教会の小路で行き合った初対面の人物に、父親の思い出を語る娘の話。
二人称の練習で書きました。

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教会の小路で

 

 

 お父さんは幸せな人だったと思うよ。

 だってあのヒトが怒っているの、見た事ないもの。

 グチや妬みや悪口を言っているのも。

 いつもニッコニコ笑ってて……怒るって感情を何処かに落っことして来たんじゃないのかって、真剣に心配した事あったわ。

 

 え、叱られた事? ないないないない。

 むしろ、あたしがイタズラを始めると、あのヒト一緒になってやりたがるんだもの。

 近所のロバにチョッカイ出して怒らせて、繋いでいると思っていたのが繋いでいなくて、二人して必死で逃げて川に落っこちたり。何でだったか、粉曳き小屋で真っ白になった事もあったなぁ。

 

 で、その度に二人並んで母さんに叱られる。

 でも母さんもあのヒトにベタ惚れだったからさ。結局何でも許しちゃうのよね。

 叱ってたのに、いつの間にかイチャイチャ始まって。

 ハイハイ、このバカ夫婦! って何回も思ったわ。

 

 ま、やっとこさこうして、母さんと同じ所に入れたんだから、幸せだわよ、きっと。

 あの世でまたバカ夫婦やってるんじゃないの? あははは。

 

 ああ、似てないでしょ。

 あたしは目も鼻も母さん譲り。お父さんの部品は何一つ貰わなかったわ、残念ながら。

 ちっちゃい頃はそれなりにからかわれたわよぉ。

 ほら、子供って残酷じゃん。ホントに親子なの? とか平気で。

 しょうがないわよねぇ、街中で百人が百人、振り向かせるんだもん、あのヒト。

 ホンット、無駄に美形、無駄に! 

 

 せめて半分……いえ、あの眉毛だけでも欲しかったなあ。

 こう、鷹の羽根みたいに、スッと切れ長でさ。

 神サマって凄い造形するもんだって、ついつい眺めちゃってた。

 土の下に行っちゃったら、もう見られないじゃない。

 何で似なかったんだろ、娘なのに。ちぇっちぇっちぇーっだよ。

 え? こめかみが似てる? あははは、貴方、褒めるのが下手ね。

 

 あー、ちょっと待って。

 ね、お店の方に寄って行かない? まだあんまり片付いていないけれど、お茶くらい出せるわ。

 それと、形見をね、貰って欲しいの。

 ん? だって、貴方、お父さんのちょっとした知り合いって言ったけれど……違うでしょ? ちょっとした知り合い程度じゃないわよね?

 分かるわよぉ、何となく。さっきお墓の前で手を合わせていた、貴方の真剣な感じで。

 あっあっ、勘ぐりたいんじゃなくて…… 違う違う、えっと、あのね………・・・

 ね、聞いて。

 

 大昔……母さんが死んだ時だから、もう十何年も前。

 あたしはまだ鼻ったらしのガキンチョでさ。母さんが病気にかかって死んでしまったのは誰のせいでもないのに、拗ねていじけて憎まれ口ばっかりたたいて。

 今から思うと、お父さんに八つ当たりする事で、自分の悲しさを紛らわせたかっただけ。

 甘ったれだったのよね。

 

 ある朝、お父さんが馬を引いて来て、二人で旅に出ようって言い出して。

 抵抗したけれど、それまでにないくらい強引に、無理やり連れて行かれたの。

 お店に休業札下げて、二頭の馬に跨がって、干からびた荒野を、テクテク、テクテク。

 あたしはずっとふて腐れて、何を見ても何を食べてもブスッとしてた。

 ああ~、今思い出すと、あの時の自分をひっぱたきに行きたくなるわ。

 

 何日目かに、大きな山が連なった深い森に入ったの。道がどんどん険しくなって、霧で何にも見えなくなって。あたしは引き返そうって何回も言ったんだけれど、お父さんは黙って馬を進めてる。

 とうとう馬で行けない道になって、そしたらお父さん、馬を置いて、あたしの手を引いて更に山奥へ歩いて行こうとするのよね。

 

 あたしは、もう、その時にはふて腐れとか通り越して、怖くなっていたから、繋いで来た手を振りほどこうとして・・・

 その時やっと気付いたの。お父さんの指が、ギクリとするほど細くて力が無くなっている事に。

 驚いて見上げたら、綺麗な鷹の羽根みたいだった眉も目も、いつの間にかしおしおの枯れ草みたいになってる。

 

 そういえば、お母さんが死んでから、お父さんがちゃんと食事しているのを見ていない。

 付き合いであたしの向かいには座るけれど。いつもちょっと口を付けて、あとはお酒ばっかり。

 夜に眠っているのも見ていない。

 宿のベッドで夜中に目を覚ますと必ず起きていて、何か読んでいたり外を眺めていたり。

 なんで気にしなかったんだろ、あたし。

 

