同人誌頒布会のお隣さんになったのは、なんと小学生。
一所懸命作ったらしいホチキス留め冊子。でも様子がなんだか変です・・?

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或る日の頒布会

     

 

 

 180×45㎝って案外狭い。

 その机の真ん中に線を引き、初対面の出展者と半分こして一日を過ごす。

 頒布会参加はルーチンで、準備や始発列車は苦にならないのだが、お隣さんと顔を合わせる迄の悶々とした不安は、何回経験しても慣れない。

 自分のようにジャンルをころころ変える風来坊には尚更だ。

 

 もっともお隣さんだって、文章を書き書籍を作ってイベントに申し込むというフィルターを通過して来た人種。

 今まで嫌な目に遭った事などなく、大概は小心な田舎者の杞憂に終わっている。

 

 でもこれはないだろう。

 

「は、六年生? しょうがく?」

「はい○○小学校六年二組……」

「いやストップストップ」

 

 開始時間直前に滑り込んで来たのは、ラメ入り髪留めを前髪に五つもぶら下げたピチピチ(死語)コギャル(滅語)。

 若い子ラッキー! なんてのは、創作世界だけのお話。

 若すぎる、こっちは三十路過ぎのおっさん、話し掛けるだけで犯罪じゃねぇか。

 確かに年齢制限無しのイベント、未成年は保護者の同意書を提出すればOKなのだが、隣接者の同意も得て欲しい、無理か。

 

 しかし……?

 ここは『ヒーロー・ロボット・特撮』カテゴリー。

 小学生女子にしては珍しい。

 

「ヒーロー好きなの?」

「いえ、別に……」

 

 警戒されたか、まぁしようがない。

 こちらも口を閉じて、手持ち無沙汰にスマホをいじる。

 

「あの」

「は、はい?」

「隣の人に本を渡して挨拶しなさいって言われました。こんなのですけど、あ、要らなかったらいいです」

 

 ピンクのキャラ絆創膏の指が遠慮がちに突き出すのは、ホチキス留め冊子。

 コンビニで一所懸命プリントし、二つ折り作業で指を切ったんだろうか、懐かしいな。

 

「勿論頂きます、有り難うね」

 自分の冊子から小学生でも大丈夫そうな物を選んで進呈し、肩の力を抜く。

 思えば親戚以外で子供に何かを手渡して貰う機会なんてそうそう無い。ほんのり嬉しいかも。

 

 しかし、絶対交換せねばならない訳じゃないんだけれどな。俺は先方から言われた時しかしないし、大体三回に一回ぐらいだ。 

 

「誰が言ったの? お母さん?」

「ううん、ケイちゃん……」

「ん?」

「ともだ……同じクラスの子」

「そうなんだ」

 

 今時の小学生しっかりしてるなと、席に落ち着いて貰った冊子を捲る。

「あ」

 マンガペンで描かれた小学生らしい賑やかな絵と、多少の文章からなる読み物だが、表紙に既視感のある魔法少女戦士。手書きの文字もよく聞くキメ台詞。

 ああ、ヒーローってそっち方面……

 いや、そうじゃなくて

(まずかないか? これ)

 本日の頒布会はオリジナルのみの二次創作禁止だ。

 以前、それその物なサークルがきっちり撤収させられているのを目撃した事がある。

 

「お兄さん、凄い絵、上手です」

「あ、ど、どうも」

 

 教えるべきだろうか。いや、子供だし目溢しして貰えるかも。

 迷っている間に、彼女の反対隣の若い女性がやんわり声を掛けている。

 

「お嬢ちゃん、二次創作は禁止なのよ。他の冊子は持って来ていないの?」

 

 いや、女の子の荷物はこのコピー冊子と値札のみ、テーブルクロスすら持参していない。

 

「え、エッチじゃないでしょ?」

「?? 出展規約は読んでいるわよね」

「これ、ニジソーサクなんかじゃない、ちっともエッチじゃないですよね?」

 

 小学生はこちらに振って来た。

 どうやら二次創作=エロ=エロだから禁止、と勝手に解釈しているらしい。

 女性は困った顔でこちらを見ている。いや投げて来ないで。最後まで責任持って欲しい。

 

 

「え――、だから二次創作にもパロディ、リスペクト、オマージュ、考察と色々あって……」

 

 小学生は俯いている。

「マネッコがニジソーサクなんだ」

「ああ、うん、まぁ」

「だからケイちゃんは泣いちゃったんだ」

「?」

 

「私、最後までお店やってなきゃならないんです」

 女の子は机上の冊子を引っくり返して表紙を隠した。

「そうしないと許して貰えないから」

 

「誰に?」

「ケイちゃん。キィちゃんとクゥゃんも」

 

