲームというイベントを盛り上げるために少しでも実力をあげさせようという手筈なのだろう(ちょっと正解)。
そして、あの謎の順位だが上位11人が試合に出れる。つまり一時的に死亡する確率がゼロになる立ち位置になるというわけだ。最下位から順に消されてもおかしくは無いからな。
個人練習ももちろんあったが、どうしても全体練習のようなものがあり、その度にホモホストがニヤニヤしながら絡んできたために全て無言であしらってきた。こっち来んな、潔に腰振っとけ。
そして数日後。
人数の都合上、一人部屋ができてしまいそこに俺が入っていた。ちょっと寂しい。
大体は潔たちに呼ばれてアイツらの部屋にお邪魔して少し話す。そこは四人部屋で、潔、氷織、そして見たことない眼鏡の雪宮と言うやつと、もう一人は黒名というあんま関わったことないやつだった。話し方が独特でちょっとウケる。
潔がノアの元へと話を聞きに行くといい部屋を飛び出す。大方、ケツを触ってくるホストについての悩みを打ち明けるのだろう。可哀想に。俺的には俺の心労を肩代わりしてくれる存在として重宝してるので継続的に狙われて欲しいものであるが。
「水野くんっていつからサッカー始めたの? やっぱ物心ついた時からとか?」
どこの死んだ魚の目をしたやつの話をしているんだ。
「いや、中学」
「────は?」
なんか怒られた。ぴえん。
放送で名指しで俺が呼び出されたので、口を開き唖然とした顔でこっちを見てくる二人から逃げるように部屋を出ていく。
「失礼します」
一応礼儀としての言葉を告げながら、目的地であるマスターストライカールームというクソ長い名前の部屋へと踏み入れる。そこには予想通り潔とノアが居て、ノアの眼前には選手一人一人のパラメータが事細かく記されたデータがでかでかと表示されていた。
このデータを見ると、ノアの観測する数値と俺がこの数日で叩き出したドイツ陣のパラメータがほぼ一致していたので謎の達成感を覚える。
「来たな、水野悠」
普通に日本語で話してくるノアの言葉。実は「汚っ、水野悠」って言ってるんじゃないかと勘繰ってしまう。
「え……あれっ、え!? 日本語!?」と口元を見てノアの話している言語に気づいた潔が驚いていた。なんで俺に会った時だけ日本語なんですかね?
確認したいことがある、とこの場で告げるノア。潔もなぜ俺が呼び出されたのか分かっていないからか視線が泳いでいる。安心しろ、俺も分からん。
「この前の話の続きだ」
ノアの発言の意図を探る潔はヒントを求めて俺を見てくる。安心しろ、俺も分からん。
「俺の試合動画、確認したか?」
「まぁ、一応は」
五年ほど前のものから直近一年のものを数試合と、『ノア様神プレー集!』と大々的に綴られていた切り抜きを幾つか見た程度だが。
少し安心したように「そうか」と吐息を漏らすノアは鋭く俺に視線を向ける。
「結果を聞かせてもらおうか」
「結果……?」
潔が俺の心を代弁してくれる。なんだお前、俺の事好きなの? 全部言ってくれるじゃん、もう帰っていいかな?
「────お前は俺に勝てるか?」
潔が息を飲む。俺はなるほどと納得の意を示す。初邂逅の時にそういえばそんなことを聞いていたなと思い出す。
あの時は情報不足により曖昧な表現しか出来なかった。ノアはその答えを求めているようだ。そんなに気になるかね。
まあいい。
俺はその質問に答えるために必要となる最後のピースを手に入れるべく、ノアに一つの質問を投げかけた。
「貴方は試合で手を抜いたことがありますか?」
俺の見たノアの出場している試合。それらの中に手を抜いたものがあったのなら俺の意見は不確定なものになりノアが求める答えは出せない。だからこそこの質問は必要なわけで、そして俺が答えて欲しい答えは一つだった。
「無い」
ノアの口から出てきた答えは俺が求めるものとは正反対のもので。
残念な気持ちを抱きながら、どこか達観しながらノアの質問に答える。
この結論は、もう変わらない。
「なら────勝てます」
潔は俺の発言に目を見開き口を半開きにする。The・驚きといった表情だ。ノアは予想をしていたように大して驚くことなく機械的に「そうか」と一瞥。
「水野悠」
組んでいた足を解き、床へと着けてから肘を膝に置き手をくみかわす。そして口元を見せず目線だけを俺に向けてくる。
「お前の試合動画は全て見た。その上でお前に一つ要求する」
その要求は、元々俺がやろうとしていたことだった。
監獄に再投獄され、クソみたいな催しが始まりやる気が失せてきてはいたが一度誓ってしまったためにここで引き下がっては謎の敗北感を得てしまうためにやらざるを得ないこと。
こんなことしても意味は無いと分かっている。デスゲームを盛り上げるだけだ。あの河童の喜ぶ姿なんて見たくないがしょうがないと諦める。冴も来てるし。
────
いつも通り。『普通』を熟そう。
生きて帰るんだ!! 無実を証明するために!!
トレーニングが始まり十日が過ぎる。
最終的なランキングとして潔が5位、次いで俺、氷織となっていた。
「ほら、敬語使えよ」
「ぐぬぬぬぬっ……」
俺の下になった氷織に最大級のウザ顔を披露し、一発目となる試合会場へと歩く。
相手はスペイン。そう、俺と冴が初めて会った国である。冴は居ない。なんでフランスやねん。
あれから冴とは会っていない。同じ施設だから何度か顔を見るとは思っていたがそんなことは無かった。時折廊下を歩いている時に後ろの方で幼さが残る高めの声で踏み潰されたような声が聞こえてくるが関係ないだろう。
「潔と水野スタメンかよ」
「にゃはっ♪ 楽しくなってきた!」
ノアから提示された要求、俺が誓ってしまったこと。それを今から行うために俺は瞬きを行う。
それだけで、俺の準備は整った。
「オイオイおーい……ありゃナシだろォがよ」
これから始まるのは、正史に綴られた新キャラの大々的なお披露目というお約束的展開ではない。
「じょーだん……バケモンっしょ」
一人の男から始まり、一人の男で終わる……ただそれだけの一ページ。
カイザーという男の華々しいゴールも、蜂楽 廻の新生も、國神 錬介というワイルドカードの真髄も。
そして、両チームのマスターストライカーの価値さえも。
『一度、本気を俺に見せてみろ』
全て、男を引き立てる要素として消えていく。
「よし、やるか」
水野悠の本気。
それは水野がやる気を出したということが条件となる極限の集中状態が可能とした前人未到の領域。
水野が諦め、納得する。それだけの物語が始まる。
白い閃光が迸る。
ゾーンの、強制解放という事象とともに。