 それに気付いた瞬間、自分が恥ずかしくて恥ずかしくて。

 もうお父さんの気の済むようにしてあげようと決心して、後は黙って着いて行く事にしたの。

 

 霧がどんどん濃くなって、足元は岩がゴロゴロで、上も下も分からなくてへとへとで、この世界はもう滅んで、今、地上に二人きりしか生きていないような気分になって。

 足も上がらなくなった頃に、いきなり周囲が明るくなった。

 相変わらず霧は深かったけれど、森を抜けて空の下に出たんだと思った。

 平らな広場になっていて、水の匂いと音がしたから、大きな谷の河原だったんじゃないかしら。

 

 お父さんはやっと足を止めて、広場にあった倒木にあたしを座らせたの。

 ホッとしたけれど、霧で辺りが見えないし、やっぱり不安でこわばっていたのよね。

 そしたら、お父さんも隣に座って、それからあたしの肩に手を掛けて、ぎゅっと引き寄せたの。

 今でも覚えてる、あの時の細い指の温もり。

 

 見ると、お父さん、胸に母さんの櫛を抱いている。

 いつも付けてたお気に入りの、鳥の浮彫りのやつ。

 あ、あたしが今付けている、これと同じ模様。

 あの時の櫛はこの間お父さんの棺に入れてあげたんだけれど、これはお父さんがあたし用に彫ってくれた奴。

 器用なヒトだったよね、こんな細かい彫り物。

 

 あ、それでね、その櫛とお父さんを交互に眺めていたら、鼻がツンときて喉がせり上がって……もうちょっとで泣いちゃいそうになった。

 その時……

 音が聞こえてきたんだ、霧の奥から。

 風の音じゃない、葉擦れの音でもない。多分、自然の音じゃない。

 

 最初はよく分からなかったけれど、じっくり聞いていると、それは規則正しい音色だった。

 聞いた事もない知らない曲、でも確かに、霧の奥で音楽が奏でられていたの。

 一つの楽器じゃない。幾つかの種類の楽器が居たと思う。

 高い音や低い音、沢山のいろんな音が合わさって、最初小さかったけど、だんだん、だんだん、音が大きく膨らんで、谷にこだまする程に。

 

 聞いていたら、縮こまっていた心が落ち着いて、不思議より先に、安心した気分になった。

 お父さんも同じだったのかな? 隣で目を閉じて、穏やかな顔になっていた。

 こころなしか、鷹の羽根の眉毛もしゃんとしてね。

 ああ、よかった、よかった……って、心から思ったわ。

 見上げると、霧の空が夕焼けでうっすら桃色に変わって行ってね。

 きれいだったわぁ。今でも、あの出来事は夢だったんじゃないかと思えるくらい。

 

 誰が奏でていたんだろうね。お父さんは特に説明はしなかったし、あたしも聞かなかったなぁ。

 聞いたら何となく、いい気分が薄まってしまう気がして。

 ただ、お母さんと三人で、この音を聞きに来たかったんだって分かった。

 それだけ分かればいいかなって。

 

 ホント、マボロシみたいな記憶。

 今さっきまで忘れていたわ。その谷に紫の花がいっぱい、この世の物じゃないみたいに咲き誇っていたことも、今思い出したんだよ。

 

 そう、貴方が今、お墓に供えてくれていた花。

 

 だからね、お父さんの作っていた楽器の一つを貴方に持って行って貰いたくて。

 お店? もうたたむからいいの。元々お父さんの作る楽器の評判だけで保っていたような店だったし。

 在庫処分して身軽になって……そうね、あたしは婚活にでも専念しようかしら。

 

 ね、持って行ってくれる?

 だって貴方………

(あの、霧の谷の向こう側から来たんでしょう?)

 

 ・・・・・・・・・・・・

   ・・・・・・・・・・・・

     ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 うん! ごめんね、困らせるつもりはなかったの。この話はおしまい! ごめんね。

 きれいな花だよね、あたし好き、この色。ありがとね。

 お父さんも喜んでるよ、きっと。ニッコニコしてるよ、うん。

 

 本当に寄って行かなくていいの? 

 そかそか、じゃ、気を付けてね。

 気が向いたら、またいつでも来てね。

 お店はたたむけれど、戸口は変わらず開けておくつもりなの。

 寂しいじゃない、いきなり閉ざしちゃうと。

 

 もうすぐこの地方は、蜜柑の花が満開になるの。綺麗よ、白い花も。

 見て貰いたいわ、お父さんも好きだったから。

 

 本当に、また来てね、本当よ。

 じゃあね、またね、じゃあね――

 

                           ~fin~

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

霧の夕暮れ、水滴をたたえて

 

 

   


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