 急に登場人物が増えた。

 イジメ? 頒布会出店が罰ゲーム? どうなっているんだ、昨今の小学生。

 しかし見た目はラメとピンクで統一したキラキラ女子。苛められるタイプには見えないが。

 

 彼女が言うには、前回の頒布会に、同級生四人で出店する予定だったらしい。

「最初あの子たち三人でそんな話をしていて。ケイちゃんを取られる気がして『私も入れて』って頼んだの」

 

 で、頁を貰った物の、言われた締め切りを彼女は無視し続けた。いつでも書けると思っていたし、友達だから幾らでも待って貰えると。

 

「うぅむ……」

 周囲を振り回し困らせる事で自分の存在をアピールしたいタイプだ。うちのおふくろと同じ。本人は無自覚だから始末が悪い。しかし素養のある者って、こんなに小さい時から発現するんだな。

 

「いよいよ二人が怖い顔するから、ショーセツ書いた。ケイちゃんの王国で……あ、ケイちゃんはとっても素敵な王国のお話を幼稚園からずっと書いてて、私その王国が大好きなんだ。だから私の作ったヒーローがその王国の悪者を成敗してあげる話を書いたの。ケイちゃん喜ぶと思って、サプライズで」

「……」

「でもそうか、それニジソーサクになって禁止だったのか。それで皆あんなに怒ったんだ」

 

 いや、二次創作以前に、絶対やっちゃいかん事だろ。

 向こう側で聞き耳を立てていた女性も、うへぇという顔をしている。

 

 結局、本の空いた頁はケイちゃんが突貫で埋め、頒布会は三人で行ったらしい。

 らしいというのは、彼女は場所やイベント名すら知らなくて、誘われない内に終わっていた。

 それ以来三人から仲間外れにされているという。

 目立ったイジメは無いが、教室で彼女が寄ると皆サッと居なくなる。

 

「ケイちゃんまで居なくなるのが寂しかった」

 

 ああ、十二歳か…… 俺らが当たり前にしている事でも、まだ失敗だらけなんだな。

 

 それでも彼女は頑張って、どうしたら許して貰えるかとストレートに聞いた。

『一人でこの頒布会に申し込んで一人で最後までやりきる事』と提案してくれたのはケイちゃん。

 成る程……

 

「申し込みとかチョー面倒で、お知らせメールなんかも意味分かんなくて。でもケイちゃんがこそっと助けてくれた。聞かれた事なら答えるよ、って。嬉しかった。本なんかチューモンしたらすぐ出来ると思ってたから、結局ちゃんとしたの作れなくて。でも中身さえ頑張ればコピー本でもいいよ、って」

 

 女の子の見ていない向こう側で、女性が目を細めてウンウンと頷いている。

 『友達だから幾らでも待って貰える』が、『助けてくれた、嬉しかった』に変化している。

 あちらも同年代同士のグループ、散々潜って来た道なのだろう。

 

「ちょっとその冊子、持ち上げて」

 立ち上がって俺はテーブルクロスを机全体に広げた。

「こっちの冊子に紛れさせて、オリジナルの中の一部ですって顔をしていれば、表紙を向けていても目立たないよ」

 

 女の子は目を丸くして、そうですね、と答えた。この魔女っ子キャラクターはケイちゃんが好きと言っていた推しで、アニメを見て頑張って描いたらしい。

 

「ドージンシって、何かをマネッコする奴だと思ってた。おりじなるってのもあるんですね」

 ・・そこからかいっ!

 

「ケイちゃんって幼馴染み?」

「やだ、ケイちゃんは女の子だよ」

 

 ああ、君にとっての幼馴染みという言葉は、今はそれだけなんだな。

 ひとつひとつの言葉には君が思う以外にも沢山の意味があるという事は、これから知って行けばいい。出来ればケイちゃんと一緒に。

 

 

 小学生に店番を頼んで、俺は席を離れる。

 目指すブースは場内の反対側。

 

 暖かい缶コーヒーを頬に当てられ、奴は振り向いて目を見張る。

「お、お久ぁ。いつも来ているのは知ってたけど、中々会えなくてぇ」

 

 そりゃそうだ。そちらのカタログをチェックしては、ブースの離れたジャンルを選んでいたからな。

 

「その、ごめぇん。お前の絵が好きだからついぃ」

「無断使用を好きだからで済ませられるのは小学生までだ。次は無いからな」

「分かったよぉ」

 

 ――こういう奴だと分かっている幼馴染みを、向き合いもしないで切り捨てていた俺は、ケイちゃんの爪のアカでも貰った方がいい小学生以下だけれどな。

 

 

   ~了~

 

 

 

 

 

 


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